カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 毎朝のウォーキングで行く「大門沢ウォーターフィールド」(松本市陸上競技練習場)の周辺に拡がる蕎麦畑。最近の減反のための転作で、昔に比べて小麦の収穫後に種蒔された蕎麦の栽培面積が増えている気がします。

 “実るほど”に頭を垂れた水田の中に、今真っ白の花を咲かせた蕎麦畑が満開を迎えています。一つ一つは小さな花ですが、一面に植えられた蕎麦の花は遠く離れて見ると緑の中に真っ白く薄らと雪が積もった様に拡がっています。
 春先、黄金色の麦畑の「麦秋」から、同じ畑で今度は正真正銘の初秋の蕎麦の花。もうあと1ヶ月もすれば新蕎麦の季節となります。

 サイトウキネン音楽祭から名称を変えたセイジ・オザワ松本フェスティバル(OMF)。妹の勤務先がスポンサーとのことでチケットを頂き、8月18日に行われたサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)による最初のオーケストラ・コンサート(Aプロ)を聴きに行って来ました。

 今年もファビオ・ルイージが4年連続で客演指揮者を務め、3年連続となるマーラーでの今年の演目は交響曲第9番(マーラー信者に拠るところの最高傑作と云われる、俗に“マラ9”。全体が生と死をテーマに書かれていて、死を迎える最後は音楽が消え入るようにして終わる。その第4楽章アダージョの最後の小節には、マーラー自身に拠りドイツ語でersterbend「死に絶えるように」との指示が書き込まれている)。従来のソナタ形式に戻っての4楽章構成で、90分近い大曲。そのため、このオーケストラコンサートのAプログラムはこの1曲のみで、当然ですが途中休憩無く全楽章が連続して演奏されます。
 久し振りに聴くSKO。前回が大好きな十束尚宏さんも振られた“20周年記念演奏会”だった筈なので、5年振りでしょうか。この日がメインのオーケストラコンサートの開幕なので、ロビーは華やかさが溢れています。
それにしても4年連続で客演するファビオ・ルイージ氏。SKOとの相性の良さが評判ですが、某音楽評論家曰く、どんな実力ある指揮者でも、昔のカラヤンの様な絶対的君主や練習が厳しい指揮者は今や好かれず、民主的でオーケストラ団員に好かれることが指揮者としては最も重要なのだとか。
メトロの首席指揮者などを歴任したマエストロの実力は勿論ですが、団員に好かれていることがSKOとの相性の良さに表れているのでしょうか。
一見、有能なバンカーの様な雰囲気ですが、やはりそこはイタリア人のマエストロ。寄せては返す、押しては引く波の様に自由自在で、そして想像以上に情熱的な指揮振り。名手揃いのSKOの反応も凄い・・・。この日のコンマスを務められた矢部達哉さん以下、SKOの厚みのある弦の巧さは定評あるところですが(ヴィオラ首席の川本さんのソロパートも艶やかでとても素敵でした)、それにしても管楽器の上手い事といったら唖然とする程でした。それもその筈で、バボラクさんのホルンを初め、有名オケの首席クラスが各パートに揃っているのですから。それにしても、感動よりも感心して溜息と共に呆気にとられておりました。
 「はぁ~・・・、ホントに巧いなぁ・・・!」
第4楽章の最後、弦楽がそれこそ“死に絶えるように”音が消え、マエストロが指揮棒を下ろすまでの静寂を破る様に静かに拍手が沸き上がり、やがてブラヴォーの歓声と共にホール全体を拍手が包み込みました。
何度ものカーテンコールの後、団員も客席に深々と一礼してからお互いを称え合い袖に引き上げても拍手は鳴り止まず、やがてそれに応えるように指揮者を始め全員がステージに再登場。10分以上も鳴り止まぬ盛大な拍手に応え、何度かのお辞儀の後、一人ひとり手を振りながら退場し、漸く我々聴衆も退席しました。

 毎朝、奥さまのウォーキングにタイムキーパーとして付き合って、我が家から1㎞程のところにある大門沢ウォーターフィールド(松本市陸上競技練習場)まで行って、周回する奥さまと別れ(携帯のストップウォッチで計測開始の上)、トラックを4周されるゴール時間を見計らって、その間、私メは常念岳のテッペンを望むべく、また季節の移ろいを感じるべく里山を歩いています。

