カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 長野県は内陸で標高が高く、冷涼で雨も少ないために米作が出来なかったエリアや瘦せた土地が多かったため、そんな場所でも収穫することが出来る蕎麦の栽培が江戸の昔から盛んでした(因みに、今でも長野県は北海道に次いで蕎麦の生産量全国2位です)。
そうした山間地の集落では、昔から農家の“振る舞い料理”としてソバ打ちが農家の女性の必須技能であり、お祖母ちゃんからお嫁さんへ、そして娘さんへと受け継がれ、今でもそうした伝統が残った山形村の唐沢集落や旧美麻村の新行地区、また“とうじ蕎麦”が名物の旧奈川村などは、信州のそんな“蕎麦集落”の代表格です。

           (写真は美麻新行地区の蕎麦)
こうした背景から蕎麦が信州名物となり、俳句の「信濃では月と仏とおらが蕎麦」(一茶自身も北信濃の出身ですが)や、「信州信濃のしな蕎麦よりも、あたしゃあなたのソバがいい」と都々逸にも謳われた程、 “信州蕎麦”は江戸時代には全国的に有名になりました。
そのルーツは、奈良時代に山岳修験道の開祖である役の行者(えんのぎょうじゃ)により伝えられた伊那谷で蕎麦の栽培が始まったとされ、他に何も無いと云えばそれまでですが、また信州は蕎麦切り発祥の地(注記:諸説ありますが、中山道塩尻本山宿という説が有力)でもあり、そうした蕎麦自慢の話題には枚挙にいとまがありません。
例えば“日本三大蕎麦”は信州の戸隠そば、出雲の割子そば、盛岡のわんこそばですが、出雲は信州松本藩主だった家康の孫である松平直政が出雲への国替えの際に松本から蕎麦職人を連れて行ったのが元ですし、他にも信州高遠藩ゆかりで老中を務めた藩祖保科正之の会津(その前の任地だった最上藩の山形も)や上田藩から仙石氏が移った出石など、お殿様が信州から蕎麦職人を連れて行ったことでやがて蕎麦が名物となった地域もありますので、料理では他に名物の無い(強いて言えばお焼きくらいの)信州の蕎麦自慢に関しては、多少は目を瞑っていただいても良かろうと思います。
    (写真は戸隠蕎麦のぼっち盛りと出雲の割子そば)
 そんな“蕎麦王国”信州ですので、昔から、立ち食いの“駅そば”も世間的には「さすがに信州は駅そばも美味い!」という評判でした。
JR松本駅には昔は駅そばが3店舗あったのですが、それが2店舗になり、現在は1店舗のみになってしまいしまた。
昔は何番線のホームの駅そばが旨い云々と、人により好みの違いもあって(同じ経営の駅そば店であっても)その評判を競い合っていたように思います。
その後、諸事情もあってか、駅そば店を運営していた地元の「イイダヤ軒」からJRの子会社経営になったり、その後また入札なのか民営に任されたりと、“たかが駅そば”にも色々な紆余曲折の歴史があったようです。
松本駅ではコロナ禍までは「山野草」という名前のJR系の駅そばで、6番線のJR大糸線ホームの奥にも駅そばがあり(駅舎改装とアルプス口整備前は、この店舗の先に田舎の駅の様な小さな西口改札がありました)、ここが一番美味しいという評判でした。
このホームには私鉄の上高地線も7番線ホームに併設されているので、白馬岳の大町方面や燕岳や常念の表銀座への最寄り駅の大糸線、また槍穂高へ向かう上高地線に乗る登山客も、行き帰りの待ち時間に多分ここで駅そばを食べただろうと思います。しかし、「山野草」は残念ながらコロナ禍で2店舗とも閉店してしまいました。
因みに、「イイダヤ軒」は今でも松本駅前のホテルイイダヤに併設された蕎麦店があって、駅そばを(カウンターでの立ち食いではなく椅子に座って)食べることが出来ます。蕎麦そのもの評価はともかく、“早い、安い”という駅そばで、刻みネギは今でも自由に好きなだけ入れることが出来る筈です。
また、「イイダヤ軒」は今でも南松本駅と村井駅では、駅構内では無く駅舎横の小屋の様な小さな店舗で 頑張って営業しており、昔懐かしい駅そばを食べることが出来ます(村井駅が現在建て替え工事中のため閉店していますが、駅舎完成後には再開とのこと)。

