カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 サイトウキネン音楽祭から名称を変えたセイジ・オザワ松本フェスティバル(OMF)。妹の勤務先がスポンサーとのことでチケットを頂き、8月18日に行われたサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)による最初のオーケストラ・コンサート(Aプロ)を聴きに行って来ました。

 今年もファビオ・ルイージが4年連続で客演指揮者を務め、3年連続となるマーラーでの今年の演目は交響曲第9番(マーラー信者に拠るところの最高傑作と云われる、俗に“マラ9”。全体が生と死をテーマに書かれていて、死を迎える最後は音楽が消え入るようにして終わる。その第4楽章アダージョの最後の小節には、マーラー自身に拠りドイツ語でersterbend「死に絶えるように」との指示が書き込まれている)。従来のソナタ形式に戻っての4楽章構成で、90分近い大曲。そのため、このオーケストラコンサートのAプログラムはこの1曲のみで、当然ですが途中休憩無く全楽章が連続して演奏されます。
 久し振りに聴くSKO。前回が大好きな十束尚宏さんも振られた“20周年記念演奏会”だった筈なので、5年振りでしょうか。この日がメインのオーケストラコンサートの開幕なので、ロビーは華やかさが溢れています。
それにしても4年連続で客演するファビオ・ルイージ氏。SKOとの相性の良さが評判ですが、某音楽評論家曰く、どんな実力ある指揮者でも、昔のカラヤンの様な絶対的君主や練習が厳しい指揮者は今や好かれず、民主的でオーケストラ団員に好かれることが指揮者としては最も重要なのだとか。
メトロの首席指揮者などを歴任したマエストロの実力は勿論ですが、団員に好かれていることがSKOとの相性の良さに表れているのでしょうか。
一見、有能なバンカーの様な雰囲気ですが、やはりそこはイタリア人のマエストロ。寄せては返す、押しては引く波の様に自由自在で、そして想像以上に情熱的な指揮振り。名手揃いのSKOの反応も凄い・・・。この日のコンマスを務められた矢部達哉さん以下、SKOの厚みのある弦の巧さは定評あるところですが(ヴィオラ首席の川本さんのソロパートも艶やかでとても素敵でした)、それにしても管楽器の上手い事といったら唖然とする程でした。それもその筈で、バボラクさんのホルンを初め、有名オケの首席クラスが各パートに揃っているのですから。それにしても、感動よりも感心して溜息と共に呆気にとられておりました。
 「はぁ~・・・、ホントに巧いなぁ・・・!」
第4楽章の最後、弦楽がそれこそ“死に絶えるように”音が消え、マエストロが指揮棒を下ろすまでの静寂を破る様に静かに拍手が沸き上がり、やがてブラヴォーの歓声と共にホール全体を拍手が包み込みました。
何度ものカーテンコールの後、団員も客席に深々と一礼してからお互いを称え合い袖に引き上げても拍手は鳴り止まず、やがてそれに応えるように指揮者を始め全員がステージに再登場。10分以上も鳴り止まぬ盛大な拍手に応え、何度かのお辞儀の後、一人ひとり手を振りながら退場し、漸く我々聴衆も退席しました。

 20年ほど前に家を新築した際、吹き抜けのリビングの強度確保のための柱を活用して設けられた飾棚。両側がガラス扉になっていて、奥さまがシンガポール赴任中に買い集めた陶器やクリスタル製品などの収納を兼ねて飾られています。その下はオーディオラックを兼ねたウッドボックスで、こちらは機材やケーブル類が見えない様に木の扉で覆われています。因みに、以前もご紹介した様に設計士さんにお願いして、スピーカーケーブルも床下を這わせて壁側とウッドボックス内から出してスピーカーとアンプを繋げているので、邪魔なケーブルが床や壁を這わせるなどということはなく、実にスッキリしています。

