カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 今回母屋の片付けをした際、昔の木のリンゴ箱が50箱程あり、そのままでは産廃扱いで、市のクリーンセンター(ゴミ焼却場)にも持ち込めないので、バラシて板材として薪代わりに薪ストーブで燃やすことにしました。
どのリンゴ農家でも、今はプラスチックのコンテナを使っていますが、昔は木箱でした。組み立て用のカット済みの板材(赤松が多かったようです)を買ってきて、自分で組み立て、それぞれの屋号を墨で印刷したとか。
一箱に釘が30~40本も使われていて、壊して釘を抜くだけでも一苦労。少なくとも50年以上は経っているでしょうから、釘も錆びていて簡単には抜けません。何とか釘を抜き、丸鋸で適当な長さに板材を切り、鉈で5~10㎝幅に割って薪にしました。結果、リンゴ箱で10数箱一杯になりました(その箱も空き箱になればまた壊して、結果全部の箱を板材にします)。
そのため、いつもより長時間薪ストーブを焚くことが出来ます。

 北陸や東北など今年は大雪ですし、一時期は諏訪湖が3シーズンぶりの全面結氷し御神渡の出現が期待されたなど(その後緩んで氷が融けて波が立ち、結局今年も「明けの湖」の宣言がされましたが)、今シーズンは寒い冬です。

 保護犬コユキが我が家に来て、二度目の冬。
総じて、知らない人間に対する警戒感は基本的には変わりませんが、家族だけの時は安心して、先住犬のナナが我関せずなのを良いことに我が物顔で暮らしています。時には、嬉しいと興奮して家の中を元気に飛び回る様になりました。コユキにすれば今まで生きてきて初めて安住の地を見つけ、「ビクビクしなくてもイイんだ!」と漸く気付けたのでしょう。そんなコユキが不憫で、何をしてもつい甘やかしてしまいます。
 一方のナナも、時には“我関せず”で居られずに、そんな好奇心旺盛なコユキの行動に影響されることもあります。
例えば、薪ストーブの防火用に床と壁にある大理石。夏、この上がヒンヤリとして気持ちの良いことに気が付いたコユキを見て、今までそこに居るのを見たことが無かったナナも、一緒に寝転がっている様になりました。
そして信州での二度目の冬にも慣れたのか、赤々と炎が燃えていても、コユキが昨年は殆ど近付かなかった薪ストーブの前に来て、時には大理石の上に寝転んで暖を取る様になりました。
 そんな暖かな薪ストーブの前に陣取ったコユキを見て、冬も同様に、ナナも時々前に来て暖を取る様になりました。人間同様にワンコも年を取ると寒がりになるのかもしれませんが、チロルは薪ストーブの傍が大好きで近づいたり離れたりしていましたが、一緒にいたナナは炎が怖かったのか、或いは先住犬で自分より大型のチロルに遠慮したのか、ナナはこれまで13年間の一度も薪ストーブの前で暖を取ることが無かったのに・・・です。
自分が先住犬になったからかもしれませんし、同じ小型犬同士で遠慮が無くなったのかもしれませんが、そんな彼等(彼女等)の何気ない日常の行動を見ていると面白いと感ずることもしばしば。そして、そんな彼らの行動に癒される毎日です。

 新年 明けましておめでとうございます。
2021年、信州松本より謹んで新春のお慶びを申し上げます。

 世界中がコロナ禍で翻弄された昨年。年が明けて、今年は丑年ですので例え歩みは遅くとも着実に一歩ずつ前進しながら、コロナ禍もきっと収束していってくれるのではないかと期待します。
少なくとも世界中でワクチン投与が開始されますので、国によってスピードの違いこそあれ、地球規模で見れば徐々に収束はしていくには違いはありません。

 しかし、喜んでばかりはいられません。新年早々堅い話で恐縮ではありますが、この混乱に乗じた動きが音も無く静かに進行しているかもしれないのです。
昨年のコロナ禍の中での世界の論調で一番納得したのは、第1544話で触れたフランスの経済学者・思想家、ジャック・アタリ」へのインタビュー番組でした。
特に印象的だったのは「新型コロナとの戦いを口実に、その国のトップの権限が拡大し“独裁国”になる危機」だという指摘でした。 ハラリ氏の云う
『全体主義的な体制が台頭する危険性があります。ハンガリーが良い例です。形式的にはハンガリーは民主国家ですがオルバン政権は独裁的ともいえる権力を握りました。それも無期限の独裁的権力です。緊急事態がいつ終わるかはオルバン首相が決めます。ほかの国にも同様の傾向があります。非常に危険です。通常、民主主義は平時には崩壊しません。崩壊するのは決まって緊急事態の時なのです。』
という指摘でした。
その後、各国はコロナ対応に専心するあまり、このこといつの間にか忘れられている様な気がしますが、気を付けにないと、「独裁国家」の毒牙が知らない内に徐々に忍び寄って来るかもしれません。

