カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 10月になるとあちこちの柿が色付いて来ます。我が家でも二本ある平核の柿が、今年は“生り年”か、たくさん実を付けました。
数年前から、奥さまが自家用の干し柿作りに精を出すようになり、今年も300個程皮を剥き、ベランダの軒下に吊るしました。秋の風物詩“柿すだれ”です。

 信州では伊那谷の市田柿が有名ですが、毎年この時期になると市田柿の“柿すだれ”がローカル局のニュースで風物詩として必ず紹介されます。
私達が子供の頃は、甘柿の方が人気がありましたが、今では(信州では栽培出来ない=植えても甘くならない)富有柿が店頭で買えますので、小さな甘柿は誰も見向きもしなくなり、むしろ渋柿の方が細々ではありましょうが、昔ながらに干し柿として今でも継承されている様に思います。
柿は、『柿が赤くなると医者が青くなる』と諺にも云われる程栄養価の高い果物です。日本でも古くは平安時代の記録に残ると云われ、古来冬の保存食としてもお馴染のドライフルーツです。
 我が家でも10月から吊るした柿も乾燥するにしたって、橙色から黒ずんで来て、やがて11月になり気温が下がって来ると、次第に干し柿の表面に白い粉が吹いた様になってきます。その間、カチコチに固くならない様に三日置き位に家内が柿を一つずつ揉んで柔らかくします。
12月になって白くなった柿を取り込んで、親戚や友人、知り合いの方にもお裾分け。ラッピングした上で自家用は冷蔵庫に保存しています。

 干し柿は栄養価も高く、和菓子にも用いられる様に自然な甘味料でもありますので、我が家ではクリームチーズで包んで、お洒落な一品として客呼びの時などにも使われています。

 奥さまと話をしていて、方言の違い(同じ県内で山を隔てた“だけ”の松本と諏訪と雖も、盆地毎に異なる方言があります)は別として、最近これまでの60年生きて来た中でのお互いの理解が食い違ったことがありました。
それは“弱”と“強”。例えば「1,000円弱」と「1,000円強」と言った時の意味。
 私メの理解は「1,000円弱は千円未満で、960円~999円の範囲」であり、「1,000円強と言う場合は、千円以上で1,001円~1,400円の範囲」をイメージします。
しかし家内の理解は「1,000円弱は千円以上で千円より“少し”多く」、「1,000円強は千円よりずっと多い」。イメージ的には「1,000円弱は1,400円位まで」で「1,000円強は1,500円以上2,000円未満」だというのです。
 「えぇーっ、それオカシイってば!」
 「あなたの方がオカシイわヨ!」
と、お互い数十年間信じて来たことですので、あくまで自分が正しいと主張します。
そこで、後でネットで検索し調べてみると、結果は私の理解が正しかったことが判明。それを家内に示すと、
 「へぇ~、そうだったんだ・・・」
と、目からウロコの様でした。

 数学的には弱や強という曖昧な表記は使わないでしょうから、弱や強は国語的な解釈の問題でしょうか。もしかすると、学校で教えるような内容であは無く、日常の生活様式の中で自然に学習していく“言葉”なのかもしれません。謂わばそうした“常識”の一つなのでしょうけれど、普段何気なく普通に使っているのに、細かくチェックすると意外と認識がズレていることも珍しく無いのかもしれません。

 滞在したホテルが、箱根観光の中心地である宮ノ下や強羅、また芦ノ湖畔の箱根町などからは離れた仙石原。更にロマンスカーに乗ることも目的で、車では無く電車で行ったことも手伝い、今回の旅はあまり機動性はありませんでした。
そこで、箱根には高名な料亭やグルメスポットも色々ある様ですが、遠くまで足を延ばせず、必然的に、昼はランチ目的ではなく訪れたい場所付近の食事処が前提になりますし、夜もホテルからの徒歩範囲か、せいぜいバス一本で行ける範囲内が行動範囲。そのため、今回の“旅先グルメ”に関しては、かなり狭まった中でのチョイスとなりました。