 蕎麦は、元々はせっかちな江戸っ子向けに町の屋台で提供されたファーストフード(握り寿司も然り)ですから、本来は市井の庶民の味であって、十割だ九一だと通ぶって食べる料理ではありません。ましてや永田町でいくら政治家相手に評判を取ろうが、(どちらが客か分らぬ様な横柄な態度で、店側が)あれはダメ、これもダメ、しかもメニューは2千円のたった一つ、勝手に写真を撮ったりする気に入らない客は店から追い出されるといった類の料理では決してありますまい!(・・・と個人的には勝手に思っています)。他にも、子供は入店お断り、店内スマホ禁止という店も松本に在りますが、一体何様・・・??どんな通が、或いは店側が、“されど”と息巻こうが、所詮江戸時代のファーストフードの “たかが蕎麦”ではないでしょうか!?ラーメンと蕎麦は庶民の味から決して離れてはいけない!落語の「時そば」に出てくる屋台の様に、或いは“一杯のかけそば”を兄弟で分かち合う様に、いつの世も蕎麦屋は庶民の味方であるべき!と勝手に思っています。
 話が些か横道に逸れてしまいましたが、ここらで閑話休題。
その松本駅構内の駅そば店は、今では1番線と0番線にある一軒だけ。そしてその店は、数年前から「山野草」に代わって、殆ど当時の店舗そのままで「榑木川」という名前の駅そば店になっています。
この店は、観光客で行列の駅ビルの店も含め、松本市内で蕎麦店を何軒か展開している「榑木野」の新形態での駅そば店で、この「榑木川」は、松本駅のみならず、それまでの駅そば店を引き継いで、大町駅、長野駅、茅野駅と県内何ヶ所に拡大展開している由。しかもウリが駅そばにしては珍しい“八割そば”なのです。そこまで謳うからには自信があるのだろうと気になっていたのですが、ホーム内の店舗故、松本駅の電車利用時か或いはそのためだけに入場券を買うかしかありませんので、試しにでも食べることがここ何年かずっと叶わずにいました。
たまたま駅近くでの用事があり、松本も連日33℃前後と、猛暑だった東京程ではないにしても毎日暑い日々が続いていて、特に夏休み期間中は平日でも駅の駐車場はほぼ満車で混んでいたので、マンションからゆっくり歩いて行くことにしました。
思えば、シンガポール赴任して直後、街中を歩いていて「どうして、皆なこんなに歩くのが遅いんだろう!?」と、新宿並みにスタスタと全員追い抜いて歩いていたのですが、その内どっと汗が噴き出して来て、赤道直下の熱帯ではゆっくりと歩かなければならないことを赴任早々に悟った次第。
そんな30年以上も前の赴任中でさえ、日本へ出張したローカルのスタッフがシンガポールに戻って来て口々に「シンガポールより日本の方が暑い!」と言っていましたが、梅雨以降の日本特有の暑さは(というシンガポールも赤道直下の島国故に湿度は高いのですが)日本独特なのかもしれません。
と、また横道に逸れてしまいました。
 猛暑の中を少し歩き回ったので、家への帰りは徒歩では無く、アルピコ(古い人間は松電と言いたくなりますが)の上高地線に乗って最寄りの渚駅まで帰ることにしました。
そこで松本駅で渚までの180円の切符を買って、アルピコの電車に乗る前に、せっかくの駅構内に入れる機会なので、初めて「榑木川」の駅そばを食べてみることにしました。
松本駅の1番線と0番線ホームへの階段脇にある駅そばの店は「山野草」時代そのままで、店構えも店内も殆ど変わっていない様に思います。 “石臼引きの八割蕎麦”というのが「榑木川」のウリ。
「山野草」では、普通の蕎麦とは別に、数量限定で特別な「生蕎麦」があって、そちらは値段も高く茹でるのに時間も掛かっていましたが、「榑木川」の蕎麦は二八の一種類。この日も猛暑日で暑かったので、駅そばで食べる時はいつも選ぶかき揚げなどの天玉ソバやキツネなどの温蕎麦は諦めて、二八ならばと冷たい盛りそば(410円)をチョイスすることにしました。
券売機で食券を買って、厨房のカウンターへ提出。二分ほど待ってすぐに呼ばれました。
駅そばですので、麺は二八であっても茹で時間の短い冷凍麵だと思いますが、他のつなぎが多すぎるうどんの様な蕎麦とは違い、ザラザラしていて確かに蕎麦らしい食感です。しかし、冷水で〆るのが甘くて、まだちゃんと冷えておらず温い部分もありました。
 「うーん、ちょっと残念だなぁ~!」
これではいくら忙しくても、またいくら店員さんがパートのオバちゃんであっても、お金を取って客に提供する以上“蕎麦職人”としては落第です(本社の指導の問題でしょう)。
またいくら二八であっても、やはり生麺と冷凍麺では全く違います。そして食べる方も、“八割”の宣伝文句に些か期待し過ぎた気がします。
大盛りにしなくて良かった。大盛りは+170円とのことなので、580円。だとすれば、同じ松本駅の駅ビルのヴェルデ内に入っている立ち食いの「小木曽製粉所」(駅前店以外は椅子席です)なら生麺の大盛りが640円で(つい最近まで590円だったのですが、残念ながらここでまた再値上げ。開店してから何年もずっと500円だったのが、蕎麦粉も値上げしている様なので止むを得ないのかもしれませんが・・・)、同じ二八で冷凍麺と生麵ではその差は歴然です。従って、もし冷たい盛りそばを食べるなら、同じ“立ち食いそば”でも、「小木曽製粉」の方がこの「榑木川」よりもはるかに“蕎麦らしい”ので、そちらの方がお薦めです(但し、コストを抑えるため、“手打ちそば”ではなく、機械打ちで機械切りの筈。因みに「小木曽」の店舗で“立ち食い”なのは、松本駅のみで他ではちゃんと座って食べられます)。
    (写真は同じ小木曽製粉所の筑摩店と大盛りのざる蕎麦)
しかし、電車を待つ間の駅そばは本来“速さ”が命ですので、茹で時間の早い冷凍麺で提供することは必然なので、生麺との差はある意味止むを得ません。但し、きっと温蕎麦ならこの蕎麦で十分に美味しい気がします。かけそばに始まり天玉や鴨肉などのトッピングも「小木曽製粉」よりも種類が豊富なので、温かい汁蕎麦を食べる時はこちらの「榑木川」の方が値段も安くてお薦めだと思います。
 駅前の「イイダヤ軒」もそうですが、柳家喬太郎師匠の「コロッケ蕎麦」ではありませんが、「立ち食いそばや駅そばを食べる時は、やはり(かけそばに何かをトッピングする)温蕎麦に限る!」と感じた次第です。

