カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 1月13日と14日の厄除け祈願の日。今年もいつもの様に、城山の放光寺へ歩いてお参りに行って来ました。
 今年は次女が厄年(前厄)であることもあり、またお寺に行ってから、我々31年生まれが“八方塞がり”の年であることを知って、また今年新しいチャレンジをするであろう長女の分も併せて、どうせなら家族全員の厄除け祈願のご祈祷をしていただくことにしました。
 城山の放光寺へは、今年もアルプス公園の南入口駐車場が臨時の駐車場として、無料のシャトルバスが参拝者をピストン輸送をしているのですが、せっかくですので、我々はいつもの様に家から歩いて行きました。

 信濃国屈指の厄除観音と云われる、松本市の日光山放光寺。曹洞宗のお寺です。松本地方の厄除けとしては、牛伏寺の方が有名ではありますが、放光寺は聖徳太子作の十一面観音(秘仏)を納めるために、730年に行基が開基し、坂上田村麻呂が伽藍を整備したとされ、また泉小太郎が裏の洞窟に住んでいたと伝わるなど、松本平では放光寺も牛伏寺と共に歴史の古いお寺でもあります。
 この厄除大縁日の二日間で、数万人が参拝に訪れるそうです。
初日の朝は込むだろうからと、二日目に参拝することにしていたのですが、初日に夕刻に時間が空いたので、調べてみると一日目は夜7時過ぎまで祈祷受付(二日目は夕刻4時過ぎまで)とのこと。
「だったら、今日行って来ちゃおうか?夕方の方が、朝よりも空いているかもしれないし・・・。」
そこで、お返しする昨年のお札を持って、歩いて裏山の蟻ヶ崎台を上り放光寺へ出掛けました。
参道の両側にはダルマなどを売る縁日の露店が並んでいて、この日ばかりは賑やかです。社務所の受付で、娘たちと我々の厄除けのご祈祷を申込みます。タイミングでたまたまだったのか、次のご祈祷の先頭でした。順番に待合所で待つこと30分弱。待合室も祈祷を待つ人で一杯になりました。一回100人弱でしょうか。本堂の観音堂に奥から順に座り、読経が流れる中、お払いを受け、お焼香をし、それぞれ申し込んだ厄除けの内容と共に住所と家族全員の氏名が読みあげられていきます。最後に祈祷を受けたお札をそれぞれ受領して終了。

 どうぞ今年一年、家族全員が無事で良い年になりますように。

 11月に入り今月中旬くらいまででしょうか、ぽつぽつと「年賀欠礼」を知らせる葉書が届きます。
  「あぁ、今年も年の瀬か・・・」
何かと気忙しくなる年末を前に、暫し感傷に浸ります。その中で一軒、5年前の亡父の時の返礼もあり、先日“新御霊”のお参りに伺って来ました。
 「新御霊」と書いて「あらみたま」と読みます。
以前亡き父の喪中の際にもご紹介したのですが(第818話参照)、その時の文章をそのまま記載すると、
『新御霊(あらみたま)。長野県内でも松本平だけに残る風習。
その年に亡くなった新仏のいる家に、親戚・同姓など近しい者が、年の暮れにお参りに行くこと。
本来は、死者の霊がお盆同様に正月にも家に戻るとされ、新仏のいる家が正月を迎えることが出来ないので、「お寂しい暮になりましたが」と慰めにお参りをするもの。我が家周辺の地区では、その家の主人は葬儀に参列するので、新御霊のお参りは専ら夫人がその家を代表して訪問する慣わし。』
どうして松本地方だけにそうした風習が残っているのか分かりません。ネットで「あらみたま」と検索すると、神道での「荒魂」として「あらぶる神」と出て来るのですが、神仏混合の時期もあったとはいえ、「荒魂」と「新御霊」との関連性は無い様です。因みに、家内の高校時代からの親友は諏訪のお寺のお嬢さんだったのですが、昔は諏訪でも新御霊(あらみたま)の風習がお寺には残っていた由。

 親戚の父方の叔母の連れい合いが今年亡くなったので、20日にご自宅へ新御霊のご挨拶に伺って来ました。92歳になる叔母さんお一人ですが、毎日散歩を欠かさずに歩いておられる由。買い物も近くのスーパーへ歩いて行かれるそうで、お元気そうで何よりでした。ただ、今年は新年をお祝いすることはないので、寂しいお正月にはなりますが・・・。

