カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 翌日、早朝ウォークで蒲田駅周辺を歩きました。ウォーキング向きのコースは無かったので、蒲田駅の西口周辺で「石ちゃんの通りの達人」で紹介された店を探してテクテクと。「イオンモール松本」に出展したインド料理店「フルバリ」も発見しました。

 午前中は次女のマンションで朝から衣替えを済ませ、私メはクリーニング店へ行きがてら糀谷商店街を散策。空港関係者が多く住むと云う糀谷は、住み易そうな良い街です。

 代わりに信州へ持ち帰る荷物も整理して、作業終了。少し遅めの昼は、娘のリクエストで、いつもの「美登利寿司 活」へ。もうパラパラ雨が落ちてきていたのでバスでJR蒲田駅に向かいました。
週末の土曜日で相変わらずの外の行列したが、思いの外少なめ。程なく座ることが出来ました。ヒラメや炙りエンガワ以外に、私メはいつもの光物。この日の〆サバはイマイチでしたが、炙りトロイワシが実に旨い。3皿頂いてしまいました。また、この日は特選鯵が脂が乗っていて且つプリプリと新鮮で何とも美味! この日の鯵は、次女が成田に住んでいた時に行った「江戸ッ子寿司」で食べた鯵(何度か行きましたが、最高だった鯵は最初の時)に匹敵する程でした。この日のメインは夜なので、家内からは食べ過ぎぬようにとのこと。且つ「飲み過ぎぬ様に!」とのことにつき、生ビールも1杯だけ。会計時に
「わぁ、今までで一番安かったーっ!」(そりゃ、そうでしょ)
「ウン、如何にお酒が高いかだネーっ!」(イヤ、食べる量もセーブしましたから)

 娘とは蒲田で別れて我々は一旦ホテルへ戻りました。
夕飯は、事前に「俺の割烹」を予約済みです。「俺のフレンチ」だけでなく、以前長女から連れて行ってもらって感激したのだそうで、私メにも絶対おススメと、今回予約してくれたものです。2時間毎の入れ替え制だそうで、う予約は7時から。一緒に行く筈だった次女は、友人との別の約束が出来たからと、この日も我々二人だけ。事前にその旨予約を変更してあります。
前回は長女に連れて行ってもらったので場所が分からないとのことで、夕刻、台風の影響で雨足が強まる中、店は銀座8丁目だそうですが、新橋駅からGoogle Mapの案内で無事到着。1階は立ち呑みではなく、カウンター席中心でしたが、狭くてギュウギュウ詰めの様相。2階は鏡張りで些か落ち着きませんが、テーブル席(ジャズの生演奏があり、ミュージックチャージが掛かります)。2階もかなりテーブルを詰め込んでいますので、(鏡張りも手伝い)多少圧迫感はありますが、「俺の・・・」コンセプトで、フレンチやイタリアン同様に「割烹」でも「一流シェフ」による調理で高級食材を他店より少しでも安く提供するためには一等地で地代が高い分それは止むを得ないのでしょう。
30分ほど早めに到着したのですが、幸い予約席が空いていて幸運にも座ることが出来ました。1階は不明ですが、2階席は女性のグループが多く、また我々の様なシニアやミドルのカップルを含め、意外と若者が少なく年齢層は高目です。
 オーダーは、昼にお寿司を食べたばかりなので刺身はパスして、「カサゴの一本揚げ」、「白子の天婦羅」、「俺のおでん」、「出汁巻き玉子」。アテには鯵のナメロウを注文。奥さまはほうじ茶で、私メは生ビールですが、料理から(特に最初に出て来たのがナメロウでしたので)すぐに冷酒に変更。お得メニューの「なみなみ日本酒」です。受け皿が無いのが辛いのですが、表面張力で文字通りなみなみ注がれています。
料理はどれも美味しくて、味付けに品があります。白子もクリーミーで、全く臭みが無く新鮮です。食わず嫌いに近くて普段白子にあまり食指が伸びない奥さまも、この白子の天婦羅には感動していました。カサゴは、骨まで食べられるほどには揚げられていませんが、回転を良くするためにはしょうがないでしょう。おでんは関西風に薄味で素材の味が損なわれておらず、また出汁が実に良く効いていて美味。フロアスタッフの方に聞くと、わざわざ厨房に確認に行ってくださり、かつおといりこ出汁とのこと。そう云えば我が家にも「茅乃舎」の出汁(いりこではなくアゴですが)が買ってありましたので、今度大根を煮てみようと思いました。
他にも食欲をそそられるメニューがあったのですが、もうお腹も一杯。奥さまがデザートを注文して終了。年寄り二人だけではあまり多くのメニューを頼めません。
 お会計時に、たまたま来店時間が予約より早くて終了までに生演奏が無かったので、ミュージックチャージ分を引いてくれました。それもあってか、結構私メが日本酒を頂いた割には二人で9千円弱と、銀座の一等地でこの味でこの値段。「俺の・・・」のコンセプト通りとはいえ、驚きのコスパの良さ。台風の雨の中を来た甲斐がありました。他にも美味しそうなメニューが幾つもあったので、また次回の楽しみに取っておきます。ごちそうさまでした。

