カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 人生60年も生きていれば、当然乍ら何かしらの“勤続疲労”はあるもの。
例えば、私の場合だと、髪の毛が細く薄くなる、膝や腰が痛くなる、体力が落ちる、筋肉痛などの肉体疲労が(翌日ではなく)翌々日に出る・・・etc.
色々ありますが、個人的に一番厄介に感じているのは、爪が弱くなったことです。特に小指なのですが、爪が割れてしまうこと。
爪も皮膚と同じ様にたんぱく質で出来ていますので、良質なたんぱく質や爪の形や厚さを補うカルシウム・鉄などのミネラル、爪の成長を助けてくれるビタミン類などを十分に摂取する必要があります。そこで、即効性があってすぐに効果が出る訳でもありませんが、毎日牛乳を飲んでいます。
以前は、ずっと血圧を下げる効果があるというので、トマトジュースを毎朝飲んでいたのですが(個人的に好きだからということもありますが)、医者の勧めに従い薬を服用することにしたため、それ以降は、カルシウムを摂取するためにトマトジュースから牛乳に変更しました。
色んな種類の牛乳が販売されている中で、高価なモノではなく、一般的に売られているパックを幾つか試してみて、結局美味しさで選んだのは、八ヶ岳乳業の「酪農牛乳」です。
 八ヶ岳乳業は茅野市の宮川沿いに本社があり、奥さまの実家に行く時にいつも本社工場の横を通るのですが、以前は「雪印乳業」だったのがメグミルク騒動以降(どうやら雪印の関係会社であることは今でも変わっていない用ですが)会社の看板が「八ヶ岳乳業」に変わりました。
あの社会問題となった中毒事件の直接の製造工場ではなかったにせよ、影響があったことは間違いないでしょうし、その後反省し真摯なモノ作りに注力されているだろうことも想像に難くありません。
そのため地元企業を応援したいという気持ちも無いではありませんが、選んだ理由は、それ以上に乳脂肪分が年間平均3.9%と高く、他よりも濃くて味も美味しいからです。乳脂肪分は季節変動があり、「酪農牛乳」のパックには年間の変化がグラフで標示されているのですが、最低でも3.6%、高い時は4%以上(夏は低く、冬の方が高い)とのこと。3.6%と表示されている他社の牛乳を飲むと、何だか水の様に薄く感じてしまいます。

 これまでのコロナ禍報道を見るにつけ、強制力のない緊急事態宣言をずっと批判し続けてきたマスコミ。また、人海戦術での対応が手間取り、すぐに振り込まれない給付支援金に対して政府を批判する人々。しかし、「ちょっと待てよ!!」と言いたくなります。
前回のブログ(1544&1543話)に、いみじくも私も書いたのですが、
『強制力・罰則の無い緊急事態宣言をザル法と蔑む識者や報道も目に付きますが、国家総動員法以降の反省で、国家に出来るだけ権力を持たせないことを我々国民が選んだ以上、この国は民度を以って一人ひとりがすべきことをするしかないのだと思います。』
(その自国第一主義の極地としての中華思想に凝り固まった、相変わらずの自分勝手な振舞はともかくとして)中国が世界に先駆けて一早く感染拡大を防止したのは、或る意味共産党の独裁国家であり監視社会であるから。中国の様に、人権を無視し、強制力を持ってしかウイルスを排除できないとすれば、この緊急事態を機に世界は全て独裁国家になるべきなのか?

 そして、いわゆるマイナンバーの「国民総背番号制度」導入に際し、当時はプライバシーが侵害される恐れがあるとして野党が反対し、マスコミも煽った結果、たった16%しか普及していないマイナンバー。その結果、個人と世帯、銀行口座やクレジットカード情報などがオンライン化されていない以上、人海戦術で対応せざるを得ず、決済までに時間が掛かるのは当然のこと。

 民主主義が保障する「権利と義務」。権利を得るためには応分の義務を果たす必要がある・・・この当たり前のことを、殊更に自分の権利を主張する前に、我々はもう一度その原則に立ち返るべきではないか。もしそれが出来なければ、権利が保障されずに義務だけを強いる状態(社会→国家)になるかもしれないことを歴史が証明しています。そうならないための民度が、今こそ我々一人ひとりに求められているのです。

