カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 「ドラフトで有望な選手を指名しても、金に任せてFAの有力選手を集めるために、若手選手の出場機会が減って結局大成しない・・・云々。」
 「せっかく素質があるのに、巨人ではすぐに結果を出さないと目をつむってでも継続して使うことが出来ないので、結局若手選手が育たない・・・云々。」
これまでも良く云われたことですが、最近では巨人で活躍出来ずにトレードされ、その後移籍先で活躍している日ハムの大田泰示選手やロッテの沢村祐一投手がその証明として、冒頭の批判論の象徴の様に云われています。果たしてそうなのでしょうか?

 確かに、大田泰司はその素質の高さと自前の大砲への期待もあって、毎年期待されて試合に出ても結果を残せず、その折角の体格を活かせないまま、時には窮屈で前かがみのクラウチングスタイルの様なバッティングフォームになってしまい、素人が見ても打てそうもない気がしたものです。
 「一体、誰がこんなフォームにさせたんだ!?」
類稀な身体能力を持て余す大田に、当時ラグビー日本代表のHCだったエディさんが、アスリートとしてのその素質にほれ込んで本気でラグビーへの転向を口説いたりしたことすらありました。
それが、日ハムへトレードされた途端にレギュラーの座をつかみ、毎年20本近いホームランと3割近い打率を残す活躍。
また、“格差トレード”と今年話題になった沢村も同様。新人賞獲得などの活躍も当初はあったものの、ここ数年は四球連発で打たれて自滅の繰り返しだったのが、移籍後は連続三振でゼロ更新。セットアッパーから、最近ではクローザーを任される活躍を見せています。
その結果が、「やはり・・・」とか「それみたことか・・・」と、冒頭の批判に繋がりました。果たしてそうなのでしょうか?

 思うに、彼等二人は真面目過ぎ。結果が出ないと内に籠って落ち込むタイプ。結果が出ずに焦ると、更に悪循環で余計焦りに繋がる・・・の繰り返し。
自分で自分を追い込んでしまう。結果、自滅・・・。
では他球団では何が違ったのか。それは、一挙手一投足まで注目されてマスコミの目に始終さらされている球団と、そんなプレッシャーから解放されて、少し失敗しても批判されることも無く、然程気にせずにノビノビと好きな野球に打ち込める環境。
一番の原因は、能力を活かせずに周囲の期待の大きさに押しつぶされてしまった本人たちの心の弱さではなかったのでしょうか。

 では、高卒2年目から活躍している坂本勇人と同じく高卒4年目で不動の4番を務めるに至った岡本和真。彼らは同じ球団で何が違ったのでしょうか?
高校時代に結構(かなり?)ヤンチャだったという坂本と、天然キャラ気味で先輩からのイジラレ役で良い意味で鈍感な岡本和真。些少のことには動じない、そんな大らかさと明るさが彼らを大成させたのではないでしょうか。
勿論、球団の指導力や育成力などの環境要因もあるとは思いますが、それを活かせるかどうかは本人次第。伸びるかどうか、活躍出来るかどうかは飽くまで本人の責任でしょう。
仮に、もし日ハムに育成力や指導力があるとしたら、では斎藤佑樹や清宮幸太郎は一体どうしたのでしょうか?

 斎藤雅樹の投球時の腰回転からサイドスローの方が向いていると見抜いた藤田監督や、イチローの振り子打法を矯正させずに一軍へ抜擢した仰木監督といった名伯楽の様な指導者や、その時に置かれた環境に恵まれることも重要ですが、本人の素質だけではなく持って生まれた性格もそれ以上に重要な要素だと思います。
必ずしも、指名が競合するドラフト1位が活躍するとは限らないこの世界。下位指名や、例え育成指名であっても、数年後に球界を代表するような“名選手”の卵が指名されているかもしれません。
来る10月26日は、今年のプロ野球ドラフト会議。今年も、そんな“ベースボール・ドリーム”誕生に期待しています。

 NHKの朝ドラ「エール」。
10月12日からの第18週は「戦場の歌」と題して、主人公が慰問団の一員でミャンマーに行き、「インパール作戦」真っただ中の前線で再開する恩師の戦死する場面と、死を覚悟する恩師から託された手紙を遺族に届ける場面。そして、もう一人の主人公である妻の豊橋の実家の空襲の場面を経て、終戦を迎えたところまでが描かれました。