 リビングルームや寝室のTVだけではなく、物置兼ミニ書斎“男の隠れ家”のPCでもYouTubeを楽しんでいます。

TVでは「孤独のグルメ」や「美味しんぼ」などの過去の放送分。音楽では、例えばコロナ禍の間に配信された、今や“世界のヤマカズ”が指揮をする東京混声合唱団(内外のオーケストラのみならず、東混の音楽監督としても活動されています)とか、N響のコンサート(服部百音さんのヴァイオリンに感動したのも、コロナ禍で海外アーティストが招聘出来なかったためか、パーヴォ・ヤルヴィ指揮の定期でのチャイコン演奏に圧倒されたのがきっかけでした)や読響のマチネシリーズとかもYouTubeで聴くことが出来ます。そしてクラシック関係で今嵌まっているのは、“The Three Conductors”。日本のクラシック界を背負って立つ若きマエストロたちの会話だけなのですが、これが実に面白い。興味ある方は是非どうぞ!
少し変わったところでは、羽田空港ベースのANAの従業員の皆さん(パイロット、CA、グランドスタッフ、整備士、事務スタッフなど)が、3.11を機に「自分たちにも何か出来ることを」と、南三陸町など被災地でのイベントに参加して音楽を届けるために結成されたというアマチュアバンド「ANAチーム羽田オーケストラ」(これがかなり上手いんです!しかも皆さんが本当に楽しそうに演奏しているのが実にイイ!)。
そして落語では、過去の音源から名人圓生や志ん朝。そして現役では柳家一門の大看板さん喬師匠から若手真打の柳亭小痴楽師匠まで。更には古今亭菊之丞師匠の「でじたる独演会」の様なコロナ禍で増えた配信も含め、「寄席落語」なども気に入って聞いて(視て)います。
他にもジャズやボサノバ、また昔で云うとことのイージーリスニング。グレンミラーなどのビッグバンドや、季節毎に、例えば夏ならビリー・ヴォーンやパーシー・フェイスなどなど・・・。

