カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 現在合唱が衰退している理由は必ずしも少子高齢化やコロナ禍だけではなく、他にも色々考えられるのではないかと思います。
例えば、昔から長野県は合唱が盛んな地域だったのですが、それが地元の松本のケースでいうと、初期の頃のサイトウキネン音楽祭での松本市内の小中学校の吹奏楽バンドの子供たちによる吹奏楽パレードでは、最後に松本城で行われる合同演奏で“あの世界のマエストロ”オザワさんの指揮で演奏が“出来る”ということが、それこそ子供たちの一生の思い出として、小中学校での吹奏楽人気を大いに盛り上げ、その結果小さな頃からピアノや才能教育でバイオリンに親しんだ子供も多い“楽都”松本の小中学校で、もし音楽系クラブに入るのなら「合唱よりも吹奏楽を!」という傾向になった様な気がします。
事実、嘗てはNコンの全国大会でも上位に入る長野県の小中学校もあったのですが、今では関東甲信越大会止まり。全国への出場校は小中校とも東京都の学校が殆ど独占しています(しかも全国大会でも金賞の常連で、その結果最近では特に小学校では毎年の様に+1校の増枠が関東甲信越ブロックに割り当てられているのにも関わらず・・・です)。
片や吹奏楽では、全国コンクールで金賞を取る中信地区の中学校や高校も(指導者次第ではありますが、その先生が異動するとその学校が)現れてきています。
 また全国的に見てみると、TVの影響も無視できません。
例えば、日本テレビの「笑ってこらえて」の中で「吹奏楽の旅」として、全日本吹奏楽コンクールへの挑戦する高校の吹奏楽部の練習模様が密着取材されて、“感動的な”ドキュメンタリー風に放送されていることも、“吹奏楽の甲子園”として人気に拍車を掛けた(その反動として、音楽愛好家である生徒たちの合唱への興味関心が結果的に薄れ、合唱部への入部が減った)様に感じています。
そして合唱事体でいうと、世の中に“アカペラブーム”を巻き起こしたと云われる、フジTVの“ハモネプ”と呼ばれる「青春アカペラ甲子園 全国ハモネプリーグ」の影響です。
事実、嘗て100名を超えていた大学の混声合唱団が現在は20名足らずとなっているのに対し、片や同じ大学のハモネプのサークルの団員は今や優に100名を超えているのだとか・・・。上手くいけばTVにも出て有名になれるかもしれないし、派手で今風の“カッコ良さげ”で何となく体育会系風の合唱団の様に厳しくは無さそうなのも、そうした人気の理由なのでしょうか?
私も昔TVで見たことがありますが、確かに中には感心する程上手いグループもありましたが、少人数故に個々人に掛かるウェイトが高く、また生演奏収録のためかメンバーのピッチが揃わず“ハモっていない”グループも多く、そんな合唱を聞かされると“虫ずが走る”様で気持ちが悪くてしょうがない。最後には我慢出来ずにスイッチを切ってしまいました(以来一度も見ていません)。
 それとは別に、Mrs. GREEN APPLEの「僕のこと」が後に学校の合唱コンクールやコーラス部(埼玉栄高校や神奈川県立湘南高等学校など)によって合唱バージョン(混声4部合唱など)に編曲されて、カバー・演奏されています。たまたまYouTubeでそれを見つけて「イイ曲だなぁ・・・」と思い、そこから更にYouTubeで「僕のこと」を歌っている「ミリオン再生合唱団」というグループの演奏に行きつきました。
このグループはYouTubeやTikTokなどのSNS・音楽プラットフォームでミリオン再生(100万回再生以上)を達成した、歌の上手いクリエイターやアーティストたち20人によって結成されているというグループ。そしてこのグループが歌っている動画から、フジTVの「オールスター合唱バトル」というスペシャル番組を知り、昨年の年末に放送された第7回をTVで初めて視聴しました。(以下、各々の紹介記事から写真を拝借しました)

