カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 先日の夜、好きな番組であるNHK総合TVの「サラめし」に続いて放送されていたのが「うたコン」。他局はつまらないバラエティーばかりで見る番組も無く、然程興味があった訳でもないのですが何となくそのまま見ていました。
たまたま、その日の出場歌手の一人が演歌の島津亜矢さん。アイドルと違い、演歌を歌う人は昔から歌が上手いというのは当然なのでしょうけれど、本来の演歌ではないポップスや他の歌手とのデュエットに唖然!その旨さに、思わず聴き入ってしまいました。

 後で知ったのは、彼女のファンであるマキタスポーツ氏が彼女を形容して付けたという「歌怪獣」というあだ名(綽名)。演歌歌手にも勿論おキレイで、ある種妖艶とも形容可能な様な美しい方もおられますが、片や魔除けフィギュアになるような天童よしみさんの様な大御所もおられ、島津さんもどちらかというとそちら系でしょうか。
従って、女性に対しては何とも失礼ですが、島津さん(の容姿ではなく、むしろその歌いっぷり)に対しての「歌怪獣」というそれが言い得て妙と思える程に納得出来る、ある意味“凄まじい”くらいに鳥肌モノの歌唱力でした。

 演歌歌手の皆さんは、嘗ての三橋美智也始め、細川たかしさんなど民謡出身の歌い手の方も多いだけに、小節はともかくその歌唱力、特に声量は皆さん折り紙付きなので、演歌を聴いている限りは目立たないのですが、演歌ではないポップスなど別のジャンルを歌うと、何故かその歌唱力に耳目を奪われるのです。多分それは、口パクの歌手などは論外としても、顔がイイだけで然程歌唱力の無い歌手(但し、歌唱力の無さ=音楽性の無さではない)とは、特にゴマカシの効かない(録音音源ではない)“生歌”になればなるほど、それが目立つのだろうと感じた次第です。

 それにしても、彼女の歌った「ボディガード」の主題歌で有名な“I Will Always Love You”は、本当に惚れ惚れする程上手かった・・・。

 THE ALFEE。「星空のディスタンス」や「メリーアン」のヒット曲で知られる三人組の“フォークロック“グループ、と形容すれば良いのでしょうか?
メンバーは桜井賢、坂崎幸之助、高見沢俊彦の三氏。トレードマークのサングラスとはイメージの合わない?艶のある美声の桜井さん、何でもこなすミュージシャンの坂崎さんと天使の羽を模したエンジェルギターのヘヴィメタ風で名ギタリストの高見沢さん。高校時代からバンドを組んでいたという彼等。

 個人的に、彼等の音楽そのものは私メの好みではなく、学生時代、一時的に好きだったアリスやチャゲアス、その後のオフコースやふきのとうに対し、アルフィーはレコードもCDも今まで一枚も購入したことはないのですが、アルフィーがパーソナリティーを務めるNHK-FMのレギュラー番組「THE ALFEE 終わらない夢」を(朝の「クラシックカフェ」からそのままFMを聞いていると、週一の再放送があり)時々聞いていて、まるでコントの様な掛け合い漫才風のトークに爆笑すること暫し。
特に良く二人で担当することの多い、桜井さんのボケ具合と高見沢さんのツッコミが何とも楽しい感じがします。そこに時々坂崎さんが加わると、更にエスカレート・・・。

 やがてはメンバーの考え方や志向性の違いからとかく解散する、或いは実際に解散したグループがとかく多い中で、三人という構成が良いのか、個々のマイナスをお互いの長所がそれをカバーして、お互いのプラス効果を足し算では無く掛け算の様に何倍にも増殖させているのでしょうか。
アルフィーは、1973年結成以来ナント46年というのですから、何とも凄い!の一言に尽きます。先述のNHKの番組も既に290回を数えるというのですから、同じパーソナリティーのままというだけでも凄い!のに・・・。

