カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
小さい頃から毎日眺めて暮らしてきた、筑摩山地の美ヶ原。日本百名山の一つでもあります。しかし、個人的には(松本市民としては?)深田久弥よりも、信州ゆかりの“山の詩人”尾崎喜八の方にむしろ馴染があります。
先ずは、以前もご紹介した、その尾崎喜八作『高原詩抄』に収められた「松本の春の朝」第6編(昭和17年刊行)です。(松本からの美ヶ原遠景)
だが入山辺行きの一番はまだ出ない。
若い女車掌が車内を掃いたり、
そうかと思えば運転手が、
広場で新聞を立読みしながら、
体操のような事をやってみたり。
夜明けに一雨あったらしく、
空気は気持ちよく湿っている。
山にかこまれた静かな町と清らかな田園、
岩燕が囀(さえず)り、れんげそうの咲く朝を
そこらじゅうから春まだ寒い雪の尖峰が顔を出す。
日本のグリンデンヴァルト、信州松本。
凛とした美しい女車掌が運転台の錫(すず)の筒へ、
紫と珊瑚いろ、
きりたてのヒヤシンスを活けて去る。 』

北アルプスは日帰り登山はキツイのいで、ワンコもいて山小屋泊の難しい我々は、毎年の様に、しかも多い時は年2回美ヶ原へ登って来ました。
美ヶ原へは、毎回入山辺地区の三城にある「三城いこいの広場」の無料駐車場に車を停め、尾崎喜八も登った百曲りコースから美ヶ原を目指します。


その美ヶ原へは、松本市の観光統計で昨年1年間に訪れた人はおよそ40万人とか。しかし、もし登山ではなく車で美ヶ原へ行く観光客が大半だとすると、美ヶ原へ行く殆どの観光客は茅野から白樺湖や蓼科からのビーナスラインか、上田(旧武石村)からの和田峠方面へのルートでのアクセスとなります。しかし、ビーナスラインや上田からのルートでは長和村の美ヶ原高原美術館と山本小屋までで、松本から美須々湖経由での美ヶ原自然保護センターまでの道路とは繋がっていません。また松本市街から扉峠までの林道よもぎこば線でも扉峠からはビーナスライン経由で美ヶ原方面へ行けますが、急坂で九十九折が連続するため、ビーナスラインの様な快適なドライブを楽しめる道路ではありません。
従って2034mの美ヶ原山頂の王ヶ頭に建っている人気のホテルへは、自家用車でのアクセスが出来ず、自然保護センターの駐車場に車を置いて歩いて行くか迎えに来て貰うしかありません。ただホテルの建物や各TV局の電波塔が林立している王ヶ頭よりも、むしろ松本側の2008mの王ヶ鼻の方が遥かに展望は優れます。
また冬期間はビーナスラインと美鈴湖から自然保護センター間の林道は、冬季通行止めになるため、美ヶ原への車のアクセスは制限されてしまいます。
そんな状況もあって、松本市では美ヶ原へのロープウェイ建設が関係者の間で検討されています。それを伝える昨年度のマスコミの報道から引用します(因みに、マスコミでは報道上「ロープウェー」と表記するのが原則とのこと)。『さらなる誘客へ、課題として指摘されてきたのが特に冬季通行止めとなる期間の「アクセス性」です。そこで今回、可能性が検討されることになったのが「観光ロープウェーの建設」です。
市は新年度の当初予算案に、ロープウェー建設の可能性を研究するため専門業者への調査委託費としておよそ1700万円を計上。現地調査や課題の整理、地元へのヒアリングなどのほか、事業化する場合のルートの候補やおおよその事業費の算定などを行ってもらうとしています。
県自然保護連盟会長は「ロープウェー建設はその貴重な自然と景観を著しく破壊するものであり許されません。強く計画の撤回を求めます」としていて、建設に反対している市民団体は10日会見を開き、美ヶ原高原は、自然公園法で開発が厳しく制限される「第1種特別地域」であり、最も景観が美しい場所の一つだと指摘しました。』
そして、ここで市はロープウェイ建設に関して、広く市民等(市民以外でも回答可能)からWebアンケートを募ることになったとのこと。
(美ヶ原 王ヶ頭直下の花畑のハクサンフウロとマツムシソウ)


