カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 仮にブルーボトルコーヒーを新しいカフェの代表格とすれば、片や昔ながらの昭和レトロの喫茶店という意味では、京都には古き良き喫茶店がたくさんあります。
多分それは、伝統をしっかりと守りながら一方では新しもの好きの京都人にとって・・・という意味で、大正ロマンの頃から町衆の旦那さんが近所の“純喫茶”で朝その日の新聞を読みながらコーヒーを飲んだり、戦後はお金の無い大学生が100円玉数個を持って名曲喫茶やジャズ喫茶に入り浸ったり・・・といった喫茶店文化がこの街には良く似合ったからではないでしょうか。

 個人的には、40数年前の京都での学生時代、時々行ったのは出町柳に在った名曲喫茶でした。下宿のジャズ好きの先輩からジャズの良さをいくら説かれても(曰く、「クラシックは誰が弾いても同じメロディーだが、ジャズはアドリブが命。即興性こそ、そのミュージシャンのCreativityであり、個性である云々・・・」)、当時はまだジャズが理解出来ずにクラシックばかりを聞いていました。年を取ってからスタンダードから始め、漸くジャズも聞くようになりました。
それ故に、学生時代に名前は知りながら一度も入ったことの無かった河原町の荒神口のジャズ喫茶「シアンクレール」。女性の顔を描いたマッチだけは、何故か記憶に残っています。当時のどの喫茶店もタバコの煙が当たり前で、もしかすると特にジャズ喫茶の店内は紫煙に煙っていたのかもしれません。その京都のジャズ喫茶の代表格が「シアンクレール」であり、高野悦子著「二十歳の原点」にも登場する、或る意味伝説のジャズ喫茶なのですが、前回京都に来て下賀茂神社に参拝した帰りだったか、懐かしくて河原町を丸太町まで歩いた時に、当時ブルマンブレンドのコーヒー豆が格安で買えた「出町輸入食品」はあった(随分店舗が大きくなっていました)のですが、立命館の広小路学舎が既に無いのは当然としても、外観が赤レンガ造りだった記憶のある荒神口の「シアンクレール」もその時は見つけられませんでした。そこで今回もし行けたらと思って調べてみると、残念ながら90年代には既に閉店してしまったとのことでした。(下は偶然日経9月5日文化欄に掲載の「二十歳の原点」に関する記事)

