三役ブログ
10/09/02

 9月を迎えまして、「三役ブログ」の6気筒エンジンも、それぞれのシリンダーでバフバフとエキゾーストを轟かせ始めたようで、管理人と煙たがられる私としては嬉しく、また有り難く感じておりますところです。
木曜ブログ担当の牛越でございます、本日もどうぞ宜しくお付き合いくださいませ。

 早速ですが、8月29日にアルウィンで行われました、天皇杯サッカーの長野県予選を見てきました。我らが松本山雅、「辛勝」というべきなのでしょうけれど、須藤選手のヘッドバット一発でパルセイロを粉砕、先ずは目出度く先へ進めることとなりましたこと、お喜び申し上げます。
 今年も浦和レッズのようなビッグネームをアルウィンに招いて、ジャイアントキリングを馳走してくれちゃいましょう、楽しみですね。

 さて、試合のことはともかくとして、久しぶりにアルウィンに行きましたら、いろいろ感じることがありましたので、少しお話をさせていただきたいと思いますので、お付き合いください。


 この写真、パルセイロのエンドのサポーターの陣容です。距離にして60キロ前後、時間にすれば片道40分、駐車場は無料。長野市の看板背負って敵地に戦っている選手たちの応援団がこの規模ってのは、少々お寒いような気がしないではないですが、長野市ってのはそういう意味では「都会」なのかもしれませんね。

 こちらはお馴染、ご存知松本山雅エンドのウルトラス松本の皆さん、事実上のホームゲームとは言え、何時ものことながら大した陣容です。彼らが喉を枯らして「松本」と叫び「信州」と叫ぶ、彼らの存在は松本の御城下のとっても大切な宝物だなぁ、と改めて思いましたところです。

 さてこちらの写真、別に何がどうということではないのですが、緑の横断幕のおかげで、ピッチのコーナースポットに近いタッチライン沿いの一番見応えのあるスペースが、見えません。

 これもどうってことの無い写真なのですが、いい加減な横断幕の張り方で、手すりに掴まって遊ぶ子どもが怪我でもしたら大変だよなぁ、なんてことを思いながら、やっぱりコーナースポット近くのタッチライン沿いのホットスポットが見えない・・・。
 しかもこの日の試合の一点は、この左のタッチライン沿いのエリアで須藤選手が倒されて得たフリーキックを、須藤選手がヘッドバットで叩き込んだ一点、見応え半分になってしまいました。

 ウルトラス松本さんとこは、他の人の観戦の妨げになるような横断幕の張り方はしないよなぁ、と思うにつけ、やっぱりウルトラス松本さんは御城下の宝物だよなぁとほとほと思いますし、本物と俄か造りの違いってのはこういうところに現われるものかと、勉強させて頂きました。

 松本山雅の活躍は、新しい大勢のファンを獲得しているのだろうと思いますけれど、人数が増えれば増えるほど質の維持というものは実は難しくなってくるという現実もあるようです。
 ウルトラス松本さんの応援コールの迫力はそりゃぁ大したものでございますが、そうした目につきやすいことばかりではなく、ウルトラス松本さんたちが会場のゴミを片付けたり、私たちの見えないところで様々な配慮をしてくださっていることを、きちんと受け止めて、アルウィンでの時間と空間を楽しく気持ちよく共有できると素晴らしいなぁ、と思います。

 長くなりますけどもう一点。今回の試合の運営主体は、普段松本山雅の試合を運営している団体とは異なる団体だったそうですけれど、この日のバックスタンドには、警備員が一人もいませんでした。子どもたちが走り回るコンクリート階段剥き出しの会場で、会場整理の人員も警備員もなしで、こうした大きな試合を実施する、事故が無くて何よりでございました。
 テレビカメラの前に邪魔ものが無ければ、テレビ放送に支障はないのでしょうけれど、そんな程度の配慮しかできない組織に、こうした大きな試合の運営を任せて良いものか否か、一度サッカー協会にはとっくり考えてもらった方が宜しいのかもしれません。
 ちなみに、松本山雅のリーグ戦の試合を運営している運営ボランティア団体は、会場の隅々にまで配慮した本当にしっかりとした設営・運営をしていますよね。しかも、ボランティアスタッフの皆さんの笑顔がとっても素敵!。
 素晴らしい運営ボランティアの皆さん、そしてウルトラス松本さんのような情熱を持った質の高いサポーターに育てられて、松本山雅が何時の日か頂に立つその日まで、私も応援を続けて行きたいなと思います。
 雷鳥は頂を目指すのでございます!。