 THE ALFEE。誠に失礼ながら、歌ではなく、掛け合い漫才のようなトークを楽しませてもらっています。

 雑誌では定期配信サービスのdocomoの「dマガジン」を愛読していますが、音楽配信はこれまで全く利用したことはありませんでした。
 携帯音楽プレーヤーとしては長年iPod nanoに自分のCDを保存して愛聴していましたが、アップルのiPodは製造中止になり買い替えは不可能で、しかも経年劣化か、最近不具合気味。そこで止む無く、遅れ馳せながら音楽配信サービスを利用することにしました。
私メの場合、ジャンルはクラシックだけで良いので検索してみたところ、J-popを含め国内外のポップス系の曲やアーティストを網羅した、例えばApple musicやスウェーデンの世界最王手の配信サービス会社Sportfyなどの月額定額制(サブスクリプション方式)の配信サービスはあるのですが、ポップスに比べて意外なほどクラシック音楽の楽曲が少ないのです。

 そんな中で、曲数や演奏者数なども含めて一番充実していたのがClassic Managerという無料の音楽配信サービスでした。無料の理由は、著作権の切れた音源のみが使われているため。50年で著作権が切れるので、最新の音源でも1969年ということになります。従って、音源の中にはMono録音も少なくありませんし、演奏者でも、例えば指揮者でみると、クライバーはカルロスではなくお父上のエーリッヒですし、メンゲルベルクやミートロープス、また日本にお馴染みという意味ではマタチッチなど、或る意味伝説的、レジェンド的な巨匠の録音もあります。
他にも、先述のSportfyにもクラシック音楽の配信サービスもあったのですが、無料配信の場合はCM入り(により無料を可能としている由)でしかもシャッフルのみ。勿論有料の場合はそうしたことはなく楽章の順番に楽しめますし、例えばクライバーはちゃんとカルロスの録音が有料で配信されています。
しかし無料配信のClassic Managerでも、カラヤン、バーンスタインを始め、ワルター、セル、ベーム、オーマンディ、ショルティ、お馴染みのサヴァリッシュやスウィトナー、そしてクーベリックやケルテス、ムラヴィンスキー、更にはバルビローリ、ミュンシュやクリュイタンス、ザンデルリンクやケンペといった、学生時代に夢中になった巨匠達の録音したStereo音源も結構な数で含まれているのです。
例えば、当時名盤とされたベームのモーツァルトやシューベルト、ワルターやバーンスタインのマーラー、ケルテスやクーベリックのドボルザーク、ムラヴィンスキーのチャイコフスキー、バルビローリやカラヤンのシベリウス、そしてサヴァリッシュやクーベリックのシューマン・・・etc。勿論、当代の人気演奏家の最新の音源は無くとも、私メが学生時代に胸を熱くした(しかし貧乏学生故、最新のLPは買えず、NHK-FMでの、今や死語となった“エアチェック”で確認するしかなかった)往時の名録音が並びます。
音質も通信量の違いで高音質と低音質の2種類が選択可能。Free Wi-Fiであれば通信料金も気にせずに聴くことが出来ます。
それにしても良く作ったなぁ。・・・と感心するのですが、これ韓国製の配信サービス。最新の5Gサービス推進でも取沙汰されているように、通信ネットワークやソフトウェアの進化では韓国や中国の方が余程進んでいるのかもしれません。

 Classic Managerの唯一のネックは、演奏者や楽曲名などが全て英語表記のため、曲名によっては日本語のタイトルが連想しにくいものがあったり(「悲愴」や「運命」は分かり易いのですが、例えば有名な小品であるマスネ作曲の「タイスの瞑想曲」の英語表記は“Massenet Thais Meditation”)、また録音データが、例えば指揮者だと録音年月日と録音場所は分かっても、演奏団体(オーケストラ名)が記載されていないなど、少々不親切な部分も無いではありません。
しかし、クラシック音楽専門でこれほど充実しているアプリが無料で配信されていることに驚かずにはいられませんでした。
先述したような学生時代に憧れた名録音も多いので、大いに楽しめそうです。

 7月と8月は我々夫婦の誕生日。この年になると、せいぜい“目出度さも中ぐらい也”程度で、我々自身でお互いを祝う様な事はもうありませんが、それでも子供たちからのお祝いは格別です。

