カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 会社時代の後輩から誘われて、実に8年ぶりに上諏訪の「雫石」へ呑みに行って来ました。会社員時代に一番世話になった諏訪在住のボスも誘い、既に皆リタイア組の後輩2名と計4人で久々の諏訪での飲み会です。
「雫石」は、諏訪に勤務していた頃、毎晩とは言いませんが、頻繁に飲みに行っていた馴染みの店でした。ほんわかした松本出身のご主人と、釜石出身の東北美人の女将さんが営む和風料理の店。釜石在住の妹さんが送ってくれるという新鮮な魚などの料理も勿論美味しいのですが、居心地が良くて雰囲気がとても素敵な店でした。

 そんな「雫石」は、“大人飲み”にも相応しい店です。
太田和彦流で言わせてもらえれば、「いい酒、いい人、いい肴」が全て揃っているような・・・。もし松本にあったら、例え年金生活者のチョイ飲みででも、週イチで通うんですが・・・。
 チェックしてみたら、9年前に伺った時(第973話)に、太田和彦氏の著書「自選ニッポン居酒屋放浪記」(新潮文庫)をプレゼントしていた様です。全く忘れていたのですが、
その時のブログにはこう書いていました。
『飲兵衛からの勝手な視点で、これからもずっと「いい酒、いい人、いい肴」を続けて欲しかったので、この日電車に乗る前に松本の丸善で買った太田和彦著「自選ニッポン居酒屋放浪記」(新潮文庫)を女将さんにプレゼント。前回「細かい文字が読み辛くなった」と言われていたので、三部作はちょっと負担かなと・・・。
因みに「自選」は松本編(三部作の第一巻「立志編」に掲載されている「松本の塩イカに望郷つのり」)からスタートし、東日本と重なる阪神大震災後に訪ねた神戸編「神戸、鯛のきずしに星がふる」(きっと女将さんの故郷釜石への震災後の想いにも繋がると思います)まで16編が収録されています。』
また、東日本大震災後に伺った時、釜石出身の女将さんが話してくれたのが、
『(前略)震災後、釜石の妹さんが「震災で、ずっと(生の)お魚を食べてないんだよぉ!」と嘆くのを聞いて、震災までは釜石のご実家から鮮魚を直送してもらっていた「雫石」の女将さんは、早速この諏訪では鮮度が良いと評判の鮮魚売り場でたくさん購入し、保冷便で釜石に送ったのだそうです。
そうしたら、届いた魚を見た妹さんたちは皆でビックリして、
 「久し振りに、みんなで大笑いしたんだよぉ!」
と電話をされてきたのだそうです。
何でも、送られてきた魚の、特に生のイカの鮮度の悪さに驚いたのだとか。
 「信州じゃあ、こんなイカを生で食べてるんだねー。姉ちゃんもすっかり“山のヒト”になっちゃたんだねーって、みんなで大笑いしたんだよぉ!」
(中略)
 「でもそのお陰で、(震災の後は笑うことも無かったのが)久し振りにみんなで笑えたって喜ばれちゃった・・・。」
(中略)
結局、せっかく女将さんが信州から送った“鮮魚”は、どれも生では食べてもらえずに、煮たり焼いたりされたのだそうです。』(第532話)

 この日、女将さんとご主人が仰るには、
『定年前に飲みに来てくれた時に、「もしかするとこれが最後になるかもしれないから、念のために挨拶しとくからね」って言って、本当にその後来てくれなくて、今日までなっちゃったけど、みんなの定年のお祝いをするために取って置いたんだよ!』
そう言って出してくれたのは、塩尻の醸造所に頼んで、「雫石」のラベルを貼って特別に作って貰ったという塩尻産カベルネ・ソーヴィニヨンの限定赤ワインンの最後の一本・・・でした。
有難く頂戴し、遅れ馳せながらとはいえ、皆で定年のお祝いの乾杯をさせていただきました。
この日の料理は、いつもの釜石から送られて来る新鮮な刺身は勿論ですが、旬の山菜の天ぷらと、これまた「しどけ」と現地で呼ばれる東北地方では定番という少し苦みがあって美味しい山菜のおひたしなどなど・・・。

 ボスの慰労も兼ねて、このメンバーで今後も定期的に「雫石」で集まることにして、次回は秋頃の再会を期して店を後にしました。
 「ご馳走さまでした!また来ます。」

 シーズン初となった、前回の4月11日箱根の金時山登山。昨夏から家内が二人目の孫が生まれた次女の所に毎月2週間近く家事手伝いに行っているため、以前に比べると二人共殆どウォーキングをしていなかったのですが、シーズン最初の金時山で、「思いの外ちゃんと歩けた!」と気を良くした家内が、次女の所に5月中旬から手伝いに行く前に「またどこかに登りたい!」との仰せ。
そこで、毎年の三城牧場から百曲がりコースでの美ヶ原登山はもう少し後(花の咲く頃)に取っておくことにして、その前に二度目となる塩尻の霧訪山(1305m)に登ることにしました。この霧訪山は長野県山岳総合センターが以前実施した“信州の里山選挙”で1位になったこともあるという、人気の山です。以前、会社の同僚から登るのを薦められた山でもありました。

