カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 以前ブラタモリの松本編で、湧水が流れ込む松本城のお堀(片端の辺りでしょうか)のキレイなことにタモリさんが驚かれていましたが、それより驚くべきは街中を流れる女鳥羽川の水のキレイさだと思います。
特にキレイに感じるのは、四柱神社の正面鳥居を出て縄手通りを横切り、女鳥羽川を渡ってレストラン「おきな堂」に通じる橋の辺り。この女鳥羽川に架かる橋が幸橋(さいわいばし)です。因みに四柱神社の鳥居の手前に小さな石橋があり、これが「御幸橋」。
由緒書きに依ると『明治天皇が信濃地方で初めての御巡幸の際、松本の行在所を四柱神社併設の神道事務局と定めた。この橋は明治13年6月24日の午前中に竣工され、午後に御到着された明治天皇がこの橋を渡り、行在所に入られた』ことから名付けられたそうです。従って、「幸橋」も「御幸橋」と関連しての命名なのでしょうか。

 女鳥羽川は三才山の源流から南に流れ下り、松本の市街地に入って直角に折れて東から西へとその流れを変えます。
この幸橋から見下ろす女鳥羽川の流れ。川の流れの場所と日光の加減もあるのでしょうが、他の橋と比べ、この橋の東側の流れが緩やかで、一番透明感がある様に見えます。こんな街中を流れている川なのに、その透明感が半端無い程に清らかなのです。
 その幸橋の縄手通り側の袂に湧水「若がえりの水」があり、そのすぐ近くから女鳥羽川の岸に下りる階段が設けられています。
川縁に下りてみると、女鳥羽川の流れのキレイさを実感できます。若返りの水も然りですし、他からも湧水なのでしょう、女鳥羽川に流れ込む用水路があり、それも女鳥羽川の水のキレイさを助けているのだと思います。
日本一のワサビ田や信州サーモンやニジマスの養殖にも使われている、一日70万トンという「名水百選」安曇野穂高の湧水量には叶いませんが、こちらも「まつもと城下町湧水群」の恵みです。
 女鳥羽川では、時には小さな小魚が群れになって泳いでいるのが見えます。この女鳥羽川にはウグイが生息していると聞いたことがありますので、まだ小さいウグイなのでしょうか。
ウグイは産卵期にはお腹が赤くなり、アカウオと呼ばれる淡水魚です。例えば、父の実家のある島内の平瀬地区では、拾ヶ堰の取水口のある奈良井川か、或いは梓川からの(いずれにせよ犀川系からの)用水路に産卵の季節になるとアカウオが群れになって上がってくる(=遡上してくる)と叔母から聞いたことがありますし、千曲川では今でも「つけ場」が何ヶ所かあり、時期になるとアユやウグイを焼いて食べることが出来ます。
しかし、そうした犀川や千曲川の様な“大河川”ではなく、女鳥羽川の様な町のど真ん中を流れる川でウグイが生息しているというのは大変珍しいのだそうです。またこの辺りではありませんが、浅間温泉に近い水汲地区の女鳥羽川ではホタルが乱舞するのが夏の風物詩で、子供たちが小学生だった頃、ホタルを見に行ったことがありました。因みに、女鳥羽川ではありませんが、旧開智学校に隣接する中央図書館の横を流れる大門沢川でも、夏になるとホタルを見ることが出来ます。更に女鳥羽川では、清流に棲むとされるカジカガエルも近年確認されているそうです。
川岸を少し歩いていると、川辺にクレソンが自生していました。水をそのまま飲めるような山中ではなく、人家のある所で育ったモノなので衛生上食べるのは避けた方が良いとは思いますが、これも清流故なのでしょう。
 有難いことに、街中で今でもウグイやホタルを見ることが出来るという信州松本。街中で女鳥羽川の清流を眺めていると、そんな松本の自然環境を大事に後世に残していかなくてはいけないと改めて感じた次第です。

