皆さん、こんにちは。
来週の土曜日ブログの日にちを見て、執筆代理人として最近巷を騒がせている蟻氏を指名しようと考えている大蔵俊介です。
昨夜、テレビで「全国高等学校クイズ選手権」が放映されていました。
実は僕も地方予選敗退ながらも、高校生の時にこの「高校生クイズ」に参加したことがあります。
当時、僕もまた水野谷理事長と同じく、「ニューヨークへ行きたいか!?」というクイズ番組に夢中になっていたのです。
高校生クイズの特徴は、やはり「三人一組」での知力勝負という点です。
地方予選では、まず「YES・NO問題」でかなりの数を絞る訳ですが、三人でこの二択の答えを出すというのが、一つの醍醐味でもあります。
二択とはいえ三人で相談し合って答えを出し、YESorハイル・・・いや失礼、YESorNOエリアに移動し、正解発表を待つ。
「正解はァ・・・正解はァ・・・これだァ~!!!」という司会者(ちなみに僕らの頃は福澤朗アナでした)の声と共に訪れる審判の時。
正解だった時のあの喜びと次につながるワクワク感。
不正解で敗退が決まった時の何とも言えない脱力感。
夏の暑さと共に、十数年経った今でもあの時の感覚ははっきり覚えています。
一緒に参加した仲間は、今どうしているだろう。
僕と同じ想いでテレビを観てくれていただろうか。
「三人寄れば文殊の知恵」
参加した者にしか分からない、文殊の知恵以上の友情と一体感、素敵な夏の思い出がそこにはありました。
それにしても、今の高校生クイズってあんなに難しいんですね!?
人間の脳の大きな可能性を感じました・・・・・・。
「自問党・選対事務局長」
大蔵 俊介
皆さん、お元気ですか?
民主党の代表選が話題になっています。正直カンかオザワか?って究極の選択ですよね。何だかなあ、て感じです。それよりも一刻も早く景気対策を実践してほしい、それが今最も国民が求めていることである、と思うのですが、皆さんもそう思いません?
あと一つ、民主党の代表選ってサポーターも投票権あるみたいですが、民主党のサポーターって“在日外国人”もなれるんですよね。
実質我が国の総理を決める代表選で投票権のない外国人が投票できる、ってこれって憲法違反じゃないんですかあ、民主党さん!?(不思議とマスメディアは取り上げません。悲しすぎる)
実は真に私が興味を持ったニュースをもう一つ・・・先月末で行われた自問党の記者会見に於いて「公共事業復活」を謳ったことです。
自民党の記者会見(8月30日)
結構重要な方針転換、だと思いました、ハイ。
さて、「スズキ・メソード」についてです。
時折自らが指導者である妻と様々な話をし、自分なりの「スズキ・メソード」像が雑駁ながら出来上がってきましたので、ご紹介します。(リアルな関係者にとっては私の稚拙な理解によるスズキ評を寛容なお気持ちでご覧ください。)
「スズキ・メソード」とは何か?
ホームページを見ると“音楽教室”という冠がついているため、一見ヴァイオリンやピアノを教えるヤマハなどの音楽教室と同類と思われがちですが、実際はちょっと違うようです。
俗に「幼児教育」と呼ばれていますが、「音楽」を通して心を育む「情操教育」を60年以上も前から提唱している団体が、スズキ・メソード≒才能教育研究会であります。(たぶん)
つまり、ヴァイオリンやピアノを弾けるようになること(音楽家を育てること)が目的ではなく、そのプロセスを経て子どもを、そしてその人格を立派に育てる(人を育てる)ということがスズキの最終的な目的というわけです。(個人的には、“音楽教室”と冠を付けるのは誤解を招くと思うので辞めたほうが良いような気がします。←妻の意見ではありません。)
そういう意味では、スズキ・メソードを「教育方法((≒母国語教育法)として捉える側面だけではなく「教育哲学」として捉える側面もあると思います。
今は亡き鈴木鎮一氏が確立されたので教育方法論として論じられることはいささかの問題もないでしょうが、実際はその根底にある「教育哲学」こそがスズキ・メソードたらしめているのである、と考えます。
「どの子も育つ 育て方ひとつ
どの子も育つ 親次第
どの子も育つ 先生次第
どの子も育つ 自分次第」
というお言葉からも窺えるように氏が訴えているのは「人間の能力は生まれつきではない。生きようとする生命の力が働いて、おかれた環境に自分を適応させ、その能力をつけていくものだ。つまり、どの子も育て方次第でそのように育つのだ」(引用:「愛に生きる」講談社)というお考えです。