 数ある京都の古い喫茶店の中で、今回行ったのは二条城近くの押小路通に在る「喫茶マドラグ」でした。ここは私メではなく、奥さまたっての希望。というのも、京都名物の“玉子サンド”の有名店で、事前に予約して当初は長女と一緒に行く筈だったのが、娘はオンラインミーティングが入ってしまい行けなくなったため、予約済みなのでどうしても一緒に行って欲しいとのこと。そこで本来はその時間に一人でラーメン店に行く筈だったのを、泣く泣く諦めて同行することにしました。
ただ「マドラグ」そのものは古くからの店ではなく、元々は同じ場所で半世紀以上営業していた「喫茶セブン」から、今のオーナー夫妻が建物をそのまま引き継ぎ2011年にオープンした店で、2012年に高齢により止む無く閉店した洋食店「コロナ」の店主が「喫茶セブンの味を受け継いでいる方に是非お願いしたい」と、当時御年98歳だったご主人自ら店を訪ね、玉子サンドの作り方を伝授したのだそうです。
 開店時間の11:30前に既に5組ほど並んでいて、予約順に名前を呼ばれ入店。我々が最終組でした。並ばれていた中で、予約の無いお客さんは次に回である1時間後12:30の予約をされて戻って行かれました。
店内は経営を引き継いだ昔の喫茶店の内装を活かした、昭和レトロな雰囲気。お店のスタッフも若くてハキハキしていて親しみ易く、大変気持ちの良い雰囲気です。
皆さんも名物の玉子サンドを事前に予約済みの様で、既に調理された湯気の立った出来立ての玉子サンドが次々と運ばれて行きます。
その名物の玉子サンドは、卵4個と牛乳をたっぷりと使ってふっくら蒸し焼きにしたという、甘くは無い京都らしいだし巻き卵風ですが、驚くべきはその厚さ。この厚さがたった4個の卵で作れるとは信じられません。一人前4切れですが、一切れに4個使ったと云われても信じてしまう程の厚さで、一人では食べきれない程のボリュームです。挟む食パンもしっとりと滑らかで、片側がコクのあるデミグラスソースに、反対側はマスタードソースが塗られていて味の変化が楽しめます。
この厚さを一体どうやって食べるのか?と悩むところですが、各テーブルに食べ方を説明した如何にも昭和レトロな古びたパネルが置いてあり、尖った部分から徐々に食べるか、ナイフで半分に切って食べるのがおススメとか。
ラーメンを諦めての昼食に二人で一人前の玉子サンドだけではと思い、鉄板ナポリタンも追加したのですが、これが(年寄り夫婦にとっては)間違いの元でした。こちらのナポリタンもそのボリュームたるや、普通の店の少なくとも倍以上はあります。しかも、熱い鉄板プレートに卵焼きが敷かれ、その上にアルデンテ気味の細麺がしっかりとケチャップで味付けされていて、間違いなくこれぞナポリタン!という感じ。
これで、玉子サンドが830円、鉄板ナポリタンが940円というのですから、そのコスパもハンパありません。
個人的には、玉子サンドはともかく、自分で頼んだナポリタンは残さぬ様に何とか食べ切ろうと思ったのですが、山になったスパゲッティー(決してパスタではない、これぞ昭和のスパゲッティー!)食べても食べてもなかなか減らず、最後1/3程残したところで遂にギブアップ。若いスタッフに謝ると、持ち帰れるとのことで、同じく残っていた玉子サンドの一切れとナポリタンをそれぞれ容器に入れてもらって持ち帰ることにしました。
名物の玉子サンドを食べきれずか、或いは敢えて記念にか、残して持ち帰るお客さんが多いのか、持ち手の付いた厚紙製の専用の容器が用意されている様で、我々には一切れ用の紙パックに入れてくれました。因みに、ナポリタンはスーパーのお惣菜売り場にある様な、普通のプラ製容器でした。
尚、途中何組かお客さんが来られましたが、玉子サンドの調理に時間が必要なのか1時間毎に予約を入れる様で、12:30が無理な場合は諦めて帰られていきましたので、名物の玉子サンドを食べたい場合は出来るだけ事前予約するのがおススメの様です。もしくは、行って予約した上ですぐ近くの二条城を見学して来るか・・・。
 余談ですが、この喫茶「マドラグ」の近くに、金色の鳥居など黄金色に飾られた「御金神社」があるそうで、我が家に一番縁の無いモノなので、せっかくですからお参りしていくことにしました。
「御金神社」は街中のビルの間に佇む様な小さな神社で、金色の鳥居が目印。鈴緒も金色で、周囲の迷惑にならぬ様に鈴は金色の袋で覆われて音は出ない様になっています。
祭神は、金属の神様である金山毘古命(かなやまひこのみこと)をお祀りしていることから、お金の神様として親しまれるようになり、今では金運アップを願って多くの参拝者が訪れるのだそうです。
境内も狭い小さな神社ですが、この日も6人程お参りに来られていました。元々は個人の屋敷内に在った邸内社として建てられ、祀られていたのが、金属にゆかりのある祭神ということで参拝を願う人々が絶えなかっため、明治16年に現在地に移転して現在の社殿が建立されたのだそうです。その後も金運を願う人が参拝に訪れ、本殿裏のご神木であるイチョウ型の絵馬がたくさん奉納されていました。

 小さい赤ちゃん連れの次女と、ところどころでリモートでのオンラインミーティングが入る長女。そのため今回の京都滞在中は遠くには行けません。
本当はこの時期、納涼の飾り付けがされているという東福寺と、枯山水の庭が素晴らしいという塔頭の光明院へも行きたかったし、そろそろ見頃を迎えるであろう御所の隣の“萩の寺”梨の木神社へも行きたかったのですが、どちらも果たせず。