 同様の主張を「東洋経済」で見つけましたので、抜粋します。
(このブログを掲載しているサイトではアクティブにならないかもしれませんが、参考に今回もURLを貼付しておきます)
https://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20200526_352607/

 『日本は新型コロナにかかわる人口対比の死者数がアメリカや欧州諸国に比べて圧倒的に少ない。ところがこの間、ネット上には「ロックダウンをしていない日本は危ない」「PCR検査が不十分な日本はもう終わった」などという記事があふれた。日本よりもずっと人口対比の死者数を多く出している国の対策と比較して「日本はダメだ」という記事のオンパレードだ。
最近のメディアと読者、国家との関係には危ういものを感じる。国に対してコロナ対策が緩すぎるとして、ロックダウンを求めたり、PCR検査を国民全員に行って陽性者の「隔離」をせよと提案したり、国民を監視する海外の政策を推奨したりすることだ。
権力の乱用を防ぐための政府批判はもちろん活発に行うべきだ。たとえば、税金の無駄遣いと思えるアベノマスク、政権寄りの検察官の定年延長を可能にする検察庁法改正案への批判などだ。しかし、政府に対し極端な私権制限を要請するメディアや一部の学者たちと、それに同調する人々の動きには賛成できず、危険なことだと考えている。』

 『重要なのは患者の治療であるのに、なぜか検査が国民の一大テーマになってしまったのは、テレビの影響力が大きいようだ。コメンテーターがコロナ危機を戦争に例えて、旧日本軍と同様に負けるなどと叫んでいるが、こうした煽動こそ危険だ。太平洋戦争前夜にマスコミが積極的に国民の不安と不満を醸成していった状況に似ている。
「マスコミに煽られ、いったん燃え上がってしまうと熱狂そのものが権威を持ちはじめ、不動のもののように人々を引っ張ってゆき、流してきました」(半藤一利著『昭和史』平凡社)。
煽動の甲斐あってか、一部の経済学者たちが国民全員を対象に新型コロナに感染しているかどうかのPCR検査を行って、「陽性であれば隔離・治療へ」「継続的な陰性は社会活動・経済活動へ」との提言を出している。内容を読むと、個人の意思や選択権などないか、あっても簡単に従わせることができるという傲慢な前提が置かれている。国家規模のGDP(国内総生産)の維持が重視され、国家経済のために「国家総動員法」と同じ発想で出している提案なのだ。』

 『あえていうが、安倍政権に強力なリーダーシップなど求めない。求めるのは情報開示である。新型コロナウイルス感染症専門家会議のどのような議論を経て対策が決められたのか、開示が不十分な点は気になる。一方で、専門家会議が「新しい生活様式」といった大仰な言葉で、日常生活の各場面に及ぶ指導を列挙するのは行きすぎだ。
専門家会議の議事録をどんどん公開し、それを受けて、個々人が必要だと思う感染防止策を実施し、経済活動の再開の仕方を工夫していくというのが民主主義下のコロナ対策の望ましい姿である。
そして、ほかの人の判断の自由も尊重するべきだ。「自粛警察のターゲットにならないように注意しよう」というアドバイスも散見されるが、それは本来順序が逆だ。意見の異なる人への嫌がらせやいじめは、それをする人のほうが戒められるべきだ。』
(※5月25日発売の週刊東洋経済のコラムに加筆しました。大崎 明子:東洋経済 解説部コラムニスト』)

 落語「時そば」の中に、噺家によっては、
 「俺ぁ、自慢じゃねぇが、そばっ食いなんだヨォ。 わざわざ、ナガサカまで、食いに行こうってんだ、本当だぜぇ。」
と、「ながさか」に行くことが蕎麦通の代名詞であるという件を入れることがあります。
その「ながさか」・・・私メは、てっきり長坂(山梨県)だと思い、
 「そんな昔(江戸時代)から長坂は蕎麦で有名だったの?」とか、
 「そんな昔から蕎麦好きはわざわざ長坂までソバを食べにいっていたのか?」
もしくは、
 「まさか、さり気無く現代の長坂翁を蕎麦好きの代表として話の中に盛り込んだのか・・・?」
・・・などと勝手に色々考えていました。