 前話の“秋の美ヶ原登山”。
当日はまさに秋晴れの快晴だったので、たくさん撮った写真の中から追加で何枚かご紹介させていただきます。

 三城いこいの広場の登山口から9:40頃登山開始。
先ずは、広小場への沢沿いへの登山道(10:06)。清冽なせせらぎの音が涼しげです。夏だと、マイナスイオンを浴びながらの森林浴コースです。
 ジグザグ48回という百曲りコース。木々の中を進む登山道を抜けると、一気に眺望が拡がります。登山道を登り切った「百曲り園地」からの眺望です(11:23)。左上にかすかに見える諏訪湖越しに臨む、木曽駒の中央アルプスから木曽御嶽方面です。
 霧ケ峰(車山)の向こうには、八ヶ岳(編笠岳)の右肩越しに臨む富士山(12:48 写真だとかすかに見える程度ですが)。
 王ヶ鼻から見た、眼下の入山辺の谷間から拡がる松本の市街地と、その松本平越しに臨む北アルプス(12:51)。左手に見える乗鞍から、中央右手にギザギザした穂高連峰へと続きます。
 美ヶ原高原最高地点2034mの王ヶ頭(13:16西向きの北アルプス方面)。
トレッキング気分を味わえる眺望としては、王ヶ頭より低くても無粋な人工物の無い、東側以外の三方270°?の絶景の拡がる2008mの王ヶ鼻の方が遥かにお薦めです。
 王ヶ頭の反対側に鎮座する御嶽神社(13:17背後の建物はTV塔です)。ここに神社があるが故に当然なのですが、正対する神社(祠)から鳥居の向こうに今も噴煙を上げる御神体の御嶽山が望めます。未だ不明の御霊に・・・合掌。
 帰路、百曲りコース上部から拡がる真っ白なススキの斜面(14:08)。
 三城の登山道脇にある“山の主”?の巨木(15:14)。厳かで神秘的に感じます。
 同じく三城の登山道脇に咲いていた、今回の登山で唯一見掛けた秋の花オヤマリンドウです(15:16)。
 三城いこいの広場の駐車場から、オートキャンプ場の管理棟のセンターハウス(15:20)。この建物の(向かって)左脇に登山口があります。今回も無事に帰って来ることが出来ました。

 9時半過ぎに登り始め、1時間のアルプス展望コースを経て、王ヶ頭から20分程車道を歩いて目的地の王ヶ鼻に到着。王ヶ鼻での昼休憩の後王ヶ頭に戻り、トイレ休憩から塩くれ場を経て、園地からまた百曲りコースを戻って15時半に三城いこいの広場へ下山。6時間弱の行程でした。

 10月21日の日曜日。前日まで雨や曇りの日が続いていたのですが、この日の天気予報は“全国、全47都道府県晴れ”。年にそう何度も無いのだそうです。そこで登山のトレーニングも兼ねて、また三城から美ヶ原へ登ってみることにしました。

 この日は、松本・諏訪地方で云う“出払い”(地区の共同作業。但し松本は諏訪の様な“出不足金”徴収はありません)での大門沢川清掃が早朝6時半からあって、6時前はまだ薄暗いため、ナナの散歩は“出払い”から戻ってから。母の昼食も準備した上で、遅めの9時頃の出発になりました。
“紅葉情報”に依ると、「美ヶ原は見頃」とのこと。そのためか、市内の山辺から登山口の三城いこいの広場までの道は、ビーナスラインで美ヶ原や霧ケ峰へ向かうであろう県外車で結構な交通量。自宅からはほぼ30分で9時半に到着。

