カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 1月22日でしたか、都心で20cm以上の積雪のあった日は、ここ松本も22cmの積雪がありました(八王子は松本を上回る26cmだったとか)。
これは、私達(信州の中南部で)が言うところの「カミユキ(上雪)」。冬型が崩れる春先(2月下旬から3月中旬頃)になって、日本海側ではなく太平洋岸を低気圧が進んだ時に、標高の高い松本や諏訪など(真冬の時期は、日本海側に大量に雪を降らせる雪雲は北アルプスに遮られて殆ど雪の降らない)信州の中南部に降る雪のこと。まだ1月に、季節外れの「カミユキ」が太平洋側に降ったイメージでした。しかし、雪だけではなく、数年に一度という様な寒波が日本列島を襲う中、1月中旬くらいから平年を下回る様な寒い日が多くなりました。

 我が家のエコキュートは2016年のそろそろ寒さが和らぐ2月下旬に設置したので、本格的な寒さはこの冬が初めてということになります。そのエコキュートが、寒冷地仕様の筈なのに、松本で-12℃を記録した朝、水は出るのですが、台所や風呂場、各洗面所もお湯が全く出ませんでした。室内でお湯が出ないことなど以前の灯油ボイラー時代含め一度もありませんでしたからビックリ。日中は真冬日ではなかったためか、幸い夕方近くにはお湯が出るようになりました。
その後も時に-10℃近い寒い日が続き、寒さに慣れている筈の松本でも水道管の凍結が相次ぎ、例年の倍の多さとか。
 記録的な大雪での被害も心配される北陸地方など、寒波の襲来を受ける今年の日本列島ですが、一度は氷が解けて諦めかけた(羽田へ行く日の朝、あずさで諏訪湖畔を走った時は波が立っていました)のが、その後の寒波で5年振りに諏訪湖で御神渡が確認されたのだけは寒い今年の冬の吉報でした。何しろ、夏の花火と7年に一度の御柱以外は閑古鳥の鳴いている諏訪ですので、定年後は諏訪に行くことも殆ど無くなりましたが諏訪にお世話になった身としては、冬にも観光客の皆さんが押し掛けて来てくれたのは本当に有難い限りです。
(写真は1月22日夜の雪の様子と、アルプス公園から望む今朝の北アルプスです)

 12月24日に京都で行われた、師走の都大路を駆け抜ける全国高校駅伝2017。
長野県代表の男子佐久長聖が2008年以来の優勝。そして女子は長野東が初の表彰台となる準優勝。これを快挙と言わずして、何でありましょうか。特に長野東は、必ずしも練習環境に恵まれているとは言えない県立の公立高校です。

 佐久長聖は母校東海大の駅伝部監督に請われて転出した両角前監督がゼロから基礎を作り(監督自身が重機を操縦してクロカンコースを校内に造ったそうです)、その後は教え子の高見沢現監督に引き継がれていますが、昨年準優勝だった悔しさを晴らし、2008年以来2回目の優勝を遂げました。しかも、2008年の村澤・大迫等の“黄金世代”が作った日本人選手だけの最高記録以来の2時間2分台。近年は留学生がいるチームばかりが優勝している中で、最近では2008年の長聖以降、2010鹿実、2012山学大附属以来となる久し振りの日本人選手だけでの優勝です、
最近の長聖には、そうした方針や指導を慕って県内だけではなく近県からも優秀な選手が集まるようになりました。そうした中に静岡出身の佐藤悠や東京出身の大迫といったエースもいましたが、嘗ての“怪物”佐藤清治以降、上野、村澤、關、名取といった県内出身エースの系譜を引き継ぐ中谷選手の1区区間賞に始まり、一時は留学生に抜かれたものの、一年生が頑張って再度逆転し、最後は突き放しての優勝でした。
中でも2区区間賞の服部選手の面構えは良かった。走りも見事でした。彼は愛知出身。逆転した鈴木選手は静岡出身。更に栃木出身の富田選手に、今年は怪我で出遅れた我が中学の後輩である木村選手等、県内出身の優秀な選手も一年生にはいるので、来年度県内出身エースの系譜を引き継ぐべき松崎選手(塩尻出身)を中心に更に頑張ってくれるものと確信しています。

