カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 小田和正ツアーの際に宿泊したのが、会場となったアリーナに近い(本当は、会場を本来のアリーナではなく、当初「芸術の森」ホールと間違えた結果、その最寄駅である)東府中のホテル。松本からのTOKYOの玄関口である新宿や都心でもなく、或いは空港勤務の次女が住む大田区でもない、都心郊外の多摩地区に宿泊するのは初めてで、今後も機会は無いかも・・・。
 そこで、コンサート翌日の早朝、ウォーキングを兼ねて周囲を散策してみました。最初は深大寺に行ってみようかと思ったのですが、歩くには遠く、京王線の最寄駅は、東府中からは調布ですが、上りは平日の通勤時間帯で混雑しているでしょうし・・・と諦め、選んだのは、こちらも行ったことのない高幡不動。最寄駅の高幡不動からは近過ぎる(ウォーキングにならない)ので、一つ手前の百草園から歩くことにしました。マップで確認すると、1.6kmとのこと。京王百草園で下車して川崎街道を歩きます。
20分ほどで高幡不動駅に到着。今回の上京時に高速バスを日野で下車し、多摩モノレールからここで京王線に乗り替えました。
駅からは100mほどと短いですが、門前町の様に両側に商店街が並ぶ立派な参道が続いていて、その参道を過ぎて川崎街道を渡ると立派な仁王門が立っていて「高幡山」という山号額が掛けられていました。

  「高幡山金剛寺」は真言宗のお寺で、高幡不動と呼ばれる通り、重文の不動明王坐像をご本尊とし、成田山新勝寺と並ぶ関東三不動の一つで平安時代の創建だそうです。小山の様な丘陵を取り込んだ広く立派な境内には五重塔もあって、童士像二体を含む重文の不動三尊像を始め他にも先述の仁王門、不動堂などの建造物など幾つかの重要文化財がある古刹であり、厄除けの“高幡のお不動さん”として地域の信仰を集め親しまれているお寺さんです。
また、檀家筆頭の家に生まれた土方歳三の菩提寺でもあるため、境内には彼の像と新鮮組の記念碑も建てられていて、新撰組ファンにとっては“聖地巡礼”先の一つでもあるのでしょう。また広い境内には丘陵地を歩くハイキングコースもあって、初夏はアジサイ、秋は紅葉のお薦めなスポットなのだそうです。
 一通り境内を巡り参拝してから、帰路は電車でホテルに戻りました。
次女がその日は休みで、表参道の美容室に来た後ランチを一緒に食べられるというので、私メの要望で、また「美登利寿司 活」へ。
その前に家内がデパートで洋服を次女と一緒に見たいというので、先ずは新宿で待ち合わせ、私メは高島屋の東急ハンズへ。ハンズは見て回るだけでも楽しいですから・・・。すると高島屋のイベントコーナーで「夏の高校野球100年記念展」が開催されていたので入場し、長野県勢唯一である松本商業(現松商学園)の昭和3年の優勝と松本中学(現松本深志)の昭和22年の出場を確認。
 「あぁ、次は一体いつになるのか?・・・。生きている内に、生で見たいなぁ・・・!」
 乗車駅の新宿には「活」は無く、この前久し振りに移転後の「沼津港」へ行って(移転後も混んではいましたが)ガッカリしたので、渋谷の「活」へ行くことにしました。
渋谷ハチ公口下車だったので、渋谷には会社員時代何度も出張で乗り降りしている(生産性本部のコースに一年間参加していました)のですが、初めてちゃんとハチ公を確認。スクランブル交差点そのものが今やTOKYOの人気スポットでしょうし、更に最近の秋田犬ブームもあるのか、外国人観光客の方々が盛んに記念写真を撮っていました。
 渋谷の「美登利寿司 活」で、私メは毎度のイワシや〆サバ、アジ、コハダ、ヒラメやエンガワなどなど・・・。新鮮な光り物は信州ではなかなか食べられませんから、ここぞとばかり思う存分堪能しました。この日は特に鯵が絶品でした。
 次女とは渋谷駅で別れ、我々はバスタからの高速バスに乗るために新宿へ向かいました。
娘たちのお陰で、今年も素敵なバースデイを過ごすことが出来ました。オカタジケ!二人共頑張れヨ~!

