カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 終戦記念日の8月15日は、戦後の復興を願って昭和24年に始まって、今年第71回となる「諏訪湖祭湖上花火大会」の開催日です。
諏訪の社宅に居た頃に初めて湖岸の桝席で間近に見て以来、花火の華やかさもさることながら、山に囲まれた地形で周囲に反響してお腹にずしんと響く反響音に驚き感動して以来、諏訪湖の花火は遠く離れた場所(例えば反対側の西岸や塩嶺峠など)からではなく、やはり間近の湖岸で(見て、音を)聞かないとダメだと確信した次第。

 今回、娘たちがお盆休みに帰省する際に出来れば行きたいとのことだったので、湖岸のビルの屋上席を事前に申し込んで何とか確保。当日、東京から来る娘たちと上諏訪駅で待ち合わせ、会場に向かいました。
今年は台風が二つ、お盆の日本列島を直撃。特に台風10号は、大会当日の15日に西日本へ上陸とはいえ、雨風の影響は東日本にも及び、風速10mの風はともかくとして直前まで雨予報。最悪の天候も予想されたため、娘たちには(チケットが無駄になってもしょうがないから)来るのを止めるように言ったのですが、花火は最悪途中で帰っても良いから帰省して来るとの返事。
然らばと、「悪天候も止む無し」と意を決し、傘では周囲の観客も迷惑するので、人数分のビニールカッパ(頭からすっぽり被れるポンチョタイプ)を買い揃え、濡れた場合を想定して何枚ものタオルもリュックに詰めて、いざ出陣!
予定通り、上諏訪駅で東京から来た娘たちと合流し、会場の諏訪湖畔に向かいました。

 場所は、3階建てのビルの屋上の仮設の椅子席。正面やや右側ですが、前回のホテル駐車場の椅子席だと、並木で湖面が見えないのですが、実質4階からなので、湖面もはっきり見える特等席です。
夜7時開始で9時までの2時間。諏訪湖は、打ち上げ数4万発という全国の花火大会でも最大規模を誇ります。しかも、ここは周囲の山に反響する音の迫力と、波静かな湖ならではの水上スターマインと2㎞の大ナイアガラが売り。商店街の人たちが、「花火と御柱と御神渡りだけじゃ商売にならない」と嘆く様にいつもはさびれて閑古鳥が鳴く温泉街ですが、この日ばかりは公称50万人の人出で諏訪湖周辺はごった返します。