 翌日は朝から雨。台風22号が関東接近とのことだったので、次女のマンションで荷物を積み込み、早めに東京を出発しました。
東京から松本まで帰路はずっと雨。それもあってか、日曜日でしたが首都高から中央道も意外と交通量は少なめです。途中雨脚が強く50km制限の箇所もありましたが、何とか無事に我が家に帰還することが出来ました。ヤレヤレ・・・。

 週末の関東に台風接近という中、季節の定期便で、次女の所に衣替えの冬物を持って車で上京しました。

 幸い金曜日はまだ影響なく晴れ。奥さまが昼前から予定があるので9時半までに到着したいと、朝6時に出発。途中、石川PAまでノンストップ。府中の辺りから20㎞近い渋滞表示。どうやら事故渋滞の様です。NAVIの到着予想時刻が段々遅くなって行きます。石川で都会の運転に慣れた奥さまと(助手席のナビゲーターが私メの方がより信頼出来るので?)運転交代し、予定よりも1時間遅れで糀谷に到着しました。娘の所で荷物を積み換えホテルへ。いつもの大鳥居では無く、今回は新しくオープンしたらしい蒲田のホテルです。

 それぞれ予定を済ませ、この日の夕食は、娘は友人との予定があるとのことで我々二人だけなので、これまで天気が悪く何度も諦めた“蒲田の羽根付き餃子”です。今回はホテルがJR蒲田のすぐ近くですので、例え雨が降っても数分で行くことが出来ます。
“蒲田の羽根付き餃子”の有名店は、元祖と云われる「你好」(ニイハオ)と、その創業者の妹弟が始めた「歓迎」(ホアンヨン)と「金春」(コンパル)が所謂“御三家”とか。
今回は元祖「你好」ではなく、娘のお薦めで区役所隣接の大田区生活センター1階「歓迎 本店」へ。ホテルから歩いてホンノ数分でした。「歓迎 ホアンヨン」と看板にも書かれていましたが、マンダリンでの「歓迎」の発音は「Huanyingホアンイン」じゃあないのかなぁ・・・と、独りブツブツと・・・(ま、どうでも良いのですが)。
 まだ6時前でしたが、既にかなりの混雑です。後で娘から言われて知ったのは、その日がちょうど“プレミアム・フライデー”だったこと。そう云えば山手線も4時前から凄く混んでいて、家内と二人で「今日はエライ混んでるね」と訝っていたのですが、それもその筈でした。
店内はテーブルが並べられているだけで、現地“大陸の中華飯店”の様な殺風景。壁にたくさん張られた有名人の色紙が目立ちます。我々は予約無しだったので、中華風の丸テーブルに並んで座らされ、同様のお客さんは次から次へと相席となり、6時過ぎにはあっという間に店内満席になりました。都会は“プレミアム・フライデー”とはいえ、イヤハヤ大したモノです。
 我々の注文は、“名物”羽根付き焼き餃子(300円)を二皿、小籠包(500円)、エビ入り水餃子(500円)、レバニラ(780円)。そして生ビールとジャスミン茶。
あっという間に小籠包が運ばれて来ました。レンゲも小皿も無く食べにくいのですが、肉汁がたっぷり。猫舌の私メは少し冷めてから頂きました。焼き餃子は、サラメシで昼に食べても良い様にニンニク不使用とのこと。そのためか、少し肉の臭みを感じます。皮はモチモチでこちらも肉汁たっぷりです。奥さまは幼少から慣れ親しんだテンホウの餃子(八角がかなり効かせてありますが)の方が好みとのことでしたが、分からんでもありません。
水餃子はエビがプリップリです。そして今回、私メが一番感動したのはレバニラでした。
 「旨っ!最近食べたレバニラの中で一番ウマイ!!」
レバーの柔らかさ、モヤシのシャキシャキ感、トロミのあるやや甘めの味付けが何とも絶品で、全てが好みの味でした。
 「イヤぁ、ホント旨いなぁ・・・昼に定食で食べたら最高かも・・・!」
他にも美味しそうなメニューがたくさんありそうでしたし、焼きも水餃子も追加して食べたいくらいでしたが、年寄り二人では既に満腹気味で断念しました。

