カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 猛暑、酷暑、炎天、熱波・・。言葉では簡単に表現出来ない様な、異常なほどに熱い日が続いています。一番ピンと来るのは・・・“クソ熱い!”でしょうか?・・・。
 先日は遂に41℃越えとか・・。まるで砂漠の様な日本列島。ここ信州松本でも35℃を超えて36℃近い日もあったりと、異常な熱さです。最近は知りませんが、90年代前半に駐在していた赤道直下のシンガポールでも35℃前後で、確かにタイのバンコクは38℃位にはなった日もあった様に記憶していますが、今の日本列島の真夏は当時の熱帯よりも熱い様な気がします(但し、シンガポールは湿度がほぼ100%。皮製品は定期的に陰干ししないと、直ぐにカビてしまいます)。一体この先、地球はどうなるのでしょうか?・・・。
(それにしても、米国TV局の支払う高額な放映権により、いくら米国内スポーツのオフシーズンとなるこの8月の開催を求めているとしても、2年後のこの“クソ熱い”時期にオリンピックなんてやっても大丈夫なんでしょうか?それこそ、1984年8月開催だったLA大会での女子マラソンで、スイスのアンデルセン選手のフラフラになりながらのゴールシーンの様に、命に関わるような暑さに因る脱水症を以って、大会の“感動”的ストーリーにしてはいけないと思います。それに、仮に猛暑でなければこの時期は台風襲来かもしれませんし・・・。今回も“晴天率の一番高い”10月10日でイイじゃん!て思いますよね、日本人なら誰でも・・・)

 ・・・と、“不都合な真実”は少し横に置いておいて、こう“クソ熱い”と冷たいモノが(特に昼には)食べたくなります(シンガポールの「レッド・ハウス」のオープンテラスで、毛髪の中をまるで滝の様に汗が流れつつ食べたチリクラブや、インドカリーの様な辛い料理も逆説的で良いのですが・・・)。
冷やし中華、素麺、冷麦・・・、個人的には学生時代に京都で食べていた、京風?(関西風?)冷麺が食べたくなりますが・・・。何となく冷たい麺類ばかりが並びます(ざる蕎麦は、夏に限らず一年中食べていますので)。

 そこで、個人的にお薦めなのが“冷汁”です。
「冷汁」は、宮崎県の郷土料理として有名。昔、出張した時に、宮崎空港で冷汁のスープの素を買って来た記憶があります。本格的な冷汁は、味噌ベースの冷たいダシ汁で、ほぐした焼き鯵などが使われていますが、材料は気にせずに、家庭菜園で採れたキュウリと青紫蘇を使い、買ってあったミョウガの残りも使って、味噌とすりゴマ、煎りゴマも使って、冷たい味噌ベースの汁を作って、好みでレモン果汁で酸味を付けたり、砂糖で甘味を付けたりと自分好みの味にして、水で洗ってヌメリを取ってサラサラにしたご飯に刻んだ野菜を載せ、氷を入れて冷やした汁をぶっかけていただきます。

 以上、いい加減な“男の料理”ですが、この“クソ熱い”夏のお昼にはイイんじゃないでしょうか?・・・。では、頂きまーす!

 深夜のTV観戦が続いたW杯ロシア大会。
今回は、NHKで多くの日本戦が放送されました。実況中継する現地会場と、(実況中継の負担軽減のために?)東京のスタジオにも解説陣を置いて多角的に放送。そうした時間の間に、ニュースが入ったりするのと同様に、スポットで流されたのがNHKの東日本大震災復興支援ソングである「花は咲く」(どちらも宮城県出身の、映画監督の岩井俊二さんが作詞し作曲家の菅野ゆう子さんが作曲)。NHKに留まらずに、例えばウィーン少年合唱団も来日公演で歌うなど、その後も拡がりを見せています。