正に環境の優劣が能力の優劣に強く作用するわけで、スズキ・メソードを全く知らない人が、3~4歳の子どもたちが上手にヴァイオリンを弾いている姿を目の当たりにすると子ども達の“能力”に驚くのですが、それは決して生まれつきそのような“能力”を持っているわけではなく、彼らの“成長の結果”を目にしているにすぎないのです。
「スズキ・メソード」に限ったことではありませんが、確かに「どの子も、うまく育てれば、みんな高くよく育つ。その可能性を備えて生まれてきている」わけですが、うまく高く育つかどうかはそのような環境が与えられるか?ということが先ずは大事であると言えそうです。
幼児期に於いてはその環境を与えらるか否かは「親(又は先生)次第」になるわけです。
つまり、最終的には「どの子も育つ 自分次第」と謳われているように、上手に弾けるかそうでないかは“自分”がどれだけ正しい努力を積み重ねたか?に行き着くわけですが、本人にその自覚がない幼児期にこそしっかり教えて育てる環境を、親が、そして先生が提供してあげることが何よりも大事である、という考えこそが正にスズキ・メソードの活動の根本にあると思います。
専務理事方針に「愛深ければ為すこと多し」という文面を引用したのも妻がスズキの指導者であるという背景がそこにあったからであり、夫である私が「スズキ・メソード」の哲学をより深く理解し、妻の活動をサポートする事は当然である、とは思うのですが、スズキを理解するのはなかなか難しいなあ、というのが実のところです。
以前は、スズキ・メソードの運動がもっともっと広がっていけば良い、と単純に考えていましたが、これはなかなか一筋縄ではいかない気がしています。それは、「スズキ・メソード」があまりに哲学的で奥が深い、ということもその要因の一つであろうと思うからです。
まあ、せめて発祥の地である松本の人間は「スズキ・メソード」の教育哲学に触れ、より深い理解を持っていても損はないであろう、というのが今日の結論です。
それでは、皆さん最後までお付き合いいただきましてお疲れ様でしたm(_ _)m。
また来週。
9月を迎えまして、「三役ブログ」の6気筒エンジンも、それぞれのシリンダーでバフバフとエキゾーストを轟かせ始めたようで、管理人と煙たがられる私としては嬉しく、また有り難く感じておりますところです。
木曜ブログ担当の牛越でございます、本日もどうぞ宜しくお付き合いくださいませ。
早速ですが、8月29日にアルウィンで行われました、天皇杯サッカーの長野県予選を見てきました。我らが松本山雅、「辛勝」というべきなのでしょうけれど、須藤選手のヘッドバット一発でパルセイロを粉砕、先ずは目出度く先へ進めることとなりましたこと、お喜び申し上げます。
今年も浦和レッズのようなビッグネームをアルウィンに招いて、ジャイアントキリングを馳走してくれちゃいましょう、楽しみですね。
さて、試合のことはともかくとして、久しぶりにアルウィンに行きましたら、いろいろ感じることがありましたので、少しお話をさせていただきたいと思いますので、お付き合いください。
この写真、パルセイロのエンドのサポーターの陣容です。距離にして60キロ前後、時間にすれば片道40分、駐車場は無料。長野市の看板背負って敵地に戦っている選手たちの応援団がこの規模ってのは、少々お寒いような気がしないではないですが、長野市ってのはそういう意味では「都会」なのかもしれませんね。
こちらはお馴染、ご存知松本山雅エンドのウルトラス松本の皆さん、事実上のホームゲームとは言え、何時ものことながら大した陣容です。彼らが喉を枯らして「松本」と叫び「信州」と叫ぶ、彼らの存在は松本の御城下のとっても大切な宝物だなぁ、と改めて思いましたところです。
さてこちらの写真、別に何がどうということではないのですが、緑の横断幕のおかげで、ピッチのコーナースポットに近いタッチライン沿いの一番見応えのあるスペースが、見えません。
これもどうってことの無い写真なのですが、いい加減な横断幕の張り方で、手すりに掴まって遊ぶ子どもが怪我でもしたら大変だよなぁ、なんてことを思いながら、やっぱりコーナースポット近くのタッチライン沿いのホットスポットが見えない・・・。
しかもこの日の試合の一点は、この左のタッチライン沿いのエリアで須藤選手が倒されて得たフリーキックを、須藤選手がヘッドバットで叩き込んだ一点、見応え半分になってしまいました。