 トレーニングも兼ねて、これまでも天気さえ良ければほぼ毎週末に行って来た、自宅から松本の市街地への早朝ウォーキング。

自宅から坂を下り、深志高校から中央図書館経由で松本城公園を通って四柱神社へ参拝。そこから中町を横切り、最後は天神さんの深志神社までの片道4㎞程のコースですが、高台の沢村からは行きはずっと下り坂で、帰りはずっと上り坂です。たまに朝早い時は、松本駅周辺でモーニングセットを食べることもあり、また時間によっては駅周辺でランチを(時には高校生諸君に交じってハンバーガーを)食べてから戻ることもあります。
このルートは、“文武両宝”というキャッチフレーズの旧開智学校と松本城の二つの国宝を見ながらの、更には四季折々の北アルプスの峰々を眺めつつ、春の桜や秋の紅葉などを愛でる“北アルプスの城下町”松本ならではの贅沢なウォーキングコースでもあります。
 松本市民のそんな“贅沢”なコースの、更なる贅沢が「平成の名水百選」に選ばれた“まつもと城下町湧水群”の湧水や井戸が、先ほどのルート上に幾つも点在していることです。
毎回、一番小さなペットボトルを持って、その井戸毎にペットボトルに水を汲んでは各井戸の味を飲み比べながら、旧開智学校や松本城を視界に収めつつ次の場所へと歩いて行くことが出来るのです。
しかも、早朝ウォーキングとはいえ、特に暑い夏に有難いのは、井戸によっても異なりますが、こうした湧水は年間を通じて大体12℃~15℃と一定の水温を保っていること。従って、夏は本当にじっと手を浸していられないくらい冷たくて、更に美味しく感じられるのです。本当に、松本市民ならではの贅沢だと思います。
 松本市のH/Pに依れば、湧水や井戸の水が飲料水として適しているかどうかが定期的にチェックされているので、直近の水質検査結果(令和2年)での各井戸の様々な項目毎の数値が確認出来るのですが、個人的に興味があるのは「硬度」です。
硬度とはミネラル分のマグネシウムとカルシウムの1リットルあたりの含有量で㎎/Lで表示され、通常(複数の基準があるようですが)120より大きいと硬水、小さいと軟水とされます(注)。
所謂「やわらかい水」とか「この水は硬い」という感覚は、この硬度を表しています。因みに、欧州は硬水が多いとされるのに対し、日本では軟水が多く、京都に代表される出汁の文化は軟水ならではとされます(例えば、有名なエビアンは304の硬水ですし、南アルプスの天然水は30の軟水です)。
フードジャーナリストでエッセイストでもある平松洋子女史のエッセイ「水の味」を以前も紹介させていただいた中で、
『「煮る、さらす、浸す、茹でるといった水を中心とした調理法で、微妙な味わいで素材を引き立たせる日本料理は、京都の軟水だからこそ進化した」という件(くだり)でした。その逆で、フランス料理は硬水だからこそソースがミネラルと結合することでしっかりと主張し、切れが出るのだとか。シチューのようにコトコトと煮込む欧州の料理も硬水だからこそ、なのだそうです。また、我国でも関西の軟水と江戸の硬水の違いにより、お米の炊き具合が全く違うのだとか。その結果、硬水で炊くために米が“粒立つ”江戸では、一粒一粒がくっ付かず、空気を含めてフワっとなるからこそ握り寿司が発達し、一方の軟水の関西では米粒が融合し交じり合うことから棒寿司(箱寿司/押寿司)が発達したのだという解説は、まさに目からウロコでした。』
          (松本神社前の井戸)
          (大名小路井戸) 
歩くルートによって、道沿いに在る湧水や井戸は異なりますが、先ずは旧開智学校から松本城公園の途中にある松本神社前の井戸、大名町の「大名小路井戸」、そして四柱神社前の縄手通りの幸橋袂に在る「なわて若がえりの水」、「中町蔵シック館」の手押しポンプの蔵の井戸、天神からの帰り道で緑町に至る「辰巳の御庭」(お城の「辰巳門」と「辰巳御殿」があった場所)という小さな公園にある「辰巳の井戸」、松本城の東側の「葵の井戸」とすぐ近くに「北馬場柳の井戸」、そして駅方面に寄って帰る時のお城の反対側にあるのが西堀公園の井戸。そして、ドリップコーヒー用に隔週で汲みに行っている「源智の井戸」などなど、幾つもの湧水や井戸が各ルート上に点在しています。
