カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 自動車の運転マナーについては、「松本ルール」だ「松本走り」だと何かと批判が多い松本の運転マナーですが(でも、信号の無い横断歩道でチャンと停まる車は松本だって他県よりも遥かに多いのですがネ)、個人的に感じている(正直、頭に来ている!)のはむしろ自転車の運転マナーです。
マナーというより運転ルール。もしかすると、自転車に乗っている人間が自転車の交通ルーツを知らないのではないか?と思う程です。

 本来自転車も運転中は軽車両の扱いで、運転ルールは基本的に自動車と変わりません。歩車分離の交差点の信号を歩行者と一緒に自転車で渡るためには、本来自転車から降りて押して歩くのがルールの筈(そんな人は殆どいませんが・・・)。従って、例えばT字路の交差点で縦棒の方向から車が青信号で右左折する段階で、赤になっている横棒の道路では車同様に自転車も赤信号で停止していないといけません。(標識で明示されている、自転車も通行OKという歩道はその限りではありません)。また、自転車に乗っている時は軽車両ですから、「止まれ」の書かれた一旦停止の箇所では自転車も止まって安全確認をしないといけません。

 ところが、先日もT字路を信号に従い右折しようとした時に、左側から若い女性の乗る自転車が車道の左側を赤信号で停止せずに直進して来ました。
また、見通しの悪い路地から道路を横切る際に、二人の高校生の乗る自転車が並行しながら、路地の交差点には「止まれ」と書いてあるのに一旦停止せずに、車の前をそのまま横切って行きました。
勿論全員が全員ではありません。信号の無い横断歩道で自転車が横断しようと待っているので、車で停まってあげると、(降りて押さずに自転車に乗ったままではありますが)ちゃんと頭を下げて礼をして渡って行く高校生もたくさんいます。
しかし、一般的に「自転車は軽車両」という理解をしていない人が多過ぎる。むしろ歩行者と同じだと思っているのではないでしょうか?自転車通学が増える高校で、キチンと入学時に自転車の運転マナー・ルールをキチンと教えるべきだと思います。
見通しの悪い道路からの左折時にスピードを出したまま膨らんで曲がる自転車や、右側を走行して来る自転車が結構いてヒヤッとします。何かあれば、「未必の故意」ではありませんが、相手にケガをさせる危険性が高い自動車の方が、常に「自転車が路地から飛び出してくるかもしれない」とか、「交差点で止まらないかもしれない」と思って、「かもしれない運転」や「KY(危険予知)」を心掛けるしかないのでしょうか。
自動車の運転免許を取得すれば少なくとも道交法は学ぶ筈なので、「自転車は軽車両」ということを知る可能性も高いのですが、問題は「自転車は歩行者と同じ」と思っているかもしれない運転免許の無い子供たちです。
本来は、子供が自転車に乗り始めた時に親がキチンと教えることが必要なのですが、乗れるようになるための“技術訓練”に先ずは必死なので、余り期待出来そうにありません。従って、学校で通学時の歩行マナーと一緒に自転車ルールも教えることが必要です。出来れば早い小学校の段階で。それが無理なら、自転車通学が増える高校入学時に必須として。
街中を走っていると、高校生の自転車の運転マナーの酷さにイライラする程です。悲惨な事故が起こらない内に何とかしないといけないのではないか!と危惧しています。

 山中湖を走っていて感じたこと。
それは、何とか集客しようという観光上での工夫や努力が感じられることでした。特に、同じ“海無し県”の山の湖である地元の諏訪湖との対比で、尚更その意を強くしました。

