カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 12月24日に京都で行われた、師走の都大路を駆け抜ける全国高校駅伝2017。
長野県代表の男子佐久長聖が2008年以来の優勝。そして女子は長野東が初の表彰台となる準優勝。これを快挙と言わずして、何でありましょうか。特に長野東は、必ずしも練習環境に恵まれているとは言えない県立の公立高校です。

 佐久長聖は母校東海大の駅伝部監督に請われて転出した両角前監督がゼロから基礎を作り(監督自身が重機を操縦してクロカンコースを校内に造ったそうです)、その後は教え子の高見沢現監督に引き継がれていますが、昨年準優勝だった悔しさを晴らし、2008年以来2回目の優勝を遂げました。しかも、2008年の村澤・大迫等の“黄金世代”が作った日本人選手だけの最高記録以来の2時間2分台。近年は留学生がいるチームばかりが優勝している中で、最近では2008年の長聖以降、2010鹿実、2012山学大附属以来となる久し振りの日本人選手だけでの優勝です、
最近の長聖には、そうした方針や指導を慕って県内だけではなく近県からも優秀な選手が集まるようになりました。そうした中に静岡出身の佐藤悠や東京出身の大迫といったエースもいましたが、嘗ての“怪物”佐藤清治以降、上野、村澤、關、名取といった県内出身エースの系譜を引き継ぐ中谷選手の1区区間賞に始まり、一時は留学生に抜かれたものの、一年生が頑張って再度逆転し、最後は突き放しての優勝でした。
中でも2区区間賞の服部選手の面構えは良かった。走りも見事でした。彼は愛知出身。逆転した鈴木選手は静岡出身。更に栃木出身の富田選手に、今年は怪我で出遅れた我が中学の後輩である木村選手等、県内出身の優秀な選手も一年生にはいるので、来年度県内出身エースの系譜を引き継ぐべき松崎選手(塩尻出身)を中心に更に頑張ってくれるものと確信しています。

 女子の長野東。昨年も和田選手の1区区間賞に始まり途中までトップを走っていたのですが、最終区でズルズルと順位を落として、過去最高順位の6位入賞とはいえ、チョッピリ後悔の残るレース展開でした。
今年は、主力選手の故障にもめげずに、1区和田選手の連続区間賞に始まり、2区の1年生高松選手が留学生には抜かれたものの、途中までトップに喰い付いて行く大健闘。そしてアンカー小林選手が最後のトラック勝負で並走していた選手を振り切っての見事な準優勝。3位以内のメダル獲得という目標を上回る準優勝で飾りました。「留学生がいなくても、公立高校でも頑張れば戦える!」。和田選手以外は一二年生。胸がスカッとした快走でした。
層が厚くなった成果とはいえ、駅伝は先行すると優位なだけに、和田選手という大黒柱が抜ける来年以降、如何に総合力を高められるか、或いはエースを育てられるか?小柄ですが、木曽の開田出身という高松さんに“女村澤”化を期待します。

 明けて1月に行われる全国都道府県対抗駅伝。如何に中高校生を育てるかが、県内に社会人チームの無い長野県が全国最多優勝を誇るまでになった男子チームの強化ポイントでもありました。今年度も勿論優勝候補の筆頭でしょう。
そして、長野東の卒業生が大学・社会人で主力となりつつある女子チームも今年は期待できる!・・・そんな希望を抱かせてくれた快走でした。

 佐久長聖&長野東の選手の皆さん、おめでとう!そして、感動をありがとう!

