カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 いよいよ今週末で終わるNHKの朝ドラ「なつぞら」。
日本のアニメーションの草創期を支える女性アニメーターが主人公となる、NHKの朝ドラ100作目の作品。
思えば高校時代、松本が舞台となった朝ドラ「水色の時」(第15作目だったとか。そんな昔だったんだ・・・!)では春休みの部活の練習中に、ヒロイン(大竹しのぶ)とその友人役(原田三枝子)も参加して、講堂前で高校の入学試験の合格発表のシーンが撮影されていましたっけ・・・。でも、(当然未だ放送前の)当時は、地元でもそれ程大した話題にもならなかった?様な記憶が・・・(その後、松本が舞台となった民放の「白線流し」や、第84作という朝ドラ「おひさま」に比べて・・・)

 今回記念の100作目となった「なつぞら」では、奥さま曰く、
 「こんな風に、全てが上手く行くなんてことは、いくらドラマでもあり得ない!」
と少々辛口評価だったのですが、イイじゃないですか、朝からそんなに深刻な内容にして、翌朝まで(視聴者に)不安を継続させなくたって!・・・と個人的には(勝手に)思っていました。
今や“Cool Japan”の代表とも云える日本のアニメーションの黎明期を題材にした「なつぞら」では、ヒロインが制作に関わったアニメーション作品として、「白蛇姫」に始まり、モデルとなった作品がすぐ思い浮かぶ作品が劇中にも登場しましたが、どれも結構良く出来ていて、例えば「狼少年ケン」がモデルとなった「百獣の王子サム」や同「タイガーマスク」の「キックジャガー」などは、アニメーションだけではなく主題歌も本物と良く似た雰囲気を醸し出していました。

 そして、ドラマの最期を彩る「アルプスの少女ハイジ」がモデルとなっている「大草原の少女ソラ」。今回も北海道十勝へのロケハンがありましたが、今回の「なつぞら」の主人公のモデル奥山玲子さんのご主人である小田部羊一氏(「なつぞら」でもアニメーション時代考証を担当)の日経文化欄の寄稿記事に由れば、ドラマではヒロインの夫のモデルとなっているプロデューサー高畑勲さんの提案で実際にスイスへ取材のためのTVのアニメーション作品としては“前代未聞”のロケハンを実施し、その結果作画にリアリティーを出すことに成功したのだとか。
今回の「大草原の少女ソラ」も、劇中の昔懐かしいブラウン管のTVに映るアニメーション映像も勿論なのですが、カスミ姉さんを演じる戸田恵子の歌う主題歌も本当にしっかりと出来ていて、実に素晴らしい。
その意味で、例え15分でも良いので、番外編或いはスピンオフ作品として、既に劇中で放送した場面に上手くストーリーを繋げて完成品として実際に放送してくれないかなぁ!・・・。そうじゃないと、あそこまでしっかり創ったのに、このまま劇中劇としてお蔵入りでは勿体無い!・・・そんな風に思っている視聴者は結構多いのではないでしょうか???

 バカな政党の肩を持つ気は毛頭ありませんが、“受診料を納めている視聴者゛の一人として、是非NHKに一考いただければ大変嬉しいのですが・・・。

 娘が以前空港勤務で成田に居たこともあったので、決して他人事ではないのですが、今回の台風で千葉県内を中心とした大規模停電は、いくら天災とはいえここまで長引くと、東日本の時に「想定外」という発言を繰り返した電力会社の今回もミスによる人災ではないのか・・・と疑ってしまいます。
いずれにせよ、1日も早い復旧をお祈りいたします。また、気になっているのは伊豆諸島。多くの家屋が倒壊しているとの一部報道があったのですが、その後被害の詳細が千葉中心で、離島の様子は余り報道されません。離島ではボランティアも限られてしまうでしょうし、大丈夫でしょうか?

