カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 明けて2019年。三が日と松の内にお年賀のお客様がありました。
色々(奥さまが)思案の末、久し振りにお重詰めのおせち料理を購入することになりました。娘たちが巣立つ前は、毎年買っていたのですが、その後は、黒豆や伊達巻、煮〆などお正月の定番料理は家内が自分で作って、スーパーで買った数の子や酢ダコなどと一緒にお重に詰めて自家製のおせち料理を用意していました。因みに我が家では、大晦日に年取り魚の鰤(松本は古来“鰤街道”の野麦峠を越えて運ばれて来たブリですが、同じ信州でも、鮭の遡上した千曲川沿いの東北信ではサケになります)、明けて元旦の朝は豆や栗でお茶を飲んで新年を迎え、お昼に芋汁。そして、二日目の朝に初めてお雑煮というのが昔からの我が家独特の(同じ松本でも芋汁ではない家も多い)年末年始の風習です。

 年末に奥さまがブリを煮付け、黒豆も煮て、伊達巻も用意。私メが煮〆(今回は鶏ゴボウの筑前煮に頂いたサトイモも入れて九州風の“ガメ煮”にしました)を担当。そして、来客当日に、以前箱根で食べたミートローフが美味しかったことから、家内が自家製のミートローフをオーブンで焼き上げて準備万端。
 久し振りに購入した三段重のおせち。昔は普通に2万円していましたが、今は競争も激しいのか、1万円からあるのだとか。そして、同じ2万円でも昔に比べると随分豪華になりました。
ネット検索すると色々あり過ぎて迷う程とかで、結局高島屋の通販で、少し奮発して3万円弱の3段重を購入。更に、信州らしくと、イワナの骨酒セットも併せて注文(長野県内には無く、岐阜県の飛騨地方のお店から)しました。

 次女も、年末の渡航客でごった返す羽田での勤務を終え、たった一泊だけでしたが三が日に帰省して来てくれました。

 我が家の定番、「松本古城そば」。
いつもは冷たいざるそばで。私メは辛味大根の搾り汁(辛味大根が入手出来ない時は、個体差はありますが一般的な青首大根でも“しっぽ”部分は結構辛かったりします)で創味のつゆを割って“お絞り蕎麦”風に頂きます。一方、奥さまは“サラダ蕎麦”が多いでしょうか。

 冬になって、お決まりのざる蕎麦も芸が無いし、チト寒い・・・。温蕎麦(かけそばに何かトッピング。何も無ければ“月見”)にすると、2パックでは蕎麦が余りそう・・・・。ということで、さて、どうしよう?
選んだのは、鴨汁つけ蕎麦ならぬ、鶏つくねと焼きネギつけ蕎麦です。
鍋材料用に鶏挽肉を買ってあったので、すりおろしの生姜とブラックペッパーを混ぜて練り合わせ、鶏つくねを作ります。松本一本ネギを丸ごと5cm程にぶつ切りして、先ずはフライパンでじっくりとこんがり焼き色を付けます。
鶏つくねも焼いて、ざるそばの倍率で割った創味のつゆで焼いたネギとつくねを入れ、更に野菜の甘みを増す様にと、残っていた白菜の芯の黄色い部分も加えてじっくり煮込みます。
蕎麦を茹でて、ざるそば風に冷水で〆て、アツアツのつけ汁で頂きます。
薬味にはお好みで、刻みネギや大根おろし、そしてナガノケンミン定番である八幡屋磯五郎の七味唐辛子も用意。
 「おぉ、旨!」

