カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 今回自分の不注意で、一歩間違えばとんでもないトラブルになるところでした。
東京への往路。途中の双葉のSAに立ち寄り、休憩スペースで奥さんがパンを食べ私メはコーヒーを飲んだのですが、そこに免許証、スマホ、財布と全て入ったショルダーバッグを忘れて来てしまいました。しかも全く気が付かずに、そのまま(結果免許不携帯で)運転を交代する石川のSAまで運転。石川でトイレ休憩して運転を家内と代わる際に初めてバッグが無い事に気付きました。
 「あっ、双葉のSAだ!」
そこで、NEXCO中日本のお客様窓口にコンタクトして上り線双葉SAのコンシェルジュの電話番号を教えていただきました。
連絡をすると、コンシェルジュに忘れ物として届けられているとのこと。中身を確認頂き、私メのバッグに間違いありませんでした。
すぐに取りに来られるか聞かれたのですが、引き返すのも時間のロスなので、事情を説明して二日後の帰路に立ち寄ることにさせてもらいました。
そのため、その間東京ではスマホもお金も一切無し。チョットした買い物が出来なかったりという不便がありましたが、一番の問題は、スマホのSUICAが使えないこと。家内はスマホのSUICですが、こちらは駅で都度行き先と料金を確認し、切符を購入しないといけません。
何年か前までは出張しても当然の行為だったのが、SUICを使うのが今では当たり前になり、乗換案内で経路さえ確認すれば(乗り継ぎの場合の合計金額もコスパかTime is moneyで選ぶかも含め)後は自動改札へタッチするだけ。足りなくなれば自動で課金されるので、いくらだったかの表示も今では然程気にしなくなっています。
今回オサイフケータイが無くて被災し振りに切符を買ったために、改めてその便利さと共に、デジタル社会の怠惰な現代人の“ズボラさ”(信州弁で言えば“ずく無し”でしょうか)を認識させられた次第。

 東京から松本への帰路。双葉のSAは上下線のSAが本選を挟んでの左右ではなく、同じ上り線側の上下に並んでいるため、行き来が可能(今では双葉もスマートICになっており、同じ側にあるため、車での入退場も可能とのこと)です。そのため、事前に電話で確認した際に下り線の双葉のSAに車を駐車してから取りに行くことを伝えてありました。下り線のコンシェルジュに立ち寄りその旨を伝えると、上り線のコンシェルジュから事前にその旨が伝えられていて“そそっかし屋”が忘れ物を受け取りに来ることを承知されており、わざわざ案内頂き、上り線のSAへのアクセス階段まで連れて行ってくださいました。上り線のコンシェルジュで事前に中身を申告し本人確認を済ませ、何も欠けることなく全てが無事戻って来ました。もし万が一戻って来ていなかったら・・・?財布の中の現金などはどうでも良くて、反省してただ諦めれば済みますが、むしろバッグの中の免許証、スマホ、そして何枚ものカード類などのキャンセルや再発行手続きなど、それこそ気の遠くなる様な煩雑な手続きが待っていたことを考えると、本当にヤレヤレでした。

 良く海外から来られた観光客の方々が、落し物や忘れ物が戻って来たことで、日本のマナーを絶賛されていますが、私メも今回実感した次第です。
ただ、その昔出張で長野市に行った際に財布を落とし、見つからずに交番に届けたのですが、その後全く帰って来なかったことを考えると、時と場合に由るのか、或いは土地柄や人に由るのか、はたまた時代が変わったのかと考えさせられた一件でした。

 私が子供の頃の信州では、節句のお祝いはどの家でも月遅れで実施するのが当然だった様に思います。今でもお盆は日本全国旧暦の8月が一般的です。七夕はともかく、桃の節句や端午の節句は、少なくとも松本では3月3日にはまだ桃は咲いていませんし、5月5日では柏の葉っぱも餅を包む程の大きさに成長していません。

 しかし近年の情報化社会や人々の移動の広域化に伴い、全国的に統一化、共通化が進み、今では信州でも桃の花の開花や柏の葉の成長とは関係なく新暦で祝うことの方が一般的になったのかもしれません。勿論、流通化社会の到来により、季節の自然の移ろいとは無関係な需要の有無によって、3月には花屋に桃の花が並びますし、5月には柏餅がお菓子屋さんの店頭に並びます。我が家も含めて、今自宅で柏餅を作る家も殆ど皆無でしょうから・・・。

