カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
今年はお盆に次女一家が松本に帰省して来てくれるとのこと。次女からすれば、子供たちをジジババに任せてのそれこそ自身の夏休みで、日頃の育児疲れを癒すための文字通りの“骨休み”なのでしょう。
滞在中に行きたいところを聞くと、婿殿が「白馬岩岳マウンテンリゾート」に行ってみたいとのこと。そこで、事前の情報収集も兼ねて、混むであろう週末を避けて平日に、孫たちが来る時の“予行演習”で、コユキとクルミも一緒に連れて行くことにしました。

H/Pに依ると、『白馬村にある白馬岩岳は、四季を通じた雄大な景色の中で、様々なアクティビティが楽しめるマウンテンリゾートです。
白馬三山(白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳)が最も美しく望める絶景スポットをはじめ、トレッキングやマウンテンバイク、ウィンタースポーツなど、特別な時間を過ごせるマウンテンリゾートとして、世界中の旅行者を魅了し続けています。』とのこと。(最後の写真を除き、H/Pから画像をお借りしました)

一時期、スキー人口が減ってどのスキー場も経営が厳しくなったのですが、現在ではその雪質とアクセスの良さから、インバウンドでのスキー客が海外からニセコのみならず白馬や野沢温泉にも大量に押しかける様になり、特に白馬は最新のデータで地価上昇率が日本一とか。
そうした中で、“通年リゾート”として、従来の冬のスキー客だけではなく夏の観光客の呼び込みの先駆けとなったのが、この「白馬岩岳マウンテンリゾート」だったのです。

テレ東の「カンブリア宮殿」で昨年10月に放送された内容から抜粋させていただくと、
『閑散とした“真夏のスキー場”を一大リゾートに変えた男がいる。東大出身、農水省の元キャリア官僚という経歴を持つ、和田寛(ゆたか)48歳。和田によって大変貌を遂げたのは、98年の冬季オリンピックも開催された長野県白馬村。ウィンタースポーツを目当てに国内外から観光客が訪れる屈指のスキーリゾートだが、シーズンが終わると一気に客が減ってしまうのが長年の課題だった。しかし2016年頃から放ってきた数々の仕掛けによって、グリーンシーズンも活性化。ついに"夏"の来訪者数が冬の1.5倍となり、「冬よりも夏に稼ぐ」リゾート地となった。
10ほどある白馬エリアのスキー場の中で、夏でも客が殺到するのが「白馬岩岳マウンテンリゾート」。目玉は、雄大な白馬三山を正面に見据えるテラス、「マウンテンハーバー」。360度大自然に包まれる感覚を味わえるよう設計された展望台は映えスポットとして動画や写真はSNSで拡散され、集客につながっている。またテラス内にはニューヨークに本店を構える人気カフェ「THE CITY BAKERY」が出店。ハイクオリティのパンやコーヒーを、絶景を望みながら楽しめると、若者を中心に人気を呼んでいる。そしてマウンテンハーバーの横で連日大行列を作るのが、アルプスの絶景に飛び出す感覚を味わえるブランコ「ヤッホー!スウィング」だ。2分間で500円と有料だが、年間4万人が体験する超人気アクティビティになっている。このように「絶景」という隠れた資産を見つけ出し、「何か」を組み合わせてオンリーワンの価値を作りだし、客を呼ぶリゾートになったのだ。』

