カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 馬籠峠の頂上まで2㎞ちょっとだった上りの道程から、残り5㎞程は妻籠宿まで緩やかな下りが続きます。

峠から下って行くと、すぐにラッキーポイントと書かれた777mの熊除けのある標識を過ぎ、1㎞ちょっとで「一石栃立場茶屋」(いっこくとち たてばちゃや)と書かれた無料の休憩所があって、先ほどの高校生諸君も周辺の広場でお弁当を広げて昼食休憩を取っていました。
我々はお茶屋の中に入って休憩です。この場所は江戸時代に伐採禁止だった木曽五木の材木運搬を監視(白木改め)する番所だったのだそうで、囲炉裏のある江戸中期の茶屋の建物がそのまま現在も休憩所の茶屋として使われています。常駐している地元のボランティアの方が我々にもお茶を入れてくださいました。休憩所ではオーストラリアとドイツからという我々よりも年配のカップル二組が休憩をされていて、暫し談笑。皆さん、この“SANURAI TRAIL”を思い思いに楽しんでおられます。そしてチロチロ燃える囲炉裏を背景に、記念に我々の写真を撮ってくださいました。そこで、お返しに写真を撮ろうとすると、
 「彼女は写真が大好きだが、私は写真が嫌いなんだ・・・けどネ!」
と茶目っ気たっぷりにジョークを言いながら、お二人仲良く笑顔でフレームに収まっての撮影。「志」と書かれた太い竹筒に心ばかりの気持ちを入れてから、我々はお先に出発です。
茶屋を過ぎて、如何にも江戸時代の街道を思わせる杉木立の続く緩やかな道を下っていきます。途中、木曽路のご神木の様な幹の周囲5.1mという樹齢300年以上のサワラの大木や、少し街道からは外れますが、江戸時代の行き交う旅人も一服したであろう男滝女滝があり、我々も足を止めて暫し昔を偲びながら休憩しました。
 旧道に戻り、やがて家並みが現れると宿場の入り口である大妻籠。更に畦道のような旧道を歩いて、江戸時代にタイムスリップしたような今回のゴールになる妻籠宿へ到着。途中二度ほど休憩しながらゆっくり歩きましたが、ほぼ行程表通りの2時間40分でした。
ちょうどランチタイムでもあり、妻籠宿にはたくさんの観光客の人波が。さすがに食事処はどこも混んでいましたが、我々も昼食を取るべく、一応「生蕎麦」の看板が掛かっていた一軒のお蕎麦屋さんへ。家内が五平餅とざるそばのセット。私メはざる二枚の大ざる。昔ながらの黒い田舎蕎麦で、専門店ではないので些かつなぎが多かったのですが、まぁ観光地ではこんなモノ。その昔、乾麺が出てきて、余りの不味さに食べ残した馬籠の食堂に比べれば遥かにマシです。しかも双方のメニュー共税込み1000円丁度というのは、観光地とは思えない破格の安さ。蕎麦はともかく、五平餅はとても美味しかったそうです。先程の女子高生たちも五平餅を食べていました。因みに、馬籠宿の五平餅は大きな“団子三兄弟”風の形状でしたが、“御幣”の形をしていることが名前の由来と云われているので、楕円形が本来の五平餅の筈。こちらのお店も大半は外国人のお客さんでした。失礼ながら、英語も話せないような地元のおばさん方が対応されていましたが、写真とローマ字表記のメニューもあるとはいえ、慣れた応対になかなか大したモノだと感心しました。却って松本の街中のお店よりも、むしろ妻籠の住民の方々の方が国際化しているのかもしれません。
 腹ごしらえも済み、馬籠への帰路を調べると、南木曽駅からのJR利用での中津川駅経由よりも、妻籠から馬籠へバスで直接戻った方が時間的にも楽。発車時刻までには30分程まだ時間があったので、全国で初めて国の重要建造物群保存地区に指定された妻籠宿を散策しました。途中、「ふれあい館」には地元の家々から集められた(旧暦での)端午の節句の五月人形が所狭しと飾られていて、外国人観光客の方々が物珍し気に写真を撮られていました。
個人的には、観光として見るなら“奈良井千軒”と云われ木曽路最大の宿場町であった奈良井宿が木曽路では一番満足度が高いと思いますが、随分俗化してしまった馬籠宿に比べ、鄙びた妻籠宿には奈良井宿とはまた違った良さがあります。まるで江戸時代の空気さえ漂っているかのような、そんな素朴な妻籠の町並みを見てからバス停のある町営駐車場に行き、地元のおんたけ交通のバスに乗車。片道一人600円で後払い。十数人の乗客の大半は欧米系の外国人のお客さん。それにしても皆さん良くご存知です。バスは県道を走り、旧中山道を二時間半掛けて歩いてきた8㎞ちょっとの峠越えの道程を僅か25分で終点の馬籠宿入り口へ到着。そこが車を停めた目の前。すぐに車に乗ってナナの待つ自宅へ向かいました。
今回行けなかった世界遺産の熊野古道の代わりとは言えませんが、それなりに楽しんだ、馬籠宿から妻籠宿への木曽路“SANURAI TRAIL”の旧中山道ウォークでした。
 もし、もう少しトレッキング気分を木曽路で味わうには、高校時代にクラスの春の遠足でも歩いた薮原宿から鳥居峠を越えて奈良井宿までというのも良いかもしれません。中山道最大の難所と云われた鳥居峠は、太平洋に注ぐ木曽川と、犀川になって千曲川と合流して最後日本海に注ぐ奈良井川の分水嶺でもあり、峠の標高は1197m。来年にでも、また新緑の木曽路を歩いてみようと思います。
次は、山行のトレーニングを兼ねて、レンゲつつじの咲く初夏の美ヶ原登山でしょうか。