 先ず初日。ロマンスカーでの新宿発は正午ちょうどでしたが、箱根湯本までの乗車時間が1時間半と割と短いので、昼食は箱根湯本に到着後にして、事前に調べて選んだのは湯葉丼の「直吉」。駅から徒歩でホンの数分。土産物店が両側に軒を連ねる国道1号線から、一本裏に入った早川沿い。
平日でしかも2時近くなっていても、我々の前に4組ほどが順番待ち。我々の順番になり、案内されたのは幸い川を望む窓側の席。奥さまが湯葉丼と湯葉刺しのセット(1520円)、私メは湯葉丼(980円)。
それぞれキクラゲとコンニャクの佃煮に香の物の小鉢、奥さまのセットにはお豆腐も付いています。丼とありますが、グツグツ煮に煮えた湯葉がご飯とは別々の器で供されます。一般的な親子丼の様に、卵でとじた湯葉がご飯に載せられてくるより、別々だと鰹出汁の良く効いた湯葉だけでも楽しめますし、アツアツの出汁と一緒にレンゲで都度ご飯に載せて丼風にも楽しめますので、この方が良いと感じました。小鉢の佃煮が美味でした(自家製の様で、もし帰りだったらきっとお土産に購入したと思います)。
 二日目の昼は、金時山登山の後。
早朝7時から登り始めたので、下山は昼前。登山口の長安寺を参拝した後、仙石原でのランチに選んだのは、箱根ラリック美術館の中のカフェ・レストラン「LYS(リス)」。ルネ・ラリックは、アール・ヌーヴォーからアール・デコに掛けて活躍したフランスのガラス工芸家だそうです。そしてありがたいことに、ここのカジュアル・フレンチのレストラン「リス」は、美術館に入館しなくても(入場の際にその旨伝えれば)レストランだけの利用も出来るのです(また館内には、ラリックが装飾を依頼された「オリエント急行」の車両もティールーム「ル・トラン」として展示されていて、その車内で一日に何回か行われる「茶会」が楽しめるとか)。
登山の恰好のままでは不釣り合いでしたが、そこは勘弁していただいて、登山の疲れを癒すべく選んだのは、プチ贅沢でランチ・プレート(1950円)。私メはビールも所望。
ガラスに覆われた明るい室内。美術館の色付いた林と芝生の庭を望むテラス席もあるのですが、少し寒そうだったので我々は室内で。
この日のランチ・プレートは、『牛ホホ肉とキノコの煮込み・秋刀魚のコンフィ』とのこと。登山の後ではチョットお洒落で上品過ぎて、“腹六分目”くらいだったでしょうか?でも明るくて眺めの良く素敵なレストランでした。
 三日目のランチは、雨の仙石原すすき草原にある「銀の穂」。近くには姉妹店のお蕎麦屋さんもありましたが、信州から来てお蕎麦というのも・・・。しかも寒い雨の日に冷たい蕎麦ではなく、こちらは地元産の食材を使った暖かい釜めしと蒸したわっぱ飯のお店とのこと。周囲には余りレストランもなさそうで、中国人の観光客も多くて結構混んでいましたが、相席でも良ければとすぐに通していただけました。
鮭釜めしと山菜わっぱ飯(各1510円)をオーダー。雨に濡れて寒かったので日本酒一合も注文させていただきました(旅先でビールでは無くいきなり日本酒を注文したのは、吹雪の中の白川郷と雨中でのここ仙石原のみ。それだけ寒かったんです)。
釜めしもわっぱ飯もどちらも温かく蒸してありますし、お澄ましは、旅館での宴席の様に、固形燃料に火が付いた小さな鍋で出て来ますので、今日の様な寒い日は何より。杉やヒノキの木の板を曲げたわっぱは抗菌作用もあることから昔から良く弁当箱に使われ、木曽にも木曽ヒノキを使ったわっぱが昔からありますが、色々な材料を載せて蒸すわっぱ飯というのは会津や新潟の郷土料理なのだそうです。ま、こんなものでしょうか?味はまぁまぁ、特段の感激はありませんでした。
 さて、夜は疲れたこともあり、一旦温泉に浸かると、しかも上がってからビールを飲むと(歩いて)出るのも億劫になります。そこで、ホテルでの食事か、ケータリング或いは事前にテイクアウトにして、ゆっくりと自室で食べることにしました。また仙石原にはAコープのスーパーがあって(思いの外、小さな店舗でしたが)、箱根の別荘族御用達の店なのだとか。きっと軽井沢のツルヤや、蓼科を抱える茅野のAコープの様な位置付けなのでしょう。
 そこでネットで検索し、一日は仙石原で評判という「相原精肉店」のローストビーフ。一緒にミートローフとコロッケも買って来て、付け合わせには、朝食用に持参した我が家のケールとミニトマトでサラダも。ローストビーフは柔らかくて美味でした。
また別の日は、Aコープで買って来た地魚の刺身中心に。特に真鯵が新鮮で、こりこりと歯応えもあって、旨!日本酒に良く合いました。
箱根は山の中とはいえ、近くの小田原は日本の三大深湾(深さ1000mとか。他に駿河湾と富山湾)で深海に住むキンメを始め魚の種類の多いことで知られる相模湾に面していますから、新鮮な海の幸も届くのでしょうね。
もし今度来る機会があったら、箱根から電車やバス一本でも行けるので、小田原で海鮮料理を楽しむのも良いかもしれません。

