カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 秋晴れが続いた、11月中旬の朝のウォーキング。城山トレイルでアルプス公園へ。家を出た時から多少靄が掛かってはいましたが、北アルプスの峰々が雲一つない青空をバックにキレイに望めました。
今年の夏は梅雨明け後に雨の日が続いたりして天候不順だったのか、松本平からの北アルプスは、例え早朝は見えていても昼頃には雲に覆われて終い、日中もクッキリと峰々が望めた日は数えるくらいしかありませんでした。秋になって漸くその雄姿を現わせてくれるようになりました。
マンションの在る渚地区から歩いて行くと、宮渕から急に城山々系への坂が始まり、丸の内中学から義民塚を過ぎて城山公園への急坂を登ります。標高差は100mですが、一気の直登なので登山並みの結構な急登が暫く続き、トレーニングにはもってこいです。

 城山公園の奥からアルプス公園までは「城山遊歩道」(891mの芥子望主山まで続いています)を歩きます。勝手に我々が“城山トレイル”と呼ぶ、城山々系の尾根沿いに、斜面を使って江戸時代から続く“鳥居火”(送り火)が行われる鳥居山(743m)を過ぎてアルプス公園へ続く遊歩道で、途中、楢林の中を歩き、鳥居山の山頂付近には安曇野越しに北アの絶景を望む東屋があるので、いつも我々はそこで一休みです。
途中の晩秋のナラやコナラの林は、落葉とドングリが敷き詰められた小道で、日が差す黄葉のナラの林は、まるで療養中に秋の武蔵野を描いた菱田春草の代表作「落葉」を彷彿とさせてくれます。
 このところ夏の雲が嘘の様に秋晴れが続き、毎日北アルプスがクッキリと望めます。この日も多少靄が掛かってはいましたが、鳥居山の東屋からは常念を始めとする北アルプスの峰々がキレイに望めました。
例え世間様から“山の民”(第1771話)と言われようが、信州に暮らす幸せを感じる瞬間です。
 先日の11月21日、前日から未明に掛けて降った久し振りの雨は、山では2000m級位まで雪だった様で、雲が晴れた後の北アルプスは雪化粧。白馬方面は以前からですが、乗鞍も真っ白になりました。いよいよ信州は冬山の趣です。

 前回(第1774話)、トラットリア「ビエーニビエーニ」でご紹介した通り、中町通りから東のイオンモールまで続く日の出町通り沿いに幾つか新しい店がオープンしています。片倉モールの跡地に大規模ショッピングセンターとなるイオンモールが出来ることになった時は、地元でも必ずしも賛成ばかりでは無かったように思いますが、中町からそぞろ歩く観光客の人たちを見るにつけ、この古い通りにもイオンモールに拠って活気が出てきたように感じ、それがこの通り沿いへの新規開店の理由だと思います。

 そんなお店の一つ、2年前にオープンしたのが和食店「しき」。「糦」と書いて「しき」と読むらしいのですが、夜は居酒屋風で日本酒のラインアップが豊富。そして昼はランチ営業もしている由。店主は松本駅近くの居酒屋で修行し、ここに念願の自分の店を出したとのこと。
以前、長女とウォーキングがてらあがたの森公園からイオンモーで買い物をした後、日の出町を歩いていた時に店の前に行列があり、見ると「しき」という店名があったのですが、「えっ、知らないなぁ・・・」ということで、興味を持った次第。

 先日、奥さまとウォーキングがてら銀行回りをしつつ、昼時にランチを食べようと思った店がまさかの臨時休業。そこでイオンモールのフードコートで久し振りの長崎ちゃんぽんを食べようと思ったのですが、奥さまが拒否。その前を通った時に、「しき」には既に何人かが行列をしていたのですが、家内曰く、「あの店がイイ!」との仰せ。そこで「ヘヘェ~」ということで、行ってみることになりました。
 混んでいて順番待ちの行列かと思いきや、営業開始が12時からとのことで、まだ開店前でしたので、開店と同時に入店出来ました。我々は二人なのでカウンターへ。メニューの中から家内がおばんざい定食(1100円)、私メがチャーシューエッグ定食(950円)をチョイス。ご飯の量も選択できますし、お替りも出来るとのことでした。女性のお客さん方にはおばんざい定食が人気の様です。信州で“おばんざい”という言葉はそれ程“市民権”を得ているとは思いませんが、ま、イイか・・・。