 その結果、滞在場所が岡崎なので、朝のウォーキングで南禅寺や永観堂、或いは疎水沿いの哲学の道を歩いたり、或いは午後の空き時間に逆方向の粟田神社の横から青蓮院から知恩院を経て、丸山公園から八坂神社まで歩いたり・・・。これまで、そうした東山の岡崎周辺のお寺さんや神様には全て参拝済みです。ただ、途中にある浄土宗の我が家の総本山でもある知恩院へは今回もちゃんとお参りをして、更に京の産土神である八坂神社へも一応ご挨拶がてら参拝させていただきました。
 

そんな短い自由時間に長女の希望で行ったのが、お寺さんではなく南禅寺参道に在るブルーボトルコーヒーでした。
曰く、『アメリカ合衆国カリフォルニア州オークランドに本社を構えるコーヒー製造販売企業である。サードウェーブコーヒーの代表格とみなされている。ネスレのグループ企業の一つ。注文を受けてから豆をひき、バリスタの手で一杯ずつドリップして提供するのが特徴。創業者が米紙に語るところによれば「日本のコーヒー文化に大きな影響を受けた」という。店舗では日本製のコーヒードリッパーやケトルなども用いられている。また、もともとコーヒーを冷やして飲む習慣がなかった米国で、「京都/Oji」という名のアイスコーヒーをメニューに加えた』とのこと。
個人的には「だったら、京都のイノダでも六曜社でも、日本の喫茶店に行けばイイのに」と思わなくも無いのですが、それはそれ・・・。それに一度行ってみなくては評価も出来ないし・・・。
私メは当日のブレンドを頼んだのですが、苦みとコクはあって、個人的にはもう少し酸味(モカ風の)があっても良いとは思いましたが、普通に美味しいし香りが強い。その意味では、同じアメリカであればシアトル系のスタバのコーヒーよりは(自分とっては)遥かに美味しい。でも美味しい日本の喫茶店のコーヒーとさして変らない・・・という感じでした。
古い町家をリノベ―とした京都の店舗は、他の東京などに在るブルーボトルコーヒーの店舗と些か雰囲気は異なる様です。確かに、京の街に馴染む様に町家を活かしたこの店内はオシャレ。多少剥がれた土壁や、天井を取り去って、むき出しになった梁。5㎝程の小さなスコーカー9連のスピーカーが天井付近の柱に取り付けられていて、Smooth Jazzか、頭上から静かに音楽のシャワーが降り注いでいたり、また投げ行けされたシンプルなフォルムの花瓶がさりげなくテーブルに置かれていたり・・・とモダンな和洋折衷で、確かに素敵な雰囲気でした。
 ただ個人的には、ブルーボトルコーヒーより、同じく長女が連れて行ってくれた、京都市京セラ美術館の地下一階のカフェ「ENFUSE」の方が気に入りました。
この京都市美術館は、裏側の岡崎通りと正面の平安神宮大鳥居側の通りがオープンで入場出来るので、朝この敷地内の庭園で体操をする方や、ワンコの散歩をされている方がたくさんおられ、我々も滞在中は毎朝ワンコの散歩をさせて頂きました。
以前長女が京都に来た時に、家内と一緒にリニューアルした京都市京セラ美術館を見て、上村松園とか京都画壇の絵画に触れて感激してとても良かったとLINEをくれました。
そこで今回、やはり長女が連れて行ってくれました(京都市美術館は学生時代含め初めてです)。今回展示していたのは特別展「幻想の系譜―西洋版画コレクションと近代京都の洋画」で、些か嗜好が違いました。むしろ、その後のカフェがとても良かったのです。
構造的には地下一階なのですが、外もスロープで掘り下げられていて、窓が大きいので地階とは思えぬ明るい店内。窓に沿って外が見える様に席が並べられているのですが、十分にスペースを取って配置されているので、明るく開放感があります。美術館の外観はそのままに、内部は大幅にリニューアルされているらしく、むしろ近代的にすら感じられ、内と外の新旧でのアンマッチな感じが如何にも京都らしくて好印象。広々として、まったりゆったりと時間が過ごせそう。事実、娘は私がコーヒーを飲み終えて帰った後も、そこで暫く仕事をしていました。見方によってはホテルのロビーの様で無味乾燥という指摘もあるかもしれませんが、個人的にはまた来たいと思わせてくれる、そんな雰囲気のある素敵なカフェでした。