 昨秋からの駅伝シ―ズンも、1月の都道府県対抗を以て終了しました。
今年の長野県勢は、先ず11月に福島で行われた東日本女子駅伝で、見事7年振り2回目の優勝を果たしました。しかも長野県は実業団選手ゼロで、中学生以外は全て長野東高校の現役と大学生のOGのみ。オリンピック選手や有名実業団選手を向こうに回しての快挙でした。実業団選手も走った1区で見事区間賞を取った長野東2年生の和田有菜選手は、この時の自信に支えられたのか、師走の都大路を走る全国高校駅伝の各校エースが集う1区でまたもや区間賞。長野東は最終区で順位を落としたものの8位入賞の目標を上回っての6位入賞。資金面でも私立に比べれば恵まれぬであろう公立高校としての偉業と言っても過言ではありません。エースの和田選手(来年は川中島中の妹さんも入部するんでしょうね、きっと)が残るだけに一年後が更に楽しみです。
 その都大路の男子では、佐久長聖がトップ争いの結果惜しくも2位。しかし、1区の名取燎太選手(富士見出身)のラストスパートは凄かった。長聖は昨年の關選手(東海大)に続き2年連続、更に長野東和田選手と併せて県勢が男女共に区間賞というのも凄い。留学生と競り合った中谷選手(下諏訪出身)が2年生。区間賞の松崎選手(塩尻出身)が1年生と下級生も多いだけに、こちらも一年後が大いに楽しみです。
 今年の男子の優勝校などを含め留学生を抱えるチームが増えてきただけに(昨年の世羅の時も感じましたが、優勝インタビューで留学生の走りには触れずに日本人選手の頑張りを称える指導者に違和感を覚えました、勝つためだけにわざわざケニアから連れて来たのだから、堂々と感謝すればイイ!。2009年の豊川の様に失踪することの無い様、生活面からしっかりと見守ってあげて下さい)、頑なに留学生に頼らぬ日本人だけの編成で挑む佐久長聖や伝統の西脇工、更に九州学院、鹿実などのチームの頑張りに期待しています(決して差別ではなく、1992年仙台育英に留学生が登場して以来、日本長距離界に相乗効果は見られません。少なくとも、未だ人格形成前である高校生の段階での留学は早過ぎるように思います)。

 そして、年明けて1月の全国都道府県対抗駅伝。
先ず15日に京都での女子駅伝があり、翌週22日が広島での男子駅伝です。
15日は西日本も降雪となった生憎の天候となってしまい、髪を白く染めながら降りしきる雪の中を走る女子選手たちが可哀想なほどでした。
長野東高の現役OB中心の長野県チームは、中高校生の頑張りにより最終区手前で3位と頑張りましたが、エース不在の影響でやはり荷が重く、最長区間10㎞となる最終区で失速し残念ながら10位と、目標の入賞に届きませんでした。しかし皆若いので、やがてOBが実業団でのエース級に育てってくれば、目標の入賞どころか表彰台も決して遠くはないと思わせてくれた頑張りでした。
 22日の男子駅伝。下馬評でも佐久長聖の現役OBを中心とする長野チームが優勝候補筆頭でした。しかし、直前のオーダー変更で全国トップクラスの中学生選手(我が母校!女鳥羽中の木村選手)が走れずに選手変更。
案の定3kmの中学生区間では多少順位を下げましたが、佐久長聖の2枚看板中谷・名取両エースの下馬評通りの走りと本間選手の師走の都大路のリベンジとなる区間賞の走りもあり、地元に実業団チームを持たない長野県ですが、中高生の全県的強化を長年継続してきたことと、その子供たちを核に全国的な強豪となった佐久長聖駅伝部の頑張りとの相乗効果に拠り、3年振りの全国最多となる7回目の優勝を飾ったのは見事。大いに称賛されて然るべきでありましょう。
女子も男子に続けと長野東を核に全県的強化が続けられているので、県立高校ゆえに私立には無い苦労もあるのかもしれませんが、いつか必ず花開くと信じて応援しています。
 「頑張れ、ゼッケン17番!」