 予定通り、夜7時に諏訪市長のカウントダウンで打ち上げ開始。
2年前だったか、無風で煙が流れなかったために溜まった煙に隠れて花火が殆ど見えず、TVの実況中継も途中で画面を切り替えざるを得ない程酷かった年に比べれば、台風の10m近い強風で煙が北にどんどん流されて行きます。多少打ち上げの軌道が強風で斜めに流れるなどはご愛敬(下諏訪側の湖岸で見ていると、流れてくる煙に花火が隠れてしまったかもしれませんが)。しかし、予報では開始前の夕刻にはざんざん降りだった筈の雨ですが、不思議なことに全く雨粒が落ちて来ません。台風の影響でのこの日の風の強さは、花火を見るのにはむしろ効果的。
ただ予報の雨を気にしてか、打ち上げ間隔も短く、どんどんと打ち上げて行きます。また強風のため進行のアナウンスが聞こえず、どのプログラムなのか良く分かりません。
しかし、何度も見ている終盤のハイライト、「宇宙戦艦ヤマト」やスターウォーズのテーマ曲での水上スターマインの“Kiss of Fire”はアナウンスが無くともその音楽で分かります。
降雨の前に終了させようと急ぎ過ぎか、両サイドからの水上スターマインのタイミングが多少ずれていたのが気にはなりましたが、それも今回ばかりはしょうがないかなぁ・・・。
最後の2㎞の大ナイアガラ。いつもは混雑を避けて大混雑前に駅に着くように、ナイアガラを見ずに(ある意味ただ長いだけなので)駅へ向かうのですが、今回はせっかくなので最後までナイアガラも鑑賞。
全てを見終えてから、人でごった返す中を駅へ向かいました。しかし、駅に着くまで全く雨は降って来ませんでした。
 「おぉ、これは奇跡だぁ!」
一体誰の行為が良かったのか分かりませんが、事前の予報を考えると、本当に奇跡的な感じがしました。
 この日のみ臨時に設けられた、下り線専用の西口改札から入場します。一斉に観客が駅に向かうため、ホームへの入場制限をして列車到着と共に、少しずつ駅に近づいていきます。
この日は上下線とも何本も臨時列車が増発されてはいますが、公称46万人だったというこの日の人出が一斉に駅へ向かうので、どの列車も通勤ラッシュ並みの混雑です。
我々は、前回もそうでしたが、ラッシュを避けるべく事前に特急あずさの指定券を購入してあり、最後まで見る前提で、終了から1時間後の夜10時過ぎのあずさに乗車。従って、ゆっくり歩いてでも発車時刻には十分に時間があり、結果ホーム入場後も20分程あずさ到着まで時間がありました。
すると、待っている間に、松本への下り線だけでしたが、ナント、黄色いラインの入った総武線とオレンジ色のラインの入った中央線快速車両が、10両のフル編成で、臨時列車として入線して来るではありませんか!
ちょうどホームにいた時には中央線の快速車両E233系が入線してきました。行先表示には「臨時  松本」の文字・・・。
 「おぉ、中央線の快速だぁ!この日しか見られない車両だ!」
と、鉄オタならずとも思わず興奮。黄色い線の入った総武線車両も、多分現行のE231 系だったと思われます。おそらく松本車両センターなどJR長野支社管内の車両だけでは花火帰りの乗客をさばき切れないため、このためだけに動員されたのでしょう。
 北長野駅にJR東日本長野総合車両センターがあり、首都圏を走る電車の多くがそこでの車両解体作業に向かうため、北陸新幹線開業以来、信越線が途中しなの鉄道としてJRではなくなった(碓氷峠が廃線になった)結果、引退する車両は最後の走行を中央線から大糸線を経由して長野に向かいます。例えば、数年前に引退した中央線の快速車両で車体全部がオレンジ色に塗られていたE201系もここを通って長野に向かいました。その際、松本駅では確かサヨナラセレモニーも行われたと記憶していますが、従って引退ではない現役車両がここを通るのは、こうしたイベントなどでの臨時列車としてしかあり得ません。

 台風10号の列島直撃で、一時は覚悟した雨も全く降らず、むしろ台風の強風で、煙が飛ばされて却って良く見えた今年の諏訪湖の花火大会。そして、年に一度だけ信州の田舎を走る中央線の快速列車。
そんなあり得ない、或いは珍しい、小さな奇跡に遭遇し、胸踊らされた2019年の8月15日でした。

 お盆も過ぎましたが、夏のお中元や冬のお歳暮。都会に住んでいればデパートの品揃えの中から先様の嗜好を踏まえて選べば良いのでしょうけれど、なまじ地方に住んでいると、例えば九州から北海道のタラバガニを送るという訳にもいかないでしょうから、その地方地方の名物や特産品など、“らしさ”を考えねばならず、結構難しい選択になります。
逆に、地元同士(例えば近くの親戚)であれば、例えばお互いに珍しくも無い信州蕎麦を送るのも憚られるので、逆に北海道であれ、九州であれ、むしろ珍味や高級品の方が却って喜ばれるということになります。

 今回も、毎年お中元を送ってくれる母方の従妹や姻戚関係に、
 「さて、今回は何を送ろうか?・・・」
幸い従妹にはざっくばらんに確認して、数年前から先方の希望である「さかた」のおやきに固定しています。「おやきのさかた菓子舗」は二年ほど前、以前の繁盛していた松本市内の上高地線沿いの新村から、かなり不便な穂高有明地区へ何故か店舗を移転(さして大きくなった訳でもなく、却って客足は減ったような)し、一時期は商品発送も止めていたのですが(木で鼻を括った様な若い店員の対応に呆れたこともありました。嘘だとお思いの際は、是非第1121話を参照ください)、その後発送業務も再開。しかい、以前の新村店(貸店舗か自前か分かりませんが、建物は今もクローズしたまま)には、自宅消費分も合わせ結構頻繁に年に10回程は買いに行っていましたが、移転後は、あの唖然とした対応の酷さと移転先が松本からは遠くなったこともあって、従妹への指名買い以外では全く行かなくなりました。
しかも商売っ気が無いのか、“働き方改革”が叫ばれる以前から、こちらは週休二日。新たにイートインスペースを設けたのですが、時間帯にも依るのか、食べているお客さんを見たことがありません。如何にも、いくら遠くても指名買いで来てくれる客だけを選別して売るために、わざわざ辺鄙なところに移転したとしか思えないのです。
それはさておき、今回も従妹には「さかたのおやき」を冷凍の箱詰めで送ってもらいました。なお、“あの”若いパートの子はいなくなり、愛想の良い年輩の女性達に代わっていました。