 例えば、山中湖周辺にはテディベア美術館などの幾つかの美術館や花の都公園などの観光スポット、また周囲14㎞の湖をぐるっと一周出来るサイクリングコースや遊歩道が設けられています。
一番感心したのは長地親水公園など、あちこちに無料の駐車スペースが設けられていること。それも数十台は駐車可能な広い駐車場です。仮に道路の反対側のレストランやカフェの駐車場が一杯でも、道路の反対の湖側に無料駐車場があったりします。
天気にもよりますが、石割山登山から昼頃戻った日は富士山が望めたので、駐車場に車を停めて皆さん思い思いに湖越しの富士山の写真を撮っていました。
そして、ドッグフレンドリーな観光地として知られる山中湖。調べてみると、ペットと泊まれるドッグヴィラやペンションはもとより、犬連れで入店できるレストランやカフェが湖の周辺にたくさん点在しています。テラス席OKという店が多いのですが、店内もペット可というレストランも何軒かあり、最終日に食べたほうとうのお店も別棟でしたがワンコと一緒に食べられるので、我々同様犬連れの観光客の皆さんが結構来られていました。
 片や、諏訪湖も一周16㎞で、周囲にはサイクリングやランニングコースが設けられていて、国宝や重文を収蔵したり、信州ゆかりの画家やフランスのアール・ヌーボーのガラス作品などを収蔵する、結構見応えのある美術館が湖畔に幾つもありますし、歴史ある諏訪大社や諏訪らしい味噌の醸造所もあってお味噌汁の試飲も出来ますし、少し歩けば日本酒の酒蔵も点在しています。また、一周すれば八ヶ岳は勿論、富士山や槍や穂高も湖岸から眺めることが出来ます。温泉施設は、山中湖は貧弱過ぎて湯量豊富な上諏訪温泉に比べるべくもない。決して観光スポットとして諏訪湖が山中湖に負けているとは思えないのですが、この賑わいの差はどうしてなのでしょうか?
やはり目の前にドーンと聳える日本一の富士の絶景には、幾つもの百名山の遠景を以てしても叶わないのでしょうか?(つくづく、背比べに負けて八ヶ岳の頭を叩いた富士山が憎らしい・・・とは厳に“三つ子の魂百までも”的幼少時の印象の恐ろしさです・・・)
 しかし思うに、山中湖に来て感じるのは、観光で盛り上げようという地元の熱意が違うのではないか?
山中湖村一村と、上諏訪、岡谷、下諏訪町という二市一町の諏訪湖を囲む広域とは、まとまり易さが違うと云えばそれまでですが、“大きいことはイイことだ”的な合併の良し悪しはその弊害もあることから別として、諏訪広域は長野県内でも唯一平成の合併が一件も成立しなかったエリアですから・・・。
しかし、例えば無料の駐車場一つとっても、山中湖はあちこちに広い無料の駐車スペースが設けられていて、写真を撮ったりワンコと一緒に散歩が楽しめたりするのですが、諏訪湖は湖岸通りの駐車場は狭く、ヨットハーバーは遠くて観光には不便。岡谷や下諏訪にもあるのですが、かなり離れています。
要するに、観光スポットが個々に存在しているだけで、エリアとしての連携・提携が無い・・・。ペット連れで来ても、散歩には良いのですが、一緒に食べられるレストランなど殆どない・・・。しかも山中湖のレストランはどこも高い観光地価格(ランチのほうとうやハヤシライスがナント1600円!)で、むしろ諏訪湖の方がリーズナブルで選択肢は遥かに多いのに!・・・なのです。

 せっかく美術館などの個々の施設にはそれぞれの魅力があるのに、実に諏訪湖は勿体無い!第一、諏訪湖の方が山中湖より大きいのに!・・・。忍野より、諏訪守矢家に代表されるミシャクジの方が余程神秘的!、八ヶ岳の圧倒的な縄文パワー!・・・なのに・・・です。
山中湖に来て富士山に圧倒され、観光で賑わう湖畔で何だかそんなジレンマを感じた次第です。

 コロナ禍により制作がままならず、中断や放送回数削減などを余儀なくされた今回の朝ドラ「エール」。
朝ドラだけではなく、同じNHKの大河や民放のドラマ制作にも、コロナ禍が大きな影響を及ぼしました。