鴨ネギとまでは云いませんが、鶏つくねから出たコクと焼き色が付くまでこんがりと焼いたネギの甘味と香ばしさが相俟って何とも美味。予想以上の美味しさでビックリです。
これなら、“蕎麦のしゃぶしゃぶ”の様な奈川(松本市奈川。旧奈川村)名物の「とうじ蕎麦」(注)とまではいきませんが、寒い冬に食べるのにはピッタリです。
 いよいよ一級の寒波がやって来て寒い年末年始になりそうなので、年越し蕎麦にも良いかもしれませんね。
【注記】
とうじ蕎麦は昔から奈川に伝わる郷土料理。
以前奈川村出身の会社の先輩に聞いた話に依ると、「とうじ蕎麦」は本来「投汁蕎麦」と記載したいそうなのですが(他にも湯通しするという意味での「湯じ」からという説もあるとか)、地元の旅館が商標登録してしまっていて他者には使用させず、やむなく奈川の地元でもひらがな表記をせざるを得ないのだとか(そちらでは登録へのこじ付けのためか、鍋の中身が本来のキノコや山菜といった具の入っていない温めたソバツユのみで「汁」だけというのも、或る意味シニカル的には涙ぐましくて笑えますが・・・。蕎麦本来の風味を味わうためという説明だそうですが、だったら蕎麦屋さんの様に、盛りやざるか、或いは冬は漬け汁か、ソバツユではなく岩塩や水蕎麦でもイイ筈)
「とうじ」というひらがなだと冬至や湯治もあってすぐには分かりませんが、投汁と書けばイメージされ易いので、むしろ地元の皆で積極的に使って奈川名物としてPRした方が、その旅館を含めた地元観光の目玉としての波及効果もあるでしょうに。ナントも小せぇ、小せぇ・・・。

 年末に向けて、(奥さまのご命令で)いつもより早めに始まった大掃除。
それと併行して今年から行っているのは、娘たちに出来るだけ迷惑のかからぬようにと、お互いのそう遠くないであろう将来への“終活”に向けた“断捨離”活動です。
捨てられずに、何でもかんでも“勿体ない!”と取っておきたがりの私メにとっては一番難しい作業ではあるのですが、そこは後で必要になった時に聞くと、「あらっ、要らないかと思って捨てちゃった・・・・」という程に思いきりの良い奥さまのご指導の下(確かに、結果として定年後に一度も使ってないモノも結構存在しているのも事実であり)“順調に”作業を進めております。
 そうした中で、処分するにしても、メルアドなどの個人情報もあるので、初期化しないと処分も出来ないので(売るのも面倒で)、結果として取ってあった過去の携帯電話。その数、溜まってナント30数個。
そこで思い出したのは、2020年に開かれる東京オリンピック・パラリンピックのメダルを、携帯電話や小型家電などの回路基板等に使われている金属を回収して作製するという活動。組織委員会が呼び掛けて実施している「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」です。
 組織委員会の公式H/Pからそのまま引用すると、
『公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020組織委員会)は、東京2020大会で使用するメダルについて、みなさまがお持ちの使用済み携帯電話等の小型家電から製作する「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」を実施しています。 このプロジェクトを通じて、オリンピック・パラリンピック合わせて金・銀・銅あわせて約5,000個のメダルを製作する予定です。このプロジェクトは、日本全国の国民が参加してメダル製作を行う国民参画形式により実施します。また、リサイクル金属をメダル製作に活用することで環境に配慮し、日本のテクノロジー技術を駆使することで、金の精錬におけるリサイクル率100%を目指します。過去にもメダルの原材料の一部としてリサイクル金属が含まれた例はありましたが、国民が参画し、メダル製作を目的に小型家電の回収を行い、集まったものから抽出された金属でメダルの製作を行うプロジェクトは、オリンピック・パラリンピック史上、東京2020大会が初めてとなります。』
とのことで、回収の進捗状況は、2018年8月までの結果が公式H/Pに公表されていて、さすがに銅メダル用は既に100%回収し、金銀メダルはまだ50%程度で、この活動は来年3月までの今年度一杯の由。
我が家は、これまでずっとNTTドコモの携帯やスマホ、タブレットを使っており、近くのドコモショップでも回収可能とのことでしたので、年末早速ドコモショップに30数個持ち込むことにしました。
インフォメーションに拠れば、個人情報保護のために出来れば事前に初期化して来て欲しいとのこと。故障していて電源が入らなかったり、結果的に初期化の方法が分からなかったりした16台も含め、30数個全てをドコモショップに持ち込みました。
すると初期化されていないモノは、ショップに任せる旨の誓約書に署名した上で、その場で基板に穴を開けて破棄する実物も確認し、あとは全てお任せして回収終了です。そして、プロジェクトへの参加の“証”として、名刺大のカードを頂きました。