『傷ついて 傷つけて 報われず 泣いたりして
 今はただ 愛おしい あの人を思い出
 誰かの想いが見える 誰かと結ばれている
 誰かの未来が見える 悲しみの向こう側に
 花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に
 花は 花は 花は咲く 私は何を残しただろう 』

 当初のバージョンは、東北出身の中村優雅俊さんなどの歌手だけではなく、サンドイッチマンといったタレント、そしてヤクルトの由規投手、荒川静香さんや羽生結弦等のアスリートなど総勢30人の方々が登場していました。
そして、今回のW杯中継のスポットで流れたのが「ピョンチャン・バージョン」。
カーリング女子に始まり、小平奈緒、高木姉妹といったスピードスケート陣。宮原郷子、坂本花織といったフィギアスケート陣、スケボー、レジェンド葛西選手を始めとするジャンプ陣、アルペン、モーグルなどのスキー陣やパラリンピックの選手たちも・・・。冬季大会故に長野県出身の選手の皆さんも出演されていました。ネットで調べてみたところ・・・、
『ピョンチャンオリンピック&パラリンピックのメダリスト・入賞者60人が大集結!「花は咲く~ピョンチャンバージョン~」。自分たちの頑張りが、被災した人々の力に、少しでもなれば・・・。出演:羽生結弦、チームパシュート女子、小平奈緒、パラ・アイスホッケー男子、高梨沙羅、カーリング女子、村岡桃佳、本堂杏実、平野歩夢、宇野昌磨、原大智、菅野よう子(作・編曲者)ほか』。

 そうした中で、私が特に印象的だったのは、パシュートの菊池綾香選手とアイスダンスのクリス・リード選手。どちらも透き通ったクセの無いキレイな歌声で魅了されました。因みに、羽生結弦選手と平野歩選手は歌わずにシンボルフラワー?のガーベラを手にして参加していました。個人的には、“キング・オブ・スキー”白馬村の渡部暁斗選手が出ていなかったのがチョッピリ残念ではありました。

 W杯が終わった後のNHK視聴は大相撲くらいでしたが、そのためか、その後「花は咲く」の放映は殆ど目にしていません。或いは、特別版としてのスポット放送だったのか・・・?
本来の東日本だけではなく、今回の西日本豪雨災害への応援・支援も兼ねて、「復興支援ソング」として是非また頻繁に流して欲しいと思います。

 年に一度の七夕の逢瀬の天の川を見ることも無く、西日本を襲った記録的豪雨災害。先ず以って、亡くなられた方々、被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。

 しかし、いくら異常な豪雨とはいえ、突然の地震や火山噴火ではない、ある程度時間の蓄積による降雨量での被害に、同じ“災害列島”に暮らす日本人の一人として何故?という思いをどうしても拭い去ることが出来ません。

 昔、鹿児島で台風でのシラス台地の大規模な土砂崩れ(“シラス災害”)だったか、鹿児島出身の職場の後輩にお見舞いの言葉を伝えたところ、彼曰く、
 「昔から鹿児島に住んでいる人は、もろいシラス台地になんか絶対に家を
 建てなかったんです。だから分かっていながら、最近の無理な宅地開発
 の結果起きた人災です。古くから住んでいる地元の人は、そんな場所に
 誰も家を建ててはいませんから!」
彼の実家や親戚の方々には何も被害は無かったそうですが、出身者として地元鹿児島で起こった災害に、吐き捨てるように、でも悲しそうに話してくれました。

 今回一番被害の大きかった広島県。その中で土石流に襲われた広島市安佐北区は、4年前にも同じ様な水害で大きな被害を受けています。いくら記録的豪雨とはいえ、何故また?・・・。開発された宅地を購入し家を建てて住んでいた住民の方々は、本当にやり切れない思いで一杯だと思います。
だからこそ、天災ではなく人災ではないのか!?・・・。悲惨な被害の状況を伝えるTV画面を見ながら、例え被災者で無くとも、そんな思いを拭い去ることが出来ませんでした。