          (なわて若がえりの水)
          (中町蔵の井戸)
松本市が管理している「まつもと城下町湧水群」の井戸や湧水は20ヶ所あるそうです(源智の井戸の様に江戸時代には既に“当国一”という評判を得ていた昔からの井戸もあれば、中には平成になってからの整備事業で新たに掘られた井戸もあります)が、その半分近くをいつものウォーキングの中で楽しむことが出来ます。
          (源智の井戸)
          (辰巳の井戸)
 その各井戸の硬度は、「松本神社前の井戸」が硬度7という謂わば超軟水(日本には基準が無く、世界基準で40~50以下を超軟水と呼ぶことがある)です。
「大名小路井戸」は74、「なわて若がえりの水」が93、「中町蔵の井戸」が82、「辰巳の井戸」83、「北馬場柳の井戸」は50、「西堀公園の井戸」96、最後に「源智の井戸」が150で唯一の硬水です。
松本の湧水は殆どが軟水なのですが、その中でも松本神社の硬度7は突出していますし、また源智の井戸も唯一の硬水。複合扇状地と云われる松本は同じ様なエリアでも少し離れると湧水や井戸の硬度が違っていて、地下に様々な水脈が走っていることが分かります。
          (葵の井戸)
          (北馬場柳の井戸)
          (北馬場柳の井戸)
 この中では、個人的には源智の井戸が一番好きなのですが、松本神社前の井戸は確かに柔らかいと感じますし、縄手の「若がえりの水」も美味しいと思います(気分の問題でしょうが、奥様のイチオシ)。また以前ローカルTVだったか、湧水群の取材での案内役をされていた市の水道課の職員の方が「個人的な嗜好ですが」と前置きされた上で、「西堀公園の井戸」が一番美味しいと云われていました。
          (西堀公園の井戸)
単純に云うなら、シチューには硬水の「源智の井戸」を使い、お吸い物など出汁を採る時は軟水の「松本神社前の井戸」を使うのがお薦め・・・なのでしょうか。ただ味は水に限らず、自分の舌の好き嫌いで選ぶべきなのは言うまでもありません。
という意味で、コーヒーに私メの舌が選んだのは、西堀公園でも松本神社でもハタマタ「若返りの水」でもなく、やはり源智の井戸の水でした。
          (源智の井戸)
【注記】
世界保健機関 (WHO) の基準(日本でも多く使われているアメリカ硬度)では、
・軟水:0 - 60未満
・中程度の軟水(中硬水):60 - 120未満
・硬水:120 - 180未満
・非常な硬水:180以上
また、Wikipediaの「水の硬度」の説明に依ると、
『軟水は赤ちゃんのミルク作り、お茶やだし汁などに適している。硬水はミネラルウォーターの名の通り、ミネラル分の補給、また灰汁(あく)を析出しやすいため、昆布のグルタミン酸や鰹節のイノシン酸の抽出を阻害するので和食には適さず、灰汁の出る料理に適している。酒造では醸造過程で硬水を使用するとミネラルが酵母の働きを活発にしてアルコール発酵すなわち糖の分解が速く進むので硬水で造れば醗酵の進んだ辛口の酒になり、逆に軟水を使用するとミネラルが少ないため酵母の働きが低調になり発酵がなかなか進まないので醗酵の緩い甘口の酒に仕上がる。醤油の醸造には軟水の方が適する。また、硬水は石鹸の泡立ちを抑えてしまう。特にアルカリ性の石鹸は成分が結合・凝固して増粘するため、すすぎで非常に苦労する。
また、中硬水は中軟水とも表記される場合がある。』
【注記その2】
掲載した写真は、最近だけではなく、過去も含め(例えば旧開智学校が写っている真っ赤なドウダンツツジは、中央図書館前の昨年秋の紅葉です)、四季折々の早朝ウォーキングの中で(水の味を確かめながら)撮影したモノです。

