カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 新型コロナウイルス感染は、この先一体どうなるのでしょうか?
感染状況の実態の怖さよりも、むしろウイルスそのものが未だ完全に解明されておらず良く分からないこと、そうした見えないものへの恐怖、得体の知れないことへの漠然とした不安感が先行している様に思います。
そのため、何もかも後ろ向きにならざるを得ず、我々もワンコと一緒に3月中旬に旅行に行く予定だったのですが、旅行先のレジャー施設が閉鎖になったり、人込みは危険だったりという不安もあり、せっかく予約出来ていたペットホテルもキャンセルし、結局旅行は取り止めにしました。更に、毎年この時期に実施する予定だった同期会も残念ながら中止(延期)せざるを得ませんでした。

 それにしても気になるのは、クルーズ船対応から始まった政府の対応に全て満足は出来ないまでも、朝のワイドショーなどは各局のアナウンサーも含めた専門家でもない素人のコメンテーター諸氏の、何の根拠も無い憶測での偉そうな批判ばかりにはウンザリします。少なくとも、公共の電波である以上、発言しっぱなしではなく、発言したこと(内容)への責任を持つべき。もし、事後で発言が間違っていたことが分かったら、キチンと訂正して謝罪すべきでしょう。聞いているだけでムカついてくるので、勢い、客観的事実だけを述べるNHKの報道中心に視聴するようになってしまいます。

 9年前の今日、3.11の東日本大震災の時は、(東北産品を)買ったり食べたり、或いは観光をするなど、萎縮せずにむしろ行動することの方が経済活動など社会全体が好転していくことに繋がったのですが、今回は(全体像が見えるまでは)行動せずに萎縮せざるを得ない分、経済活動も含め社会全体が余計に萎縮せざるを得ないという悪循環になっています。それを脱却するためには、世界中の科学者と薬品メーカーが協力して情報を共有化した上で、ウイルスそのものを解明し、一日も早いワクチンや簡便な検査方法の開発と即効性のある特効薬なり処方箋の確立が第一義です。

 長野県内で初めての感染者が松本市内で確認された時に、ご自身が医師でもある菅谷市長がいみじくも、「感染予防として一番重要なのは、人間が本来持っている免疫力、抵抗力を高めることだ」と指摘していましたが、まさにその通りだと思います。

 陽気は次第に春めいて来ましたが、社会全体の一体いつになれば“春近し”と実感出来るのか・・・。それこそ、神頼みでも、“春よ来い!早く来い!”

 知り合いの方から年末にたくさんいただいた胡桃。
縄文時代から食べられていたという、所謂日本産の鬼胡桃(和くるみ)で、野山に見られる野生種は殆どがこのオニグルミとされます。
一般的にお菓子に使われる菓子グルミに比べて、オニグルミは小振りで殻が硬いのが特徴。そのため一部のメーカーではスタッドレスタイヤにも利用しているのだそうです。
因みに、上田の別所温泉の前山寺名物のクルミおはぎも、このオニグルミを使っているそうです(上田の隣の東御市が日本一のクルミ生産地だそうですが、主力は菓子グルミとのこと)。
確かにオニグルミは味が良い(濃い)かも知れませんが、とにかく菓子グルミに比べて殻を割るのが大変。クルミ割り人形とかナッツクラッカーという言葉がありますが、そうした専用の道具が無いと割るのは無理。そこでどうしようかと暫く取り掛かるのを躊躇していたのですが、そう云えば昔祖母が梅漬け(我が家ではカリカリ梅です)を作るために木製の“梅割り器”を使っていて、確か母屋の物置小屋に置いてあったのを昔見たことを思い出しました。そこで行って探してみると、案の定で有りました。
木製の洗濯バサミの様な格好をした梅割り器で、「クルミ割りにも使用可能」と書いてありました。
そこで、殻の閉じた部分に力が掛かるように凹の溝の様な窪み部分にクルミを載せて、テコの要領で力を加えると割れるには割れたのですが、力の加減が難しくグシャッと潰れてしまいました。しかも、割るのには相当な力が必要で、テーブルに毛布を敷いてその上でやったのですが、奥さまがテーブルに傷が付くのを心配する程。しかも、犬にはナッツ類は有害。そのため、床に飛び散った殻や中身をもし食べたりしたら大変なので、すぐに拾ったり掃除機を掛けたりと、クルミ一つ割るのもそれこそ一苦労で時間も掛かりますし、潰れては中身を取り出すのもこれまた大変。二時間近く掛けて三分の一程割ったのですが、大変でホトホト嫌になってしまいました。