一番感激したミリオン再生合唱団は、何よりメンバー一人一人が上手いし声質がイイ!しかも、弱音やハモるべきところはしっかりとお互いの声を聞き合って見事なハーモニーを響かせているのです。
正直、このミリオン再生合唱団を聴いたら、それまでなかなか良いと思ってYouTubeで何度か聞いていた、東京音楽大学(国内外の音楽コンクールの結果からも明らかですが、最近とみに評価を上げている音楽大学です)の、声楽、弦楽器、打楽器、ピアノ、作曲の各専攻の学生有志によって結成されている、歌と弦楽オーケストラによる楽団「J-POP CLASSIC CLUB TOKYO」も全く色褪せてしまいました。
そして何より「オールスター合唱バトル」をTVで視聴して感心したこと。それは番組内でも紹介されていた、裏方スタッフである合唱編曲者の方に依る、単なる4部ではない、何重にも和声が積み重ねられているコーラス部分の編曲が素晴らしいし、ミリオン再生合唱団に限らずですが、この合唱バトルに参加される素人では無い人たちが、皆かなりの時間を費やして練習を重ねて来たことが一目(耳?)瞭然で分かるのです。
そして最初の「僕のこと」を切っ掛けに、他の「愛をこめて花束を」や「浪漫飛行」などのミリオン再生合唱団の歌う楽曲もYouTubeで聴くことが出来ましたが、やはり生収録の「合唱バトル」では気になったハーモニーの多少の乱れも、さすがにYouTube用に録音し直されたバージョンでは完璧と言って良いレベルの仕上がりになっていました。
片や「合唱バトル」でその正反対で酷かったのは「オペラ合唱団」でした。一人一人は海外の有名歌劇場に所属する様な超一流の売れっ子ではないにしても、当然全員が音大声楽科の出身のプロのオペラ歌手でしょうから、一人一人の声が素晴らしいのは当然なのですが、これが合唱となると一人一人の単なる“目立ちたがり”の様な自己主張が強過ぎてハーモニーになっていないので、合唱としては酷過ぎるのです(ピッチではなく、各員の声質がハーモニーとして同調していないで、時にお互いの張り合う声が邪魔し合っている)。
むしろ歌の上手い芸人の人たちや元々地声の良い演歌歌手の皆さんの合唱の方が、“ハモろう”としてお互いの声をしっかりと意識し合っていて、合唱のハーモニーとしては余程素晴らしかったと思います。
採点結果は世の中の合唱コンクールと違って、“ハモネプ”同様に飽くまで民間放送のバラエティー番組ですからどうでも良いし、むしろ採点などしなくても良いくらいに感じました。
 因みに、興味を持ったこのミリオン再生合唱団の発声は、ゴスペルに代表される様なパワーコーラスというのだそうですが、頭声発声を意識するが余りかどうか分かりませんが、ややもすると喉を締め付けてしまって苦しそうに聞こえる発声や胸に籠ってしまう様な発声よりも、むしろのびのびとした発声に大いに心惹かれました。
今回そのミリオン再生合唱団の発声方法である地声でのパワーコーラスに興味を持ち調べてみると、明治以降日本の学校教育で推進されてきたであろう西洋化の中での学校音楽でいうと、学習指導要領及びその解説から平成23年には「頭声発声」(軽く頭に抜ける声)の言葉が消えたのだそうです。
地声での合唱と聞いて思い出したのは、最近ではあまり耳にしませんが、1970年代から80年代に良く聞いた「芸能山城組」です。
このグループはWikipediaに依ると『民族音楽を主題にした楽曲を発表している日本のアーティストグループ』という説明でしたが、発声のベースが地声でした。そしてその歌声は、シンガポール赴任時代に毎年旅行で行ったインドネシアのバリ島のケチャ(ケチャックダンス)を連想させました。
また、京都のお寺、例えば我が家の菩提寺の総本山である智恩院には京都に行く度にお詣りしており、御影堂での朝の法話にも参加したことがありますが、いつぞやは檀家さんの法要がちょうど営まれていて、そうした際の何十人ものお坊さんの読経を聞いていると、勿論お経にはメロディーがある訳では無いのですが、抑揚がある経文をそれぞれのお坊さんの低かったり少し高い地声が混ざり合うと、時に倍音が聞えて来る瞬間があり、ケチャもそうですが男声合唱を聞いている様な不思議な感覚になります(ですので、世間では退屈だという評判の葬儀の儀式も、仏式なら最低3人のお坊さんが読経されるので決して嫌いであありません)。

 果たして、地声発声でのパワーコーラスが小中学校の音楽教育に導入され得るのか、はたまたされているのか、そして進展するのかは素人である私には分かりませんし、パワーコーラスであれ頭声発声であれ、何よりも声が良い人たちがお互いをしっかりと聞き合えば良いハーモニーが出来るのだろうと思います。
しかし聴いていて感じたのは、少なくともYouTubeで聴くミリオン再生合唱団の合唱は決して地声で“がなりたてる”だけではなく、ハモるべきところはしっかりとハモっている。例えば弱音(PP)部分は普通の合唱同様にハモり合っていてとても美しい。ですので、個人的には今まで聞いたことのある地声だけ(?)のゴスペルコーラスとは何だか違う気がするのです。
私自身がパワーコーラスそのものを理解していないのですが、ただこの僅か20名たらずのミリオン再生合唱団の合唱を聞いて感じたのは、ハモネプよりも余程合唱としても素晴らしいし、個々人の歌唱も生きているし、何よりハモることの楽しさが聞いている方にまで伝わってくる気がして、大袈裟ではありますが、何だか衰退しているという近年の合唱界への一筋の光明を見つけた様な気さえしたのでありました。

 合唱界に多くの試練を与えたコロナ禍。私もそんな影響を松本で聴いた演奏会で実感していました。
それは、コロナ禍が明けた3年前に松本で行われた早慶グリークラブの演奏会でした。その時のブログ記事(第1757話)から抜粋します。