 チャーシューエッグ定食は、厚めのももチャーシュー二枚の上に目玉焼きが二つ。ドレッシングの掛かった千切りキャベツがサラダ風に添えられていて、小松菜と油揚げの煮浸しの小鉢と、お新香にご飯とお味噌汁の構成。煮浸しはかなり薄めの味付け。おばんざいだから京風なのでしょうか?
おばんざい定食の方は、大皿の上に幾つかの料理がおばんざいとして載せられています。メインは肉じゃがでしょうか。他にお刺身とアサリの佃煮や春菊の白和え、白滝の和え物、の煮付けとナスの煮浸し。同じ小松菜の煮浸しの小鉢に、ご飯とお味噌汁。家内曰く、濃い目の味付けもあるので、必ずしも京風ではないとのこと。ただ、彼女曰く、こういうおばんざい風の料理を出してくれるお店は松本では珍しいので、女性受けは良いのでは?ということで、大いに満足とのこと。個人的には特段の満足とは言えず、可もなく不可も無くで・・・普通かな?むしろ、ケースに並べられていた、信州の地酒中心の全国の日本酒の品揃えが素晴らしくて、そちらを見惚れていました。むしろここは(飲兵衛にとっては)ランチではなく、絶対に夜来るべき店なのだ!としっかり脳裏にインプットした次第です。

 10月24日の月曜日。「松本落語会」の第549回例会に参加して来ました。
今回の例会は、個人的に好きな噺家の一人である柳亭小痴楽師匠の独演会。
小痴楽師匠の落語を聞くのは2回目ですが、調べてみたら前回は7年前(第1037話)で、その時はまだ二ツ目。その年のNHKの「新人落語大賞」に出場し準優勝だったのをTVで視て、その時のキップの良い江戸弁が心地良くて大いに興味を持ちました。

 因みに、「松本落語会」は地方の落語会の草分け的存在とか。他界された先代の会長さんが勧進元となって、オイルショックの時に「街を明るくしたい」と1973年に創設され、時には私財を投げ打って40年以上も毎月例会を開催し続けて来られたのだそうで、落語界では有名な存在なのだとか。しかも演目は古典落語が中心とのこと。先代亡き後、遺志を継いだ会員の皆さんがコロナ禍も乗り越えながら頑張って落語会を続けていらっしゃいます。私が一番好きな噺家である柳家さん喬師匠の生落語を聞けたのも(東京でも二人会をしている柳家権太楼師匠と一緒に)この落語会でした。
 さて、今回の柳亭小痴楽師匠は五代目柳亭痴楽の息子さんで、高校を中退し16歳で父親の元に弟子入りした直後に師匠が倒れ、その後別の師匠に預けられますが、前座時代に寝坊癖でナント破門されて別の師匠の元に移ったのだとか。そんな紹介通りに、今風の、謂わば“チャラ男”風のパーマ頭のイケメンが登場。しかし、演じたのはコテコテの古典落語で、その見た目とのギャップに驚くと共に、“ちゃんと”古典を演じるその姿に感動すら覚え、「おお、この噺家、ホンモノだぁ・・・!」と感心し、この時からこの二ツ目の噺家に大いに興味を持ったのでした。
入門当時から当時芸協会長だった歌丸師匠に「ちぃ坊」と呼ばれて可愛がられ、自分の師匠でもないのに前座時代から二ツ目になっても指名されて付き人として全国あちこち連れて行ってもらったそうで、人間としての礼儀作法から始まって、高校中退故に書けなかった漢字の添削までしてもらったのだとか。その歌丸師匠だけではなく、小遊三やヨネスケなど、痴楽師匠の同年代の師匠方から「親父さんには世話になったから」と色々教えてもらったという柳亭小痴楽さんは、そんな憎めない素直な一面も感じられた若者でした。
今は亡き父上の五代目痴楽師匠もこの松本落語会に出られたことがあるのだそうで、HPのネタ帳で確認をしたらナント第一回目に「小痴楽」の名で登場されていました。親子共に縁がある「松本落語会」なのです。
前回のトリで演じられた「大工調べ」は、大家相手に大工の棟梁政五郎が切る江戸弁の啖呵が一番の聞かせ処で、早口で威勢良く延々とまくし立てる口調の見事なこと。啖呵が終わると期せずして拍手が起こり、「イヤ、この人、ホンモノだぁ!」と感心した次第。