 最近エナジーバーを自作している奥さま。買って来たドライフルーツやアーモンドやクルミなどのナッツ類もその材料として使っているので、奥さまがオニグルミの味見をしたところ、
 「味が全然違う・・・。美味しい!」
と大絶賛。
 「左様か・・・。然らば、作業を続けなくてはなるまいのぉ・・・」
ちゃんとしたクルミ割り器を購入しても、この硬いオニグルミを割るのにそれ程差があるとは考えられません。
そこで、ネットでクルミの割り方を調べてみると、ありました。その方法は、オニグルミを一昼夜水に漬けてから中華鍋の様なフライパンで5分程炒ると殻の口が開き、そうすると専用の道具が無くても、その開いた口に包丁やマイナスのドライバーを差し込んで割ることも出来るくらいに簡単に割れるのだとか。これなら試してみる価値はありそうです。
 そこで、先ずは残ったクルミをほぼ一昼夜水に漬けてから、そのままフライパンで炒ります。すると、早いモノは5分程度で、全体的には7~8分くらいでクルミの殻の口が開いた様です。
少し冷ましてからクルミ割り器でこれまでと同様に割ってみると、アラ不思議!で、いとも簡単に割れるではありませんか!
しかも、グッシャッと潰れたのがウソの様に、それ程の力を入れずとも次々とキレイに半分に割れていきます。
前回の時間と苦労は一体何だったのかと思う程に、僅か30分ちょっとで半分以上残っていたクルミを全て割ることが出来ました。
 「あぁ、こんなに簡単に割れるんだ!」
と、本当に目からウロコ・・・でした。
しかも取り出した実も大粒で潰れていないので、細かい粒の様だった前回分と同じ袋にいれましたが、その差は歴然!。
これだけあれば何回かに分けて使えると、奥さまも大層喜んでおられました。
 これでもしまたオニグルミを頂くことがあっても、“お任せあれ!”でもう大丈夫です。それにしても、エナジーバーに使う以外で、他に何か使い道は無い訳!?白和え?オハギ?・・・個人的には余り食指は動きませんが・・・。

 師走の都大路を走る高校駅伝に始まり、新春の箱根、そして京都と広島での都道府県対抗を以って(私個人として興味関心のある)駅伝シーズンが終了しました。

 全国高校駅伝の女子は、公立高校ながら全国の強豪私立に伍して昨年一昨年と2年連続準優勝だった長野東が今回は9位と、残念ながら4年連続入賞はならず。男子も、佐久長聖が自校の持つ高校最高記録まで10秒と迫る好記録ながら、留学生を擁するチームには敵わずの3位。しかし、それぞれ県内出身選手だけ、或いは日本人選手だけでの走りは見事でした。
県下に実業団チームを持たない長野県ですが、こうした長野東と佐久長聖の頑張りが、卒業したOG・OBが大学或いは実業団に進んで活躍し、その結果がシーズン最後の都道府県対抗駅伝の長野県チームの活躍に結びついています。
長野県は昔から市町村や地区対抗の駅伝が盛んで、その中から育った伊藤国光や中山竹通などのマラソン日本代表選手も嘗てはいましたが、実業団チームの無い長野県が駅伝で強くなったのは、指導者が連携して長期的な視点で小中学生の頃から地域の陸上クラブなどで育て、その中から才能のありそうな子供たちが優秀な指導者のいる、男子は佐久長聖、女子は公立高校ですが長野東に進学して継続して育成強化されて来た結果だと言えます。