自然保護、環境破壊反対を旗頭に自然保護団体はロープウェイ建設に反対していますが、特に王ヶ頭周辺には、2000m級の山では極めて珍しい高山植物が生えているのが確認されているのだそうです。
茅野市から蓼科を経由して霧ヶ峰を通り、上田市側の美ヶ原までを結ぶビーナスラインは、1960年代前半から工事が開始され、当初の計画では王ヶ頭を経由して松本市まで結ぶ計画でした。
しかし、霧ヶ峰線・八島線開通後の大量の観光客や車の入り込み、当時の建設工法や投棄ごみの増大により、予想以上に環境破壊が進んでいるとして、1970年に着工し始めた美ヶ原線への反対運動が起こり、当時の環境庁長官が1971年に現地を視察して、「この地域(美ヶ原高原)一帯は、1950年から60年に入植されて生まれた人工林地帯ないしは牧草地であり、車道計画そのものを中止する必要はなく、一部地域にある原始林ないし天然林を保護しうるような計画に変更しさえすれば良いのではないか」という結論を出したため、長野県はこれをふまえて再検討した結果、「扉峠~美ヶ原台上の一部ルート変更」と「美ヶ原台地上の美ヶ原(高原美術館)~王ヶ頭の車道計画の中止」と計画を変更した上で開通したのでした。


『生態系と景観の分断:
・八ヶ岳中信高原国定公園の霧ヶ峰や美ヶ原高原の広大な草原・湿原をビーナスラインが切り裂く形となり、野生動物の生息域や植物群落が直接的に分断された
2002年(平成14年)に全線無料化されたことで通行量が急増:
• 観光客が指定された遊歩道や木道から外れて草原に立ち入ることで、植生が踏み荒らされ、地面が露出する「裸地化(らちか)」が各所で発生した
• 外来種の侵入・拡大: 車のタイヤや観光客の靴底に付着して、本来の生態系に存在しない外来植物の種子が標高の高い高原へと持ち込まれ、固有の植物群落を脅かしている
• 騒音と大気汚染: 自動車や二輪車(バイク)の集中による排気ガス、および夜間・早朝の走行騒音により、「本来の山の静寂が破壊されている」との指摘がある
周辺環境の変化と二次的被害:
• 気候変動の影響に加え、観光開発による排水環境の変化などが重なり、霧ヶ峰周辺では「湿地の乾燥化」や「草地の森林化」といった、もともとの景観(維持されてきた草原生態系)が失われる現象が進んでいます。


• 近年、ビーナスライン沿線全域でシカによる植物の食害(ニッコウキスゲなどの高山植物の食い荒らし)が深刻な課題となっており、道路がシカの移動経路や侵入を容易にしている側面も指摘されている 』
との指摘もされています。
では、その後の建設工法の技術革新等をふまえ、現在通じていないビーナスラインを再度慎重に研究検討して、松本側から王ヶ頭を経由してアクセス出来るようにビーナスラインを全線繋げれば良いのでしょうか?
清掃ボランティア「源智の井戸を守り隊」の発足当時からのメンバーで、地元の地区にお住いの市会議員の方のお口添えもあり、小池町の「徳武の井戸」でも知られる「徳武竹材店」さんから、青竹で編まれた高級竹スダレを二面寄贈いただきました。



本当にビックリする程見た目も立派で、大変高価なスダレであることが素人でも一目で分かります。
ただしっかり編み込まれているためかなり重量もあり、その重みにちゃんと耐えられる様に工夫して井戸の東屋に掛けたいと思いますし、屋外で使うので防カビと防腐対策を施した上で、更にそんな高級スダレであれば念のための盗難対策もした方が良いとも思います。

それは250cmの黒竹を探すためでした。というのも、八角形の玄智の井戸の8ヶ所ある水口の中で、水路のために敷石が切ってある所に在る水口が大きなペットボトル用には一番汲み易いのですが、日差しが差し込まぬ様に掛けてある東側のスダレが、少し巻き上げてはあるものの、その頭上にスダレがあるために邪魔になるのか、乱暴に扱われて何度か巻き上げ機が壊れたり外れたりして、その都度直しているのです。