 女子の長野東。昨年も和田選手の1区区間賞に始まり途中までトップを走っていたのですが、最終区でズルズルと順位を落として、過去最高順位の6位入賞とはいえ、チョッピリ後悔の残るレース展開でした。
今年は、主力選手の故障にもめげずに、1区和田選手の連続区間賞に始まり、2区の1年生高松選手が留学生には抜かれたものの、途中までトップに喰い付いて行く大健闘。そしてアンカー小林選手が最後のトラック勝負で並走していた選手を振り切っての見事な準優勝。3位以内のメダル獲得という目標を上回る準優勝で飾りました。「留学生がいなくても、公立高校でも頑張れば戦える!」。和田選手以外は一二年生。胸がスカッとした快走でした。
層が厚くなった成果とはいえ、駅伝は先行すると優位なだけに、和田選手という大黒柱が抜ける来年以降、如何に総合力を高められるか、或いはエースを育てられるか?小柄ですが、木曽の開田出身という高松さんに“女村澤”化を期待します。

 明けて1月に行われる全国都道府県対抗駅伝。如何に中高校生を育てるかが、県内に社会人チームの無い長野県が全国最多優勝を誇るまでになった男子チームの強化ポイントでもありました。今年度も勿論優勝候補の筆頭でしょう。
そして、長野東の卒業生が大学・社会人で主力となりつつある女子チームも今年は期待できる!・・・そんな希望を抱かせてくれた快走でした。

 佐久長聖&長野東の選手の皆さん、おめでとう!そして、感動をありがとう!

 毎年お米を分けていただく父方の茅野の叔父。
今年は、お米だけでなく稲藁を果樹園用に頂くことにして、軽トラックで茅野まで受け取りに行って来ました。コンバインでの借り入れもとうに終わっていて、田んぼに藁束を4つずつ円錐形の様に立てて乾かしてくれてあるのですが、10月は異様に雨が多く、また台風の影響もあって、田んぼがなかなか乾かずにいたのですが、11月に入って晴天が続いたので漸く取りに行くことが出来ました。
場所は蓼科の麓で、標高1100mの湖東(こひがし)と云う地籍なのですが、古代の諏訪湖がいくら大きくても(現在の諏訪湖の3倍ほどで、茅野まで諏訪湖だったとか)、湖の東側と云う程に、この近くまでが諏訪湖だったとはさすがに考えられません。東山魁夷で有名な御射鹿池や奥蓼科の横谷峡も近くだそうです。連休だったこともあって、今朝も県外車に道を聞かれたとか。
 「御射鹿池の紅葉もキレイでしょうね!?」
 「いやぁ、溜め池だでナ。大したことねぇけど・・。白駒の方がイイワ」
 「じゃあ、やっぱり緑のキレイな夏にします!」

 当日は2回往復する予定で、朝早めに出発。空荷での往路は時間節約のため高速を走り、藁を荷台に満載しての帰路は、街中を避けて下道をトコトコとゆっくり走って来る予定。
田んぼで、荒縄で縛って藁を“まるけ”ます(「まるける」は信州弁?で、丸く束に丸める/纏めるの意)。軽トラの荷台に6把ずつ3段積みの18把。それをロープでずり落ちぬ様にしっかりと縛ります。叔父からはもっと積めると言われたのですが、途中緩んで落としたりしてはいけないので3段にさせてもらいましたが、それでもバックミラーは荷物で後ろが見えません。交通量の多い上諏訪側(国道20号線)を避け、上社側の諏訪湖の西側(別名“西街道”)を走り、岡谷から国道に合流し塩嶺峠を超えて脇道の山麓線を走って中山から松本へ入る予定です。松本市内も“ビル街”に藁クズを播きながらは走れないので、街中を避けて遠回りに山側を走って帰る予定です。
茅野から松本まで高速だと1時間足らずですが、途中2度ほどチェックしましたがロープも緩むことは無く、下道をゆっくりトコトコと2時間掛かって無事リンゴ園に到着することが出来ました。
茅野を出る頃からにわか雨で、松本でも雨が降り出してきたのでその日は二往復せず、翌日もう一度行くことにしました。
 翌日は幸い快晴でした。
2台目も積み終わり田んぼでの作業は終了。叔父の田んぼから眺める八ヶ岳から蓼科山へ続く山並みの雄大で見事なこと。裾野に拡がる広葉樹や落葉松の紅葉や黄葉も見事で、青く澄んだ青空を背景にまさに秋本番。暫し、うっとりと見とれていました。