 天気予報を見ながら晴れ予報の日を選んだ結果、GW明けは暫く曇りや雨マークの日があって余り良くないことから、GW中の5月4日に登ることにしました。人気の山故に多少混むかもしれませんが、頂上からの景色を優先に考えると止むを得ません。
2年前に初めて霧訪山へ登った時は、辰野町との境にある小野神社裏の一番短い北小野から登る「かっとりコース」だったのですが、これがいきなり257段の階段があるなど思った以上に急登の連続で、家内は美ヶ原の百曲がりよりもきつかったとのこと。その時に頂上に居合わせた方々から、「距離は長くなるけど、その分こっちの方が楽ですよ!」と教えて頂いた別ルートが、今回登ることにした、塩尻の下西条の「山ノ神自然園」を経由して登る「下西条本コース(山ノ神自然園コース)」です。
最も距離の短い北小野からの「かっとりコース」が1時間10分(山頂までの距離1.6㎞)だったのに対し、下西条からは1時間45分(距離2.6㎞)が標準タイムで、標高差はかっとりコースの430mに対し今回は515mとのこと。標高差はこちらの方がありますが、距離が長くなる分、かっとりコースよりも急登部分が少ないのだそうです。霧訪山は1305mという“山国信州”の中では低い里山ですが、標高差500mで結構な急登部分もあるので、手軽に登山気分が味わえますし、山頂からの360°の眺望が人気の山。

 天気の関係でGW中となったため、駐車場確保が心配なことから早目に出掛けることにして、7時半に自宅を出発。塩尻ICで降りて、ナビを頼りに「山ノ神自然園」へ、下西条の集落の中の狭い生活道路を通過してリンゴや桃などの果樹園エリアを通り8時に到着しました。すると、確かに既に10数台の車が停まっていましたが、入口には2ヶ所、白線で駐車スペースがしっかり区画された合計30台近い駐車場がありました。これならGW中でも大丈夫そうです。駐車している中には川崎や山梨ナンバーの県外車もあって、その人気ぶりが伺えます。
すると駐車場には自然園を管理されている地元の方も係でおられ、「霧訪山に登るだかい?」と、マップも載った立派なガイドブックをいただきました。事前に塩尻市の観光協会のH/Pからプリントアウトして持って行ったモノと全く一緒。イラストでの登山ルートが描かれたオリジナルのガイドを有難く頂戴し、コースやこの時期に見られる花についても教えていただき、お礼に心ばかりですが登山道整備の協力金をお納めさせていただきました。

入口には二つ無料のトイレもあり、登山準備をして8:20に出発。矢沢川の沢沿いに林道を歩いて、「たまらずの池」近くに在るという登山口を目指します。途中、自然園の名前「山の神」の由来か、「雄床山神社」と書かれた石の鳥居があり、数十段の石段の上に小さな祠が在って、その背後には“神が宿る”磐座(いわくら)の大きな岩が立っていました。確かに岩を神に見立てる様な、神聖な雰囲気が感じられます。 
すると、神社のすぐ近くに何とカモシカが身動きせずにじっとこっちを見ているではありませんか!それ程大きくないので、まだ子供のカモシカなのかもしれません。
カモシカを見るのはこれが三度目です。一度はシンガポールから帰国して、山を知らない子供たちに山の景色を見せてあげようと、上高地のコテージに一泊して小梨平まで歩いた時に、梓川沿いの遊歩道横の崖の上からじっと我々を見下ろしていました。そして二度目は三才山峠。定年前の上田の子会社への通勤時、トンネル手前の旧道脇に佇んでいました。そして今回・・・。
逃げる様子もなくじっとこちらを見つめています。まるで“山の神”の化身の様な孤高の佇まい・・・。魅入られる様に、こちらも5分間程じっとカモシカを見つめていました。
そんなサプライズもあって、普通なら15分くらいだと思いますが、ここまで20分掛かって「たまらずの池」の先の登山口に到着。8:40に登山開始です。
 自然園入口の係の方が、コースの1/3くらいに在る鉄塔までは急な登りが続くと教えて下さった通り、「12曲がり」と登山口に書かれていた九十九折りの急登の狭い登山道が続きます。
 「え~っ!?もう12回以上曲がったんだけど・・・」
 「今日は数えてない。美ヶ原の百曲がりは確か四十八だったけど・・・」