また、コロナ禍での自宅でのリモートワークが世界中で増えたせいか、“作業用BGM”的なクラシック音楽やJazzなどが長時間番組として(映像は動画では無く、背景が風景写真で曲毎に変わるイメージですが)結構たくさん(世界中から)登録されていますし、しかも中には高音質の音源もあるのが有難い。
そして今夏が猛暑だったためか、或いは私自身が信州とはいえビル構造の街中の鉄筋コンクリートのマンションに暮らすせいか、はたまた自然に囲まれた里山の田舎育ち故かもしれませんが、YouTubeには清流のせせらぎの音や雨音などの自然界の癒しの音も(CDでも何枚か持っているのですが)幾つもアップされているので、これまた“書斎”で今夏はBGM的に流して楽しんでいました(せせらぎや雨の音だけでも、何だか涼しく感じます。変わったところでは、就寝時に寝室で聴くためのブラック画面の雨音などもあります)。
因みに、自然界の雨音やせせらぎの音、或いは岸辺に寄せる波の音などもそうですが、これらの音にはある程度一定のリズムがあるものの、決して規則的ではない独特の揺れがあり、これを「1/fゆらぎ」(F分の1ゆらぎ)と言って癒し効果があるとされています。またこれらの音には(作業中に眠ってはいけませんが)人間の耳には聞こえない高周波(ハイパーソニック)も含まれていて、これにより脳が快眠効果のあるα波を発するのでリラックス出来るのだそうです。
 こうしたYouTubeでドラマやアニメなどの番組を「視る」限りは、PCでも然程不満を感じないのですが、PCでYouTubeの音楽番組を「聴く」時は、どうしてもその音質(PCの内蔵スピーカーのスペック)に不満が生じてしまいます。
それは音質云々以前のレベルで、一応“音が出ている”という状態。音楽用のイヤフォンで聴いていればまだ良いのですが、大音量で外界と耳を遮断してしまうイヤフォンは不自然なので、個人的には好きではありません。
そこで、PCサイドにはそのイヤフォン・ジャックがあるので、そこから“書斎”のサブシステムのKENWOODのK-521(レシーバー本体もCDチューナー・アンプR-K521として単体で別売りされていましたので、一応ピュアオーディオとして、ドンシャリのミニコンポとは一線を画すレベル)側のAUX端子へアナログ接続して、サブシステムでYouTubeの音源を再生することにしました。
因みに、PCからの出力はアナログなので、入力側のR-K521も一応デジタルアンプですがDAC機能は搭載されていないので、もしポータブルのUSB-DACを購入して途中で咬ませればデジタル音源として聞くことも出来ますが、片やアナログ接続は安価なオーディオケーブル一本で済みます。
もし、これがメインシステムであるリビングルームのマランツM-CR612と接続するのであればポータブルのUSB-DACを購入しても良いと思いますが、飽くまでサブシステムのR-K521ではスペック的にもそこまでは不要です。
家にあるオーディオケーブルは皆ピンプラグ(両側が赤白の二本ずつ)ばかりだったので、アンプ側のAUX接続はピンプラグで良いのですが、PC側はイヤフォン・ジャックなので端子が一本のステレオ・ミニプラグが必要。
そこで、近くの家電量販店でそのオーディオ用の接続ケーブルを購入して来ました。長さにもよりますが、その量販店には1mと2mの2種類しかなかった(アマゾンとかだと、例えば1.2mとか、もっとサイズが細かく分かれています)ので、PCと背後のレシーバーとの距離をふまえ2mのケーブル(1180円)を購入しました。
 接続して、PCのYouTubeを立ち上げて試聴。
最近聞いているYouTubeの音源で気に入っているのが、夏だったからかもしれませんが昔懐かしいビリー・ヴォーン楽団のCD。それとLPでも聴いていたチューリップの「チューリップ・ガーデン」。そのLPに収録されている全24曲をYouTubeに載せてくれている人がいるので、それも聴いてみました。
アナログ接続ですし、アンプとしてのK-521の能力もあるので、音質的には満足とまでは言えませんが、“書斎”でのサブシステムとして使っているトールボーイスピーカーのKEF Coda9は、2.5cmのソフトドーム型ツイーターと、16.5cmの中低域対応のユニットを更に低域用にも追加してトールボーイのエンクロージャーに内蔵したユニットを含め2基搭載したUK製91dBの高能率3 wayですので、PCで“聴く”のとでは、まさに“雲泥の差”。ちゃんと“ピュアオーディオ的”に聴くことが出来て大満足でした(因みに、Coda9よりも遥かに古い、KENWOODの前身TRIOのLS-202 を気に入って、リビングのメインシステムとして使っています)。
例えば、ビリー・ヴォーンは高音質CDとのことなので、音質的にも素晴らしく、懐かしい「浪路はるかに」や「峠の幌馬車」、そして「真珠貝の唄」といった懐かしのビリー・ヴォーン・サウンドを良い音で楽しむことが出来ました。
音源側の状態に左右されますので音質が劣るソースも勿論ありますが、中にはビリー・ヴォーンの様な高音質の音源も結構あるので、オーディオ的にも十分聴くことが出来ますので、CDやDVD或いはサブスクといったネットソースを有料で購入しなくても、自分の好きなジャンルだけでも結構たくさんのソースを無料で楽しむことが可能です。特にJazz系のチャンネルに高音質のソースが多い様に感じます。しかも、“Summer Jazz”や“Autumn Jazz”など、季節の移ろいに合わせたソースが選べるのも嬉しいところです。
特に何か作業をしながら、例えばPCでこのブログ原稿を入力するのに、(動画は不要なので)YouTubeの「作業用BGMミュージック」を流しながら書いています。因みに、今は朝なので、「環境音+JAZZ やさしい森の喫茶店 鳥のさえずり 川のせせらぎ 自然の環境音 森の中 CAFE JAZZ - 作業用BGM」を流しながらのPC作業です。
 そして、更に時々聴きたい曲がある時は、YouTubeとは別にYouTubeミュージックを活用すれば、懐かしい日本の昭和歌謡からフォーク、そしてスタンダードからSmoothまでのJazz、更にはクラシック音楽と、色んなジャンルの曲が登録・配信されているので、聴きたい曲を検索して聴くことが出来ますし、またそうして検索した曲は自分自身のオーディオファイル化して保存することも可能なので、映像が不要で音だけをBGM的に楽しみたい時はYouTubeミュージックを無料のサブスクとして使うことが可能です。
ですので、決して最新のネットワークオーディオで無くてもPCを使うことで、“隠れ家”の些か古いサブシステムにおいても、ネットワーク上の“音の世界”を随分と拡げることが出来ました。
しかも今回はたった1000円ちょっとのケーブル一本だけで、“男の隠れ家”としては十分に満足出来る「音楽ソースとしてのYouTube」を追加することが出来ました。
 「ヤッタね!! 」(・・・と、大満足です)

