カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 桜の咲いた後の楽しみはハナミズキでしょうか。
他にも、ボタンやフジも、桜の散った後で初夏にかけて街に彩をもたらしてくれる花の代表格と言えましょう。
今ではすっかり日本に定着したハナミズキですが、元々は東京から贈られたポトマック河畔の桜の返礼として、1915年にワシントンからハナミズキ(アメリカヤマボウシ)贈られて来たのが最初。以来たった100年ですっかり日本に定着しましたが、その由来を知ると、或る意味桜に代わってハナミズキが街を彩るというのも何となく意味有り気な気がします。
ハナミズキが、明治になって新たに桜の後の春の彩を我が国にもたらした花だとすると、古来この国に似合っていたのは、やはり藤や牡丹なのでしょうか。
牡丹は中国原産で、日本での栽培が盛んになったのは意外と新しく、江戸時代の元禄の頃からだとか。

 一方の藤は日本の固有種で、日本人の生活や伝統文化に密接な関連を持つ植物であり、他のつる性植物同様に民具の素材とされてきました。丈夫なつるを編んで椅子や籠を作ったり、また繊維を取って布や紐の材料にも利用されたりしてきました。そして藤原氏に代表される様に、飛鳥時代から氏にも用いられて来たように、高貴な紫色の花の藤は日本人にとって馴染み深い存在でもありました。
その藤の花を、松本市でもあちこちで見ることが出来ます。そんな初夏の街中で見かけた藤の花の幾つかです。
 先ずは“蔵の街”中町の早咲きの藤(4月19日)。続いて、城山公園の奥にある見事な藤棚(4月25日の撮影です)。
もう街中の藤は終わっているかと思ったら、まだしっかりと咲いていた国宝旧開智学校の庭の藤と松本城埋橋横の藤(2026年5月3日撮影)。


開智駐車場近くの松本城公園北西横の藤棚。ここは毎年見事な房の長い藤の花が咲くのですが、今年は剪定でかなり枝を刈り込んだためか、殆ど花がありませんでした(同じく2026年5月3日の撮影。比較するために2年前の2024年5月3日の藤棚です)。
そして西側の内堀脇の藤棚。長らく壊れていた藤棚とその下の休憩用の長椅子が、漸く改修整備されました(しかし藤は今年はあまり咲かなかったようです。5月3日の藤棚と、そこから眺めた天守閣)。
最後オマケに、2019年5月9日撮影の“サムライトード”を歩き、馬籠峠から下って妻籠宿入口の古民家の庭先に咲いていた藤と、2024年4月11日に撮影した箱根ガラスの森美術館のクリスタルの藤棚です。

 松本の今年の桜は、ご紹介した(第2074話)通り、松本城の外堀の標本木の桜が3月30日に開花宣言。そして一気に(軽井沢に行っていて不在だった)3日か4日には市街地の桜は満開を迎えた様でした。7日の薄川の桜はもう散り始めていましたから・・・。
 でも松本で有難いのは、桜前線が北上して行くのと同様に、桜が市街地から山の上の方へも徐々に駆け上がって行くことです。ケンミンショーで揶揄された“山の民の長野県民”は当然の如く自分の関係する標高が頭の中に入っていて、松本市街地は(市役所の地点で)標高は592mですが、城山公園が665m、ここからアルプス公園に至る城山遊歩道の途中の鳥居山が743m、アルプス公園が最高地点で標高775mとのこと。ですので、ソメイヨシノが500本という城山公園は、解説によると『江戸時代の天保十四年(1843)に松本城主であった戸田光庸が、犬甘城址に桜や楓数千本を植え、領民に開放したことがきっかけとなり、明治六年(1873)の太政官布告に基づいて、明治八年(1875)に長野県(当時は筑摩県)で初めて公園に指定されました。』という、古典落語の花見の噺で良く舞台になる江戸の飛鳥山同様に、江戸の昔から松本市民の憩いの場でもあったのですが、そこから更に100m標高が高いアルプス公園には、枝垂桜に始まり、ソメイヨシノ、オオヤマザクラ、八重桜、更には緑色の花の御衣黄など色んな種類の桜が合わせて1300本の桜があって、市街地から段々と標高の高い方に桜前線が上って行くので、松本城の桜が散っても城山が、そして城山が散っても、まだアルプス公園が・・・と、同じ狭い市内のエリアの中でも時間差で桜を楽しむことが出来ます。
ただそうは言っても、温暖化で桜の開花時期が段々早まって来ているので、昔の様にGWにアルプス公園で花見をするという訳にはいきませんが・・・。