ウルトラス松本さんとこは、他の人の観戦の妨げになるような横断幕の張り方はしないよなぁ、と思うにつけ、やっぱりウルトラス松本さんは御城下の宝物だよなぁとほとほと思いますし、本物と俄か造りの違いってのはこういうところに現われるものかと、勉強させて頂きました。
松本山雅の活躍は、新しい大勢のファンを獲得しているのだろうと思いますけれど、人数が増えれば増えるほど質の維持というものは実は難しくなってくるという現実もあるようです。
ウルトラス松本さんの応援コールの迫力はそりゃぁ大したものでございますが、そうした目につきやすいことばかりではなく、ウルトラス松本さんたちが会場のゴミを片付けたり、私たちの見えないところで様々な配慮をしてくださっていることを、きちんと受け止めて、アルウィンでの時間と空間を楽しく気持ちよく共有できると素晴らしいなぁ、と思います。
長くなりますけどもう一点。今回の試合の運営主体は、普段松本山雅の試合を運営している団体とは異なる団体だったそうですけれど、この日のバックスタンドには、警備員が一人もいませんでした。子どもたちが走り回るコンクリート階段剥き出しの会場で、会場整理の人員も警備員もなしで、こうした大きな試合を実施する、事故が無くて何よりでございました。
テレビカメラの前に邪魔ものが無ければ、テレビ放送に支障はないのでしょうけれど、そんな程度の配慮しかできない組織に、こうした大きな試合の運営を任せて良いものか否か、一度サッカー協会にはとっくり考えてもらった方が宜しいのかもしれません。
ちなみに、松本山雅のリーグ戦の試合を運営している運営ボランティア団体は、会場の隅々にまで配慮した本当にしっかりとした設営・運営をしていますよね。しかも、ボランティアスタッフの皆さんの笑顔がとっても素敵!。
素晴らしい運営ボランティアの皆さん、そしてウルトラス松本さんのような情熱を持った質の高いサポーターに育てられて、松本山雅が何時の日か頂に立つその日まで、私も応援を続けて行きたいなと思います。
雷鳥は頂を目指すのでございます!。
何だか文句ジジイみたいなことをつらつら書いてきましたけれども、明日も天皇杯の一回戦がナイトゲームでアルウィンにて行われるそうです。
松本山雅の快進撃を祈念して、例によって例の如く、にっちもさっちもまたの御目文字まで。
アイデンティティー育成室
担当副理事長 牛越 愼太郎
皆さまこんにちは
本日は9月第一例会ですが、総務組織改革委員会が連日、委員会をして頑張っています。
「公益社団法人になったらどうなる」と言うキーワードで例会を開催します。総務が行う例会なので、堅苦しい部分もありますが、楽しみにしてください。
また、9月臨時総会も行われます。2011年度の理事長・監事・理事予定者の承認となりますが、例会と総会に必ず出席をお願いしたいと思います。委任状を出していない方は早急に対応して下さい。
9月に入り運動会の季節ですね。私の長女(小学校5年生)ですが、運動が苦手なのに、負けず嫌いで、どうしても運動会で短距離走を1位になりたいみたいで、毎年この時期になると毎朝、学校のグランドを走っています。短期間で成果を出すことは、できないかも知れませんが、この努力したことは、きっと自分自身に跳ね返ってくると親ながらに思ってしまいます。そもそも、こうなったのは、小学校3年生の時にマラソン大会のことを話しをしていたら「学校から家が近いために完走できない」と諦めていました。確かに学校まで徒歩3分ですが、あまりにも単純な理由で、努力をすることなく諦めるので、次の日から無理やり私と走って見ました。それから、急にやりすぎるのも体に負担がくるので、1日置きに走って見ました。(二日酔いの自分自身に辛いので)そうすると、学校の練習で最下位あらそいから抜け出したと報告があり、もっと良い順位になりたいと目標が出来て、走る原動力になりました。この時に驚いたのが、高齢化に近い常会なので、高齢化といえば、早起き、そうすると、散歩や体操など、朝早くに活動をする習慣の人たちが多いので、走るのを見ていたんですね。マラソンをしている時やマラソン大会の時には、近所の何人もの人に応援までしてもらい、本当に有難かったことを思い出しました。
ちなみに、次女はまったく無関心で、わが道を進むべく、結果を求めるなら、何か買ってくれが口癖です。
本日も走っています。
娘からいろいろと学んでしまいました。
只今、左足親指捻挫と極度の打撲のために断念しています。
もう1つ、会員拡大あきらめないで、頑張ろう!