 9月上旬、長女の帰国に合わせて奥様が予約していた3泊での京都行。
今回はドッグヴィラが確保出来たので、ワンコも一緒に車で京都に行くことにしました(というより、そうでもないとワンコを置いて私メも一緒には行けないし、ワンコと一緒に行くのであれば車でしか行けません)。
ナナが病気になる前は、妹に預かって貰って電車で行けたのですが、ナナはともかくコユキは他人には一切懐かないので預けては行けません。また回復したとはいえ、もう15歳の“高齢犬”のナナに余りの長時間のドライブは可哀想です。そういう自分も、昔なら日帰りで往復700㎞を運転して、家族を成田空港に送って来たこともありましたが、今では絶対に無理。

 松本から一緒に行く筈だった長女は、NYからの帰国便での14時間のフライト疲れで、松本には来ずに東京に一泊してそのまま京都へ先行するとのこと。そして次女も一泊では疲れるだけじゃないかと思うのですが、婿殿の病院への当直日に合わせ、孫娘を連れて新幹線で京都へ来たいとのこと。孫娘と一緒に来てくれるのはジジババ的には嬉しい限りとはいえ、まだ歩けぬ子を連れてベビーカーでの移動はさぞや大変だと思うのですが、本人が来たいというのですから、まぁイイか・・・。“されど母は強し”なのでしょうか。

 前回、滋賀県に初めて旅行した時(第1738話)に、草津へは意外と楽に車でも来られると分かったので、その草津に隣接する大津から一山超えれば京都(実際は山科ですが・・・)ですから、これなら京都も車で大丈夫と思った次第。おそらく40年振りくらいでの車移動での京都入りです。
9月に入って名神が集中工事中ということでしたが、NAVIは中央道から名神経由での京都東ICを選択。約340㎞、4時間ちょっとの行程です。今の車はACCが使えるので(高速道路の)長時間ドライブは本当に楽!却って、軽自動車で松本から脇道経由で木曽路をドライブするよりも遥かに疲れません。
 15時からのチェックインタイムに合わせ、且つワンコたちを途中二度ほど休憩させるために余裕をもって出発しました。中央道から小牧JCTで名神へ合流すると、さすがに交通量が増えてきます。
下り線は工事渋滞も無く、ドッグランのある尾張一宮と大津SA(PA)で休憩。名神は古いせいか、ドッグランを併設したSAは少なく、京都までの間では一ヶ所のみ(中央道は駒ケ岳SAのみ。東京方面には双葉と談合坂の二ヶ所にあります)。そのためか、狭いドッグランですが千“犬”万来で、小型犬を二匹ずつ連れたお客さんが我々含め4組と大賑わいです。そのため、先にワンコたちにオヤツと小用、水を飲ませて、人間のランチは車内で済ませることにしました。

その後も順調過ぎて、京都へ行く手前の大津で2時に30分程時間調整です。大津PAはリニューアルされたばかりとかで、どの設備も最新でこれまで寄ったSA(PA)の中では出色の施設でした。屋上テラスからは浜大津の街並み越しに琵琶湖と対岸の草津方面も望め、6月の近江の旅を思い出しました。
 名神を京都東ICで降り、国道1号線を山科から日ノ岡、御陵、蹴上と、昔、国立一期を落ちてから下宿を探しに行ったら洛内はもう埋まっていて、止む無く一年だけ山科に下宿していたのですが、当時一部は路面を走行していたチンチン電車風の京阪電車で京阪三条まで通学していた線路沿いを走ります。当時の電車の窓越しの景色が蘇る様で、
 「いやぁ、懐かしいなぁ!」
インクライン沿いに1号線の坂を下りながら、当時都ホテルだった蹴上のウエスティンホテルの横から南禅寺方面に折れ、蹴上発電所跡の横を疎水に沿って岡崎方面へ。40年振りかの車での“入洛”でした。