 久しぶりに、ワンコも連れて4月11日の週末の土曜日にアルプス公園に行ってみました。
アルプス公園は、元々は長野県の種畜場があった場所で、種畜場が別の場所に移転後市に移管されて、その後整備された現在71haという広大な都市公園です。松本駅から4㎞という、市の中心部からでも車で10分足らずで来られ、且つ市街よりも200m程高いので高原風の雰囲気と北アルプスの絶景が楽しめ、しかも入場料無料で子供向けの遊具や小さな動物園などの無料の施設(ドリームコースターのみ有料)もあるので、家族連れに人気なだけではなく、(無料故に、桜の季節の弘法山や穂高の大王わさび農園などと共に)松本観光のツアーコースにも入れられることもあるなど、観光客も結構おられます。しかも、お花見の季節には都市公園には珍しく此処は火気使用OK(但し直火禁止)なので、お花見の季節にはグループや家族でのBBQを楽しむことが出来ます。
この日は週末で、そろそろアルプス公園の桜も咲く頃なので混雑するかと思い、東入口が500台、南入口が200台の無料駐車場がありますが、東(岡田側)からだと歩く距離が結構長いので、いつもの南側に停めることにして早めに出て、9時過ぎに到着し、幸い一番近い駐車場にナントカ一台の空きスペースを見つけて駐車することが出来ました。これで上段の駐車場は満車になりました。
もう既に家族連れの方々が思い思いに広場にスペースを確保されたり、滑り台等の遊具で遊ばれたりしていて、さらにまだ続々と後から来園されて来られます。
 園内の桜は、既にソメイヨシノは6分から8分咲きでしょうか。園内の所々に植えられているピンク色の濃いオオヤマザクラは咲き始めで、草原の拡がる「家族広場」に降りて行く道は、左側がソメイで右側が八重桜の並木道なのですが、八重桜はまだ蕾も膨らんではいませんでした。そしてここには緑色の花の御衣黄(ギョイコウ)も見ることが出来ます。また「香りの森」と名付けられた丘の一角には、もう花の時期を過ぎていましたが、雪国に早春の訪れを告げる白い花のコブシが何本も植えられています。
「家族広場」と遊具の在る「子供冒険広場」と名付けられた間の道を進み、私の子供の頃の種畜場時代からのお気に入りの場所、北アルプスの絶景が拡がる「ピクニック広場」へ。
 すると、驚いたことに新たに遊歩道が展望室のある自然博物館の方まで裏側からアクセス出来る様に延びていて、広場には新たに屋根付きになるのかベンチが園道沿いに二台と、松本平から安曇平から越しに臨む北アルプスの絶景を眺めることの出来る広場の先端部には、新たに望遠鏡が設置され、また古くなって判読出来なかった山の名前の解説版も新しくなっていて、そしてベンチも増設されて、以前のただの原っぱから随分見違える程に整備改修がされていました。これなら市街から観光に来られた方もきっと喜ばれると思います。更に、ここにもし岩岳にある様なブランコでも設置したら(しかも無料で)人気スポットになるかもしれないなどと想像しながら、暫し北アルプスの絶景を眺めていました(イヤ、子供たちが奪い合いでケンカになるか・・・?)。
(写真は5年前と昨年の同じ場所「ピクニック広場」です)
そして、あとは老朽化で撤去されたままになっている「展望広場」一帯をどう活かすかでしょうか?出来れば、園内には飲食施設が全く無いので、城山公園に隣接する「憩いの森」の様な、ワンコと一緒に北アルプスを眺めながら休憩出来る様なカフェを造って貰えるとありがたいのですが・・・(数年前にこのエリアの活用案として市が計画したオートキャンプ場は、市議会の反対で一旦取り下げられましたが、アルプス公園から尾根伝いの芥子望主山にも既にキャンプ場があり、必要ならそちらをもっと整備すれば良いので、私も不要だと思います)。
 ピクニック広場で暫く休憩し、ワンコたちにおやつと水を飲ませて、また来た道を戻ります。
10時スタートというドリームコースターは、アルプス公園で唯一有料(大人400円、子供200円)の遊具ですが、『滑降コース630m、登反コース365mの総延長995m。 このタイプの施設では珍しく、スタート地点までソリに乗車したまま戻ってこられるのが特徴である』とのことで、家族連れなどで長蛇の列でした。そのコースは昔の種畜場時代の旧道に沿って下っていくのですが、この旧道の両側には種畜場時代からの古木の太いソメイヨシノが1㎞近く続いていて、この道を今では殆ど通る車も無いので、結構な桜の穴場になっています。
父が元気な頃は、5月連休に子供たちと親子三代で、この桜並木の下でBBQを毎年楽しんだものでした。
 駐車場へ歩いて戻る途中、県外から松本へ観光に来られたというご夫婦と一緒になりました。
 「ここは、本当に良い所ですね!」
 「ね、そうでしょう!?」
地元民としてはお褒め戴いて何だか嬉しくなり、ここが昔は種畜場だったことや、市内からたった4㎞足らずで、71haにも及ぶ信州の高原風の広大な都市公園であることなど、チョッピリ自慢気に説明させて頂きました。
【追記】
アルプス公園に行った4月11日から5日後、今シーズンの登山トレーニング開始で、久し振りにウォーキングで行った4月16日の松本の城山公園です。お花見用の出店の屋台が撤収作業中で、人も疎ら。桜もすっかり葉桜になっていました。