『きっかけは2020年。スキー場を営む私たちにとって、思い出したくもないくらいつらい時期でした。
この年は記録的な少雪にコロナ禍が重なり、来場者数が急減してしまいました。売上は前年度の7割程度に落ち込み、過去10年で最も大きな赤字決算。2年連続でこの大赤字が続けば、スキー場としての存続も危ぶまれる状況です。
緊急事態と判断した私たちは、「大きく落ち込んだ前年度同様の売り上げで、しっかり利益の残る予算」を組むことを決意します。そのためには「やれることは何でもやる」。とにかく生き残りをかけて、徹底的にコスト構造を見直すことにした
「やれることは何でも」の例の1つが、駐車場整理コストの削減でした。当社の財務担当取締役が、こんな「禁断のコメント」を言い出しました。
「駐車場整理に年間500万円くらい使っているけど、これ、俺らがやればタダじゃない?」
「駐車場整理が本当に必要になるのは週末だけ。その日は基本的にはデスクワークや会議はないし、なんとかなるんじゃない」
財務担当取締役自らがやると言うのであれば、断れるはずもありません。
結局、土日祝日は仕事が少なくなる私たち経営陣が、必要なタイミングで駐車場整理に入ることとしました。言い出しっぺの財務担当取締役と私(社長)は、ほぼ毎週末、朝から駐車場整理をするようになっています。
さらにはその流れで、駐車場整理が終わるお昼前後からは山頂に上がり、レストランのレジ打ちや皿洗いをすることも日常になってきました。こうすることで、少しでも人件費を抑制しつつ、お客さんにスムーズに食事を提供できるサポートをしています。
いまではリフトやゴンドラの乗車係、バギーツアーの運転手など、手が足りないところならどこでも、経営陣が穴埋めできるようになりました。(中略)
社長をはじめとした経営陣がこうした現場仕事に入ることの功罪は、いろいろあると思います。
もちろん、「会社全体の置かれている状況をしっかり把握し、対策を立て、実行する」「人を育て、適切に配置する」といったことは社長・経営陣しかできない、大事な仕事、本業です。
本業がおろそかになってしまっては元も子もありませんが、自分自身も駐車場やレストランという現場の最前線に立ってみて、単なる固定費削減以上に現場を知ることには大きな意義があったと気づきました。』

中には、ずうずうじくも『成功した「岩岳マウンテンパーク」で大人気のブランコのヤッホースウィングを見て、「自分たちも設置したいので、どこへ頼めば良いのか?紹介して欲しい!」とあからさまに聞いて来る輩がいるんです。どうして自分たちで知恵やズクをださないのだろう!?』と、和田さんが憤慨しつつも残念そうに語っていたのを思い出します。
因みに、“ずく”とは信州弁で、「精を出すこと、根気、やる気、熱心さ」などを意味する方言です。怠けることを「ずく無し」と表現することもあります。
和田氏は2023年10月に(株)岩 岳リゾートの社長を退任。 その後は2022年に設立した、正に“ずく”と知恵を体現するべく、「(株)ズクトチエ」の共同代表に就任して、引き続き白馬の観光振興に取り組んでいるそうです。
和田氏ご自身は東京出身で信州人ではありませんが、正に白馬に惚れて値を下ろした和田氏の成功の鍵とモットーこそが、この「ずく」と「知恵」なのだと理解しました。
以前もご紹介したと思いますが、マンションの4LDKの我が家では、リビングと寝室、長女の部屋の3ヶ所にエアコンを設置してあり、特にリビングでは近年の猛暑の中で、人間の様に汗をかいて体温を調節することが出来ないワンコは、主にハアハアと舌を出して呼吸すること(パンティング)で体温を下げようとするのですが、悪徳ブリーダーに声帯を切られてしまっているコユキはただでさえそれが大変なので、ハァハァという口呼吸が酷くなる様な暑い日には、出来るだけ早めにエアコンを入れてあげる様にしています。
片や、物置代わりの部屋で私メが“男の隠れ家”的に書斎スペースで使っている一室は、北側の通路に面していて直射日光が当たらないので、当初からエアコンは設置してありません。
我々のマンションは、中央のエレベーターではなく両脇の階段を使う場合に、各戸の前の通路を通る他のお宅とは違って、我が家はL字型のマンションの角の隅の部屋なので、我が家に訪ねて来る人しか家の前の通路を通りません。そのため、同じ階では我が家だけが外の目を気にせずに通路に面した通路に面している北側の窓を開けられるので、マンションの高層階ということも手伝って、猛暑で無い日は家の中の窓を開ければ結構風が通ります。しかし、それも猛暑日はさすがに別。エアコンを入れるリビングと物置では10℃とは言いませんが、かなりの温度差を感じます。そんな日は扇風機を付けてもただ“熱風”が動くだけなので、さすがに余り涼しくは感じられません。
そうかと言って私しか部屋を使わないので、工事までしてエアコンを設置するのは無駄です。
そこで以前から気になっていたのが、気化熱を利用して冷気を発生させる冷風扇でした。しかし以前沢村の戸建てに暮らしていた時にも、当時の国内メーカーの最新型の冷風扇を購入したことがあったのですが、それはタンクに水を入れて使っても全く涼しく感じられず、何ら扇風機と変わらなかったのでガッカリして、一年で廃棄してしまいました。
ですので、TV通販のCMなどで冷風扇が“最大-10℃の冷風”などと謳っているのを聞いても、“誇大広告”としか感じられずにいました。
近くの家電量販に別の製品を買いに行った時などに、小型クーラーや冷風扇などを見たこともあったのですが、どうしても冷却効果が高い製品は外に排気をする必要があり、小型のエアコンの代用ともなると最低でも4万円~6万円クラスにもなりますので、だったらもう少し足せば型落ちのエアコンなどを購入するのと変わらなくなってしまい、結局何も対応出来ずにいました。


