カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 源智の井戸清掃の仲間の方から教えて頂き、あがたの森で開かれている市民講座「サロンあがたの森」へ参加して来ました。
11月8日の第229回で今回のテーマは「多様性に富む松本市街地の井戸水-松本盆地の地下水の水質について-」で、講師は総合地球環境学研究所の上級研究員の藪崎志穂さん。
女史は筑波大大学院卒の地球環境科学専攻で理学博士。筑波大、福島大を経て現在に至るまで、溶存成分や同位体などの化学分析を利用して、地表水や地中水の水質、地下水流動の解明に関する研究を行っておられ、「平成の名水百選」選定を機に、各研究者が分担して選ばれた各地の“名水”を調査した時に、女史はたまたま「まつもと城下町湧水群」を担当することになり、その松本の湧水の多様性に魅せられて、その2008年以降今日に至るまで定期的に松本に足を運ばれて、各地の井戸の水を採取分析し、その水質の研究を継続されて行っておられる方です。
因みに、総合地球環境学研究所というのは、京都の北区にある国立の地球環境問題を研究する研究所だそうです。

 松本盆地は南北に長い地形で、糸魚川静岡構造線により二分され、西側の標高3000m級の飛騨山脈と東側の800~2000m程の筑摩山地に挟まれ、それらの山地から流れる複数の河川によって運搬堆積された砂礫層によって形成され、この良好な帯水層に、盆地の地下には豊富な地下水が貯留されています。その結果、他地域と比べると非常に多様性に富む松本市街地の地下水に着目されて、定期的に足を運んでは各地の被圧地下水(深度の深い、深井戸)を採取分析し、17年間に亘って調査研究を行っておられます。

 その検査の目的は、水の性質と水の動き、そして水の年齢(滞留時間)を知ることで、その結果、この水がどこから来たか、その水の特徴を推測することが可能になります。
そのために女史が調べられている測定項目は次の通りです(以下の掲載資料は当日の配布資料より)。
この内、EC(電気伝導率)が高ければ、溶存成分が多いことが分かるので、次にその成分を調べるために化学分析を行うのだそうです。
また、放射性同位体である3H(トリチウム)や安定同位体は自然界に存在していて雨に含まれているので、その溶存成分量が多いと、地中に滞留していた時間が長く掛かっていることになるため、その水の年齢(滞留時間)が分かるのだとか。
こうして分析された項目は、その相関性を見るのに、一般的に「シュティフダイアグラム(ヘキサダイアグラム)」が用いられます。  
この六角形のヘキサダイアグラム(シュティフは考案者)が、グラフ化された各項目の相関を知るのに、一目で認識し易いとされているそうです。
 これまで、17年間に亘り女史が調べて来た結果、言えることは、概要として、日本の平均降水量は1600mmとされる中で、松本(旧松本観測候所で標高610m)は1065mmです。しかし、標高が高い程降水量は多くなるため、松本に近い山岳地帯の観測地点では、標高1500mの上高地で降水量が2700mmである様に、山地は地下水の涵養域になっています。しかし、その涵養域はNa+Ca2+などの溶存成分では把握出来ないため、安定同位体であるSrなどで分析し、その結果から涵養域を把握していきます。
その結果言えることは、松本盆地は糸魚川静岡構造線で二分されていて、飛騨山脈以西の古生代にまで遡る古い地層と、比較的新しい東側の筑摩山地の地層に分かれ、そこから複数の河川によって運ばれ堆積した複合扇状地を形成しており、上記の分析結果(水質と安定同位体)により、大町、安曇野の地下水は飛騨山脈の北アルプスが涵養地、松本市街地の地下水は美ヶ原高原などの筑摩山地がその涵養地と推測されるとのこと。
因みに、同位体比は、PC上で検索した内容より引用すると、
『標高が高くなると、同位体比は低くなる「高度効果」が見られます。これは、水蒸気が上昇して雲になるときに、水蒸気中の軽い同位体(例えば16O)が残りやすく、重い同位体(例えば18O)が先に雨や雪となって降ってしまうためです。標高が高い場所ほど、このような「軽い」水が残った降水が供給されるため、同位体比が低くなる傾向があります。』  
以上の結果から、松本の地下水の水質について分かって来たことは、
・松本の地下水は井戸深度により異なる、複数の地下水流動系(女鳥羽川系、薄川系)が存在すると思われる。そのため、距離が近くても井戸深度により水質が大きく異なる場合がある。
・内容的には、比較的溶存成分が多く、水質組成が多様でCa-HCO3-型が多くみられること。また、Ca-Cl型(カルシウムと塩化物)が多いこと。
その中で、北馬場柳の井戸(深度80m)は特異で、イオン濃度とマンガンが高いことから、局地的に有機物層(植物?)が堆積している可能性が考えられること。また、地蔵清水は(Na+Mg)HCO3型で、これは全国的にも珍しい(理由不明)
・一方、酸素、水素安定同位体比での松本の地下水の涵養標高をみると、涵養域である筑摩山地の女鳥羽川の北側は涵養標高(雨の降った場所)が高く、南側は涵養標高が低いことが分かる。
・なお、鋭敏な舌を持つ人は、一般的にNaが多いと塩味を感じ、Ca-Clが多いと甘味を感じる。

