カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 毎年お米を分けていただく父方の茅野の叔父。
今年は、お米だけでなく稲藁を果樹園用に頂くことにして、軽トラックで茅野まで受け取りに行って来ました。コンバインでの借り入れもとうに終わっていて、田んぼに藁束を4つずつ円錐形の様に立てて乾かしてくれてあるのですが、10月は異様に雨が多く、また台風の影響もあって、田んぼがなかなか乾かずにいたのですが、11月に入って晴天が続いたので漸く取りに行くことが出来ました。
場所は蓼科の麓で、標高1100mの湖東(こひがし)と云う地籍なのですが、古代の諏訪湖がいくら大きくても(現在の諏訪湖の3倍ほどで、茅野まで諏訪湖だったとか)、湖の東側と云う程に、この近くまでが諏訪湖だったとはさすがに考えられません。東山魁夷で有名な御射鹿池や奥蓼科の横谷峡も近くだそうです。連休だったこともあって、今朝も県外車に道を聞かれたとか。
 「御射鹿池の紅葉もキレイでしょうね!?」
 「いやぁ、溜め池だでナ。大したことねぇけど・・。白駒の方がイイワ」
 「じゃあ、やっぱり緑のキレイな夏にします!」

 当日は2回往復する予定で、朝早めに出発。空荷での往路は時間節約のため高速を走り、藁を荷台に満載しての帰路は、街中を避けて下道をトコトコとゆっくり走って来る予定。
田んぼで、荒縄で縛って藁を“まるけ”ます(「まるける」は信州弁?で、丸く束に丸める/纏めるの意)。軽トラの荷台に6把ずつ3段積みの18把。それをロープでずり落ちぬ様にしっかりと縛ります。叔父からはもっと積めると言われたのですが、途中緩んで落としたりしてはいけないので3段にさせてもらいましたが、それでもバックミラーは荷物で後ろが見えません。交通量の多い上諏訪側(国道20号線)を避け、上社側の諏訪湖の西側(別名“西街道”)を走り、岡谷から国道に合流し塩嶺峠を超えて脇道の山麓線を走って中山から松本へ入る予定です。松本市内も“ビル街”に藁クズを播きながらは走れないので、街中を避けて遠回りに山側を走って帰る予定です。
茅野から松本まで高速だと1時間足らずですが、途中2度ほどチェックしましたがロープも緩むことは無く、下道をゆっくりトコトコと2時間掛かって無事リンゴ園に到着することが出来ました。
茅野を出る頃からにわか雨で、松本でも雨が降り出してきたのでその日は二往復せず、翌日もう一度行くことにしました。
 翌日は幸い快晴でした。
2台目も積み終わり田んぼでの作業は終了。叔父の田んぼから眺める八ヶ岳から蓼科山へ続く山並みの雄大で見事なこと。裾野に拡がる広葉樹や落葉松の紅葉や黄葉も見事で、青く澄んだ青空を背景にまさに秋本番。暫し、うっとりと見とれていました。

 以前から行ってみたかった白馬八方池。唐松岳の四方八方に拡がる尾根から“八方尾根”と名付けられたアルペンリゾートにして、長野オリンピックでの滑降コースでもあります。その中腹に横たわる八方池は、湖面に映る白馬三山の雄姿が印象的な、北アルプスを代表する山岳風景でもあります。本来なら登山でしか見ることが出来ない景観ですが、ゴンドラやリフトを乗り継いで、トレッキング気分で八方池までは行くことが出来ることから、近年人気の観光コースでもあります。