 7月と8月は我々夫婦の誕生日。この年になると、せいぜい“目出度さも中ぐらい也”程度で、我々自身でお互いを祝う様な事はもうありませんが、それでも子供たちからのお祝いは格別です。

 米国在住の長女からは、奥さまの誕生日に合わせて「小田和正2018 Tour “ENCORE”」のチケットのプレゼント。
因みに“Encore”(アンコール)は本来フランス語。英語でもそのままの綴りで使われるようですが、英語で言うならCurtain Callでしょうか。
 ナント今年古希(70歳!)を迎えたという小田和正さんのライブツアー2018は、全国21ヶ所、全48公演とか。5月の熊本からスターとし、3ヶ月経って東京地区へ戻ってきて最初の調布「武蔵野の森総合スポーツプラザ」での初日。8月8日のコンサートチケットです。
ちょうど台風13号の関東直撃も予想される中でしたが、当日高速バスで東京へ向かいました。日野で高速バスを降り、多摩モノレールから京王線に乗り替えて、先にチェックインすべく、予約したホテルのある東府中へ。コンサート会場はてっきり「府中の森芸術劇場」だと思い、ホールまで歩いて行ける東府中のホテルにしたのですが然に非ずで、味の素スタジアムのある「武蔵野の森総合スポーツプラザ」にある1万人収容のスポーツアリーナがその会場で、最寄駅は聞き慣れない京王線の「飛田給」駅。これは荘園制度が盛んだった頃、この地の荘園領主だったらしい飛田(とびた)某から支給された土地(給田地)だったという言伝えに因むのだとか。
開場時間に合わせて京王線で東府中から飛田給へ向かい、降りるとたくさんの人。台風が近づいていて、傘も時にひっくり返る程に風雨が強まる中、アクセスを調べなくても人の波がアリーナへとぞろぞろと向かっていて、そのまま付いて行くと10分足らずで会場に到着しました。
後で知ったのは、台風接近に伴い、この日の開催可否は午後2時に決定されたのだとか。そんなことは“”知らぬが仏“の我々は、うとうとしながら信州からの高速バスの中。せっかくの娘からのプレゼントでしたので、オフコースの1stアルバム「僕の贈りもの」ならぬ“神様からの贈りモノ”か、開催出来て何よりでした。