 念願だった“蒲田の羽根付き餃子”。水餃子も美味しかったし、何よりレバニラが最高!大満足でした(奥さまはジャスミン茶を絶賛していました)。
元祖「你好」など他の店もまた次回の楽しみにしたいと思います。

 母のショートステイ期間中に合わせて、お届けモノの荷物を運びがてら、車で娘の所に上京しました生憎、都会に近付くにつれての雨。慎重に運転しながら、ゆっくり走って談合坂で昼食がてら休憩し、ここで“都会に慣れた”談合坂で奥さまに運転を交代。幸い平日故に首都高も然程の渋滞も無く、予定通りに羽田ランプで高速を降りて、最初に娘の住むマンションへ荷物を届けてからいつも通り大鳥居のホテルへ。

 その後、この日も雨模様だったため、今度こそ!と思っていた蒲田の“羽餃子”を諦めて、この日はカンターには出ないとのことで娘の働く様子は見らないとのことでしたが、濡れずに夕刻の羽田空港へ。
江戸小路は「朝顔市」風の夏の装い。何だか、ここに来た方が“日本の夏景色”が感じられます。
蒲田の餃子をあきらめたためか、今回は中華で飲茶を何品かと私メは餡かけ焼きそばと奥様は中華風冷麺。上品な味で美味しゅうございました。
 翌日、娘のお休みだったので日帰りで初めて房総へドライブです。娘の住む大田区からはアクアラインへのアクセスもすぐで便利(結構産業道路からの進入路がナビを使っても分かり辛かったのですが・・・)。途中、海ボタルで休憩。結構混んでいました(平日でも夏休み期間でしたので)。
房総では、昼食で鯵のタタキ定食を。値段は決してお安くはありませんが、やはりこの鮮度は海辺ならでは。プッリプリで弾力があり、臭みなど全く無し。残念ながら鰯のなめろうやサンガ焼きまでは食べられませんでしたが、イイですね、どんなに輸送時間が短縮されたとしても、果物や野菜も産直が美味しいのと同様に魚はやっぱり海辺には敵いませんね。
 翌日は、用事のある奥さまと別れ、頼まれたお土産を購入するために東京駅に。その後で、ステーションギャラリーで開催されていた「幻の画家 不染鉄展」を見ようと思ったのですが、思っていた以上に購入に手間取り閲覧時間が無くなってしまったため、諦めて地下街でのランチに変更です。八重洲地下街には残念ながら北は無く、「エリックサウス」という南インド料理店があります。そこで、好みのカレーを2種類選ぶランチミールスにして、バターチキンとマトンを選択。南なので、ナンではなく、パパドゥとターメリックライスで頂きます。久し振りの本格的なインド料理で満足でした。
 その後で表参道で奥さまと合流し、一緒に糀谷に行ってから松本へ向かいました。