 美ヶ原の登山口のある三城いこいの広場の無料駐車場は、既に上段は25台程が駐車していて満車でしたので、下段へ駐車。前回、8月下旬の美ヶ原への三城からの初登山(第1357&1358話)の時は“夏山シーズン”だったのにも拘わらずガラガラでしたのに、今回はどうしたことでしょうか。三城のオートキャンプ場は既に閉鎖されていてシーズンオフですので、県外車も多かったこの車の方々は、皆さんここから美ヶ原へ登って行った筈。
前回は朝曇っていて気が付きませんでしたが、快晴のこの日の駐車場からは王ヶ頭(おうがとう)のテレビ塔がクッキリと望めました。標高1450mという三城いこいの広場から王ヶ頭の2034mまで標高差約600mを登ります。登山靴に履き替え、リュックを背負い、9時40分にいざ出発。
管理棟横の登山口から、この日も“百曲りコース”へ。直行はしませんが、「塩くれば」まで3.5㎞との表示。先ずは森の中を歩きキャンプ場内を通って、広小場への登山道へ入ります。前回の帰路、キャンプ場からいこいの広場への登山道が見つけられずにキャンプ場の中を下ったので、今回は見失わぬようオートキャンプのNo.50~51サイトの間を下ることを確認。良く見れば舗装道路の反対側に案内板もありました。既にキャンプ場の洗い場は片付けられ閉鎖されていました。
 広小場までは鬱蒼とした森の中を、沢沿いに森林浴をしながら進みます。標準時間40分のところ、35分で到着。広小場が標高1580mとのことですから、100m程登るなだらかな登山道でしたが、小休止の後、ここから百曲りの本格的な登山道へ。百曲り園地へは標準時間90分の登山コースです。林の中を進む、板状節理で剥がれた鉄平石が敷かれた登山道。48回というジグザグを経て周囲が開ければ、もう百曲り園地の真下です。前回は全く登山客に会わなかった百曲りでしたが、この日は広小場から茶臼山に向かう家族連れや、前日泊まられて下山するカップルなど、何組かの登山グループに会いました。
途中休憩せず60分で到着した百曲り園地で給水し、そのまま絶景のアルプス展望コースを歩いて目的地の2008m王ヶ鼻(おうがはな)を目指します。
 標高2000mの高原はもう晩秋に風情で、さすがにもう花はありません。標高600mの松本もこの日最低気温が4℃だったので、ここ美ヶ原はおそらく氷点下だったのでしょう。コースの日陰には霜柱が立っていました。
園地から見えた南アルプスから中央アルプス、そして御嶽から乗鞍、穂高連峰。アルプス展望コースの名の通り、次第に穂高から槍、常念、燕と北アルプスの眺望が拡がって行きます。雲一つ無い快晴に、展望コースには何組もの登山やトレッキングを楽しむグループやカップルの方々が。王ヶ頭の下を通過し、展望コースの終点で合流する車道をそのまま歩いて王ヶ鼻へ12時半前に到着。園地からは案内通り60分でした。
岩場の上では20名程の皆さんが休息されていて、我々も岩に腰掛けて昼休憩です。それにしても、少し霞んではいましたが今回は快晴で、1400mの標高差で眼下に拡がる松本平を囲む様に日本の名だたる名峰が聳えていて、思わず「凄い!」と歓声が上がります。
南は八ヶ岳から、甲斐駒、北岳、仙丈の南アルプス、木曽駒の中央アルプス。そして山頂登山が解禁された噴煙上げる御嶽山になだらかな山容を見せる乗鞍と、北アルプスの独立峰。続いて、のこぎりの様な穂高連峰から始まり、いつもは松本平から仰ぎ見る屏風の様な北アの峰々が、ここでは目の高さにその雄姿を拡げています。五竜から、夏に登った唐松岳と続き、白馬の後立山連峰からその先は雲が掛かっていました。
そして良く見ると、雄大に裾野を広げた八ヶ岳の右肩越しに富士山の姿も認識できました。既に真っ白な雪を被ったその姿は、やはり他の山とは違い、居住いを正して立っている様な孤高の趣があります。この松本からもこれ程大きく富士山が見えたとは・・・。正直、ビックリしました。
一つ所からでは無いでしょうけれど、高原の美ヶ原からは、百名山の実に41座を眺めることが出来るのだとか(美ヶ原自体が百名山ですので、41/99ということになります)。
次々と王ヶ鼻にも美ヶ原観光の団体さんが来られるので、昼食を終えて、王ヶ鼻から王ヶ頭へ向かいます。途中、残念ながら浅間山には雲が掛かっていて、山容は望めませんでした。9月で牛の放牧は終了していますので、高原にはもう夏の間ノンビリと草を食んでいた牛たちの姿はありません。そのため、真っ青な空の下に拡がる広い高原が余計広く感じられました。
ホテルの有料トイレで用を済ませ、「塩くれ場」から百曲り園地を経由して、今回も百曲りコースを下って三城いこいの広場の駐車場へ戻ります。広小場まで下り40分(下りは標準60分)。今回は朝確認した通りにオートキャンプ場からもしっかりと登山道を下って、園地からトータル70分で駐車場へ到着しました。
 美ヶ原は、百曲りの登山道を含めて、秋の紅葉を楽しむスポットではありませんでしたが、何といっても眺望が抜群です。
夏であっても、牛たちを見ながら高原をノンビリ散策するよりも、アルプス展望コースのトレッキングコースが断然お薦め。そして頂上となる王ヶ頭よりも、王ヶ鼻からの絶景がイチオシです。雄大な峰々に、日頃のストレスなど「ちいせぇ、小せぇ!」と吹っ飛んで大らかな気分なります。
そんな気分を存分に楽しむには、やはり車で行くよりも、1時間半で登れる三城からの登山がお薦めです。
 快晴の中、今回は雄大な山並みを眺められた、“日本百名山”美ヶ原への秋の山旅でした。