 平成から令和への長期連休が終了し、観光地の混雑も緩和したであろう5月9日。馬籠宿から峠を越えて妻籠宿まで、旧中山道の木曽路を歩くことにしました。このルートは“SANURAI TRAIL”と呼ばれ、特に欧米系の外国人旅行者に人気のコースなのだそうです。
本当は、念願だった熊野古道の中辺路を何日か掛けて歩くことにしていて、数ヶ月前からホテルも予約していたのですが、ナナが病気になってしまい断念。その代わりに、今回は日帰りで木曽路を歩くことにしたものです。

 松本からは国道19号線で木曽路を走るよりも、高速道路で中津川ICから馬籠宿へ行った方がアクセスが良く、また両宿場間の8㎞ちょっとの峠越えのコースは、標高620mの馬籠宿から801m(近年の測量結果で790mに変更されたらしい)の馬籠峠超えで標高430mの妻籠宿へ下った方が上りの標高差が少なく楽なのだそうです。更に、有料(町営駐車場で一日500円)の妻籠宿に対して、幾つかある馬籠宿の公営駐車場は全て無料とのこと。そこで、我々も先ずは馬籠へ向かうことにしました。

 長野道の松本ICから中央道を走り、県境の恵那山トンネルを抜けて岐阜県の中津川ICで降りて、馬籠宿まで我が家からは147㎞とのナビ表示。
途中、中央道がリニューアル工事のための車線規制がされていたこともあって、結局ナビの予測通り2時間半弱で馬籠宿へ10時半頃到着しました。
「木曽十一宿」と呼ばれる旧中山道の木曽路で、馬籠宿はその南端。そこから江戸への上りの道筋は、馬籠峠を越えての妻籠、関所の置かれた木曽福島、更に難所の鳥居峠を越えての奈良井、福島を補助する関所の置かれた贄川までが十一宿。中山道六十九次の江戸日本橋から数えて三十三番目が贄川宿で、妻籠は四十二、そして馬籠が四十三番目の宿場です。
“箱根八里は馬でも超すが、越すに越されぬ大井川”と云われた五十三次の東海道に対し、険しい山道で“全ては山の中〝にせよ、川越えの無い中山道はむしろ女性の旅人にとっては歩き易かったために“姫街道”とも呼ばれ、尾張徳川家を始めとする西国各藩の参勤交替、そして幕末には皇女和宮も通った街道でもあります。