 駅伝シーズンの掉尾を飾る、新春の全国都道府県対抗駅伝。
女子は京都で行われる高校駅伝の男子と同じコース、男子は広島の平和公園から安芸の宮島口への往復コースです。
 12日の女子は、長野県チームは昨年の6位に続き二年連続入賞で目標のメダル獲得には僅かに届かなかったものの、記録も順位も過去最高の4位でした。全国でも強豪となった長野東のOGが大学や実業団に進み、一般区間でも力のあるランナーが増えた結果、都道府県対抗でも優勝争いの常連となった男子だけではなく、以前は17番のゼッケンナンバー前後の順位だった長野県の女子チームも最近では男子同様に上位を狙える力を付けてきました。
今年は1区6位でスタートし、途中で一時はトップに立つ力走。しかし、今期の高校生が少し弱くその後順位を下げましたが、8区の中学生と最終9区の一般が共に区間2位という好走で、最終区で国内トップ選手の東京チームの新谷選手には抜かれたものの、アンカーのダイハツ所属の細田選手が食らいつき区間2位の力走を見せて、僅か2秒差の4位でのフィニッシュ。目標のメダルには惜しくも届かなかったものの、見事な走りでした。
大学生も含め一般の区間も充実してきましたし、今回走った中学生は二人ともまだ2年生。長野東の高校生がまた力を付ければ、念願の3位以内もそう遠いことではないと期待を持たせてくれた今回のレースでした。

 19日の男子。“駅伝王国長野”と云われる通り、これまで全国最多の7回の優勝を誇り、今回も中高生に全国トップクラスの選手を揃えていたので、3年振りとなるV奪回が期待されました。しかし直前になって、5000m13分台の主力高校生2名が故障で交代し、チーム目標を5年連続の入賞に変更と報道されていましたし、マスコミの事前予想でも長野県は優勝候補には挙げられていませんでした。
しかし、いざースが始まってみると、1区の高校生区間も交代となった2年生の越選手が10位とはいえトップと7秒差で力走し、2区の中学生区間は全国中学校駅伝でも区間新で走った小田切選手が区間3位の好走。
一時3区の一般区間で15位と順位を下げたものの、その後代役で出場した高校生二人(木村選手は女鳥羽中出身!)がそれぞれ区間2位・4位と見事な走りで3位まで順位を押し上げ、6区の中学生区間で今季3000m全国ランキング2位(県中学記録更新)の吉岡選手が圧巻の区間新記録で遂に1位浮上。
最後は、2年連続アンカーとなる中谷選手(早大2年)が、中継時点での8秒差をむしろ17秒差まで拡げて、区間賞の相澤選手(福島、東洋大)から僅か8秒差の区間2位で力走し、3位から逆転優勝を狙った優勝候補埼玉のアンカーの設楽選手にも勝って、見事1位で3年振りとなる8度目の優勝を飾りました。

 レース後は、予想を覆して全国最多8回目の優勝を飾った長野チームに対して「さすが!」という声が溢れましたが、下馬評が低かったにも拘らず“駅伝長野”の底力を感じさせる見事なレースでした。また同じように戦前の評価が然程高くなかった兵庫の2位も「さすが!」でした。
余談ですが、ゴール地点で優勝の感激に沸く長野県チームの輪の中に、長野が初優勝した時(2004年第9回大会)のアンカーとしてゴールテープを切った帯刀さん(当時富士通所属。現上田西高陸上部監督で、今回の県男子チームのコーチ)がおられ、懐かしく感じました。
この大会では留学生は走れませんので、今年は失速しましたが学法石川の福島県や西脇工や須磨学園などを擁する伝統の兵庫県、そして佐久長聖の長野県などがやはりこの大会になると毎年上位を占めています。
長野チームでは、今回力走した中学生諸君も佐久長聖へ進むでしょうし、1区の越選手や故障で走れなかった伊藤選手もまだ2年生ですので、来シーズンの佐久長聖も期待出来そうです。そして二年連続となるアンカーとして、昨年優勝した福島の相澤選手に置いて行かれたリベンジを果たした中谷選手も、3年生となる来シーズンは早稲田のエースとして一皮剥けた更なる飛躍が予想されます。

 高見澤監督も中谷選手も、優勝後のインタビューで台風災害にあった地元長野へ勇気と希望を少しでも与えたかったという想いをそれぞれ口にしていましたが、良い意味で予想を裏切られ、長野県民に勇気を与え、最後に“One Nagano”でスカッと締めてくれた今期の駅伝シーズンでした。
ムフ、やったネ!!