 会場に入ると、娘が用意してくれたのはステージの右斜め後ろ側2階の前から2列目のS席ですが、幾つもの大型ディスプレイで演奏の様子がライブ中継されるので、例えステージ真後ろの席であっても画面を通じて見られる様になっていました。また、1階のフロア席(アリーナ)にもステージと通路の間に座席が設けられていて、どうやったら確保出来るのか、追っかけやファンクラブの方々なのか、皆さん公演中は最初から最後まで立ちっ放し・・・。凄いなぁ。我々は圧倒されっ放し・・・でした(結構客層の多くは、学生だった頃にオフコース時代を過ごしたであろう、私等と同年代の方々とお見受けしましたが・・・)。
 オープニングで数曲歌った後、
 「台風が来てるので、はしょって、出来るだけ早く終わらせよう!・・・なんてことは、全く考えておりません!!!」
 我々の様な、40年近く前のオフコースの松本公演に行っただけ(因みに、家内はシンガポール赴任中の92年に、現地でも吹替え放映されて人気となったTVドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌「ラブストーリーは突然に」も人気となって行われた小田和正シンガポール公演もお友達と聴きに行かれています)のファンはともかくとして、追っかけや常連の方々は、曲毎の拍手やコーラス、そして振り付けなども全てパターンが決まっているらしく手慣れたモノ。それを見ながら、聴きながら、ライブでは俄かオーディエンスである我々も見よう見真似で、「フムフム、ナルホド・・・」。それにしてもこの日の会場も満員札止めらしく、古希にして、この一万人を超える観客動員力は只々凄い!の一言。後15年もすると、演者も観客も皆白髪頭で杖を突いてでも来ているのではないか!と思えるほど・・・でした。
 生命保険のCMに使われた「言葉にできない」や「たしかなこと」、そして“クリスマスの約束”でもお馴染の「東京の空」や「君住む街へ」。更に、アルバム「ワインの匂い」から「愛の唄」に始まって、大好きな「秋の気配」、「愛を止めないで」、「言葉に出来ない」などなど、オフコース時代の懐かしい曲も・・・。
途中、恒例らしい公演会場周辺を訪ねてロケした10分程度の「ご当地紀行」のVTRが流され(立川だったか、公園の入場料で、小田さんが「シルバー料金です」と言ってチケットを購入していたのは実に微笑ましかった)、スタッフはその間僅かな休憩を取ったのみで、前後半、そして正しく2度の“Encore”アンコール(東北大学の学生時代に混声合唱団所属だった小田さんらしく、最後に出演者全員によるアカペラ合唱曲「また会える日まで」で締めるというアンコール構成は、どうやら毎回お決まりの様でした)も入れて全30曲!(さすがに、金原千恵子女史率いるストリングスは全員音楽大学出身なのでしょう、アカペラのハーモニーも完璧でした。ギターもキーボードも皆旨かったけど、個人的にはドラムスの木村万作さんが良かった!・・・な。因みに二度目のアンコールの中で歌ってくれた「さよなら」は、シンガポール駐在時代、某クラブの生バンドが赴任者が帰任する際に必ず歌って見送ってくれた曲でした。思い出しますね・・・)。
 帰宅後に思い返して聴いたオフコース時代のベストアルバムの“艶っぽい”柔らかな歌声と強いて比べると、その艶っぽさは消えて、ややシャープでキレのある(ある意味鋭い)声質にはなっていましたが、それにしても“喋くり2/3”というさだまさしコンサートに比べ(それはそれで、さださんのエンターテナー振りも凄いですが)、2時間以上もほぼ歌いっ放しは凄い!の一言・・・。もうイイからとこちらが心配になる程に、30曲歌い切った体力は流石!・・・でした。
 終わってもまだ台風の風雨激しい中、無事駅に到着し、都心に向かう上り線に比べて混雑が少ない下りホームで家内と二人、
 「コンサート、良かったよね!」
とお互い感慨に浸りながら、遠くアメリカに居る娘に感謝していました。

 7月と8月は我々夫婦の誕生日。
今や、“人間五十年、下天の内をくらぶれば・・・”どころか、百歳も決して珍しくない世の中ではありますが、さすがに還暦過ぎのこの年になるとせいぜい“目出度さも中ぐらい也”程度で、我々自身でお互いを祝う様な事はもうありません。それでも子供たちからのお祝いともなれば、そこは格別です。