 最終日は、娘と車でサービスアパートに行って、残った荷物の荷ほどきをして荷物の整理です。大体片付いたところで、娘の運転でTown & Country Village のTrader Joe’sに行って食料品の買い出しです。夕飯は(外食続きだったので)、この日は娘が料理してくれるとのこと。帰路、広大な大学敷地内にある湖に立ち寄り。雨季にはもっと水を湛え、乾季には水が消えるのだとか。格好の散歩コースなのだそうで、一度来てみたかったのだそうです。

娘の手料理での夕飯は、ご飯とサラダ、メインに新鮮なサーモンのレモン風味の蒸し焼き。ビールとワインで慰労と激励の乾杯。
奥さまからは、「アンタらは、ホント飲兵衛なんやから!」とのお小言も・・・。(関西弁で記載した方が、実際よりも柔らかく感じますので・・・)
娘の手料理もとても美味しかったのですが、大きな切れ目でしたがサーモンが二切れで$12とか。やはり、アメリカは(特にパロアルトは?)物価が高い様です。
 翌朝、娘にホテルへ迎えに来てもらって、サンノゼ国際空港から帰国。
30年位前に来た時に、赴任者が今度日本からの直行便が就航するので便利になると喜んでいたのを思い出します。国内線で利用した当時の空港は如何にも田舎の空港でしたが、広さは変わらないかもしれませんが、ターミナルも新設され見違えるほどスマートになっていました。
娘は、通関するまでずっと見送ってくれました。
 「うん、体には気を付けて元気で頑張れヨーッ!」
1週間もすれば婿殿がLAに赴任して来ます。それぞれ難関を突破してのお互いの念願だったMBA留学とはいえ、夫婦としては一年半も離ればなれだっただけに、米国に拠点も出来るので焦らずにじっくりと就活に取り組めば良いと思います。他の多くの留学生の様な組織からの派遣ではないのですから、自分で自分の未来に投資した分は少なくとも回収出来るように・・・。

 
 30数年前のアメリカ西海岸への出張時に、パロアルトの赴任者が車での通り掛かりに「ここがシリコンバレーで有名なスタンフォード大学だよ」と教えてくれた時の記憶は、ヤシの並木道からのフーバータワーを望む景色だったか・・・。それがパロアルト駅から続くその名もPalm Street。当時は想像だにしませんでしたが、まさかそこに(娘のお陰で)自分が立ったとは・・・感慨深いモノがありました。機会を与えてくれた娘に感謝です。
 日本以上の格差社会であるアメリカ。サンノゼやサンフランシスコでは、ホームレスの人たちをたくさん見掛けました。決して老人だけではなく、若い人もいましたし、金髪の若い女性すらいました。行き交う人は視界から消すのか、誰一人として見向きもしませんでした。
片や、パロアルトでは一切ホームレスの人を見掛けませんでした。パロアルトは全米一物価も高いのだそうです。要するに金持ちしか住めず、結果として治安も良いのか、大学の敷地内では朝など普通にジョギングをしている人たちもたくさんいて、何だか別世界の様でした。
 モータリゼーション発祥の国アメリカ。石油危機、環境問題で、燃費の悪い大型車は敬遠され、小型車が主流となりました。
日本と比べ意外だったのは、現地では(西海岸のホンの一部エリアに居ただけですが)ドイツ車が少なく、テスラの様な電気自動車を別にすると、アメ車と日本車が多く目に付きました。確かにスバルやマツダも見掛けます。それに続いてドイツ車(カーメルではドイツ車を多く見掛けました)や韓国車でしょうか。大型のピックアップトラックも日本メーカー(トヨタのタコマやニッサンのタイタンなど)も含めてたくさん走っています。シボレーやフォードなど、アメリカのメーカーの車も想像以上に小型でデザインの良い車が多いのに驚きました。見ているだけでは性能は分かりませんが、見た目は日本車と変わりません。日本市場から撤退したメーカーもありますが、もっと上手く宣伝すれば売れるのではないか(価格は不明ですが)と思えるような魅力的な車を多く街中で見掛けました。日本という特殊な市場のせいではなく(縮小して魅力が無くなったのなら別ですが)、メーカー側の努力不足の様に感じます。

