カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 八方池周辺までのコースは、本来森林限界を超える2500m以上のでないと見ることが出来ないハイマツ帯が続くこともあって、北アルプスを間近に臨む山岳気分を手軽に味わうことが出来るコースです。これは、この辺りまでは蛇紋岩の地層が続くために低木のハイマツの方が繁殖し易いのだそうで、八方池を過ぎると花崗岩の地層に代わるため、ハイマツ帯の上にダケカンバの林が現れるという珍しい植生の逆転現象が見られます。

 2060mの八方池まではトレッキングですが、ここから先は登山。本格的な登山のための装備が必要との登山道脇の看板の注意書きに、思わず気を引き締めます。
第3ケルンを過ぎて、すぐにゴツゴツした岩場が始まります。暫く稜線の登山道を登って行くと、確かに逆転現象でダケカンバの樹林帯が現れました。中には丸抱えするほどの巨木もあって、木々の間から白馬三山が見え隠れする緑のトンネルが続きます。
樹林帯の途中で「扇雪渓」の看板が。知りませんでしたが、唐松岳にも雪渓があるようです。日本最大の白馬岳大雪渓には比べるべくもないのでしょうが、例え小さくとも登山初心者にとってはそれなりに感激する光景です。そこで、雪渓脇に(ロープが張られていて雪渓内には立ち入り禁止)荷物と腰を下ろし、水と行動食も採って少し休憩。ここまで八方池の第3ケルンからほぼ1時間です。
樹林帯上部が2350mとのことで、そこからガレ場を登って30分掛かって2430mの丸山ケルンへ到着。ここで絶景を楽しみながらの休憩です。ここまで登って来ても、目指す唐松岳山頂は急な稜線に遮られてまだ山頂を望むことは出来ませんが、丸山ケルンからは、唐松岳から続く「日本三大キレット」という上級者のみに許される不帰ノ嶮Ⅲ峰からⅠ峰と、更にそこから右に連なる白馬三山の絶景が目に前に拡がります。
左側の手前から2903mの白馬鑓ヶ岳、真ん中に2812mの杓子岳、そしてその奥に2932mの名峰白馬岳。一方、唐松岳の稜線の左側に目を転じると、五竜岳と鹿島槍ヶ岳が連なっています。暫し、ここまで登って来た者だけに許される眼前の絶景に感激していると、やはり中高年のグループの方からシャッターを頼まれ、そのお礼にと我々も絶景をバックにケルンと一緒の記念写真を撮っていただきました。それにしても雲一つない快晴で、県内のローカルTVのロケで4回八方池を訪れた番組パーソナリティーの方が「一度も白馬三山の絶景を拝めていない」と、先日の「山の日」に合わせた放送で嘆いていましたので、この日の絶景は我々夫婦への又と無いバースデイプレゼントでした。
 唐松岳山荘を目指していざ出発。見上げる稜線の登山道には、まるで蟻の行列の様に人並みが続いています。夏休みの週末とはいえ、さすが初心者にも人気の登山コースです。
この夏列島は猛暑日が続いていますが、この日は雲一つ無い快晴ということもあって、2000mを超える山岳路は紫外線のきつい直射日光で想像以上に暑く、汗ダラダラ。それにしても想像以上の発汗で、2ℓ近く持ってきた水をここまでで半分以上飲んでしまいました。
山荘へもう少しの地点。そこまで来た時に、急にクラクラと立ちくらみの様に眩暈がしたので、思わず座って休息することにしました。すれ違う登山者の方の中には、私メの顔色が悪かったらしく
 「大丈夫ですか?もうすぐ山荘ですよ!」
と励ましてくれる方もおられ、家内も一瞬どうしようかと大層不安(≒まさか救助のヘリを呼ばないといけない???と思ったとか)だったとのこと(実際のケースでは、すぐ近くに山小屋があるので、山小屋に救助要請すれば良いのでしょうが・・・)。
その間5分程だったでしょうか?・・・。塩飴を舐めて水分補給をすると、不思議な事にスーッと体が楽になりました。立ち上がっても今度は全くフラフラしません。汗をかき過ぎての貧血だったのか、或いは脱水症状だったのか?・・・。
 「ねぇ、本当に大丈夫なの?諦めて戻った方が良くない?」
と随分心配してくれましたが、本当にまるで嘘の様に体に生気が戻りました。立って少し体を動かしてみて、ちゃんと歩ける事を確認して眼前の岩場を登ることにしました。
本来は急登を避けて、崖に沿って狭い木道が掛けられた山荘への迂回路があるのですが、途中崩れているのか迂回路は通行止めになっていて、急登を行くしかありません。上り下り一方通行で、どちらかがその列が過ぎるまで待機していないといけません。順番を待って一歩一歩と登り切ると、ちょうど小高い丘の様になっていて、目の前には今まで見えなかった唐松岳が初めてその姿を現しました。眼下には赤い山荘が見えたので、少し下って標高2610mという唐松岳山荘到着です。山荘直前で体調不良で休憩したこともあり、八方池第3ケルンからは3時間。予定より30分余計に掛かって12時半の山荘到着でした。