 観賞を終えた岡田美術館から、もう一ヶ所見ておきたかった元箱根の旧東海道の杉並木へ向かいました。
小沸園前から芦ノ湖方面行きのバスに乗って、正月の箱根駅伝のコースを走ります。箱根駅伝の山登りは、箱根湯本からだと、今は閉鎖された函嶺洞門、大平台のヘアピンカーブを過ぎ、富士屋ホテルの宮ノ下から小沸園前へ。ここからは建物も少なくなって山道が続き、足の湯で一旦下って登ると、そこがコース最高点の874m。今度は、そこから一気に下って元箱根からゴールの箱根町を目指します。

驚いたことに、ランニング愛好家にとっての憧れのコースなのでしょう、途中20人以上も思い思いにコースを走るランナーの人たちがいました。そしてこの日は日曜日でしたので、走る人たちだけではなくバスも満員ですし、芦ノ湖畔へ出る手前から観光客の車の渋滞でバスもノロノロ運転。そこで、終点まで乗らずに、元箱根で降りて歩いて行くことにしました。少し歩くと、国道に並行する杉並木が見えて来ました。
 元箱根から恩賜公園まで続く、500m、400本の旧東海道の杉並木。狭い道の両側に、真っ直ぐに天を衝くかのように“聳えて”いました。
滝廉太郎作曲の文部省唱歌「箱根八里」でも“♪昼猶闇(ひるなおくら)き杉の並木”と歌われていて、「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんが歩いた道が往時のままで残されています。曇り気味の天候のせいもありますが、作詞された明治期よりも更に樹齢を100年加え、正に“昼なお暗い”という雰囲気が増している気がしました。歩いていると、何だか往時にタイムスリップして行く様です。この杉並木は、街道を行き交う旅人に木陰を与えるために徳川幕府が植えたのだそうです。兎角、時代劇では悪く描かれがちの幕府ですが、実際はなかなか粋な計らいをしていたと知り感心。
途中、日本人観光客の方々には何組か会いましたが、外国人観光客の方々には殆ど会わず。日本史の知識の無いであろう彼等にとって、興味の無い単なる杉並木なのかもしれません(杉だけならヨセミテのセコイアの方が遥かに巨大でしょうから)。
杉並木を抜けると恩賜箱根公園があり、その先には箱根関所跡が。往時の面影が復元され資料館もありましたが、木曽谷にも中山道の福島関や贄川関が復元されていますので、信州人にとって江戸時代の関所は然程目新しくも無く、何より十分な見学時間が無さそうでしたので見学せず。
相変わらず国道は渋滞のノロノロ運転でしたので、(今度は国道の歩道を歩いて)元箱根に戻り、箱根湯本行きのバスに乗り宮ノ下で下車。
 行き先は現在改修工事中の富士屋ホテル。ホテルは休業中で中に入ることは出来ませんが、お目当ては併設されている富士屋ホテル直営のベーカリー&スイーツの「ピコット」。そこで、奥さまのために、“話のネタ”としてクラシック・カレーパンと朝食用食パンを購入。さすがに老舗ホテルの人気店。混んでいました。購入後、宮ノ下から登山電車で待ち合わせの強羅駅へ。日曜日でもあって、駅はケーブルカーから乗り替えのお客さんも含めて観光客でごった返しています。
 奥さまの参加されている第2期登山教室の、強羅駅での解散予定時刻が夕刻4時。
 「毎回多少余裕を見ているので、早ければ3時半頃には解散かも・・・?」
という事前の家内の話に、念のため15:15に強羅駅に到着しました。
考えて見れば、まだ昼食を取っていませんでしたので、強羅駅の周辺を探して少し歩いてみましたが、殆どの店がもう昼の営業を終了していて、開いていたのはカツ丼で有名という「田むら銀かつ亭」とお蕎麦屋さんくらい。トンカツ屋さんは3時過ぎても行列の順番待ちで、一体どのくらい時間が掛かるか分かりませんでしたし、一方わざわざ信州から箱根まで来て蕎麦(繋ぎに自然薯という山イモを使用した“自然薯蕎麦”が箱根の名物らしいのですが)というのもイマイチ・・・。結局、探す時間も無くなり、駅でそのまま家内を待つことに。
しかし、早いどころか待つこと1時間。予定の4時を過ぎ、20分ほど遅れて(登山口から駅まで歩いて来たのだとか)、疲れ切ったご様子のややお年を召された“山ガール”集団が現れました。家内曰く、休憩時間も少なく、ひたすら歩き続けたので、これまでで一番疲れたのだとか。
ハイハイ、皆さまお疲れさまでした!そこで、結局早めに箱根湯本に戻ることにしました。