 天候不順でスッキリとした快晴が見込めそうもないことから、快晴を待っていると紅葉シーズンも過ぎてしまいそうなので、色々予定もある中でのピンポイントで、午後から晴れ予報だったことから10月3日に行って見ることにしました。
8時半に自宅を出発し、白馬には10時頃到着。昔に比べると随分近くなりました。八方インフォメーションセンターで前売り券を購入すると、兎平(別名“ピョンピョン平”)までのゴンドラとリフトの往復券が通常2900円から2610円に割引になります。ゴンドラの八方駅まで徒歩10分弱とのことから、駐車場も無料でしたので、車はそこに停めて歩いて行くことにしました。
 「上は今霧が巻いていますが、午後からは晴れ予報です。私達も霧が晴れるように祈ってます。上は寒いので気をつけて!」
と、インフォメ受付のスタッフの方から見送られていざ出発。途中、同好の士は誰もいませんでした。
八方のゴンドラリフト「アダム」。ちょうど2年前に行った栂池自然園のゴンドラリフト「イブ」と対になっています。係員の方から、
 「上はとても寒いですよ。風もあるので気をつけて下さいヨ!」
との念押しが・・・。我々も、事前に「山の天気予報」で八方の標高2000mでの気温予想2℃を確認済みでしたので、一応それなりのトレッキング用の服装をして来ました。でも・・・、
 「・・・大丈夫かなぁ・・・」
兎平でアダムを降りて、その後リフトを2本乗り継いで、標高1830mの八方池山荘へ。囲われたゴンドラから、吹き晒しのスキーリフトに乗り換えるとその寒いこと・・・。しかも霧に巻かれて何も見えません・・・・。
 「帰ろうか・・・?」
弱音も出ますが、途中で帰ると次回この往復券は無駄になってしまいます。
 「ま、上まで行ってみますか!?・・・」
唐松から白馬岳への縦走か、重装備の登山者の方々がおられます。我々も八方池山荘から唐松岳への登山道へ。山荘から八方池までの距離は1.5kmで、標高差230mです。
暫く石畳の道が続きますが、霧に巻かれて視界も利かず全く見えません。霧で濡れて石も滑り易いので、一歩ずつ注意しながらゆっくり進みます。途中から木道へ。昨年行った白駒池から丸山経由の北八のトレッキングコースの木道は、朽ちかけたりグラついていたりしていましたが、さすがは人気の北アルプス。しっかりと整備されていて、すれ違いも容易なように右左両側に分かれています(山では左側通行が基本です)。
第2ケルン手前のウッドテーブルで一休み。すると空が明るくなり、霧も次第に晴れて来ました。これは期待できるかも・・・と思うとまたガスに巻かれたりの繰り返し・・・。
登山ルートとしても勿論ですがトレッキングとしても手軽に本格的な山岳風景が味わえる人気コースなので、途中我々よりも軽装で歩かれている方々もおられますし、平日だったこともあってか我々よりも年配の方々の多いこと。お馴染のクラブツーリズムのワッペンを付けたグループの方々も。途中下って来られる方から、
 「八方池からは山が見えましたヨ!」
との嬉しい情報も教えていただきました。
中間地点の標高2005mの第2ケルンを過ぎ、尾根沿いに2035mの八方ケルンを経て本日の最高地点2080mの第3ケルンへ向かいます。残念ながら五竜や鹿島槍は雲の中。すると、頂上こそ望めませんが、八方池越しに唐松岳から不帰ノ嶮がその山肌を見せてくれていました。白馬三山もその頂きは望むことは出来ませんでしたが、山肌も赤や黄色に彩られていて、ちょうど紅葉の見頃。
 「いやぁ、絶景だぁ!」
皆さん、池の周りのベンチに腰掛け思い思いに休憩中。我々もベンチに座って朝早く奥さまの作ったオニギリのお弁当。雄大な景色を見ながら、山の上で食べるお弁当は最高です。
 冒頭のパンフレットの表紙の様にスカッと快晴・・・とはいきませんでしたが、池越しに紅葉に染まる雄大な山容を見ることが出来ましたので、登って来て正解でした。途中で日が差したこともあり、歩いている時はむしろ暖かく感じましたが、むしろ吹きっ晒しのリフトに乗っている時の寒かったこと。
八方池は(リフト終点からの)距離が1.5kmと短い事もあり、コースとしては北八や入笠の方が遥かにタフ。
しかし、八方池山荘から第3ケルンのある八方池周辺までのこのコースは、本来森林限界を超える2000m以上のでないと見ることが出来ないハイマツ帯が続くこともあって、北アルプスを間近に臨む山岳気分を手軽に味わうことが出来るコースです。これは、この辺りまでは水分吸収能力を低下させるというマグネシウムや鉄分が多く含まれる蛇紋岩の地層が続くために低木のハイマツの方が繁殖し易いのだそうで、それを超えると蛇紋岩から花崗岩の地層に代わるため、ハイマツ帯の上にダケカンバの林が現れるという珍しい植生の逆転現象が見られるのだそうです。
 秋の紅葉も良いのですが、高山植物を愛でながらの夏山トレッキングも良さそうです。今度は、天候を見ながら、快晴の日に白馬三山を見にまた来たいと思います。

