カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 前話の“秋の美ヶ原登山”。
当日はまさに秋晴れの快晴だったので、たくさん撮った写真の中から追加で何枚かご紹介させていただきます。

 三城いこいの広場の登山口から9:40頃登山開始。
先ずは、広小場への沢沿いへの登山道(10:06)。清冽なせせらぎの音が涼しげです。夏だと、マイナスイオンを浴びながらの森林浴コースです。
 ジグザグ48回という百曲りコース。木々の中を進む登山道を抜けると、一気に眺望が拡がります。登山道を登り切った「百曲り園地」からの眺望です(11:23)。左上にかすかに見える諏訪湖越しに臨む、木曽駒の中央アルプスから木曽御嶽方面です。
 霧ケ峰(車山)の向こうには、八ヶ岳(編笠岳)の右肩越しに臨む富士山(12:48 写真だとかすかに見える程度ですが)。
 王ヶ鼻から見た、眼下の入山辺の谷間から拡がる松本の市街地と、その松本平越しに臨む北アルプス(12:51)。左手に見える乗鞍から、中央右手にギザギザした穂高連峰へと続きます。
 美ヶ原高原最高地点2034mの王ヶ頭(13:16西向きの北アルプス方面)。
トレッキング気分を味わえる眺望としては、王ヶ頭より低くても無粋な人工物の無い、東側以外の三方270°?の絶景の拡がる2008mの王ヶ鼻の方が遥かにお薦めです。
 王ヶ頭の反対側に鎮座する御嶽神社(13:17背後の建物はTV塔です)。ここに神社があるが故に当然なのですが、正対する神社(祠)から鳥居の向こうに今も噴煙を上げる御神体の御嶽山が望めます。未だ不明の御霊に・・・合掌。
 帰路、百曲りコース上部から拡がる真っ白なススキの斜面(14:08)。
 三城の登山道脇にある“山の主”?の巨木(15:14)。厳かで神秘的に感じます。
 同じく三城の登山道脇に咲いていた、今回の登山で唯一見掛けた秋の花オヤマリンドウです(15:16)。
 三城いこいの広場の駐車場から、オートキャンプ場の管理棟のセンターハウス(15:20)。この建物の(向かって)左脇に登山口があります。今回も無事に帰って来ることが出来ました。

 9時半過ぎに登り始め、1時間のアルプス展望コースを経て、王ヶ頭から20分程車道を歩いて目的地の王ヶ鼻に到着。王ヶ鼻での昼休憩の後王ヶ頭に戻り、トイレ休憩から塩くれ場を経て、園地からまた百曲りコースを戻って15時半に三城いこいの広場へ下山。6時間弱の行程でした。

 10月21日の日曜日。前日まで雨や曇りの日が続いていたのですが、この日の天気予報は“全国、全47都道府県晴れ”。年にそう何度も無いのだそうです。そこで登山のトレーニングも兼ねて、また三城から美ヶ原へ登ってみることにしました。

 この日は、松本・諏訪地方で云う“出払い”(地区の共同作業。但し松本は諏訪の様な“出不足金”徴収はありません)での大門沢川清掃が早朝6時半からあって、6時前はまだ薄暗いため、ナナの散歩は“出払い”から戻ってから。母の昼食も準備した上で、遅めの9時頃の出発になりました。
“紅葉情報”に依ると、「美ヶ原は見頃」とのこと。そのためか、市内の山辺から登山口の三城いこいの広場までの道は、ビーナスラインで美ヶ原や霧ケ峰へ向かうであろう県外車で結構な交通量。自宅からはほぼ30分で9時半に到着。