 今年の松本の桜は、松本城のお堀端の桜が開花予想より更に一日早まって、3月30日に早くも開花して「しまいました」。松本でも3月中に桜が咲く時代になったのでしょうか。松本城の300本ある桜は4月4日が満開予想。そして松本城では4月2日から「光の回廊」として、恒例のライトアップが9日まで始まり、その間松本城の本丸庭園も夜間無料開放されました。

 今年は4月3日から軽井沢に行っていましたので、松本の桜の満開時期に不在だったこともあって、松本の桜の名所である松本城や城山、弘法山に桜を愛でに行くことも無かったので、余り桜を見たという気がしませんでした。
それでも、街中を歩いていたりすると、この時期は所々に桜が咲いているので、例え一本の桜であってもやはり桜を見てしまうと、

  『世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 』 (在原業平)

と、桜を見るだけで何だか気忙しく、またウキウキしてしまう自分を否定出来ません。

 そんな松本で今年見た、必ずしも有名ではなく、人知れず咲いていた街角の桜の情景です。
先ずは、源池の井戸の傍らに咲く八重咲の枝垂桜。先代の桜が枯れてしまったため、代わりに植えられた二代目の桜です。まだ若木ですが、しっかりと花を付けています。ただ桜は花ビラが井戸周辺に落ちたり、また秋には大量の落ち葉で、井戸の清掃的には結構大変なのですが、でも春や秋の季節の風情もまた一興・・・。
(4月7日の様子。もう一枚はネット検索で探した2015年撮影の先代)
 そして、松本の桜の名所の一つ、薄川の両岸に咲くソメイヨシノの桜並木。2km近くに渡り、両側に合わせて約360本が植えられていて、もう少し上流の松商学園付近まで行くと、河原でお花見をしながらBBQなどが楽しめます。市街地でのお花見で、火器使用が認められているのは此処薄川とアルプス公園のみ。松本市民にとっては貴重な花見(宴会)スポットです。
因みに、ドラマ「白線流し」の舞台となった川がこの薄川。上流から桜並木越しに下流を臨む残雪の北アルプスは絵になりますが、反対側から上流を望む桜並木の間に美ヶ原を望む風景も、また松本ならではの風景です。
(4月8日、散り始めた薄川の桜を逢初橋付近から撮影。薄川の向こうに見える山が美ヶ原の王ヶ鼻です)
 そして、松本の街中、国府町と新伊勢町の交差点近くで、街路樹として植えられていた若木のオオヤマザクラ。同じ4月8日の撮影ですが、オオヤマザクラはソメイヨシノより遅く咲くのでほぼ満開でした。因みに、植物図鑑的には、