『大学の男声合唱団と云えば、ネット検索に依れば「最初1899年には日本で関西学院大学グリークラブが誕生、続いて同志社大学にもグリークラブが誕生し,1902年に慶応義塾大学ワグネルソサエティが結成され、おもに大学合唱団が中心になっていた。』とあるように、東京混声など歴史と伝統あるプロの合唱団もありますが、少なくとも私が学生の頃は、男声合唱ではマチュアである大学のグリークラブがトップ水準を誇っていて、100人近い団員を抱えた大学のグリークラブが幾つもあり、例えば当時発売されていた合唱曲の東芝EMIの「現代合唱曲シリーズ」のレコードでは、男声合唱曲は関学やワグネルなどのグリークラブが演奏を担当していました。そうした大学のグリークラブの出身のOBが、例えば早稲田からはボニージャックスが、そして慶應からはダークダックスが活躍するなどしたそんな全盛期も、それが現在ではそうした老舗の大学グリークラブも、例えばこの早稲田もワグネルも団員が今や僅か20人足らずという状況で、往年の全盛期を知る人間としては見る影もない程の寂しさでした。
当時は各パート20人以上もいたのが、今や5人ほど。そうした人数の減少が全体の声量も比例して減ってしまうのは当然のこと。早稲田はベースの低音部が良く、逆にワグネルはテナーの高音部が良かったので、合同ステージで合計40人になって漸く各パートのバランスも良くなり、何とか聞けるレベルになったでしょうか。それにしても、合同演奏では全員マスクをしながらの歌唱で、聴いている方も何だか息苦しく感じてしまう程。合唱に限りませんが、コロナ禍での音楽の演奏の大変さに同情を禁じ得ませんでした。』
 そんな“逆風”の中、合唱の素晴らしさ、そして何より“プロ合唱団”の凄さを実感した演奏会もありました。
それは2年前の2024年の12月に行われた東京混声合唱団(以下「東混」)の松本公演(第1959話)でした。同じく抜粋すると、
『今回の演奏会を「松本公演」と銘打ってある通り、この日の東混は全部で26名とほぼフルメンバーでの来演(コンマスのソプラノ松崎さんは所用か、姿が見えませんでしたが・・・)。さすがは全員が藝大声楽科を始めとする音大出のメンバーで、オペラのソリストも務められる様なプロの声楽家の皆さんですので、26名の声量はその人数の倍、否三倍以上のアマチュア合唱団のそれに匹敵します。しかし何と言っても一番の魅力は、その声量の豊かさではなく、むしろ最弱音のppp(ピアニッシシモ)です。響きの良いこの音文ホールの天井から、まさにハーモニーが静かに降り注いで来るかの如き美しさ。全員が絶対音感をお持ちの筈のプロの方々ですのでむしろ当たり前なのですが、学生時代に合唱をやっていた身からすると、途中からピアノが入って来ても全くピッチがずれていないのに何度も感動してしまいました。』
『続いての第二部が「東京混声合唱団が送るシアターピース」として、東混の1973年の委嘱作である柴田南雄の「追分節考」。まさに東混の十八番とも言って良い難曲で、一人一人がプロの声楽家である東混だからこそ歌える曲であり、殆どのアマチュア合唱団では演奏困難です(決して自分たちだけの自己満足ではなく、聴衆にチケット代金を払って聴いて貰える水準として演奏するのは・・・)。
(中略)今回初めて生での演奏を聴くことが出来ました。会場の通路を馬子に扮した男声陣が練り歩くかの様に歌うので、恐らく聴衆一人一人の席で聴く歌声の強弱が違うであろうこの曲の、会場で聴く生演奏の面白さと共にプロの合唱団の凄さを改めて実感した次第。』
 勿論、アマチュア合唱団とメンバー全員が音大の声楽科出身者で構成するプロの合唱団を比較するのはナンセンスかもしれません。
しかし、アマチュアの合唱団がプロの合唱団を凌駕する程の輝きを放っていた時代が間違いなくあったのです。そしてその一役を担っていたのが、大学の男声合唱団、グリークラブでした。そして大学を卒業した合唱愛好家が、社会人のアマチュア合唱団としてしのぎを削っていた頃がアマチュア合唱の全盛期であり、その頃製作されていたLPレコードが、そうした我が国のトップレベルのマチュア合唱団が演奏する「現代合唱曲シリーズ」だったのです。
勿論、全員が音大の声楽科卒のプロの合唱団とアマチュア合唱団では、一人一人の技量、特に声量は段違いです。でもそれを例えば東混は20数人ですが、全盛期のアマチュア合唱団は100名近い団員が全員でそれをカバーしていましたし、以前知り合いのマエストロが云われた、決して人数だけではなくマチュアだからこその強みとして、以前もご紹介した様に、
『「演奏会に向けた練習時間が長く取れ、全員が真摯に集中した時のアマオケの演奏は、ややもするとビジネスライクで無味乾燥的になりかねないプロオケの演奏を、時として凌ぐ」のです。(数年前に「えっ、アマオケを振られるんですか?」と怪訝/不遜な態度の私に、尊敬するマエストロが諭すように穏やかに言われた言葉を思い出し、猛省しながら噛み締めていました)』
もあるとは思います。
しかし、嘗て我が国の男声合唱界の頂点に君臨していた、当時の東西4大学のグリークラブ全盛期を実体験として知る者にとってのこの二つの演奏会は、現在のアマチュア合唱団が例え“練習時間が長く取れ、全員が真摯に集中”しても演奏レベルはこの程度なのかと、残念ながら現在のアマチュア合唱界の凋落ぶりを、残酷な程に殊更印象付けられたモノでしかなかったのです。