 その小痴楽さんが、2019年に見事5人抜きで真打に昇進(落語芸術協会)、しかも15年振りという、期待の一人真打で昇進しての今回の凱旋公演。今や若手落語家の中でも実力派として注目される一人となった小痴楽師匠。コロナ禍に私自身にとってもこれまた3年振りの生落語ですが、これは何としても聞きに行く他ありません。
会場のMウィング(中央公民館)6階ホール。コロナ禍前は源智の井戸の横に在る瑞松寺を“骨の髄から笑う”髄笑寺と洒落て、お寺の本堂で行われていましたが、コロナで客席との間隔を広く取れるホールに変えたとのこと。椅子と椅子の間も空けてあり、席数は100席ちょっとでしょうか。さすがは若手の人気落語家である小痴楽師匠ですので、用意された席はほぼ満席の盛況でした。
この日一緒に出演予定だった弟弟子の柳亭春楽さんが体調を崩したとのことで、女性噺家の前座、三遊亭美よしさんに交替。急な代演でめくりも間に合わず、前座故に「開口一番」のまま。彼女はお隣の富山県出身とかで、来年には二ツ目昇進が内定しているとのこと。女性らしく声の通りも良くちゃんと声が出ていて、多少とちろうが前座ならでのご愛敬。仲入りを挟んで、関西弁での長ゼリフで口を鍛えるための前座噺という「金明竹」、次に「権助芝居」をキチンと演じられました。

 お目当ての柳亭小痴楽師匠は、仲入り前に「湯屋番」、トリに「猫の災難」を熱演。前回は江戸弁のキップの良さが印象的でしたが、今回は声色を含め、話芸としての旨さが光ります。もう立派に寄席のトリとしての一枚看板の噺家でしょう。特にこの日の「湯屋番」の様に、どこか憎めない道楽者の若旦那を演じさせたら当代一かもしれません。
この日特に印象的だったのは、トリで演じた「猫の災難」。熊さんが兄貴分の買って来てくれた五合の酒を遂に飲み干して酔っぱらった挙句、鯛同様に隣の猫のせいにすべく言い訳を練習するのですが、酒のツマを買いに行った兄貴を待っている間、「今日は仕事休みで、暇で時間があるから落語でも練習するか」・・・と、暮れには演じたいと言って語り出したのが、ナント「文七元結」。吾妻橋の欄干から飛び込もうとする文七を必死に止める長兵衛さんが、手を滑らせてしまい文七がまさかの大川に落ちてしまったというところで熊さんが寝てしまい、戻った兄貴分に叩き起こされ、目の前の兄貴を見て(川に落ちたと思っていた文七と勘違いして)「あっ、生き返った!」。
本来は「猫の災難」の噺の中には出て来ない「文七元結」をもじった場面を盛り込む師匠独自の工夫に、
 「あぁ、師匠は本当に演じたいんだろうな・・・。暮れの松本落語会にまた来てもらって、いつか本当に小痴楽師匠の演ずる文七元結を聴いてみたい!」
と思わせてくれた高座での熱演でした。

 三年振りの落語会。音楽もですが、落語もやっぱり“生”がイイなぁ・・・。
 「何だかまた、さん喬師匠の人情噺が聞きたくなっちゃったなぁ・・・」
会場の外はもう冬の寒さでしたが、何となくほっこりした気分で、余韻を楽しみながら、
 「ホンジャま、歩いて帰ろうか・・・。」

 長女が帰国して暫く松本の自宅に滞在していた時に、彼女のリクエストに応えて食べに行った幾つかの店。信州蕎麦は勿論なのですが、日本に居ないとなかなか食べられないモノ、それは例えば田舎の信州であっても、また住んでいる地元の我々が知らなくても、意外と「えっ、こんな店があるんだ!」とビックリしたり、その味に感心したり・・・。

 長女が連れて行ってくれたそんなお店の中で、「へぇ~!」と思った店が今回のお店。その名は、イタリア家庭料理のトラットリア「ビエーニビエーニ」という、地元民の我々が聞いたことも無かったご夫婦で営む小さなレストランでした。何でも長女が時たまチェックしているインスタグラマーの中の女性の方で、その人が松本を好きで毎年松本に訪れている中で紹介していたのだとか。そしてトラットリアとしての料理だけではなく、ワインの品揃えも激賞していたお店なのだとか。
新しいお店なのか、少なくとも地元民の我々は全く聞いたことも無いお店です。自分たちが知らないだけで、こんな何も変化が無い様な田舎でも日々変化しているのだなぁと妙な感心しきり・・・。