 日曜日の夕刻。箱根湯本に向かう登山電車は、帰る観光客で満員です。幸い、増発された臨時列車に座って乗ることが出来ました。登山教室に参加されたお仲間も何人か同じ車両に乗り合わせ、皆さんお互い労いの挨拶をされていました。
乗車中に、箱根湯本への到着時刻を踏まえて、念のために事前に予約してあったロマンスカーの座席を確定。車内を見ていると、螺旋状の鉄橋を登って行くので有名なスイスのレーティッシュ登山鉄道と、箱根登山鉄道は35年も前から“姉妹鉄道“提携をしているのだとか。箱根登山鉄道も、登山列車らしくスイッチバックを何回か繰り返して(急勾配を下り)箱根湯本駅に到着。奥さまは、急ぎお土産の蒲鉾を買いにお店へ向かいます。私メはコインロッカーに預けてあったスーツケースを取り出してから家内と合流。事前の娘からの情報で、駅伝の中継地点でも有名な「鈴廣」ではなく、地元のお友達のお薦めという「籠清」で、お好みの蒲鉾をお土産用に購入出来た様です。
そして、私メは食べ損ねたお昼の代わりに車内で食べるために鯵の箱寿司を購入。家内も登山中のランチ休憩が十分取れなかった様で、富士屋ホテルのパンを食べたいとのこと。
 箱根湯本を夕刻5時半発のロマンスカーは、2018年導入という展望車両のある最新型のGSE。オレンジ色の車体が鮮やかです。もう秋の夕暮れで、すっかり日も落ちているので、沿線の景色は眺められません。
往路のVSEは設備が無かったのですが、最新車両のGSEはコンセントが各座席にあり、奥さまは早速スマホの充電です。席の前後もゆったりしている様に感じます。
箱根湯本も都心に帰られるお客さんでごった返していて、我々の乗車した「はこね26号」も既に満席。もし事前にネットで購入せず、駅到着後に窓口に行っていたら乗れませんでした。
 知り合いから頂戴した株主優待券のお陰で、思いがけずに来ることにした三泊四日の箱根旅行。そして、往復乗車券もあったので特急券を購入して初めて乗れたロマンスカー。しかも往路は展望車のVSEで、復路は最新型のGSEに乗車。
都心からのアクセスの良さと、近間の低山でもそれなりに楽しめた絶景の富士を望む登山に、自然と温泉と色々な美術館巡り。更に歴史の旧東海道や今や国民的イベントとなった駅伝の要素も加わって、観光地としての箱根の人気も何となく理解出来たような様な気がします。
箱根を色々周るには車で行った方が便利(ホテルに車を停めて置いて、食事以外はフリーパスで移動するにしても)だとは思いましたが、憧れのロマンスカーに乗れたことも合わせて、大いに楽しめた初めての箱根旅行でした。