 7月中旬、大学時代のサークル(混声合唱団)の同期と後輩のメンバーが同期会を兼ねて松本へやって来てくれました。
私が不義理で京都などでの同期会へは一切行かないので、学生時代にサークルの夏合宿を毎年栂池で実施していたこともあり、彼らが久し振りに信州への旅行を兼ねてやって来てくれました。それに合わせて松本在住の先輩後輩も夜の飲み会と昼のランチにも合流してくれたので、久し振りの“松本OB会”も併せて実施することが出来ました。
 さて、その際に聞いてびっくりしたこと。それは、コロナ禍も手伝っての大学の合唱界への“逆風”でした。
我々の所属していた混声合唱団は現在団員が20名ほど。そして、全日本合唱コンクールで優勝(金賞受賞)したこともある男声合唱団はナント解散してしまったとのこと。憧れのグリークラブだっただけに、ショックで信じられませんでした。しかし、ミサや礼拝などで聖歌隊として定期的に奉唱するミッション系大学の合唱団を除くと、関西の有力大学の男声のグリークラブや混声合唱団は今どこも皆同じ様な状況なのだそうです。
 そんな現状とは対照的に我々の学生時代を過ごした1970年代後半は、アマチュア合唱の全盛期と言っても決して過言では無かったと思います。

事実、男声合唱では関学や同志社、早稲田や慶應といった東西の大学のグリークラブが我が国の合唱界の頂点でしたし、混声でも社会人のアマチュア合唱団(「京都エコー」など当時の有力なアマチュア合唱団から選抜されて結成された、架空の“日本アカデミー合唱団”)が歌って東芝EMIの「現代合唱曲シリーズ」のLPレコードが当時発売されていました(手持ちのLPの中の「現代合唱曲シリーズ」。混声合唱組曲「水のいのち」と「岬の墓」で「筑後川」も収録)。そのシリーズの中の男声合唱の曲は、その多くが東西有力大学のグリークラブの演奏でした(同じく「現代合唱曲シリーズ」がその後「合唱名曲コレクション」としてCDで再版された中の、男声合唱の「雪明りの路」で「富士山」、「在りし日の歌」、「冬の日の記憶」が収録されていて、合唱は関学グリー、日本アカデミー合唱団、同志社グリーです)。
 その“逆風”の原因には、現代社会の少子高齢化の影響もありましょう。また趣味的サークルというより体育系に近い合唱団という性格が、現代の若者気質には段々馴染めなくなってきているのかもしれません。
私の頃の学生時代、各大学の合唱団は混声も同声も皆100人近い団員を有していました。それが次第に減少し、そして決定的にダメージを与えたのがコロナ禍だったと言います。
集団で密になること、口を開けて大きな声で歌うこと・・・。合唱練習での当然の営みが、「密を避ける」、「飛沫感染を防ぐ」というコロナの感染対策に逆行し、中にはコロナそのものの感染源として疑われたケースもあったそうです。
そんな中で合唱を続けるために、プロからアマチュアの合唱団まで、合唱界では実に様々な努力がなされていました。
コロナ禍の当時の合唱界では、練習や演奏会の大幅な自粛、マスク着用の義務化、ソーシャルディスタンスの確保など、多大なる制限と向き合うために、全日本合唱連盟などが示した指針やガイドラインに基づき、前後左右の十分な間隔(前後約2m・左右約1m)の確保や、飛沫防止用マスク・フェイスシールドの着用が行われ、学校や合唱団ではオンラインでのリモート合唱(動画の組み合わせ)の導入など、昔合唱に携わったことがある人間からすると(あんなフェイスガードを付けたら、歌いながらの息継ぎはぞ苦しかろうと)正視するのがつら過ぎる様な、涙ぐましい努力がされていたことを思い出します。
因みに、そんなコロナ禍当時の状況を、例えばプロの合唱団である東京混声や東京藝大の声楽科の皆さんなどのリモート合唱を、当時配信されたYouTubeで今でも視ることができます。

 そんな最近の合唱界について、全くのど素人ながら最近感じていたことも含めて、少し考えてみたいと思います。

 松本市から1事業につき最大20万円が交付される、令和8年度の「松本市地域チャレンジ応援事業補助金」に、昨年に続き今年も我々源智の井戸の清掃ボランティアとして第2年次の申請をさせていただき、無事認可頂いて6月下旬に我々の団体の銀行口座に入金していただきました。
我々は、町会ではなく、「市内に活動拠点を持つ市民活動団体による、新たな地域活力を生み出す事業」を対象とした「一般チャレンジの部」で申請したものです。
 単に井戸清掃と言っても、井戸内の砂利を攪拌する道具(レーキやジョレンを流用)や剥がした藻をすくう道具(金網のザル)、また井戸から流れ出る水路の藻やアオミドロ清掃用のデッキブラシ(2年前に引退された地元町会の有志の皆さんがこれまで何年も使ってこられて、もう毛が抜けたモノまで使っていました)、更にメンバーのアイデアで昨年購入して予想以上に効果的だった、攪拌して藻の混じった水を強力に吸い上げるポンプの2台目(昨年は発電機も購入しましたが、この発電機一台で2つのポンプを稼働可能)。更には、万が一に備えての(清掃中に重い井桁の木枠を運ぶ際や、敷地内の水路の石組みにつまずいて転んだりした場合などのケガに備えて)メンバー全員の年間損害保険代なども合わせて申請させていただきました。
町会事業であれば町会費から出せますが、我々の様なボランティアにはそうした資金はありませんので、まさか飽くまで善意でボランティア活動に参加いただいているメンバーにこんな費用まで負担していただく訳にはいきません。そうかといって、責任者や役員で負担するには余りに高額(昨年は総額19万円でした)。
ですので、こうして市で我々の様なボランティア活動にまで対象を広げて頂き、申請内容如何にしても補助金を交付頂けるのは本当にありがたい限りなのです。但し、この補助金はボランティアメンバーの親睦会や慰労会の費用には1円たりとも使えませんので念のため申し添えておきます(昨年もメンバーの親睦のための飲み会や朝会を実施しましたが、差し入れは別として全て参加者からの会費で対応しました)。
今回の補助金では、昨年効果が実証出来たので効率化アップのために2台目のポンプ(発電機は容量的に1台でポンプ2台使用可能)を購入(ホースや井戸内に沈め固定するカゴや、ホース、接続用金具も必要です)。また何年も使い古して毛の抜けたデッキブラシなども廃棄分を補充することが出来ました。
そうした中、今回試験的に購入したモノがありました。それは・・・スダレです。