注意点もある。フィルターの下にあるトレーに水が溜まる構造なので、水平に保ったままゆっくり移動させないと水がこぼれる。また(給水タンクが空の状態で)風量を強にして長時間運転し、完全に乾燥させないとカビやイヤな臭いの原因になる。
今回、使いやすい3商品を試してみた中で、ショップジャパンの最新モデル「ここひえR7」は、最大で室温からマイナス10℃の冷風といううたい文句どおり、風の冷たさでは群を抜いていた。
防カビ抗菌フィルターの採用、リモコン付きでオフタイマー設定もできるなど、機能面も充実している。他の2商品より高いが、多機能であることを考えると、この価格にも納得した。』
またネットでの口コミ評価もチェックしてみました。良い評価は、
『・小型ながらも十分な冷却力があり、USB給電でどこでも使える点が便利
・持ち運びやすく、就寝時や料理中など、様々なシーンで活躍
・寝るときに使っても気にならない程度の静かさ
・手軽に使えるパーソナル冷風扇として、快適さを提供 』
一方で、反対の悪い評価としては、
『・過度な期待:エアコン並みの冷却効果を期待すると、期待外れに感じる場合
がある
・冷却範囲:冷却範囲が狭く、パーソナルな使用に適している
・フィルターの臭い:フィルターの汚れや湿気による臭いが気になる場合が
ある
・水タンク:水タンクの容量が小さく、こまめな給水が必要 』
要するに、メーカーも“パーソナルクーラー”と謳っている通り、家族向けではなく飽くまでパーソナルユースであって、これ1台で部屋を冷やすといったエアコンを想定するには無理があります。いくらコスパが良いとしても、たった1万で最低でも5~6万円以上するエアコンの代替品が買える訳がありません。
個人的には以前購入した冷風扇は気化機能が期待外れだったのですが、日経の実際に商品を試した結果の「最大で室温からマイナス10℃の冷風といううたい文句どおり、風の冷たさでは群を抜いていた」という評価は、そこはさすがに日経の評価ですので、客観的評価としてかなり信用出来ると感じた次第です。

同じ家電量販でも、少なくとも松本近郊では、例えば以前PCスピーカーを購入した時もそうでしたが、他店には殆ど陳列されていなかったモデルも含めてK’sデンキにはたくさん並んでいて、しかもネット通販よりも安く目的の「Pebble V2」が購入出来たのです。
今回の「ここひえR7」もK’sデンキでは9千円ちょうどと、ネット通販価格よりも千円ほど安く(しかもネット通販だと届くのが1週間後でしたが、その場で)購入出来ました(但し、ネット通販の様な「ひんやり敷きパッド」などの“おまけ”は付きませんが、既に同様の製品を使用していて不要ですので、安い方がお得です)。