そこで、前回の清掃時にメンバーのお一人から、井桁の真上にスダレが来れば水汲みの邪魔にはならないので、もう少し内側にスダレを移したらどうかとのアドバイスがあり、「ナルホド、それはGood Idea!」と納得。そこで計測してみると梁と梁の間が255㎝あるので、その間に角材か棒を渡してそこにスダレを吊るすことにしました。
東屋が黒塗りなので、ホームセンターで黒竹を探したのですが、1.8m(6尺)のものしかなく(因みに今掛けているスダレも176cmとのことなので、昔からの日本の道具は尺貫法ベースのモノが今でも使われている様です)、それ以上の長さの竹は、普通の青竹(乾燥して黄色になったモノ)しかありませんでした。プラスチック製の240㎝のイボ竹はあったのですが、文化財の井戸に使うにはそれだと余りに安っぽくて風情がありません。
そこで、今回専門店の「徳武竹材店」さんに伺う機会を頂けたので、竹材を扱っておられる専門店なら長い黒竹があるのではと考えた次第です。
しかし廃業されたとのことで、「昔は色々あったんですが・・・」と見せて頂いた残った在庫の中にあったのは200cmの黒竹でした。
「同じ黒竹が松本城でも使われているので、品質はとても良いモノです。」
そこで思案の結果、先端の細い方を根元の方に太い部分にちょうど差し込むことが出来る黒竹を探して、その2本を補助金で購入させていただきました。
その上で差し込んで結合し、240cmの長さで切断。
東屋の屋根は垂木で汲んであるので、ちょうど井桁の端の真上の位置の梁の部分で、東屋の屋根裏の垂木と垂木の間の5cmちょっとの巾の間にナントか黒竹を渡して、S字フックでスダレを掛け替えて、ちょうど上手く井桁の端に来る様にしました。そうすれば確かに縦に176㎝まで一杯下げても水汲みの邪魔にはならないですし、光合成の抑制効果も上がるのでまさに一石二鳥でした。当座はこれで対応したいと思います。


今回「徳武竹材店」さんから寄贈頂いた、高級竹スダレ。
ご厚意を決して無にすることの無いよう、また利用者や地元の方々にも500年の歴史のある“地元の宝”である「源智の井戸」の“風情”として親しんで頂けるよう、重さで落ちたりせぬ様に耐荷重などの安全面や防カビ防腐対策、そして念のため万が一の盗難対策もしっかりとふまえながら、一番良い方法をメンバー皆でこれから考えたいと思います。
今年のOMF、セイジ・オザワ松本フェスティバル。
知り合いから、「オーケストラコンサートのチケットがダブってしまったので、聴きに行かないか」と誘っていただきました。
そのコンサートはオーケストラコンサートのBプロで、客演のフランソワ=グザヴィエ・ロトの指揮するブルックナーの交響曲第8番ハ短調WAB 108(ハース版)。80分以上にも及ぶある意味“超”大作で、ブルックナーの交響曲の中での最高傑作と評されています。演奏は勿論サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)です。
しかし、個人的にはブルックナーは苦手。例えば交響曲のジャンルで言えば、子供の頃に先ずは俗に三大交響曲と云われる“運命”、“未完成”、“新世界”に始まり、大好きなブラームスやシベリウス、そしてチャイコフスキーやシューマン、シューベルト、やがてマーラー・・・と次第にその範囲を拡げて聴いて来ても、ブルックナーには殆ど手を(耳を)出しませんでした。せいぜい、手持ちのLPやCDの中にも“ロマンチック”と7番がある程度。ましてや、これまで生演奏でブルックナーは一度も聴いたことはありませんし、今までは正直聴こうとも思いませんでした。
ただ、宗教曲の傑作テ・デウムだけは何度かCD等で聴いています。大地から湧きあがる様な荘厳な合唱の響き。特に終曲のフーガはベートーヴェンの“第九”の第4楽章のそれを彷彿とさせます。
ですので、ウィーンの教会オルガニストだったという彼の経歴もあって、個人的にはブルックナーの音楽はキリスト教と切っても切れない関係があり、だからクリスチャンでない自分には(何となくその表題だけで世俗的に感じられる4番以外は)彼の交響曲の根底にあるであろう、その精神性をどうしても理解出来ないのだと勝手に思っていました。