 東京滞在中、午前中の多少は涼しい内に少しウォーキングを兼ねて歩いてみました。但し、赤道直下のシンガポールで学んだ、“クソ暑い日の早歩きは禁物!”で、ただ汗が噴き出るだけですのでゆっくり歩きます。それにしても、今年の猛暑は一体どうなっているのでしょうか!?

 この日は麻布台から神谷町へ下り、愛宕神社の下のトンネルをくぐって虎ノ門へ。この隧道は、東京都の東京タワーや芝公園に近い愛宕山を貫いている昭和初期に掘られたトンネルで、正式名称は「愛宕隧道」。この愛宕山の上にはNHK放送博物館や愛宕神社があります。
余談ですが、私が子供の頃って、NHKへのリクエストハガキなどの応募先住所って、現在の渋谷の放送センターではなく、確か日比谷の「内幸町」だった筈です。
あの玉音放送も、阻止しようとする陸軍から守り通したレコード盤を使って、この内幸町に在った旧放送会館から放送された筈。それが出来る以前は愛宕山に送信所を兼ねた建物が在って、それが現在の愛宕山の「NHK放送博物館」なのだそうです。いつか、神社に参拝したら併せて見てみたいと思っています。
因みにこの愛宕隧道は、東京23区内にある唯一の“道路山岳トンネル”(要するに山をくり抜いたトンネル)だと言われているそうです。愛宕神社へ上る参道の86段の石の階段は「出世階段」とも呼ばれ、3代将軍家光の時代の逸話として講談等でもお馴染みです。以前虎ノ門のマンションに長女が済んでいた時に、家内は長女のビジネスの成功を祈願するために何度か愛宕神社へお参りしたそうです。
 「(子供たちのために)お参りして行く?」
 「いや、この暑さに階段上りたくない。今度秋以降に来た時にお参りする!」
と、今回は回避させてもらいました。