『気化熱を使えば扇風機よりも涼しいが、エアコンよりは涼しくはない。飽くまでパーソナルユースで、複数人では使えないし、ましてやエアコンの様に室温を下げて部屋全体を涼しくするというのはどだい無理。広告での謳い文句の“パーソナルクーラー”というキャッチフレーズの中の、“クーラー”の文字に過度に期待してはいけない。ただ、自分のすぐ近くに置いてその“パーソナル”で使うにしては些か音が大きい。風量を“強”にするとうるさく感じられて結構気になるので、自分は常に“弱”か“中”で使用している。』
といったところでしょうか。
ただ「ここひえ」の独自特許という気化熱発生の仕組みや大型の給水フィルターが効果的なのか、以前購入して失敗した冷風扇よりもちゃんと涼しく感じますし、これなら十分使えると感じました。
更に、水を冷蔵庫で事前に冷やしておいた冷水や氷を入れたりすれば、出て来る冷気の温度が更に下がるのでより効果的です。謳い文句の様に「好きな処に持ち運んで・・・」というのは、いくら1.5㎏と軽量でもトレーの水が零れ易いので止めた方が良いでしょう。出来るだけ個人向けに吹き出し口から50㎝以内の場所で、「卓上」と謳っている通りに、顔などの冷気を当てたい高さの台やテーブルに置いて、移動せずに固定して使うのが良いと思います。

なお、口コミでは「ここひえ」は水の気化熱を使うため、「湿気が発生し室内の湿度が上ってジメジメする」というマイナス面の指摘がありましたが、「ここひえR7」より大型モデルの「ここひえ タワーT2」(この2万円のモデルは更にミストを噴射するので、余計室内の湿度が高まります)は分かりませんが、気化熱と共に発生するという湿気も個人的には全く気にはなりませんでした。
結論的には、「エアコン程涼しくない」のは当たり前です。1万円でエアコン並みを期待する方がどうかしています。
個人的には、少なくとも数年前に購入してガッカリしてすぐに廃棄してしまった冷風扇よりも、この「ここひえR7」の方が遥かに使えると感じた次第です。
私たちの住む渚地区のマンションの周囲には、市街地でありながら松本地方の伝統的な古民家である本棟造りの家がまだ数件残っていて、そうした家を囲む屋敷林の様なエリアもあって結構なたくさんの木々が残っています。。
今年になって、春先以降、そんなエリアを回る朝のワンコの散歩の時や、昼間マンションの部屋からも近くに屋敷林の周辺に見慣れぬ鳥を見掛ける様になりました。
少なくともマンションに引っ越してからの昨年までの3年間には見たことも無い鳥で、というよりも、個人的には里山の岡田や沢村地区に棲んでいた時も、そして学生時代の京都や新婚時代の諏訪でも(赴任した、気候帯の異なる熱帯のシンガポールでは当然ですが)見た記憶の無い、自分の記憶の中では生まれて初めて見る鳥でした。


でも、鳴き声は容姿からするとキレイな鳴き声ではなく、些かしゃがれ気味のだみ声のギェーギェーという様な鳴き声で、姿から連想してキレイな鳴き声を期待していると少々がっかりしてしまいますが・・・。
そこで、気になって特徴を入力して調べてみました。すると、該当し掲載されていた写真からも「この鳥で間違い無い!」と確信出来たのが、オナガでした。
(以下掲載した2枚の写真は、ネット記事からお借りしました)

『オナガ(尾長、Cyanopica cyanus)は、スズメ目カラス科オナガ属。
ユーラシア大陸の東西両端の2つの離れた地域に分かれて分布する留鳥である。分布の一方はロシア東部、中国東部、日本など東アジアで、もう一方はイベリア半島の一部である。
なお、日本では分布を狭めており、1970年代までは本州全土および九州の一部で観察されたが、1980年代以降西日本で繁殖は確認されておらず、留鳥として姿を見ることはなくなった。現在は本州の福井県以東、神奈川県以北で観察されるのみとなっている。わずか10年足らずで西日本の個体群が姿を消した原因はまったくわかっていない。ただし、九州の個体群については近年になって分布を拡大し続けているカササギとの競争に敗れたという説がある。このように分布域を狭めてはいるが、東日本に残された群の個体数は減少どころか増加の傾向にある。
全長は 34-39cm で、キジバトより一回り大きい程度。ただし尾羽が 20-23cm と長く、頭と体の大きさはムクドリ大。 名前の由来は、尾羽が長いことによる。なお、黒色に見える頭部の羽毛は濃紺。』
とのこと。