 主人公の実在のモデルが、作曲家として戦時中は多くの軍歌などを実際に手掛けていたことから、戦時中のエピソードを描くことは必然だったとはいえ、場合によってはナレーションだけで済ませ、前線での悲惨な戦闘場面を描くことは避けられたかもしれません。しかも朝ドラは放送されるのは、ある意味一日が始まる“朝げ”の時間か、心と体を一休みさせる“ひるげ”の時間帯なのですから、むしろ避けて当然という意見もあっただろうと思います。もしかすると、軍歌そのものも流すことにさえ批判もあるかもしれません。
しかし、戦争賛美かどうかの批判の前に、戦争後それまで白かったモノが突然黒になり、或いはタブー視されて触れることすら忌み嫌われることの不条理。
時間が無いとはいえ、小学校から高校まで、古代は学んでも、近代は殆ど教えられた記憶が無い。憲法9条がなぜ生まれたのか、その背景や、現状との課題や是非を議論した記憶が無い・・・etc. 
事実は事実としてきちんと認識議論し、その上で反省すべきは反省することの重要さを、我々は敢えて避けて来たのではないか?
海外に赴任をすると、自分の国に愛着を持って自国を愛することは至極当然だと感じる様になります。
それまで、飛行機に乗れば洋食をオーダーしていた人も、赴任すれば和食を頼むことが当たり前と感じる様になります。そして、日本にいる時は飲まなかった味噌汁が無性に飲みたくなるのです。

 自分の国を愛することに、右も左も無い。

 軍の横暴さ。慰問団の一員である火野葦平のモデルを通して、「前線は地獄だ。兵隊を大事にしない日本軍に勝ち目はない」と言い捨てさせている様に、精神論だけで戦ったインパール作戦・・・。
そして、その結果が太平洋戦争で2百数十万ともいえる戦死者を数え、しかもその6割は餓死だったという残酷さ。

 コロナ禍により、2か月以上にも及ぶ中断に見舞われたり、主人公が実際に作曲したとはいえ、朝から軍歌が流れたり、悲惨な戦闘場面が挿入されるなど朝ドラとしては異例ともいえる展開。ある意味主人公の幸せを描いたタイトルバックも主題歌も無かった一週間・・・。
それにしても、硬軟取り混ぜて演じる窪田正孝と二階堂ふみの演技力、また更には脇を固める薬師丸ひろ子や堀内敬子等の迫真の演技。
 「みんな、上手いなぁ!」
最後に、空襲で焦土と化した焼け野原で、薬師丸ひろ子の歌った讃美歌(注)。それまで描かれてきた戦争の悲惨さ、残酷さ、やるせなさなど全てがないまぜになった虚無感の中で、ノン・ビブラートの澄み切った彼女の声質が実に相応しく、それはまるで“廃墟の鳩”の如き一筋の光の様で、何とも心洗われた気がしました。
【注記】
クリスチャンの友人から教えてもらった内容によると、讃美歌496番「うるわしの白百合」。原題は“Beautiful Lilies, white as the snow”だそうです。
そして、特に米国において、“白百合”は「イースター・リリー」として復活祭(イースター:イエスが十字架につけられたあと3日目に蘇ったことを祝うお祭り)を象徴する花とのこと。
『讃美歌496番です。アメリカで生まれた賛美歌でありながら、ほとんど日本でしか歌われないものです。
1954年に編纂されたプロテスタントの賛美歌集で、原曲の大半が英語のもので、19世紀アメリカの影響を強く受けています。1997年にその後継として「讃美歌21」が登場してからは、この「讃美歌」を使っている教会もだんだんと少なくなってきています。』
『年配のクリスチャンには大変人気のある歌ですが、残念ながら現在礼拝で使われる讃美歌21に入っていないので、「知る人ぞ知る」になってきているようです。』
とのことでした。

 神社の参拝時間は、基本的に「日の出から日の入り」だとか。
そこで翌朝、まだ空いているであろう朝の内に伊勢神宮へのお参りを済ませるべく、8時に賢島のホテルを出発して26㎞程離れた伊勢神宮へ向かいました。ワンコたちはホテルでお留守番です(伊勢神宮には、参拝の間ペットを預かっていただける所もあるようですが、狭いゲージではワンコたちも不安でしょうから)。