登山道の途中、道端のタチツボスミレや咲き始めたピンク色のミツバツツジ、そして初めて見た小さな尖った花弁が印象的なチゴユリ(多分)、まだつぼみの赤いヤマツツジなどが目を楽しませてくれました。
登り始めて35分、漸く鉄塔に到着。まだコースの1/3しか来ていません。少し水分補給をして早々に出発です。
なだらかな尾根道と、赤松やスギなどの根っこが地面を這う急登などを繰り返し、大芝山への分岐点となる「ブナの別れ」に到着(9:54)。ここまでの登山道はガイドにミツバツツジと書かれていますが、確かに両側にツツジの低木がたくさん見られます。まだ咲いている木は少なかったのですが、咲き揃うとさぞ見事なことでしょう。
暫く進むと目の前に直登の急坂が現れ、「男坂」と書かれています。一方、そこから右側には九十九折で迂回する「女坂」もあり、我々は女坂へ。登り易いということもありますが、それよりも女坂の周りはカタクリの群生地なのです。少し花の時期は過ぎたようですが、まだ所々に薄紫の可憐な花が咲いていました。満開の頃はさぞ見事だと思います。ガイドによると大芝山にもカタクリとニリンソウの群生地があるとのこと。
また男坂と合流した後、ツツジに囲まれた緩やかに上る登山道の先に人影が見え、そこが山頂です。10時15分、1305.4mと書かれた霧訪山の山頂に到着。
登山口からは1時間35分、自然園からは1時間55分。カモシカを見ていたり、途中登山道脇の花の写真を撮りながらだったこともありますが、ゆっくり歩いて来たので、標準の1時間45分のコースタイムよりも10分余計に掛かりました。
 天気予報を見て快晴の日を選んで来たこともあって、この日山頂からは360°の絶景が拡がっていました。北アルプスでは、何と言っても松本からは見ることが出来ない、目の前の雄大な穂高連峰が圧巻です。そして、穂高連峰の右に除く槍の先には、塩尻からだと余り見栄えのしない常念から更に白馬の後立山連峰までが見渡せます。
また、鉢盛山の左には白い御嶽が顔を出していて、目を更に左に転ずると南アルプスの仙丈、北岳、甲斐駒などの名峰が連なり、そしてその左には八ヶ岳。但し、富士山はここからは見ることは出来ないようです。
一昨日雨が降ったので、自宅のマンションからは昨日の方が北アルプスはくっきりと見えていましたが、この日は少し霞みが掛かっているものの、ここでしか味わえない360°の絶景です。
GWということもあって、この日狭い山頂には10人程の先着の登山者がおられ、更に次々に登って来られます。中にはGWの明日以降北アなどに向かうのか、先ずはその前の足慣らしと思しき方や、トレランの訓練という若い方もおられ、そういう登山者は直ぐに下山されて行かれます。すると10人程の若者のグループが登って来て、松工(松本工業高校)の登山部とのこと。引率の二人の先生と記念写真を撮ってから、足早に大芝山への周遊コースに向かって下りて行かれました。
我々は、ここで行動食を食べ、周囲の絶景とこの山頂に咲くオキナグサの写真を撮ったりしながら、30分程滞在して10時50分に下山開始。1時間15分で登山口まで下山して来ました。下りは今回は二人共ポールを使って下りてきましたが、家内もやはり楽だったとのこと。
そこから林道を歩いて自然園へ戻ります。すると、途中の雄床山神社の大岩「磐座」の上に、またカモシカがいるではありませんか。岩の上に凛々しく立つカモシカは神々しい程で、本当に“山の神”の化身なのかもしれません。感動モノでした。
 今回の二度目となる霧訪山登山。前回は北小野の「かっとりコース」、今回は「下西条本コース(山ノ神自然園コース)」。
個人的には、歩きながら登山道脇に咲く色々な花を見ながら登れる、今回の下西条の山ノ神自然園から登るコースの方が楽しく感じました。一方、登山としての足慣らしには、小野からの「かっとりコース」の方が急登の連続で良いかもしれません。家内はもう「かっとりコース」はイイそうですが・・・。
但し今回のコースも、「前回よりもナルイ」という私メの事前情報は間違いで、結構きつかった由。
とはいえ、天気にも恵まれたこともありますが、山頂からの期待通りの絶景と、そしてサプライズの“山の神”との遭遇もあったりと、二人共大いに楽しめて、下山後も心地良い疲労感に包まれた、そんな二度目の霧訪山登山でした。
それにしても、この霧訪山。前回のかっとりコースは両小野中学の子供たちが、そして山ノ神自然園は地元下西条の有志の方々が、それぞれ“おらが山”や地元の自然を愛してしっかりと整備し大切にされていることを実感し、感激しました。その恩恵に浸ることが出来て、本当に有難く感じました。
(余談ながら、そうした恩恵を実感すれば、インバウンドであれ、観光地でのゴミは捨てずに自身できちんと持ち帰れる筈なのに・・・)
そして、次回はカタクリの満開の頃、もしくはミツバツツジが咲き乱れる頃に、今回と同じ下西条コースでまた霧訪山に登ってみたいと思います。
地元の係の方はもう帰られた様で、駐車場には誰もおられませんでしたが、
 「ありがとうございました!」
お礼を言って、自然園を後にしました。