『オナガは中部地方より北の、本州だけにいます。従って、関西のバード・ウォッチャーにとっては、是非お目にかかりたい鳥の1つです。尾が長いのでオナガと呼ばれています。良くテレビドラマで京都の話題の背景にオナガが鳴いている場面がありますが、自然ではありえない状況です。』
という記載もありました。
因みに、文中に在る「留鳥」(りゅうちょう、英語では: resident bird )とは、年間を通して同じ場所に生息し、季節による移動をしない鳥の総称。移動をする「渡り鳥」とは異なり、繁殖も越冬も同じ地域で行い、日本列島に生息する留鳥の身近な代表例としては、スズメ、カラス、そしてキジなどが挙げられます。
ただ警戒心は強い様で、ベランダに出て写真を撮ろうとするとサッと飛び立ってしまうことも良くあり、なかなか上手く撮影出来ません(今回掲載した写真は、ネット記事からお借りした2枚と、ぼやけていますがスマホと、そしてまだ使っているSonyの“レンズスタイルカメラ”QX-10でも、それぞれズームを最大にして撮影した写真です)。
また縄張り意識が強いのか、或いは巣を守るためだったのか、ある時はオナガがカラスを攻撃しながらしつこく追いかけまわしていて、カラスは“ほうほうのてい”で逃げて行きました。もしかすると家族を守るためだったのかもしれませんが、姿に似合わず意外と気が強い面もあるのかもしれません。
冬の間は一度も見掛けたことが無かったので、多分この春以降だと思いますが、“留鳥”の名の通り頑張ってこの辺りに留まって元気に生息し、そして家族を増やして我々の目を楽しませてくれたら・・・と願っています。
遂にというべきか、いや、でも89歳であれば「長寿を全うされた」で良いのではないか・・・。
今朝飛び込んで来た突然の訃報に、そんな正反対の想いも交錯したのですが、思えば、20年前に脳梗塞で倒れ、普通の人間なら寝たきりになる程の容態だったのが、担当医師も驚く程の厳しいリハビリを自らに課し、その結果自身の脚で歩けるまでになって、時に球場に足を運びチームに激を送るなどするまで回復されて、この89歳まで生きられたのですから、“天寿を全うされた”と言ってあげても良いのではないでしょうか。
生前の長嶋さんのエピソードは、これから暫く色んな場面で数限りなく語られていくであろう中で、個人的に印象に残っているエピソードを再掲し、偉大なる故人への追悼に代えさせていただきます。
それは15年前、2010/08/20付けのブログ記事『ちょっとイイ話-夏の甲子園に寄せて』でした。
『 夏の甲子園もいよいよ佳境を迎えています。
今年は終戦から65年。偶然にも8月15日終戦記念日の、恒例となった正午過ぎの黙祷のサイレンの時にグラウンドに立っていたのは、沖縄県代表興南高校の沖縄球児たち。本土防衛のために唯一の地上戦の戦場となった沖縄に対し、“大和ンチュー”の一人としては、出来れば、今春の紫紺に続き深紅の優勝旗も是非沖縄に渡らせてあげたいものだと願います。但し、既に沖縄県勢は、下手な同情無用の強豪県になっています。
その甲子園大会開幕直前、8月5日の朝日新聞だったと思います。
時々、スポーツ欄に辛口ながら愛情溢れるコメントを書かれている、朝日新聞現編集委員の西村欣也さんの書かれた記事(「記者有論」)が載っていました。
それは2002年、ミスターこと長嶋茂雄さんと一緒に夏の甲子園大会決勝を観戦した時の長嶋さんの言葉が、今も印象に残るという書き出しでした。
「このトーナメントではね、優勝チーム以外の全ての球児にただ一度ずつの敗戦が配られるんです。甲子園の決勝でも、地方大会の一回戦でも、ただ一度の敗戦が、野球の神様から配られているんです。壮大なトーナメントの、大きな意義がそこにあると思うんです。つまずくことで得るものが、若者にはきっとある。」
そんな長嶋さんの言葉を引用した後、西村さんは最後にこう締め括っています。
「グラウンドにがっくりとひざを折ったあと、立ち上がる少年たち。試合前と試合後のわずか数時間の間に彼等は成長する。スーパースターの誕生や名勝負にではなく、敗者に注目しながら甲子園を観戦するのもいい。」
今年の夏も、挫折から立ち上がり、やがてしっかりと前を向くであろう、
甲子園の48校を含む全国4027校の若き“Good Loser”たちに、心からエールを送ります。』
全くの偶然なのですが、今回この記事を再掲するにあたり、この記事を探したら、記事のナンバーが「333」だったのです。
偉大なる“背番号3”よ、永遠なれ!
ありがとうございました。嘗ての野球少年の一人として謹んで御礼申し上げます。どうぞ安らかにお眠りください。 -合掌
年末に松本市のH/Pにある「市長への手紙」コーナーへ私がメールさせていただいた、「源智の井戸」の清掃活動についての窮状を訴える投書。
それを市長がご自分で直接読まれ、「現状と課題を整理する様に」とご自身で呼ばれて指示されたのが、井戸本来の担当課ではなく、「地域づくり課」の課長さんと「源智の井戸」のある町会のエリアを担当する「第二地区 地域づくりセンター」のセンター長さんでした。
因みに、「地域づくり課」は松本市の地域づくりの推進と市内35ヶ所の各「地域づくりセンター」を総括する組織であり、その統括下で、各地域の課題の把握・集約・解決に向けた支援と地区関係団体の育成、支援、相談対応をする中で、市と地区関係団体等との連絡調整など各地域の実情に応じた具体的な活動を実際に行うのが、市内35ヶ所に設置されているという「地域づくりセンター」です。