 伊勢への県道32号線は、上り下り共九折のカーブの続く山道なのですが、出発した時間が悪くちょうど通勤時間帯。志摩からは伊勢に通勤する人が多いのか、毎日通勤していて道も慣れてもいるのでしょうけれど、それにしても皆さん先を急ぐのか制限速度など関係なしでかなり飛ばし気味。
上り道では広い路肩に車を停めて先を譲りましたが(ハザードで感謝していく車もおられます)、伊勢市側の下り道は狭くて退避する場所が殆ど見当たらず、止む無くそのまま下って行きます。しかし、当方が走っていると、あおり気味に後ろにピタッとくっつかれてしまいましたが、これがうら若き女性ドライバー。昔なら、若い頃の様に下りのカーブ辺りでヒール&トウで急ブレーキランプを踏んで後続車にウォーニングをするところですが、まぁ、イイか・・・。こちらも迷惑を掛けぬ様に制限速度以上で走行してはいるんですけどね、慣れない道ですので減速しなくても良い所で減速したり、加速すべき場所でしなかったり・・・なのかもしれませんが、志摩から伊勢へは初走行故悪しからず・・・です。
伊勢市街に入ると道路が片道2車線になり、後ろにいた女性ドライバーは勿論、殆どの後続車が追い抜いていきました。ヤレヤレ・・・。

