カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 以前ご紹介した、上田への通勤路沿いにあった「ナンジャモンジャの木」(第972話参照)。下記に一部を引用(最初の写真2点も)しますが、
『・・・名前からして“人を食った”様な名称ですが、正式名称はモクセイ科ヒトツバタゴ(一葉たご)という落葉高木。「たご」というのはトネリコの一種で、トネリコが複葉なのに対し、単葉なことから名付けられたそうです。中国福建省原産で、朝鮮半島の一部、国内では対馬や木曽川流域(特に東濃地方)のみに自生(対馬の群生は天然記念物指定)している絶滅危惧種(Ⅱ類)で、岐阜県の土岐市では「市の花」に制定し、街路樹として植えられている「なんじゃもんじゃ街道」があるとか。植栽としても、神宮外苑や深大寺などに植えられた木の写真がありましたが、全国的にも珍しい木のようです。大きなものは20mにも達するそうですが、平井寺にあるものは5m程度でしょうか。しかし、満開の時には見事な花を咲かせています。しかも、英語ではその名も“Snow Flower/Snow Blossom”だそうで、正に“雪の花”。
これまで身近で見たことはありませんでしたが、多分長野県内では珍しい木なのだろうと思います。』

 県内で自生している樹木ではないので、これまで上田以外では見たことはありませんでした。ところが、何のことは無い。“灯台下暗し”で、松本にもあったのです。
 先日、母をデイサービスに送り出してから、久し振りに家内と松本城まで朝のウォーキングに行って来ました。
北側の朱塗りの埋橋側から松本城公園に入ろうとして、信号待ちから横断歩道を横断。すると、臨時駐車場の角にあるビオラ等が植えられた花壇の先に何やら白い花の咲いた木が視界に飛び込んで来たのです。その枝に降り積もった雪の様な情景に、瞬間的に、
 「えっ、まさか!?」
早速近寄って花を観察してみました。すると、それは紛れも無くモクセイ科の「ヒトツバタゴ(一つ葉たご)」、別名“ナンジャモンジャの木”の特徴ある花。
 「あぁ、松本平にもあったんだ・・・!」
平井寺の通勤路脇にあったナンジャモンジャに比べれば、半分ほどの樹形の大きさでしょうか。まだ若木だと思いますが、英語名の“Snow Flower/Snow Blossom”らしい姿は十分に感じられました。
きっと、あと何年(10年?)もすれば、そこだけが初夏に季節外れの雪を被った様に、周囲を圧倒する程の存在感を放つような木になるかもしれません。

 “毎日が日曜日”の年金生活者には無関係でも、世の中は「ゴールデンウィーク」真っただ中。私メよりも遥かにお忙しい奥さまのスケジュールに合わせて、世間の風に多少は吹かれてみようと、ナナを連れてドライブ気分。
 「さて、どこへ行かんべ!?」
・・・ということで、上高地線から広域農道を走って、堀金の「国営アルプスあづみの公園」へ行って見ることにしました。どの道路も県外車で混んでいます。そう云えば、お城の駐車場もほぼ満杯でした。

 この「国営アルプスあづみの公園」は、「大町・松川地区」と「堀金・穂高地区」の二ヶ所に分かれています。堀金・穂高は南安曇(現安曇野市)ですが、片や大町・松川は北安曇。双方、全く離れて分散しています。我々は、近間の烏川扇状地に拡がる堀金に行くことにして、松本市の新村から広域農道を走って向かいます。