 その週の総集編を放送している土曜日の朝ドラ再放送を止めて本放送に変えれば、10話も回数を減らさなくても、元々の内容に限り無く近付けられるのではないかと個人的には思ったりもしたのですが・・・。
後で知ったのは、コロナ禍の影響は、単にキャストや制作スタッフが密を避けるべくなかなか集まれないということよりも、むしろ制作に莫大な時間と工数の掛かるCG製作が不可能だったことが一番の理由だということでした。
 「ナルホド、そうだったんだ・・・」
確かに、インパール作戦の悲惨な戦場、豊橋の空襲後の廃墟、原爆後の長崎での崩れ落ちた浦上天主堂、そして戦後の闇市・・・。
その後、漸く甲子園の場面になって、当時の甲子園で撮影されたかの様な、CGのさすがの臨場感・・・。改修前のスコアボードやスタンドの様子がCGで蘇りました。アルプススタンドの看板に「キロンパス」という看板がありましたが、「サロンパス」を書き換えたのでしょうか、芸が細かい、細かい・・・。
確かにその意味では、放送された先述の空襲や原爆後の廃墟や闇市のバラックなど、CGに比べれば如何にも安っぽい舞台セットにしか見えなかったのは事実です。
しかし、まるで舞台の様な、そんな“安っぽい”セットだからこそ、まるで舞台演劇を劇場の客席で観るかの如く、演じる俳優に、そのセリフの一言一句と一挙手一投足に、より大きなスポットライトが当たったのではないか・・・!?
その結果、TV前で“観劇”をしていた我々“観客”は、画面ではなくむしろその演技そのものに引き込まれたのではないか・・・!?・・・例えば、
焼け跡で歌う聖母の如き、讃美歌「うるわしの白百合」に・・。
廃墟となった浦上天主堂に響く「長崎の鐘」に・・・。
闇市のラーメン屋台での、スープ以上に暖かそうな、長女夫婦と戦争孤児との“家族”愛溢れる笑顔に・・・。

 以上に代表される様な、コロナ禍中断後に放送された場面は、逆説的ではありますが、最近の朝ドラには無かった様な、結果的に“コロナ禍”に因ってもたらされた朝ドラ史上に輝く名場面になったのだと思います。

 最後に、個人的に一番印象深かったシーンは、戦争に加担した心の呵責にさいなまれ作曲出来ずにいた祐一が、幻影に襲われながらも夜を徹して漸く書き上げた“復活”の曲、「鐘の鳴る丘」(注)の主題歌「とんがり帽子」を、疲れ切って眠る裕一の傍らにその楽譜を見つけた音が、泣きながら感激に声を震わせて初見で口ずさむ場面。
 「♪・・・ みっ・ど・りっ・の・おっ・か・のー・あっ・か・いぃ・や・ねー・・・」
例え史実とは離れたフィクションであったとしても、感動する名場面だったと思います。
 「フム、さすがは音大出身者!」
 そして、音大出身といえば佐藤久志役の山崎育三郎。
後で知った、甲子園のマウンドで歌った「栄冠は君に輝く」のシーン。実際は、ある球場でロケして3番まで全てアカペラで歌い、その後の編集でコーラスや伴奏を追加したのだとか。普通アカペラの合唱などでは、どうしても音程が下がり気味なのですが(合唱した際に、冒頭アカペラで始まって途中からピアノ伴奏が入ると、その音程差にガックリしたこと暫し)、最後3番目でバックにコーラスや合奏が入っても、ピッチもテンポもドンピシャ!
 「オー、さすがは本物の音大出身者!!」
と感心した次第です。

【注記】
「鐘の鳴る丘」のモデルの一つとなったのが、穂高町にあった「有明高原寮」。昭和21年(1946年)、地元篤志家が戦災孤児ら少年の保護施設「松本少年学院」を開設し、24年(1949年)に法務省所管の少年院となって「有明高原寮」と名称を変更。当時の建物は「鐘の鳴る丘集会所」という青少年の合宿訓練所として、近くに移築されて現存しているそうです。
因みに、昔スキーで良く行った栂池スキー場にも「鐘の鳴る丘ゲレンデ」があり、モニュメント「とんがり帽子の塔」も建っていて、「どうして関係の無い栂池に?」と訝しく思った記憶があるのですが、それは栂池が映画「鐘の鳴る丘」のロケ地だったからなのだとか。

 最近の車に装着されている、アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)。
日本語では「定速走行・車間距離制御装置」と呼ばれる安全運転支援システムで、予め設定した車速内でクルマが自動的に加減速して、先行車との適切な車間距離を維持しながら追従走行し、ドライバーの運転負荷を軽減する仕組みです。最近では、軽自動車でも装着されている車もあります。
中には、「オートクルーズで走り続けると居眠り運転を誘発して危険」。さらに、「アクセルペダルを踏む必要がなくなるため、右足をダッシュボードの上に上げて運転するなど、危険回避行動が遅れて却って事故を誘発する危険性がある」との指摘もされているのだそうです。
確かに、発信停止を繰り返す様な信号が多い市街地や、狭くカーブの多い一般道ではACCは不要かもしれません。それに、自動車に限らず色々な事故や故障のニュースでプログラムのバグが原因という報道もあると、電脳社会においてはコンピュータを過信するリスク(ハードもソフトも元を作るのは人間)もあって、万が一を考えてしまいがちです。そのため、私メも全く使ったことはありませんでしたし、自分の運転の方が(精神的に)安心なので使おうとも思いませんでした。