 松本市の郊外、神田に在る“信州松本の洋食屋さん”というキャッチフレーズの「ベル・リヴィエール」。お店のH/Pの紹介をそのままお借りすると、
『フランス語で“美しい川”という意味の当店「ベル・リヴィエール」は、平成3(1991)年4月28日(日曜日)松本市筑摩の薄川沿いにて創業開店しこのたび創業年の節目を迎えました。』
とのこと。

 今のレストランの在る場所は、薄川ではなく、神田の千鹿頭池の道路を挟んだ反対側になりますので、さしずめ今は川ではなく“美しい池”でしょうか。
余談ながら、お店の場所の千鹿頭(チカトウ)というのは不思議な名前ですが、池の背後の小高い丘が千鹿頭山。全体が公園になっていて、横に在る池が千鹿頭池で、かなり大きな灌漑用の溜池です。
千鹿頭山には小学校の時に遠足で来たことがありますが、中腹には千鹿頭神社があって、御柱祭りが行われていることから諏訪大社系列であることが分かります。因みにWikipedia に依ると、地名の由来となった祭神である千鹿頭神は、
『諏訪地方の民間伝承(諏訪信仰)においては洩矢神の御子神、孫神、あるいはその異名とされる。名前は守宅神が鹿狩りをした時に1,000頭の鹿を捕獲したことから由来するといわれている。』
とのこと。洩矢(モレヤ)神というのは、ミシャクジ信仰(第987話参照)との関連も指摘される古代諏訪地方の土着神で、要するに、洩矢神の孫にあたり諏訪大社の大祝(神長官)である守矢家(出雲の神長官である千家氏に次ぐ、日本で3番目に古いと云われる78代に亘る家系。因みに一番古いのは天皇家)の3代目が千鹿頭神とされます。
 10月中旬の土曜日。長野県内も徐々に人通りが戻り始めていることから、週末だったこともあり、念のために予約をしてランチに伺いました。
「ベル・リヴィエール」は、店の玄関付近と、道路を挟んだ対面の千鹿頭神社の鳥居前の駐車場も駐車可能で、両方とも満車に近いくらいに車が停まっていました。週末とはいえ、予想以上の人気店の様です。
建物は、何となくフランスやイタリア、或いはスイスの片田舎に在る様なお洒落なレストランといった雰囲気。
店内は外観からの想像以上に広く、テーブル席やL字型のカウンター席、個室風にスクリーン等で仕切られたスペースなど、優に40席はありそうです。
我々は予約した12時半に着いたのですが、その日の日替わりランチ(800円とのこと)は既に終了の由。この日は平日ではなく土曜日なのですが、ランチの客層はどうやらご婦人方のグループが中心という感じでしょうか。
 我々のオーダーは、ランチメニューの中から、私メは最初からのお目当てだった「チキン生姜焼き」。というのも、それが「チキンクレスト」で人気メニューだったチキンソテーの味を継承しているメニューとのことだからです。そして、二人共同じメニューだと芸が無いので、奥さまは同じソースを使う「ミックスグリル」のそれぞれランチセット(税抜き各1800円)をチョイス。
セットメニューの最初に、オードブルとサラダで、この日はジャガイモのニョッキとのこと。食べ終わると、その食器を下げてから、続いてスープです。
チキンコンソメ味のスープは澄んだコンソメ。家内曰く、サラダのドレッシングもスープもチキンクレスト風の懐かしい味だとか。個人的な記憶では、スープはもう少し色も味も濃かった様な気がしますが、確かにその系統であることは間違い無い気がしました。
そして、メインディッシュと我々のチョイスしたパン。
ソテーは、それぞれ熱々の鉄板のステーキ皿で運ばれて来ます。チキンの生姜焼きは、「チキンクレスト」では確か鶏もも肉一枚だったと思いましたが、こちらは一口大にカットされた鶏もも肉とピーマンとナスが添えられています。家内のミックスグリルは、ポーク、海老、自家製ソーセージで、味付けは同じ生姜焼きソースです。
先ずはチキンから。あぁ、確かにこの味は「チキンクレスト」です。間違いありません。イヤ懐かしい・・・。
食べ終わって、プチデザートとコーヒーの前に、マダムがテーブルクロス上のパンくずを掃除してくださっている時に、思わず、
 「本当に懐かしい、あのチキンクレストの味でした!」
とお伝えすると、奥さまがこれまでの経過を話してくださり、「チキンクレスト」では“雇われ料理長”だったので独立後も遠慮していたが、「ベル・リヴィエール」になって今年で30年も経ったので、「もうイイか」と思ってメニュー紹介に「チキンクレスト」と記載させてもらったとのこと。
 「“雇われ”だったので自由は無かったけど、この店の原点でもある“チキンクレスト時代”が自分たちも懐かしいんですヨ!」
 食後のコーヒーとプチデザートを楽しんでいると、わざわざオーナーシェフ(チーフは二代目の方が継がれていますが、今でも現役で毎日厨房に立たれて調理をされているそうです)が挨拶に来てくださいました。
当時の思い出話に花が咲く中で、家内の舌の記憶通り、コンソメスープも当時のレシピそのままだとのことで、「良く覚えていてくださいました!」と逆に喜んでくださいました。
 シェフを始めお店のスタッフの皆さんにも見送られて店を出ると、対面の千鹿頭神社の鳥居の脇の池の縁に花を付けている植木が目に付きました。行ってみると・・・寒桜・・・でした。
彼岸過ぎの季節外れの暑さも、10月も中旬になって漸く秋めいて来たこの頃。寒桜ですので、秋から冬に掛けての寒い時期に咲くのが当前なのでしょうが、“桜と云えば春”という認識が住み着いている“固い頭”の中で、この時期に見る“季節外れ”の桜が、まるで40年前の若かった時代にタイムスリップした様なこの日の“チキンクレスト”の味の記憶にナントモ相応しく、まるでその戻った時間を表している様に錯覚させてくれて、暫し“懐かしい”味の記憶と共に季節外れの桜を愛でていました。