 前置きが長くなりましたが、我が家でも今年のお雛様を2月末から飾りました。そして、ここ松本本来の月遅れの4月3日までは飾っておくつもりです。
昨年、本当に久し振りに七段飾りのお雛様を母屋から運んで並べて飾りましたが、想像以上に飾るのも片付けるのも(更に言えば運ぶのも)大変でしたので、今年は誠に(お雛様には)恐縮ながら、親王飾りだけで許してもらいました。この木目込み人形の親王飾りはシンガポールにも持って行って、赴任中毎年3月3日に赤道直下のシンガポールで飾られていたものです。
南十字星輝くシンガポールで娘たちを見守ってくれていた親王飾り。本来の北斗七星の下で、遠く離れた娘たちをきっとまた見守ってくれていると思います。

 世間的にはNHK-FMの「古楽の楽しみ」の案内役でお馴染だったでしょうか。音楽学者で日本におけるバッハ研究の権威であり、日本音楽学会の会長も務めておられた礒山雅先生。定期的に愛読させていただいていた先生のブログ「I招聘教授の談話室」が1月末から何故か更新がされずにいたのですが、突然2月22日付けであろうことか、先生の訃報案内が掲載されたのです。何でも、1月27日に大雪で凍結した路面で転倒し、頭を打って入院し、意識不明のまま亡くなられたのだそうです。まだ71歳であり、信じられませんでした。

 磯山雅先生は、地元松本出身(しかも高校音楽部の大先輩)で国立音大(定年で退官された後は)招聘教授として、多方面で活躍されていて、地元松本でもハーモニーホール(松本市音楽文化ホール。略称“音文”)で行われた、2007年に市制100周年を記念して結成された古楽器アンサンブル「松本バッハ祝祭アンサンブル」の演奏会で事前レクチャーなどを担当されることがあり、4年前でしたか“大バッハと過ごす至福の時”と銘打って、「バッハのロ短調ミサ曲~何を聴くか、どう聴くか」と題した磯山雅先生の講演会が開催され、私メも事前勉強のために聞きに行きました。
素人にも分かり易くお話し下さり、また演奏会当日はラテン語の典礼文の訳詞を先生ご自身で担当されました。当時の様子を、本ブログ(第826&827話)で以下の様に記していました。
『(前略)歌唱に沿って投影されたミサの訳詞。行きつ戻りつしながら何度も同じ歌詞が繰り返されますので、曲の進行(スコア)を知らないと大変ですが、都度しっかりと切り替えられていました(掲載した開演前のステージ写真の右の側壁に、縦書きで「バッハ ロ短調ミサ」と投影されているのが見えます)。
後で分ったこと。歌詞投影は急遽決まったたらしく、準備が間に合わずぶっつけ本番となったため、何と訳された磯山先生がホール後方の最上部の小部屋に周囲の反対を押し切って梯子を昇られて、ご自身でPC操作をされていたのだとか。そりゃあ、完璧の筈です。
レクチャーの時に、「私も、演奏会当日は聴きに参ります」とは仰っておられましたが、まさか裏方までされて天井部屋で聴かれていたとは。いやはや何ともご苦労さまでした。』
直接お話しをする機会はありませんでしたが、演奏についてブログを通じてご質問をお送りしたところ、すぐに丁寧にお答えくださいました。
また、毎年旅行社の企画で、先生がコーディネイトされて欧州で聖トーマス教会など古楽に関わる歴史的施設や演奏会などのツァーを引率されてもおられました。いつか一度は参加したいと思っていましたが、叶わぬ夢となってしまいました。

 ブログではお元気そうでしたので、突然の訃報が俄かには信じられませんでした。ましてや松本のご出身で慣れておられた筈なのに、雪道で転ばれたのが原因だったなんて・・・。
昨日行われたご葬儀に松本からでは献花することも叶いませんでしたが、バッハのミサ曲でも演奏されたのでしょうか。謹んでお悔やみを申し上げます。どうぞ、安らかにお眠りください-合掌・・・。