 しかし、ドアのノブ一つに至るまでの設計事務所の先生やスタッフのみなさんとの膨大な打ち合わせの中で、重要項目ではなかったのか、本来ならスピーカーケーブルをAB切替え可能なように2組4本にしたかったのですが相談も無く(スピーカーケーブルの選択も)工事終了。しかも、一番の問題は、予算オーヴァーの対策での削減対象(二者択一で、家内のプッシュした食洗機が残され)に、両開きのオーディオボックスが片面開きとなってしまったこと。そのため、各機器を繋ぐケーブル類の着脱が前方からは手が入らず、毎回四苦八苦でストレス溜まります。いつも私メがブー垂れるので奥さまも我慢し切れなくなったのか、20年来の“勤続疲労”で家の不具合をプチリフォームする際に、遂に反対側にも扉を付けることになったのです。
 先日それが完成し、職人さんが実に丁寧に取り付けてくれました。取り外した板材は剥げたりして使えず違う板材で作ってくれたのですが、さすがはプロ。同色で、殆ど両側区別が付かないくらい良く似ていて感心する程の出来栄えでした。
 早速、機材を戻し再設定。やはり両側が開くと実に簡単スムーズでストレスフリーに、
 「あぁ、どうしてもっと早くこうしておかなかったんだろう!」
と後悔しきり・・・。遂に20年来の念願が成就して(≒積年の恨み辛み?を晴らすことが出来て)、大いに満足した次第です。
(小せぇ、小せぇ・・・って、フン、放っといてください!)

 2月のニュースで、この4月から読売日本交響楽団(略して読響)のソロ・チェロ奏者(主席)に、遠藤真理嬢が就任するとの報道がありました。
彼女は、NHK-FMの日曜日午後に放送されている“きらクラ”(きらくにクラシック)のMCをふかわりょうと5年に亘り務めているチェロ奏者。お嬢様(?)らしからぬ「ガハハハハ・・・」という開けっ広げな笑い声で人気の若手の実力派です(と言っても既に2児のママですが)。ふかわさんからは、その性格ゆえ、落語家になぞらえて“真理兵衛師匠”などと呼ばれています。
しかし、その実力は折り紙つきで、東京芸大首席卒業し留学したザルツブルグ・モーツァルテウムマスターコースも主席最高位。2003年の日本音楽コンクール1位をはじめ、国際コンクールでも上位入賞を果たしている実力派チェリストです。
 以前、読売日響のコンサートで、『チェロ部門で際立った演奏をしていたのが(なぜか)遠藤真理だった・・・(中略)・・・N響の様に、読響の向山佳絵子になるのだろうか?』という論評を目にし、(単なるゲストではない主席就任を)個人的に大いに期待していた次第です。そして、2月に実質主席(以上の位置付けで、曲中のソロパートだけではなく、コンチェルトではそのオケでの独奏者としても可能なポジション)となるソロ・チェロ奏者への就任が発表された次第。因みに、読響チェロ部門でのソロ奏者としては歴代3人目のみならず、チェロ部門として初の女性団員とか・・・。凄いですね。

 読売日本交響楽団は、国内の交響楽団の中で個人的に一番好きなオーケストラ。経営母体が安定しているせいか、信州の様な地方での演奏会(ドサ回り)は少ないのですが(N響の様な公共性も不要)、国内オケの中では珍しいその圧倒的なパワーと“熱さ”に惹かれています。そして、そのオケのチェロ部門のリーダーに納まったと知り大いに期待した次第です。
先日のNHK-FM “きらクラ”でご自身の好きな曲にスクロヴァチェフスキ指揮の読響のチャイコの弦楽セレナードを選曲し、ソロ・チェロ奏者への就任を番組内でも発表しながら、マエストロとの共演が叶わなかったことを悔いていましたが、その時に読響の演奏を評してご自身も(ある意味N響との対比で、巧いのではく)“熱い”演奏と言われていました。
今後とも、N響の向山女史に負けずに、その先頭での“熱い”演奏を大いに期待しています。
【追記】
昨日まで不在にしておりました。本日よりまた再開いたします。