 夕飯は、一度来てみたかった郷土料理の「山びこ」へ。
これまで、飛騨牛のひつまぶしなどがウリの店とか飛騨名物という鶏ちゃんが名物の店などに伺ったのですが、正直それ程の満足感はありませんでした。
今回の「山びこ」は、地産地消の地元の食材を使う郷土料理の店です。
温泉街の真ん中付近を飛騨川へ流れ下る、急流の阿多野谷に架かる橋で林羅山と何故かチャップリンの像がある白鷺橋の近くです。
 夕方6時前でしたが、テーブル席は観光客や地元の方か一人で夕食を食べている方などで埋まっていて、我々は小上がりへ。
生ビールを注文し、料理は、大ナスの丸太焼(600円)、清流で知られる地元の飛騨川(益田川)で釣れた天然鮎の塩焼き(大小の大きさに関係なく、一尾1000円とのこと)、アマゴの唐揚げ定食(1550円)をお願いしました。
定食には、唐揚げのアマゴが4尾、山菜の煮付けの小鉢と、お団子が付いています。そして、お昼に飲んで美味しかったので、冷酒で「天領」の小瓶もお願いしました。

 信州ではヤマメの塩焼きはあっても、アマゴは殆ど見たことがありません。そこで店の大将にお聞きすると、アマゴはヤマメと同じ渓流魚で、ヤマメと同じ様にイワナより少し下流に棲むそうですが、どちらかと言うと、ヤマメは東日本で、アマゴは西日本の河川が中心なのだとか。そのため長野県はヤマメで、アマゴはあまり見聞きしないのだろうとのこと。
更に下流域だと、長野県ではウグイ(注)になり、例えば千曲川では今でも「つけば」漁でウグイや鮎を捕まえていて、この時期は上田の千曲川の河川敷に設けられた「つけば小屋」で食べることが出来るのですが、ご自身でも小さい頃からオヤジさんに連れられて渓流釣りをされるという大将に依れば、ウグイはこの辺りでは猫も除けて通るという意味での“ネコマタギ”と呼ばれ見向きもされないそうです。
 「ナルホド、処変われば・・・なんですね。」
 唐揚げにされたアマゴは骨ごと食べられる程、身もほくほくと柔らかくて美味しかったです。家内も天然の鮎の塩焼きに満足の様子。
また、種類は分かりませんが、田楽の様な大ナスの丸太焼も素朴ながら熱々で美味でした。
 二人共お腹一杯になって、これで〆て酒代含め4千円ちょっと。
フ~ム、昼間の蕎麦で6千円て一体何だったんだろう・・・と、ここでも些か疑問が再燃してきました・・・。
ただ、「天領」は残念ながら美味しくはなく、お昼に頂いた生酛純米でないとダメなようです。日本酒は、個人的には甘い吟醸酒よりもむしろ純米酒の方が好みなのですが、酒米や勿論精米歩合、また仕込み方法や酵母などによって同じ蔵でも全然違うので、例え銘柄であってもなかなか自分好みのお酒を見つけるのは難しい・・・。
【注記】
産卵期にはお腹が赤くなることから、アカウオとも呼ばれます。亡くなった父方の叔母に依れば、父の実家のある島内平瀬地区の拾ヶ堰(平瀬地区にこの拾ヶ堰の奈良井川からの取水口があります)からの用水路には、昔はアカウオが群れになって遡上してきたとのこと。
また、三才山を源流に、松本市内を流れる女鳥羽川にもウグイが生息しているそうですが、市街地の川にウグイがいるのは珍しいそうです。