 晩秋になると木々の葉も落ち、里山からは緑という色が消えてしまいます。“♪ もういくつ寝るとお正月~”という時期になり、街角からはお城にもう門松が飾られたという様なニュースも報じられていますが、冬でも枯れることのない松などの常緑樹の緑に永遠の生命を見て、子孫繁栄を願ったであろう日本の人々。その意味で“オモト”に“万年青”という漢字を当て嵌めた江戸時代の人々の気持ちも分からないではありません。
しかし、常緑樹の緑と謂えども、若葉青葉の新緑の頃の緑色とは、その瑞々しさが違う様に感じます。
以前もご紹介しましたが、エスキモーの人たちの言葉が「雪」を表す単語が世界で一番多いのと同様に、日本語には若草色や深緑など、緑を表す単度が世界のどの言語よりも多いのだとか・・・。芽吹いた跡の里山の様々な“緑色”を見る度に、それも「然もありなむ・・・」と感じるのです。

 そんな枯れた冬に感じる“瑞々しい若緑”があります。
それは、大根。使った後の大根葉と根菜の部分を小皿などに浸しておくと、すぐに芽を出してすくすくと伸びて行きます。素晴らしい生命力です。
そして、その芽の緑色が何とも瑞々しくて美しいのです。戸外の真冬の寒々しい景色とは異なり、一足先に、家の中に春の息吹を感じさせてくれます。それ程までに印象的な若草色の若緑です。

 ダイソーやキャンドゥなどに代表される所謂“百円ショップ”。
消費税導入後は、実際は今なら税込108円ですが、調理器具や日用品など様々な商品が100円で並んでいて、「えっ、これも百円?」と驚くほど。
実際我が家で使って私メが重宝しているのは、玉子焼き専用のフライパンです。母用の常備菜として出汁巻き玉子を定期的に作っているのですが、以前は小さ目の丸いフライパンで焼いていたのでどうしても均一にならず、オムライスの様な真ん中が膨らんだ感じになっていました。

 たまたま以前、近くの百円ショップに別の商品(台風接近の中、家内が娘の所に上京するので、糀谷の駅からマンションへの雨中の移動用にと、使い捨てのビニール製のキャリーケースのカバーと念のための同じくビニール製のレインスーツ、所謂カッパ)を探しに行った時に、「あっこんなモノもあるんだ・・・」と見掛けたモノでした。
後日、購入して早速使ってみました。やはり便利で、丸いフライパンと比べて仕上がりは段違い。
また、家内が先日たまたま見掛けたのでと、買って来てくれたのは長靴の様な格好をした可愛らしい小さな計量カップ。いつもは、キッチンにあった大中小の計量スプーンで調味料などを測っているのですが、その計量カップには大さじ1~3、小さじ1~5、それぞれ目盛が刻まれています。取っ手も付いていて持ち易く、その都度大さじ小さじと一々変えなくても良いので、使い勝手は良さそうです(但し、例えば大さじ一杯は15㏄、小さじ一杯は3.5㏄なのですが、目盛が正確であろう計量スプーンと微妙にズレテいるのがご愛敬・・・?ま、そこまで敏感な舌でもありますまい・・・)。
 いやぁ、コスパが良くて便利な世の中になったものですね。
そう云えば、長女のMBAの卒業式に米国行った際、観光で行ったサンフランシスコにも目抜き通りに“DAISO”ショップが結構な大きさで店を構えていて、海外にも進出しているのかと驚いた記憶がありますが、当然ながら、コスパと使い勝手の便利さには国境は無いのかもしれません。それに、製造場所は日本よりもむしろベトナムなどの東南アジア諸国でしょうから、流通上は日本を経由する必要もありません。
そう云えば、10年程前、ダイソーで見つけた丈夫そうな布製ベルトを農作業時など普段履きのジーンズ用に使っていますが、多少擦り切れた部分もあるとはいえ、今だ問題無く使っていますので、そのコスパたるや驚くほど・・・です。
また、この前行った時に見掛けて、次回その季節になったら買おうと思っているのが、弦を絡ませるための「キュウリ用のネット」。今年はホームセンター購入したのが100数十円。これも税抜き100円で並んでいました。
 「へぇ~、こんなモノもあるんだ!」

 決して安かろう悪かろうでは無く、安かろう、良かろうで・・・スゴイデスネ!と大いに感心した次第です。
(勿論、全てが安いのではなく、ペットボトルやスナック菓子或いはボールペンなどの文具等、モノによってはスーパーマーケットやホームセンターの方が特売日のみならず、常時-例えば98円とかで-安く売っている場合もありますので悪しからず)

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