 三泊四日で初めて訪れた、箱根旅行の最終日。
奥さまは二期目の女性だけの登山教室で、今回は箱根外輪山の明神ヶ岳から明星ヶ岳へと縦走し、夕刻強羅駅で解散とのこと。
そのため夕刻強羅駅で落ち合うことにして、それまで私メは単独行。ただスーツケースなどの荷物があるので、早朝小田原経由で集合場所に向かう奥さまと一緒にバスに乗り、荷物を持って私メは箱根湯本でバスを下車。そこで一旦駅のコインロッカーにスーツケースを預け、私メはまたバスでホテルへ戻り、時間調整の上ホテルをチェックアウト。

 今回もガラスの森ミュージアムから乗り替え無しで便利な観光施設巡りのバスに乗り、箱根駅伝でお馴染の小涌園へ向かいました。ホテルに近かったガラスの森美術館はヴェネチアン・グラスの美術館だそうですが、今回バス停として利用しただけでしたが、入口付近のクリスタルの木々も夜のイルミネーションも含めて鮮やかでしたので(バスを待つ間、係員の方にお許しいただき、正面入り口前で写真を撮らせていただきました)、次回は是非行ってみようと思います。
バスに乗っての途中、箱根美術館は10時の開館を待つ人たちで長蛇の列。この美術館は日本の陶磁器を収蔵している美術館ですが、その展示も然り乍ら、むしろ庭園のモミジの紅葉で人気なのだそうです。
小涌園は今年一月で営業を終え、温泉施設は隣接する温泉テーマパークの様なユネッサンと、宿泊は天悠へ引き継がれています。オッサン一人ではユネッサンへ行ってもしょうがないので、ここで降りたのはユネッサン目的では無く隣接する岡田美術館へ行くためです。
2013年に開館したこの「岡田美術館」。ユニバーサル・エンターテイメントの創業者が収集した膨大な美術品を収蔵展示しています。
ユニバーサル・エンターテイメントと聞くと、個人的には女子駅伝チームが思い浮かびますが、社業はパチンコやパチスロ機器の製造販売。
この美術館の壁面の全面には「風神雷神図屏風」をアレンジした大壁画が描かれていて、TVなどでも何度か紹介されてもいるので、一度観賞したいと思っていました。因みに、一度は見たいと思っている“日本のゴーギャン”「田中一村」展が特別展として9月まで岡田美術館で開催されていたのですが、残念ながら間に合いませんでした。
 岡田美術館の展示は、創業者の岡田氏が収集したという重要文化財指定を含む日本の絵画や、日本と東洋の陶磁器などの膨大な美術品がメイン。
今回は、「美のスターたち」と題した開館5周年記念展が開催中でした。
私設なので止むを得ないとしても、先述のポーラ美術館も含めて、箱根に在る美術館の入館料の高いこと。割引前でポーラ美術館が1800円だったのですが、この岡田美術館はナント2800円。ホテルに割引券があり、また箱根フリーパスでの割引もあって、双方とも200円割引で2600円になりますが、それにしても、その入館料に見合う価値はあるのかと興味津々。
なおポーラ美術館は、ご紹介した通りゆったりとした建物そのものも含めた贅沢な空間と素敵なカフェ、そして自然の森の遊歩道が楽しめ、個人的には入館料以上の満足感がありましたが、果たして岡田美術館や如何に?
余談ながら調べて見ると、国内の美術館の入館料ランキングなる記事があって、特殊なジャンルの作品を収集した私設美術館が上位を占める中で、ポーラ美術館が第10位、日本庭園と横山大観で有名な島根県の足立美術館が第5位の2300円、そしてこの岡田美術館が第4位。因みに第二位は全て名画の陶器製レプリカ(従ってホンモノは一つも無し)を展示する徳島県の大塚国際美術館で3240円なのですが、観賞後の満足度は第一位なのだとか(因みに入館料第一位は、入場者しか見られないハウステンボスの美術館とのことで、入館料=テーマパーク入場券との解釈)。
 さて、岡田美術館に入館して驚くのは、先ず受付で携帯やカメラなど一切持ち込み禁止でロッカーに預けさせられること。しかも更に空港の様なX線のセキュリティーチェックを受けて、初めて入館が許されます。照明が抑えられてブラックで統一された入口は、何だか“成金趣味の高級クラブの入り口風”と言ったら失礼でしょうか?・・・。