社団法人 松本青年会議所
副理事長 奥村 重雄
三役ブログの火曜日担当、堀川です。
3年前の6月、その頃私はモンゴルの地にいました。
草木の無くなってしまった広大な草原に植樹を行う事業に参加したからです。この日本では考えられないその広い草原に、日本の北信越地区から参加したこの組織のメンバーと共に、数百本にものぼる苗木を植え、数年後にはその成長した木々を上空から眺めると「OMOIYARI」という字を描くという、国境を越えた夢のある事業でした。
この事業を企画した当時のメンバーの企画力、そしてその情熱とそれをまとめ上げて行くリーダーシップ等を当時の自分は参加者として眺めていましたが、それぞれの背中から伝わる「男気!」は、自分に大きな影響を与えてくれたことを覚えています。
その植樹事業のもう一つの目的。それは北信越の福井、新潟、長野から計4人の高校生を選抜し、共に日本を飛び出し、モンゴルでの植樹を通して、地球規模で何かを感じてもらうことでした。その立役者はなんといっても、夜回り先生こと水谷修さん。
この事業に共感するとともに、先生にとっても一番大切な全ての子ども達にチャンスを届けたいと、北陸信越地区で連日の講演キャラバンを実施してくださり、各地の会場で多くの観客の方々に向けて、この植樹事業への募金を呼びかけました。県ごとの各会場では、その地のメンバーが声を枯らし、募金活動を行いました。会場出口に整列する仲間達、声をあげて呼びかけ、それに呼応する観客の皆様。


その想いの形は、高校生のモンゴルへの夢切符となり、その4人の人生の更なる扉の一つとなりました。
その高校生それぞれが、どのような事情の中、どのような経緯で選ばれたのかは知りません。ただ日本の空港を度立つ時と、帰国した時の“瞳”の輝きの違いが、モンゴルを何度も往復し、相当な苦労をしたであろう企画メンバー全員に充実感を与えてくれました。
時は流れ、3年と2ヶ月―。
8月21日、新潟県上越市。当時高校生だった4名と、その引率担当のメンバーとの“モンゴル同窓会”が開かれました。企画してくれたのは、
高校生からお姉さんと慕われた 小林さん。連絡、お店予約等を全てこなして下さり、 「再会」の場を用意してくれました。
私も車に飛び乗り、一路上越へ。 みんなどんな成長をしているか楽しみで、高速道路のスピードも上がりがちでしたが、諸事情により車のメーターが120kmを超えることはありませんでした。(6月1日ブログ参照。笑)
午後4時から始まったその同窓会。大学生になった天谷君は東京から、革作家になった小倉君は福井から、綺麗なお姉さんになった有里ちゃんは長岡から、そして松本市からは、立派な社会人となった石原君が駆けつけてくれました。当時高校生の4人は、立派にそれぞれの道を歩んでました。再会したみんな、いい顔してたなー。
モンゴルでのウーロン茶での乾杯が、3年後にはジョッキになっていることが驚きです。。。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、終電の時間。一人、そして一人とそれぞれがギリギリの時間まで残りながら、再会を名残惜しく帰っていきました。
後日、メンバーの有里ちゃんから思いがけず、宅急便が届きました。中には新潟のお酒2本と手紙が入ってました。モンゴルでもそして日本でも会った時にはいつもお酒を飲みまくっている私の姿が、若い有里ちゃんには印象的だったことでしょう。笑 そして添えられた手紙にはこう書いてありました。
<抜粋>
私はモンゴルに行った3年前、正直人付き合いを自ら避け、人を疑うことしかできずにいました。だけどあの1週間モンゴルの現状を知り、現地の可愛い可愛い子ども達に出会い触れ合う内に今の自分がどれだけ甘くてどれだけちっぽけな事で悩んでいるのか、思い知らされました。
【モンゴルの児童養護施設の子ども達】
【子ども達の現状を知って・・】
みんなで過ごせた1週間、私自身、言葉では表すことができない大きくて暖かい“何か”を手に入れる事ができまいた。あの出会いがなければ、、私は本当に全てにおいてダメダメなままでした。
そして21日。3年と2ヶ月経って、再びああやって大好きなメンバーで集まることができたことを本当に幸せに思います。
★モンゴルチーム★ 有里
今、モンゴルの木々はどうなっただろうか。
3年たって、木々が枯れてしまっていたらそれでもいい。当時、それぞれの環境で悩みもがいていた少年少女に、この事業が未来への扉となったようだから。
当時、本当に苦労してくれたメンバーに感謝しつつ、更なる人々へのきっかけづくりに邁進したいと感じる今日この頃です