 美ヶ原の登山口のある三城いこいの広場の無料駐車場は、既に上段は25台程が駐車していて満車でしたので、下段へ駐車。前回、8月下旬の美ヶ原への三城からの初登山(第1357&1358話)の時は“夏山シーズン”だったのにも拘わらずガラガラでしたのに、今回はどうしたことでしょうか。三城のオートキャンプ場は既に閉鎖されていてシーズンオフですので、県外車も多かったこの車の方々は、皆さんここから美ヶ原へ登って行った筈。
前回は朝曇っていて気が付きませんでしたが、快晴のこの日の駐車場からは王ヶ頭(おうがとう)のテレビ塔がクッキリと望めました。標高1450mという三城いこいの広場から王ヶ頭の2034mまで標高差約600mを登ります。登山靴に履き替え、リュックを背負い、9時40分にいざ出発。
管理棟横の登山口から、この日も“百曲りコース”へ。直行はしませんが、「塩くれば」まで3.5㎞との表示。先ずは森の中を歩きキャンプ場内を通って、広小場への登山道へ入ります。前回の帰路、キャンプ場からいこいの広場への登山道が見つけられずにキャンプ場の中を下ったので、今回は見失わぬようオートキャンプのNo.50~51サイトの間を下ることを確認。良く見れば舗装道路の反対側に案内板もありました。既にキャンプ場の洗い場は片付けられ閉鎖されていました。
 広小場までは鬱蒼とした森の中を、沢沿いに森林浴をしながら進みます。標準時間40分のところ、35分で到着。広小場が標高1580mとのことですから、100m程登るなだらかな登山道でしたが、小休止の後、ここから百曲りの本格的な登山道へ。百曲り園地へは標準時間90分の登山コースです。林の中を進む、板状節理で剥がれた鉄平石が敷かれた登山道。48回というジグザグを経て周囲が開ければ、もう百曲り園地の真下です。前回は全く登山客に会わなかった百曲りでしたが、この日は広小場から茶臼山に向かう家族連れや、前日泊まられて下山するカップルなど、何組かの登山グループに会いました。
途中休憩せず60分で到着した百曲り園地で給水し、そのまま絶景のアルプス展望コースを歩いて目的地の2008m王ヶ鼻(おうがはな)を目指します。
 標高2000mの高原はもう晩秋に風情で、さすがにもう花はありません。標高600mの松本もこの日最低気温が4℃だったので、ここ美ヶ原はおそらく氷点下だったのでしょう。コースの日陰には霜柱が立っていました。
園地から見えた南アルプスから中央アルプス、そして御嶽から乗鞍、穂高連峰。アルプス展望コースの名の通り、次第に穂高から槍、常念、燕と北アルプスの眺望が拡がって行きます。雲一つ無い快晴に、展望コースには何組もの登山やトレッキングを楽しむグループやカップルの方々が。王ヶ頭の下を通過し、展望コースの終点で合流する車道をそのまま歩いて王ヶ鼻へ12時半前に到着。園地からは案内通り60分でした。
岩場の上では20名程の皆さんが休息されていて、我々も岩に腰掛けて昼休憩です。それにしても、少し霞んではいましたが今回は快晴で、1400mの標高差で眼下に拡がる松本平を囲む様に日本の名だたる名峰が聳えていて、思わず「凄い!」と歓声が上がります。
南は八ヶ岳から、甲斐駒、北岳、仙丈の南アルプス、木曽駒の中央アルプス。そして山頂登山が解禁された噴煙上げる御嶽山になだらかな山容を見せる乗鞍と、北アルプスの独立峰。続いて、のこぎりの様な穂高連峰から始まり、いつもは松本平から仰ぎ見る屏風の様な北アの峰々が、ここでは目の高さにその雄姿を拡げています。五竜から、夏に登った唐松岳と続き、白馬の後立山連峰からその先は雲が掛かっていました。
そして良く見ると、雄大に裾野を広げた八ヶ岳の右肩越しに富士山の姿も認識できました。既に真っ白な雪を被ったその姿は、やはり他の山とは違い、居住いを正して立っている様な孤高の趣があります。この松本からもこれ程大きく富士山が見えたとは・・・。正直、ビックリしました。
一つ所からでは無いでしょうけれど、高原の美ヶ原からは、百名山の実に41座を眺めることが出来るのだとか(美ヶ原自体が百名山ですので、41/99ということになります)。
次々と王ヶ鼻にも美ヶ原観光の団体さんが来られるので、昼食を終えて、王ヶ鼻から王ヶ頭へ向かいます。途中、残念ながら浅間山には雲が掛かっていて、山容は望めませんでした。9月で牛の放牧は終了していますので、高原にはもう夏の間ノンビリと草を食んでいた牛たちの姿はありません。そのため、真っ青な空の下に拡がる広い高原が余計広く感じられました。
ホテルの有料トイレで用を済ませ、「塩くれ場」から百曲り園地を経由して、今回も百曲りコースを下って三城いこいの広場の駐車場へ戻ります。広小場まで下り40分(下りは標準60分)。今回は朝確認した通りにオートキャンプ場からもしっかりと登山道を下って、園地からトータル70分で駐車場へ到着しました。
 美ヶ原は、百曲りの登山道を含めて、秋の紅葉を楽しむスポットではありませんでしたが、何といっても眺望が抜群です。
夏であっても、牛たちを見ながら高原をノンビリ散策するよりも、アルプス展望コースのトレッキングコースが断然お薦め。そして頂上となる王ヶ頭よりも、王ヶ鼻からの絶景がイチオシです。雄大な峰々に、日頃のストレスなど「ちいせぇ、小せぇ!」と吹っ飛んで大らかな気分なります。
そんな気分を存分に楽しむには、やはり車で行くよりも、1時間半で登れる三城からの登山がお薦めです。
 快晴の中、今回は雄大な山並みを眺められた、“日本百名山”美ヶ原への秋の山旅でした。