 改めて、被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げる次第です。

 サッカーW杯で日本代表チームが予選グループを通過して、2大会ぶりに決勝トーナメントに進出しました。
最後セネガルとの得失点差も同じで警告数の差(フェアプレーポイント)で決まるという中で、最終戦のポーランドとの一戦での終了前8分間の時間稼ぎのパス回しに会場は大ブーイングで、試合後も賛否両論。

 そこで、スポーツファンの一人として一言云いたくなりました。
実際それをTVで見ていた私メ自身も、セネガルが一点取られて負けていたので、もしそのままで両試合が動かずに終われば日本が決勝トーナメントに進出可能と理屈では分かっていても、実際にTVの画面に向かって「オイ、一体何してるんだよっ!」と叫んでいましたから。確かに、これまでの日本には見られなかった様な試合運びに、私メも含めて皆戸惑ったのは事実だと思います。
海外の論評は総じて否定的。ただ、海外のサッカーファンは、自国チーム以外は、例えば非常にスペクタクルな試合だった決勝トーナメント初戦のフランスとアルゼンチン戦の様な面白いサッカーが見たい(前回王者で優勝候補のドイツが敗退しようが、ドイツ国民以外は関係ない)のだから、それにそぐわない試合は批判するだろうし、日本がグループリーグで敗退しようが関係無い・・・という立場です。
但し、某国のカンフーサッカーの如き、一試合24個(内イエローカード4枚)という大会最多ファウルを犯した試合をしながら、「自国は美しく散り、日本は醜く残った」などという隣国の“天に向かって唾を吐く”が如き論評には、「ほざくな!」と一括したくなりましたが・・・。

 大会2か月前になってハリルホジッチ前監督を解任し、西野監督に委ねた日本サッカー協会。それは、「参加することに意義がある」と云いながらメダル獲得を期待し、もし取れなければ(戦前煽った責任は知らんぷりで)掌返しで批判するオリンピックでのマスコミ同様に、今回のW杯もマスコミや我々国民もグループリーグを勝ち抜いて決勝トーナメント進出を期待し、だからこそハリルJのままでは絶対無理だと批判してきたのではなかったか?・・・。それを受けての大会直前の監督交代での西野Jのミッションが決勝T進出であるならば、どこかの国の様に20数個も反則を犯す試合をするのではなく、ましてや違反行為や不正などではなく、決められたルールの中でその与えられたミッションを達成したのであれば、少なくとも自国のマスコミと我々ファンはしっかりと彼等をサポートして然るべき!・・・ではないかと思った次第。
香川選手の開始早々での意表を突く大迫選手への縦パス一本で得点し、結果幸運にも1名多い布陣の中で中盤でのパス回しが可能となり、チームとしての自信を深められた初戦のコロンビア戦。その結果、内容は完勝だったセネガル戦。
であるからこそ、決勝トーナメント初戦の優勝候補ベルギーとの一戦での正々堂々とした勝利に期待します。

 東日本大震災の時は、サッカーの神様の計らいで“なでしこジャパン”が奇跡を起こし、打ちひしがれた日本に勇気をくれました。「あぁ、神様っているんだな!」って思いましたもの。
計らずも、直前に大阪での大きな地震被害で、初戦前の公式会見では西野監督とキャプテン長谷部選手からの地震被害を心配する発言から始まった西野JのW杯。今度は西野Jがパワーをくれるかも・・・。
 “ガンバレ、サムライジャパン!”
【追記】
ありがとう、西野ジャパン!
ベルギーとの一戦は本当に感動的な試合でした。でも感動だけではいけないのでしょうね。それは試合直後のインタビューに「(ベスト8進出のためには)何が足りないんでしょうね?」と声を絞り出した西野監督や、試合終了を告げる笛に、ピッチにうっ伏して泣きながら地面を両手で叩いて悔しがっていた昌子選手に象徴される様に、監督以下スタッフ&選手全員が分かっているのだろうと思います。
一次リーグの最終戦で、勝ち抜くために批判覚悟でしたたかな戦いぶりを見せただけに、2点リードした後、しかも後半だっただけに、勝ち切るためになぜ“したたかな戦い方”が出来なかったのか?を含め、“何か”足りない部分をこれから4年間を掛けて見つけて埋めて行かないといけないんでしょうね。
それにしても、長谷部選手のキャプテンシーは実に見事でした。そして、サムライブルーの選手の皆さん、本当にお疲れ様でした。