 そんな日々の中での、ここ一ヶ月くらいの信州松本の里山での小さな出来事です。

先ずは、ウォーターフィールドの周回コースで時々ご一緒になるご婦人から教えてもらったというヵルガモ親子の田んぼでの子育て。7月上旬にはしっかり育って、どこかに引っ越して行きました。その後、別の田んぼの畦道に居た、それとは別のカルガモ親子。道路脇で大丈夫かと心配しましたが、その日以降は見掛けませんでしたので安全な場所に移動したのかも・・・。
 梅雨時だったか、葉っぱの上でお休みしていたアマガエル。松本も35℃を超える猛暑日がありましたが、大丈夫でしょうか?少なくとも、アマガエルにカンカン照りの太陽は似合いません。
一方で、夏を代表する昆虫と云えばセミ。道端で見つけたセミの抜け殻。何年間地中に居たのでしょうか。何蝉かは分かりませんが、鳴き声がもの憂げなヒグラシは我が家周辺では7月20日の早朝(明るくなる4時半頃)初鳴きを聞きました。
そして、里山ではありませんが、ご近所のお宅の軒先に巣を掛けた燕。一昨日巣立っていきました。きっとこれから南の国へ渡るための飛行訓練を開始するのでしょう。皆、頑張れ!・・・。

 少しずつ、少しずつではありますが、そうした小さな営みの中で季節が移ろっていきます。そして、あと10日もすればやがて立秋。同じ猛暑酷暑でも、季節の時候は暑中から残暑へ・・・。呼び方が変わってもまだまだ暑い日が続きます。

 皆様どうぞご自愛ください。信州松本より暑中お見舞い申し上げます。

 6月に入り、関東甲信も今年は早々と梅雨入りが宣言されました。その後、松本ではあまり降雨が無いので今年は空梅雨なのでしょうか。そう云えば、芭蕉の『五月雨を集めて早し最上川』もそうですが、五月は旧暦なので、ここで云う五月雨は梅雨の長雨で水かさをましたことを詠んでいます。同様に、旧暦の六月である「水無月」の「な」は「無し」ではなく、「の」に当る連体助詞の「な」のことで「水の月」。旧暦の六月は既に梅雨明けしていますが、田んぼに水を張る季節であり、“みずほ”の国中が水を張られた田んぼに覆われて、正に“水の月”だったのでしょう。
 松本では端午の節句も旧暦の6月5日。この時期になって、漸く柏の葉も茂り、菖蒲も黄色い花を咲かせ菖蒲湯に使えるように葉を伸ばしています。
常念を始めとする北アルプスの峰々も、代搔きや田植えの時期を伝えた雪形も次第に消え去り、僅かに残雪を頂きに留めるのみ。
植えたばかりは池の様だった田んぼの早苗も次第に茂って青みを増し、その青田とは好対照に、春先に青い息吹を感じた麦畑もそろそろ黄ばみ始めて信州でも麦秋の候の様相です。
【注記】
写真は、順番に5月20日の朝のアルプス公園から。5月28日の源智の井戸(人形店が軒を連ねる“人形町”高砂通らしく、月遅れの端午の節句に向けて鯉幟が飾られていました)。6月11日に「アルプス市場」帰りに寿から望む北アルプス。最後は12日の早朝ウォーキング、岡田松岡からの城山々系越しの常念と“里”の麦秋。

 県の松本文化会館(「キッセイ文化ホール」。市の音楽文化ホール“ザ・ハーモニーホール”が、地元では“音文”と略称で呼ばれるのに対しての“県文”。因みに、県の文化会館は長野、伊那も含め全3ヶ所)の主催イベントである「まつぶん新人寄席」。“あしたは真打ち”と題して、若手の二ツ目さんが毎回二人登場される寄席が年3回程開催されていて、既に17回を数えています。
 今回は県文の開館25周年記念ということでの特別公演として、過去新人寄席に出演された二ツ目さんお二人、三遊亭ときん(時松改め)と柳家小八(ろべえ改め)の「真打昇進披露興行」が行われたのです。
落語協会では今年の春は5人の二ツ目が真打に昇進し、その昇進披露興行が3月に上野の鈴本から始まり、5月の20日の国立演芸場まで延べ50日間の披露興行を一週間前に終えたばかり。その縮小版とはいえ、披露興行がこの松本で居ながらにして楽しめるのですから、これは聞かなきゃ損!・・・。しかも、有難いことに今回も60歳以上はシニア割引きなのですから。