 山荘は夏山シーズン最盛期。登山客で溢れていて、案内曰く、この日は超満員で、ナント四畳分のスペースに10~12名とのこと。山荘下の谷間のスペースには10張ほどのテントが張られていましたが、登山上級者である家内のピラティスの先生は専らテント利用だそうで、それも納得です。登山者の方曰く、イビキ防止は早く寝たモノ勝ちだそうですが、四畳に12名ではおそらく寝返りも打てないでしょう。なお、テント一張り1000円だそうです。因みに、山荘のトイレは有料で300円。家内は利用しましたが、私メは、持ってきた2ℓ近い水を飲んだにもかかわらず、全て汗で出てしまったのかトイレに行く必要はありませんでした。やはり、脱水症状だったのかもしれません。持参した水を登りで殆ど消費してしまったので、帰路の下りのために、山荘で経口保水液(300円)とミネラルウォーター(200円)のペットボトルを二人で併せて3本補充しました。
 “山小屋の定番”カレーなどの山荘の食事や持参したお弁当、或いはガスバーナーで沸かしたお湯でのカップラーメンやリゾットなどなど、皆さん思い思いに昼食を採られています。我々も山小屋の西側のベンチに座って、早速麓のコンビニで買って来たオニギリ等で昼食です。
目の前に拡がる北アルプスの山並みが何よりのご馳走。深く切れ込んだ谷間の向こうには、新田次郎「点ノ記」の剣岳を盟主とする立山連峰の山並みが聳えていました。松本側からは眺めることの出来ない、眼前に拡がる北アルプス立山連峰の絶景です。
 30分ほど昼食休憩をしてから、この日の目的である2696mの唐松岳の山頂を目指します。山荘から唐松岳へは20分とのこと。山荘から登山道を行くと、すぐに“高山植物の女王”コマクサの群落が両側に現れます。
想えば、中学三年春の学校登山で登った燕岳以来のコマクサです。北アルプス三大急登と云われる燕岳合戦小屋。その大変さからか(最近の若い先生は登山経験が無いことも手伝い)、中信地区(松本平)の中学の学校登山で定番だった燕岳から、もっと登り易い別の山に変更する学校も多いのだとか(因みに、私も娘たちも燕岳でした。諏訪出身の奥さまは八ヶ岳の主峰赤岳だそうです。45年以上経った今でも、白い花崗岩に覆われた優美な燕岳と可憐なコマクサを覚えています)。その燕岳に代わって選ばれている山が、乗鞍岳やこの唐松岳なのだとか。確かに日帰り可能な唐松岳ですので、リフトを乗り継げば1830mからの登山開始で、中房から登る燕岳よりも遥かに楽。その上、学校登山ならその日は山荘に宿泊でしょうし・・・。
登ること20分。2696mの唐松岳山頂に無事登頂。記念写真を撮り、下山は15分でした。山荘を経由し、午後1時45分に八方池山荘を目指して下山開始。今度は岩場の急登を下る処で、山荘のスタッフの方が、団体が登って来られるようで(相互通行の指示をされるために)監視をされていました。お聞きすると、八方池山荘からのこの日の最終リフトは16:40分とのこと。
 「今からなら、十分余裕で到着出来ますよ!」
との声に励まされ、下山します。途中すれ違ったのは、何とクラブツーリズムのツアー2団体。それぞれ、我々より年配の男女20~30人程度のグループで、山岳ガイドの方に先導されていましたが、かなりきつそうにお見受けしました。
ガレ場を下り、途中扇雪渓を望みながら樹林帯を越え、帰路も丸山ケルンで少し休息。朝に比べ白馬三山に少し雲が掛かっています。そこから暫く稜線を下って行くと、漸く眼下に八方池が小さく見えて来ました。
水分補給のために第3ケルンで休憩し、すぐに出発。帰路も登山道を下りました。ゴツゴツした岩場で下りは結構歩きづらい感じです。足を取られて家内がコケましたし、途中泣きの入った小学生くらいの男の子もいましたが、多少距離が長くとも今日の様な快晴なら滑らないので、帰路はむしろ木道を歩いた方が楽かもしれません。
午後3時20分に八方池山荘に無事到着。急がず普通に歩いて来たつもりでしたが、唐松岳山荘から八方池山荘まで2時間半で下って来たことになります。ここで奥さまが、疲れた体を甘味で癒すべくソフトクリームをご所望し、休憩の後リフトに搭乗しました。
 快晴の唐松岳登山。初登山としては、暑くて汗だくでの唐松岳日帰り登山は些か無謀だったのかもしれません。反省としては、もう少し早く(夏季のゴンドラ運航は朝6時半から)出発した方が良かったかもしれません。
でも、お陰さまでナントカ無事に下山することが出来ましたし、雄大な北アルプスを満喫した日帰りでの山旅でした。またいつか、今度は混んでいない時期に、ゆっくり山小屋一泊で唐松岳に再チャレンジしてみたいと思います。
家内からは、
 「もうちょっと鍛えなくちゃっネ!」
 「はぁ~、ご尤も・・・」
【注記】
樹林帯の写真は下山時。山荘の写真は唐松岳より撮影したものです。