 途中、農道沿いの道の駅「アルプス安曇野ほりがねの里」内にある「ほりがね物産センター」へ立ち寄り。野菜などの産直市場がありますが、お目手は隣に拡がる菜の花畑。こちらは隣の休耕田を活用し、飯山の千曲川沿いに拡がる「菜の花公園」同様に信州らしく野沢菜の花です。
ここ堀金は常念の麓の村であり、尋常堀金高等小学校の毎週月曜の朝礼の度、校庭の壇上から西にそびえる常念岳を指さし、「常念を見よ!」と言い続けたという佐藤校長(大正5年~8年)で知られます。
一面黄色の菜の花畑の上には五月晴れの“薫風”に泳ぐ鯉のぼり。そして、背後にそびえる残雪の常念岳。
 「気高く、雄々しく聳える郷土の誇りである常念に恥じずに皆も生きよ!」
麓の堀金だけではなく、また戦前だけでも無く、今でも松本平に住む人間にとっては心の拠り所なのです。
 「あぁ、今日も常念が見えた・・・」
 道の駅から、あづみの公園への道路に右折し西山の麓に登って行きます。公園まで4㎞との案内だったのですが、1㎞も進まぬうちに渋滞で殆ど進まなくなってしまいました。
 「イヤハヤ、いくらGWとはいえこんなに混んでいるとは・・・。」
GW中は(余計混むから)地元民は行ってはいけないのかもしれません。ということで諦めて引き返し、道すがら久し振りの「Dogcafe With」へ立ち寄り、ランチを食べて帰宅しました。その内に(地元や観光で来られたらしい)犬連れのお客さんで満席になりました。
別荘族の多い軽井沢を除くと、長野県で室内までワンコOKという店は意外なほど少なく、松本安曇野エリアでも(知っているだけで)3軒程度でしょうか(テラス席OKと云う店はそれなりにありますが、真冬はちょっと・・・)。昨今、ペット連れの観光客も多いだけに、“観光立県”を標榜するのであれば(軽井沢以外の)信州ももう少し工夫した方が良いと(犬連れとしては)感じています。
【追記】
翌日知ったのは、「国営アルプスあづみの公園 堀金・穂高地区」では、この日「早春賦音楽祭」が開催され、1万7000人の人出だったとか・・・。そりゃ、混む訳だ・・・と納得した次第。

 国道20号線塩尻峠の岡谷側にある焼き肉店「縁結び」。塩尻側には同じく」「東山食堂」と、峠を挟んで焼き肉の名店が相対しています。
「縁結び」は、上諏訪出身の奥さまの昔からのお馴染の店でもあり、30年程前に上諏訪の社宅に住んでいた時に、時々諏訪から食べにも行っていましたが、松本に移ってからは高速道路を使うことが多くなり、国道で塩嶺峠を越えることもなくなると、その国道沿いの店にも行くことが全く無くなりました。

 先日(第1198話)の実家の義父の納骨の後の宴席が「縁結び」とのことで、てっきり茅野に出来た支店(茅野店)だとばかり思っていました。ところが、義弟が予約してくれてあったのは塩嶺峠の「縁結び」岡谷店(本店)でした。
松本まで帰るこちらのことを慮って、わざわざ茅野から塩嶺峠まで30分程走っての訪問でした。しかも、コースの宴席料理を事前に予約してくれてありました。
塩尻側からだと、峠を登り切って下り始めてすぐの諏訪湖側(左側)に店舗があり、丁度昼時でしたが、県外車も含め結構駐車していました。今でも繁盛している様で何よりです。私達は諏訪に住んでいた時以来、実に30年振りです。店内は改装されて、何だか随分キレイになった様な気がします(昔はもっと油っぽくて、且つ煙っていた気がしますが・・・?)。
既に配膳されていたコースメインの肉の“船盛り”。和牛やイベリコ豚、福美鶏と云ったプレミアムなブランド肉が山盛り一杯で、一人ずつ席に置かれていました。
 昔懐かしい縁結び独特の肉を焼く鉄板の中央には、独特の野菜の塩茹で用の容器と縁には焼いた肉から出る余分な油受けも。この焼き肉用の縁結び独特の鉄板も昔通りで変わっておらず、本当に懐かしい限り。謂わば縁結びのトレードマークです。それを、「縁結び」特製のタレに浸けていただきます。このタレ・・・30年振りの懐かしの味です。
 焼き肉だけでも十分なのに、始まると小鉢や麺類、ちらし寿司風の海鮮丼(海鮮ビビンバとのこと)、更に〆のデザートと次から次へと運ばれて来ます。昔は無かったであろう蕎麦は手打ちで二八の本格派。イヤハヤ畏れ入りました。更に回海鮮丼、最後にデザートと続き、到底食べ切れません。聞けば、これで一人3千数百円なのだとか。飲み放題を付けると、一人五千円丁度だそうです。この圧倒的なコスパ。団体客にはマイクロでの送迎もありますが、峠の上の方にあるため、立地上のハンディを補うための量的サービスなのかもしれませんが、それにしても驚きとも云える圧倒的なコスパの良さでした。
少々街中からは外れますが、峠の中腹から岡谷の夜景を見ながらの焼き肉での宴席も、特に若い人たちの多いグループであれば絶対にお薦めです。
30年振りの、本当に久し振りの訪問でしたが、接客も良く、
 「これは、なかなか大したものだ!」
と感心至極でありました。娘たちが帰省してきたら、また来ようと思います。ごちそうさま!でした。
(豪華な和牛などの盛り合わせも感動モノではありますが、個人的には、昔ながらの「縁結び」のジンギスカンにも郷愁をそそられます)