 また知的階級だけなのかもしれませんが、専門店だけでなく、Trader Joe’sの様な高級スーパーを見ても、オーガニック食材が並び、サラダも何十種類と売られていて、昔に比べファーストフード一辺倒では無く、健康志向が高まっている様に感じました。それは、シリコンバレーで意外と多くの人が利用していた列車通勤や自転車通勤にも繋がっているのかもしれません。
滞在中CEOが批判もされてもいましたが、UBERが当たり前の様に使われ、テスラが普通に走っている社会。内向きになるのか、短期的な当面の方向性に心配はありますが、少なくともこの国が建国以来持っているであろう活気を感じずにはいられませんでした。

 それにしても、全てが桁外れのスケールでした。そして、こういう場面に遭遇するといつも感じるんですよね、こんな国と戦って勝てる訳が無かろう・・・と。

 午前中にサービスアパートへの引っ越しを済ませ、我々がシャトルバスでパロアルトのショッピングモールTown & Country VillageにあるTrader Joe’sで買ってきたサンドイッチとサラダで簡単にランチを食べてから、明日の早朝帰国する婿殿の最終日なので、皆で半日観光へ。

 元々皆でヨセミテに行こうかと検討したのですが、日帰りでは無理なことが分かり、来月から婿殿のLA赴任が決まっているので、またいつか来れば良いと今回は断念。ワインで有名なナパバレーは、奥さまがもう二度とここで車の運転はしたくないとの仰せで、二人しか飲めないのでは運転する人が可哀想と、これも諦め。
そこで、娘の推奨する通常カーメルと呼ばれるモントレー半島の小さな街、Camel-by-the-Seaへ行くことになりました。パロアルトから高速で南に2時間弱のドライブだそうです。
 往路は婿殿の運転。慣れたもので、来月からのLA赴任も問題ありません。
乾季なのか、枯れた草原と松なのか緑の木々が対照的な丘陵地帯を走り、時々牧場や広大な野菜畑や果樹園が拡がっています。米国は機械化された大規模農業というイメージでしたが、それは小麦やトウモロコシなどの穀倉地帯のことなのか、種類までは分かりませんでしたが、ここ西海岸の野菜畑などは思いの外日本の農業に似て労働集約的で、丁寧に栽培されているように感じました。ちょうど旬なのか、日本で云うアメリカンチェリーの観光農園の看板も見受けられました。