 松本市美術館で4月21日から6月11日まで開催されている特別展、「堤清二~セゾン文化と云う革命をおこした男~」展。
その関連プログラムとして、4月29日にギタリストの鈴木大介さんによる「ミュージアム・コンサート~ギターで奏でる武満徹~」が開かれ、聴きに行って来ました。
 セゾングループを一代で築き上げた堤清二。自身、辻井喬というペンネームを持つ詩人・作家として、三島由紀夫を始めとする多くの文化人との交流を通じ、「おいしい生活」に代表される様に、文化にまで影響を与えたパルコや無印良品などの事業展開。そして単に事業経営に留まらずに、そして現代美術を中心としたセゾン美術館やパルコ劇場といった文化事業の中で、音楽についても武満徹プロデュースによる世界の現代音楽を紹介する「MUSIC TODAY」を展開。生前、その“世界のタケミツ”が評価したギタリストが鈴木大介氏。彼は、NHK-FMの「きまクラ」の初代MCとして、二代目の笑福亭笑瓶師匠に引き継ぐまで、6年間に亘ってMCを担当されており、その喋りも定評あるところ。現「きらクラ」でもゲストで何回か登場し、そこで氏の演奏にも触れて興味を持っていました。その氏のコンサートが、地元松本で、しかも(特別展の観覧券が必要ですが)無料で聴けると知り、早速予約をした次第です。
因みに、堤清二氏は松本市美術館の初代顧問。地方美術館の、地味ながら独自の方向性に共感し(特別展に寄せた作詩を通じて)精神的に支えて下さったのだそうです。

 当日は先に観賞を済ませます。中西夏之などの気に入った作品はあったのですが、現代美術は正直良く分かりませんでした。むしろ、堤清二氏の松本市美術館の企画展に寄せた「詩」に心打たれ、じっくりと黙読しました。言葉は悪いのですが“妾の子”故に、若き日には、父や体制への反発もあったのでしょうが、「辻井喬」という人間になって紡ぎだされた「詩」には、氏の純粋さと清廉さに裏打ちされて、本質を見つめようとする深い精神性を感じました。曰く、
 『 夜 かすかな光の先にあるものを  
   あえて無名性の輝きと名付ければ
   ゆえある傲慢の風にこそ梢が揺れるのが分る
   だから星が瞬くのは淋しいからだとしても
   月の光に梢は挫折の栄光を受けて輝くのだ      』

(辻井喬『月光の中の梢』【西郷孤月展に寄せて】より一部抜粋・・・恐らく、詩と一緒に展示されていた孤月の代表作『月下飛鷺』をイメージし、孤月の不遇な生涯を重ねての詩作だと思われます)
 その後外へ出て、一旦昼食を取ってから改めて再度入館。会場は美術館の多目的ホールで、定員80名。事前に満員で予約を打ち切った由。鈴木大介さんの人気も勿論ありますが、展覧会のチラシの裏にギャラリートークなどと一緒に小さく案内があっただけなのに、(自分も含めてですが)皆さん目敏いと感心するばかりです。
当日のプログラムは、当然のことながら全て武満徹作品。96年に亡くなられた最後の作品「森のなかで In the Woods」も演奏されましたが、親しみやすいポピュラーな作品を編曲した「ギターのための12の歌」からの3曲や、映画音楽も。あっという間の1時間でした。
盛大な(と言っても定員80人と+αの美術館スタッフからの)拍手に応えて、アンコールに、NHK-FM「きらクラ」だったかでも流れて、今回も是非聴きたかったビートルズナンバー「Yesterday」(「ギターのための12の歌」から)、更に映画音楽の「燃える秋」と「信州が舞台の映画だから今日の最後の曲に」という「今朝の秋」と3曲も弾いてくれました。「イエスタデイ」の生演奏が実に良かった!です。ハイファイセットの歌った「燃える秋」もタケミツ作品だったことを初めて知りました。
 美術と音楽の融合・・・何とも(無料だからもありますが)贅沢な、そして至福の時間が流れて行きました。
(想えば、国内のそれまでの権威や伝統に抗ったタケミツや草間弥生を最初に広く認めたのは海外であり、その結果、当初無視されたり評価されていなかった国内でも掌を返したような絶賛を集めます。その二人が、同じ場所で“共存”しているのが何とも感慨深い)
 その後、今季の新収蔵作品の「おひろめ展」を鑑賞。
中でも、松本ゆかりの西郷孤月の「富士」に感動。大観の様な威風堂々とした華やかさではなく、何とも落ち着いた滋味豊かな作品。一時は“橋本雅邦門下の四天王”と言われながら、その後の大きな境遇の違い。そう想って見るせいか、大観の富士とは異なる、悲しみにも似た孤高の渋さが感じられ、暫し絵の前に佇んで鑑賞していました。故郷松本へ「お帰りなさい!」・・・でしょうか。
【追記】
後日、市民ギャラリーで開かれている「写真講座写真展」に会社時代の大先輩も出展されているので見学に伺った際、美術館のパティオで「工芸の五月」の関連イベントとして工芸作家の作られた子供用の椅子が並べられ、自由に座りながら地元?のフォルクローレグループの演奏を楽しまれていたので、私メもちょうど演奏されていた「花祭り」を暫し聴き入っておりました。この市美術館の洋芝のパティオ、結構好きなんです(パティオを挟んでビストロもあって、穴場だと思います)。

