カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 先日の夜、好きな番組であるNHK総合TVの「サラめし」に続いて放送されていたのが「うたコン」。他局はつまらないバラエティーばかりで見る番組も無く、然程興味があった訳でもないのですが何となくそのまま見ていました。
たまたま、その日の出場歌手の一人が演歌の島津亜矢さん。アイドルと違い、演歌を歌う人は昔から歌が上手いというのは当然なのでしょうけれど、本来の演歌ではないポップスや他の歌手とのデュエットに唖然!その旨さに、思わず聴き入ってしまいました。

 後で知ったのは、彼女のファンであるマキタスポーツ氏が彼女を形容して付けたという「歌怪獣」というあだ名(綽名)。演歌歌手にも勿論おキレイで、ある種妖艶とも形容可能な様な美しい方もおられますが、片や魔除けフィギュアになるような天童よしみさんの様な大御所もおられ、島津さんもどちらかというとそちら系でしょうか。
従って、女性に対しては何とも失礼ですが、島津さん(の容姿ではなく、むしろその歌いっぷり)に対しての「歌怪獣」というそれが言い得て妙と思える程に納得出来る、ある意味“凄まじい”くらいに鳥肌モノの歌唱力でした。

 演歌歌手の皆さんは、嘗ての三橋美智也始め、細川たかしさんなど民謡出身の歌い手の方も多いだけに、小節はともかくその歌唱力、特に声量は皆さん折り紙付きなので、演歌を聴いている限りは目立たないのですが、演歌ではないポップスなど別のジャンルを歌うと、何故かその歌唱力に耳目を奪われるのです。多分それは、口パクの歌手などは論外としても、顔がイイだけで然程歌唱力の無い歌手(但し、歌唱力の無さ=音楽性の無さではない)とは、特にゴマカシの効かない(録音音源ではない)“生歌”になればなるほど、それが目立つのだろうと感じた次第です。

 それにしても、彼女の歌った「ボディガード」の主題歌で有名な“I Will Always Love You”は、本当に惚れ惚れする程上手かった・・・。

 奥様のお友達から今年も山蕗をたくさん頂きました。昨年は奥様がきゃらぶきを煮て、実家や友人に分けたりしていましたが、今年は奥様から、
 「暇だったら、あなたが作ったら!?」
と焚き付けられたので、「んだば・・・」とチャレンジしてみることにしました。
 そこで、ネット検索をして下ごしらえを確認。
先ずは板ずりで産毛の様な毛を落としてから、次に洗って5㎝くらいの長さに切り揃えます。続いてレシピを参考に、醤油と味醂、日本酒や酒などで煮汁を作りコトコトと煮込みます。
煮込む前に灰汁抜きをするレシピが殆どですが、家内によると、昨年灰汁抜きをして作ったら「山蕗らしい苦みが無い!」と私メから酷評されたので、二度目は灰汁抜きせずに作ったら大好評だったとのこと。
そこで、山蕗の苦み(えぐみ)を楽しむべく、今年も灰汁抜きはせずにそのまま煮込むことにしました。
落し蓋をしてとろ火で結構長い時間煮込み、煮汁も無くなってきたところで火を止めました。ところが味見をすると些か強い(コワイ=硬い)。きっと、薹が経ってコワくなった蕗のせいだろうと思い、そのままにしておきました。
後で試食した奥様曰く、
 「これじゃコワ過ぎてダメ!落し蓋して煮た?」
と言うので、「当然じゃん!」。すると奥様曰く・・・、
 「落し蓋をして、蓋もチャンとしたんだよネェ!?」
 「えっ!??、落し蓋だけでイイんでしょ!?蓋するんだったら、落し蓋要らないジャン!???」
 「あぁ、そのせいだワ!落し蓋をして、更に蓋もしなかったら柔らかくなる訳ないジャン!!そんなの常識でっしょ!?」
 「エーっ、うっそー!!!」
というようなやり取りが続きました。落し蓋をして、更に鍋に蓋をするなど・・・???今まで聞いたことがありません。
そこで調べてみると確かにありました。正確には「落し蓋」ではなく「着せ蓋」と言うのだとか。曰く、
『(前略)材料に煮汁が行き渡るように、また煮崩れを防ぐために、鍋よりひとまわり小さい蓋を材料の上に直接のせることを「落し蓋をする」と言います。特に、煮魚を作るときには欠かせません。魚の皮がはがれないように、蓋を水でぬらしてからのせます。柔らかくて煮崩れしやすいものを煮るときは、紙蓋やアルミホイルを落し蓋代わりにするといいです。
落とし蓋では水分が早く蒸発しすぎて、材料に十分火が通らないことがあります。 そんなときや、ふっくら仕上げたいときには、落し蓋をした上に普通の蓋をします。それを「着せ蓋」といいます。着せ蓋は料理の状況によって、すき間を開けたり、閉じたり、外して煮汁を蒸発させたりします。
特に魚などの様に生臭さがこもる場合は着せ蓋を鍋から僅かにずらした方が良く、このやり方を「切り蓋」と言う場合もあります。』
とのこと。ナルホド!でした。