『オオヤマザクラは、雪や寒さに強く、本州ではヤマザクラより高地で育ち、北海道に多いのでエゾヤマザクラとも言う。花や同時に開く若葉は赤みが強いので別名ベニヤマザクラとも呼ばれている。角館の樺細工は、オオヤマザクラやカスミザクラの樹皮を使っている。特にオオヤマザクラの樹皮は美しく、高級品として珍重されている。
長野県内では、仁科三湖の中綱湖で、4月下旬から5月中旬頃に咲く湖畔のオオヤマザクラが水面に姿を映す景観が有名。』
とのこと。
(写真は、長野県の観光案内よりお借りした、中綱湖畔のオオヤマザクラです)

 用事があって街中に歩いて行ったりすると、時々「源智の井戸」が気になって、紙垂が千切れていないか、或いは周辺にゴミが捨てられていないかなどとチェックをしに立ち寄ることがあります。
その行き帰りには必ず高砂通り(中町の一本南側の別名“人形町通り”)を歩くのですが、城下町らしい狭い通りで、こちらも観光客に人気の“蔵の街”中町同様に松本市街地の東西を結ぶ通りですが、高砂通りは中町よりもっと狭くて同じ様に一方通行です。

そして、源池の水源地から流れ出て、更に周辺の民家の湧水を集めて流れる榛の木川の清流が、源智の井戸の横でその湧水も集めてから、この高砂通に沿って道の北側をずっと西へ流れていきます。
この榛の木川や同じく湧水を集めて流れるもう一つの清流である蛇川には、昔住民の方が放流したというニジマス(一応外来種の扱いです)が今でも棲息していて、時々泳いでいるのを見ることが出来ます。
 先日も源智の井戸に立ち寄った帰りに高砂通りを歩いていると、流れの中に小さな魚影を見つけました。それはドジョウ位(と言っても最近ではドジョウを見ることも殆ど無くなってしまいましたが)の大きさで、せいぜい5㎝位でしょうか。良く見ると大小3匹泳いでいるのが確認出来ました。
体には斑点のような模様がありますので、ニジマスの稚魚なのでしょうか?あれだけ大きなニジマスが何匹も泳いでいるのですから、繁殖して産卵をしていても決しておかしくはありません。
        (下の写真は別の日の撮影ですが、3匹確認出来ます)
調べてみると榛の木川にはヤマメも棲息しているという記事を見つけましたが、湧水を集めたこの清流で、水温も13℃~15℃と年中ほぼ一定でしょうから、渓流魚であるヤマメが棲んでいてもこちらもおかしくはないのかもしれません。
三才山を水源として、松本の市街地を流れる女鳥羽川の上流域にはイワナやヤマメもいるそうですし、市街地でもウグイ(松本地方では、産卵期にお腹が赤くなることからアカウオと呼びます)が棲息しているとのこと。その女鳥羽川だけではなく、湧水を集めて松本の市街地の住宅街を流れる榛の木川や蛇川は、川というより用水路の様な川幅1mにも満たない小河川ですが、少なくとも20万都市の街中を流れているのが信じられない程の清流です。
 そこで、気になってネット検索してみました。