 ウォーキングやトレッキングをしていてのモーレツなストレス。それは、靴紐が知らない内に緩んだり、時には解けたりすること。何となく違和感があって、気が付くと解けたヒモを引きずったまま歩いていることが良くあります。
 「あっ、チョット待って!」
と、家内や同行者に待ってもらい結び直すのですが、恐縮して更にストレスが溜まってしまいます(と本当にイライラしますね)。
リオ五輪関連だったか、記憶が定かではないのですが、TVで福原愛ちゃんも採用していて緩まない靴紐の結び方“○○ノット”という単語が耳に飛び込んで来ました。メイントピックスでも無く、また当方も注視していた訳でもなかったので、ハッキリと認識出来ませんでしたが、“何とかノット”という緩まない結び方が兎に角「存在する」ことはハッキリと記憶に残りました。
今年の秋の白駒池へのトレッキングでも何度も靴紐が解けてしまい、その都度屈んで結び直したのですが、
 「あ~、本当にモーヤダーッ!」
新しく購入した日本人向けの幅広(4E)のトレッキングシューズでとても軽くてしかも防水。家内はスキーブーツで懐かしいSalomonのシューズを購入し、同社の特許という絶対に緩まない“Quicklace”というシューレースが便利だからと推奨してくれるのですが、Salomon もColumbiaも靴の幅が狭くキツそう(信州弁では「つもい」と言います)だったので、幾つか実際に履いて試してみて、一番しっくりしたWhole Earthという国産ブランド?(但し中国製)にしました。靴そのものは快適この上ないのですが、靴紐が緩む不快感。
 「あぁ、やっぱりSalomonにすれば良かったかな・・・」 
と後悔の念も浮かんだのですが、そう言えば・・・と緩まない結び方があるというのを思い出し、後日ネット検索をして見つかったのが「イアンノット」という次第です。検索すると、動画や図解含め幾つも紹介記事があり、それを見て何度か試し、割と簡単に習得することが出来ました。ネット紹介に拠ると、慣れれば2秒で結ぶことが出来るそうですが、個人的には早さよりも緩まぬことが何よりも肝心。

 このイアンノット、英語ではIan’s Knot (イアンズノット)で、オーストラリア人のIan Fieggenという方が考えた結び方で、世界中で愛用されているのだとか(他にも、フランスの革靴メーカーのBerlutiが開発した「ベルルッティ結び」という緩まない結び方があり、多少複雑でもフランスらしくエレガントなのだとか)。
実際何度かイアンノットで結んだ靴を履いて歩いてみましたが、確かに全く緩みません。見た目は一般的な蝶々結びに似ていますが、その効果は(考えて見れば)半世紀にも亘り靴紐の緩みや解けで今までストレスを溜め続けた人間としては、ある意味オドロキ。
 「オォ、本当に緩まないジャン!」
と、感動的ですらありました(興味ある方は是非お試しください)。

 日本シリーズも終わり、ストーブリーグに入ったばかりの11月3日。巨人と日ハムの間で、嘗てのドラフト1位指名選手同士のトレードが発表されました。巨人からは2008年の1位指名だった大田泰示選手、日ハムからは2006年のドラフト1位吉川投手。内海、杉内の左の先発が衰えて田口一人で、今年のドラフトで希望する投手を抽選で外した巨人としては、特に左の先発強化は背に腹は代えられぬ命題だった筈。因みに、吉川投手は2006年田中将大中心にマエケンと同世代の所謂“マー君世代“(この年巨人は堂上を抽選で外し、坂本を1位指名)です。