 先ずは、次女からのバースデイプレゼント。
それは、東京ドームのVIPシートの巨人VS中日戦。何でも上司の方が(単身赴任のため)毎年シーズンチケットを購入されていて、ドームでの主催ゲームは毎回ボックス席のチケットが送られて来るのだそうですが、仕事が忙しい時や都合が悪い時もあって、毎回は行き切れないので結構無駄にしてしまうのだとか。私メがジャイアンツファンであることを話していたら、誕生日に近い週末の巨人戦のチケットを行けないからと下さったのだそうです。
誠に有難い限りで、その試合は幸いデーゲームだったことから、母とナナの夕食対応だけは妹に頼んで、日帰りで東京に行って来ました。
夏休みの週末でしたので途中の渋滞や松本インター横の駐車場確保に不安もあって、念のため高速バスではなく特急あずさで往復しました。
 当日は早めに新宿に着いてから、次女の招待でランチへ。
娘が予約してくれてあったのは、新宿高島屋の「水たき玄海」。昭和3年の創業と云いますから、今年で丁度創業90年という老舗だそうです。以前、奥さまと娘が二人で来て気に入ったのだとか。既にランチコースの「水たき御膳」が予約されていて、席に案内されてすぐ煮こごりと冬瓜の煮物の先付け二品が運ばれて来ました。水炊きは先ず茶飲みで白濁したスープをいただきます。それが、あっさりとして臭みも全く無い実に上品な味。全てスープ用に用意されているので、何杯もお替りして飲み干して良いのだそうです。
そしてメインの水たき。ぶつ切りの鶏肉だけが入っていて、野菜は別に供されます。鶏肉もホロホロの柔らかさ。聞けば、この水炊き用のスープは鶏を丸ごと8時間煮込み、丁寧に灰汁を取ってキレイに濾しているのだとか。やっぱり家庭では到底出来ない、さすがは老舗の水炊き専門店の味です。
最後の〆は、鶏釜めし、親子丼、雑炊からの選択とのことで、全員水炊きスープを使った雑炊をチョイス。同じ鍋ではなく別に作ってくれるので、水炊きの鍋は空にしてしまって構わないとのこと。その雑炊も絶品で、キレイに完食。私メは生ビールをいただいたので、最後のデザートは奥様へ。
 「あぁ、美味しかった!ごちそ・・・」と、ここでサプライズ!
娘が頼んでくれてあったバースデイプレート。ありがたく気持ちと実物のチョコを一ついただいて、残りは二人へ。
 「大変、おかたじけ・・・。ごちそうさまでした!」
いやいや、本当にありがとうございました♪
 さて肝心の巨人戦。残念ながら一方的な展開で中日の圧勝。でも、漸く誕生した生え抜きのヤングジャイアンツのニュースター、岡本選手と吉川尚幾選手を生で見られただけで満足、満足・・・。高卒入団2年目でプロ初先発だった“松坂2世”高田投手は残念でしたが、
 「みんな頑張れ、頑張れ!」
 娘からの素敵なバースデイプレゼントに感謝して、東京を後にしました。
今回頂いたチケットと日頃娘がお世話になっているお礼に、地酒と後日空港のオフィス宛に信州のお焼きもお送りしました。

 下呂の国道41号線。温泉街の高台を走る下呂バイパス。高山方面から下呂トンネルを抜けてすぐの「森」という信号のある交差点。左折すると合掌村方面です。
今回泊まったホテルから下呂の温泉街へは、41号線(下呂バイパス)のこの「森」という信号を渡るのですが、その時に気付いた交差点の対面に何とも不思議な横断歩道を見つけました。

 41号線と合掌村へ上る道との「森」信号の五差路。下呂の市役所方面ではなく、温泉街の「せせらぎの小径」方面へ下って行く道(アーチ状の下呂温泉の看板をくぐる坂道)を渡って41号線までの横断歩道。
その先の41号線を渡る横断歩道は無く(反対側にあります)、41号線のガードレールで遮られていて、その先の横断歩道はありません。従って、この横断歩道を渡ってもその先に行けないのです。一体何のための横断歩道なのでしょうか?
おそらく、この温泉街へ下る道よりも、下呂バイパスの方がずっと後で出来たであろうことから、バイパスが開通した時に、交差点の反対側に横断歩道を設けたために、それまであった(?)横断歩道は遮られて使えなくなったということなのでしょうか?
それにしては白いペンキが剥げた様子も無く、“現役”の横断歩道であるかの様な“雰囲気”に、何とも???な“ナニコレ珍百景”でありました。

 飛騨旅行の最終日。早朝雨が降って少し肌寒いくらいでしたが、車で飛騨牛を運ぶには却って好都合です。
朝ゆっくりと温泉を楽しみ、9時半に開店という前日のスーパーに行って飛騨牛を購入。戻り、10時半に下呂を出発。国道41号線を高山に戻ります。平湯・安房峠方面へは高山手前から向かう道がありますが、我々は高山の市内観光をしてから帰ることにしていました。