 何だか文句ジジイみたいなことをつらつら書いてきましたけれども、明日も天皇杯の一回戦がナイトゲームでアルウィンにて行われるそうです。
 松本山雅の快進撃を祈念して、例によって例の如く、にっちもさっちもまたの御目文字まで。

アイデンティティー育成室
担当副理事長 牛越 愼太郎

皆さまこんにちは

本日は9月第一例会ですが、総務組織改革委員会が連日、委員会をして頑張っています。
「公益社団法人になったらどうなる」と言うキーワードで例会を開催します。総務が行う例会なので、堅苦しい部分もありますが、楽しみにしてください。

また、9月臨時総会も行われます。2011年度の理事長・監事・理事予定者の承認となりますが、例会と総会に必ず出席をお願いしたいと思います。委任状を出していない方は早急に対応して下さい。

9月に入り運動会の季節ですね。私の長女(小学校5年生)ですが、運動が苦手なのに、負けず嫌いで、どうしても運動会で短距離走を1位になりたいみたいで、毎年この時期になると毎朝、学校のグランドを走っています。短期間で成果を出すことは、できないかも知れませんが、この努力したことは、きっと自分自身に跳ね返ってくると親ながらに思ってしまいます。そもそも、こうなったのは、小学校3年生の時にマラソン大会のことを話しをしていたら「学校から家が近いために完走できない」と諦めていました。確かに学校まで徒歩3分ですが、あまりにも単純な理由で、努力をすることなく諦めるので、次の日から無理やり私と走って見ました。それから、急にやりすぎるのも体に負担がくるので、1日置きに走って見ました。(二日酔いの自分自身に辛いので)そうすると、学校の練習で最下位あらそいから抜け出したと報告があり、もっと良い順位になりたいと目標が出来て、走る原動力になりました。この時に驚いたのが、高齢化に近い常会なので、高齢化といえば、早起き、そうすると、散歩や体操など、朝早くに活動をする習慣の人たちが多いので、走るのを見ていたんですね。マラソンをしている時やマラソン大会の時には、近所の何人もの人に応援までしてもらい、本当に有難かったことを思い出しました。
ちなみに、次女はまったく無関心で、わが道を進むべく、結果を求めるなら、何か買ってくれが口癖です。



本日も走っています。
娘からいろいろと学んでしまいました。
只今、左足親指捻挫と極度の打撲のために断念しています。

もう1つ、会員拡大あきらめないで、頑張ろう!
社団法人 松本青年会議所
副理事長 奥村 重雄

三役ブログの火曜日担当、堀川です。


3年前の6月、その頃私はモンゴルの地にいました。

草木の無くなってしまった広大な草原に植樹を行う事業に参加したからです。この日本では考えられないその広い草原に、日本の北信越地区から参加したこの組織のメンバーと共に、数百本にものぼる苗木を植え、数年後にはその成長した木々を上空から眺めると「OMOIYARI」という字を描くという、国境を越えた夢のある事業でした。






この事業を企画した当時のメンバーの企画力、そしてその情熱とそれをまとめ上げて行くリーダーシップ等を当時の自分は参加者として眺めていましたが、それぞれの背中から伝わる「男気!」は、自分に大きな影響を与えてくれたことを覚えています。




その植樹事業のもう一つの目的。それは北信越の福井、新潟、長野から計4人の高校生を選抜し、共に日本を飛び出し、モンゴルでの植樹を通して、地球規模で何かを感じてもらうことでした。その立役者はなんといっても、夜回り先生こと水谷修さん。



この事業に共感するとともに、先生にとっても一番大切な全ての子ども達にチャンスを届けたいと、北陸信越地区で連日の講演キャラバンを実施してくださり、各地の会場で多くの観客の方々に向けて、この植樹事業への募金を呼びかけました。県ごとの各会場では、その地のメンバーが声を枯らし、募金活動を行いました。会場出口に整列する仲間達、声をあげて呼びかけ、それに呼応する観客の皆様。