 先日、城山公園の「憩いの森カフェ」で休憩した時に、頼んだカフェラテのカップが素敵で気に入った家内が、マスターにお聞きすると茅野市在住の陶芸家の作品とか。こちらのカフェではギャラリーも兼ねているのですが、その方の作品は無かったので、ネットで調べてみると茅野市の八ヶ岳の麓に陶芸作品などのギャラリーを兼ねた古民家カフェがあり、紹介記事の写真の中に似た様な器が写っていたので、行ってみることにしました。
家内は、次女の横浜に行っていない時は、ほぼ毎週お義母さんの世話に茅野の実家には行っているのですが、その時だとなかなか時間が取れないからと、その八ヶ岳山麓の古民家カフェでのランチと併せて、街に下って諏訪の角上魚類にも寄って買い物をして来ることを条件に、茅野まで一緒に出掛けることにしました。

 その古民家カフェは茅野市湖東(「こひがし」と読みますが、諏訪湖畔ではなく八ヶ岳山麓に拡がるエリアで、国宝土偶“仮面のヴィーナス”が出土した「中ッ原遺跡」も同地区内)にある「陶仙房」という店名。
昭和初期の趣ある農家を改装し、陶器やガラス、漆器、木工など、地元作家の作品を展示しているギャラリーカフェです。陶芸教室なども併設されていて、県外からも訪れるという人気のカフェだそうですが、カフェは金土日しか営業していないとのこと。
初めてなので、ナビに住所をセットして行ったのですが、大体のイメージでは尖石考古館の上の方という認識で、ナビを頼りに車を進めます。
四駆の軽のナビが検索しにくいので家内にナビゲーターを任せ、その案内で走って行くと、何だかだんだん一年前に亡くなった父方の叔父の家の方に近付いて行きます(住所は確かに湖東なのですが)。
曲がるべき道を通り越して、少し走ってUターンして引き返してきたのですが、その途中に間違いなく叔父の家・・・。
 「おいおい、ここ叔父の家だってば!」
すると家内曰く、
 「そう云えば、この前叔母さんが家のすぐ近くカフェがあって、最近凄く人気みたいだから、一度来てみたら!って言ってた・・・」
そうと知った“After”は、まるで“何ということでしょう!?”でした。

集落の狭い道を少し上って行くと、看板があり到着。広い空き地の様な駐車場に車を停め、畑脇の木道の様なアプローチの小道を歩いて、古民家へ向かうと、「陶仙房」の看板が入口に在りました。
玄関を開けると、土間の様なスペースがギャラリーになっていて、陶器などが並べられていました。
店内は古材を活かしたウッディーな雰囲気。幾つか古いテーブルが置かれて、既に何組もお客さんがおられます。窓側の二人用の席に案内いただきました。
先に、お昼のランチメニューの中から「里山の四季のおにぎりプレート」と「陶仙房の石窯パンプレート」(各1100円)と飲み物(ランチと一緒だと、△50円引きとか)を注文して、待つ間、ギャラリーの展示品を見させていただきました。残念ながら、城山のカフェのカフェラテ用に使っていたカップはここに展示されている作品では無いようです。
 こちらのランチは、陶仙房の畑で採れた野菜や地元農家の安心安全な有機野菜、食材等が使われているそうで、両方試せばと思い頼んだ、家内のおにぎりプレートと私メのパンプレート。
サーブされた時に、スタッフの方が料理と食材の説明をしてくれました。
「陶仙房の石窯パンプレート 陶仙房の石窯パン2種とキッシュ、地野菜のプレート」は、石窯で焼いたという自家製パンと、そのパンに付けるのは何とほうずきジャム。そして野菜が入ったキッシュと蓼科千年豆腐という地元の豆腐の厚揚げに素揚げ野菜。汁物にポタージュスープ。そしてデザートにリンゴゼリーも付いています。
一方、「里山の四季のおにぎりプレート」は、地元産の米と黒米のおにぎりと季節の地野菜、千年豆腐の和のプレートで、梅漬けを混ぜた地元産のお米と古代米のおにぎり。玉子焼きにかぼちゃの煮物と小豆。千年豆腐の厚揚げと自家製の凍み大根の炊き合わせ。同じく素揚げ野菜、そして蕗、葉ワサビなど旬の野菜の煮物やおひたし。お味噌汁。同じくデザートにリンゴゼリー。
タマゴは使ってはいますが肉や魚類は一切使っておらず、ベジタリアン向けの料理とでも言えそうなヘルシーランチです。
家内から古代米のおにぎりを半分貰いましたが、上に載せられた蕗味噌が良いアクセントで美味しかったです。また、野菜のお浸しの中にあったのがカンゾウとのことで、最初に説明ただいた時に驚いて、思わず聞いてしまいました。
 「えっ、カンゾウって野山にあるヤブカンゾウですか?」
 「はい、庭のその辺りに出ています。新芽が食べられるんです。」
と、窓から見える庭や畑を指して教えてくれましたが、全く知りませんでした。ヤブカンゾウ(或いはノカンゾウ)は野山や畑や道路の脇など、それこそどこにでもある雑草で、夏頃、ユリに似たオレンジ色の花を咲かせます。お浸しは、何となく“匂いの無いニラ”とでも言えそうなシャキシャキした食感で、家内は美味しいと言っていました。それにしても、誰にも見向きもされないあの道端のヤブカンゾウとは・・・。一つ勉強になりました。
まぁ、ハーブが日本でブームになる前に、フランスで“春告げ草”として人気のハーブの種を取り寄せて植えたら、日本でもそこら中に生えている西洋タンポポだったという逸話を、ハーブ研究家の女性の方が書かれたエッセイで昔読んだことがありますが、うーん、そんなものかもしれませんね。
(「陶仙房」に向かうアプローチ脇のヤブカンゾウの群生。ここのを採ったのではないと思いますが、それこそそこら中に普通に生えています)
また、家内に寄れば、茅野市の凍み大根が以前TVで取り上げられていたそうですが、もしかしたらこの「陶仙房」だったのかもしれないとのこと。
昔はどこの農家でも厳冬期に春からの農作業での“お小昼”用に凍り餅を作っていましたが、この凍み大根は我が家では見たことがありませんでしたが、茅野では一般的だったようで、こちらも野菜が無い時の保存食なのでしょう。大根は凍らせることで細胞が破壊され、煮ると生よりも味が滲み易くなります。いずれも、茅野が全国的に知られる寒天の産地の様に、冬の寒さを活かして江戸の昔から伝えられてきた、云わば“フリーズドライ”食品です。凍み大根は、いずれも自家製というほうずきジャムなどと一緒に店内でも販売されていました。
「陶仙房」のランチプレートはどちらも見た目以上のボリュームで、結構お腹が一杯になりましたが、県外からの方々も含めどうやら「おにぎりプレート」の方が人気の様でした。
食後のドリンクに選んだのは、私が陶仙房石窯焙煎というオーガニック豆 の浅煎りコーヒー、家内がアッサムティー(ポット)で、暫しのんびりした時間を過ごすことが出来ました。