 一周忌を前に、春めいて雪の消えた3月末に義父の納骨を済ませることが出来ました。義父は長男ではないので、生前に市営墓地を抽選で申込み事前に確保してありました。忙しい義弟に代わり、事前に義母と家内で石材店と打ち合わせてしっかりと墓石も用意されていました。

 茅野市の永明寺山の南斜面に、昭和50年から造成されたという市営の永明寺公園墓地。実家の墓地は第3期造営部分とのことですが、家内の道案内で車で登って行くと、結構な高台で南側に開けた茅野の市街地が望めます。
しかも、お墓に行く途中には、石室跡と思しきスペースに「釜石古墳」、「一本椹(さわら)古墳」という案内板が建てられています。
 「えっ、古墳!?」

案内板に拠れば、ここは6~7世紀という古墳時代後期の円墳が50基程固まっている「永明寺山古墳群」の一部なのだとか。そう云えば、この付近の地名「塚原」というのも、この地の古墳群の存在に由来しているのでしょうか。
しかも、造成中の2013年には直径11mという諏訪地域最大級の7世紀の円墳「永明寺山古墳」が発見され、ほぼ未盗掘で鉄製の直刀6本を始めとする300点余りの埋葬品が出土。墓地の上部にその円墳が復元されていました(この古墳発見により墓地造成が遅れたのだとか。縄文と仮面のビーナスの二つの国宝土偶が発見された茅野であれば、市内の遺跡に一体どんな古代の“お宝が”埋まっているやもしれず、それも止むを得ないでありましょう)。
説明書きに依れば、この永明寺山古墳の石室へ至る進入路(羨道)は入口からやや東に曲がっているのが特徴的で、この標高872mの高台から晴れた日に臨める富士山と正対しているだとか。古代から富士山(不死山?)を崇め奉った故ではないかとの説明がありました。
確かに古墳時代もまだ富士山は、科学現象を説明出来ぬ古代人にとって、鎮まれぬ神の怒りとしての畏るべき活火山ではあったのでしょうが、しかし思うに、古代この地に至近の目の前に聳ゆる八ヶ岳の方が、むしろ畏敬の神の如く(八ヶ岳の裾野に住まいし縄文の諏訪の民から脈々と受け継がれた)畏れ崇め奉る存在ではなかったのか・・・と個人的には感じられました(但し、この古墳のある場所からは永明寺山の山肌に遮られて八ヶ岳を望むことは出来ませんし、八ヶ岳の最後の噴火は遥か130万年前とされています)。
 古墳時代前期とされる3世紀の前方後方墳で、東日本最大級の松本市の弘法山古墳。前方後円墳では、東日本最大級の石室を持つという千曲市(更埴)の森将軍塚古墳(4世紀)。それらに比べると、出雲族の関わりが考えられる諏訪(須羽)国は円墳中心であり、ヤマト王朝との関わりは科野(信濃)国よりも遅かったように思われますが、登ると一目瞭然での弘法山同様に、この地一帯を眼下に見下ろして眠るのは、やはりこの地を治めた首領に違いないであろうと納得させられる絶景の場所でありました。
 その意味で、古来この地は、古代ミシャクジ信仰にも繋がる諏訪国の民の子孫の行く末や安寧を願って、この地に関わった人々が眠るのに相応しい場所の様にも感じられ、諏訪の人だった義父を偲びながら暫し眼下に広がる茅野の街を眺めておりました。