 さて、まもなく秋分の日。さすがに残暑も過ぎて、朝晩は涼しいどころか信州は肌寒くさえ感じられます。
学生時代大好きだったオフコースの名曲「秋の気配」-“♪ たそがれは風を止めて ちぎれた雲がまたひとつになる ”ではないのですが、五感で感じる身近な“秋の気配”。
例えば音では、お盆を過ぎた頃から、日中はまだまだ猛暑だったのですが、夜になるとコオロギの鳴き声が聞こえるようになりました。
そして、いつの間にかトンボが飛び交うようになった空には“ちぎれ雲”のイワシ雲も見られるようになりました。
匂いでは、あのムッとするような夏の暑さの匂いが消えました。秋の風の匂いは、果たして何でしょうか。或る意味“匂いの無い透明感”かな・・・。秋も深まれば、落ち葉焚きや秋刀魚の焦げた匂いなど、“食欲の秋”になっていくのかもしれませんが・・・。

 個人的に、目に映る中で感じる身近な“秋の気配”、それは萩の花。
どこかのお宅の庭先や街中で咲く萩の花を見ると、“♪今はもう秋・・・”ではないのですが、秋の訪れを感じます。
こちらの写真は、隔週で水を頂きに行く、人形町(高砂通)の「源智の井戸」の萩の花です。そういえば信州松本の“名水”は年中一定した水温(確か13℃)ですが、夏はヒンヤリと冷たく感じた水が最近は暖かくさえ感じられるようになりました。これも“秋の気配”ですね。

 今回参加した、松本市の城北、安原、大手、白板の四地区の公民館による合同企画「上高地ウォーキング」。さすがは公民館の数が全国一位という長野県の公民館行事らしく、上高地に関する独自資料のコピーも事前に用意していただいてあり、結構色々教えられ知ることが出来て楽しめた行事でした。

 例えば、その「ナルホド」や「へぇ~」と感じた幾つかを、興味を持ったので、後日自身で更に調べた内容も含めて紹介させていただくと・・・、

 上高地は、黒部に代表される様なV字峡谷の多い北アルプスには珍しく、1500mの高地に平坦な盆地が拡がっていて、長さ10㎞程の長さに対し、標高差は上高地が1500mで明神池が1530m、徳沢でも1560mと60mしかありません。これは、元々の鋭い峡谷が焼岳火山群の噴火活動に拠って、最終的には12000年前(縄文時代草創期)の大噴火で古梓川が堰き止められて巨大な湖が誕生し、その後5000年の間の土砂が湖底に堆積にいったのだそうです。しかも、12000年前まで梓川(古梓川)は高山方面の岐阜県側に流れていた(神通川水系)のだそうで、その大噴火で堰き止められ誕生した巨大湖である古上高地湖が、その後5000年前の地震等により決壊し、巨大洪水となって現在の様に松本方面に流れ下ったのだとか。そしてその決壊により古代湖は消滅し、その後更に緩やかな土砂の堆積により現在の様な平坦な上高地が誕生したのだそうです。そして、2008年信州大学の深300mの学術ボーリング調査により、古代の地層を分析した結果、このことが実際に確認されたのだそうです。
 小梨平を流れる清流、清水川。僅か200m足らずの川なのですが、河童橋に程近い清水橋から眺めると、清流にしか生えないバイカモ(梅花藻)が群生しているのが見られます。驚くべきはその水量。年間3000万トンと云われ、毎秒1000リットル換算とのこと。清水川はシラビソやコメツガの原生林に覆われた六百山に降り注いだ雨が湧水となって流れ下り、どんな大雨にも濁らず日照りの夏でも決して枯れることがなく、また僅か200m足らずを流れ下るために汚れることもないため、天然のミネラルウォーターとして上高地の貴重な飲料水源として使われているそうです(バスターミナルと、五千尺ホテの外に無料の給水場があります)。しかし年間3000万トンという清水川の水量は、六百山流域の降水量よりも遥かに多いため、地下のどこかで上高地の水脈と繋がっていて合流して湧き出しているのではないかとのことでした。不確かですが、以前、清水川は日本一短い一級河川と聞いた記憶があるのですが、果たして?・・・(橋の袂に良く在る「一級河川〇〇川」と書かれた看板は見掛けませんでした)。
 上高地は、河童橋の名前が芥川龍之介の小説に由来するなど、山に憧れた多くの文化人にも愛されて来た日本初の山岳リゾートです。その中の一人が高村光太郎。上高地のパンフレットの表紙に書かれていたのも、高村光太郎「智恵子抄」の中からと書かれていた一節である「槍の氷を溶かして来る あのセルリヤンの梓川に」。
これは彼の詩集『智恵子抄』に収められた「翻弄する牛」の一編。

  『 (前略)
    今日はもう止しましょう
    描きかけていたあの穂高の三角の屋根に
    もうテルヴェルトの雲が出ました
    槍の氷を溶かして来る
    あのセルリヤンの梓川に
    もう山々がかぶさりました 
    (後略) 』