その想いの形は、高校生のモンゴルへの夢切符となり、その4人の人生の更なる扉の一つとなりました。

その高校生それぞれが、どのような事情の中、どのような経緯で選ばれたのかは知りません。ただ日本の空港を度立つ時と、帰国した時の“瞳”の輝きの違いが、モンゴルを何度も往復し、相当な苦労をしたであろう企画メンバー全員に充実感を与えてくれました。




時は流れ、3年と2ヶ月―。 

8月21日、新潟県上越市。当時高校生だった4名と、その引率担当のメンバーとの“モンゴル同窓会”が開かれました。企画してくれたのは、
高校生からお姉さんと慕われた 小林さん。連絡、お店予約等を全てこなして下さり、 「再会」の場を用意してくれました。


私も車に飛び乗り、一路上越へ。 みんなどんな成長をしているか楽しみで、高速道路のスピードも上がりがちでしたが、諸事情により車のメーターが120kmを超えることはありませんでした。(6月1日ブログ参照。笑)


午後4時から始まったその同窓会。大学生になった天谷君は東京から、革作家になった小倉君は福井から、綺麗なお姉さんになった有里ちゃんは長岡から、そして松本市からは、立派な社会人となった石原君が駆けつけてくれました。当時高校生の4人は、立派にそれぞれの道を歩んでました。再会したみんな、いい顔してたなー。
モンゴルでのウーロン茶での乾杯が、3年後にはジョッキになっていることが驚きです。。。



楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、終電の時間。一人、そして一人とそれぞれがギリギリの時間まで残りながら、再会を名残惜しく帰っていきました。




後日、メンバーの有里ちゃんから思いがけず、宅急便が届きました。中には新潟のお酒2本と手紙が入ってました。モンゴルでもそして日本でも会った時にはいつもお酒を飲みまくっている私の姿が、若い有里ちゃんには印象的だったことでしょう。笑 そして添えられた手紙にはこう書いてありました。


<抜粋>
私はモンゴルに行った3年前、正直人付き合いを自ら避け、人を疑うことしかできずにいました。だけどあの1週間モンゴルの現状を知り、現地の可愛い可愛い子ども達に出会い触れ合う内に今の自分がどれだけ甘くてどれだけちっぽけな事で悩んでいるのか、思い知らされました。


【モンゴルの児童養護施設の子ども達】

【子ども達の現状を知って・・】

みんなで過ごせた1週間、私自身、言葉では表すことができない大きくて暖かい“何か”を手に入れる事ができまいた。あの出会いがなければ、、私は本当に全てにおいてダメダメなままでした。
そして21日。3年と2ヶ月経って、再びああやって大好きなメンバーで集まることができたことを本当に幸せに思います。

           ★モンゴルチーム★ 有里





今、モンゴルの木々はどうなっただろうか。
3年たって、木々が枯れてしまっていたらそれでもいい。当時、それぞれの環境で悩みもがいていた少年少女に、この事業が未来への扉となったようだから。 

当時、本当に苦労してくれたメンバーに感謝しつつ、更なる人々へのきっかけづくりに邁進したいと感じる今日この頃です

10/08/30

朝の乗鞍で

お久しぶりです。月曜日担当の中田です。ブログを担当して頂いています広報国際アイデンティティ委員会の皆さん、そして三役ブログ担当の牛越副理事長始めとします三役の皆さん、ブログを長い間アップせず、ご迷惑をお掛けしておりました。

早速ですが、昨日「Cool Matsumoto!」創造委員会の安藤委員長とメンバーの山本君と乗鞍へ取材の為に行ってきました。朝の5:30に乗鞍の観光センターに行かなければならないということで、家を出発したのが朝の4:30当然起きるのはその前ですから大体4時前でした。久しぶりにJCで朝早く起き、何となくワクワクしてた自分がいて、またそれを客観的に見て若干引いていた自分もいて、ちょっと不思議な感じもしました。

ところで、乗鞍で何があったのかと言うと、「第25回全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」という自転車の競技が開催されたのですが、これはJCA(JCIじゃありません)-日本サイクリング協会-が主催する2010JCA全日本ヒルクライムシリーズの第3戦、第1戦が6月に行われたツールド美ヶ原、第2戦が7月に行われた秋田県の矢島CUP Mt.鳥海バイシクルクラシック、その次の競技がこの自転車競技大会というものです。