 10月中旬、13日と14日の土日の週末。里山も色付いて来ましたので、早朝ウォーキングでトレーニングを兼ねて急坂を登ってのアルプス公園と、久し振りの松本城へ行ってみました。市街地の松本城へは、我が家のある高台の沢村からの行きは下りですが、帰りは結構な上り坂になります。

 土曜日のアルプス公園へは母をデイサービスに送り出してから。
我が家から一番の急坂を登るコースで、裏山から蟻ヶ崎台を経て旧道からアルプス公園へ向かいます。既に10時過ぎでしたので、マレットゴルフに興ずる高齢の方々のグループが何組もプレーされていて、ボールを打つ音が響いています。ここはかなりアップダウンがあるので、河川敷よりも遥かに面白いのでしょう。人気コースです。

子供広場にはもう小さなお子さんを連れた家族連れがたくさん来られていて、遊具で思い思いに遊んでいます。ここはドリームコースターと「山と自然博物館」以外は全て無料なのが家族連れにとっては有難いですよね。小動物園(小鳥と小動物の森)もありますし、市街地からから車で僅か10分足らずの所に位置する71haという都市公園としては異例なほど広大な公園ですので、子供たちが自然の中で走り回るのには最高だと思います。しかも北アルプスの峰々の展望の良い高原風の公園なので、観光客の方々にもお薦め。この日も県外車が何台も駐車していました。
残念なのは、ピクニック広場からの安曇野越しの北アルプスの絶景が、伸びた木々の枝に遮られて、以前に比べると半分ほどしか展望出来なくなってしまったこと。多少でも枝を伐採して落とせば、晴れていれば白馬などの後立山連峰まで見えて、もっと景観が良くなるのに残念です。
ここに限らず、予算が厳しいのか、或いは指定管理者制度により(自治体が管理するのと比べ、どうしても利益優先にならざるを得ないため)隅々まで管理が行き届かないのか、以前に比べて少々荒れて来ているのが地元民としては些か気掛かりです(かと言って、入園料を徴収しては本末転倒ですが)。
廃業した「まきば山荘」の基礎をそのまま活用して整備された「展望広場」も、確かに北アルプスと松本平の景観は素晴らしいのですが、殺風景でナントも勿体ない気がします。全て不要とは云いませんが、過去の“箱モノ”建設に投じられた税収からの建設費の百分の一でも回せたら、もっとちゃんと整備が出来るだろうに・・・。
 翌日は松本城へ。そば祭りは既に終了しましたが、日曜日ですので朝早くからインバウンドを含めたくさんの観光客の方々が来られていました。
この日は曇り気味で、残念ながら北アルプスは厚い雲の中。
城内の木々はもう紅葉が始まっています。ただ今年の猛暑の影響か、お堀端の桂や桜の木々は既に葉が枯れたり落ちてしまったりしていて、いつもの秋に比べて些か寂しそうです。
この後、街路樹のナナカマドの実が赤く色付き始めていた大名街を通って、縄手通りから四柱神社に参拝。境内には、最近では珍しい神社での神前結婚式があるのか、正装し着飾った集団がおられました。
 「どうぞお幸せに!」
 我々も、娘たちの幸せを願って、お手水で清めてから本殿にお参りし、再び松本城の二の丸御殿跡を通り、お城を抜けて帰路に着きました。
二の丸御殿跡の大きな楓が天守閣が隠れる程に葉を拡げていて、こちらは見事な紅葉を見せ始めていました。今日は雲の中ですが、里の紅葉越しに、北アルプスの峰々が白くなるのも間も無くです。