 今回も、せっかくですので先ずは外宮の豊受大神宮から参拝です。外宮に予定通り9時前に到着。駐車場にはまだ数台停まっているのみでした。
この外宮は、衣食住の恵みを与えるという豊受大御神が祀られていて、1500年前に雄略天皇が夢での天照大神のお告げに従って丹波から移っていただいた神様で、神々に奉る食物を戦時中も含め古来一日も絶やさず、今でも朝夕二回作られているのだそうです。
外宮では左側通行で、手水で清めてからお参りです。
伊勢神宮は、唯一神明造りと呼ばれる弥生時代の高床式倉庫に似た独特の建物で、20年毎に行われる式年遷宮が前回は7年前に行われています。5年前にお参りした時は、まだ真新しく感じられた桧の柱がすでに落ち着いた雰囲気を漂わせています。
 続いて、6㎞離れている内宮(皇大神宮)へ。
時間も早かったので、こちらもまだ駐車場はどこも空いていて、宇治橋やおかげ横丁に一番近い手前の駐車場に停めることが出来ました。しかしコロナ禍か、一番手前の大型バス専用の駐車場などはガラガラでした。
内宮は、崇神天皇が夢に現れた天照大御神のお告げによりご神体である八咫鏡を皇居の外に移すように命じられ、倭姫命に命じて場所を探させ、幾つか場所(元伊勢)を移しながら、最終的に崇神天皇の時代の2000年前にこの伊勢の地の五十鈴川の畔に宮を建てられたのが始まりとされています。全国約8万社に及ぶ神社の頂点(本宗)であり、正式名称は単に「神宮」(神宮と言えば伊勢神宮を指す)とのこと。
こちらは右側通行。一礼して鳥居を潜り、五十鈴川に架かる宇治橋を渡って神域に入ります。先に手水舎で清めてはいましたが、前回はツアーでの団体行動でしたが今回は我々だけですので、折角なので古式に倣い五十鈴川の河原の御手洗場(みたらしば)に下りて改めて手を清めました。市街地を流れる川とは思えない、さすがは神域を流れる清流です。
石畳が敷き詰められた御手洗場の川底は結構深く、澄んだ流れの中に小魚がたくさん泳いでいるのが見えました。広大な神宮の森が水がめとなって清流を守っているのでしょう。参道の周りにも全てがご神木とも云えそうな大木が茂り、森そのものが神々しさを漂わせており、正に“神が宿る”。この地には確かに神様がおわすという気がします。
伊勢神宮は外宮、内宮とも(本宮は)基本的に「私幣禁断」とされ、お賽銭箱がありません。しかし、白い布が敷かれていて、気持ちとして供えることは出来ます。そこで今回はお供えをさせていただき、別宮を含め境内のお社にしっかりと参拝し、子供たち中心に家族の安寧とコロナ禍退散も併せて十分にお参りをさせていただきました。
 しっかりと参拝してから、娘たちに頼まれたお守りを参集殿で購入し、その後おかげ横丁へ。先ずは、通りの奥に在るお目当ての「赤福」へ。前回は順番待ちの行列でしたが、今回はすぐに案内され、赤福二つとほうじ茶(220円)で休憩(勿論、赤福3個は奥様がお食べになりました)。そういえば、学生時代に帰省する時は、京都駅で必ず赤福を買って帰ったものでした。イヤ、懐かしい。それにしても、このおかげ横丁は、嘗ての伊勢詣での賑わいを取り戻そうと「赤福」が自腹を切って、江戸から明治にかけて賑わっていた頃の街並みを再現したものだとか。赤福も色々ありましたが、さすがです。
それから、ランチに前回長女と来て立ち寄ったという伊勢うどんの「岡田屋」へ。前回食べたツアーの団体向けの店では既に配膳されていて、手こね寿司とのセットランチは余り感心しなかったのですが、今回は納得。
伊勢うどんは、伊勢詣での遠路からの参拝客を待たせずに消化の良いうどんをということで、事前に茹でておくためにもちっとして太くコシの無いうどんを濃いたまり醤油のタレで頂くのが特徴とのことですが、少しとろみのある辛目で真っ黒なタレに絡めて食べる独特なスタイル。勢いよく啜るとタレが服に飛んだりするので、注意が必要です。メニューにはカレーうどんや鍋焼きうどんなどもありましたが、先ずはシンプルにと「伊勢うどん」(500円)。結構辛目でカツオ出汁の効いたタレなので、月見風の玉子入りの方が良かったかもしれません。
“腹八分目”で、女性や年寄りには十分な量でしたが、伊勢うどんは汁気(つゆ)が無く具材も花かつおと刻みネギだけでシンプルなので、他のお客さんも注文されていましたが、物足りない場合は大盛り(二玉?)もあるようです。しっかりお参りしてお腹も満たしたので、ワンコたちも待っていることですし、早めにホテルに戻ることにしました。
 駐車場に向かうと、既に駐車場は満車で順番待ちの車が長い列を作っていて、「神社は、日の出からお参り可能だから」という家内の言葉で、朝早めに来て大正解でした。
それにしても、同じ伊勢神宮の外宮と内宮で、駐車場は外宮が無料なのに対し内宮は有料。参拝者数に違いがあるとはいえ、同じ神様(お祀りしている神様は勿論違いますが)なのに変だなぁ・・・。
一応、内宮駐車場も一時間は無料とのことですが、別宮など境内の他のお宮にもしっかりとお参りしたりお守りを買ったりすれば、元々広い境内ですので一時間でも足りないくらいですし、参拝後におかげ横丁に行って休憩したりすれば尚更一時間では無理。いずれにしても平日でも駐車場は満車でしたので、両宮にお参りするならば、伊勢神宮へは早めに来た方が無難でしょう。

 色々とお願い事もあって、久し振りに伊勢神宮へお参りに行くことにしました。
伊勢神宮へは、団体のツアーで5年前に一度参拝していますし、我が家で一番信心深い長女の出張帰国の際、京都での業務の帰路に参拝すると誘われて、家内は更にもう一度詣でています。
ツアーの時は出雲と伊勢の両参りというツアーでしたが、今回はワンコも一緒で自分たちだけですので、車で伊勢を往復。せっかくですので、今回は未だ行ったことの無い賢島のドッグヴィラに泊まることにしての、“伊勢志摩の旅”。NAVI上は、松本から370㎞、5時間半の行程です。

 途中、ワンコたちと休憩しながらゆっくりと行くことにしました。個人的に、阿智から園原を経て恵那山トンネルを抜けるルートは、中央道の中でも坂や急カーブがあって(更に昔若い頃京都へ行く途中でスピード違反で捕まったことも手伝い)何となく好きではない(≒嫌い)こともあり、前回阿寺渓谷に行った時に殆ど信号の無い木曽路は意外と走り易かったことから、1時間程余計には時間が掛かりますが、今回は木曽路の国道19号を走って中津川から中央道に乗ることにしました。しかも狭い脇道は(今回は軽ではないので)ダメという奥様の意向で、ずっと19号線を走ることにしました。
松本から高速で行っても中津川までは2時間ですが、ゆっくり走っても木曽路経由で中津川ICまで3時間でした。また、それが目的では無いのですが、結果として4000円近く(高速代)が浮いたことになります。
中津川ICから中央道に乗ってNAVIの示したルートは、中央道の小牧JCT経由ではなく、土岐から東海環状を通って伊勢湾岸道路から東名阪自動車道を経由するルートでした。そのためか、平日で大型トラックがたくさん走行していた名古屋港周辺を除けば車の往来も少なく、終点の伊勢道の伊勢西ICまで快適なドライブでした。