 続いて、姻戚関係には「波田のスイカ」を送りました。
梅雨寒で心配したのですが、その後の猛暑続きで、波田のスイカらしいシャキシャキした食感に加えて糖度も例年並みになったとのこと。そこで、最初に「下原(しもっぱら)」ブランドを使用するために、有志がJAから脱退し独自に「サンハート」マークで、昔からのブランド「下原スイカ」として販売している直売所に開店直後に行ったのですが、然程広くない駐車場は既に満車でテント村も入場制限の有様。入場制限をして、行列の順番で購入している様子に入場を諦め、いつもの和田(和田から波田は同じ砂地の地続きですので、波田の「下原」を使えるかどうかは別として、土壌は同じ)のスイカ村へ行って、毎年買っているいつもの店から4Lサイズ(5Lサイズは終了とのことで)を送りました。また、自分たちも試食すべく、自宅用に3Lサイズの“はね出し”を買って帰りましたが、シャキシャキ感はもう一つかな?でも糖度は十分!・・・でした。
(写真は、最終日の前日に行って、店の人に選んでもらって買った二回目の自宅用2Lサイズの“はね出し”ですが、「す」も全く入っていませんでした。どうして“はね出しなのか、形かなぁ?”)
 後日、お礼のお電話を頂き、
 「こんなにシャキシャキして甘いスイカは始めて食べました!」
と、(多少のお世辞もあるとしても)大層喜んでくださいました。
娘たちの所にも、今まで食べた中で今一番美味しいスイカだったと連絡があったそうですので、来年以降もスイカを送ることにしました。

 来年以降のお中元に何を送ろうか?と、選ぶのに色々迷う様な悩みも無くなってほっとしました。
 「さて、お歳暮はどうしよう?・・・」

 我が家の愛犬、シーズーのナナは12才。
  (右の写真は5年前、7才の時のナナ)
小型犬の平均寿命は16才と云われていますが、中型犬だった先代のミックス犬のチロル(我が家の玄関先に捨てられていたチロル。その経緯は第890話を参照ください)は18才の天寿を全うしてくれて、老衰で静かに天国に“虹の橋”を渡って旅立って行きました。だから、小型犬であるナナはそれ以上、出来れば20才くらいまでは「何の問題も無く」生きてくれるだろうと、それこそ何の疑いも無く確信していました。
それが、何となく息が苦しそうで、吐きたそうで・・・、
 「何か、散歩中に悪い物食べたのかなぁ・・・」
と思ったのが満12歳を迎えた4月頃。
かかりつけの動物病院で診ていただいた結果、肺水腫との診断で、その日は酸素室での入院となってしまいました。
何でも、高年齢になるとシーズーなどの小型犬には比較的多いそうですが、心臓の弁の機能が弱まり(僧帽弁閉鎖不全症)、その結果血液の流れが弱まるために水が肺に溜まって、腎不全など多臓器不全などが起ころ、最後は肺炎を発症してしまうのだそうです。
そうしないために、利尿剤で体内の水分を減らし、また強心剤で心臓の動きが弱まらないようにサポートする。またナトリウムをあまり摂取しないようにドッグフードも変える。また、心臓に負担を掛けない様にするために、興奮させず(失神して倒れることもある)、過度の運動も避けるetc・・・ということでした。 
 
 そのために、いつものように妹の所にナナを預けて行く予定だった熊野古道も断念。那須への旅行もどうしようか迷ったのですが、動物病院の先生に相談し、
「じゃあ、“想い出創り”にナナちゃんと一緒に行って来てください。その代わり、何か異変があったらすぐに連絡してください。そして、もし呼吸が荒くなった時は利尿剤を飲ませ、場合に依ったら酸素吸入をしてあげてください。」
とのことで、登山用の携帯酸素スプレーも持参しましたが、幸い旅行中は特段の問題はありませんでした。
しかし、帰宅後暫くすると、めっきりと食欲が落ちて来ました。特に腎臓サポート用の粉薬が匂うのか、エサに掛けると全く食べてくれなくなりました。それまでは食べてくれていた、錠剤の薬を隠して埋め込んだおやつのササミ(塩分が良くないとのことで、市販のササミジャーキーをやめて、自家製のササミを焼いたモノに変更)も食べてくれなくなりました。そのため、見る見る内に痩せてしましました。