 7月11日から13日まで二泊で二年振りの下呂温泉へ。
今回の旅の目的は、冷凍ストックが切れた飛騨牛の買い出しと、下呂には観光で見に行く処はもう無いので、まだ行ったことの無い郡上八幡観光です。
途中、高山の北にある飛騨古川(新海誠監督「君の名は」の舞台)は前回観光していますし(実際は昔職場旅行でも来ていて、朝ドラの舞台の「和蝋燭」店を見た記憶だけがあり、ここ古川だったことを前回来た時に思い出しました)、高山は職場旅行(しかも違う職場で二度)も含め、家族旅行やバスツアー、更に昨年は事前の飛騨家具のショールーム見学でと何度も来ていますので、今回は“パス”して素通りです。
安房峠を超えてそのまま下呂へ向かい、高山から国道41号線を走って宮峠という小さな峠を越え、やがて昨年の台風で氾濫した飛騨川に沿ってずっと下呂まで走って行きます。
4年前に高山経由で下呂温泉に来た時に初めて知ったのですが、飛騨川に沿って上流から順番に上呂、中呂、下呂という地名が続いています。県外の人間は“日本三名泉”の「下呂温泉」しか知らず、そのゲロという地名に「面白い名前だ」くらいしか思わないのですが、これは元々この地に奈良時代の駅家が置かれ、最初は上中下の順に例えば「下留(しものとまり)」と呼ばれていたのが、その後「ゲル」から「ゲロ」と読み方が変化したという説が有力なのだそうで、最初に上呂、中呂とあるのを見つけて、何だか妙に得心した記憶があります。
今回の下呂滞在は二泊だけなので、唯一終日自由となる中日に郡上八幡行を予定していたのが(梅雨が明けたというのに)生憎終日の雨予報。せっかく郡上八幡に行ったらお城や街歩きもしたいので、雨予報に今回は諦め。そこでワンコたちと宿でノンビリまったりして、一日温泉三昧とすることにしました。前回下呂に来た時に、「合掌村」(白川郷などから移築し再現された、10棟の合掌家屋集落。残念ながら白川郷の様な生活感は無い)も、またその中にある円空仏を集めた「円空館」も、更には近くに在った縄文公園(復元住居と土器などの発掘品の展示館)も全て見学済みですし、温泉街の下呂の街ブラも済ませています(第1324話)。従って、温泉を楽しむ以外、他に観光で行く所は下呂には無さそうです。
でも、せっかくなので、この日の昼食と夕食は、雨の小止みになった頃合いを見計らって外出し、外食にて下呂グルメを楽しむことにしました。