当日、家内に送ってもらって県文に行くと、ロビーは会場前から長蛇?の列。前座で人気の春風亭一之輔師匠が上がられるということもあるのでしょうが、なかなかの活況で何よりです。お二人のご真打昇進を祝って贔屓筋から贈られた幟旗がホール入口に、そして舞台の両横にはうしろ幕も張られて、真打昇進披露興行らしい雰囲気です(そう云えば「うしろ幕」に書かれている「与利」は、幕を贈った贔屓筋「より」だったんですね。「どうらく息子」の錫楽の真打昇進場面で知りました)。県文の中ホールは700席程度ですが、今回は階段状の座席部分をクローズしていましたので400席程度でしょうか、開演時にはほぼ満席になりました。
 この日の演目は、先ず一之輔師匠のお弟子さんの前座の春風亭きいちさん
の「一目上がり」でお目出度く開演。
続いて一之輔師匠の「かぼちゃ屋」(かぼちゃ)。NHKの「落語THE MOVIE」でも一之輔師匠が演じられていました。まくらから大笑いで会場が湧きます。さすが!
 「しかし、巧いなぁ・・・」
メリハリ、声の大きさ、顔の表情、どれをとってもさすが・・・です。溜息すら出て来ます。口から出る「音」だけなのに、その仕草で、小さん師匠の云われた「了見」ではありませんが、目の前には天秤棒を担いだ与太郎が現れて・・・、師匠の与太郎振りの素晴らしさ。NHKでのアテブリで与太郎を演じた加藤諒さんの“名演”を思い出しました。
続いてときんさんの師匠である三遊亭金時師匠。金時師匠と言えば、その昔、NHK「お笑い3人組」(古いなぁ!)に出演されていた四代目金馬師匠が実の御父上。
演じられたのは「宮戸川」。珍しいネタの様ですが、「どうらく息子」で銅ら治も演じていたので記憶にありました。高座に掛ける場合も、通常半七とお花の艶めかしい場面で「ちょうど時間となりました」となる前半だけが演じられることが多いのだとか。
前半のトリはときん師匠。ネタはお馴染の「家見舞い」。小さん師匠が演じられたのをCDで聞いています。ときん師匠は飄々として味があるので、人情噺よりも滑稽噺の方が向いているかもしれませんね。
この日は口上もあるため、どのネタも本寸法とはいきませんが、ときん師匠がネタの後、余興で「かっぽれ」を踊ってくれました。「どうらく息子」でも銅楽師匠が亡くなられた植草さんが好きだったという「かっぽれ」を追悼に踊る場面がありましたが、実物を見るのは初めて。幇間芸と云いますが、なかなか見事でした。
 10分間の「仲入り」の後、舞台では真打昇進の口上。司会は一之輔師匠。
落語会らしく、修業時代の暴露やしくじり紹介もありながら、弟子に対する優しさの感じられる可笑しくも温かな口上が続きます。
第1210話でもご紹介した落語についての雑誌記事(第1186話)で、読売新聞企画委員の長井好弘氏が噺家の師弟関係を紹介した文章中で、春風亭一朝師匠(一之輔師匠はその弟子)に触れた中に、
『(前略)総領弟子が六代目柳朝を継いで真打に昇進した。その披露口上に一朝の気概を感じた。
「あたしが真打になった時、師匠の先代柳朝は病に倒れていて、口上を行ってもらえなかった。だからあたしは、何としても長生きして、こいつ(新・柳朝)の口上を言うんだと思い続けてきました。(後略)』
新真打になられたろべえ改め小八師匠。一年前に急逝された喜多八師匠がおられたら口上で何と言われたのでしょうね。嬉しかっただろうな。一朝師匠ではありませんが、いずれは弟子を持つであろう小八師匠自身も何か期する想いもあるのでしょうね、きっと。天国から見守っているであろう故喜多八師匠と唯一の弟子だったろべえさんの心中を想い、涙、涙・・・。
 小八は喜多八師匠の二ツ目時代の名。師匠亡き後、大師匠の預かり弟子となって、その小三治師匠が名付けてくれたとか。今回の口上は小三治門下の総領弟子である〆治師匠。「本来であれば師匠の小三治が来る筈でしたが、もっと割の良い仕事が急に入ったのでそっちに行っちゃいまして・・・」という代役としてのお決まりの口上から始まりました。新真打のお二人も一言決意を述べられて、最後は恒例の三本締め。会場一杯の拍手で包まれました。

 後半は柳家〆治師匠の初夏らしく「お菊の皿」。「どうらく息子」では加賀屋ありすの十八番でした。
続いては、三増れ紋さんの「江戸曲独楽」。「福を回す」として独楽はお目出度い芸なのだとか。軽妙な喋りと見事な技で湧かせてくれました。
そしてこの日の大トリで柳家小八師匠。ネタはお馴染の人情噺である「子別れ」(子は鎹)。
「夏の疲れが尾を引いて・・・」、「虚弱体質なので・・・」とか、亡くなられた喜多八師匠の気だるさも引き継いで・・・。
たまたま学生時代に寄席で聞いた喜多八師匠の落語に惚れて弟子入りを志願するも拒絶。めげずに、卒業後はバイトをしながら一年半も嘆願し続け、遂に弟子入りを許されたと云います。故喜多八師匠の唯一の弟子。だからこそ、何人もの真打を抱える小三治一門ですが、弟子の真打には任せずに大師匠自身で預かられたんでしょうね。
 イヤ、良かった。初めての真打披露興行。東京まで行かずとも、この田舎でその雰囲気を楽しむことが出来て感激しました。本当に良かった。また、卒業生が誕生してのお披露目に期待します。
さて、今年最後の次回「第18回まつぶん新人寄席」は、9月に花緑師匠のお弟子さんである柳家花ん謝と圭花の二ツ目お二人。柳家圭花さんは、ナント地元大町市のご出身とか。楽しみですね。

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