 諏訪が発祥の地である、中華料理のローカルチェーン店の「テンホウ」。
同地ご出身の奥さまは、子供の頃、チェーン展開する前の発祥の店「餃子会館」の頃から家族で良く食べに行っていたそうです(・・・どころか、女子高下校後に親友と通ったこともあったとか。謂わば、当時の“スタバ”だったのでしょうか?)
 現在の「テンホウ」は、ギョウザだけではなく、ラーメンや担担麺などの麺類や定食類などメニューの種類も多く、何より全国展開する大手チェーン店と比べても値段の安さを武器に、今や中南信を中心に長野県内30店舗とか。謂わば“信州版餃子の王将”と言ったところでしょうか。なかなか大したものだと感心しています。奥さまによれば、諏訪に1店舗だった時代からギョウザは美味しかったそうですが、二代目が積極的に拡販展開し、三代目の現在に至るのだとか。

 松本エリアでも郊外を中心に展開しており、我が家の近くの追分や渚にも「テンホウ」があるので、子供たちが小さかった時から勿論、今でも夫婦で昼の外出時などで簡単に済ませたい時などに利用しています。
独特のシーズニング(八角系?)が効いた焼きギョウザ(一人前6個で270円)がイチオシでしょうか。ラーメンは極々普通のラーメン(390円!)で、余り特徴が無い(鶏ガラが効かず、醤油味のみ)ので好みではありませんが、担担麺は人気の様です(ただ炒めモノの定食は野菜炒めのみで、ニラレバが無いのが残念。しかし、何故かソースカツ丼があります)。

 以前から、私メのイチオシは長崎風の「皿うどん」(600円)。
松本周辺にはありませんが全国チェーン「リンガーハット」の「皿うどん」同様に、長崎風の餡かけ固焼きそばです。ただ、店(調理人)によって多少味(特に塩気)に差があります(セントラルキッチン方式でなく、レシピに沿って、各店で調理している証左だと逆に評価しています)が、全体的に水準以上だと思います。大盛り(麺の量がダブルで770円)だと、食べ切れないくらいの量になります。細麺がパリパリに良く揚がっていて、あん(餡)の具材も、野菜だけではなく、カマボコにエビやイカなど(冷凍モノにせよ)のシーフードも入っています(使ったことはありませんが、店によっては長崎風にウスターソースが一緒に運ばれて来ることもあります)。
ただ分からないのは、必ず小さなポーションタイプのレモン果汁が付いてくること。個人的には(たくさん掛けたいので、これだと量が少な過ぎて)、食卓に置いてあるギョウザ用の酢で十分だと思います。

 “固焼きそば”といえば、県内では上田の「福昇亭」(第841話参照)等に代表される様に、東北信では「焼きそば」或いは「五目焼きそば」というと固焼きそばというのが一般的なようですが、松本ではどちらかというと固焼きそばはマイナーで、焼きそばはあくまで「たけしや」の様なソース焼きそばが一般的。ただ松本でも、「本郷食堂」や嘗ての“中華の名店”「竹乃屋」のように「固焼きそばをウリにするお店もありました。中でも“食通”池上正太郎にも愛されたという「竹乃屋」の五目焼きそばは、ビーフンの様な極細面で独特でした。そして、その流れを汲む「麗山」で今でも食べることが出来ます(五目焼きそば1350円)。極細の麺はパリパリとして繊細で良いのですが、ただ餡の味付けがお上品過ぎて、また量もおショウビンなので、個人的には些かモノ足りません(あくまでコース料理の中の一品として食べるべきメニューなのでしょうか)。固焼きそばでは、いかにも庶民的な「テンホウ」の長崎風皿うどんの方が個人的にはむしろ好みです。
今回も皿うどんを大盛で。一方、諏訪育ちの家内は、テンホウではいつでもチャーメンをご注文。塩焼きそばと言えば良いのか、要するに野菜炒め風の焼きそばです。子供の頃から変わらぬ懐かしい味とのこと。シンプルですが、奥さまにとってのソウルフードなのでしょうね、きっと。

 テンホウは、“安かろう旨かろう”で、昼も夜も家族連れでかなり混んでいます。隔週の土曜日はサービスデイでギョウザが半額の130円。なかなか頑張っています。

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