 塩素消毒されている上水道水とは違って、井戸の水は山に降った雨や雪が解けて地中に沁み込んだ水が、年月を掛けて地下の砂礫層の自然のフィルターで濾過されて、伏流水となって地上に湧き出して来た水(湧水)です。
その湧水に含まれる同位体などを調べることに拠って、“平成の名水百選”に選ばれている「まつもと城下町湧水群」の湧水や井戸は、全て松本盆地の東側に聳える筑摩山地(三才山、美ヶ原、鉢伏山など)が涵養域だと判明しており、その水が複合扇状地の松本市の中心市街地の女鳥羽川を挟んだエリアで湧き出したり、掘った井戸で汲み上げられたりしているのです(毎年2回市で検査しており、湧水群の各井戸の水は飲料水として適していることが確認されています)。
しかし、塩素消毒された上水道と異なり、自然の浄化フィルターである砂礫帯などの地層でキレイに濾過された水ですので、井戸内に太陽光が当たると光合成により藻が発生します。
源智の井戸は、江戸時代に“当国一の名水”と書かれた「善光寺道名所図会」の挿絵に沿い復元された八角形の井桁で、松本市の特別史跡に指定されています。そのため、井戸内には玉砂利が30㎝程の厚さで敷き詰められており、その石に発生した藻が付着してしまうのです。
そのため、毎週の清掃ではレーキやジョレン、デッキブラシといった器具を使って井戸内の砂利をメンバーが交替しながら何十分も攪拌し、石に付着している藻をこそげ落とすのですが、どうしても陽光が強くなる夏場は藻の発生も旺盛になってしまいます。そのため、もし2週間や3週間も掃除をしなければ、井戸内は藻の発生で緑色に染まった様に見えてしまうかもしれません。
昔は藻を金網のザルですくうだけだったので、中には取り切れず井戸内に藻が残ってしまっていたため、掃除直後の水は藻の青臭さの様な異臭や味がして、それが流れ出る数時間後までは飲めたものではなかったのですが、昨年からメンバーの皆さんが一生懸命攪拌して剥がしてくれた藻を電動ポンプで水と一緒に一気に吸い上げますし、しかもその作業を3度も繰り返して、砂利がむき出しになる位まで水を吸い上げていますので、清掃作業直後であっても青臭さは全く無く、井筒内に湧き出した湧水を清掃作業直後からすぐに飲むことが出来ます。

 しかし、そうした藻の発生を何とか抑制することは出来ないものか・・・?
ネットで調べると(井戸に関係する部分のみ抜き出します)、
『藻の発生を抑えるための最も効果的な方法は、「日光を遮る(遮光)」、「こまめに清掃・水換えを行う」。藻は光と水中の養分(窒素やリン)をエサにして繁殖するため、これらを取り除くことが基本。その方法としては、
 ・光量の調整:直射日光を避ける
 ・専用アイテム: 抑制剤(添加剤やフィルター用マットなど)や殺菌灯の導入
  も効果的
 ・遮光の徹底:養液タンクや栽培パネルの使っていない穴から光が入ると
  藻が爆発的に増えるため、アルミホイルや黒いフタで完全に遮光
 ・カバーやフタの設置:散水槽などにカバーを取り付け、直射日光を遮断  』
などの方法が挙がってきました。
一番有効的なのは、おそらく遮光シートで(太陽光が入らぬ様に遮光率90%以上の真っ黒な網の様な遮光シートで)井戸そのものを覆う方法だと思います。しかし、江戸時代の様子を復元した八角形の井桁内部に、コンコンとキレイな水が湧き出ている様子が松本市の指定文化財としても相応しい景観でもあるので、黒い遮光シートで覆って湧き出ている水が見えなくするのは、文化財としては論外です。
また、仮にUVカットの透明なアクリル板の様な板で覆っても、水は見えても光合成の要因となるのは紫外線だけではないので効果が半減してしまいます(空気中の埃や秋の落ち葉などが入らないという効果はありますが)。
また飲料水である以上、溶剤の様な何らかの物質を湧水に加えることは安全面からも絶対に許されません。因みに、松本の上水道の水源にもなっている源地の水源地の湧水は、他の湧水や井戸と比べて水路の藻の発生が少ないのですが、これは湧水ではなく塩素消毒後の水道水を流しているからなのだそうです。しかし、そうした塩素消毒後では湧水の味が変わってしまいます。