 途中、約2時間毎に、恵那峡PAと四日市の御在所SAで休憩です。ワンコたちもトイレ休憩で、特に御在所SAには人工芝ですがドッグランが在って、リードをせずに(人間様も)リラックス出来るので有難い限り。この日は曇っていて暑くなかったので、ワンコたちはおやつと水を飲んでトイレ休憩を済ませた上で、窓を少し開けて車で待っていてもらい、その間に我々は急いでランチタイムです。
フードコートで、家内はスタバから、私メは「宮きしめん」を選択。
昔、関西方面への出張の時には、名古屋駅で「しなの」に乗り継ぐ前に中央線ホームの外れに在った「立ち食いきしめん」を決まって食べたことを思い出します。今回オーダーしたのは、基本の「宮きしめん」。具材は、キツネ風のお揚げとナルトにホウレンソウとシイタケと、駅のホームで食べたきしめんと比べるとちょっと豪華です(値段も倍ですが)。
きしめんは、シンプルに揚げと花かつおに薬味のネギが個人的にはベストでしょうか。立ち食いソバと比べると、少し薄めで出汁の効いたつゆ。イヤ、懐かしい!
 伊勢西ICを降りると伊勢神宮(内宮)はすぐそこでしたが、伊勢神宮へは翌日ゆっくりと参拝することにして、先に賢島のドッグヴィラへ向かいます。
今回選んだ宿泊先の賢島(実際は島の手前の志摩市阿児町ですが)へは26㎞程ですが、伊勢からは殆どが峠道でカーブが多く、まるで信州の山道を走っている様。結局、山国の日本列島はどこに行ってもこうした道が多いのでしょう。
40分程で到着したのですが、NAVIが示した場所にホテルは見当たらず、最後道端に車を停めて歩いて周辺を探したものの分からず、結局ホテルに電話をして場所を確認して何とか辿り着くことが出来ました。入力した住所は合っていたのですが、Google Mapで示された場所が全く別の場所だったのです。
最後はスッタモンダの上、何とか到着し無事にチェックイン。途中休憩したり最後に道に迷ったりしたこともあって、7時間近く掛かりました。
伊勢志摩は思った以上に(精神的に?)遠かった・・・結構なロングドライブでした。
 「あぁ、しんど・・・。」
【注記】
掲載したドッグランの写真は、往路の下り線ではなく、帰路の上り線の御在所SAです。

 『海洋汚染問題で、死んで打ち上げられた海洋生物を解剖すると、意の中に大量のプラスチックごみが含まれていた。』、『胃に堆積したプラゴミのために死に追いやられた。』・・・云々。
地球上の生物界において全くの新参者である筈のホモサピエンスがその秩序を乱している以上、現代のホモサピエンスである我々新人類が生存している地球という世界に悪影響を及ぼした自らの原因を、自制と反省の元に一つ一つ除去していこうとうする行動は新参者としては当然の行動です。

 そうした意味も踏まえてでありましょうか、7月1日よりスーパーやコンビニなどで買い物をした際のレジ袋(ポリ袋)が有料化されました。
買い物の際にもしこれまでの様にレジ袋を請求すれば、大きさによりますが2円~5円という料金が加算されることとなりました。そのため、有料化以降は買い物の際は自分の袋を持参するというエコバッグが世間常識として浸透しつつあります。
個人的に、それそのものの動きに決して異を唱えるものではありません。