写真をアップしようと思いましたが、当委員会に10月に行われる例会で写真が出てくると思いますので、写真はそこまでお待ちください。結構びっくりします。参加人数は4,000人。開催前の集合場所が乗鞍観光センターのある駐車場なのですが、そこが満杯となる状態です。そこへ行ったことがある人なら分かると思いますが、かなりの広さなんですが、そこが自転車と人で一杯。自分は初めて見る光景でしたので、結構びっくりしました。(ちなみに去年より1,000人程参加者が増えており、かなりの人気の競技大会だということです)

また競技される参加者の皆さんはみんなアスリート。恐らくみんな毎日何かしらのトレーニングを行っているのでしょう。少しでも「もしかして、自分も自転車を始めれば、同じ姿になるかも」と思ってしまった自分がバカでした。その集合地点から乗鞍の頂上付近が見えるのですが、誰かが後ろで「最後の一番苦しい所が見えるな~、あそこはきついんだよな~」と言っているのが聞こえ、大会概要を全く把握せずに会場にいた自分としては、まさかゴールがあの遠く彼方に見える頂上とは思っていませんでしたから、さっき自転車をやれば痩せるかもといった軽い気持ちが、こんな自転車は自分には出来ないなと思わされました。

そして7:00に開会式。主催者の構成団体の一つに松本市も入っており、開会の挨拶には菅谷市長がご挨拶され、7:30のスタートのスターターにも市長が立たれていました。そしてスタート、久々に味わう緊張感でした。その緊張感が何とも言えない。市長のスターターと同時に選手の皆さんが一斉にスタートを切って走り出します。ぎっしりと混みあった中で全員が渾身の力でペダルを踏み込んんでいて、そこらじゅうからガシガシとペダルを踏み込む音がし、ぶつかるんじゃないかと思うくらいでしたが、誰もぶつかることなく、颯爽と自分の目の前を通り過ぎて行きました。そんなスタートが10個ぐらいのグループに分かれて8時過ぎまでそのスタートが繰り返されて行きました。さすがに4,000人なので、マラソンのように一斉にスタートとはいかないようでした。

そんな模様が今度の10月例会の場で発表されます。もちろん取材の趣旨はこのブログの内容とは違います。是非ご期待をされて例会にお越しいただければと思います。

副理事長 中田忠章

10/08/28

刺青

皆さん、こんばんは。
スーツ+Yシャツという機会も多くなり、今週末はアイシティ21のYシャツフェアで、クールな「青シャツ」に負けない「MAKE IMPACT」なシャツを仕立てようと考えている大蔵俊介です。
今日は、父と交わした会話に感じた「想い」について記そうと思います。

明日、大学時代の仲間との集まりに出掛ける父が言いました。
「お世話になった教授の夏季ゼミの課題が忘れられない。」と。
通常、建築科の課題といえば、ある敷地に建物を計画し、平面図や立面図、断面図などの図書図面一式を描いて提出・・・・・・というのが普通でしょう。
実際、僕の大学時代の課題もそうでした。

父がお世話になった教授は、学生たちにある土地を見せ、こう言ったそうです。

「この土地に自分が建築する建物について、口頭で5分間で説明しなさい。」

学生たちは「口で説明して図面を描かなくていいなんて、楽な課題だな。」と大喜びだったようですが、実際教授にプレゼンする時、その難しさと教授の狙いを思い知ったようです。

それがどんな建物で、何のためにあって、自分がどんな「想い」でその建物をそこに建てようとしているか・・・・・・。
図面ではなく、限られた時間の中で相手に口で説明し、理解してもらう難しさを。
自分の「想い」を相手に上手く伝えることが出来ず、受け入れられなければ、どんなに手を
掛けて描いた図面も価値がないということを。

この話を通じて、きっと父が僕に訴えたかったメッセージ。
仕事でもJCでも一緒。
限られた時間と資料で、自分の「想い」を込めて相手を納得させる力を「修練」しなさい、と。
強い「想い」を持って、「JC運営」ではなく、「JC運動」を興しなさい、と。

「先輩」が体と心に「JC」の刺青を刻んでいると言うのは、やはりダテではないようです。
普段JCのことなど話しませんが、今日はなぜか素直に聞くことが出来ました。
これも「日本ランク50位の準会員」のお蔭かなぁ(笑)


「(株)井○・営業事務局長」
大蔵 俊介

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(社)松本青年会議所 2010年度
三役のブログです。

各曜日担当が思いを綴ります。

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