 8月最初の週末。奥さまの希望で唐松岳に登って来ました。
唐松岳は北アルプスの後立山連峰にあり、長野県と富山県境に聳える標高2696mの山。その唐松岳という山の名前よりも、東(長野県)側に拡がる八方尾根の方がむしろ有名。現地に行くと、
 「そうか、八方尾根は唐松岳の尾根筋だったんだ!」
と逆に気付かされるほどです。唐松岳は一応、300名山の山なのですが、大雪渓で有名な白馬岳や五竜岳などの百名山に挟まれて些か知名度では劣るかもしれませんが、途中最近人気の八方池を経由しての白馬三山への縦走ルートにもなっており、また岩場や鎖場などもないため、唐松岳なら登山初心者でも日帰り可能な山と云われています。昨年10月初旬に八方池まではトレッキングで行っていたのですが、今回はその先の唐松岳までの本格的登山です。

 これまでもトレッキングでの入笠山や白駒池の北八と栂池高原、とりわけ昨年の八方池(第1255話参照)に感激した奥さまが急に登山に目覚め、今年はクラブツーリズム主催の女性だけの登山講習の月例ツアーに参加。
先ずは登山に関する座学でのレクチャーに始まり、実践は金時山など低山からの日帰りツアーからスタート。更に筑波山や山小屋宿泊での尾瀬ヶ原からの至仏山、伊那谷から登頂する3000m級の“南アルプスの女王”仙丈ケ岳。そして最後は立山縦走という半年間の本格派です。
そのため、夏の間に唐松岳にも行ってみたいとのご希望で、(地元住まいの特権で)天気予報と睨めっこしながら、母が月例のショートステイ中で快晴予報だった8月4日に決行することにしました。週末を選んだのは、初めての唐松岳ですので、昨年の八方池の時の様に例え霧にまかれても、夏山シーズンで人が多い方が迷わずに付いて行けば良いからという理由です。

 当日は夜明けを待ってナナの散歩を済ませ、予定より少し遅れて5時半過ぎに我が家を出発。予測通り7時過ぎには白馬へ到着。先にコンビニへ寄って昼食を調達してから、インフォメーションセンター横の村営の第2駐車場へ。
昨年は秋口の平日でガラ空きだったのですが、この日はナント満車。ノロノロと運転しながら周辺を探した結果、幸いジャンプ場に近い第5駐車場にまだ少し空きがあって車を停めることが出来ました。ゴンドラ横の村営駐車場(一日600円)以外は全て無料ではありますが、いくら登山ブームとはいえいやはやビックリでした。奥さまからは、
 「だからぁ、もっと早く出ようって行ったじゃない!」
との非難の嵐を右から左に聞き流しながら登山靴に履き替えたりと、登る準備をしてゴンドラ「アダム」乗り場へ向かいました。