 そのお店は、地元的に云うと、日の出町という通りに在ります。蔵の街である中町からそのまま東に続く通りで、イオンモールへ至ります。
松本市の旧町名の解説記事に拠ると、
『明治二十三年片倉組が、当時水田であった清水の地に松本最初の製糸工場を開設。その後日本の製糸業が日の出の勢いで世界へ進出していくのにともなって、同工場も明治三十三年には片倉製糸紡績株式会社へと規模を拡大し隆盛に向かった。町名の由来は、日の出の勢いで発展する片倉にあやかり、また松本市の東に位置し日の出を拝する町という意味を込めて日ノ出町と命名された。』
とのこと。
その片倉製糸工場跡が、カタクラモールを経て現在のイオンモールになっているのです。日の出町には昔からのカレーの「キッチン南海」や「三重寿司」などの老舗が在りますが、イオンモール効果か、中町から歩いて向かう買い物客や観光客もおられるので、「ビエーニビエーニ」の様な新しい店も増えているようです。

 ランチタイム。行くと「予約で満席です」との張り紙が。都内の有名店やイタリアでも修行されたシェフのご主人が、奥さまの出身地である松本を気に入って自分の店を出店された由。因みに、店名はイタリア語で「おいで」という意味なのだそうです。
店内は狭く、カウンター含め18席とのこと。土日だけランチ営業があり、ランチは2種類のパスタのいずれかとサラダとドリンクが付くパスタセット(1,200円)に、スープと前菜、デザートがそれぞれ300円で追加可能なので、全員前菜と家内と娘がデザートも追加。更に私メと娘はビールとワインも昼飲みで注文させていただきました。
この日のスープはカボチャのポタージュ、前菜は生ハムとルッコラにチーズが添えられていて、ワインに合います。パスタはワサビ菜のジュノベーゼとトマトソースのボロネーゼの二種類でしたが、我々が3人なのでその二種類を1.5人前ずつも可能とのことで、それでお願いしました。パスタは、1.5人前をちゃんと3人分に取り分けて個別にサーブしてくれました。中では、ワサビ菜のジュノベーゼが独創的でまた美味。ワサビ菜そのものはスーパーの野菜コーナーに並んでいるのを時々見ることはありますが、こういう食べ方もあるのかと目から鱗で、美味しくいただきました。
娘に依れば、イタリアワインの品揃えも厳選されていて、婿殿が大好きな赤ワインもあったとか。我々も白赤それぞれワインを追加でオーダーさせていただきました。奥さま曰く、
 「もう、二人共昼からそんなに飲んで!」
とのことでしたが、飲まずにはいられぬ程美味しかったということでどうかご勘弁を!

 新居からは松本駅は徒歩10分。実際には早歩き気味だと、7~8分で到着します。駅が近くて(車を使わずに歩いて行けるので)便利です。
さて、この日は奥さまが横浜の次女の所にヘルプに行っていておらず、「たまにはラーメンが食べたいなぁ!」(家内はラーメンが好きではありません)ということで、選んだのは松本駅のアルプス口(旧西口)に在る「谷椿」です。
こちらは昔からやっている良心的な焼肉屋さんで、会社員時代に夜は何度か(肉食系の若い連中を連れて)伺ったことがあって、昼は7年前に外出した際に一度だけ食べたことがありました。