 馬籠宿は何ヶ所も無料の公営駐車場が整備されていて、我々は宿の入り口から坂を上って行くべく、南側駐車場に車を停め、石畳の続く宿場に足を踏み入れました。
大型連休も過ぎたので、さすがに日本人観光客は疎らでしたが、代わりにここでも中国語が飛び交っていました。しかし、彼らは宿場の観光だけで峠道を歩くことはありません。
我々も30年以上前に馬籠も妻籠も車で観光に訪れ、馬籠の藤村記念館や妻籠の資料館も見学しているので、今回の目的は観光ではなく飽くまで峠越えでの中山道ウォークです。
石畳の続く馬籠宿。500m程の坂道を上って行くと、町並みを抜けた所に展望台があり、そこからは百名山の恵那山が望めます。
2005年に当時の長野県山口村は越境合併を選択し、岐阜県の中津川市に編入しましたが、こうして展望台から眺めると、確かに馬籠は中津川市の生活圏。長野県側は峠越えでの妻籠なのですから、買い物も病院も高校もといった日常の生活面を優先すれば、当時の山口村の人たちの選択は致し方無かったのかもしれません。
 展望台から車道を横切ると妻籠宿7.7㎞の道標があり、馬籠峠までは2.2㎞との標示。そこから中山道ウォークが始まります。すると、後ろから賑やかな声が聞こえ、お揃いのジャージを着た元気な若者の集団が足早に我々を追い抜いていきます。付き添いらしき先生に伺うと、美濃加茂の高校一年生の春の遠足で、同じ行程にて峠越えで妻籠へ向かうのだとか。口々に「コンニチワ!」と礼儀正しく元気に挨拶して行きます。ただ彼らは一回ずつの挨拶でも、こちらは300回?続く「コンイチワ」に些か疲れて、「・・・ハァ、しんど!」。
旧道は、途中車道を横切りながら峠に向かって上って行きます。所々に熊除けの鐘があり、高校生のしんがりを務めながら、我々も念のために鳴らして歩きます。道は江戸時代の街道そのままでは無いのかもしれませんが、参勤交代が通ったとは思えぬ程幅の狭い箇所もある旧道です。高校生の一団を除くと、確かに歩いているのは殆ど欧米系の白人の中高年のカップルで、「ナルホド!」と納得。“SANURAI TRAIL”の人気の程が良く分かります。
          (十返舎一九の狂歌碑)
 急坂が続く峠までの途中には、水車小屋の休憩所や、大ベストセラーとなった「東海道中膝栗毛」の続編を書くために中山道を旅した十返舎一九の狂歌碑「渋皮の剥(む)けし女は見えねども 栗のこはめしここの名物」があって、801mと書かれた馬籠峠の頂上へ(こちらの表示も790mではなく、以前のまま)。ここが現在の岐阜と長野の県境になります。峠の頂上にはお茶屋さんがあるのですが、こちらは有料。ここから少し下って、馬籠と妻籠のほぼ中間地点に無料の休憩所があるそうです。峠の頂上までは馬籠宿からずっと上りだったとはいえ、まだ1/3程度の行程ですので、ここでは休憩せずに次の休憩所を目指してそのまま歩を進めることにしました。

 蒲田最後の日。朝8時から引っ越し荷物を搬出し、引っ越し先での受け取りに次女が先発で出掛けた後、我々は何も無くなったワンルームの掃除とゴミ出しです。
大家さんへの引き渡しが午後一だったため、先にホテルへ戻ってチェックアウトの後、ナナを預かってもらった妹の所といつも野菜を頂く家内の友人宅へのお土産を、時間節約で新宿へ行ってデパ地下で購入し、スーツケースとお土産と一緒に荷物を預けて、身軽になって再び糀谷へ向かいます。