 虎ノ門ヒルズは何棟目かの新しいステーションビルが完成し、これに伴い地下鉄虎ノ門の駅も改装されたのだとか。個人的にはあまり関係無いので、「はぁ、左様か・・・」程度の感想しかないのですが・・・。
むしろ個人的に興味を持ったのは、虎ノ門ヒルズの森タワーからオーバル広場に抜けて行く途中、フロアの隅に展示されていた人間大の白い“像”でした。その説明書きに由ると、
『22世紀のトーキョーからタイムマシンに乗ってきました。ネコ型ビジネスロボット、トラのもんです。』
という、どこかで聞いた様なセリフの人形が鎮座しています。これが、虎ノ門ヒルズのキャラクターとして誕生した「トラのもん」なのだそうです。これ、イイなぁ・・・グッズ欲しいなぁ・・・。
 「ネェ、ちょっと何してんのぉ!?もう行くわよ!!」
(えっ、あっ、残念・・・。でも、この遊び心イイなぁ、“座布団一枚!”級だなぁ・・・)

因みに、本家本元のドラえもん・・・。
テレ朝が入る「六本木ヒルズ」のメインエントランス前の玄関口「66プラザ」に、この夏もドラえもんが登場!その名も「ドラえもん広場」とやらで、プラザ名に因んで66体のドラえもんが並んでいました。
ドラえもんと一緒に写真を撮りたかったのですが、若い子や子供たちしかおらず、イイ歳をした年寄りが独りでその中に入って行くのはさすがに恥ずかしく、泣く泣く諦めましたが、未だに心残り(・・・でした・・・)。
 話を戻して、愛宕山方面から来て虎ノ門ヒルズへの階段を上って、新橋側入り口から入った森タワーの2階。大きなガラス窓越しに見えるスッテプガーデンの緑に囲まれて、開放感溢れゆったりした雰囲気のアトリウムと軽井沢のカフェベーカリーのサワムラがあるのですが、その真上の3階に松本の「そば切りみよ田」が出店しています。
こちらの森タワーは、カジュアルな「虎ノ門横丁」のあるビジネスタワーと比べると人も少なく、とても静かで落ち着いた雰囲気です。
以前長女が虎ノ門ヒルズ近くのマンションに住んでいた時に、コロナ禍の影響もあったのかもしれませんが、「みよ田には殆どお客さんが居なかったけど、大丈夫かなぁ?」とヒトゴト乍ら心配していました。そのため気になって覗いてみると、その日は平日ですがほぼ満席で、順番待ちリストにも何組かの記名がありました。
この東京に、しかもヒルズのビジネスタワー側のすぐ横には、道路を挟んで老舗蕎麦屋の「砂場」が店を構える虎ノ門に「みよ田」は出店しています。
その虎ノ門の「砂場」は、秀吉の大坂城建設時に資材の砂置き場に蕎麦屋を開店したことに由来するとされ、家康が天下を統一した際に江戸に下って「大坂屋砂場」を始め、江戸三大蕎麦の一つに数えられているという、その「砂場」本家から明治初期に暖簾分けをした店なのだとか。今の木造の建物は関東大震災も東京大空襲も潜り抜け、虎ノ門ヒルズなど一体の建設での道路拡張工事のため、家の土台毎今の場所に曳家工法により、何メートルか奥に移動しています(下の写真は曳家工事後、2年前の「砂場」です)。
そんな150年も続く老舗蕎麦屋のすぐ近くへ、東京では無名の信州の蕎麦屋の出店だったのですから、おそらく何年も掛かったのかもしれませんが漸くお客さんが定着した様で、こちらもヒトゴト乍ら同郷の人間としては何となくホッとした次第。
松本にも明治10年創業の「弁天」や同じく明治末期創業の「こばやし」という老舗の蕎麦屋さんもあるのですが(私が子供の頃は松本の蕎麦屋はこの二つくらいしかなく、地元での人気を二分していました)、「そば切りみよ田」はそれらに比べて遥かに新しく、2005年に王滝グループが日穀製粉から経営を引き継いだ店なのです(尚、長野市にも「みよ田」がありますが、こちらは今でも日穀製粉が自社のアンテナショップ「そば処みよ田」として経営しています)。
店頭には、松本か豊科か、自社(王滝グループ)の製粉工場(小木曽製粉所)から届けられたと思われる、この日の信州産の蕎麦粉の原産地名がメニュー表にしっかりと記載されていて、何だか「ガンバレ!!」と声を掛けたくなりました。