 夜の「谷椿」は、焼肉やホルモンを格安(一人前の量も半端ない)で提供してくれる昔からの松本の人気店。年配のご夫婦が営む店内は、長年の油が染み込んでいて(年季の入ったジンギス鍋を火に掛けると、自然に脂が滲み出て来ます)お世辞にもキレイとは言えませんが(ちゃんと掃除はされているので清潔です!)、何とも言えない“昭和の雰囲気“が漂う庶民的な店(一見ややディープな雰囲気で、煙と熱気に溢れた店内は少なくとも若いカップルのデート向きの店ではありません)。コロナ禍以前の当時は、夜は常に外に溢れんばかりに満員でしたが、昼はそうでもありません。なぜか入り口の引き戸が二ヶ所にあり、最初はどちらから入れば良いのか戸惑いますが、どちらも入店可(店内が狭いので、混んでいる時はどちらからでも出入り可能となる様にしてある由)。
この日は平日の12時半だったのですが、8席のL字型のカウンターと4人掛けのテーブルが2つの店内に、カウンターに私より年配の方とテーブル席に家族連れの若いご夫婦の二組だけでした。
さすがに今回は7年振りなので少し値上げされていましたが、それでもラーメンが450円。大盛りで600円。日替わりランチが600円という、今でも破格の値段(昼は焼肉メニューはありません)。日替わり定食(この日はポークソテーで、これにご飯と味噌汁、煮物と漬物の小鉢が二皿付きます)はワンコインランチとは言えなくなりましたが(当時は定食が500円、ラーメンは400円でした)、今でもラーメンは450円と500円玉でお釣りが来ます。今回は大盛りを注文しました。それとこちらの名物は、まだ食べたことはありませんが、牛めし。ハーフサイズもあるそうです。チェーン店の牛丼とは別物の、焼肉用の牛肉の切れ端を使った分厚い切り落としを煮込んだ肉丼です。
 駅ビルの改装(東西自由通路増設)に併せて整備された、松本駅の西口となる現在のアルプス口。諏訪へ電車通勤していた時は、駅裏に自腹で月決めの駐車場を借りていて、いつも西口の改札から入場していました。整備前は小さな木造の西口で、道路を挟んですぐ横に民家や薬局などが立ち並んでいて、「谷椿」もその中の一画。駅舎改装後の西口は、ロータリーと駐車場も整備されたので随分南側に移ってしまいましたので、店舗は駅舎からは少し遠くなりました。そういえば大糸線と上高地線のホーム(6番線&7番線ホーム)には「駅蕎麦」店があり、0番線ホームにある駅蕎麦店よりも美味しいという評判でしたが何年か前に閉店してしまいました。
西口の駅前の様相が随分変わっても、この「谷椿」だけは当時のままで何も変わっていません。そんな昭和レトロな店内同様に、ラーメン(この日オーダーしたのは大盛りです)も昔懐かしい“The 中華そば”風のあっさりした鶏ガラベースの醤油スープに、チャーシューが2枚とシナチクにこれまた昔懐かしいナルトと刻みネギ、細いちぢれ麺という王道派のラーメンです。洒落た“無化調”などとは一切無縁。しかもレンゲが付いて来ないので、スープは丼から直接啜らなくてはいけませんが、これでイイ!と思わず唸りたくなります。お茶と一緒にお新香として自家製の白菜漬けが付いて来ますが、浅漬けかと思ったら少し酸味がする程に良く漬っていて私好みの味。何となく、漬物上手と云われていたお祖母ちゃんを思い出しました。
ラーメンは、進化系とか“ばりこて”とか、煮干しだ鯛だ甘エビだ・・・と、最近は色々目新しさを競い合っているようですが、自分は例え古臭いと言われても、これぞ“支那そば”とか“中華そば”或いは嘗ての“東京ラーメン”と云われた様な、飽くまで鶏ガラベースの醤油ラーメンが好み。
だからこそ、こういう昭和風の店内で“絶滅危惧種”の様な懐かしい醤油ラーメンを食べる、そんな“一杯のかけそば”ならぬ“一杯の醤油ラーメン”の幸せをしきじみと味わっています(ただ、もう少し麺が堅めの方が個人的には好みなので、今度来た時は頼んでみようかと・・・)。なお、写真に写っている古びたアルミの鍋蓋は、夜の焼肉用のガスコンロに被せたものですが、これまた何とも言えないレトロな雰囲気を演出しています。
 余談ながら、ご主人はお疲れ気味だったのか、この時はテレビを見ながら奥の部屋で休まれていて、女将さんが調理から片付けとお一人で切り盛りされていましたが、夜の焼肉はご主人が対応されているのかもしれません(ただ、以前夜の焼肉の時は、気さくなご主人が当時はコップ酒片手にお客さんと談笑していましたが・・・?)。どうか、いつまでもお元気で、たとえ時間が掛かっても構わないので、この懐かしい昭和の味を出来るだけ長く続けて欲しいと思いながら店を後にしました。

 「どうも、ごちそうさまでした!美味しかったでーす。」

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