 米朝師匠の上方落語はまだですが、志ん生、圓生、そして小さんといった昭和の名人の古典落語は順番に借りて殆ど聞いてしまった松本中央図書館のCDライブラリー。ただいくら名人芸でも、録音が悪くて聞きとり難いのが玉にキズ(瑕)。そうした中に比較的新しい録音のCDも多少はあって、中でも「さん喬&権太楼二人会」や「志ん朝ベスト」など、“さすが!”とほれぼれする程でした。
 先日、他に何か新しいCD入ってないかと久し振りに見てみると、ありました!“当代の名人大集結!”と銘打った、2014年の1月24・25の両日に行われたという「第50回特選落語会」で収録された2枚組のCDです。
CDに収録されているのは、古今亭菊之丞「親子酒」に始まり、桂文治「平林」、柳家喬太郎「仏馬」、柳家権太郎「井戸の茶碗」。そして最後に柳家さん喬「雪の瀬川」という組み合わせ。

 ネタもともかく、各師匠の冒頭に喋るマクラとネタを演じる中で途中に入れるちょっとしたクスグリと言うのか、ブラックジョークの様な話の面白さ。実にイイんですね、これが!。
例えば古今亭菊之丞の「親子酒」の中での、酔っぱらった父親の云う「宮治の落語はウルサイね」。これは当日高座に上がった人気二ツ目の桂宮治をイジったのだそうですが、そう云えば「どうらく息子」の中でも、兄弟子志ん銅が総領弟子の小銀との兄弟会で演じた「親子酒」で、「ばぁさんや、ほら、あの小銀って噺家、ダメだねありゃ。・・・うるさすぎですよ。」を思い出しました。喬太郎師匠の世間話の様なマクラもイイ、人気振りが分かります。
また桂文治師匠の賑やかな「平林」。前座噺のネタですが、サゲが独自でさすが!でした。そして、初日のトリの権太楼師匠。珍しく、マクラ無しのいきなりの「井戸の茶碗」でしたが、さすがは“爆笑王”。
また二日目のトリを務めた柳家さん喬師匠の愚痴のオンパレードの様なマクラ。弟子の喬太郎を評して、「コイツはやっぱり凄いなと思いますね。バカなのか利口なのか分かりませんモノね」。ほんわかほんわか、ホント、イイなぁ・・・。そして、そのままネタに持って行きにくかったのか、或いは本当にどのネタを演じるのか決めていなかったのか、袖にお囃子さんが未だ居るのを確認した上で、突然高座から下がっての仕切り直し(突然のハプニングも、当日の寄席の雰囲気を楽しむべくそのまま収録とのこと)での師匠十八番の「雪の瀬川」の人情噺。しみじみと降る雪が如く・・・、本当に味がありました。

 イヤぁ、さん喬&権太楼二人会のCD以来、久し振りに大いに笑って大変楽しませてもらったCDでした。でもやっぱり、音楽同様に、落語も生に限ります、演ずる噺家さんの顔が見えますモノ。
第1258話でご紹介した、松本落語会第501回例会の「さん喬&権太楼二人会」。権太楼師匠の「不動坊」とさん喬師匠は「妾馬」でしたが、思い出しますね。また機会があれば“生落語”を聞きに行きたいと思います。

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