 大田選手と言えば東海大相模で65本の本塁打を打ち、当時の原監督が自ら抽選で引き当てて55番を背負い、毎年のように大砲候補として期待されてきました。翌2009年(菊池雄星に6球団指名の年)の横浜指名のドラフト1位だった筒香選手(横浜高校で69本)とイースタンの本塁打王を争い(筒香24本、大田21本という年もありました。因みに、今年岡本選手が18本)、筒香選手はご存じ昨年の本塁打王に成長。片や、大田は毎年1軍と2軍の間を行ったり来たり。
しかし、並外れたパワーと身体能力は誰もが認めるところ。HCだったエディ・ジョーンズさんがキャンプ訪れた時、「もしラグビーに転向すれば間違いなく日本代表になれる!」と大田選手のラグビー転向を本気で原監督に直訴したと云います。しかし打席では、内角速球に詰まりファール、最後は外角にスライダーを落とされて空振り三振・・・という姿を何度目にしたことでしょう。落ちる変化球に対応するため、クラウチングスタイルで構えたり、短めにバットを握ったりして、いつしか豪快なフルスイングは消え、フォームもこじんまり・・・。そんな努力や苦労で単打を打って盗塁しても、本塁打を期待するファンは満足してくれませんでした。更に調子が良い時に限って自転車で転んでケガをしたりインフルに掛かったりとズッコケも・・・。
 育てられなかった球団の指導にも問題があったのかもしれませんが、本人も辛かったろうと思います。しかし結果が全ての世界で既に8年経過。同期の中には早々と戦力外となったドラフト1位もいます(例えば、地元松本出身でオリックス1位だった甲斐拓哉)。8年も芽が出ないのに「きっといつか」と期待して待ってくれた球団の温情に、むしろ感謝すべきなのかもしれません。
送り出す球団GMが、「彼を出すのには反対意見もあったが、環境を変えれば大化けするキッカケになるかもしれない。是非FAの権利を取れるくらい新天地で活躍してまた戻って来て欲しい」。
 今年こそと毎年期待したファンの一人として残念ですが、北の大地で名前の様に“泰示(大志)を抱いて”是非開花して欲しいと願っています。

 10月20日、2016プロ野球ドラフト会議(正式には新人選手選択会議)。
自由競争による契約金高騰を防止するために1965年(近鉄鈴木、巨人堀内投手等が第1回目のドラフト1位だった筈)に導入されたというドラフトですが、TVでの生中継が全国放送されるようになって、以前は確か午前中から行われていた筈が、視聴率狙いか夕方5時からの実施になってしまいました。この時間帯でも会社勤めだと見ることは出来ませんが、今年はリタイアしているので、生まれて初めて生でドラフト会議を視ることが出来ました(但し、TV中継は1位指名のみ。超目玉選手を除けば、本当は下位指名の方が面白いのですが残念ながら中継は無し・・・)。

 ドラフトと云えば、昔は各球団指名の1位選手は垂れ幕の様な紙に墨書きされて貼られ、パリーグの事務局長だった(多分)伊東パンチョさん(大リーグ通の草分け的存在)が司会で指名選手を読み上げていたと記憶しています。今や、さすがに各球団のテーブル上に置かれたノートPCに指名順位毎に入力し、会場の大きなスクリーンに表示される方式です。
今年も事前の予測通り、目玉選手には指名が重複し、クジ引きでの抽選が行われました。トリビア的(もう誰も使いませんが)に云うなら、過去最も指名が多かったのは8球団指名の新日鉄の野茂英雄投手と亜細亜大の小池秀朗投手(但しこの年は入団を拒否して社会人野球へ)で、小池投手は旧信州工業高校出身(その後、武蔵工大二高から現在は東京都市大付属塩尻高校。小池投手も県外から当時の大輪監督を慕って野球留学。因みに、今をときめく広島の菊池選手も同様です)でした。

 アマ時代に実績を残し、前評判の高い1位指名選手が活躍する(その可能性が高い)のは当然です。しかし、ドラフトの一番の興味は、その時には無名で下位指名であっても、入団後の精進で上位指名を凌ぐ活躍をする選手が必ず埋もれていること。ましてや、それがもし育成指名の選手であったならば・・・。それが果たして誰なのか?、ドラフト時点では勿論分からなくても、5年後、10年後にそれが証明されます。例えば育成選手出身では巨人の山口投手が最初の成功例として有名ですが、近年でも2010年のソフトバンクの千賀投手、2013年にはDeNAの砂田投手が育成選手として指名されています。
それが面白くて、週刊ベースボールのドラフト特集号を1997年から毎年買い続けて大切に保管しています(因みに1997年は巨人の高橋監督が指名された年でした)。今年2016ドラフト特集号でちょうど20冊。
 今年の下位指名や育成指名選手の中にも、5年後、或いは10年後に大活躍してチームの中心選手となる逸材が隠れているのかもしれません。みんな頑張って是非“ジャパニーズ・ドリーム”を叶えてください。