 大家さん立ち合いのチェックも特に問題も無く、無事引き渡しも済みましたので、蒲田最後の食事として、ランチに駅ビル内の「回し寿司 活 美登里」に行くことにしました。一昨日も家内は娘と二人で「活」で食べたのだとか。
 「だったら、せっかくだから檍のトンカツでも食べようか?・・・」
 「イイわよ、貴方は活に行きたいんでしょ!?それに、蒲田に来ることはもうないでしょうから・・・」

 前回(第1431話)の「金沢まいもん寿司」は、確かに美味しかったのですが、炙りのメニューが少なくて、またヒラメもその日は無かったので、今回の「活」に期待です。
連休中の日曜日の1時過ぎと、一番混む時間帯に行列覚悟で行ったのですが行列の長さは然程ではなく、都会に住む皆さんはGW連休中はむしろ都会を脱出して旅行に行かれているのでしょうか?
          (炙りトロイワシ 塩)
          (ヒラメ)
カウンター席に着いて即、先ずは炙りトロイワシとヒラメを二皿ずつ注文。蒲田最後の「活」での食事で時間の余裕もあったので、少しずつ注文していきます。家内は、ヒラメ以外は炙りホタテ、中トロ、ネギトロ軍艦などなど。私メは、アジ、シメサバ、コハダ、炙りエンガワ、中トロ、そして穴子ハーフ、つまみの卵焼き、最後の〆には炙りトロイワシを塩とポン酢で一皿ずつ・・・。煮穴子もとろける様に柔らかく、味付けも甘くて実に旨かったです。
二人で(私メの2杯の生ビールも入れて)いつもとほぼ同様に全20皿、6000円強でした。立て続けに「まいもん寿司」と「活」で美味しいお寿司を食べたので、暫くはお寿司はイイ(≒食べなくても我慢出来る)かな?・・・。
          (炙りノドグロとアジ)
          (炙りエンガワ)
 前回の「まいもん寿司」と比べると、同じネタでもコハダとアジは「まいもん寿司」の方が上。特にアジは新鮮で旨かった。また、おつまみ用の玉子も大きくて美味でした。そして何より、「活」のギュウギュウ詰めのカウンターに比べ、例え値段は高くても「まいもん寿司」の方がゆったり食べられるのがイイという人も(特に女性には)多いだろうと推測します。
但し「美登里寿司」も、回転寿司版の「活」ではなく「美登里寿司総本店」の方に行けば個室が用意された店舗もある(長女が連れて行ってくれて、「美登里寿司」を知る切っ掛けになった渋谷店には個室はありませんが)ので、「活」よりもゆったりゆっくりと食べられることでしょう。
でも、個人的にはこの「活」の塩とポン酢二種類の炙りトロイワシは何モノにも替え難い魅力があります。従って、光り物好きの私メとしては「活」の方が好み、「活」に軍配を挙げたいと思います。
因みに、一皿二貫の値段で両者を比較すると(以下、活VSまいもん、で)、中トロが360円と590円、炙りホタテ(塩とバターの違いはありますが)460円と470円、アジが110円(特選アジは260円)と290円、コハダが110円と350円(但し、ネタの大きさは活の倍程もあります)、シメサバが110円と290円。つまみ玉子焼きが110円と180円(大きさは活の倍)、炙りエンガワは210円と290円。一回り大きなネタも幾つかあるのですが、仮に同じ大きさのネタでも「まいもん寿司」の値段は「活」の概ね1.5倍。そこは、ギュウギュウのカウンター席効果に拠る「活」の回転効率の高さなのでしょう。

 お腹も一杯になって、松本へ帰るべく新宿へ。次女の暮らした糀谷。そのお陰で何度かステイした蒲田。
その昔は“蒲田行進曲”しか知らなかった下町でしたが、“蒲田中華”の様な庶民的なグルメも含め、下町情緒に溢れた良い街でした。
きっと、この街に別れを告げることも無く慌ただしく引っ越し先に向かったであろう娘に代わって、親として謹んで御礼申し上げます。
 「どうもお世話になりました。ありがとうございました!」