 さて寒波が到来し大荒れが予想された年末年始でしたが、松本は意外と30日に多少吹雪いただけで、積雪量は大したことはありませんでした。
母屋の片付けが年末近くまで掛かり、その後、奥さま用の米津玄師の後で“クリスマスの約束”代わりの小田和正とオフコース、更には年末恒例で今年はフルトヴェングラーの“第九”を聴き乍ら、自宅も断捨離を兼ねての恒例の大掃除です。
そして、年寄りばかりとはいえ、多少なりとも年取りと正月食材の買い出し。大晦日、何とか全てをやり終えての年忘れの温泉で暫し大掃除の疲れを癒し、そして何とか迎えた年取りと新年でした。
 予報での寒波襲来で諦めていた今年の初日の出。
不思議なことに、全体は曇っていたのですが、我が家の辺りからだと、この時期の太陽は美ヶ原の王ヶ頭と鉢伏山の中間、ちょうど山辺の谷の辺りから上って来るのですが、その上空だけが山間に架かった雲の上に青空が覗いていて、今年も奇跡的に初日の出を拝むことが出来ました。
そこで、今年はナナとコユキを寒空で待たせては可哀そうと、朝の散歩を終えて7時20分、自宅の二階から拝んだ初日の出。
家内と一緒に、初日の出に、NYに居る長女たちと横浜に住む次女たち、そしてナナとコユキの分も合わせて、今年一年の家族の安寧を祈りました。
 
 因みに、今日掲載した写真は、コロナ収束を願って、昨秋に山中湖村から仰ぎ見た日本一の富士山です。
 今年一年の皆さまのご多幸を、ここ信州松本より謹んでお祈り申し上げます。どうかコロナ禍が一日も早く収束し今年が穏やかな日常が戻って、いつもと変わらない“普通の年”になりますように。

 本年も、どうぞ宜しくお願いいたします。

                       カネヤマ果樹園一同+ナナ&コユキ💛

 今年も一年間、本ブログ「三代目の雑記帳」をご愛読賜り、誠にありがとうございました。

 このブログも丸12年になりました。
アクセス数も年を追うごとに増えて、9年前に年間15万件を数えました。しかし、ネタ切れと隔日での掲載に疲れ、それまでの隔日から二日おきのペースでの掲載とさせていただいた7年前には一時的に減ったものの、それでも12万件とほぼ毎月1万件というアクセスをいただき、その後は漸増して昨年は最高の33万件を越えるアクセスを頂きました。しかし、今年はコロナ禍で非日常的な状態が続いていることからネタ切れとなったため、回数を減らしてほぼ三日おきにさせていただきましたが、それでも26万件を超えるアクセスをいただきました。
このページを借りて謹んで御礼申し上げます。ありがとうございました。

 さて、今年は先述の様にコロナ禍の一年間でした。
そのため、今年は山小屋泊でと考えていた登山も、密を避けての日帰りで、いつもの美ヶ原へ春と秋の二回、そして少し遠出して山中湖畔の石割山へ登って富士の眺望を楽しんだだけでした。来年こそ・・・。
代わりに、美ヶ原のレンゲツツジや霧ヶ峰のニッコウキスゲ、そして阿寺渓谷の“阿寺ブルー”を楽しむことが出来ました。
また、昔の仲間と定期的に集まって、“激論”と美味しい料理とお酒を楽しむ「会」も、残念ながら今年は開けませんでした。