 モントレー半島の南側に位置して湾を臨むカーメル。湾が見えると、急に霧が巻いてきて、空も曇って来ました。海岸沿いは気候も変わり易いようです。丘陵地帯から、長い坂を下ってカーメルの街へ入ります。2時間無料と云う路上駐車をしてから街を散策します。
曇天で太陽も隠れていて、外は肌寒いくらいです。そこで、家内が一年前のサンフランシスコで(余りの寒さに)買って来たNORTH FACEのジャンバーをお互い羽織ろうとしたら、この日に合わせたサプライズで、娘がこれを着て欲しいと車のトランクから出して来たのは、それぞれ“STANFORD DAD” と“STANFORD MUM”のロゴが入った真っ赤なスタジャン。留学したため、一年遅れでの我々二人の還暦祝いの“ちゃんちゃんこ”代わりとの由。
 「恥ずかしがらずに、チャンと着てよね!」
との仰せに、二人で有難く着させていただいて街歩きです。
 通常カーメルと呼ばれる小さな街Camel-by-the-Seaは、元々はミッションと呼ばれる伝道所が作られて、カトリックの静養所を目指した街造りがされ、1900年代に入り芸術家や詩人が集まる街になったのだとか。現在でも芸術家が多く住み、そのため街中には多くのギャラリーがあり、またセレブの別荘やリタイアした方々などが住む街なのだとか。クリント・イーストウッドが市長を務めたことでも知られているそうです。
お洒落で可愛らしい街並みが続き、どの家も中世のヨーロッパを模した様な、それこそグリム童話やお伽話に出るような家をわざわざ造っているようです。
サンノゼでも昔の消防署が博物館になっていましたが、たかだか100年足らずのモノでも、歴史の新しい国では大切な“歴史的遺産”にするようです。ある意味、新大陸を求めて故郷の国を捨ててやって来た先祖たちの故郷の中世の街並みを、American Dreamを成し得た人々がその証として再現したかったのでしょうか。でも、テーマパークの様で、統一された実に可愛らしい街並みです。日本で云えば軽井沢や、海岸に近いのでむしろ鎌倉や葉山などの湘南のイメージでしょうか。
 街を下ってカーメルの海岸へ降りてみます。白浜の続く海岸は、SFやLAなど加州で随一の夕日のスポットだそうで、肌寒いのに海水浴に興じる人や、ペットに優しい街として知られるというカーメルは、犬連れの人たちが海岸にたくさんいました。しかし、半世紀以上前の「名犬ラッシー」のイメージと異なり、SFやサンノゼ、パルアルトでも大型犬よりもむしろ小型犬を連れている愛犬家の方が多くいたのには驚きました(ナナはシーズーですが、もしかすると最先端かも・・・。その一方、人気と云う日本犬は今回一匹も遭遇せず)。
どうやら、この日夕日を眺めるのは難しそうなので、我々は早々に海岸を後にして、街歩きに戻ります。
 娘が検索して、婿殿と私メ二人のためにワインのテイスティングへ。一人$15で4杯の異なるワインが試飲出来ます。このモントレーも気温の寒暖差が大きいため、ナパ程ではありませんが幾つかワイナリーがあるのだそうです。ワインのことは良く分かりませんが、ピノ・ノワールやシャルドネが美味でした。
以前日系の会社で秘書をされていたというお店の女性スタッフから、“Oh ! Stanford Parent.”の声に、娘の卒業式に来た旨を伝えると“Congratulations !”。“どうも・・・”でありました。
その後、早めに夕飯を食べて帰ることにしました。娘が検索し、イタリア料理のお店に。最初、他の欧州料理のレストランを予約していたのですが、街歩きの途中で、「ん!?こっちの方が良さそう!」と突如変更。こんな娘に付き合う婿殿も大変ですが、ヒラメキ派とじっくり型、大胆派と慎重型で意外と凸凹で夫婦としてはバランスが取れているのかもしれません。
車をレストラン近くの駐車スペースに移動してのイタリアンは、ビストロ「Little Napoli」。我々が座ると、間もなく満席になりました。どうやら地元の人気店の様で、ガーリックブレッドとアサリの蒸し料理が「大変美味しゅうございました!」。ピザは普通かな。食べ切れませんでした。
 還暦祝いの真っ赤なスタジャンと不思議なカーメルの街。良い記念の旅行になりました。帰路は娘の運転で1時間でサンノゼのホテルに到着(・・・ん!?ちょっと早くネ?)。運転、お疲れさまでした。
大学構内だけなら、自転車さえあれば車は不要。しかし、先輩の方からのアドバイスもあって、企業訪問や友人との人脈づくりには車が不可欠だった様で、留学中の行動範囲を拡げるためにも、帰国する日本人の方から中古の日本車を購入しておいて(その時点では運転免許も無かったのに)とても良かったとのことでした。

 事前に予約してあり、この日は二人共同じウエスティンホテルに泊まります。

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