 食べることが全てのエネルギーに源ですので、そこで、とにかく食べないといけないと思い、この際、投薬や病気用の食事を断念し、例え塩分が含まれていたとしても、とにかく何でも良いからナナが食べてくれるモノを探して、例えば焼いたササミを粉々にほぐして、おかゆにした白米に混ぜたり、市販のミルクぼうろを粉にして犬用のミルクを掛けてササミを混ぜたり、或いは、ドッグ飼育で経験豊富な或る方からは、そうした食欲が無い時に、馬刺しやしゃぶしゃぶ用の牛肉を食べてくれることがあるとも教えていただき、試したのですが食べてくれず等々・・・と色々試してみたのですが、結局食べてくれたのは市販の柔らかなササミジャーキーでした。
おやつ用のジャーキーは体重別に、一日何本以内という制限がありますので、そこで「主食用」という低カロリーの野菜も入ったモノに変更。しっかりと食べてくれることを確認できたので、4㎝くらいの柔らかなジャーキーをさらに半分にち切り、爪楊枝で穴をあけて、その中に錠剤をハサミで細く切って埋め込んで混ぜたところ、薬も含めて完食。漸く、痩せるのも止まり、少しずつ体重も戻ってきました。すると、体力も戻って、見違えるように元気になってきました。

 この間は体力を使うからとのことで、トリミングも禁止されていました。
しかし2か月もすると毛も伸びて、見るからに老犬風になって、娘たちからは、
 「・・・何だか、ダンブルドアみたいになっちゃったね・・・」
例えダンブルドアであろうが“見てくれ”は止むを得ないのですが、余りに痒そうなのが何とも可哀そうでなりません。
自分でシャンプーだけはしてあげようかとも思いましたが、体力を奪わぬ様に、スピーディーにシャンプーをしてあげるのは所詮プロには敵う筈がありません。そこで動物病院の先生に相談すると、看護師さんたちはどちらかと言うと反対気味でしたが、先生は事情を理解してくださり、
 「じゃあ、最初に診察をして、トリミングの最中も様子を見ながら、僕がトリマーに指示するから。もし途中で何かあったら、そこで止めさせるし・・・。あまり痒かったらナナちゃんが可哀そうだしね。」
そして、トリミングは夏なので顔は出来るだけ短くし、短時間でトリミングするために体は長めのカットにしてもらって、問題無く無事終了とのこと(そのため、実際よりも少し太って見えます)。12年間毎月ナナを担当してもらっているトリマーさんからも、
 「ナナちゃん、頑張ったよ!全然問題無かったから・・・。でも疲れたとは思うから、帰ったら良く休ませてあげて・・・。」
 「あぁ良かったー!おかげ様でキレイになって・・・。もしかしたら、これが最後かもしれないけど・・・。」
 「もう次の予約も、その次も、ずっと2か月毎に予約を入れてあるから!ナナは大丈夫!信じてなきゃダメ!」
 「・・・だよね・・・。じゃあ二ヶ月後、また来ます!」

 「ナナ、お疲れさん!じゃあ、家に帰ろっ!」
トリマーさんや看護師さん達からも励まされて、動物病院を後にしました。

 梅雨寒から一転して、連日猛暑日が続く日本列島。
屋外実施競技など、いくら開始時間を早朝に早めたりしたとしても、こんな時期にオリンピックをやって本当に大丈夫なのか?と心配になります。
そういう意味では、夏の甲子園も一緒。その内、カチ割氷が名物などと言っていられなくなるのではないでしょうか。