 今回の次女の引っ越しのための上京は、超大型連休中故にホテル確保も道路渋滞も心配だったのですが、連休二日目のこの日の高速道路は途中いつもの河口湖付近から始まるノロノロ運転の下り線はともかく、こちらの上り線は非常にスムーズで殆ど渋滞も無く、バスタ新宿にも予定時刻よりかなり早く到着することが出来ました。
また、今回の宿泊はいつものJR蒲田のホテルが一杯で取れず、初めて泊まる京急蒲田の「オリエンタルエクスプレス蒲田」という僅か数日前にオープンしたばかりのホテル。羽田空港が近いので宿泊客の大半はインバウンドでのアジア系観光客でしたが、こじんまりしたデザイナーズホテルという感じで、調度品やインテリアなど大田区の町工場を意識し、実際に町工場とのコラボで作られたという装飾品など、かなり凝った雰囲気。客室は決して広くはありませんが、JBLのスマートスピーカーまで(奥様によれば、ドライヤーも最新の機種だったとか)置かれたモダン(クール?)で快適な室内でした。

 新宿到着後次女のマンションに直行し、一日中段ボール箱に詰めたり掃除をしたりと、昼食もそこそこに一日中作業をして、翌朝の引っ越しの目途が立った夕刻。娘が、
 「あとは今晩自分で出来るから、ご飯食べに行こ!お腹が空いた。」
この日の夕食は、引っ越し作業のお礼に次女の“おごり”とのことで、「おかたじけ!」と、蒲田最後の日の夕食は「さて、どこへ行こうか?」と選んだのは“蒲田中華”(「活」は、前夜母娘二人で行った由)。
いつものホテルのすぐ近くだったので何度か行った「歓迎」の蒲田名物の羽根付き餃子は、我々の嗜好にはイマイチ合わず、そこで前回初めて行った「春香園」も所謂蒲田中華御三家の一つ「金春」の息子さんが独立して営む姉妹店なのですが、こちらの餃子の方が我々の好み。しかもレバニラが最高でした。

 そこで今回も「春香園」に行くことにしました。
先にホテルにチェックインをするため、歩いて糀谷から京急蒲田のホテル経由で蒲田へ。すると、途中の京急蒲田からのアーケード街に「春香園2号館」を発見。そこでJR蒲田の駅前商店街の本店まで行かずに、こちらで食べることにしました。
2号館は本店よりは小さめでしたが、3階まで客席があるようで、カウンター数席とテーブル2卓程の狭い1階は既に満席で、2階へ行くように指示されました。10卓30席程の2階も既に3卓を残して埋まっていましたので、姉妹店の2号館も人気店の様です。
         (羽根付き餃子。一つ取った後の残り4つです)
 オーダーは、蒲田名物の羽根付き餃子(5個320円税抜き、以下同)を二つ、小籠包(380円)と海老蒸し餃子(500円)、レバニラ炒め(600円)、セロリとイカの塩味炒め(980円)と五目野菜の肉炒め(600円)、〆に海老チャーハン(750円)を注文。彼らは暖かいジャスミン茶をポットで、私メは当然生ビールで、先ずはこの日の作業のお互いへの慰労とこれまでの感謝に乾杯!
待つこと暫し・・・、しかし飲み物以外何も出て来ず・・・?
          (絶品のレバニラ炒め)
 2階席のフロアは、連休で人手が足りないのか、中国系の女性スタッフ1名のみ。飲食の注文から配膳・片付けと全て一人で対応していて、この日の客と注文の多さに、どうやら“パニくって”いるようです。
我々や他のテーブルが呼んでも、「待って!」とか「後で!」と右往左往。終いには、隣のテーブルで一人だけが無かったオシボリを頼んだら、あろうことか、ナント近くまで来て投げて寄こしたらしく(私メの背中越しだったので幸い見えませんでしたが・・・)、皆、えっ!?と絶句・・・。
でも暫くして配膳が落ち着き、食べ終わった2卓程の客も居なくなったら、漸く落ち着いたのか、余裕が出来て急に愛想が良くなりました。
 「〇〇も、すぐ来るからネ!アトちょっと、待ってネ!」・・・。
そのニコニコと愛想の良い様子が、きっと本来の彼女なのでしょう。思わずこちらも、
 「今日はスゴく混んでて、忙しかったですよネ! 一人じゃ大変だもの」
 「そうナンダよ~、とっても忙しかったヨ~!遅くなってゴメンねー!」
今となっては、オシボリ投げもご愛敬だったのでしょうか?・・・(な訳ないか?)。
          (左り奥の海老チャーハンと五目野菜の肉炒め)
 羽根付き餃子の所謂“蒲田中華”御三家である八木三兄弟の「你好」、「歓迎」、「金春」。次女も、その御三家よりもこの「春香園」の餃子は大きくて美味しいとの評価。
前回食べて美味しかったレバニラ炒め(メニュー表記は「ニラレバー炒め」。中国語表記だと「韮菜炒猪肝」だそうですので、語順的には“ニラレバ炒め”の方が正しい様ですが)。柔らかくて、臭みも全く無く、今回も絶品!でした。家内も、娘も、絶賛の嵐です。家庭では絶対に出ない味で、本当に美味しい。これを食べたら、他で頼む気がしなくなります。ましてや家庭では・・・。
 「本当に旨いヨなぁ・・・」
溜息すら出てきます。脱帽の旨さ、最高のレバニラでした。
勿論、野菜炒めもセロリとイカの塩味炒めも、野菜がシャッキシャキ。イカも柔らかく、野菜炒めの細切り肉は多分鶏胸だと思いますが、濃い目の味付けで、レバニラとともにご飯が欲しくなります。
ただ小籠包は、味付けは良いのですが、肉汁が少なくちょっと物足りない気がしました。また海老チャーハンは、次女には好評でしたが、個人的にはもう少しパラパラしたタイ米の方が好み、味付けもちょっと塩気が濃過ぎかな。
入店した頃の“パニック”のためか、海老蒸し餃子が食べ終わるまでに間に合わず、もうお腹も一杯でしたのでオーダーをキャンセルしてもらいました。