 高山市街へ入り、陣屋横を抜けて宮川を渡り、炎天下を避けるべく屋根付きの駐車場へ駐車。ナナをバギーに載せて、古い町並が続く「三町伝統的来建造物保存地区」へ。三町は、上一之町から二之町、三之町とありますが、車両規制がされているのは上三之町のみでしたので、ナナを載せてバギーを押して行くのに歩き易い三之町を往復することにしました。
しかし驚いたのは人の波。GW明けだというのに通りは人でごった返しています。それもその筈で、中国からを中心としたインバウンドの観光客と、修学旅行の団体客(因みに掲載の写真は、顔が映らぬ様に、人通りが過ぎたタイミングで撮影しました)。
 「そうかぁ・・・。GWは関係無いんだ!」
以前来た時も立ち寄った酒蔵や味噌屋さんも、たくさんのお客さんでごった返しています。前回も気に入ったお酒が見つけられず(≒高天純米でイイ・・・)、また味噌汁が試飲出来る味噌屋さんも「う~ん、丸正の味噌の方が美味しい・・・」と結局何も買わず終いでしたので、今回はナナも一緒でもあり入店せず。
犬連れで観光していて思うのは、残念ながら地元松本でも観光客の多い中町や縄手通りも同様なのですが、高山も「ペット入店OK」という店の少ない事(松本中町や高山など、古い町並ではテラス席を設けるのは難しいかもしれませんが)。
ペット連れに優しいのは、別荘族が多い事もあってか、近隣では軽井沢くらいではないでしょうか。信州では別荘地を抱える白馬も蓼科であっても、ペットホテルを除けば残念ながらどこも失格です。
高山の上三之町で見つけたのは、唯一スイーツが売りの喫茶店1軒のみ。昼時でしたので、「スイーツじゃぁ・・・」。結局、高山ラーメンの店も飛騨牛の店もどこも入れず。ネット検索すると、高屋駅付近にワンコ入店OKの洋食屋さんがありましたが、ここからは遠いし高山に来てまで洋食じゃあ・・・。しかし、街角の美味しそうな“風景”に我慢出来ず、食べ歩きでみたらし団子(素朴ですが、焦げた醤油が香ばしく、柔らかくて実に美味!)を既に食していた奥さま曰く、
 「私は飛騨牛コロッケでイイから、ラーメン屋さんに一人で入って食べてくれば?」
 「でもせっかくナナも一緒だから、独りで食べてもなぁ・・・。(食べなくても)イイや!・・・それか、来る時に道沿いにあった「板蔵ラーメン」のドライブインにでも寄って食べるから」
 「じゃあ、二人でコロッケ食べヨッ!」
・・・と結局相成り、テラス席で飛騨牛コロッケをいただきました。
それにしても、飛騨牛の串焼きか炙り寿司のテイクアウトの店だったか、二重に折り返しての行列が出来ていたのには「凄いですね!」と感嘆。
余りの人込みとペットOKの店も無いことから、早々に高山を後にしました。ところが、途中の「板蔵ラーメン」はナント定休日・・・。
 平湯手前にあった「ワンワンパラダイス高山」。山の中で自然豊か。犬にとっては良い環境かもしれませんが、「高山」というには市街から30分以上離れた場所。ま、確かに反対側の松本市と接する乗鞍岳山頂までは高山市内ですから間違ってはいませんが、
 「うーん、平湯か奥飛騨にした方が良くナイ?」
 「ブツブツ文句ばかり言っていないで何か食べたら?お腹が空いてイラついてるんでしょ!?」
ということで、平湯手前のドライブイン「赤かぶの里」へ立ち寄り。以前職場旅行でもトイレ休憩でバスが立ち寄った場所です。岐阜県側最後のお店だと思いますが、昔に比べて何だか寂れたような・・・。ここで、「高山ラーメン」をいただきましたが、食べている間お客さんは私メ一人だけ・・・でした。

 ホンモノの高山ラーメンは、今度来た時の楽しみに取っておきます。
 「また、ナナと一緒に来ようね!っと」
今回は、ナナも一緒に初めての下呂温泉。三名泉と云うだけあって、なかなか良い泉質の温泉でした。そして、しっとりと落ち着いた飛騨古川も実に良かった。また高山の人気には驚きました。考えてみれば、もし明治期であれば同じ筑摩県の中の“県内旅行”でしたので、次回は“県外”の美濃の郡上八幡まで足を延ばそうかな・・・。

 それにしても、一日も早く「中部縦貫道」が出来るとイイですね。

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