 そこで浮上して来る方法は、非常に原始的ではあるのですが、ヨシズやスダレで太陽光が井戸内に差し込むのを出来るだけ遮ること・・・でした。
ただ、それに依る効果が科学的にデータで実証されている訳ではないのですが、一般的にスダレの遮光率は素材や編みの細かさによって異なり、天然素材(竹・ヨシなど)は 遮光率は約70%〜85%で、適度な隙間があるため風通しが良く自然な日陰を作る・・・とのことでした。
ですので、ある程度スダレで遮光することで、光合成を抑制する効果が期待出来るのではないかと思われます。今風のサンシェードもありますが、江戸時代からの井戸には似つかわしくありません。
そのため、ホームセンターを何軒か“はしご”して昔ながらのスダレを探してみました。中には巻き上げ式で割り竹(太い竹を割って1.0~1.5㎝幅に削った竹の素材)のスダレ(税込3500円)があったのですが、逆に向こう側が余り透けておらずに目隠しされてしまうのです。また、良くあるヨシズは天然の葦で作られていますが、葦は中が空洞なので強風などで折れ易いので耐久性という点では弱い気がしました。
色々回って実際に現物を見てみて結局選んだのは、「源智の井戸」は500年守られて来た市の文化財の井戸で東屋に囲われているので、“焼き竹”の地味なこげ茶色をした平安朝風?な竹ひごのスダレにしました。
夏場の太陽光を遮るべく井戸の東屋の東西の梁に掛けますので、スダレは2面必要です。素材の竹ひごは竹串程の太さで、せいぜい2~3mm。竹ひごですので葦の様に中は空洞ではありませんが、割竹に比べれば強度は落ちます。スダレを梁に掛けて井桁をカバーする様に事前に測っていった結果、店頭にあった中から選んだのは176㎝×150㎝のサイズで、値段は2500円程でした。巻き上げ式では無いので、別途2結式の巻き上げ機(400円)と、梁に掛けるための金具(「洋灯吊」と呼ばれるネジ式のフック)も併せて購入しました(東屋の東西の筋交いに2ヶ所に固定するため4本必要)。
因みに巻き上げ機は自分で取り付けましたが、紐が絡まない様にさえ気を付ければ、取り付けるのは思ったよりも簡単でした。
現地での取り付けに際し、フックのネジ穴を東屋の柱に空けるのには、以前DIY用に購入しマンションに移ってからはなかなか出番の無かった電動ドリルが活躍してくれました。
実際に掛けてみると、何となく(飽くまで個人的にはですが)平安朝風な雅な風情も感じられて、思ったよりも悪くありません。ボランティアのメンバーやご近所の方からも想像以上に高評価でした。しかし、中には水を汲むには邪魔だという声もあるかもしれませし、邪険に扱う人もいるやもしれません。
そこで、スダレを掛けた目的を印刷し(インクが水性で雨が掛かると滲んでしまうので)事務局に頼んで公民館でラミネート加工をして貼って貰いました。

 スダレを掛けた日の夜から翌日に掛けて、梅雨の雨足が結構強かったので翌日井戸の近くに住むメンバーの方が心配して朝早く見に行ってくれたそうで、東屋の屋根のお陰で濡れてもおらず全く心配なかったとの報告がメールでありました。
ところが翌々日、今度は事務局から別のメンバーが朝見たら西側のスダレの巻き上げ機が壊れて動かないとの報告がありました。
そこで、早速見に行ってみると確かに巻き上げ機が動きません。外して色々試してみましたが直せず、結局諦めてまたホームセンターへ行って新たに巻き上げ機を購入して付け替えました。
おそらく、水汲みに来た方が乱暴に扱ったのでしょう。巻き上げ機も安価でプラスチック製故決して頑丈なモノでもありませんので、壊れ易いのも否めません。しかし、井戸に水を汲みに来た方にとっては、今までは全くして来なかったスダレをいちいち巻き上げて水を汲み、汲み終わったらまた元に戻すなどという作業は余計なことで、やはりスダレなど邪魔な存在でしかないのでしょう。藻が発生しようが、自分が水を汲めさえすればそれで良いという人だって、もしかすると残念ながらいるのかもしれません。
そこで、ラミネート加工の「お願い」に操作方法と扱い方を油性マジックで手書きで書き足しました。
するとそれから二日後、今度はストッパーの爪の部分が壊れてしまいました。内部のツメがギアに噛み合って任意の高さでロックされる仕組みなのですが、頻繁に使ったためか或いは乱暴に動かしたせいか分かりませんが、プラスチック製なので耐久性も弱く、頻繁の稼働には耐えられなかったのかもしれません。5年前の大学のゼミの調査では朝から夕方までに200人を超える利用者があったという人気の井戸ですので、金属製などのもっと頑丈なモノがあれば良いのですが、ネットで探してもプラスチック製のモノしか見当たりませんでした。
そのため、最初の動かなくなっていた巻き上げ機の紐を一度外して、見本をみながら一から入れ直して、再度動くように修理して直したのですが、また頻繁に動かすと壊れる可能があるので、申し訳ないのですが、スダレを少し巻き上げて水を汲めるようにして、その高さで固定することにしました。また西側には水口が無いので、西側のスダレは一番下まで下げて固定することにして、お詫び方々その旨をお知らせするメッセージを記入しました。