 あぁ、今度はいつ絶品の「春香園」のレバニラ炒めが食べられるのでしょうか?慰労してくれた娘にも感謝しつつ・・・、
 「美味しかったです!ごちそうさまでした。」

 羽田空港勤務の次女が住まいを引っ越すことになり、5年間お世話になった糀谷のワンルームマンションを引き払うため、引っ越し作業の手伝いに上京しました。しかも契約の関係で、引っ越し日が大混雑が予想された平成から令和への10日連休中の二日目。奥様は洗濯や梱包などの準備作業で早めに連休前から上京したのですが、私メの役割は力仕事のため、連休の混雑を避けるべく早朝5時の高速バスで新宿へ向かいました。

 ワンルームとはいえ、そこは独身女性の住まい故の化粧道具や衣類など、嘗ての自分の学生時代の“むつけき”(現代の若者は違うのかもしれませんが、当時の)男の下宿とは全く異なり、かなりの荷物量です。
今年“引っ越し難民”とも揶揄された年度末の3月からの引っ越しシーズンピークも既に過ぎたので、業者からの事前準備や手配も滞り無く実施されたようで、私が到着した時にはかなりの数の段ボール箱に既に詰め込まれていました。それでもやるべき作業はまだまだあり、昼食もそこそこに作業を進め、翌日の搬出への目途が立った夕刻。娘が依頼した不要物や廃棄物の引き取り業者が来訪。
松本であれば、軽トラでリサイクルセンターや焼却場に自分で運ぶのですが、見知らぬ都会ではそうもいかず、すべて業者に料金を払って引き取ってもらうとのこと。事前に数社から見積を取るなど確認はしてあったようですが、容積で料金が決まるとのこと。業者はレザーポインターの様な器具で縦横高さを計測して容積を自動計算していきます。4㎥毎に4万円というのが基本料金の様で、生ゴミや液体以外であればゴミも引き取ってくれるのだとか。
結果は8㎥。トータルでは結構な金額になりましたが、自分で運転して軽トラで運び、更にリサイクルセンターで係員の指示を受けて自分で仕分けすることを思うと、コストを考えなければ楽なことこの上もありません。廃棄料など業者側の実際の収支は分かりませんが、それだけの需要(件数)のある都会であればこそ、成り立つビジネスなのでしょう。
いつもは二台で回るらしいのですが、件数が重なってしまい、この日の担当者は一人だけで作業が大変そうだったので、見るに見かねて私も運搬を手伝ってあげました(特に値引きはありませんでしたが・・・)。
しかし単純な肉体労働でも、それなりに効率化も図られています。傍らで作業を見守りながら、凄いなぁと感心しました。