 それにしても、蓼科がいくら人気の別荘地とはいえ、街中からは結構離れたこんな田舎の集落の中に、県外からも訪れるという人気のカフェが在る、しかも叔父の家とは目と鼻の先だったなんて・・・大いに驚いた“発見”でした。
今度、叔父のお墓にお線香をあげがてら、また「陶仙房」に来ようと思います。

 今回の軽井沢滞在中での、我々が勝手に気に入った私的”軽井沢グルメ”の幾つか・・・です。
(何しろ、アウトレットでの買い物に興味が無い身としては、唯一の興味の対象が“食べ物”でしたので・・・)

 先ずは、アウトレットに行く前にランチで寄った、中軽井沢の星野エリア「ハルニレテラス」の中に在る「希須林 軽井沢」です。
「レバニラ」好きの私メのために、“軽井沢グルメ”の中から奥さまが事前に見つけてくれた、東京青山が本店という人気中華料理店の軽井沢店なのだそうです。
その店はL字型カウンター10席の小さなお店ですが、軽井沢でも知る人ぞ知る有名店だとか。しかもハルニレテラス開業時からの出店で、ナント以前は60席を超える大型店だったのを、「お客さんの顔が見える様に」と5年前にリニューアルして、あろうことか僅か10席のカウンターだけにダウンサイズしてしまったのだそうです(外の入り口側には別にテラス席もあり、“Dog Friendly”な軽井沢らしくワンコ連れでもOKなのですが、さすがにこの時期では寒くて無理・・・と思いきや、食べ終わって出たらワンコ連れの女性の方が座っておられました。エライ!)。それにしても、60席から6席へ改装とは・・・(有り得ない!)。