80分を超える大作ですが4楽章形式ですので休憩は無く、全曲通して演奏されます。そして、この日のプログラムはこの1曲のみ。指揮者のロトはフランス人の指揮者でドイツの楽団で研鑽を積み、問題行動で解任騒ぎも過去にはあった様ですが、カリスマ性を備えた指揮者だという評価。
演奏が始まっての感想。それはSKOの巧さとパワーでしょうか。16型の対抗配置で並んだ弦楽器群の奏でる、これが日本のオケかと思える様な(しかも結構女性奏者もいるのに)パワーに満ち溢れた圧倒的な迫力。今年もいつもの様にコンマスの席には豊島さんが、そしてその隣には矢部さんが座っていましたが、既に結成以来代替わりもしていて、若いメンバーも結構加わっているので、嘗ての様な斎藤英雄氏の指導で阿吽の呼吸で併せられるという、“弦の桐朋”出身のメンバーばかりでは無い筈です。そして、嘗てはマエストロ“世界のオザワ”の呼び掛けで集まった、手兵のBSOメンバー中心に世界中の腕利きばかりだった管楽器群も、夏のオフシーズンとはいえメンバーも変わっている筈です。
そして8本という指定のホルンは勿論ですが、金管楽器群の煌びやかさと門管楽器群のベルベットの様な柔らかさに、「本当に巧いなぁ・・・」と溜息しか出ませんでした。

教会のオルガニストらしい、神への信仰の元に何重にも重ね合わされたパイプオルガンの様な重厚なハーモニー・・・。それは、多分にブルックナーの指揮者と言えば、浮かんで来るのはギュンター・ヴァントやチェリビダッケ、そして日本ではマタチッチと朝比奈隆といったマエストロ達から受ける印象も重なっての、ある意味先入観も多分にあるのかもしれませんが・・・。
しかし、この日のロトの指揮から紡ぎ出される音楽は、宗教感や精神性ではなく、むしろフランス音楽的なミュンシュ、マルティノンに代表される様な鮮やかな色彩感・・・でした。しかもテンポも速い。それが上述のマエストロたちのブルックナーの様な重厚感を感じさせない理由だったのかもしれません。
確かにオケも巧い、演奏は鮮やかというか煌びやかで華やか・・・・。
初めて生で聴くブルックナーではあったのですが、「ウーン、そうか、これがブルックナーの8番なのか・・・?」。
唯一、指揮者の意思、意図が感じられたのは、最後終わった後に30秒近くタクトをそのままで降ろさなかったこと。我々聴衆も誰一人“フライング・ブラヴォー”を叫ぶ輩も無く、その指揮者のタクトが降ろされるのを、ホールの全員が息を潜めてじっと待っていた、まるで息苦しくさえ感じられた“永遠”の30秒間だったでしょうか。
やがてタクトが静かに下ろされると、客席からはブラヴォーの嵐!
「フーン、そうなんだ。これが心酔する“ブルックナー・マニア”が評価する“ブル8”なのか?・・・」

しかも、マエストロ・オザワ亡き後、止むを得ないとも思いますし、チケットが海外の有名オケ並みにまで高騰してしまったことも影響しているのかもしれませんが、嘗てテント村が出現するのが恒例だったメインのオーケストラコンサートですが、今やチケットが売れ残っているという現実も含め、例年通りの最後に県花リンドウをオケメンバーがステージ前のお客さんに渡すだけでなく、もっと聴衆フレンドリーであっても良いのに・・・。そんな疑問を感じて、多少モヤモヤしながら会場の県文(キッセイ文化ホール)を後にしました。
蛇足ではありますが、チケットを譲って頂いた方にそれ相応のお礼をさせてお頂いたのは勿論言うまでもありません。
2週間以上、17日間に及んだ今回の孫たちの松本滞在。
最初の「滞在記(1)」で書いた通りに、“孫は来て良し帰って良し”は迎える田舎のジジババの気力体力の限界を述べた言葉だと、個人的には自分自身の実感をふまえて勝手にそう理解しているのですが、それはともかく、今回の滞在で孫たちが一番喜んで気に入ってくれたのは、「チロルの森」でも旧パルコ(現松本シェーナ)にオープンしたキッズパーク「The Kids」でもなく、無料の「アルプス公園」でした。(今回は動画撮影が多かったので、以前アルプス公園で撮影した写真も掲載しており、季節感が異なりますがご了承ください)