そして、その後も井戸の担当課の方々も含めて三回程会議を重ねた結果、市側と地元町会の皆さんとの間で以下の三つの内容が確認、合意されたのです。
一方で、松本市も少子高齢化とドーナツ化現象で市の中心街の人口が減っており、人手の無くなってしまった地元町会は清掃活動から“卒業”し、その代わりに日頃の井戸の様子は地元に住んでいないと把握できないため、町会長はじめ地元の方々に出来るだけお願いして、気の付いたことを市の担当課へその都度連絡いただく。
また、月2回の清掃だけでは特に藻の繁殖し易い夏場はカバーしきれない可能性もあるため、清掃活動のボランティアを募集して、業者清掃と並行して4月以降も継続的に月一回定期的にボランティアに依る清掃活動を実施する。


そして、その様子は地元紙やタウンペーパーにもニュースとしても取り上げていただいたので、今後に向けて少なからぬPRにもなりました。

その清掃活動を通して、これまでの「源智の井戸」の維持管理に関する経緯経過について、朝7時から地元町会の有志の皆さんと一緒に掃除をしながら、色々とお話しを伺って一番驚いたのは、部外者の私などは「井戸は地元町会の宝の筈」と勝手に決めつけていたのですが、確かに“歴史ある文化財”としての存在自体は“町の誇り”かもしれませんが、井戸周辺の殆どのお宅にはそれぞれご自分の井戸があって、この「源智の井戸」の水は利用したことも無いし飲んだことも無い・・・という、10年来わざわざ車でドリップ用の水を隔週で汲みに来ている私にとっては、或る意味“衝撃的”な事実でした。
そこで、この「井戸と花の会」メンバーでの清掃活動が最後になる3月。その日の朝6時半に家を出る前に、「源智の井戸」の水で淹れたコーヒーを保温水筒に詰め、一緒に紙コップも持参して、掃除の後にこれまでの清掃活動の労いへの乾杯代わりに皆さんに飲んでいただきました。すると、口々に・・・、
「へぇ~、初めて飲みましたけど、本当にコーヒー美味しい!」
「そうでしょう?そうなんですヨ!」
皆さん「源智の井戸」の水で淹れたコーヒーの美味しさに、一様に驚かれていました。
しかも、この「源智の井戸」だけが「まつもと城下町湧水群」の中で唯一の硬水なのですが、筑摩山系から流れ出る幾つもの河川により形成された複合扇状地である松本盆地で、この辺りに自噴して来る湧水は地下に様々な水脈があるらしく、湧水群や各家庭の井戸のどれ一つとっても水質や味が異なるのだとか。
松本市内で地下水や温泉開発を手掛ける地元企業「サクセン」という会社のH/Pに依ると、
『昭和63年、サクセンにて(松本市からの委託を受けて)この井戸の復元工事に携わり、古くから名水として利用されてきたその理由には周辺とは違う水質にあることがわかりました。源智の井戸の湧出量は毎分約200リットル、水温はサクセン計測実績から平均15.5度の自噴井戸です。水質硬度は113mg/Lです。(硬度=水質を表すひとつの指標で、水に含まれているカルシウムとマグネシウムの総量のこと)源智の井戸の水は軟水の多い日本では珍しく、硬水系の天然水と言えます。』
(注記:市の保健所に委託し、毎年調査して開示されているデータとは数値は異なります)
会長さんなど地元の長老さん方のお話に依ると、一度井戸が枯れてしまい、市指定の文化財だったこともあって、市に陳情して昭和63年(1988年)に井戸の採掘作業をして貰い、従来よりもかなり深く、地下50mまで掘り下げたのが現在の「源智の井戸」なのだそうです。
同じエリアであっても掘る場所によっても水脈は異なるでしょうし、深さによっても当たる水脈も異なる筈。ですので、「源智の井戸」のすぐ隣の瑞松寺や道路を挟んだ眼科医院にも井戸があって水を汲むことが出来るそうですが、そんなに近くても「源智の井戸」とはまた味が違うのだそうです。