 コワ(強)かったきゃらぶき。そのため、家内が再度落し蓋と着せ蓋をして煮込んだところ、まるで別物の様に柔らかくなりました。味もしっかりと染みて、山蕗らしいホロ苦さもあって美味!ナルホドなぁ、さすがだなぁ!これで、ご飯のお供に一年間もちそうです。たくさん出来たので、実家にも持って行ってもらいました。
それにしても、フム、「着せ蓋」ですか・・・初めて知りました。

 知り合いから筍(タケノコ)を頂きました。この時期信州で直売所などに並ぶ淡竹(ハチク)の筍です。淡竹というのは、孟宗竹よりも細いせいぜい直径5㎝程度の細めの竹(太い物でも10㎝)で、孟宗竹よりも耐寒性があるため日本海側に多く、5月下旬から6月中旬くらいがタケノコのシーズンだそうです。

信州でも店頭に並ぶ地物のタケノコはこの淡竹。因みに、雪深い北信濃が本場の根曲がり竹は、竹ではなくチシマザサ(千島笹)のタケノコ。海の恵みの豊かな庄内地方は、山国の信州とは違いタラの芽などの山菜には見向きもしないのに、地元で“赤いダイヤ”とも称されるこの根曲がり竹(月山竹)だけは毎年遭難者も出るほどに血眼になるのだそうです。シンプルに、ただ焼いて味噌を付けて食べる根曲がり竹は確かに最高です。そして、この根曲がり竹は食べるだけでなく、昔から民芸品でもある竹細工にも使われています。
一方の淡竹。奥山に行かないと採れない根曲がり竹よりは、里の竹林に生える分、昔から筍としては一般的。因みに、「ハチクの勢い」という時のハチクは、この「淡竹」ではなく「破竹」で、竹は一筋割れ目が入るとさっと割れることから名付けられたという、「三国志」からの慣用句なのだとか。
 さて、タケノコ料理と云えば、何と云っても信州だとタケノコ汁でしょうか。しかしタケノコ汁と云っても、有名なのは基本的には先述の根曲がり竹を使った味噌汁。しかも、北信(長野県北部)では必ず水煮の鯖缶が使われます。
昔、長女の高校時代に評議員で学校に行った際、長野市出身の校長先生が教員住宅に生えていたタケノコでのタケノコ汁を振舞ってくれたのですが、初めて食べる鯖缶が入った味噌汁で、これが北信の定番と教えていただき随分驚いたことがありました。
個人的には、素材の味を生かす(何も混ぜない)方が良いように思いますし、今でも根曲がり竹のシーズンになると、東信が本拠のスーパーであるツルヤでも鯖缶が山積みされているのですが、子供の頃の我が家の五目御飯やカレーにまで、時として(肉の代わりに)鯖缶が使われていたせいで、何となくですが、鯖缶だけで(醤油と大根おろしで)食べるのは好きですが、最近どんなに人気になっても、鯖缶を入れたカレーや五目ご飯などは個人的に子供の頃の貧しさの象徴の様な気がしてしまいどうしても好きになれません(結婚して家に入った家内曰く、決して農家は貧しいのではなく生活が質素だからだと云いますが、それでも子供時代の“貧しい”という印象は変わりません)。
 従って、今回の淡竹でのタケノコ料理も、味噌汁には鯖缶は使いません。
先ずは、家内の指示に従い、米のとぎ汁で茹でて灰汁抜きをします。淡竹は灰汁が少ないので茹でるだけで良いというレシピもありましたが、とぎ汁で茹でると結構な灰汁が出ました。
タケノコは頂いた三本の淡竹だけでも結構な量がありましたし、他にいただいた蕗もあったので、先ずは蕗の味を殺さぬ様に筍と一緒に薄味であっさりと煮物にしました。なお、柔らかい薄皮は「姫皮」と言って食べられるので、キレイに全て剥いてしまう必要はないのだそうです。
 続いてタケノコだけの煮物にします。こちらは多少日持ちがする様に少々濃い目の味付けです。
そして最後残ったタケノコはシンプルにタケノコ汁に。但し、北信ではないので、鯖缶は使わずに素材そのものの味が際立つ様、煮干しで出汁を採っただけで、具材はシンプルにタケノコのみ・・・です。
因みに、個人的にはタケノコの煮物が一番美味しかった様に思います。更に、煮汁が余ったので、煮たタケノコも少し使って筍ご飯も作りました。あっさりとした味に仕上がり、こちらも何とも乙な炊き込みご飯になりました。