 一方、我が家のデジタル担当の奥様(長女はスマートスピーカーを盛んに勧めていますが、そこまで先進的ではありません)は、むしろACC推奨派。実際、カーディーラーの担当者も、
 「女性で(その年齢で)、そこまで熟知して使いこなしている人はいません!」
と驚く程で、定期的に実家のお義母さんを面倒見に行く時は、松本から諏訪ICまでとはいえ高速道を走るので積極的にACCを使う様で、その便利さを絶賛しています。そのため、近間の県内とはいえ、高速を走る際に一切使おうとしない私メに対し、
 「使えばいいのに・・・。絶対に便利だから!」
 「でもなぁ・・・。何か不安じゃん!」
という会話の繰り返し・・・。

 しかし、今回の伊勢は遠いこともあって、家内にセットの仕方を聞きながら、高速道路で初めて本格的にACCを使ってみました。結果は・・・、
 「イヤ、これ便利!スッゴイなぁ」
何が一番イイかって、何より右足が疲れないことです。例えば、日帰り登山に車を運転して行って、帰り道の運転で右足のふくらはぎが疲労のためにツルことがあります。また、足の前側である「前脛骨筋(ぜんけいこつきん)」という、足首を曲げる(足先が上に移動する)方向に力がかかる際に使われる筋肉もツルこともあります。
歩いて足を使った登山後だけではなく、長距離を運転することで、足首を曲げる方向に常に緊張させている状態でアクセルペダルをコントロールしているために、同様にツルことがあるのです。
若い時に家族を成田空港まで送って行って、日帰りで往復(600㎞)した際の独りでの帰路。諏訪ICを過ぎた時に急に手が震えてきて、慌てて諏訪湖SAで手の震えが止まるまで30分以上休憩を取った記憶があります。それ以降、個人的に一日の運転は400㎞を一応の目途として来ました。
今回は400㎞近い距離でしたし、若い時とは体力も違うので、足の疲労を考えて、高速道路に入ってから初めてACCを使ってみることにしたのです。車の流れを乱さぬよう、制限速度+10㎞に設定し走行しました。
前の車が減速すると自動的にこちらの車も車間距離を保つために自動的に減速します。その後、例えば前の車がICを降りたりSAに入ったりしていなくなると、自動的に設定した速度まで加速します。勿論、その間全くブレーキもアクセルもペダルを踏むことはありません。さすがに、右足をダッシュボードに載せることはありませんが、右足を使わない、筋肉を緊張させないことが、長距離の運転時に本当にどれほど楽かを実感しました。足の疲労度が全く違うのです。
 「イヤ、こりゃホントに楽だワ!!」
そういえば、以前高速バスで新宿に行った時にたまたま左側の最前列に座ったことがありましたが、その際に運転手の方が頻繁にACCを使っていたのを思い出しました。これなら一日二往復くらい、プロのドライバーなら走れるかもしれない(安全を踏まえての実際の運行体制は知りませんが)と感じた次第です。
従って、今までは「ちょっと遠い」と躊躇していた遠距離の観光地へも、ACCを使えば車で行けるかもしれません。過信は厳に禁物ですが、何となく、ACCが中高年のドライブでの活動範囲を拡げてくれる様な気がしました。

 思えば、若い頃は「車は絶対マニュアル車!」とオートマチックを馬鹿にしていましたが、今やAT車だけの免許証も存在しますし、オートマの便利さを体感してからはマニュアル車を選ぶことは無くなりました。
ACCもそれと同じなのかもしれません。
 「こりゃ、使わな損、ソン!」