 翌日、朝8時に引っ越し荷物を搬出。業者さんはアート引越センター。うら若き女性がリーダーで、若い男の子がアシスタントの二人組。均等法の世の中とはいえ、重い段ボール箱も女性自身で運び、家具や電化製品もアシスタントと二人で難なく運搬。当方も玄関先まで運ぶのを手伝いましたが、テキパキと手際良く作業終了。しかも、如何にも女性らしい細やかな気配りに大いに感心しました。
引っ越し先での受け取りに先発する次女を送り出した後、我々は何も無くなったワンルームの掃除とゴミ出し。大家さんへの引き渡しが午後一だったため2時間半ほど時間が空いたので、先にホテルへ戻りチェックアウトの後、スーツケースなどの荷物を持って新宿へ向かいます。ナナを預かってもらった妹の所と、いつも野菜を頂く家内の友人のお宅へのお土産を、時間節約で新宿へ行ってデパ地下で購入し、スーツケースとお土産と一緒にコインロッカーに預けて、身軽になって再び糀谷へ戻る予定です。

 新宿のデパートで無事お土産の買い物も終了。次にスーツケースと一緒に入れるコインロッカーを探します。
帰りは高速バスですので、バスタ新宿や南口が近くて便利なのですが、生憎大型連休二日目故どこのロッカーも全て使用中。あちこち探しましたが、空いているロッカーはなかなか見当たりません。更に西口まであちこち探したのですが、結局一つも見つかりませんでした。
 「えーっ、どうしよう!?」
途方に暮れつつ、買い物をしたデパートのコンシェルジュで荷物を預かってくれる所が無いか、念のために聞いてみました。
すると、その日の買い物をしたレシートがあればデパートのクロークで荷物を預かって貰えるとのこと。しかも、もしデパート会員(年会費が掛かります)であれば、買い物をしなくてもデパートのカードを見せるだけで預かって貰えるのだとか。
そこでクロークに行ってお願いすると、買った商品だけではなく持っていたスーツケースも(我々は会員ではなく、当日そのデパートで買い物をしただけなのですが)預かってくれるとのこと。実際、会員かどうかは分かりませんが、我々よりも大きなスーツケースを預ける人など、次々に荷物を預けるお客さんがクロークに訪れて来ていました。こうしたサービスを知っていると知っていないのでは大違いです。
新宿だけで小田急、京王、伊勢丹、高島屋と、大型のデパートだけでも4店がひしめき合っているので、いくら競争の激しい都会とはいえ、田舎では考えられぬ程便利だと感心しました。翻ってみれば、そこまでして顧客サービスで会員を確保しないといけないのでしょう。大変だなぁと同情しつつ、顧客の立場に立てば、コインロッカーを探さずとも確実に荷物を預かってくれるのですから、安心安全、便利この上もありません。凄いなぁ!と感心することしきり・・・で溜息が出ます。

 デジタルサービスにおいては(“デジタルデバイド”という別の格差も指摘されてはいるものの)、どこにいてもネットワーク環境さえあれば田舎であれ同等のサービスが受けられますが、いくら需要と競争の原理とはいえ、こうした物理的なサービスに関しては、都会はどんどん便利になり田舎は不便になるとは言いませんが、そうした物理的なサービスは受けられないという意味で、都会と田舎の“暮らし易さ”面での格差がますます拡がっていくのでしょうか。残念ながら、音楽や美術といった芸術面の文化密度だけでなく、生活面においても、今回は都会と田舎の差をつくづく認識させられた次第です。

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