 身近な“小さな秋”を楽しめた、信州松本の早朝ウォーキングでした。

 9月22日にキッセイ文化ホール(県文松本)の国際会議室で行われた、恒例の「第21回まつぶん新人寄席」。前回6月の第20回は都合が付かず聞けませんでしたので、久し振りの生落語です。今回の二ツ目さんは、入船亭小辰さんと金原亭馬久さんです。
 入船亭小辰さんは、第17回に柳亭市弥さんと一緒に出演されていて、今回が二度目の出演。この日も紹介されていましたが、東京のご出身ですが、お姉さまが松本の島内に嫁がれているのだとか(ちゃんと客席にも来られていたようです)。前回も書いたのですが、『個人的に感心したのは、入船亭小辰さん。声に張りがあり、トーンも高めでイイ声です。ですので、女性を演じても艶っぽさが声に感じられます』。今回も同じ印象。
 この日の演目は、先ず小辰さんが「替わり目」、馬久さんが「真田小僧」。仲入り後に馬久さんが「金明竹」、トリに小辰さんが「井戸の茶碗」という構成でした。
最初の「替わり目」は、酔っぱらって帰って来た主人が家の前に停まっていた車夫や家に入ってから奥さんに絡む噺。時間の関係で小辰さんは途中で端折って下げていました。
続いての馬久さんの「真田小僧」。子供の亀坊が父親から悪知恵を働かせて小遣いをせしめる噺。講談の「真田三代記」がモチーフにとして登場することから、信州での寄席に掛かることが多い噺だとか。以前NHKの新人落語大賞の中で柳亭小痴楽さんが(制限時間の関係で前半だけを)演じていましたっけ。
 仲入りの後は、馬久さんが「金明竹」。「どうらく息子」の中で確かさわりだけ登場したと思いますが、聞くのは初めてでした。
「牛ほめ」や「かぼちゃ屋」などと同じく、落語の“愚か者”の代表である与太郎噺の一つです。以前ご紹介した中央図書館で借りた新しく所蔵されていた落語CD「特選落語会」のライブ録音の中で、桂文治師匠が「牛ほめ」同様に前座噺の一つでもある「平林」を演じていて、その中で、“バカ”の与太郎が忘れてしまった「平林」の読み方を道行く人に教えられた通りにしっかりと覚えて繰り返していくのは絶対矛盾していると嘆く件(くだり)があって客席を沸かせていましたが、この「金明竹」も同様。骨董屋さんを営む親戚の叔父さんの所に預けられた与太郎が、傘や猫、最後はご主人を借りに来る客にご主人が教えた通りに、猫には傘という様に、その前の借り物の断り方で与太郎が断るのですが、「良くしっかりと覚えてるジャン!」と思ってしまいます。むしろ真田小僧の亀坊同様に「お主、知恵者ヨのぉ~」
この「金明竹」の聞かせ所は同業の使いの「道具類」の関西弁での“言い立て”(注記:「寿限無寿限無五劫のすりきれ・・・」の様な、決まった長セリフ)ですが、与太郎も最後は手に負えないと女将さんを呼んで来て都合4度。馬久さんも早口で演じていました。お見事!
 トリは小辰さんの人情噺の名作「井戸の茶碗」。
先述のCD「特選落語会」の中でも柳家権太楼師匠が演じておられました。登場人物のクズ屋の“正直”清兵衛、長屋に住む貧乏浪人千代田卜斎、細川家家臣の高木佐久左衛門を、小辰さんの明るくメリハリの効いた良く通る声が実にイイ。聴き易く演じておられました。

 入船亭小辰さんは2012年に二ツ目昇進だそうですから、次は是非真打ちとして、お姉さんの住むここ松本に凱旋してください。
 “お待ちしてま~す!”