ただスダレ自体も決してそんなに丈夫ではないので、天気予報を見て事前に巻き上げて置くにしても、台風や暴風雨などの強風にはもしかすると耐えられないかもしれません。
中には高価なサンシェードの様に脚で固定する丈夫そうなタイプもありますが、果たして江戸時代から親しまれてきた文化財の井戸に馴染むかどうか・・・?。
今回のスダレはあくまで遮光に依る夏場の藻の発生を抑えるための光合成抑制が目的で、今年の補助金を使わせていただいて実験的に試しているので、スダレの効果も検証しながらもう少し様子を見守りたいと思っています。

【追記】
7月1日にスダレを取り付けてからちょうど1ヶ月経った、8月1日の井戸清掃。
いつもの様に井桁の木枠を外してレーキ等で井筒内の玉砂利を攪拌して、先ずは金網のザルで浮いてきた藻をすくいます。
暫く皆で攪拌したのですが、藻が殆ど浮いて来ません。攪拌して少し濁った水をザルですくってみても、殆ど藻が付きません。皆ビックリして、
 「これって、スダレの効果でしょ!?かなり遮光が効いてる!いつもの様に藻が全然浮いて来ないもの・・・!」
どうやら、スダレの遮光に依る光合成抑制効果は予想以上にありそうです。
市からの補助金を活用して、試験的に今回初めて取り付けてみたスダレですが、これなら恒常的にスダレを掛けておいても良さそうです。あとはもう少し丈夫で耐久性のあるスダレ用の巻き上げ機があればですが・・・。

 源智の井戸の清掃ボランティアの事務局からの投げ掛けもあって、井戸ある町会を含む地区の子供会育成会が、子供たちの夏休みに体験学習の一環として井戸の清掃体験と学習会を実施したいとの相談がありました。
 そこで、これまで誘って戴いて参加した松本市の上下水道局の視察(第2039話)や、市民講座「サロンあがたの森」での湧水研究者の方の講演(第2036話)での内容、更には源智の井戸の湧水に関わって自分自身もこれまでに興味を持って色々調べたりしたことをまとめて、子供たち向けの冊子を作ることにしました。
材料は十分にあり、「さて、小学生の子供向けにどうまとめれば興味を持って読んで貰えるのか?・・・???」と考えても、なかなか良いアイデアが浮かびません。何しろ、娘たちが小学生だったのは半世紀以上も前ですし、シンガポールから戻って私が勉強を教えると、すぐに怒って娘たちが泣き出してしまうので奥さまが勉強を担当し、私メは夕食調理担当になったので、結局学習内容自体も(60年以上も前の自分のおぼろげな記憶以外は)覚えていません・・・。
すると、清掃メンバーのお一人が私のまとめた文書をチャットGPT に「子供向けにはどうまとめれば良いか?」聞いてくれて、その構成案を送って来てくれたのですが、これが簡潔にまとまっていて実に秀逸!
どういう指示を入れたのか分かりませんが、高学年用、低学年用に構成案を二つ送って来てくれました。
最近の報道などでAIが優秀なことは知っていましたし、以前次女の婿殿から、病院で受け入れた研修医たちの終了時のプレゼンで、先生たちが驚く程素晴らしい論文発表があり、訝しく思って良く聞いていくと、結局AIが作成したものだったと判明し、皆「AIはここまで来たのか!?」と唖然としたと聞いていたこともあったのですが、初めて体感しそれもあり得るかもと遅ればせながらも実感した次第。
 そこで、その構成案に沿って、出来るだけ子供さん向けに平易で分かり易い文章を心掛け、且つ使う漢字も対象の学年を自分なりに考えながら文章を書き、各項目毎の内容に沿って、これまでこのブログ用に撮り貯めてあった中からテーマに相応しそうな写真を選んで貼り付けて、学習会向けの冊子を作成してみました。併せて、我々清掃ボランティアメンバーも今後もし使う機会があればと、集めた源智の井戸などの松本の湧水群などのデータや資料を元に、「大人版」の学習用冊子も作成してみました。
そして、子供用の冊子を育成会を管轄する地区の公民館で印刷して貰うのに、カラー印刷はインク代が高いので、原稿はA4版でしたが半分の大きさのA5版で印刷することにしました。勿論、A4をA5に縮小印刷した場合にちゃんと読める様に、元原稿のフォントサイズも設定しました。