 家内が今回の登山教室に入るにあたり、幾つかの登山グッズ購入のために、アウトドア用品の専門ショップ「モンベル」会員に登録しており(登山客の多い県内には諏訪、豊科、白馬に店舗あり。因みに登山用品店で有名な好日山荘も松本と白馬に店舗を構えています)、八方池のゴンドラ・リフトが連れのメンバー5人まで10%会員割引になりますので、往復2900円が2610円×2名(因みに入笠山は会員本人のみの割引とのこと)。
兎平からリフトを2本乗り継ぎ、黒菱を経て1830mの登山口の八方池山荘へ到着し、8時過ぎから登山開始。

前回は八方池まで傾斜の緩やかな木道(散策路)を行ったので、今回は登山道を歩くことにしました。登山道は八方の尾根に沿って稜線を進んで行くので、こちらの方が傾斜が急で歩き難い箇所もありますが、木道よりも眺望は優ります。途中、リフトを乗り継ぐ黒菱平の鎌池湿原からも白馬三山の山頂が望めましたので、前回は霧の中でしたが、今回は予報通りの快晴で“絶景“への期待も高まります。
 登山口周辺には、中高年グループ中心にお子さんも一緒の家族連れ、若い学生さんや“山ガール”のグループも。中には、ガールと云うよりも“山姥”らしき一行もおられましたが、夏休みの週末とはいえ確かに“登山ブーム”を認識できました。ここで最後のトイレ(上部の第2ケルンが最終。どちらも善意での環境協力金が必要)を済ませ、いざ出発。
登山道は尾根沿いに稜線を歩くのですぐに眺望が開け、途中白馬三山がくっきりとその雄姿を現せてくれました。途中人も多く、ゆっくり登って来たので、標準時間の1時間より長い1時間半弱で八方池に到着。
八方池までのハイキングやトレッキング目的の人たちは、池まで降りて雄大な白馬三山を満喫されています。我々は前回池の周囲を散策したので、唐松岳を目指す今回は池を見下ろす第3ケルンで暫し休憩。
それにしても今朝は雲一つない快晴。2080mの第3ケルンから望む雄大な白馬三山とそして唐松から続く険しい不帰ノ嶮(Ⅰ~Ⅲ)の北アルプス後立山連峰の絶景に、二人共暫し我を忘れて感激感動!本当に絶好の登山日和の日を選択したようで、大“晴”解でした。池まで降りれば、多分パンフレットなどで見る様に、池の水面には白馬三山の雄姿が映っていることでしょう。付近にはマツムシソウが可憐な薄紫の花を咲かせていて、山は早くも初秋の雰囲気です。
 第3ケルンで暫し休息し、水分と栄養を補給(長く休み過ぎてもいけないのだとか)。雄大な白馬三山の雄姿からもエネルギーを供給してもらって、いよいよ唐松岳へ向かいます。
因みに、登山の時に持参すべき水分量。奥さまが講習で教わったのは、体重×5×登山(=行動)時間とのこと。
従って今回の唐松岳は、私メの場合65kg×5×6時間として、凡そ2000ccでしたので、登山用の水筒とペットボトルに分けて、1.8ℓを持参しました。