      【松本市街地の地下水の水質組成図(2009年3月の調査)】
 
          【トリリニアダイアグラム(2009年3月の調査)】
         *多くの地点を分類するのに便利
 (*赤いドットでの区分けと吹き出しは講師の説明を元にした筆者の記入)
また、これまでの17年間で見る水質の長期変動(2008年~2023年)で言えることとしては、
・北門大井戸と北馬場柳の井戸を例にとると、水質が比較的一定であることから、これは松本市の行政や地域住民による長年の河川や井戸の清掃活動などに依り、水質が維持管理されてきた成果だと思われる
・一方、山間部の湧水には2018年から変化が見られるが、これは融雪剤(塩カル)散布の影響ではないかと推測される
ということだそうです。
そして、今後の水質管理に向けて重要なこととして、女史が挙げられたのは、
・地下水の涵養域としての、山地部の自然環境を保全することが重要 
日本の一部では、近年増え過ぎた鹿の食害により、檜林の樹皮が悉く食べられて、樹勢が衰え枯れてしまったエリア(滋賀県)や、樹木草本が食べ尽くされて消失し、その結果裸地となって土砂崩れが起こってしまった場所(長崎県)もある
・そのためにも地下水の涵養域を推定し、水源地を保全していくことが重要
・近年の温暖化に伴う環境変化で、これまでのシトシトと降 る様な梅雨から、最近はゲリラ豪雨などが多発する様になってきているが、シトシト降る雨は地下に徐々に浸透していくのに対し、一気に降るゲリラ豪雨では地下に浸透せずに地表を一気に流れ下ってしまうことから、長期的に見て地下水の水量低下などの地下水の流動系への影響が懸念される
ということでした。
 その他として、松本の地下水についてのまとめに代えて、女史が強調されたのは、全国の上水道の75%近くがダムや河川から取水された水であって、湧水を使用しているのは僅か19.1%に過ぎない中で、松本は奈良井ダムの水と島内や源池の湧水がブレンドされた上水であり、また市内にも幾つもの湧水や井戸が在る非常に水に恵まれた街。しかも井戸に寄ってもその水質が異なるのも、非常に特徴的である・・・ということでした。
また、市街地だけでなく一歩郊外に出れば、自然に恵まれて山歩きを楽しみながら、美味しい水にも巡り合えるので、そんな湧水も楽しんでくださいとして、松本の近郊で一例として挙げられたのが、私も昔飲んだことがありますが、安曇野市堀金の烏川沿いにある「延命水」と、塩尻市上西条神社境内の「強清水」で、この湧水はその名の通り、石灰岩質の地層から湧き出る硬水なのだそうです。
 たまたま松本のウォーキングで汲んだ「源智の井戸」の水で淹れたドリップ珈琲が劇的に美味しくなったことから、以来10年以上も水を頂いてきた「源智の井戸」の維持管理のための清掃活動に、市民ボランティアとして一年前から関わることになって、“平成の名水百選”の「まつもと城下町湧水群」にも一層の関心が湧き、こうして松本の水の重要性と多様性を更に深く知ることが出来た、有意義な「サロンあがたの森」の講演会でした。

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