そんな経緯のある私はともかく、市街地から3㎞足らずの車ですぐの所に、信州の高原気分が味わえる81haという広大な都市公園があることは、松本市民としても大いに自慢して良いと思っています。事実、松本市民だけではなく、週末などは松本の近隣市町村や県外の観光客、更に最近では中にはハイキング気分で街中から歩いて来られるインバウンドの観光客の方もおられます。

また耐震不足で撤去された「展望広場」は囲われていて、何やら工事中でしたし、「子供冒険広場」には新調された遊具もあり、同じく見易く改修されたという「小鳥の小動物の森」(ワンコ連れは入れません)含め、安曇野越しに一番北アルプスの展望が良い「ピクニック広場」には遊歩道やベンチなどが新たに設けられるなど、昨年辺りから広大なアルプス公園も少しずつ改修工事がされて園内の施設が次第に充実してきているのが実感出来ます。

そして最後にドリームコースター。前回も乗って勝手も分かっているので、それぞれパパママと一緒に乗って、コース途中で動画撮影をしているこちらのジジに向かって手を振って歓声を上げながら、楽しんで630mのコースを一周して来ました。


それから、皆で車に乗って近くのレストランへ行ってランチです。その後、頼まれた足りない食材をスーパーで購入してからババの待つマンションに帰る予定が、孫たちは「またアルプス公園で遊びたい!」と頑として譲りません。
そこで止む無く、またアルプス公園に送り届け、私が一人で買い物をしてから再度アルプス公園へ。
すると、彼らは二度目のドリームコースターの順番待ち。今回もパパママのパートナーを交替しながら、孫たちは二度目のドリームコースターを楽しんで満足したらしく、漸く家に戻ることになりました。

そこまで孫たちが楽しんで貰えてジジババとしても嬉しい限りでした(次回は、ドリームコースターの回数券を買わねばなりますまい!)。
こうして、17日間に亘るジジババの“気力体力の限界への挑戦”と、クルミのチビッ子怪獣から逃亡しての“すみっこぐらし”が無事終了しました。
その後、漸く怪獣が居なくなって静かになった室内で、相変わらずの我関せずで寝ているコユキと我が物顔に自由に動き回るクルミを尻目に、片や翌々日どころか一週間近くも疲労感が残り、今までがウソの様に静まり返った我が家で何もする気にならなかったジジババなのでした。
昨年の夏、婿殿の「岩岳マウンテンリゾートへ是非行ってみたい!」という希望をふまえ、7月末にはワンコも連れて事前チェックにも行って来ました。
その時は「岩岳マウンテンリゾート」だけでなく、岩岳の再生を手掛けた和田寛さんが新たに(株)ズクトチエとして手掛けている、青木湖畔のカフェレストラン「ao LAKESIDE CAFE」にも帰りに寄って来ました(第2010&2011話参照)。

そのために、我々ホスト役としての一番の命題は、天気の長期予報を横目に婿殿の滞在中の予定を考える中で、問題はいつ岩岳に行くか?・・・でした。と言うのも、行っても曇っていて山が見えなければ全くの興ざめになってしまいます。そしてその日のためには、また3列シートのアルファードをレンタカー予約しておかなければいけません(近間なら2台で行きますが、少々遠距離になると奥さまが運転には二の足・・・です)。
ですので、もしその予定した日が雨降りだったら最悪です。せっかく岩岳に上っても雲の中で何も見えないでしょう。
勿論その天候に依って行く日を変更しても良いのですが、問題はその時に希望するレンタカーが確保出来るかどうか・・・?
天気予報を見ながら、そんな一喜一憂する日々が続きました。
婿殿が夏休みを取って松本へ来たのは、お盆明け。今年はお盆も後半からは曇りがちで、カラッとした夏空が広がるという感じはありませんでした。
ただでさえ夏山は雲が掛かり易く、快晴の日でも松本平から北アルプスの峰々がスッキリと望めるのは数える程しかありません。当初岩岳行きを予定していたのは20日だったのですが、天気予報では白馬方面は雨マークもあり、曇りとはいえ前日の19日の方がその二日間の中では何となく無難そう。しかし、いずれも晴マークは無しなので、岩岳山頂のマウンテンハーバーからの後立山連峰が望めるかどうかは微妙ですが・・・。
そこで前々日の18日の夕刻でしたが、20日を諦めて19日に前倒しにすることに決め、肝心のレンタカー会社に電話して、当初の20日の予約をキャンセルして改めて翌日の19日に借りられるかダメ元で聞いてみると、予約していたアルファードが今戻って来たところで、明日は予約が入っていないとのこと。但し、明日になってから車内清掃等をするので貸出可能なのは1時間遅い9時ならOKとの回答に、早速予約を変更して貰いました。
(写真は昨年のマウンテンハーバーからの唐松岳などのビューです)