 江戸時代の名奉行大岡越前守忠相。徳川吉宗の享保の改革を町奉行、寺社奉行として補佐した実在の人物ですが、在任中に町火消の創設や目安箱設置などの民衆に寄り添った政策を実施して江戸庶民に人気があり、名奉行として、その後創作されたフィクション「大岡政談」により、講談や時代劇等で現在に至るまで大衆の人気を得ています。
その「大岡政談」は古典落語にも取り入れられ、中でもサゲにまで“大岡越前”が使われている「三方一両損」が大岡裁きの落語の演目として知られています。また「大工調べ」も南町奉行所に訴え出ていますので、越前が登場しない場合もありますが(昨年真打に昇進した柳亭小痴楽師匠で、以前生落語を聞いた時は大岡越前の名前は出なかったような気がしますが)、どうやら大岡裁きの落語の一つの様です。

 TV時代劇の「大岡越前」と云えば、亡き加藤剛が代表格でしょうか。その後NHKのBSでリメイクされ、主演は東山紀之。以前の源義経以来、時代劇にも適役と感心していましたが、この大岡越前もはまり役で既にシーズン5を数えます。

 今回も、年明けから第5部が全7話で開始される様で、今回は父忠高を演じた津川雅彦さんが亡くなられてしまい(同じNHK で数年前に演じられた「銀二貫」での井川屋主人和助役は、高田郁原作のイメージピッタリの好演でした)、ドラマでもそうなっているのは寂しい限りですが、他は同じ配役の由。
1月10日に放送された、第5部第一話の「頑固くらべ茶碗騒動」。この話のベースになっているのは、古典落語の名作「井戸の茶碗」。しかし、この落語は以前二ツ目入船亭小辰さんで聞いていますが、頑固者同士の人情噺であっても奉行所は登場せず、「大岡裁き」ではありません。
落語では、登場人物は頑固者同士の浪人千代田卜斎と細川藩藩士の若侍の高木佐久左衛門、その間に立つのが「正直清兵衛」と呼ばれるくず屋の清兵衛で、茶碗を最初買い上げるのが細川藩士の若侍で、最後にそれが高麗茶碗の名品「井戸の茶碗」と見抜き300両で買い上げるのは若侍の藩主である細川候です。一方、今回の「大岡越前」では、最初に買い上げるのは忠相の母妙。もし津川が生きていれば、父忠高だったかも知れませんね。そして、名品と見抜くのは時の将軍吉宗公という設定です。勿論一件落着は大岡裁きで、というストーリー。

 大岡越前では以前放送された中にも「文七元結」がベースとなっていると思われる回もありましたので、結構古典落語が使われていたりして、ネタ元を推測し一人ニタリとほくそ笑んでいます。

 毎年恒例の年末大掃除。
すす払い、窓拭き、床磨き・・・。一年分の垢?を落として、気持ち良く深淵が迎えられるようにと、今年も一生懸命。
勤めていた頃は、年末のカレンダー設定によっての時間的制約がありましたが、リタイア後は時間的には十分過ぎる程に余裕はありますが、逆に余り早く窓拭きをして、その後に雨や雪が降ると(風が強ければ)新年前に汚れてしまいますので、時間よりもむしろ天気予報を気にしての大掃除となります。
今回の年末は30日に雨予報だった(しかも風も強かった)ので、大晦日ギリギリでの外の窓拭きになってしまいました。