 以前から行ってみたかった白馬八方池。唐松岳の四方八方に拡がる尾根から“八方尾根”と名付けられたアルペンリゾートにして、長野オリンピックでの滑降コースでもあります。その中腹に横たわる八方池は、湖面に映る白馬三山の雄姿が印象的な、北アルプスを代表する山岳風景でもあります。本来なら登山でしか見ることが出来ない景観ですが、ゴンドラやリフトを乗り継いで、トレッキング気分で八方池までは行くことが出来ることから、近年人気の観光コースでもあります。

 天候不順でスッキリとした快晴が見込めそうもないことから、快晴を待っていると紅葉シーズンも過ぎてしまいそうなので、色々予定もある中でのピンポイントで、午後から晴れ予報だったことから10月3日に行って見ることにしました。
8時半に自宅を出発し、白馬には10時頃到着。昔に比べると随分近くなりました。八方インフォメーションセンターで前売り券を購入すると、兎平(別名“ピョンピョン平”)までのゴンドラとリフトの往復券が通常2900円から2610円に割引になります。ゴンドラの八方駅まで徒歩10分弱とのことから、駐車場も無料でしたので、車はそこに停めて歩いて行くことにしました。
 「上は今霧が巻いていますが、午後からは晴れ予報です。私達も霧が晴れるように祈ってます。上は寒いので気をつけて!」
と、インフォメ受付のスタッフの方から見送られていざ出発。途中、同好の士は誰もいませんでした。
八方のゴンドラリフト「アダム」。ちょうど2年前に行った栂池自然園のゴンドラリフト「イブ」と対になっています。係員の方から、
 「上はとても寒いですよ。風もあるので気をつけて下さいヨ!」
との念押しが・・・。我々も、事前に「山の天気予報」で八方の標高2000mでの気温予想2℃を確認済みでしたので、一応それなりのトレッキング用の服装をして来ました。でも・・・、
 「・・・大丈夫かなぁ・・・」
兎平でアダムを降りて、その後リフトを2本乗り継いで、標高1830mの八方池山荘へ。囲われたゴンドラから、吹き晒しのスキーリフトに乗り換えるとその寒いこと・・・。しかも霧に巻かれて何も見えません・・・・。
 「帰ろうか・・・?」
弱音も出ますが、途中で帰ると次回この往復券は無駄になってしまいます。
 「ま、上まで行ってみますか!?・・・」
唐松から白馬岳への縦走か、重装備の登山者の方々がおられます。我々も八方池山荘から唐松岳への登山道へ。山荘から八方池までの距離は1.5kmで、標高差230mです。
暫く石畳の道が続きますが、霧に巻かれて視界も利かず全く見えません。霧で濡れて石も滑り易いので、一歩ずつ注意しながらゆっくり進みます。途中から木道へ。昨年行った白駒池から丸山経由の北八のトレッキングコースの木道は、朽ちかけたりグラついていたりしていましたが、さすがは人気の北アルプス。しっかりと整備されていて、すれ違いも容易なように右左両側に分かれています(山では左側通行が基本です)。
第2ケルン手前のウッドテーブルで一休み。すると空が明るくなり、霧も次第に晴れて来ました。これは期待できるかも・・・と思うとまたガスに巻かれたりの繰り返し・・・。
登山ルートとしても勿論ですがトレッキングとしても手軽に本格的な山岳風景が味わえる人気コースなので、途中我々よりも軽装で歩かれている方々もおられますし、平日だったこともあってか我々よりも年配の方々の多いこと。お馴染のクラブツーリズムのワッペンを付けたグループの方々も。途中下って来られる方から、
 「八方池からは山が見えましたヨ!」
との嬉しい情報も教えていただきました。
中間地点の標高2005mの第2ケルンを過ぎ、尾根沿いに2035mの八方ケルンを経て本日の最高地点2080mの第3ケルンへ向かいます。残念ながら五竜や鹿島槍は雲の中。すると、頂上こそ望めませんが、八方池越しに唐松岳から不帰ノ嶮がその山肌を見せてくれていました。白馬三山もその頂きは望むことは出来ませんでしたが、山肌も赤や黄色に彩られていて、ちょうど紅葉の見頃。
 「いやぁ、絶景だぁ!」
皆さん、池の周りのベンチに腰掛け思い思いに休憩中。我々もベンチに座って朝早く奥さまの作ったオニギリのお弁当。雄大な景色を見ながら、山の上で食べるお弁当は最高です。
 冒頭のパンフレットの表紙の様にスカッと快晴・・・とはいきませんでしたが、池越しに紅葉に染まる雄大な山容を見ることが出来ましたので、登って来て正解でした。途中で日が差したこともあり、歩いている時はむしろ暖かく感じましたが、むしろ吹きっ晒しのリフトに乗っている時の寒かったこと。
八方池は(リフト終点からの)距離が1.5kmと短い事もあり、コースとしては北八や入笠の方が遥かにタフ。
しかし、八方池山荘から第3ケルンのある八方池周辺までのこのコースは、本来森林限界を超える2000m以上のでないと見ることが出来ないハイマツ帯が続くこともあって、北アルプスを間近に臨む山岳気分を手軽に味わうことが出来るコースです。これは、この辺りまでは水分吸収能力を低下させるというマグネシウムや鉄分が多く含まれる蛇紋岩の地層が続くために低木のハイマツの方が繁殖し易いのだそうで、それを超えると蛇紋岩から花崗岩の地層に代わるため、ハイマツ帯の上にダケカンバの林が現れるという珍しい植生の逆転現象が見られるのだそうです。
 秋の紅葉も良いのですが、高山植物を愛でながらの夏山トレッキングも良さそうです。今度は、天候を見ながら、快晴の日に白馬三山を見にまた来たいと思います。