 勿論システムへの過信はいけませんし、どんなに先進的なシステムでもFail Safeが重要にもなりますが、本当に技術の進歩は凄いですね。
その意味で、特に信州の様な田舎での買い物弱者を助け(スピードの出ないカートで良いので)、高齢者による誤発信や踏み間違えによる悲惨な事故を避けるためにも、自動運転の実現に期待します。出来得れば、遅くとも自分自身が“モミジマーク”になる頃には完全な自動運転になっていると有難いですね。そうすれば、高齢者も車で遠出することが可能になるかもしれません。若者に出来るだけ迷惑を掛けない、アクティブなシニアが増えるかもしれません。

 「ドラフトで有望な選手を指名しても、金に任せてFAの有力選手を集めるために、若手選手の出場機会が減って結局大成しない・・・云々。」
 「せっかく素質があるのに、巨人ではすぐに結果を出さないと目をつむってでも継続して使うことが出来ないので、結局若手選手が育たない・・・云々。」
これまでも良く云われたことですが、最近では巨人で活躍出来ずにトレードされ、その後移籍先で活躍している日ハムの大田泰示選手やロッテの沢村祐一投手がその証明として、冒頭の批判論の象徴の様に云われています。果たしてそうなのでしょうか?

 確かに、大田泰司はその素質の高さと自前の大砲への期待もあって、毎年期待されて試合に出ても結果を残せず、その折角の体格を活かせないまま、時には窮屈で前かがみのクラウチングスタイルの様なバッティングフォームになってしまい、素人が見ても打てそうもない気がしたものです。
 「一体、誰がこんなフォームにさせたんだ!?」
類稀な身体能力を持て余す大田に、当時ラグビー日本代表のHCだったエディさんが、アスリートとしてのその素質にほれ込んで本気でラグビーへの転向を口説いたりしたことすらありました。
それが、日ハムへトレードされた途端にレギュラーの座をつかみ、毎年20本近いホームランと3割近い打率を残す活躍。
また、“格差トレード”と今年話題になった沢村も同様。新人賞獲得などの活躍も当初はあったものの、ここ数年は四球連発で打たれて自滅の繰り返しだったのが、移籍後は連続三振でゼロ更新。セットアッパーから、最近ではクローザーを任される活躍を見せています。
その結果が、「やはり・・・」とか「それみたことか・・・」と、冒頭の批判に繋がりました。果たしてそうなのでしょうか?

 思うに、彼等二人は真面目過ぎ。結果が出ないと内に籠って落ち込むタイプ。結果が出ずに焦ると、更に悪循環で余計焦りに繋がる・・・の繰り返し。
自分で自分を追い込んでしまう。結果、自滅・・・。
では他球団では何が違ったのか。それは、一挙手一投足まで注目されてマスコミの目に始終さらされている球団と、そんなプレッシャーから解放されて、少し失敗しても批判されることも無く、然程気にせずにノビノビと好きな野球に打ち込める環境。
一番の原因は、能力を活かせずに周囲の期待の大きさに押しつぶされてしまった本人たちの心の弱さではなかったのでしょうか。

 では、高卒2年目から活躍している坂本勇人と同じく高卒4年目で不動の4番を務めるに至った岡本和真。彼らは同じ球団で何が違ったのでしょうか?
高校時代に結構(かなり?)ヤンチャだったという坂本と、天然キャラ気味で先輩からのイジラレ役で良い意味で鈍感な岡本和真。些少のことには動じない、そんな大らかさと明るさが彼らを大成させたのではないでしょうか。
勿論、球団の指導力や育成力などの環境要因もあるとは思いますが、それを活かせるかどうかは本人次第。伸びるかどうか、活躍出来るかどうかは飽くまで本人の責任でしょう。
仮に、もし日ハムに育成力や指導力があるとしたら、では斎藤佑樹や清宮幸太郎は一体どうしたのでしょうか?

 斎藤雅樹の投球時の腰回転からサイドスローの方が向いていると見抜いた藤田監督や、イチローの振り子打法を矯正させずに一軍へ抜擢した仰木監督といった名伯楽の様な指導者や、その時に置かれた環境に恵まれることも重要ですが、本人の素質だけではなく持って生まれた性格もそれ以上に重要な要素だと思います。
必ずしも、指名が競合するドラフト1位が活躍するとは限らないこの世界。下位指名や、例え育成指名であっても、数年後に球界を代表するような“名選手”の卵が指名されているかもしれません。
来る10月26日は、今年のプロ野球ドラフト会議。今年も、そんな“ベースボール・ドリーム”誕生に期待しています。

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