 10月中旬、13日と14日の土日の週末。里山も色付いて来ましたので、早朝ウォーキングでトレーニングを兼ねて急坂を登ってのアルプス公園と、久し振りの松本城へ行ってみました。市街地の松本城へは、我が家のある高台の沢村からの行きは下りですが、帰りは結構な上り坂になります。

 土曜日のアルプス公園へは母をデイサービスに送り出してから。
我が家から一番の急坂を登るコースで、裏山から蟻ヶ崎台を経て旧道からアルプス公園へ向かいます。既に10時過ぎでしたので、マレットゴルフに興ずる高齢の方々のグループが何組もプレーされていて、ボールを打つ音が響いています。ここはかなりアップダウンがあるので、河川敷よりも遥かに面白いのでしょう。人気コースです。

子供広場にはもう小さなお子さんを連れた家族連れがたくさん来られていて、遊具で思い思いに遊んでいます。ここはドリームコースターと「山と自然博物館」以外は全て無料なのが家族連れにとっては有難いですよね。小動物園(小鳥と小動物の森)もありますし、市街地からから車で僅か10分足らずの所に位置する71haという都市公園としては異例なほど広大な公園ですので、子供たちが自然の中で走り回るのには最高だと思います。しかも北アルプスの峰々の展望の良い高原風の公園なので、観光客の方々にもお薦め。この日も県外車が何台も駐車していました。
残念なのは、ピクニック広場からの安曇野越しの北アルプスの絶景が、伸びた木々の枝に遮られて、以前に比べると半分ほどしか展望出来なくなってしまったこと。多少でも枝を伐採して落とせば、晴れていれば白馬などの後立山連峰まで見えて、もっと景観が良くなるのに残念です。
ここに限らず、予算が厳しいのか、或いは指定管理者制度により(自治体が管理するのと比べ、どうしても利益優先にならざるを得ないため)隅々まで管理が行き届かないのか、以前に比べて少々荒れて来ているのが地元民としては些か気掛かりです(かと言って、入園料を徴収しては本末転倒ですが)。
廃業した「まきば山荘」の基礎をそのまま活用して整備された「展望広場」も、確かに北アルプスと松本平の景観は素晴らしいのですが、殺風景でナントも勿体ない気がします。全て不要とは云いませんが、過去の“箱モノ”建設に投じられた税収からの建設費の百分の一でも回せたら、もっとちゃんと整備が出来るだろうに・・・。
 翌日は松本城へ。そば祭りは既に終了しましたが、日曜日ですので朝早くからインバウンドを含めたくさんの観光客の方々が来られていました。
この日は曇り気味で、残念ながら北アルプスは厚い雲の中。
城内の木々はもう紅葉が始まっています。ただ今年の猛暑の影響か、お堀端の桂や桜の木々は既に葉が枯れたり落ちてしまったりしていて、いつもの秋に比べて些か寂しそうです。
この後、街路樹のナナカマドの実が赤く色付き始めていた大名街を通って、縄手通りから四柱神社に参拝。境内には、最近では珍しい神社での神前結婚式があるのか、正装し着飾った集団がおられました。
 「どうぞお幸せに!」
 我々も、娘たちの幸せを願って、お手水で清めてから本殿にお参りし、再び松本城の二の丸御殿跡を通り、お城を抜けて帰路に着きました。
二の丸御殿跡の大きな楓が天守閣が隠れる程に葉を拡げていて、こちらは見事な紅葉を見せ始めていました。今日は雲の中ですが、里の紅葉越しに、北アルプスの峰々が白くなるのも間も無くです。

 身近な“小さな秋”を楽しめた、信州松本の早朝ウォーキングでした。

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