 実際に試し印刷をしてみて、十分読める大きさでしたので、A5版での縮小印刷で本番用も印刷することにしました。
我が家のプリンターは、事業所の在る県下の各自治体に事業税、社員の方は住んでいる場所への住民税など県下にたくさん収めて頂いているので、信州人としては当然エプソン製のインクジェットプリンターを使っており、紙サイズはA4です。しかし、インクジェットの水性インクは滲むので、普通のコピー用紙への両面印刷だと透けて見難くなるため、片面印刷で山折りにして長辺での袋とじにします。
ただ、小学校の子供用の教材のとじ方が左右のどちらが一般的なのか分からず、試しに両方作ってみることにしました。我が家もプリンターは無線でのWi-Fi接続です。
通常は、PCの印刷画面でプリンターの「プロパティ」ではなく、その下の「設定」欄の一番下に「1ページ/枚」をクリックすると、2頁から16ページまで6種類の選択画面が出て来るので、その中の「2ページ/枚」を選ぶと、A4サイズの紙に2ページ印刷されてA5版になります。この場合は左から1→2となるので左とじが基本です。
次に右とじ印刷をしようとしたのですが、その方法が良く分かりません。先程の印刷設定画面でプロパティから入り、「ページ設定」画面の中から「180度回転」、「左右反転」、或いは「逆順印刷」、更には「とじ方設定」から「左・長辺とじ」と「右・長辺とじ」と組み合わせも含め色々試してみたのですが、唯一2→1で印刷できたのは裏返しで結局右とじ印刷は出来ませんでした。

 そこで、ネットで方法を検索してみました。すると・・・、
『パソコンの印刷画面でページ設定(またはプロパティ)を開き、「左右反転」または「180度回転」の項目にチェックを入れて印刷してください。元のデータやとじ方向によって左右を逆にする方法は異なります。』
『「袋とじ(見開き)」機能を使っていて、表裏のページ順や左右の配置を逆にしたい場合は、プリンターの印刷設定で[180度回転](またはページの方向を反転)を組み合わせることで解決する場合があります』
『印刷したいファイル(Wordなど)を開く。[ファイル]>[印刷]から、エプソンのプリンターを選択する。[プリンターのプロパティ](または[プリント設定])を開く。[レイアウト]タブや[ページ設定]タブなどから[180度回転](あるいは回転方向)にチェックを入れる。そのままプレビューを確認し、問題なければ印刷を実行』
はたまた、
『Word のオプションで、編集言語にアラビア語を追加して、表示を「右から左に」設定すると右から左に表示されるようになります。
(1)[ファイル]タブ > オプション > 言語を選択し、Office の編集言語と校正機能の [言語を追加] をクリックして、アラビア語を選択して追加します。※下図例では、アラビア語(UAE) を追加しています。※言語を追加後、Word を再起動します。』
という幾つかの情報がみつかりましたが、殆どは既に自分で試した方法ですし、横書きの場合、日本語や英語は左から右ですが、右から左へ書くのが「アラビア語」だからということらしいのですが、そうは言っても、
 「いくら何でも、アラビア語選択はあり得ないだろう!?」

 そのため(自分の頭では)遂に“万策尽きる”・・・で、止む無くエプソンのインフォメ(お客様相談窓口)に電話で聞いてみることにしました。
出られた女性の方に内容を説明すると、プリンターの型番、Windowsのバージョンなどの確認の上、実際のプリンターの印刷画面を見ながらやり方を説明してくださいました。その方法は・・・、
『同じく「プロパティ」を開き、「ページ設定」画面の中の、中段くらいにある「割り付け/ポスター」の「オフ」になっているのをクリックして、その中にある「2ページ割り付け」を選択します。すると「設定」欄が現れ、それをクリックすると短辺・長辺とじの画面見本に切り替わり、その長辺とじの中にある「1・2」と「2・1」の内、「1・2」が通常の左とじで、「2・1」を選べば右とじになります』
という方法でした。今まで自分では大判のチラシやポスター印刷もしたこともありませんので、この機能を使ったことはありませんでしたが、「割り付け」という機能を使えば、「ナンダ、こんなに簡単に左右とじが選べるのか!?」と目から鱗!
それにしても、こんな良くPC操作も分からぬ素人の年寄りで、しかも世間では一番たちの悪いクレーマーになり易い「会社人間だった定年後に社会には人脈も無く、肩書が無くなって誰も相手にしてくれなくなった」高齢者相手に、イヤな顔色一つ見せずに(と言っても“口ぶり”からの推測ですが)、懇切丁寧に、しかも優しい口ぶりで教えて頂けました(決して女性だからの好印象では無く、仮に男性の方であっても同じ対応であれば同じ印象だったと思います)。
正直、期待以上でした。これまで他社の家電製品で不明点があり、その会社のインフォメにも問い合わせたりしたことも二度ほどあったのですが、その時は「出来ません!」という“けんもほろろ”な対応が多かったのです。ですので、本当に深謝でありました。
  「エプソンのインフォメ、Good Job!イヤ、素晴らしい!!」
【追記】
実際に印刷してみての感想では、縦書きの日本語文庫本などの様に縦書きの日本語の場合は、右から左に読み進めるので右とじの方が読み易い。しかし、左から右へ読み進める横書きの日本語の場合では、むしろ左とじの方が読み易いことが分かりました。
おそらく、記憶での教科書のとじ方が左右両方あったのは、例えば国語の教科書は右とじで、社会の教科書は左とじだったからだろうと思います。
従って今回は横書きなので、左とじを選択することにしました。
因みに、公民館の伝手(つて)で地区内の小学校の先生方にお願いして、学年に依っての漢字の使い方やふりがな、また文章そのものなどプロの眼で添削して頂き、しっかりと修正する予定です。

| 1 / 100 | 次へ≫