ここでいう「セルリヤン」とは、“cerulean blue”という少し緑がかった空色のことなのだそうですが、確かに河童橋を流れる梓川の清流は青く透き通っていて、槍穂高からの雪解け水が滔々と流れ下って行きます。(因みに、テルヴェルトも深緑色のことだそうですが・・・?)
高村光太郎が智恵子との結婚を決意したのが、滞在していたこの上高地だったと云います。大正2年(1913年)、彼と智恵子は徳本峠を越えて上高地に二ヶ月間滞在し(当時の清水屋旅館。現在の上高地ルミエスタホテル)、ウェストンとも交流を持ったのだそうです。
 我々は、その清水屋ではなく、河童橋の袂に建つ五千尺ホテルのカフェで休憩です。週末ということもあって行列待ち。20分ほど待って、窓際の席に案内されました。
こちらの五千尺ホテルは、松本パルコにある地元でケーキが人気のカフェレストラン「ファイブホルン」の大元となるホテル。メインダイニングの名物はビーフシチュー。以前ネイチャーガイド付きの上高地トレッキングとそのビーフシチューランチが付いたツアーがあり申し込んだのですが、台風接近で中止になり残念ながら食べそびれておりました。一方の人気のケーキも、今や松本市内ではファイブホルンがケーキのサブスクリプションでの配達までしている人気店になりました。
或る意味“ファイブホルンのケーキ発祥の地”ですから、勿論奥様はケーキセット。我々の直前で夏限定の人気ケーキ「シャインマスカット」が終了したため、マロンケーキをご注文。でも「プチ贅沢!」と堪能されておられました。私メは水出しアイスコーヒーですが、眼前の窓一杯に拡がる、河童橋越しの岳沢を抱くように聳える穂高連峰が“贅沢なご馳走”です。

 今回が4度目?となる上高地。同じところに、そう何度来ても・・・と思いますが、来てみて感じたのは、何度来ても「さすがは上高地!」。
雲一つない快晴という天候に恵まれたというのも非常に大きいのですが、雄大な穂高の絶景と、セルリアンブルーと光太郎が称した梓川のあり得ない程の水色、そして清水川の驚くほどの透明感・・・。
更には、そんな上高地の水の流れに心を洗われた様に、ピュアな雰囲気を漂わせて槍穂高に向かう若者たち・・・。圧倒的な大自然の前では、ちっぽけな存在である人間は無意識の内に謙虚にならざるを得ないのか・・・。或いは、神々しささえも漂わせて眼前に聳える穂高の峰々が、自分の力だけでその孤高の頂きを目指す人間たちを、まるで修験者の様に純粋な気持ちにさせるのか・・・。
 四半世紀ぶりとはいえ、子供のころから何度か訪れてはいた上高地。従って然程目新しさは無かろうと思っていたのですが、例え何度来たとしても、上高地の持つその神秘的な魅力には感動せざるを得ない・・・。
上高地を素通りして、黙々と憧れの槍穂高の頂きを目指す若者たちに羨ましさを感じつつも、今回そんな印象を持った久し振りの上高地でした。

 今回、保護犬だった「こゆき」を引き取るにあたって感じたこと。

 各地に保健所や私設の保護団体がありますが、最近松本保健所管内でも保護された犬猫の殺処分ゼロとの報道がありました。そうした保護される犬たちの中には、多頭飼いのブリーダーからのコユキの様な“不要犬”も決して少なくないと言います。毛の抜けないシーズーなどは、保護された時に毛が伸び放題で汚れていて、どこに目があるのか分からいことも多いのだとか。
今回「こゆき」を引き取って3ヶ月間面倒を見られた保護団体の方は、今までに50匹近い保護犬を引き取って世話をされてきたそうです。勿論、新しい飼い主に譲渡される犬の方が圧倒的に多い中で、中には譲渡が成立せずに終わる犬も勿論いるのだそうで、今その方のお宅には全部で4匹のワンちゃんがおられ、最後まで面倒を見ると決められたシニア犬等を除き、2匹が新しい里親を待っています。今回お世話になったペット病院や寄贈などで支援をしてくださるドッグフードメーカーなど、協力支援をしてくださる企業や団体などもあるそうですが、基本的には保護団体の方々(ご家族の理解と協力を含めて)の使命感と善意によって成り立っているのは間違いありません。本当に頭が下がる思いでした。
今回「こゆき」を通じて、そうした保護団体の方と知り合い、その活動状況を知る中で、ブリーダー業者の全てが悪徳とは言いませんが、日本もドイツの様に、犬を飼いたい場合は基本的にブリーダーからではなく保護犬の中から選ぶという文化が根付いて、ペットたちに優しい社会になっていけば良いと思います。
但し、保護犬活動も善意だけでは継続不可能ですので、従って保護犬譲渡に当たっては、保護してから譲渡するまでに掛かった応分の経費(混合ワクチン、狂犬病予防、フィラリア予防、マイクロチップ装着、歯科・血液など健康診断、避妊手術等の医療費、また譲渡先の家庭訪問に掛かる往復交通費)は譲渡を希望する側の負担となります。