 大相撲の本場所で、俗に云う“荒れる名古屋場所”。年6場所の中で、これまで平幕優勝した回数が名古屋場所が一番多いことがその理由だそうですが、今年の名古屋場所も正にその通りで、横綱全員が休場し、期待の新大関栃ノ心まで途中休場という波乱の幕開け。そうした中で、関脇の御嶽海が13勝2敗の好成績で初優勝しました。
今の様な優勝制度が出来てから長野県出身の力士での初優勝ですが、中には江戸時代の強過ぎて横綱になれなかったという雷電(現在の東御市出身)以来200年振りなどという記事もあったほど。
 それにしても、14日目の優勝を決めた後のインタビューで、涙で暫く返答できない程に男泣きした力士を初めて見ました。いつもは、千秋楽での賜杯授与の表彰式の後のインタビューでのジョークを交えた受け答えの様に、また信州のローカルTVの取材などで顔馴染の女性アナウンサーをイジったりしている様な、明るくお茶目な御嶽海ですが、反面こうした少年の様な純な一面が垣間見えて、とても微笑ましく感じました(この日解説が無く、TV桟敷で見ていたという辛口の北の富士さんも、思わずもらい泣きしたと翌日の千秋楽の解説時に話されていました)。
そして何より、個人的に御嶽海を好ましく思うのは、押し出しや寄り切りでの勝利の際に、どこかの横綱の様にダメ押しをして土俵下に突き落とす様な振る舞いが一切無く、むしろ土俵から相手が落ちぬ様に最後優しく抱え込むところ。賛否あるかもしれませんが、こんなに優しい力士を他に見たこともありません。もしかすると、勝負の中では優しさが命取りになることもあるのかもしれませんが、イイじゃないですか!土俵下に叩き付けるより遥かにマシだと思います。
 彼は、「寝覚の床」や我が国の森林浴発祥の地「赤沢美林」(赤沢自然休養林)などで知られる木曽の上松町出身で、県内出身の力士では唯一の関取。1978年の長野国体で当時の木曽福島町(現木曽町)が相撲会場となって以来、少年団で子供の頃から取り組むなど、木曽は相撲が盛んな場所。
御嶽海もそうした中で育ち、地元の木曽青峰高校時代から全国で活躍して大学時代はアマチュア横綱などのタイトルを総なめ。しかし学生横綱出身で、角界入りして横綱になったのは唯一輪島だけの厳しい世界。安定的な生活を望む両親、とりわけ怪我を心配する母親マルガリータさん(注)の希望もあって、アマ相撲の強豪和歌山県庁へ就職する予定だったのが、出羽海親方の熱心な口説きで角界入りを決断し、反対する両親を自分で説得したと云います。
三役までのスピード出世も、三役ではこれまで二桁勝てず、天性の相撲勘やその素質は高く評価されながら、だからこその日頃の稽古不足や稽古場では(本気を出さずに?)強くないなど、親方衆やTV解説者からも“ボロクソ”云われて来ましたが、“荒れる場所”も味方につけての見事な今場所での快進撃。何より、立ち合いで一切変化して逃げずに、前へ前へと攻めていったのが気持ちイイ。
来場所は大関取りの声も掛かりますが、一時の勢いではなく、常に優勝争いに絡む様な強い大関になれるよう、そして更に上を目指せるよう、それが例え来場所で無くとも良いので、近い将来に向けて力を蓄えて欲しいと願っています。
 出羽海部屋力士の優勝は横綱三重ノ海以来とか。その三重ノ海の初優勝も関脇時代だったそうです。頑張れ!御嶽海。
【注記】
今回御嶽海の活躍で、応援する母マルガリータさんの姿がTV画面に何度も登場し、場所後の会見で御嶽海曰く「自分より母ちゃんの方がアイドル。負けた気がします」とのこと。部屋の祝宴でも、「あっ、御嶽海関も一緒にお願いします」と、出席者からはお母上と一緒の記念撮影希望が多く、御嶽海よりも人気が高かったのだとか。本人曰く「自分は添えモノでした・・・。」
信州では横綱よりも人気の御嶽海ですが、ひょうきん軽妙な受け答えで、全国的にも人気が出そうですね。
 それにしても、御嶽海の出身地である長野県木曽郡上松町は愛知県境ですが。豊山は新潟県、朝乃山が富山県と、名古屋から近いせいか、今場所は北信越勢(遠藤も石川県ですし)が大活躍(三賞独占)でしたね。ヤッタ!
(掲載した写真は、安曇野~松本~木曽をカバーする地元のタブロイド紙「市民タイムズ」の一面記事です)

 前話の蓼科にフキノトウを採りに行った帰り、茅野の日帰り温泉で汗を流して(茅野にはたくさんの公共温泉施設があります)から昼食へ。

 お義母さんのリクエストで、茅野市宮川にある「勝味庵本店」へ行きました。
こちらはトンカツと鰯料理の専門店。お義母さんが贔屓にしているお馴染のお店。ただ家内はそれ程トンカツ好きではないので、これまで来たことは無かった由。義父が亡くなった後は姪が良く連れて来てくれたそうですが、その姪も昨年嫁いでしまったため、今回はリクエストにお応えして食べに来た次第。次女が成田勤務だった時のお寿司屋さんで新鮮な鰯の美味しさを知って以来、私メが鰯好きだといことも初めて来た理由だったようです。
信州にも銘柄豚が幾つかありますので、メインの看板料理であるトンカツはともかくとして、しかしもう一つ看板に掲げたイワシ料理は銚子港のある千葉県ならいざ知らず。魚の中でも魚編に弱いと書く鰯ですので、いくら輸送方法が進化したと言っても、“海なし県”信州でイワシ料理というのも何となく眉唾モノで首を傾げてしまいます。