その時に「源智の井戸」だけを市が清掃業者に業務委託するということは、今は可能であっても、将来的に20数か所全てを業務委託で対応することは予算的にも市政として無理であり、少子化とそれに伴う人口減少を前提にそうした将来展望をふまえると、もし予算化が無理なら“金を出さずに知恵を出す”ことで、地元の方々も含めて利用者など市民に依るボランティアでの清掃活動を水平展開していくことが必ず必要となる筈なのです。
そのためにも、市側は今回の「源智の井戸」の清掃ボランティアの募集や運営をモデルケースとして、例えば掃除用具の購入一つとっても、湧水群の維持管理に関して今後発生するであろう大小様々な課題や問題に対処していくことが、ひいては松本市の観光資源でもある「まつもと城下町湧水群」を、本当の“市民の宝”として市民自らの手で守っていくことに繋がることと確信しています。
勿論、一朝一夕で達成出来る訳では無く時間が掛かるでしょうけれど、そうなるためにも、10年来、そして今後も隔週で美味しい「源智の井戸」の水を我が家のドリップ用に戴いている利用者の一人として、少なくとも体が動ける間は私自身もボランティアの一員として今後も引き続き「源智の井戸」の清掃活動に参加させていただくことにしました。
そして、この4月5日。今回の募集で集まったボランティアに依る、第一回目の「源智の井戸」清掃が行われたのです。朝7時に10数人集まっていただき、手分けして清掃作業を進めます。中には防災備品として災害用に購入したというポンプを台車に載せて運んで来てくださった第二地区の役員の方がおられ、ジョレンやブラシで擦って浮かせた藻を金網ですくうのと並行して、藻の混ざった汚れた湧水を一気に汲み出し、湧き出て来る新鮮な湧水に入れ替えたのですが、“三人寄れば文殊の知恵”ではありませんが、人数が多ければ色々なイデアが出るものだと感心しました。また、これまでは有志5人での清掃活動でしたが、10数人もいれば今までは手が回らなかった井戸周辺の水路までデッキブラシで擦って掃除することが出来たので、見違え得る様にキレイになりました。
今回のボランティアは「先ずはやってみよう!」で、多少“走りながら考える”的なスタートではあったのですが、そこは“巧遅は拙速に如かず”で、考えることも重要ですが先ずは“Do=行動すること”の大切さを改めて感じた次第です。
市の担当課の方に依ると、業者の選定も決まり、エクステリア専門業者が4月から月二回清掃に入ることが決まったとのこと。従って、我々ボランティアと合わせて概ね10日毎に計月3回の井戸清掃が行われることになりました。

しかし、そうした苦労を直接知らぬが故に、「どうせ“ダメ元”でも・・・」と私の投じた市長への一通の投書メールだったのですが、結果として“瓢箪から駒”で、それが一つの小さな切っ掛けとなって、松本市民の宝でもある「源智の井戸」が市民自らの手に依って今後の維持管理に繋がっていくのであれば、たまたまその一石を投じた人間としてこんなに嬉しいことはありません。
そして願わくば、10年後、20年後、私たちが動けなくなっても、次世代の人たちにこの「源智の井戸」の清掃ボランティア活動がしっかりと引き継がれていかれんことを・・・。