 そんな日本列島を違う意味で熱くしてくれたのが、女子ゴルフの渋野日奈子選手。樋口久子さん以来、42年振りというメジャー大会制覇となる全英オープンゴルフ制覇(但し、岡本綾子さんが昇格前の全英女子OPに1984年に優勝している)でしょうか。
日本では未明での生中継でしたが、夜早い年寄はその分朝も早いので、少し早めに起きて後半のラウンドを“生”でTV観戦することが出来ました。
日本国内でも“しぶこスマイル”は女子ゴルフ界では知られた存在だったそうですが、プレーをする彼女を見ていて、確かに“Smiling Cinderella”として現地ギャラリーを魅了したのも納得出来ました。
若さ故の“怖いモノ知らず”と云えばそれまでですが、勝負所でワンオンを狙ってドライバーで果敢に攻めていった勇気。ショートするよりは後悔しないと、強めに打ってカップの向こう側の壁に当てた最後のバーディーパット。
いくら勢いとは言え、首位から後退しても並ばれても、動じずにプレーをする姿に視ているこちらがいつの間にか引き込まれて行きました。
事前に英語で用意してもらったにせよ、ローマ字読みだったにせよ、笑顔での優勝スピーチも実に良かった!
英国在住の日本人だけではなく、現地の英国の人たちをも次第に魅了して次々に応援者に変えていったのも納得でした。しかも、ギャラリーだけではなく、自身に優勝の芽が無くなった同組のA・ブハイ選手(南ア)が、渋野選手のバーディーパットが決まった時に、我が事のように万歳して祝福していたのが、競争相手をも味方にしてしまった渋野選手の人柄を証明しているようで大変印象的でした。
例え樋口久子さんという先駆者がいたとしても、今回の全英OP制覇は、大震災後の神の配剤に思えた、あのなでしこジャパンのW杯女子サッカー制覇、大阪なおみ選手の全米&全豪制覇、それに続く大和撫子の偉業と云っても良いのではないでしょうか。
思うに、やはり大和民族は女性の方が優秀なのでしょうね、きっと・・・。

 一方、夏の甲子園。長野県勢は、今年も短い夏でした。
今年の県代表は、2010年の松本工業高校以来となる、公立高校の飯山高校がノーシードから勝ち上がっての春夏を通じての初出場でした。
この飯山高校は、過去飯山南、飯山北、飯山照丘の三校が結果統合された高校で、県立高では唯一スポーツ科がある高校です。北信州の豪雪地帯の飯山にある学校ですので、母体となった飯山南は嘗て冬のインターハイで何連覇もした高校ですし、これまでアルペンやノルディック種目に何人ものオリンピック選手(複合の河野孝典氏は団体金、個人銀メダルで、長野県人としては初の個人メダリスト)を輩出しているスキー競技の強豪校です。
スポーツ科の設置以来でしょうか、野球でも最近では県のベスト8にも入り、センバツ大会21世紀枠の県内推薦校となるなど、最近力をつけて来ていました。
しかし、その甲子園では、松本工業が1-14で大敗したのと同様に、強豪校の仙台育英に1-20での大敗・・・。
県内では、「頑張った!」、「最後まで良くやった!」、「お疲れさん!」、そして「感動をありがとう!」・・・など労いの言葉が並びます。
しかしそれでイイのだろうか?・・・。個人的には、どうしても違和感を禁じえませんでした。しかも、長野県代表校の試合で、途中でTVのスイッチを切って最後まで試合を見なかったのは、今回が初めてでした。

 彼らの努力や頑張りを毛頭否定するものではありませんが、果たして本当にそれでイイのでしょうか?・・・。
キレの良いスライダーと低めへのストレート。エースのサウスフォーも、そして2年生の速球派も、決して悪いピッチャーではありません。野手も上背は然程無くとも、どっしりとした下半身。いかにも雪国らしく、スキーなどで体幹を鍛え、がっしりとした体形でパワーもありました。
しかし、本番では守備でのミスや凡プレーもあって相手にスキを突かれ、県内では勝てたのに甲子園では勝てなかったどころか、全くの完敗・・・。
勿論、初出場での緊張もあったでしょう。初出場校なのに、相手は甲子園の常連校という“くじ運”もあったでしょう。しかし、例えどこと当ろうが、試合前に「甲子園に出ることではなく、勝つことを目指して鍛えてきた」と若き監督は言っていたのに、全く歯が立たなかった現実・・・。

 何故なのか、ゲームマネジメントに問題は無かったのか?
今回の飯山高校だけではなく、例えば長野県大会。秋の北信越大会ベスト4で惜しくも選抜出場を逃し、今回も優勝候補だった東海大諏訪と上田西。その上田西が準決勝で完封負けした飯山を“ボロクソ”にまで打ち崩した甲子園での他県の強豪校。また同じく公立で惜しくも準優勝だった伊那弥生ヶ丘。確かに弥生は秋の南信予選2位でBシード校ではありますが、同じ南信1位で、県全体でも第1シードだった本命の東海大諏訪(旧東海大三)が、準決勝で弥生投手のスライダーとスローカーブの軟投派をなぜ打てなかったのか?それぞれが猛省する必要がありましょう(低めへのコントロールと緩急の重要性であって、軟投派を否定する意味に非ず。)