 米国在住の長女からは、奥さまの誕生日に合わせて「小田和正2018 Tour “ENCORE”」のチケットのプレゼント。
因みに“Encore”(アンコール)は本来フランス語。英語でもそのままの綴りで使われるようですが、英語で言うならCurtain Callでしょうか。
 ナント今年古希(70歳!)を迎えたという小田和正さんのライブツアー2018は、全国21ヶ所、全48公演とか。5月の熊本からスターとし、3ヶ月経って東京地区へ戻ってきて最初の調布「武蔵野の森総合スポーツプラザ」での初日。8月8日のコンサートチケットです。
ちょうど台風13号の関東直撃も予想される中でしたが、当日高速バスで東京へ向かいました。日野で高速バスを降り、多摩モノレールから京王線に乗り替えて、先にチェックインすべく、予約したホテルのある東府中へ。コンサート会場はてっきり「府中の森芸術劇場」だと思い、ホールまで歩いて行ける東府中のホテルにしたのですが然に非ずで、味の素スタジアムのある「武蔵野の森総合スポーツプラザ」にある1万人収容のスポーツアリーナがその会場で、最寄駅は聞き慣れない京王線の「飛田給」駅。これは荘園制度が盛んだった頃、この地の荘園領主だったらしい飛田(とびた)某から支給された土地(給田地)だったという言伝えに因むのだとか。
開場時間に合わせて京王線で東府中から飛田給へ向かい、降りるとたくさんの人。台風が近づいていて、傘も時にひっくり返る程に風雨が強まる中、アクセスを調べなくても人の波がアリーナへとぞろぞろと向かっていて、そのまま付いて行くと10分足らずで会場に到着しました。
後で知ったのは、台風接近に伴い、この日の開催可否は午後2時に決定されたのだとか。そんなことは“”知らぬが仏“の我々は、うとうとしながら信州からの高速バスの中。せっかくの娘からのプレゼントでしたので、オフコースの1stアルバム「僕の贈りもの」ならぬ“神様からの贈りモノ”か、開催出来て何よりでした。

 会場に入ると、娘が用意してくれたのはステージの右斜め後ろ側2階の前から2列目のS席ですが、幾つもの大型ディスプレイで演奏の様子がライブ中継されるので、例えステージ真後ろの席であっても画面を通じて見られる様になっていました。また、1階のフロア席(アリーナ)にもステージと通路の間に座席が設けられていて、どうやったら確保出来るのか、追っかけやファンクラブの方々なのか、皆さん公演中は最初から最後まで立ちっ放し・・・。凄いなぁ。我々は圧倒されっ放し・・・でした(結構客層の多くは、学生だった頃にオフコース時代を過ごしたであろう、私等と同年代の方々とお見受けしましたが・・・)。
 オープニングで数曲歌った後、
 「台風が来てるので、はしょって、出来るだけ早く終わらせよう!・・・なんてことは、全く考えておりません!!!」
 我々の様な、40年近く前のオフコースの松本公演に行っただけ(因みに、家内はシンガポール赴任中の92年に、現地でも吹替え放映されて人気となったTVドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌「ラブストーリーは突然に」も人気となって行われた小田和正シンガポール公演もお友達と聴きに行かれています)のファンはともかくとして、追っかけや常連の方々は、曲毎の拍手やコーラス、そして振り付けなども全てパターンが決まっているらしく手慣れたモノ。それを見ながら、聴きながら、ライブでは俄かオーディエンスである我々も見よう見真似で、「フムフム、ナルホド・・・」。それにしてもこの日の会場も満員札止めらしく、古希にして、この一万人を超える観客動員力は只々凄い!の一言。後15年もすると、演者も観客も皆白髪頭で杖を突いてでも来ているのではないか!と思えるほど・・・でした。
 生命保険のCMに使われた「言葉にできない」や「たしかなこと」、そして“クリスマスの約束”でもお馴染の「東京の空」や「君住む街へ」。更に、アルバム「ワインの匂い」から「愛の唄」に始まって、大好きな「秋の気配」、「愛を止めないで」、「言葉に出来ない」などなど、オフコース時代の懐かしい曲も・・・。
途中、恒例らしい公演会場周辺を訪ねてロケした10分程度の「ご当地紀行」のVTRが流され(立川だったか、公園の入場料で、小田さんが「シルバー料金です」と言ってチケットを購入していたのは実に微笑ましかった)、スタッフはその間僅かな休憩を取ったのみで、前後半、そして正しく2度の“Encore”アンコール(東北大学の学生時代に混声合唱団所属だった小田さんらしく、最後に出演者全員によるアカペラ合唱曲「また会える日まで」で締めるというアンコール構成は、どうやら毎回お決まりの様でした)も入れて全30曲!(さすがに、金原千恵子女史率いるストリングスは全員音楽大学出身なのでしょう、アカペラのハーモニーも完璧でした。ギターもキーボードも皆旨かったけど、個人的にはドラムスの木村万作さんが良かった!・・・な。因みに二度目のアンコールの中で歌ってくれた「さよなら」は、シンガポール駐在時代、某クラブの生バンドが赴任者が帰任する際に必ず歌って見送ってくれた曲でした。思い出しますね・・・)。
 帰宅後に思い返して聴いたオフコース時代のベストアルバムの“艶っぽい”柔らかな歌声と強いて比べると、その艶っぽさは消えて、ややシャープでキレのある(ある意味鋭い)声質にはなっていましたが、それにしても“喋くり2/3”というさだまさしコンサートに比べ(それはそれで、さださんのエンターテナー振りも凄いですが)、2時間以上もほぼ歌いっ放しは凄い!の一言・・・。もうイイからとこちらが心配になる程に、30曲歌い切った体力は流石!・・・でした。
 終わってもまだ台風の風雨激しい中、無事駅に到着し、都心に向かう上り線に比べて混雑が少ない下りホームで家内と二人、
 「コンサート、良かったよね!」
とお互い感慨に浸りながら、遠くアメリカに居る娘に感謝していました。