 しかし、世の中で廃棄されている所謂“プラゴミ”の中で、スーパーなどで無料配布されていたレジ袋が一体どれ程の原因となっていたのでしょうか?個人的にも、以前本ブログで書いたことがあります(第1244話を参照ください)。
そうしたレジ袋を製造している企業である「清水化学工業」という会社のH/Pに掲載されたレジ袋有料化に対する内容が、最近話題になりました。
この会社は、ポリ袋製品をはじめとして産業・工業・農業用資材などを製造しているそうです。その内容を紹介した記事を掲載します。
『ポリ袋が海洋ゴミに占める割合が僅か(容積ベースで0.3%、重量ベースで0.4%)であるといったデータを示しながら、海洋汚染の象徴であるかのように非難されていると主張。「レジ袋有料化による海洋プラごみ削減の効果はほぼない」と説明している。
更には、「石油精製時にポリエチレンは必然的にできるのでポリエチレンを使用するほうが資源の無駄がない」し、「ポリ袋は薄いので資源使用量が少量で済む」などとして、エコ商材だと訴える。紙袋と比較しても、3割も少ないエネルギーで製造が可能で、輸送に必要なトラックも7分の1だという。
他にも、買い物に使われたあとはゴミ袋として使われるなどリユース率が高く、ゴミとして焼却しても理論上、発生するのは二酸化炭素と水と熱であり、ダイオキシンなどの有害物質は発生しないという。』

 我が家では、家庭ゴミをゴミステーションに出す際に、生ゴミと可燃ゴミをそれぞれ別のレジ袋で分別した上で、市指定のゴミ袋に入れていました。
理由は、特に生ゴミは二重にしないとカラスが突いて散乱してしまうこと(襲撃防止のために黄色いネットで覆う様にしてから被害は減りましたが)と、生ゴミから汁がでたりして一重だと破れて回収する作業員の方の迷惑になることを防ぐためです。
我が家だけではなく、そうした使い方をされてきたご家庭は多かっただろうと思います。

 個人的に思うに、海洋汚染に繋がるプラゴミとして問題なのは、我が家周辺でもそうなのですが、例えばアイスやスナック菓子の包装やコンビニのレジ袋、或いはペットボトルが良く道路脇に捨てられていること。こうしたプラゴミが、川に落ちればそのまま下流へ流され、最後は海にまで行き着くのかもしれません。海辺の街であればもっとその可能性は高まります。キチンと分別して、焼却されるのであれば良いのではないか?道路脇などに捨てられるプラゴミが一番の問題ではないのか?とすれば、(特に若者への?時にはビールや酎ハイの空き缶まで捨てられていますので若者だけではないかもしれませんが)道徳意識の向上の方がむしろ効果的ではないでしょうか?
また、最近はかなり複雑な折り方がされた紙製(段ボール製)の緩衝材が増えましたが、以前小型家電などの梱包に多く使われていた発泡スチロールは、それこそプラゴミとして捨てる際に、割って小さくしようとすると、細かな破片が飛び散り本当に厄介でした。良く川に浮かんで流れていたりしましたので、ポリ袋よりこうした発泡スチロールの方がゴミとしては問題だろうと思います。

 そうした中、ゴミの分別用に使うために捨てずにとっておいたスーパーのレジ袋の在庫が底をついてきたので、止む無くホームセンターへポリ袋を購入しに行きました。すると、あろうことか、持ち手のついたポリ袋(今までスーパーのレジで配られていたモノと同じ形状の)がS・M・Lサイズと幾つかあるのですが、全て売り切れで在庫ゼロ・・・。持ち手のない袋は売っていたのですが、それだと特に生ゴミ用には汁などがこぼれぬ様にしっかりと口を縛れた方が良いので、持ち手があった方が重宝します。しかも、別の店舗にも行ってみたのですが、そちらも同様に在庫無しだったのです。
 「結局、皆考えることって同じなんだなぁ・・・」
きっと多くの家で我が家と同じようにレジ袋を使っていて、有料化以降はまとめ買いをして、以前と同じようにポリ袋を使いたいと思っているのです。
しかしそうだとすると、レジからポリ袋を追放しても、その代わりにホームセンターで購入していたらそれこそ本末転倒で、ポリ袋を削減するという目的は一体どうなるのでしょうか?
であるとすれば、一部菓子メーカーが実施しているように、スナック菓子やアイスクリームの包装をプラスチックから紙製に変えた方が(仮に若者が道路脇に捨てて川から海に流れても)、環境的には遥かに効果があるのではないかと思うのですが、如何??

 レジ袋の有料化、本当に効果があるのか、暫くして政府は検証することが必要だと思います。

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