 平日でも混むからと12時前に到着したのですが(11時半の開店の由)、ナルホド、カウンター席を除いてテーブル席は既に満席。一人客であればカウンターで食べられたのですが、結局テーブル席が空くまで30分ほど待つことになりました。10台以上ある駐車場は、殆ど地元の諏訪ナンバーで満車。平日でも混むからというお義母さんの話も決して大袈裟ではなく、地元で愛されるお店の様です。
待っている間に注文を取ってくださり、義母と家内はミックスフライ定食、私メは鰯定食をチョイス。テーブルが空いて着席してから、せっかくだからと、奥さまのお許しでお昼から生ビールの大サービス(ヤッターッ!)。

 事前にオーダーしていたこともあり、席に着く間も無く、料理が運ばれて来ました。トンカツやフライはフルーツ系とニンニク系の2種類のソースがあり、お店の方曰く双方混ぜるのもお薦めとか。更にお好みで、蒲田の名店「檍(あおき)」同様に岩塩も用意されていて、千切りキャベツには専用ドレッシングも。
こちらの勝味庵の特徴は、炒りゴマの入った小さな擂鉢と擂りこぎ棒が出され、炒りゴマを各自擂ってそこにお好みのソースを注いで食べる方式とのこと。確かにすりおろしたゴマが何とも香ばしい。
(キャベツが高騰する)以前はキャベツとしじみのお味噌汁は、何度でもお替り自由だったとか。今でもご飯はその様でした。
鰯定食はその名の通りイワシ尽くしで、刺身と素揚げ二尾、フライの組み合わせ。空いていたカウンター席ではなくテーブル席を希望したのはこちらですのに、随分お待たせしたからと、イワシのフライにヒレカツをサービスして下さいました。鰯尽くしの定食は、先ず刺身は全く臭みが無く、脂も載ってプリプリ。生姜醤油ではなく、生姜のポン酢で頂くのですが、これもなかなか美味でした。頭から骨ごと食べられる素揚げも、ポン酢のタレが掛かっていて紅葉おろしで頂きます。フライとヒレカツは擦りゴマと二種類のソースを混ぜて頂きました。
奥さま曰く、蒲田の名店「檍(あおき)」に比べて衣が厚過ぎるとのことですが、
 「蒲田の檍と比べちゃ可哀想でしょ!」
海なし県の信州で、これだけ新鮮なイワシ料理が食べられただけで私メは大満足でした。そこで、スタッフの方に聞いてみました。
 「このイワシはどこから直送されて来るんですか?」
すぐに応えられなかったので、
 「あっ、ごめんなさい。別に気にしなくてイイですからネ!」
帰りがけ、そのスタッフの女性が、
 「千葉の銚子と北陸の金沢や富山から直送されて来るんですが、今日のは富山からだそうです。」
とにこやかに教えてくれました(恐縮です)。
(食べるまで然程期待していなかったので、今回は写真がありません。悪しからずご了承ください。次回行ったら、ちゃんと撮って来ます・・・。)

 茅野市宮川の「勝味庵」。料理も勿論ですが、スタッフの皆さんの対応も気持ちが良くて、地元で愛されているのも納得の良い店でした。
 「ごちそうさまでした。また来まーす!」

 亡き義父が元気な頃、義母と毎年採りに行っていたというフキノトウ。
4月も半ばになると、里のそれは薹が立つどころか花も枯れて茎も20cm程に伸びていて、既に蕗の葉も出ています。しかし、茅野の奥の蓼科周辺では山蕗のフキノトウが出て来るのは例年だと5月連休頃だとか。今年は桜を始め全てが早いので、4月20日頃の平日に場所を教えてもらいがてら、義母と三人で蓼科へ行ってみました。最盛期には土手一面に出ることもあるそうですが、やはり少し早かったらしくまだ所々に出ていた程度。でもそれなりに採集することが出来ました。タラの芽などもそうですが、里のモノと山のモノでは苦味が違います。やはり野趣溢れ滋味豊かなのは、自然の山のモノには敵いません。

 フキノトウの料理となると、天婦羅や素揚げもありますが、フキノトウだけでそう大量に食べられる訳ではありません。従って、やはりたくさん使ってとなるとフキ味噌でしょう。保存も効きますし。
細かく刻んで炒めて、砂糖や酒、そして味噌で味付けをします。ご飯のお伴に、そして酒のつまみにもなります。
今回試してみて意外と美味しくて且つ奥様にも好評だったのが、刻んで鶏挽肉に混ぜたつくね。鍋材料に鶏団子として作ってみましたが、フキノトウの苦みが良く効いて何とも美味でした。セリも一緒に頂いて、春一杯の鍋になりました。酒のお伴にフキ味噌も添えて・・・。“春尽くし”の食卓でした。

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