 今回の東京滞在中、婿殿の夜勤の日に横浜の次女の所に一日行って来ました。
実は8月に二人目が生まれたのですが、入院中は実家のお義母さんが孫の面倒も見ながら泊まり込んでくださったので、その前に身重の次女に代わって、暇な年金生活者夫婦が娘夫婦の家の片付けと掃除をするため・・・でした。婿殿がいらぬ気を使わぬように、彼の当直の日を選んで行くことにしました。
因みに、私メの期待されている役割は・・・孫の遊び相手。次女曰く「精神年齢が同じくらいなので、孫娘の相手に相応しい」との“お褒め”のお言葉(ま、嫌われるよりはイイかも・・・)。

 その日は朝早めに着いて、早速掃除開始。家内も片付け開始です。
先ずは各部屋を掃除機掛けしてから、続いてフローリングの雑巾がけ。終ってから桟の埃も拭いて、見違えるようにキレイになりました(・・・と、自画自賛!)。途中途中で、孫娘と遊んでキャッキャ、キャッキャとじゃれ合いながら・・・。
 「良かったねぇ・・・、お仲間が来てくれて!」
(ハイ、お褒め戴き痛み入ります!)
と、午後1時近くまでやって一応目途が付いたので、皆でランチへ。

 娘がこの日の片付けと掃除のお礼にと、グルメ回転寿司の「金沢まいもん寿司」へ連れて行ってくれました。
以前次女が羽田勤務だった頃には、「美登里寿司」の回転寿司部門である「活」の蒲田店へ専ら行っていましたが、「活」は他よりも炙りと光り物が充実していました。
東京には北海道のグルメ回転寿司の「根室花まる」とか「トリトン」などもあり、また金沢の「まいもん寿司」も関東エリアに多店舗を展開していますが、東京では以前は郊外店ばかりでしたので、あまり行く機会はありませんでした。従って、横浜の次女の所に来た時だけは近くにあるので行くことが可能。それもあって、光り物が好きな私メのために、今回も「まいもん寿司」をチョイスしてくれました。
1時過ぎとはいえ、人気店ですので順番待ちです。暫くして我々の番になりテーブル席へ。「まいもん寿司」も今は回転レーンには寿司は回っておらず、全てタブレットからオーダーして、各テーブル毎に専用の引き込み線の様なレーンまで注文毎に運ばれて来る仕組みで、皿を載せた容器は溜まる毎に、店のスタッフが纏めてテーブルから下げてくれます。

 この日、「まいもん寿司」には珍しく、夏のおすすめメニューの中に北海道産という「いわしの炙り」があったので、何皿も(家内と娘が呆れる程に)注文してしまいました(絶品だった「活」の炙りとろイワシを思い出します)。そして光り物(その美味しさを始めて知ったのは、次女が成田勤務だった時に何度か行った、成田「江戸ッ子寿司」で食べたイワシとアジでした)、とりわけ信州だとなかなか美味しいのが食べられないコハダが、ここのはネタが新鮮なので酢締めもそれ程きつくありません。エンガワの炙りも旨い!
(*右上の写真は一貫ずつ食べた後で一皿にまとめた、手前からコハダ、イワシ炙り、奥がエンガワの炙り)

マアジもプリップリです。他にも本マグロの赤身や中とろ、鯛などなど・・・。

娘のお許しもあって、ビールと(せっかくの「まいもん寿司」だからと)冷酒(石川は「加賀鳶」の純米辛口にしました)もいただいたので、酒のアテに玉子も追加して・・・。そして、デザート代わりの〆にフワフワな穴子も頂いて・・・、
 「あぁ、美味しかった!満足だぁ!」
大変ご馳走さまでした。でも、何だか掃除が却って高くついちゃって、ホント申し訳ない・・・。