『20万都市の市街地に、ウグイが棲息し、夏にはホタルが見られる川が流れているという街はどこ?』
という問いに対して、Google検索してみた結果です。
最近のGoogle検索ではAIの回答が先ず冒頭に表示されるのですが、もしかするとその文章は多分に検索者の(良く使う単語等から推測判断しての)意図に沿った“答え”になっている可能性もあるかもしれません。しかし、そういう前提に立ったとしても、その結果は・・・、
『 20万都市の市街地を流れ、ウグイが棲息し、夏にはホタルが見られる川がある街は、長野県松本市です。
松本市の中心市街地には、北アルプスからの湧水を集めて流れる女鳥羽川(めとばがわ)があります。この川は「20万都市の市街地でありながら、清流の象徴であるウグイが泳ぎ、夏にはゲンジボタルが舞う」極めて珍しい環境として知られています。
特徴
• 都市規模: 松本市は人口約24万人(2024年時点)の中核市です。
• 女鳥羽川: 市街地の象徴である「縄手通り」や「蔵のまち中町」に隣接して流れています。
• 自然環境: 1980年代以降の多自然川づくりや市民による清掃活動により水質が改善され、市街地のど真ん中(千歳橋付近など)でもホタル観賞が可能になりました。
松本市以外にも、高知市の鏡川(かがみがわ)などが「市街地でウグイやホタルが見られる川」として有名ですが、歴史的な街並みのすぐ横を流れる景観を含め、松本市の事例が特によく語られます。 』
・・・とのことでした。
 市街地を流れるその女鳥羽川だけでなく、“湧水の街”松本には豊富な湧水を集めて流れる清流の榛の木川や蛇川があります。残念ながらその流れは、戦後の近代化の都市化の波の中で、敷地内の車庫への車の駐車のためにコンクリートの橋や暗渠でかなりの部分が覆われ、城下町特有の狭い路地では蓋がされて生活道路の一部となっています。従って、殆どその流れを見ることは出来ません。例えどんなにキレイな流れであろうと、単なる観光目的だけで暗渠を撤去することは、住民の“生活権”という名の下ではかなり難しいと言わざるを得ません。しかし、もしその暗渠を撤去して流れが見える様な、例えば透明な強化プラスチックに変えられたら、どんなにか素敵な清流の流れる街になるのではないでしょうか・・・。

 ただ現実的には、もっと市民生活での必然性があればともかく、仮に観光目的だけではそれは夢のまた夢で、実現は難しいかもしれません。
しかしそうは言っても、仮に例えAIに依る検索者への“忖度”があったとしても、現実的に「清流の流れる20万都市」という問い掛けで、我が松本市が出て来るなんて何とも素敵でそして実際に“凄い”ことではないでしょうか!?

 『 山高く 水清くして 風光る 』 (平林荘子)

この松本の街中では、カジカガエルが鳴き、夏にはホタルが飛び交い、そして街中を流れる清流には渓流魚のウグイやヤマメが泳いでいる・・・。
北アルプスを望むこの街に、いつかそんな光景が現実として拡がることを願いつつ・・・。
【注記】
稚魚以外は、以前撮影しブログに掲載した写真を再掲しています。

 街中で用事があった帰り道。
松本駅の自由通路を抜けて行くのですが、インバウンドの皆さんは無関係でしょうが、学校が春休みに入ったこともあってか、到着した観光客の皆さんで改札前は大賑わい。ゴジラもお出迎えの中、アルプス口のガラス壁越しに臨む早春の北アルプスの未だ白き峰々の絶景に、皆さん自然と吸い寄せられて行かれます。
と、11時半でそろそろ昼時近かったこともあって、
  「では、せっかくだから久し振りに谷椿のラーメン食べて帰ろうかナ?」
この日、奥さまは定例の実家のお義母さんの面倒をみに行っていて不在。彼女はラーメンが好きではないので、一人の時でないとラーメンを食べられないのです。娘たちは二人共ラーメンが大好きなのですが・・・。