 世間的にはNHK-FMの「古楽の楽しみ」の案内役でお馴染だったでしょうか。音楽学者で日本におけるバッハ研究の権威であり、日本音楽学会の会長も務めておられた礒山雅先生。定期的に愛読させていただいていた先生のブログ「I招聘教授の談話室」が1月末から何故か更新がされずにいたのですが、突然2月22日付けであろうことか、先生の訃報案内が掲載されたのです。何でも、1月27日に大雪で凍結した路面で転倒し、頭を打って入院し、意識不明のまま亡くなられたのだそうです。まだ71歳であり、信じられませんでした。

 磯山雅先生は、地元松本出身(しかも高校音楽部の大先輩)で国立音大(定年で退官された後は)招聘教授として、多方面で活躍されていて、地元松本でもハーモニーホール(松本市音楽文化ホール。略称“音文”)で行われた、2007年に市制100周年を記念して結成された古楽器アンサンブル「松本バッハ祝祭アンサンブル」の演奏会で事前レクチャーなどを担当されることがあり、4年前でしたか“大バッハと過ごす至福の時”と銘打って、「バッハのロ短調ミサ曲~何を聴くか、どう聴くか」と題した磯山雅先生の講演会が開催され、私メも事前勉強のために聞きに行きました。
素人にも分かり易くお話し下さり、また演奏会当日はラテン語の典礼文の訳詞を先生ご自身で担当されました。当時の様子を、本ブログ(第826&827話)で以下の様に記していました。
『(前略)歌唱に沿って投影されたミサの訳詞。行きつ戻りつしながら何度も同じ歌詞が繰り返されますので、曲の進行(スコア)を知らないと大変ですが、都度しっかりと切り替えられていました(掲載した開演前のステージ写真の右の側壁に、縦書きで「バッハ ロ短調ミサ」と投影されているのが見えます)。
後で分ったこと。歌詞投影は急遽決まったたらしく、準備が間に合わずぶっつけ本番となったため、何と訳された磯山先生がホール後方の最上部の小部屋に周囲の反対を押し切って梯子を昇られて、ご自身でPC操作をされていたのだとか。そりゃあ、完璧の筈です。
レクチャーの時に、「私も、演奏会当日は聴きに参ります」とは仰っておられましたが、まさか裏方までされて天井部屋で聴かれていたとは。いやはや何ともご苦労さまでした。』
直接お話しをする機会はありませんでしたが、演奏についてブログを通じてご質問をお送りしたところ、すぐに丁寧にお答えくださいました。
また、毎年旅行社の企画で、先生がコーディネイトされて欧州で聖トーマス教会など古楽に関わる歴史的施設や演奏会などのツァーを引率されてもおられました。いつか一度は参加したいと思っていましたが、叶わぬ夢となってしまいました。

 ブログではお元気そうでしたので、突然の訃報が俄かには信じられませんでした。ましてや松本のご出身で慣れておられた筈なのに、雪道で転ばれたのが原因だったなんて・・・。
昨日行われたご葬儀に松本からでは献花することも叶いませんでしたが、バッハのミサ曲でも演奏されたのでしょうか。謹んでお悔やみを申し上げます。どうぞ、安らかにお眠りください-合掌・・・。

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