 以前軽井沢で、喫茶店の女将さんが真夏の軽井沢をペット連れで歩く人たちに対し、
「ファッションじゃあるまいし、真夏の焼けたアスファルトを歩かされる犬が(肉球を火傷して)可哀そう!」
と大層憤慨されていましたが、仰る通りだと思いました。
それにあろうことか、ひと夏が終わると“ファッション”だった犬をそのまま別荘地に捨てていく輩が後を絶たないのだとか。本当に信じられない気がします。例え仏教の六道では下層の畜生道に属する小さな命であったとしても、それをまるでモノの様に扱う人間が、果たしてちゃんとした“親”になれるのだろうかとさえ思ってしまいます。

 保護団体の方によれば、保護犬の中には飼育放棄をする飼い主も後を絶たないそうですが、不要犬を生み出すブリーダーだけではなく飼う側にも大きな責任があります。
“生きとし生きるもの”を飼う側の責任を自覚して、最後までその責任を全うしていきたい。彼らが突然飼い主を失って路頭に迷うことの無い様に、“虹の橋”を渡る最後まで飼い主が看取ってあげたい。今回のコユキをきっかけに、そんなことを改めて強く感じた次第です。

 梅雨寒から一転して、連日猛暑日が続く日本列島。
屋外実施競技など、いくら開始時間を早朝に早めたりしたとしても、こんな時期にオリンピックをやって本当に大丈夫なのか?と心配になります。
そういう意味では、夏の甲子園も一緒。その内、カチ割氷が名物などと言っていられなくなるのではないでしょうか。

 そんな日本列島を違う意味で熱くしてくれたのが、女子ゴルフの渋野日奈子選手。樋口久子さん以来、42年振りというメジャー大会制覇となる全英オープンゴルフ制覇(但し、岡本綾子さんが昇格前の全英女子OPに1984年に優勝している)でしょうか。
日本では未明での生中継でしたが、夜早い年寄はその分朝も早いので、少し早めに起きて後半のラウンドを“生”でTV観戦することが出来ました。
日本国内でも“しぶこスマイル”は女子ゴルフ界では知られた存在だったそうですが、プレーをする彼女を見ていて、確かに“Smiling Cinderella”として現地ギャラリーを魅了したのも納得出来ました。
若さ故の“怖いモノ知らず”と云えばそれまでですが、勝負所でワンオンを狙ってドライバーで果敢に攻めていった勇気。ショートするよりは後悔しないと、強めに打ってカップの向こう側の壁に当てた最後のバーディーパット。
いくら勢いとは言え、首位から後退しても並ばれても、動じずにプレーをする姿に視ているこちらがいつの間にか引き込まれて行きました。
事前に英語で用意してもらったにせよ、ローマ字読みだったにせよ、笑顔での優勝スピーチも実に良かった!
英国在住の日本人だけではなく、現地の英国の人たちをも次第に魅了して次々に応援者に変えていったのも納得でした。しかも、ギャラリーだけではなく、自身に優勝の芽が無くなった同組のA・ブハイ選手(南ア)が、渋野選手のバーディーパットが決まった時に、我が事のように万歳して祝福していたのが、競争相手をも味方にしてしまった渋野選手の人柄を証明しているようで大変印象的でした。
例え樋口久子さんという先駆者がいたとしても、今回の全英OP制覇は、大震災後の神の配剤に思えた、あのなでしこジャパンのW杯女子サッカー制覇、大阪なおみ選手の全米&全豪制覇、それに続く大和撫子の偉業と云っても良いのではないでしょうか。
思うに、やはり大和民族は女性の方が優秀なのでしょうね、きっと・・・。