展示は、1階が中国磁器・青銅器、韓国陶器、2階は日本陶器・和ガラス、3階に日本絵画、4階は日本・中国・韓国の絵画と陶芸、5階は仏教美術という構成でした。最初じっくり鑑賞していたら、1階フロアの展示室だけで優に1時間を越えてしまい、こりゃイカン!と観賞のスピードアップ。
 最初の展示室に置かれていた重要美術品の銅鐸や、古墳時代の埴輪にナント出土地が記載されていません。そんな胡散臭いモノ(銅鐸)に国の美術品指定はされないので、学術的にはある程度特定されている筈。であれば、説明文に記載するのが筋ではないでしょうか。またどの展示室も照明が暗く、全てとは言いませんが、陶磁器に依っては背面や裏面を見せる必要があるので、黒い材質の展示ケースではなく、後方や底面を鏡張りにした方が良いのでは?という展示品が幾つもありました。
 また重要な展示品には、小型ディスプレイで各国語での説明や特徴などを画面を変えて説明されるようになっていたのですが、これだと録画された映像を見るのと変わらない。せっかく実物が目の前に在るのに、拡大する以外は満足感が低下します。例えば、京都国立博物館の国宝展での「志賀島金印」は底の印字部分は反射鏡、側面の微細な細工は拡大鏡で実物が見られるように展示に工夫がされていました。
 更に、幾つかに区分けされた展示室は番号が付けられているのですが、展示品にはナンバリングがされていない(因みに受付で請求した今回の展示品リストにはNo.1~No.478まで通し番号が付されています)。そのため、見学中に順番が逆順になって、見学者同士がかち合ってスタックしてしまうこともしばしば・・・。チャンと学芸員が何人もおられるでしょうに、館内の展示が如何にも不親切です。
 今回の開館5周年記念展での“美のスターたち”と題する目玉展示は、重要文化財指定の仁清作の香炉、乾山の竜田川を描いた鉢などの陶磁器。そして66年振りに発見されたという歌麿の肉筆画「深川の雪」。しかし、同じく83年振りに発見という若冲の「孔雀鳳凰図」は残念ながら展示期間外で見られず。
個人的に気に入った展示品は、中国春秋時代の青銅器の鼎。浮き出た瑠璃色との緑のカビ(緑青)の偶然の美。また信州松本藩主戸田家所蔵だったという飛青磁、そして景徳鎮の“Peach blue”と呼ばれる「桃花紅瓶」の美しさ。洋画では「セピアの肖像」と題された森本草介の近代画も良かった。
ただ、日本と東洋の陶磁器は見事でしたが、例えばポーラ美術館の印象派、山種の日本画といった様な中心軸がハッキリせず、ただ闇雲にジャンルに関係無く収集された絵画は、収集や展示の時代区分が飛んだりこじ付けだったりして、些か強引な感じがしました。
 「風・刻(風神雷神図)」と題された金屏風風の巨大壁画。
館外の足湯カフェから足湯に浸かって眺められるのですが、一人では・・・と写真を撮って早々に退散し、裏の庭園に。
美術館は、明治期に建てられたという「ホテル開化亭」の跡地に建てられていて、その庭園がそのまま使われています。個人的には、先日立ち寄った仙石原の長安寺の紅葉と羅漢さんの庭園の方がむしろ遥かに見応えがありました。
 入館した入口から感じた違和感。最初に抱いたその印象は、全ての展示を見終わって、館外の巨大壁画や庭園を散策した後も変わることはありませんでした。確かに財力に任せた膨大な収集品に“凄い!”とは思いましたが、最後まで最初に感じた違和感、もっと言えば、「これでもか、これでもか!」というような、何となく漂う“これ見よがし的な胡散臭さ”が観賞後もどうしても拭えませんでした。謂わば、“哲学”が感じられない。もし唯一評価するとすれば、海外に散逸していた日本の美術品を国内に買い戻したことでしょうか・・・。
 ここは、正直もうイイかな・・・。

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