 今回の東京滞在中のランチで唯一私がリクエストしたのが、田町にあるシンガポール料理レストラン「威南記 海南鶏飯(Wee Nam Kee Hainanese Chicken Rice ウィー・ナム・キー ハイナニーズ チキンライス)」でした。6月にも行ったばかりですが、今回がこれで三回目になります。
 前回はまだ6月で爽やかだったのでテラス席をチョイスしましたが、赤道直下のシンガポールを思い出させるような猛暑続きの今年の東京とはいえ、いくらミストが出ていてもテラス席にはさすがに誰もおらず、皆さん室内席。この日は日曜日でオフィスはお休みですので、食べに来られているのは近隣にお住いの方々だけでしょうか、ランチタイムも8割方の込み具合でした。
ここのヌードルの現地風の極細麺は他ではなかなか食べられませんので、今回も前回同様に二人共ローストチキンヌードル(1500円)をチョイス。そして、野菜料理は残念ながらチリ・カンコン(空芯菜)が無かったので、カイランのサンバルソース炒めにしました。店のメニュー表記はブロッコリーでしたが、カイランは中国野菜で「芥藍」と書きます。英語名はチャイニーズ・ブロッコリーで、シンガポールでは中華料理では小さめが好まれるのか、良くベビー・カイランと呼ばれていた様な気がします。因みに、最近日本でも栽培されているスティック・セニョール(茎ブロッコリー)はカイランに良く似ていますが、それもその筈。この中国野菜のカイランとブロッコリーを掛け合わせた野菜だそうです。
因みに、カイランは本来茎がメインですが、葉も意外と美味しいのです。以前、新宿の「ティム・ホー・ワン」で、その日の野菜がレタスのオイスターソース炒めしか無かったのですが、むしろカイランの葉を炒めた方が歯応えも良くて美味しいと思います。

また、同じく中国野菜の空心菜は、最近ではスーパーの野菜売り場で普通に見掛ける程日本でもポピュラーになりました。空心菜はシンガポールではカンコンと呼ばれていて、チリソース炒めで食べることが多かったのですが、日本のシンガポール料理店などのメニューにはサンバル・カンコンと記載されています。このサンバルソースという調味料は、東南アジアのインドネシアやマレーシアで使われる辛み調味料(チリソースの一種)で、干しエビや小エビを発酵させた塩辛状のペーストに赤唐辛子やトマトを加えた、ジャワ島を中心としたインドネシアの伝統的調味料です。民族的にはインドネシアもマレーシアも同じマレー系ですので、言語も8割方同じだそうですし、料理も似通っています。
因みにサンバルソースで炒めたチリ・カンコンを生まれて初めて食べたのは、赴任してすぐジョホールに在る関連会社の工場を訪ねた時。途中で同僚とお世辞にもキレイとは言えない道端のローカルの屋台で、ランチにぶっかけ飯を食べたのですが、そこで一緒に食べたチリ・カンコンが(生まれて初めてという印象も手伝ってか)その後の7年間で何十回、いや恐らく100回以上も食べたであろうチリ・カンコンの中で一番美味しかった気がします。
 この日のウィー・ナム・キーの野菜がサンバル炒めだったので、ヌードルの方に添えられていた野菜(多分塩茹でのターサイだと思います)もサンバルソースを付けて食べました。このサンバルというチリソースの味は、それこそ赤道直下の屋台で汗を搔きながら食べる真夏の料理の代表格ですので、日本でも真冬では無く、この猛暑の中で食べる方が相応しいかもしれません。
この日も家内はアチャーと、私メはタイガービールもオーダーさせていただきました。タイガービールが1080円もするのを家内が見て(しかも小瓶で。因みにキリンのハートランドは同じ小瓶で820円との表示)、
 「えっ、タイガービールって高いんだね!」
 「はい、モルトビールですから・・・。」
(相済みません、シンガポール料理店以外ではタイガーは飲めませんので・・・)

 やっぱりここの麺(ミー)は美味しい。オイスターソースがベースと思われる甘目のタレの味もですが(どういう配合か、自分では作れません)、固めの極細麺が何とも言えずに旨いのです(懐かしさが味を倍加させているかもしれませんが・・・)。
 「満足満足、また来ようっと!」
 「でも、ホント好きだよネ!?」
(相済みません、バカの一つ覚えで・・・)

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