 ところが、実際は“とんでもハップン!”で、全くの勘違い・・・でした。
「時そば」に出て来るその「ながさか」は、長坂ではなく永坂で、
『麻布永坂下にある、麻布十番の永坂更科と言う蕎麦屋の老舗。旨いが量が少なく高いと評判? 大田蜀山人も狂歌の中でその様に言っている。一文かすり取るような男に、ちょくちょく行けるような店ではなかった。 都内に有名と言われる蕎麦屋が何軒か有るが、同じように高い。その上量が少なく、ザルだと一箸入れるともう下のスノコが見えて、女性でも二枚(二人前)食べないと腹一杯にならない程である。当時は主食と言うより、お八つ代わりに食べられていたようだ。』
とのこと。
更にWikipediaに依れば、その由来は、
『1789年(寛政元年) - 信州出身の八代目堀井清右衛門(現・「更科堀井」初代布屋太兵衛)は、「信州更科蕎麦所 布屋太兵衛」を創業した。堀井家は、信州高遠の保科松平家の御用布屋で、信州特産の晒布を背負って保科家の江戸屋敷に出入していた。初代は堀井清助(布屋太兵衛)といい、江戸では麻布1番通り竹屋町にあった保科家屋敷内の長屋に滞在を許されていた。堀井清助は、1693年(元禄6年)の秋ここで世を去った。八代目堀井清右衛門のとき、領主保科兵部少輔から、そば打ちがうまいのを見込まれ、布屋よりも蕎麦屋の方が良いのではと勧められ、麻布永坂町の三田稲荷(高稲荷)下に「信州更科蕎麦所 布屋太兵衛」の看板を掲げた。』
とのこと。永坂というのは、更科、藪、砂場の江戸三大蕎麦の一つだったのです。
 因みに、名君と云われた初代会津藩主保科正之公は、家光とは異母兄弟で、信州高遠藩に預けられたことから、会津にも高遠から蕎麦職人を連れて行き、それが会津名物の高遠蕎麦になった由。同様に、松江の「出雲蕎麦」は信州松本から松江に移動した松平直正公が松本から蕎麦職人を連れて行ったことに依りますし、出石蕎麦は上田藩主の仙石氏が同じ様に上田から蕎麦職人を連れていったことに拠るのだそうで、各地に信州縁の蕎麦処が誕生しています。