 この日昼食に選んだのは、蕎麦・・・です。蕎麦の産地の(というか他にない)信州から来て何じゃい!と云われそうですが、この下呂にミシュラン一つ星で且つグルメサイトでも高評価で、全国から蕎麦好きが集まるという行列店のお蕎麦屋さんがあるのだとか。
その店は「仲佐」(なかさ)という蕎麦店で、温泉街ではなく、市役所の近く。この日は平日の火曜日で、店に着いた時は11時半の開店時間を少し過ぎていましたが幸い行列は無く、店内に二組の先客がおられ、我々は三組目。テーブル席に案内され、スッタフの女性からメニューのご説明。
 スタッフは、一品の小鉢が付いた「蕎麦三昧」(2800円)を必ず客に先ず説明しているので、どうやらそちらが店のお薦めの様ですが、こちらはソバ以外には興味が無いので、一日十食限定という蕎麦掻き(2000円)とざる蕎麦(1400円)で、私メはもう一枚(1200円)を追加。それと家内は蕎麦饅頭(350円)と、私メは蕎麦掻きを“あて”に、蕎麦前として「天領」の生酛純米もオーダー(850円の一合ではなく、430円だったか、半分のお猪口一杯がメニューにありました)。
ざる蕎麦は『厳選した奥飛騨産、信州産の在来種のソバを、石臼でていねいに手挽き製粉した蕎麦粉で打った、風味、食感に優れた蕎麦』で、蕎麦掻きは『石臼で手挽き製粉した粗挽きの蕎麦粉を使った、香り高い蕎麦掻き。一日10食限定』とのこと。
この店のウリは、石臼で挽いた蕎麦粉とのことですが、H/Pの説明に依れば、『製粉からそば打ちに至るまで、手回しの石臼とふるいだけを用いて自家製粉しております。手作業で作るそばですので打つ蕎麦には数に限りがあります。途中で品切れする場合がありますが、ご理解下さいますようお願い申し上げます。』とのこと。
また、その蕎麦自体も、『奥飛騨や長野県の一部で栽培されている小粒のソバの実だけを使って、蕎麦を打っています。一般には流通していない貴重なソバなので、店を開いた当初から、このソバを自分たちの手で栽培してきました。地元の農家の方と力をあわせて、30年以上にわたって、栽培を続けています。』との由。
要するに、信州や飛騨地方の昔ながらの在来種で、自家栽培をして確保している蕎麦だけを用いて、昔ながらの製法で打った蕎麦。
例えば、松本にも「石臼挽き」を謳う店はありますが、石臼を機械で回していて、こちらの様に全て手回しだけというのは店主の拘りと大変さが分かります。その日に人力で用意出来る粉も限られるでしょうから、数量限定というのも止むを得ませんし、その分値段が高くなるのも納得ですが、それにしても、ざる一枚が1400円、追加1200円というのは破格の値段ではないでしょうか。
 暫し待つ間、テーブルに置かれた季節の花の投げ入れが、蕎麦に拘るご主人の姿勢の様に飾り気がなく、清楚で風情があります。雰囲気は全く違いますが、昔お婆ちゃんが一人でやってらっしゃった頃(有名になる前)の松本「野麦」の、一輪挿しに代表される(蕎麦好きだった故杉浦日向子女史も「店の空気に思わず背筋が伸びる」と評した)凛とした雰囲気を思い出します。
お茶が蕎麦茶にしては随分香ばしいのでお聞きすると、やはり蕎麦茶ではなくほうじ茶とのこと。そこで料理が運ばれて来ました。
先ずは蕎麦掻きです。擦り卸したワサビと生醤油で戴くのですが、夏の時期なのに蕎麦の香りがして確かに美味しい。下呂の地酒、生酛純米の天領に良く合います。蕎麦粉100%。緩くも無く固くも無くちょうど良い練り具合。(でもお婆ちゃんと娘さんで切り盛りしていた、稲核の「渡辺」なら、値段は1/3で量は倍以上だったかな・・・。10年以上も前ですが、第380話を参照ください)。
ソバも、量はハッキリ言って普通より少な目です。ただ中細麺で平打ちの蕎麦自体は、十割ではなく繋ぎを使っているそうですが、ツヤツヤしていて滑らかな麺で喉越しも良く、木曽の時香忘(こちらはオヤマボクチが繋ぎに使われていますが)の蕎麦に何となく似ています。ソバツユは見た目程濃くはなく、じゃぶじゃぶ浸す信州蕎麦と先っぽに付けるだけの江戸蕎麦の中間くらいでしょうか?薬味は紫色の辛味大根のみで、ある意味飾り気がなくて潔い。
確かに美味しい蕎麦でした。自分で蕎麦を栽培し、更に全ての粉を人力で3時間掛けて石臼で挽くのは本当に大変ですし、それだけで頭が下がります。確かにそこまで拘っている蕎麦屋は(自家栽培は田舎では結構ありますが)聞いたことはありません。
しかし、果たしてその努力の全てを客側に転嫁し得るのでしょうか?しても良いのでしょうか?
蕎麦で7千円近くも払ったのは恐らく生まれて初めてですが、まぁ確かに、それなりに値段なりの(?)満足感はありました。そして、お店のスタッフの気配りと心遣いも良かったと思います。
 「ウーン、でもなぁ・・・」
しかし、じゃあ半分の値段で、或いは2/ 3 の値段で満足出来る店は他に無いのか?と問われると、「うーん」と唸るしかないのです・・・。
個人的には、決して嫌味ではなく、この日の料理の中では、地元の蔵元の「天領」の生酛純米が一番美味しくて感動しました。

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