 いただいた太くて長い三本の淡竹。結構色んなバリエーションで、竹冠に旬と書く、まさに旬の筍を存分に頂くことが出来ました。これで一週間くらいは寿命が延びたのでしょうか・・・。
 「大変ごちそう様でした!」

 先日、市内中山にある松本市立考古館へ企画展である「~我が地区の逸品~岡田地区の遺跡」展を見に行ってきました。
市立考古館を見学するのは二度目。市内からは随分離れているのですが、中山地区は古代大和朝廷に献上する馬の牧場である埴原の牧が置かれ、また古墳群も在り、その意味でこの地域に相応しい施設でもあります。中山に限らず、松本市内には東日本最古級の前方後方墳である弘法山古墳や内田地区の縄文晩期の大遺跡であるエリ穴遺跡など、古代からの遺跡も多く発見されており、市立考古館ではそうした市内の遺跡からの発掘品を常設展示しています。

          (エリ穴遺跡の予想復元ジオラマ)
今回、期間限定の企画展示の特別展として、市内特定地域の遺跡からの発掘品だけを展示するという「地区展」で、今年度は私の生まれ育った松本市岡田地区が取り上げられました。
旧市内北部の高台に位置する岡田地区は、この松本盆地でも古代より人が住み着いたエリアであり、旧石器時代、縄文時代の遺跡が幾つも発見されています。ただこの地区は水利が悪く、後になって江戸時代には幾つも溜池が作られたのですが、そのため稲作を行った弥生時代の遺跡は岡田には存在しません。しかし、中世になると古代の幹線道路であった東山道が信濃(科野)国を通ります。まず難所の神坂峠を越えて伊那谷を抜け、善知鳥峠から松本盆地に入り、岡田から、切り株だらけの峠を歩いて防人として東国警備に向かう夫を心配して、
「信濃路は 今の墾道刈株(はりみちかりばね)に 足踏ましむな 履(くつ)はけ我が夫(せ) 」(万葉集東歌)
と詠んだという保福寺峠を越えて、「見返りの塔」国宝三重塔の大宝寺(青木村)の脇を通って小県から碓氷峠に抜けて行きます。中世の岡田地区は交通の要衝でもありました。
また「延喜式」に記載された式内社である、この地方きっての古社岡田神社が置かれ、近くには
源氏の岡田冠者親義(おかだかんじゃちかよし:源親義)が郷の領主として館を構えていました。彼は、朝廷からの平家討伐の令旨を受け、木曽義仲からの呼びかけに応えて大将格で義仲の軍勢に加わって数々の武功を立て、最後に倶利伽羅峠の戦いで討ち死にをしました。
また奈良・平安時代、良質な年度が採取出来た現在の田溝池周辺には須恵器を焼く大規模な窯(北部古窯址群)が幾つも置かれ、信濃国最大級の須恵器の生産地だったともされています。
そうした古い歴史を持つ岡田地区ですので、確認調査されているだけで20ヶ所もの遺跡が点在しており、今回はそうした遺跡から発掘された興味深い出土品が時代区分毎に、常設展示室隣の第2展示室に展示されていました。