 三連休を含め、奥さまが娘の所に上京して不在。
この間、三連休のど真ん中の17日は、列島を縦断した台風18号のために信州でも朝から雨模様。そのため、豊科郷土博物館で開かれている「長野県の遺跡発掘2017」展を見に行って来ました。これは、長野県立歴史館(千曲市)が主催する、東中南北信の県内4地区での1ヶ月間ずつの巡回展で、中信地区は安曇野市の豊科郷土博物館がその会場になっていて、9月24日までの開催。終盤ですが、台風のお陰で見に行くことが出来ました。

 初めて訪問した豊科郷土博物館は小さな“町の博物館”で、会場は2階の展示室のみ。予想よりも小規模の展示でした。以前松本にも巡回して来た「発掘された日本列島2013」展には比べるべくもありませんが、「発掘された松本市の遺跡2016」展よりも展示品が少なく、些かガッカリしました。ただ、嘗て“縄文王国”として栄え、またヤマト王権の東国進出の前線でもあった古代科野国として数多くの遺跡が存在する長野県らしく、その展示内容は興味深いモノでした。しかも、他の巡回場所は分かりませんが、この豊科郷土館は入場料がナント100円。受付で言われて、一瞬聞き間違えたかと思いました。受付は事務所の入り口なので、中におられた職員の方々が口々に「どうぞ、ゆっくり見学していってください!」と声を掛けてくださったのが大変印象的でした(反面、見学に来る人が少ないのかなぁ・・・と恐縮してしまいました)。
 義父も眠る、茅野の永明寺山の市営墓地の拡張造営工事で発見された永明寺山古墳出土の銀象嵌が施された直刀や北陸型と東海型双方の縄文文化の境界にあったことが分かるという飯山ひんご遺跡出土の火焔型土器や縄文中期から晩期の遺跡である朝日村の山鳥場遺跡などと共に、テーマ展示として長野県らしい和田峠を中心とする黒曜石にまつわる採掘場や各地の遺跡で発見された大切に保管されていたらしい黒曜石の原石など、八ヶ岳を中心とする“縄文王国”が形成された原動力でもあった国内有数の黒曜石原産地を中心とした展示もあり、興味深い内容でした。
 せっかくの展示なのに、見学者は私以外には1名だけと寂しい状況でした。郷土や地元の文化・歴史にもっと関心を持っても良いのにと、チョッピリ残念でした。

 岡谷側の塩尻峠にある焼肉の名店「縁結び」。
前回義父の納骨の際の法事の席で30年振りくらいで訪れました(第1201話)が、事前に予約されていたコース料理があまりに“豪華過ぎ”たので、諏訪に住んでいた時に時々食べに行った、改めて昔懐かしい(諏訪出身の奥さまは幼少の頃からの)ジンギスカンを食べに行ってみました(ジンギスカンで有名なのは長野県では信州新町ですが、松本からは些か遠過ぎます)。

 母方の叔母がお彼岸に絡めて毎年9月上旬に実家に来るのに合わせて、一緒に母も泊まるために不在の週末。塩尻峠を越えて岡谷の「縁結び」へ向かいました。
塩尻側のこれまた焼肉の名店「東山食堂」も既に車で一杯の人気振りでしたが、ここは初志貫徹。峠を登り切って、岡谷側に下ってすぐの「縁結び」へ。地元客が殆どですが、こちらも5時過ぎで結構混雑しています。小上がりに案内されて早速注文です。