 “都市鉱山”から発掘する金銀銅で、2020東京オリンピック・パラリンピックに必要な全5000個のメダルを作るというこのプロジェクト。如何にもIT時代の日本で開催するオリンピックに相応しい取り組みですので、是非完遂出来るとイイですね。
我々も、眠っていた携帯をそのまま産廃として廃棄することなく、プロジェクトにプチ貢献が出来て、“日本国民”としてチョッピリ満足の年末の“断捨離”活動でした。

 奥さまが月一で教えて頂いている生け花。何流か聞いてはいませんが、古風ではなく割と現代的。今回はクリスマスシーズンに合わせてか、真っ赤なバラと真っ白なユリにサンゴミズキでしょうか。なかなか華やかです。驚くのは真っ白なユリの花の“デカイ!”こと。
真っ白なユリというと、昔はテッポウユリくらいしか知りませんでしたが、最近の花屋さんに並ぶユリは、オリエンタル・ハイブリッドという東洋系の異なる品種を掛け合わせて誕生させた品種であるカサブランカと呼ばれる品種が主流。昔のイメージのテッポウユリに比べると大きさは4~5倍にもなるでしょうか、大変大きな花ですしまた匂いも強い(人によっては強烈にすら感じます)。
東洋系のオリエンタル・ハイブリッドと呼ばれるカサブランカも、日本原産のユリなどを掛け合わせてオランダで生まれた品種だそうです。

 大航海時代を経て、ヨーロッパが世界の隅々に覇権を拡げて行った中で、金銀やスパイスなどと同様に、ヨーロッパ大陸には無い珍しい植物も投機の対象となり、17世紀以降、イギリスやオランダを中心にプラントハンターと呼ばれる植物採集家が持ち帰った品種がベースとなって、様々な園芸品種が生み出されて行きました。
その中でも、江戸時代に鎖国をしていた日本は彼等にとって未知なる地であり、また原種のみならず、菊やアサガオ、更には独特な盆栽に至るまで、庶民の間にまで既に固有の園芸文化が確立していた日本は、シーボルトのアジサイに代表される様に、彼等にとっては正に垂涎の的だったことでしょう。

 それにしても見事なカサブランカの大輪です。白と赤、そしてクリスマスらしい緑と赤。この時期に相応しい色の組み合わせが、室内に暫しの彩りを与えてくれています。

 10月になるとあちこちの柿が色付いて来ます。我が家でも二本ある平核の柿が、今年は“生り年”か、たくさん実を付けました。
数年前から、奥さまが自家用の干し柿作りに精を出すようになり、今年も300個程皮を剥き、ベランダの軒下に吊るしました。秋の風物詩“柿すだれ”です。

 信州では伊那谷の市田柿が有名ですが、毎年この時期になると市田柿の“柿すだれ”がローカル局のニュースで風物詩として必ず紹介されます。
私達が子供の頃は、甘柿の方が人気がありましたが、今では(信州では栽培出来ない=植えても甘くならない)富有柿が店頭で買えますので、小さな甘柿は誰も見向きもしなくなり、むしろ渋柿の方が細々ではありましょうが、昔ながらに干し柿として今でも継承されている様に思います。
柿は、『柿が赤くなると医者が青くなる』と諺にも云われる程栄養価の高い果物です。日本でも古くは平安時代の記録に残ると云われ、古来冬の保存食としてもお馴染のドライフルーツです。
 我が家でも10月から吊るした柿も乾燥するにしたって、橙色から黒ずんで来て、やがて11月になり気温が下がって来ると、次第に干し柿の表面に白い粉が吹いた様になってきます。その間、カチコチに固くならない様に三日置き位に家内が柿を一つずつ揉んで柔らかくします。
12月になって白くなった柿を取り込んで、親戚や友人、知り合いの方にもお裾分け。ラッピングした上で自家用は冷蔵庫に保存しています。

 干し柿は栄養価も高く、和菓子にも用いられる様に自然な甘味料でもありますので、我が家ではクリームチーズで包んで、お洒落な一品として客呼びの時などにも使われています。

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