 前話に続いて落語の話題で“一席”お付き合いください。
大好きだった、噺家修行を描いた尾瀬あきら氏の傑作コミック「どうらく息子」。その主人公が初めて口座で触れる落語が「時そば」でした。その口座の後で、たまたま知り合った前座が、二人で立ち寄った立ち食い蕎麦屋で、彼に師匠の「時そば」を説明します。そばを食べる“マネ”ではなくて「芸」と云い、その芸の奥深さを解説する件で、
「・・・まず割りばしを口で割る。はしでソバをたぐる時、ちょっとドンブリが揺れた・・・。いかにもソバがたっぷり入っている感じ・・・。ソバを口に入れる時、はしを口の中までしっかりと入れる。舌を上手にまわし・・・ズッ、ズッズズー・・・っと。」そして、
「寒い夜にぽつんと行燈。熱いソバと立ち上る湯気。師匠の「時そば」はいつも絵が浮かぶ。」と説明を締め括ります。
 良く知られた、古典落語の「時そば」。
因みに、蕎麦を扱った落語には他には大食い清兵衛さんが登場する「そば清」という噺もあって、「どうらく息子」でも若い噺家たちを応援する蕎麦屋の屋号がそれに引っ掛けて「そば清」でした。
そうした蕎麦を題材にした落語での或る意味“見せ場”が、手繰った蕎麦を啜る音。
聴いている客が、如何にも本物の蕎麦を啜っている様に感じないといけない。先の言葉を借りれば、行燈に二八と書かれた蕎麦屋の屋台と立ち上る湯気が目に浮かばないといけない。「どうらく息子」で落語の監修をしていた、柳家三三師匠の「そばを啜る音」についての説明に依れば、
『どんなコツがあるのかというと……口の形や舌の長さが影響するのか、実は人それぞれに方法が違う。共通点は開けた口を舌でふさぎ、せまいすき間から息を吸う』のだそうです。
また別の専門家の「時そば」の解説に拠ると、「時そば」の一番の見せ場は、「そばを食べる場面において麺を勢い良くすする音を実際と同じように表現すること」であり、しかも「そばをすする音とうどんをすする音には、確実に差異があるともされる。それをリアルに表現するのが当然で、何より落語の醍醐味」なのだとか。
 その一番の名人とされたのが、人間国宝でもあった五代目柳家小さん。小さん師匠の「時そば」は、あまりに美味しそうに食べる真似をするので客席から拍手が起こるほどで、師匠の「時そば」の後は、寄席近くのそば屋に向かう客が大勢いたという伝説が残っているそうです。
更に、『・・・小さん師匠が凄いのは、持ちネタの中に「うどん屋」というネタがあって、こっちでは最後の方で客が鍋焼きうどんを食べるシーンがあるんですが、「時そば」と続けて聞いてみると、啜る音が麺の細いそばと太いうどんでは音が違うんです。』とのこと。ナルホド、凄いなぁ・・・。
実際に小さん師匠の「時そば」を聞いてみると、確かに湯気が上がっている様な、何とも暖かそうな(卓袱)ソバの丼が目に浮かびます。「うどん屋」と聞き比べてみると、素人には麺を啜る音の違いは正直分かりませんでしたが、ナルホド、「鍋焼き」だといううどんの方が、蕎麦よりも食べるのに(汁が)熱いのが伝わってきます。
 蕎麦を啜る音は、小さん、小三治、さん喬と続く、柳家一門は皆同じ音に聞こえます。ただ、個人的には、どちらかと言うと、ソバと汁を一緒に啜る音の様に感じます(卓袱蕎麦なので、汁があって良いのですが、些か汁が多過ぎ)。そして小さん師匠の何とも言えないペーソスは、最後の弟子であるさん喬師匠に受け継がれている様な気がします。私メが一番好きな噺家である柳家さん喬師匠の弟子の喬太郎師匠の様に、枕ではハチャメチャのコロッケソバで客席を爆笑させながら、本題に入ればちゃんと古典落語の「時そば」の世界が現れて来る・・・さすがです。同じ柳家一門で、現役の人間国宝でもある小三治師匠の「時そば」は、ペーソスではなくむしろ江戸っ子の気風の良さではないでしょうか。
 その気風の良さでは、古今亭志ん朝師匠も同様。音源が残っていて、今でも聴くことが出来るだけで落語ファンとしては有難いのかもしれませんが、もし早逝されなかったら、一体どんな大名人になっていたかと何とも惜しまれてなりません。
その志ん朝師匠の「時そば」。個人的には、志ん朝師匠の啜る蕎麦の音が、汁気の無いざるそば的かもしれませんが、一番それらしい。本当にそばを啜っている音だと感じた次第です。まさに名人芸!

 さてと、ここらで私メも蕎麦でも食べに行くとしますか・・・。

 コロナ禍の中で、コンサートも寄席の生落語も中止。また、緊急事態宣言が解除されても遠出は禁止ですので、“ステイ・ホーム”状態が続いています。

 そこで、巣ごもりでのお薦めは・・・落語、です。
個人的には、生で聞いたこともある柳家さん喬師匠(三年前、「松本落語会500回突破記念例会」の「さん喬&権太楼二人会」に来演されて掛けられた「妾馬」でした)が何とも言えぬ品があって一番好きな噺家なのですが、亡くなった五代目柳家小さん(さん喬師匠は最後の弟子)や古今亭志ん朝も絶品で、音源(動画も)が色々残っており、検索すればYou Tubeの動画も結構たくさんありますので、音だけなら“ながら”でも楽しむことが出来ます。こんな状況下ですので、“コロナ鬱”にならぬよう滑稽噺で笑うも良し、また人情噺でほっこりするのも良し。TVはくだらぬモーニングショーやワイドショーばかりでウンザリですので、興味がありましたら是非お試しください。
 名人と云われた圓生や志ん生の音源もありますが、些か録音が古過ぎて音が悪いので、小さん(因みに師匠は長野市出身で、二・二六事件の時には二等兵で何も知らずに命令されて宮城の現場に居たのだとか)以降がお薦めでしょうか。

 古典落語も色々ありますが、先ずはお馴染みの「時そば」から始まり、「妾馬(八五郎出世)」や「紺屋高尾」で泣き笑い、「芝浜」や「文七元結」(明治になって偉ぶる薩長の田舎侍に対し、江戸っ子の粋を示すべく、当代の名人円朝が創作したとか。またモデルとなった文七は水引で名高い飯田の出身だそうです)でほっこりするも良し・・・。因みに、私メはさん喬師匠と志ん朝師匠の「唐茄子屋政談」に今はまっています。

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