 さて、松本駅のアルプス口(地元の“オッサン”的には昔の“西口”と言った方がピンとくるのですが)に佇むホルモン焼きと焼肉の名店・・・ですが、昼はラーメンとランチの店になります。その「谷椿」は昭和レトロを絵に描いたような渋い(今風の言葉で言うならむしろ“激渋”?の)店です。
昔は老夫婦お二人で切り盛りされていたのですが(と言っても昼間のオジイさんは、厨房奥の居間のコタツに座ってTVを視ている方が多かった様な)、最近はお手伝いか、日替わり定食の調理を担当されている別の初老の男性がおられ、お爺さんを見掛けることがありません。お元気だと良いのですが・・・。
 「谷椿」の昼のメニューは、ラーメン(450円)、ラーメン大(600円)、牛めし(500円)と日替わり定食(600円)のみ。そして、メニュー表には書かれていませんが、ハーフサイズの半牛(250円)もあって、常連さんはこの半牛とラーメンのセットを頼まれる方が多い様です。
私のオーダーは、この日もラーメン一択で450円也。10席のL字型のカウンターに座ります。店に入るには二ヶ所の引き戸の入口がありますが、左側から入るとL字の短辺の3席への入り口で、2席あるテーブル席の方へ行く場合は右側の入り口からでないと行けません。
座ると、おばぁちゃんがほうじ茶と小皿に入った自家製の漬物(大概は白菜漬け)を出してくれます。これが良く漬かっていて、酸っぱくて実に美味。因みに夜の焼肉の部では、このお漬物はお替わり自由。
さて、肝心のラーメン。今やワンコインで食べられるモノってあるのでしょうか・・・と思えるくらい貴重な、(しかもワンコインではお釣りが来る)450円のラーメンです。
昭和レトロな店内同様に、ラーメンも昔懐かしい“これぞ、ザ・中華そば”とでも云うべき、あっさりスッキリとした鶏ガラベースの醤油スープに、チャーシューが一枚とメンマにナルトと刻みネギ、そして固ゆででは無いのに、不思議な程モチモチした多加水の中細のちぢれ麺という王道派の醤油ラーメンです。洒落た“無化調”などとは一切無縁。しかもレンゲも付いて来ないので、スープは丼から直接啜らなくてはいけないのですが、これでイイ!否、これがイイ!と思わず唸りたくなります。
焼肉屋さんらしく、豚バラ肉のチャーシューはとろける様な柔らかさ。少々薄いのですが、450円のラーメンで文句など言えません。むしろ、出来れば以前はメニューにあった筈のチャーシューメンをまた復活させて欲しい位です(ラーメン専門店では無いので、チャーシューを作るのは手間なのでしょうか?)。以前大盛りを頼んだ時は、チャーシューが二枚トッピングされていたのですが・・・。
 時代に取り残された様な昭和然とした店内で、これまた“絶滅危惧種”の様な懐かしい醤油ラーメンを食べる、そんな 至福の“一杯の醤油ラーメン”をしみじみと味わうのです。そしてスープを飲み干すと、これまた昭和然とした一桁の局番の昔の電話番号が現れてきます。
このラーメン、色んな工夫を凝らす今時のラーメンに比べると、むしろ進化しないことが貴重な、今時珍しいシンプル過ぎるラーメンなのかもしれません。しかし、そんな昔ながらのこのラーメンは時代に取り残されて、昨今の物価高の中でも値上げするのを何だか忘れたかの様で、一杯450円也。大盛りでも600円です(数年前と比べると、それでも50円アップにはなっているのですが・・・)。
おばあちゃんには是非お元気で頑張って頂いて、どうか変わらずに(値上げしても全然構いませんので)いつまでもこのままのラーメンでいて欲しいと切に願っています。

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