 一方、夏の甲子園。長野県勢は、今年も短い夏でした。
今年の県代表は、2010年の松本工業高校以来となる、公立高校の飯山高校がノーシードから勝ち上がっての春夏を通じての初出場でした。
この飯山高校は、過去飯山南、飯山北、飯山照丘の三校が結果統合された高校で、県立高では唯一スポーツ科がある高校です。北信州の豪雪地帯の飯山にある学校ですので、母体となった飯山南は嘗て冬のインターハイで何連覇もした高校ですし、これまでアルペンやノルディック種目に何人ものオリンピック選手(複合の河野孝典氏は団体金、個人銀メダルで、長野県人としては初の個人メダリスト)を輩出しているスキー競技の強豪校です。
スポーツ科の設置以来でしょうか、野球でも最近では県のベスト8にも入り、センバツ大会21世紀枠の県内推薦校となるなど、最近力をつけて来ていました。
しかし、その甲子園では、松本工業が1-14で大敗したのと同様に、強豪校の仙台育英に1-20での大敗・・・。
県内では、「頑張った!」、「最後まで良くやった!」、「お疲れさん!」、そして「感動をありがとう!」・・・など労いの言葉が並びます。
しかしそれでイイのだろうか?・・・。個人的には、どうしても違和感を禁じえませんでした。しかも、長野県代表校の試合で、途中でTVのスイッチを切って最後まで試合を見なかったのは、今回が初めてでした。

 彼らの努力や頑張りを毛頭否定するものではありませんが、果たして本当にそれでイイのでしょうか?・・・。
キレの良いスライダーと低めへのストレート。エースのサウスフォーも、そして2年生の速球派も、決して悪いピッチャーではありません。野手も上背は然程無くとも、どっしりとした下半身。いかにも雪国らしく、スキーなどで体幹を鍛え、がっしりとした体形でパワーもありました。
しかし、本番では守備でのミスや凡プレーもあって相手にスキを突かれ、県内では勝てたのに甲子園では勝てなかったどころか、全くの完敗・・・。
勿論、初出場での緊張もあったでしょう。初出場校なのに、相手は甲子園の常連校という“くじ運”もあったでしょう。しかし、例えどこと当ろうが、試合前に「甲子園に出ることではなく、勝つことを目指して鍛えてきた」と若き監督は言っていたのに、全く歯が立たなかった現実・・・。

 何故なのか、ゲームマネジメントに問題は無かったのか?
今回の飯山高校だけではなく、例えば長野県大会。秋の北信越大会ベスト4で惜しくも選抜出場を逃し、今回も優勝候補だった東海大諏訪と上田西。その上田西が準決勝で完封負けした飯山を“ボロクソ”にまで打ち崩した甲子園での他県の強豪校。また同じく公立で惜しくも準優勝だった伊那弥生ヶ丘。確かに弥生は秋の南信予選2位でBシード校ではありますが、同じ南信1位で、県全体でも第1シードだった本命の東海大諏訪(旧東海大三)が、準決勝で弥生投手のスライダーとスローカーブの軟投派をなぜ打てなかったのか?それぞれが猛省する必要がありましょう(低めへのコントロールと緩急の重要性であって、軟投派を否定する意味に非ず。)

 県高野連など、高校野球に関わる全ての関係者がその敗因をキチンと分析し、他県にも学び、個々にではなく、連携して長期的な強化に繋げていく・・・。そうでもしないと、長野県は“参加することに意義がある”ままで、最近は聞かなくなりましたが“教育県長野”同様に、“過去(戦前)の栄光にすがったままの長野県”で終わってしまうのではないか?
スピードスケートやスキーなどの冬の競技を持ち出さずとも、長野県の高校スポーツが決して弱い訳ではありません。今や全国区の佐久長聖の駅伝部だけではなく、県内選手だけで、留学生まで抱える全国の強豪私立と亘り合う長野東の女子駅伝部。能代のバスケ同様に、公立校で何度も全国制覇した岡谷工業高校バレー部の伝統を引き継ぐ松本国際の高校男子バレー部(190㎝超の長身選手皆無の中で、高速のコンビバレーを展開して今夏のインターハイで見事全国制覇!)と、チーム競技、団体競技でも全国的に活躍している高校もあります。
因みに、県大会で使われる松本市野球場は、当時の松本市長が「長野県勢が本番の甲子園で活躍出来るように」と、内外野を甲子園球場と同じサイズに造ったとも聞きました(記憶上で、未確認情報ですが)。

 過去の悔しさにも増して、そんなことまで考えさせられた(長野県人にとっては今回もあっという間に終わってしまった)今年の甲子園でした。

| 1 / 81 | 次へ≫