 初日に、二階のすす払いの後で掃除機掛けをしてから、拭き掃除、床磨きと内側の窓拭きをして、外側の窓拭きを残して二階は終了。
そして(いつも通りに晩酌後)早めに寝て、深夜に目が覚めて、何となく右手が“ダル、重~”。右手だけが全体に熱っぽく感じます。少し肘が晴れているような気もしたので、一階に降りて湿布薬を張ることにして薬箱などがある棚を探したのですが、良く分からなかったので、悪いと思ったのですが奥さまを起こして聞くことにしました。
そこで理由を説明して、晴れているように感じる右肘を見せたところ、家内が驚いて悲鳴を上げるではありませんか。
 「腫れてるなんてもんじゃないヨ!コブになってる。イヤだ、バイ菌が入って感染でもしてるんじゃないの!?」
自分では良く見えないのですが、どうやらコブの様にぷくっと腫れている様子。しかし、痛みは全く感じませんし、普通に動きますし、力を入れることも全く問題ありません。
 「大丈夫だよ。湿布だけして、朝起きて未だ腫れてたら医者に行くから」
 「もし感染でもしていたらそれまで待ってたらダメだってば!すぐにこれからお医者さんに行こう!」
と、自身が(骨折で)何度か連れて行かれて慣れている家内の“断固たる”勧めに従い、緊急医である相澤病院の救急外来へ行くことになりました。
着いたのが深夜の1時半。
受付と看護師の問診を済ませてから、外科医の先生の診断です。
夜勤なので若い先生でしたが、一目見るなり、
 「あぁ、これはカツエキホウエンですね!」
今迄全く聞いたことが無い単語に、「えっ?、えっ?」、「どんな字を書くんですか?」と何度も聞いてしまいました。
そのため、先生は端末のPCでグーグル検索をしてその画面を見せてくれました。
「カツエキホウエン」は漢字で「滑液包炎」。片や膝、肘などの関節などにあって、クッションの役目をしている「滑液包」に、何らかの刺激によって水が溜まり炎症が起きる症状とのこと。慢性的な刺激(例えば常に頬杖をついているとか)や、直近ではなくても、例えば半年や一年前の打撲でも発症することもあるのだとか。多くは謂わば関節の勤続疲労で、中高年や老人に多い症状とか。
先生の言われるには、痛みが無いのであればそのまま放っておけば自然に治癒するとのこと。整形外科によっては注射で溜まっている水を抜く医師もいるが、そのためにバイ菌が入ってしまうこともあるから、当院はそうした治療は実施していないとのこと。そして、
ぁ 「もし、(見た目で)気持ちが悪くて水を抜きたいのであれば、紹介状を書くことも出来ますが、どうしますか?」
と仰るので、実際全く痛みも無いことから、先生の勧めに従って何もせずにそのままにしておくことにしました。

 実際に痛みも無く、翌日からも大掃除をして無事新年に間に合わせることが出来ました。大掃除後も“滑液包炎”の方は特に痛みも出ず、年も明けての5日。腫れは引いいてきたものの、まだコブのまま・・・。
ま、機械も人間も勤続疲労で色んな所に“ガタ”は出て来るものですが、機械の様に部品を交換する訳にもいきませんので、騙しだまし使うしかないのでしょう。

 それにしても、子年を迎えて“大山鳴動ネズミ一匹”。
関節の軟骨や骨のカケラ(小骨片)が遊離して、関節内を自由に動きまわるために痛みが出るケースをネズミ(或いは“関節ネズミ”)と呼ぶことがありますが、今回は同じ関節でもそのネズミではなく、水が溜まっての炎症でした。いずれにしても、大騒ぎで、情けなくもトホホのネズミ年の年明けとなりました。
【追記】
新年早々グロテスクな写真掲載で誠に恐縮ではありますが、いずれにしても中高年のご同輩の皆さま。お互い勤続疲労には気を付けて、くれぐれもご自愛くださいますよう。以上、恥ずかしながらご参考までに。
【追記その2】
日頃の頬杖でもなるという「滑液包炎」。
毎晩奥さまとのチャンネル争いに敗れ、止む無く寝室の壁掛けTVをベッドに横になって頬杖を付いて寝ながら視ている私メ故、家内は今回の炎症はそのせいだと信じて疑わずに断定しているのですが、それって絶対違いますから!だって、TV視ている時の頬杖はいつも左手ですから!
最近は勿論、ここ一年間を遡っても、特に右肘を強打した記憶も全く無いので、従って結局は勤続疲労だろうと思います・・・。

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