 今回の注文は、私は家内のおススメのレバニラ。そして家内は、餡掛け焼きそばをチョイスしました。併せて、プリプリの水餃子も。酢味噌のタレが、なかなか秀逸でした。

 さて、評判通りに美味しかった「希須林」のレバニラ。
(中国語表記だと「韮菜炒猪肝」だそうですので、どうやら語順的には“ニラレバ炒め”が正しいようですが、個人的に思うにこの料理はレバーが優先なので、どちらかというと“レバニラ”でしょうか?因みに、ここ「希須林」もメニュー表記は「レバニラ」で、我が意を得たり!)
片栗粉をまぶして一度揚げられたそのレバーは、謂われなければ豚肉と見紛う(目ではなく、舌の場合は何て言えばいいのでしょうか?)程に新鮮で全く臭みも無く、また実に柔らかくてレバーにありがちな“粉っぽさ”が全く無いのです。本当に新鮮なのでしょう、こんなレバーは初めてです。
確かに美味しい!
過去食べたレバニラ、或いはニラレバという限りにおいて今回が初めてで、レバーとニラを混ぜることなく、軽くさっと炒められたニラが別々に調理されたレバーの上に載せられていて、その長めにカットされたシャッキシャキのニラ・・・。
更には、まるでフレンチの様に(勿論レバーも調味料をまぶして炒めてありますが)、下に敷かれたレバニラのソース。
レバーとニラのみ。或る意味シンプルで上品過ぎて、「・・・これってレバニラ?」と一見勘違いしそうな程、軽井沢らしい?オシャレなレバニラでした。
でもホント美味しい!
絶妙な味付けに、「ウーン、これで“猫マンマ”が食べたい!」と、ご飯のお替わり(無料でした)とレンゲ(が無くスプーンでした)をお願いし、残ったソースだけをご飯に掛けて、“猫マンマ”で戴きました。
思えば、シンガポール赴任中、現地でガルーパ(クエと同種)と呼ばれる白身魚を使った高級料理「清蒸鮮魚」の後は必ず、絶品の汁を“猫マンマ”にして食べるのが(高級魚のガルーパ以上に)一番の楽しみでした。
そう云えば、シンガポール名物のチリクラブも、(食べるのに時間が掛かる)蟹そのものは日本からのゲストに任せて、中華風の揚げパンを頼んで、チリクラブのソースをパンに付けて食べるのが、我々現地駐在赴任者にとって、食事アテンドでは(イーストコーストのシーフードセンターには、勿論プライベートで家族でも良く食べに行きましたが)蟹なんかよりも遥かに楽しみでしたっけ・・・。
贅沢かもしれませんが、同じ様な意味において?「希須林」のレバニラはあまりにオシャレ過ぎて・・・。私メは、どちらかというと、蒲田の羽根付き餃子店「春香園」で食べた、ニラだけじゃなくてシャキシャキのモヤシも入った庶民的なレバニラ炒めの方が好きかなぁ・・・。
ですので、出来ればこの「希須林」の絶品のソースで、たっぷりのモヤシも一緒に炒めたレバニラを是非食べてみたいものです(次回来たら、せめて大盛りが出来るか聞いてみよう・・・かな)。
 ハルニレテラスにはこれまで何度も来ていたのですが、ベーカリー沢村や丸山珈琲、それに蕎麦の川上庵(すぐにワンコにもお水を持って来てくれる様な“Dog Friendly”な接客はさすが!でした。でも蕎麦自体は普通でした)には入ったことはあっても、ここ「希須林」は初めてでした。
また軽井沢の中華料理では、以前調べていずれも東京に本店が在るという、元某総理など別荘族御用達という他の有名な中華料理店や、アウトレットの食堂街に在る中華料理店にも行ったこともあるのですが、90年代のシンガポールでの7年間、屋台街から高級店まで中華料理に触れた「舌」としては、「希須林」の方が遥かに美味しく感じました。
 続いても、翌日のランチ。
前日のアウトレットでの“じっくり”の品定めを受けて、この日は実際に買うために(私メは購入した荷物の運搬係を仰せつかり・・・ついて行くと、私メの今履いている靴が、もう何年も愛用していて大分“くたびれてる”からと、同じブランドで同種のレザーシューズと更に夏用のカジュアルシューズが既に品定めがされており、もしかすると自分の買い物を正当化するためだったかもしれませんが、有難く2足買って戴きました・・・おかたじけ!)行った、軽井沢「プリンス・ショッピングプラザ」での買い物中のランチです。
前回来た時も食べたのですが、今回もショッピングプラザの飲食店街「軽井沢 味の街」に在る駒ヶ根が本拠のソースカツ丼の「明治亭」です。
前回は二人共、先ずは基本のロースかつ丼にしたのですが、今回家内はエビフライとヒレカツのエビヒレ丼、私はロースかつ丼にしてお互いシェアすることにしました。
エビフライもトンカツも、そして明治亭秘伝のソースも前回同様美味しかったのですが、残念だったのはご飯。前回はちょうど新米切り替え初日とかで、ご飯もツヤツヤで美味しかったのですが、この日は何故かご飯がベチャベチャで、全然美味しくない・・・。「まさか、水の量を間違えたんじゃないの?」と思える程でした。
せっかく看板のトンカツやフライが秘伝のソースでいくら美味しくても、これでは台無しでちょっとガッカリ。しかし、あくまでご飯があっての「丼」ですので、これではレストランとしては失格ではないでしょうか。
明治亭はローカルの有名店であるからこそ、拠点の駒ヶ根から拡大するのであれば、どんなに混もうが或いは人気店になろうが、各支店共手を抜くことなくしっかりと頑張って欲しいと思います。
(因みに明治亭は、駒ヶ根市内以外では、ここ軽井沢と長野駅に支店があり、駅ビル内の蕎麦はツナギが多過ぎて・・・七三、或いは六四かそれ以下・・・正直2店舗共ガッカリでしたので、信州らしいローカルフードを選ぶなら、B級グルメかもしれませんが、むしろ明治亭のソースカツ丼を食べた方が良いでしょう。また、改札口フロアにはテイクアウト専用のカウンターもあるので、駅弁代わりに電車内で食べるのも良いかもしれません)。
 そして三番目は、夕食をコユキと一緒に過ごすために部屋食用のテイクアウトです。
先述の明治亭始め、幾つかテイクアウト可能なレストランがあった中で、選んだのはこれもアウトレット「プリンス・ショッピングプラザ」内に在る、ステーキビストロ「サクレフルール」でした。
何でも、パリのモンマルトルに本店を構えるという、肉料理を中心とした本国でも大人気のレストランで、神楽坂に日本1号店があり、この軽井沢が2号店とか。敷地内の広い芝生の中庭越しに見える、池に囲まれたドーム型の非常にシンボリックで特徴的な建物です。
テイクアウトメニューの中から、サーロインステーキ&ガーリックライス弁当、そして家内はお腹が一杯なのでとサラダプレート。サイドディッシュで、つまみ用にフライドポテトをチョイスしました。
ステーキは柔らかくて美味しい。シンプルですがイイ味付けです。スモークサーモンとモツァレラが載せられたサラダも美味しかったです。ポテトも、さすがにマックなどとは違って、櫛形にカットされたポテトで美味しかったです。ポテトは量が多くて食べ切れなかったので、翌朝また食べました。
本来なら、レストランで出来立てを食べればアツアツでもっと美味しいのかもしれませんが、コユキと一緒に部屋で食べるべく、今回のチョイスはかなり満足度が高かったテイクアウトでした。