 縁あって我が家に来て丸一年が過ぎた保護犬コユキと、そのお陰で獣医の先生も驚く程に元気になったナナ。すっかり慣れて、時々チョッカイをしながら部屋の中を走り回るコユキと、我関せずのナナ。
そんな二匹を連れてのドライブ旅行も、箱根や山中湖など、ドッグヴィラ滞在での倹約旅行ですが、ワンコたちと一緒に何回か楽しむことが出来ました。
コユキは二度目の寒い信州の冬を迎え、薪ストーブの暖かさに気付いて、昔のチロルの様に、時々薪ストーブの周りの大理石の上で暖まっています。そんなコユキに刺激されたのか、今まで12年間近付くことも無かったナナもストーブの前に来て二匹一緒に暖を取る様になりました。今シーズンは雪も多そうで寒い冬ですが、そんな二匹にこちらも何だかほっこり癒されています。
そして、空き家になった母屋の片付け。“漸く”での行動ではありましたが、ギリギリ年末まで来て何とかではありますが、それこそ“カタを付ける”ことが出来ました。
(今年最後の写真は、片付けでの最後の荷物を軽トラに積んで、20数回目の山越えでクリーンセンターへ行った日。それまで日本海側の大雪で雪雲に覆われていた北アルプスですが、この日はまるで片付け終了を祝福してくれるかの様に、快晴の中で久し振りの雄姿を見せてくれた常念と、薪ストーブの前でほっこりと二匹でくつろいでいるナナとコユキです)
 年の節目にあたり、また今年も色々反省をしつつ、「ヨーシ、来年はもうチョット頑張るゾー!」と、また心のギヤを入れ替えるべく新たな年を迎えたいと思います。こうして、切り替えを出来るのが、きっと人間の(ずるくも)良いところだと思います。
それにしても、普通に人に会って飲んだり喋ったり、生の演奏会に行ったり落語会に行ってマスクをせずに大声で笑ったり、そして子供たちが帰省して来たり、旅行にも行ったり・・・。
来年は何としてもそんな“当たり前のこと”が当たり前に出来る、そんな極々“普通の年”になって欲しいとつくづく思います。

 来る2021年「は」、若しくは「も」、或いは「こそ」、皆さまにおかれましてもどうぞ良い年をお迎えください。

                       カネヤマ果樹園一同+ナナ&コユキ💛

 ほぼ2ヶ月近く掛かって、漸く母屋の片付けが終了しました。
世間で云う“ゴミ屋敷”程ではなかったにしても、明治生まれの祖父母や昭和初期に生まれ戦中戦後の厳しい時代を生きて来た父母はモノを捨てられない時代の人たちで、それは或る意味止むを得なかったと思います。
しかし、時代が変わっていく中で、断捨離や終活という言葉が生まれたように、出来れば自分の手で少しは整理をしておいて欲しかった・・・というのが正直な感想でした。
ですので、自分たちは子供たちや孫子の世代に決して迷惑を掛けることなく、断捨離や終活として早めに自分たち自身が判断し自分たちの“手”で絶対に整理しなければいけない・・・というのが今回の母屋の片付けで感じ、自分たちの肝に銘じた教訓でした。

 片付けをしてみて感じたこと。それは、勿論片付けをするのは自分たちなのですが、コロナ禍の中でエッセンシャルワーカーという言葉がもてはやされましたが、普段は余り気にしていなかった定期的にゴミの回収をしている業者の皆さんや地場のクリーンセンター(焼却場)の存在の有難さでした。
そして、無料で黙々と段ボール箱や古新聞を自分たちで運んでくださった障碍者の福祉施設の皆さん。商売とは言え、非情に感じの良かった片付け業者や産廃処理業者の皆さん。所謂3Kと言われる業種なのいかもしれませんが、本当に頭が下がりました。

 古本やリサイクルショップ、古物商など、不用品買い取りを生業とする方々。モノが溢れた時代には必要な存在ですが、引き取ってもらう側は過度の期待は禁物。むしろ、欲しい人が身近にいたら、商売ではなく、そういう人たちにタダでも良いから使ってもらった方が後で遥かに気持ちが良いと感じました。

 因みに、今回、母屋の片付けに掛かった費用。
先ずは、町会のゴミステーションへの可燃ゴミや破砕埋め立て、資源ゴミは無料です。
それ以外の可燃ゴミや粗大ごみのクリーンセンターへの持ち込みは2万5千円。資源ゴミのリサイクルセンターへは5千円。20数往復の合計です。
段ボール箱や古新聞を回収していただいた福祉施設は無料で、お礼のお菓子代のみ。古くなった缶詰など、自分たちでは処分出来ないモノをまとめて(最後にそれぞれもう1回ずつ追加した分を含め)お願いした片付け業者に5万円と産廃業者への持ち込みが4万4千円。
一方リサイクルショップや古物商への売り上げは3万8千円。
従って、差し引きの△8万6千円が、今回の片付けの経費となります(軽トラのガソリン代は別途)。
これがもし都会だったら、自分で持ち込むのは無理でしょうから業者にお願いして処分をするとなると、その何倍もの費用が掛かったかもしれません。従って、軽トラの荷台に不用品や粗大ゴミを満載し、クリーンセンターとリサイクルセンターへの二十数往復。肉体的には大変でしたが、コスト的にはお陰さまで大変助かりました。