私メが小学生の頃、我が家の畑からも(狐塚遺跡:最後の2枚の写真の)石器や土器片が拾えたため(第102話参照)古代史に興味を持ち、同じ下岡田の友人達と一緒に彼の家の畑(塩倉池遺跡)で一緒に土器片を探したりと、自分の住む岡田地区の古代にロマンを馳せたこともありました。因みに、塩倉池遺跡の近く、現在母もデイサービスでお世話になっている特養施設「岡田の里」の南側では「塚山古墳群」として中期の古墳が確認発掘されていますが、その場所は弘法山を挟んで相対する様に松本盆地を見下ろす高台にあり(たまたま本ブログ巻頭の遠景写真がその場所からの撮影です)、前期の弘法山古墳程の規模ではありませんし時期も異なりますが、この地を治めた有力者の眠るに相応しい場所でもあります。
 今回展示されている出土品と時代ごとの遺跡の解説を読みながら、生まれた地であり、また中学までお世話になった故郷岡田地区の古代に、そして自分の少年時代にも思いを馳せることが出来ました。

 THE ALFEE。「星空のディスタンス」や「メリーアン」のヒット曲で知られる三人組の“フォークロック“グループ、と形容すれば良いのでしょうか?
メンバーは桜井賢、坂崎幸之助、高見沢俊彦の三氏。トレードマークのサングラスとはイメージの合わない?艶のある美声の桜井さん、何でもこなすミュージシャンの坂崎さんと天使の羽を模したエンジェルギターのヘヴィメタ風で名ギタリストの高見沢さん。高校時代からバンドを組んでいたという彼等。

 個人的に、彼等の音楽そのものは私メの好みではなく、学生時代、一時的に好きだったアリスやチャゲアス、その後のオフコースやふきのとうに対し、アルフィーはレコードもCDも今まで一枚も購入したことはないのですが、アルフィーがパーソナリティーを務めるNHK-FMのレギュラー番組「THE ALFEE 終わらない夢」を(朝の「クラシックカフェ」からそのままFMを聞いていると、週一の再放送があり)時々聞いていて、まるでコントの様な掛け合い漫才風のトークに爆笑すること暫し。
特に良く二人で担当することの多い、桜井さんのボケ具合と高見沢さんのツッコミが何とも楽しい感じがします。そこに時々坂崎さんが加わると、更にエスカレート・・・。

 やがてはメンバーの考え方や志向性の違いからとかく解散する、或いは実際に解散したグループがとかく多い中で、三人という構成が良いのか、個々のマイナスをお互いの長所がそれをカバーして、お互いのプラス効果を足し算では無く掛け算の様に何倍にも増殖させているのでしょうか。
アルフィーは、1973年結成以来ナント46年というのですから、何とも凄い!の一言に尽きます。先述のNHKの番組も既に290回を数えるというのですから、同じパーソナリティーのままというだけでも凄い!のに・・・。

 THE ALFEE。誠に失礼ながら、歌ではなく、掛け合い漫才のようなトークを楽しませてもらっています。

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