 ジンギスカン、生ラムを先ずは二人前ずつと大ジョッキにキムチを注文。ジンギスの肉の下にキャベツとモヤシの野菜が置かれているので、サンチュなどを除けば野菜の追加は不要。こちらの鉄板は真ん中に塩水が入った器があり、野菜は鉄板で焼くのではなく、塩茹でするのが独特です。
 「いやぁ、本当に懐かしいなぁ・・・。高級肉もイイけれど、ここはやっぱりジンギスカンだよネ!!」
ジンギスは味付けされていますが、漬け込まれてはいないので、自家製の付けダレに浸けて頂きます。生ラムは柔らかい。
追加で、イベリコ豚のサイコロステーキ、カルビ、そしてもう一度ジンギスをオーダー。何となく、記憶に残る付けダレは、昔はもう少し甘かった様な気もしますが・・・。
 料理以外にも、この「縁結び」の素晴らしい所は、接客の良さ。特に注文してから、運ばれて来るまでの早さ。「えっ、もう来たの!?」と驚くほどの早さです。カットされた肉を皿に並べるだけにせよ、それだけ十分なスタッフで対応しているのかもしれませんが、それにしても実に素晴らしい!拍手です。

 年を取ると肉より魚好きになると云いますが、「花の百名山」を書いた作家の田中澄江女史は、高齢になってからも、山に登る前夜は必ず大きなサーロンインをぺロリだったとか。年を取っても時々は肉を食べた方が良いのだそうです。

 久し振りに焼肉でお腹一杯になって、(信州弁で)「いただきました!」
(フム、今度は「東山食堂」にも行ってみますか?)

 夏野菜の代表である茄子(ナス)。
長ナスや水ナスなど、色々な種類がありますが、我が家を含め、昔から松本地方で良く栽培されているナスは長卵形のナス。野菜苗で売られている最近のナスで代表的なのは、「千両」というタキイ種苗の種類でしょうか。
漬け物に良し、油との相性も良いので揚げたり焼いたり煮たりと、色々な料理に使われています。そうした中で、信州では「ナスのお鉄火」と呼ばれる家庭料理、鉄火味噌のナス炒めがポピュラーです。そして、お焼きとしても、炒めた野沢菜(これは本来漬かり過ぎて酸っぱくなった野沢菜漬けを使うので、時期としては春先の具材)や切干大根などと並んで代表的な具材(「ナス味噌」との表記もあり)でしょう。

 ところが最近まで知らなかったのですが、長野などの北信地方と中信地方とでは、同じお焼きの「ナスの鉄火味噌(ナス味噌)」でも、ナスの種類が違うのです。最初は、そのお焼きのナス味噌が十分に炒めていない(炒め方が足りない)ものとばかり思っていたのですが、そうではなくて使われているナスそのものの種類が違うのだとか。松本などの中信地方では専ら冒頭でご紹介した「千両」に代表される様な長卵形の“普通”のナスのお鉄火ですが、長野などの北信では炒めモノには昔から専ら「丸ナス」が使われるのだとか。そしてこの丸ナスの最大の特徴は所謂“煮崩れ”しないこと。従って、お焼きの具の鉄火ナスも「炒め方が足りない」のではなく、「炒めても形が変わらない」結果だったのでした。
 奥さまのお友達から毎年頂くたくさんの野菜。その中の一つがその「丸ナス」です。これは、昔ご主人と長野県内をアチコチ転勤された際に、北信地域への赴任時に、やはり松本ご出身で知らなかった「丸ナス」の存在を知り、松本の自宅に戻られてからも、鉄火味噌など炒めたり揚げたりする料理での「丸ナス」の美味しさが忘れられず、農業をされている弟さんに頼んで。わざわざ毎年栽培してもらっているのだとか。その丸ナスを我が家でもお裾分けして頂いているのです。お鉄火に限らず、天婦羅でもそうですが、揚げたり焼いたりしても身が崩れず歯応えがある食感が素晴らしい。でも決して固いのでもありません。一方、漬け物などには「千両」などの“普通のナス”の方が向いていて、この丸ナスは向いていないと思います。
 松本市には一本ねぎがありますが、上田に通勤して初めて知った、坂城町のネズミ大根や上田市のみどり大根。そして、北信には小布施丸茄子に代表されるのでしょうか、丸ナス。そう云えば、信州を代表する野沢菜も江戸時代に野沢温泉の住職が京都から持ち帰った天王寺蕪が冷涼な信州では蕪が大きくならずに葉だけが伸びたモノとの言い伝えがありますし、狭い信州だけでも、各地に伝わる伝統野菜があるのは実に興味深いですね。

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