 母が自室で転んで腰を打ったらしく、その日は自分で歩いてトイレにも行ったのですが、翌日は痛くて動けないとのこと。
その日のデイサービスもお休みにして様子を見たのですが、変色や腫れも無いのでまさか圧迫骨折ということはなく、単なる打撲だとは思ったのですが、翌日も改善する風も無いので、止む無く病院へ連れて行くことにしました。
ところが生憎の日曜日。しかし月曜日まで待っているよりも早い方が良かろうとなりましたが、休日のため救急外来しか開いていません。松本では、信州大学の附属病院と相澤病院に救急外来がありますが、以前家内の骨折の際は最初家から近い信大に行ったのですが、年末年始だったこともあるかもしれませんが、難しいケースはともかく(例えば、山岳遭難者の搬送や、ドクターヘリは中南信地域では信大付属病院が拠点になっています))、簡単なケースは相澤の方が処置が早いと紹介を受けて転院したこともあり、今回は相澤病院の救命救急センターへ行きました。しかし、「痛い、痛い!」と“オンジョ”(松本地方特有の信州弁で泣き言の事)ばかりで立つことも出来ず、結局おぶって(背負って)やっとのこと車に乗せて家内も一緒に向かいました(こんなことでタクシー代わりに救急車は呼んではいけないと思い・・・)。
救急外来で車椅子を借り、スタッフの方にも手伝って頂きながら何とか待合室へ。
 受付と手続きを済ませ、レントゲンも二回撮ってもらったのですが、腰の股関節も背骨も、やはり骨には全く異常は見られないとのこと。
医師の診察を終えた後、痛み止めの投薬と共に、看護師の方から家で動けないと困るだろうからとリハビリ指導を受けて下さいとのアドバイス。
お願いしてベッドで寝たまま待っていると、療法士の方が来られ、痛いから起きられないと“オンジョ”(泣き言)を繰り返す母に、先ず体をあおむけではなく横にすること。次に足をベッドサイドに投げ出すこと。続いて、手を横に置いて、少しずつ体を持ち上げて行くこと。最後両手を置いて体を起こすこと。そして、何とか上半身を起こした後は、今度は歩行器を使い歩く訓練です。
腰が痛くて立てないという母に、腰ではなくお腹に力を入れる様に促します(腹筋が大事とのこと)。
 「そしたら、少し“このがって”下さい!」
信州弁で、少し前かがみになることを「このがる」と言います。その上で、歩行器を使って立ち上がり、一歩ずつゆっくりと歩かせます。
 「ちゃんと歩けたね!」
すると、今度はUターンして歩行器を外し、自分の足で歩かせます。
 「お腹に力を入れて!ゆっくりでイイからね!」
すると、一歩ずつゆっくりとですが、自分の足で歩いてベッドまで辿り着いたのです。
 「筋肉が衰えるのは年を取ると止むを得ないのですが、お年寄りが痛がって歩かないと、その内本当に歩けなくなってしまいます。暫くは筋肉痛で腰が痛いでしょうから、痛み止めを出してもらいますので、傷みが出たら痛み止めを飲ませて痛みを和らげた上で、自分の足で歩かせてください。」
ナルホドと目からウロコ。療法士の方は、体のどこをどう動かせば「立つ」、「歩く」という動作が出来るのか分かっているので、その動きを分解し、年寄りにも分かり易く指示することで、手で支えて動きを助ける様な手出しや手助けは一切せずに、全て患者自身の動作で最終的にはちゃんと自分の足で立って歩かせたのです。
 「イヤぁ、凄いなぁ!」
感心しました。そして、何だか医師よりも余程お年寄りの事を分かっている様にも感じられました。
 帰りに病院内で痛み止めの薬も頂いて(相澤病院も一般外来では処方箋の発行だけで市中の薬局で薬を出してもらうのですが、救急外来では薬も処方していただけます)、帰宅後はゆっくりとですが、教えられた通り母に指示することで、ゆっくりとではありますが、ちゃんと自分で車から降りて自分の足で歩いて自室まで戻ることが出来ました。
数時間前にはおぶって(背負って)家を出たことを思うと、更には診察を待っている間も、「もしかしたら、このまま寝たきりになるのかも・・・?」と家内と按じていただけに、本当に信じられない気持でした。

 イヤぁ凄い、さすがはプロ!・・・でした。

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