 先月末、2007年から3年間読売日響の第8代常任指揮者スタニラフ・スクロヴァチェフスキ氏の訃報が報じられました。享年93歳。また昨年10月には、サー・ネヴィル・マリナーの訃報があり、氏も享年92歳でした。お二人共、最後の最後まで指揮台に立ち続けた現役のマエストロでした。

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキはポーランドに生まれ、どっしりとした作風でブルックナーを始めドイツ系作品に定評のあった巨匠でした。
読響との名演が報じられる度に、いつか生で聴きたいと思っていましたが叶いませんでした。CDにも手持ちには無く、写真は市立図書館から借りたブラームスの2番です。
 そしてサー・ネヴィル・マリナーは、1959年にアカデミー室内管弦楽団を創設し、時にカラヤンを凌ぐとさえ評される程の膨大な録音を残したスター指揮者でした。因みにアカデミー室内管弦楽団というのは日本だけの呼称であり、正式な楽団名は、教区アカデミーのSt.Martin-in-the-Fields教会を本拠地としたことに因ります。従って、正式名称は“ The Academy of St.Martin-in-the-Fields”。何とも格好の良い響きで、しかも指揮者のマリナーはロジャー・ムーア張りの英国紳士然としていて、音楽までも何となく洗練された感じで聴こえていました。謂わば、バッハよりもヘンデルであり、ストイックさなど関係無しの洗練された華やかさ。後年、大ヒットした映画「アマデウス」での演奏により、モーツァルトが氏の代表的レパートリーとされましたが、元々はバロック音楽がアカデミー室内管の十八番でした。
手持ちのLPレコードでは、手兵の初期の頃(弦楽器のみの編成。最後の写真の左から4人目が若き氏)のアカデミー室内管弦楽団を率いてのブランデンブルグ協奏曲、ヘンデルの合奏協奏曲、モーツァルトのディベルティメント第17番。そして、LA室内管とのレスピーギのリュートのための古風な舞曲とアリアの4枚。そしてCDでは唯一でしたが、シンガポール赴任中に購入したらしい、海外盤でのLSOとのプロコフィエフの古典交響曲でした。そして、(時代が異なるためかもしれませんが)CDの海外版だけに“Sir”という称号が付けられていました。
 90歳近くなってから、シカゴ響でブルックナーを振ったマエストロ朝比奈隆。氏も93歳で亡くなったと記憶していますが、いみじくもスクロヴァチェフスキが93歳、サー・ネヴィル・マリナーが92歳。
こうなったら、御年90歳になった筈のブロムシュテットおじさんには、お元気で是非100歳まで現役で振って欲しいものです。

 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキとサー・ネヴィル・マリナー。
お二人の偉大なマエストロのご冥福を謹んでお祈り致します-合掌。

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