 昨年次女の二人目の出産や母の葬儀などもあって、夏以降二度キャンセルせざるを得なかった軽井沢へリベンジに出掛けました。
いつもの追分のドッグヴィラに二泊して、今回は奥さまの目的であるアウトレットで毎日“買い物三昧”です(・・・と言うか、もうスキーもしないので他にすることがありません)。
当然ですが私メも一緒に買い物について行こうとすると、それではゆっくり買い物が出来ないとのこと。
そこで止む無く、独りで買い物をしたいという奥さまとは別れ、私メは特に買いたいモノも無いので、久し振りに旧軽を歩いてみることにしました。
そして、昔万平ホテルからの帰り道で偶然入ったことがあって、とても気に入った喫茶店「ピコ」にもまた行ってみようと思います。

 駅前通りを歩いてロータリーを超え、旧軽、軽井沢銀座通りへ向かいます。
避暑地である軽井沢は、それこそ“東京都軽井沢町”と揶揄される程、夏は原宿の様な感じで、別送族よりもむしろ若い人たちでごった返していますが、さすがにこの時期は閑散としています。
アウトレットも初売りが終わり、冬のバーゲンも2月10日前後にならないと始まらないそうなので、この1月末の軽井沢が一番空いている時期だとか。せいぜい歩いているのは、アウトレットでの爆買い目当てで来たであろうインバウンドの外国人観光客。それも大声で話している中国語や韓国語のグループや家族連れが目立ちます。
 江戸時代の中山道。“沓掛時次郎”で知られる隣の沓掛宿(現中軽井沢)や、全国の追分節のルーツとなったその次の追分宿程有名ではありませんが、軽井沢にも日本橋から数えて18番目の宿場が置かれ、中山道随一の難所であった碓氷峠を越えて、或いは超える前に軽井沢宿で一服する旅人の多くが利用したという、江戸時代に休泊茶屋だった旅籠鶴屋に始まるという老舗の「つるや旅館」。
そして明治に入って軽井沢が避暑地になってからは、多くの文人等で賑わう中で堀辰雄もここに投宿し、軽井沢が舞台の小説「美しい村」を書いたと謂います。そしてその滞在中に、後の「風立ちぬ」のヒロインのモデルとなった“黄色い麦わら帽子を被った”彼女に出会ったとも・・・。
 軽井沢銀座通り商店街の端、そのつるや旅館のすぐ隣に、如何にも軽井沢らしい、苔むした木立の広い庭がとても印象的な「クレソン・リバーサイド・ストーリー」という素敵なレストランがありました。
何でも昔三陽商会の保養所だった場所に最近オープンしたという、外観からも分かる木の温もりが活かされた素敵な建物です。残念ながら、12月から4月までは冬期休業中とのこと。新緑の木々に囲まれた季節は、さぞ素敵だろうと思いました。
 そこから旧軽銀座通りを離れ、有名な町営テニスコートの横を通って、「軽井沢ユニオンチャーチ」へ。
ここは明治30年に創設され、別荘に住む外国人・宣教師たちに愛されてきた歴史ある教会だそうです。今の建物は、創設後ヴォーリズの設計により建て替えられた木造の教会で、窓から差し込む光と白樺の木をクロスさせた正面中央の十字架が素朴で美しく、誰もおられませんでしたが、教会内部は自由に見学も出来、質素な木の長椅子に腰掛けて思いを巡らします。
静かで厳かな、でも暖かな雰囲気の中、まだクリスマスの飾り付けが残されていてとても素敵な雰囲気でした。勿論自身はキリスト教徒ではありませんが、京都での学生時代に、大学の合唱団の他にも属していたルネサンス時代の宗教曲を中心に演奏していた室内合唱団で、モテットやミサ曲、マドリガルなども歌った身としては教会音楽には親近感もあり、自然と祈りの気分になります。教会のベンチに座って、白い冬にこの教会で聴く讃美歌もきっと素敵だろうと思います。
ご存知の様に、明治期に軽井沢が避暑地として有名になる第一歩を記したA・C・ショー師が宣教師として赴任して来て以来、ここユニオンチャーチの他にも歴史ある教会が幾つも木立の中に溶け込む様に佇んでいて、賑わいの夏の観光地軽井沢とはまた違った、静かで凛とした雰囲気を醸し出しています。