 ごちそうさまでした!今度は、40年前の“チキンクレスト”ではなく、今の「ベル・リヴィエール」の味を食べに、また来ます。

 先日、たまたま小松プラザの前を家内と車で通った時に、そこに入っていたトンカツの名店「とんこ」がコロナ禍の影響か閉店して別の店が入っているのを見て、そこで何となくお互いに思い出したのが、
 「そういえば昔チキンクレストがあって、良く食べに行ったよネ!美味しかったのになぁ・・・」
ということでした。
「小松プラザ」の運営が小松養鶏場だからこそ、自社で運営する鶏料理メインのレストランに安く鶏肉が提供出来たにせよ、味そのものも甘辛い醬油ベースの味付けのチキンソテーが実に美味しかった記憶があります。
この場所での養鶏業そのものの継続が(鶏糞の悪臭や鶏の鳴き声での騒音が、この文教地区の住宅地では)難しかったからかもしれませんが、直営のレストランはきっと今あっても絶対に繁盛店だった筈なのに実に勿体無い気がします。
 「あんなに美味しかったんだから、もしかしたらどこかでやってるかもしれないネ!?」

 40年ほど前だったか、深志高校の上の道路沿いの桐の信大の付属小中学校近くにあった小松養鶏場(その後移転)。その養鶏場が今でも所有している、「小松プラザ」内のレストラン「チキンクレスト」。他にもテナント(今もある中華の「麗山」やチキンクレストの後に入ったカレーの「メーヤウ」などの人気店も)が全部で5店舗程入っていたのですが、その中の一つが親企業の養鶏事業を活かしたのであろう、恐らく直営店の鶏料理店?(ステーキハウス)が「チキンクレスト」でした。
その看板メニューだったチキンソテーが美味しくて、しかも安くて、今から40年以上も前ですが何度も家内と(結婚前から)通ったものです。その後我々が諏訪に転勤し、更に7年間海外に赴任して帰国したら、いつの間にかそのレストランは無くなっていて、その場所は先述のエスニックカレーの「メーヤウ」桐店に変わっていたのです。
 そんな思い出話に「チキンクレスト」が無性に懐かしくなり、もしかするとどこかに移転しているかもしれないと思い、そこで、まさかネ・・・と然程期待せずに「チキンクレスト」で検索してみたら・・・それが、あったのです。以下、ネットで見つけた記事。
『数日前のランチ、「もしかしてチキンクレストの方ですか??」と、ご年配のご夫婦に問いかけられました。
25年も前に父(当店オーナー)が任されていた桐のステーキハウスです。
 「どちらへ行かれたのかと思っていたのですが・・こちらが美味しいと知人に教えてもらい、今日伺いました!こちらにおられましたか!!」
と嬉しいお言葉を!!
25年以上たつというのに、覚えていて下さる方がいて感謝ばかりです』