早速婿殿と娘を呼んで、PCモニターで今日行く岩岳からの景観をライブカメラで見て貰いました。「山の天気は変わり易い」とは良く言いますが、マンションから眺める夏の北アルプスも、朝は姿が見えていても昼頃には雲が掛かってしまうことが特に夏山は多いのです。
勿論。松本を9時過ぎに出発するので、7時前と到着する10時半頃では雲の掛かり方は違うとはいえ、当初の予想よりも多少のマウンテンビューがこの日は期待出来そうです。
そこでレンタカーを借りて家に戻っていると時間が勿体ないので、全員で一緒に松本駅近くのレンタカー屋さんに行って、手続きをしてそこから直接出発しました(因みに、二台ある別のアルファードは、欧米系のご家族が車内の使い方の説明を受けていました)。
高瀬川沿いのバイパスを通ってから仁科三湖沿いを走り、岩岳スキー場の駐車場には予定通り10時半に到着。お盆明けとはいえまだ夏休み中なので、広い駐車場はかなりの車が停車していて、その殆どが県外車です。観光客だけでなく、岩岳にはわが国有数のマウンテンバイクのコースがあるので、その利用者もかなりいるようです。また昨年はまだ工事中だった売店や休憩室などが入る建物や、2年前にリニューアルされたというゴンドラリフト“ノア”に併せて山麓駅の駅舎も完成していました。




ゴンドラは長さ2.2㎞、標高差540mを僅か7分で標高1,289mの岩岳山頂駅まで一気に登って行きます。眼下に拡がる山々や白馬の景観に子供たちのみならず、婿殿や娘も楽しそうです。


マウンテンハーバーの階段状のテラスにスペースを確保し、この前来た時の様に行列になっていなかった人気のシティーベーカリーでパンや飲み物を購入し、眼の前に拡がる後立山連峰のマウンテンビューを見ながらの休憩です。


そこで我々も食べ終わってから写真を撮って貰いました。取って貰った写真はマウンテンハーバーを出た所の窓口で、すぐにプリンターで印刷をして記念に購入することが出来ます。自分たちのスマホでも撮影して貰っているのですが、そこはやはりプロ。マウンテンハーバーからの快晴時のマウンテンビューと一緒にこの日の記念写真が収められていて、しっかりと笑顔の子どもたちが映っている良い写真でした。


マウンテンハーバーの横に在る人気のブランコ「ヤッホースウィング」は行列で45分待ち。但し身長110㎝以上でないと利用出来ないとのことで、下の孫はまだ無理なので残念ながら諦め。

(下の写真2枚はaoの紹介ページ等から拝借しました)


こちらも駐車場は混んでいて順番待ち。昨年来た時はすぐに座れたテラス席も1時間近く待たないといけないようです。そこでテラス席は諦めて、キッチンカーでのピザとドリンクで、建物横に設けられていたカウンター席で食べることにしました。


当初の予定だった20日は、婿殿が好きだという川魚(イワナの塩焼き)と蕎麦が食べられるという白馬村の食堂を予約してあったのですが、この日は水曜日で定休日とのこと。そのため残念ながら白馬はまだ飲食面では充実していないので、ここで昼食を済ませて松本へ戻ることにしました。
因みに翌日は曇りで松本から見る白馬の後立山方面はかなり雲に覆われている感じでしたので、前日も快晴とは言えず山の全容を拝むことは出来ませんでしたが、それでも北アルプスの山岳ビューに少しは触れることが出来たので、婿殿の念願だった二年越しの岩岳とそして仁科三湖も大いに気に入った様で、急遽前倒ししての岩岳マウンテンリゾート行でしたが結果は何よりでした。