 それにしても、今回分かったこと。それは・・・、
 『 不用品やゴミの量は 家の大きさに比例する 』
・・・ということでした。
家に納戸や押し入れやクローゼットがたくさんあって助かる!ということは、当然ですが、その反面それに収まるだけの容量のモノをストックしているということです。仕舞う場所の容量が少なければ、そこに収まるモノの量も減るのが道理。ですので、仕舞える場所があること、その容量に安心せず、使う頻度で要不要を本来は判断すべきなのでしょう。しかし、“言うは易し”・・・。

 しかし、子供や孫子に同じ思いを決してさせぬために、意を決して自らの手で捨てることが何よりも肝要・・・と悟った次第。
従って、今回の自省をふまえ、母屋のみならず自分たちの“断捨離”もこれを機会に少しずつ継続中・・・以上、締めに代えて。

 ゴミステーションに出したり、クリーンセンターへ持ち込んだり、また古物商に引き取ってもらったり、施設の方にも手伝っていただいたり・・・。
色々な対応で片付けを進めては来ましたが、最後自分たちではどうしようもないモノ・・・それは、忘れ去られていた古い漬物桶や缶詰、何やらの液体の入った瓶や化粧品、そしてまだ中身の入っているスプレー缶。
そうした類は中身をキレイにしないと雑瓶や金属類として資源ゴミに出す訳にもいきませんし、捨てるにも捨てられず・・・。

 そこで、最後の手段として、“何でも回収します”という片付け業者にお願いすることにしました。
複数の業者にコンタクトして事前に見積もっていただき、その中から値段だけではなく、対応が信頼出来そうな業者の方に奥さまがお願いしました。
当日、二トン車で来ていただき、中身を持って来られた容器に捨てながら、瓶などを空にして分別していきます。スプレー缶などは持って帰って処分する様です。途中、一杯になったのか、3回に分けてトラックで運び出しながら、3時間程掛かって漸く終了しました。
ずっとチェックしていた訳ではありませんが、コツコツと一生懸命誠実に対応していただきました。その後もう一度お願いして、費用は税込みで53000円でした。
しかし、自分たちではどうしようもなかったので、全部まとめて対応いただき本当に助かりました。

 さらには、倉庫に残っていた古い肥料類など。
昔、田んぼをやっていた頃の肥料類や土壌改良剤など。その後、父は私の海外赴任中に稲作は辞めて農協(JA)に貸し出したので、以来米は作っていません。
その当時の肥料や土壌改良剤。20㎏の袋が、色々な種類で使い掛けも含め40袋程。家庭菜園くらいなら、クリーンセンターでも受け付けてくれるかもしれませんが、さすがにこの量だと産廃扱いになりますので、勝手に捨てたりクリーンセンターへ持ち込むことも出来ません。専門の産廃業者に依頼するしかありません。
そこで、地元の業者を検索し連絡したところ、2社が見積に来てくださり、両者とも対応可能とのこと。運搬してもらうと当然ですが配車費用が上乗せされて値段も高くなりますし、年末故に混んでいて日も指定できないとのことから、自分で軽トラに積んで運び込むことにしました。そのため、自宅から近い方の業者さんにお願いすることにしました。
この際ですので、他の産廃扱いになりそうな不要な農業資材も併せて、結果3回運んだのですが、20㎏の袋を40近く軽トラに積むのは結構しんどくて、一日がかりになってしまいました。
業者さんの事務所では、クリーンセンター同様に重量を測った上で、持ち込んだモノを指定のパレットに積み下ろしします。
費用は多少大雑把な部分もあるのか、見積もりより少なく(勿論配車費用は掛かりません)、税込み3万円ちょうどで済みました。後日、もう一度オイルやペンキなどの液体をまとめて持ち込み、〆て産廃の合計が44000円でした。
因みに、その業者さんは一般の家庭ゴミの回収業もやっておられ、20台近く回収車もお持ちで、時間によっては事務所に戻っておられた回収車のドライバーの皆さんが、手が空いておられると、次々と集まってきて手伝ってくれます。
皆さん、気さくで明るくて・・・。しかも、誠に失礼ながら、見掛けからは意外な程に皆さん礼儀正しいのです。
最後に軽トラの荷台のゴミまで掃いてくれて、恐縮して遠慮したのですが、「イイです、イイです!」と・・・。
会社の指導かもしれませんが、今風の若い方々も皆さん清々しい程で気持ち良く、実に感心しました。

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