 その店は、松本の郊外の神田地籍、千鹿頭山のすぐ近くに在る「ベル・リヴェール」という、フレンチレストランのH/Pに掲載されていたブログ記事だったのです。その店は地元では美味しいと評判の少々高級店で、我々も名前は聞いたことがあり、何年か前の「松本歴史ウォーク」に参加した際の弘法山から林城址に至る途中、千鹿頭山から広沢寺経由で行った道沿いに店舗を発見し、「ベル・リヴィエールってここなんだ!」と初めてその場所を確認していました。
ただそこは自宅からは松本の市街地を挟んだ対角線の反対側の場所故、わざわざそこまで行かずとも他に評判の良いフレンチやビストロが近くの蟻ヶ崎界隈や街中に幾つもあるので、これまで一度も行ったことはありませんでした。

 ブログ記事から推測するに、やはり養鶏場所有の店の雇われシェフとして当時は厨房を任されていて、その後オーナーシェフとして独立し、こちらにご自身の店を開かれたようです。
メニュー内容も値段も当時の「チキンクレスト」とは全く異なりますが、唯一ランチメニューの「チキン生姜焼き」(スープやサラダ、プチデザートやコーヒーなども付いて1800円)は、店のH/Pのメニュー紹介曰く、
 『松本市桐にあった「チキンクレスト」で人気メニューだったチキン生姜焼きの味を今でも継承。50年近く支持され続けている味』
とのこと。
そこで、懐かしさのあまり、後日家内と二人で早速ランチに伺ってみることにしました。

 10月6日のBS11「太田和彦の居酒屋百選」で、久し振りに松本が登場していました。以前、同「ふらり旅」の中で「松本」が取り上げられて以来(第776話参照)だと思ったのですが、今回紹介された店は2017年に太田和彦氏が紹介して以来とのことでしたので、どうやら私メはその回を見逃していたようです。

 高校の大先輩である太田和彦氏は、本来はグラフィックデザイナーですが、趣味が高じ“居酒屋評論家”として、「いい酒、いい人、いい肴」をモットーに良い居酒屋を日本全国探し求め、その著書数知れず。中でも「居酒屋放浪記」全3冊は(飲兵衛としての)我がバイブルですし、同様に「居酒屋百名山」も登山の「日本百名山」同様に、この本を片手に全国の名居酒屋を訪ね歩く飲兵衛も多いとか・・・(羨ましい限り)。
そんな太田和彦氏が最初に故郷松本を取り上げたのが、「居酒屋放浪記」の「立志編」での「塩イカに望郷募り」でした(第505話参照)。
 北陸で長野県専用に加工された塩イカが、信州では街中のスーパーにも家庭の常備食の食材として並んでいます。そのままでは塩辛くてとても食べられたモノではありませんので、塩抜きをしないといけません。食べて多少塩気が感じられるように塩抜きするのがコツ(そのためか、今では「塩抜き済み」と表示された“塩イカ”まで販売されています)で、刻んだキュウリと醤油で和えるだけの素朴な料理(とは言えない程のレシピ)なのですが、昔の(各家庭で行われた)冠婚葬祭には必ず用意された一品です。
子供心には然程美味しいと思った記憶は無いのですが、母の実家で当時大学生だった新宅の叔父が帰省していて、母と叔母から何が食べたいか聞かれ、塩イカと即答していたのが妙に記憶に残っています。そんな叔父や大田和彦氏ではありませんが、自分も大学生になって信州から離れてみると、帰省しないと食べられない郷土食こそ懐かしいと感じる気持ちが理解できるようになりました。
ただ私メは、帰省すると必ず飴色に漬かった祖母の野沢菜漬けを、食事と“お茶”の時に毎度一人で一把全部食べてしまい、祖母が呆れて(胃を)心配するくらいでしたが、塩イカをリクエストしたことは一度も無かった気がします。

 今でも「塩イカ」は松本の居酒屋だけではなく、例えば蕎麦屋の「みよた」でも酒の肴の一品として食べることが出来るのですが、塩イカもキュウリもその切り方が違うんですね、これが!どちらも細切りになっているのですが、本来の塩イカはイカもキュウリも丸く薄切りにしないと・・・。

 番組中に、コロナ禍で飲みに行けないのでリモートで高校の先輩という松本の馴染みの店(家庭料理「あや菜」)の女将さんと若女将と会話した後で、その松本のお店から送ってもらったという塩イカをご自分で調理された太田さん。先程言ったように塩イカを塩抜きし、ちゃんと丸く切って(割いて)、キュウリも丸く薄切りしてから(氏は更に塩もみをして)醤油を掛けて食べていました。
お見事!さすがは正統派の塩イカと感心した次第です。

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