 そこから更に万平ホテルへの通りへ出て、この辺りだろうと周辺を歩き回って、昔万平ホテルからの帰りに偶然見つけて入った素敵な喫茶店を探したのですが、残念ながらどうしても見つけることが出来ませんでした。
その喫茶店は「ピコ」という名前の通り小さなお店で、訪れたのは実に15年も前だった様ですが、恐縮ながら当時のブログ記事(第129話)から抜粋すると、
『管球アンプとアルテックA5(の他にElectro-Voiceが一対)での音楽が静かに流れるこじんまりした喫茶店で、ご夫婦で経営されていて観光客というより地元の方々の「憩いの場」という感じでした。
壁にはジョン・レノンの版画が飾られていて、奥様曰く、今までそこに座って音楽を聴かれていれたご婦人は、息子さんがショーン君と幼馴染とのこと。
喫茶店の庭にはテラス席もあり、夏は犬連れのお客さんで一杯になるとか。奥さまの仰るには、「アスファルトが熱いからワンちゃん達が可哀想で、いつもサービスで水をあげると、あっという間に飲み干しちゃう」のだそうです。
そして、冬の軽井沢はそれまでの喧騒が嘘のように消え、庭先に鹿や猪(時にはウリ坊を連れて)が散歩にくるのだとか。
 そして、マスターが戻られての会話。
元々はメーカーの無線技術者で、以前はアマチュア無線の雑誌の「CQ」にも執筆していたそうで、引退後の今は、喫茶店経営の傍ら管球アンプの自作や修理を頼まれるとかで、暫しオーディオ談義。近くのブティックにも連れて行かれ、自作のアンプを聴かせてもらいました。』
当時のオーナご夫妻のお歳から拝察すると、もう既にリタイアされたのかもしれません。とても居心地の良い素敵な喫茶店だったのですが、15年という時の流れには逆らえず、残念ながら再会は叶いませんでした。でも・・・、
 「あのオーディオたちは、今もどこかで元気に活躍してるんだろうな、きっと!」
 その後、せっかくなので暇に任せて矢ヶ崎公園の大賀ホールまで行ってみました。
今後の演奏会予定を見たかったのですが、軽井沢での演奏会シーズンは世間とは逆で、Xmasシーズンを除けば別荘族が戻る冬はオフシーズンなのか、1月から3月までの間には、地元のアマチュア団体以外に殆どめぼしい演奏会予定はありませんでした。
一昨年、驚くべきことにクリスマス恒例のBCJのメサイアが、いつもの軽井沢ではなく(そのため軽井沢のBCJのメサイアは例年より10日以上も早く、且つソリストなどメンバーも変えて行われました)松本の音文(ハーモニーホール)であったのですが、昨年はまた大賀ホールに戻りました(但し、「イブは必ずサントリーホールで」が、毎年の恒例)。
ですので、いつものドッグヴィラに泊まって、いつか必ず軽井沢でBCJのメサイアを聞いてみたいと思います。但し、唯一の懸念は、松本から軽井沢までの峠の雪道の運転だけなのですが・・・。
 しかし暖冬の今季は、大賀ホールの在る矢ヶ崎公園の池は全面結氷しておらず、また周囲にも1月末というのに全く雪も無く、信州でも寒いエリアの軽井沢でこうなのですから、ましてや諏訪湖で御神渡が見られる筈も無い・・・などと思いながら、アウトレットでの家内とのランチに合流すべく、軽井沢のシンボル(多分)の台形の離山と、その背後の雄大な浅間山を見ながら大賀ホールを後にしました。
【注記】
因みに、2月上旬に渡米する長女を羽田で見送って、東京から帰って来た6日は降雪の影響で中央東線のあずさが昼過ぎまで運休したため、止む無く北陸新幹線の長野経由で戻ったのですが、通過した軽井沢駅周辺は一週間前とは一変し、20㎝を超える雪で真っ白の銀世界でした。
むしろ、これが本来の冬の軽井沢の姿なのかもしれませんが・・・。

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