 三連休を含め、奥さまが娘の所に上京して不在。
この間、三連休のど真ん中の17日は、列島を縦断した台風18号のために信州でも朝から雨模様。そのため、豊科郷土博物館で開かれている「長野県の遺跡発掘2017」展を見に行って来ました。これは、長野県立歴史館(千曲市)が主催する、東中南北信の県内4地区での1ヶ月間ずつの巡回展で、中信地区は安曇野市の豊科郷土博物館がその会場になっていて、9月24日までの開催。終盤ですが、台風のお陰で見に行くことが出来ました。

 初めて訪問した豊科郷土博物館は小さな“町の博物館”で、会場は2階の展示室のみ。予想よりも小規模の展示でした。以前松本にも巡回して来た「発掘された日本列島2013」展には比べるべくもありませんが、「発掘された松本市の遺跡2016」展よりも展示品が少なく、些かガッカリしました。ただ、嘗て“縄文王国”として栄え、またヤマト王権の東国進出の前線でもあった古代科野国として数多くの遺跡が存在する長野県らしく、その展示内容は興味深いモノでした。しかも、他の巡回場所は分かりませんが、この豊科郷土館は入場料がナント100円。受付で言われて、一瞬聞き間違えたかと思いました。受付は事務所の入り口なので、中におられた職員の方々が口々に「どうぞ、ゆっくり見学していってください!」と声を掛けてくださったのが大変印象的でした(反面、見学に来る人が少ないのかなぁ・・・と恐縮してしまいました)。
 義父も眠る、茅野の永明寺山の市営墓地の拡張造営工事で発見された永明寺山古墳出土の銀象嵌が施された直刀や北陸型と東海型双方の縄文文化の境界にあったことが分かるという飯山ひんご遺跡出土の火焔型土器や縄文中期から晩期の遺跡である朝日村の山鳥場遺跡などと共に、テーマ展示として長野県らしい和田峠を中心とする黒曜石にまつわる採掘場や各地の遺跡で発見された大切に保管されていたらしい黒曜石の原石など、八ヶ岳を中心とする“縄文王国”が形成された原動力でもあった国内有数の黒曜石原産地を中心とした展示もあり、興味深い内容でした。
 せっかくの展示なのに、見学者は私以外には1名だけと寂しい状況でした。郷土や地元の文化・歴史にもっと関心を持っても良いのにと、チョッピリ残念でした。

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