 県高野連など、高校野球に関わる全ての関係者がその敗因をキチンと分析し、他県にも学び、個々にではなく、連携して長期的な強化に繋げていく・・・。そうでもしないと、長野県は“参加することに意義がある”ままで、最近は聞かなくなりましたが“教育県長野”同様に、“過去(戦前)の栄光にすがったままの長野県”で終わってしまうのではないか?
スピードスケートやスキーなどの冬の競技を持ち出さずとも、長野県の高校スポーツが決して弱い訳ではありません。今や全国区の佐久長聖の駅伝部だけではなく、県内選手だけで、留学生まで抱える全国の強豪私立と亘り合う長野東の女子駅伝部。能代のバスケ同様に、公立校で何度も全国制覇した岡谷工業高校バレー部の伝統を引き継ぐ松本国際の高校男子バレー部(190㎝超の長身選手皆無の中で、高速のコンビバレーを展開して今夏のインターハイで見事全国制覇!)と、チーム競技、団体競技でも全国的に活躍している高校もあります。
因みに、県大会で使われる松本市野球場は、当時の松本市長が「長野県勢が本番の甲子園で活躍出来るように」と、内外野を甲子園球場と同じサイズに造ったとも聞きました(記憶上で、未確認情報ですが)。

 過去の悔しさにも増して、そんなことまで考えさせられた(長野県人にとっては今回もあっという間に終わってしまった)今年の甲子園でした。

 那須旅行で買って来た、栃木県の(株)フクダが50年振りに復活させたという、天然藁納豆「吟醸納豆 那須の郷」。

 現地から、次女の所には贈答用のセットをお土産として送ったのですが、“話のネタ”として、モノは試しに自分でも食べてみることにして一本購入して来ました。
元々藁には天然の納豆菌が棲んでいて、古来その納豆菌を使って納豆が作られていたのが、昭和20年代にサルモネラ菌による中毒事故が発生したため、長年製造が禁止されていたのだそうです。従って、藁で包んで売られている納豆も、納豆菌は藁に棲む納豆菌ではなく、純粋培養された納豆菌を使って造られた納豆なのだとか。その天然の納豆菌を使って「わら納豆」を50年ぶりに復活させたのが、このフクダの「天然わら納豆」なのだそうです。
確かに今となっては大変貴重な天然の藁納豆ですが、通常3個1パック(対外40g×3個)で売られている納豆がスーパーでは100円程度。この「天然わら納豆」は300gで1200円ですので、価格にしてほぼ4倍です。
確かに、一切農薬を使わずに栽培した大豆と稲藁を使い、その藁に棲む天然の納豆菌を衛生管理上問題なく使って製造するということがどれ程大変かということで、その貴重さを頭では大いに理解しても、如何に高価かが分かります。因みに、私メの朝食時の定番である「くめ納豆」は40g×3個で100円。松本の地場のスーパーで現在購入可能な「くめ納豆」は、この「秘伝金印」と4カップの「プチ納豆」の2種類のみですが、どちらも遺伝子組み換えではない米国/加国産の大豆を使用しています。勿論、「くめ納豆」にも国産大豆を使用する商品も幾つかあるのですが、いつも行くスーパーには残念ながら並んでいません。

 買って来たフクダの「天然わら納豆」は、藁に包まれたままにしておくと、天然の納豆菌が藁に又戻ってしまうので、少なくとも買って三日以内にタッパー等に移して冷蔵庫で保管すれば、熟成がだんだん進んでいくのだそうです。曰く、
『わらには「天然の納豆菌」が何億も棲んでおります。美味しく煮た大豆を与えると、一斉に飛びついて、大豆の蛋白質を旨味成分のアミノ酸に変えていきます。これを発酵と言います。発酵が済んだわら苞は、今度は納豆の旨味をどんどん低下させてしまいます。お早めにふた付容器に移し、冷蔵庫から小出しにしてお召し上がりください。更に熟成され美味しさが増して参ります。』
フクダの天然藁納豆「吟醸納豆 那須の郷」-実際に食べてみると、普通の納豆に比べて味が濃い気がします。そして、何より大豆が驚くほど香ばしくて、「旨っ!」。曰く、
『納豆には美味しさを求めると、食感が得られず、食感を求めると、旨味が得られないと言う発酵食の宿命があります。「食感があり、しかも美味しい」そんな理想の納豆が造れないだろうか?その両立を求め、弊社独自の手造りならではの製法を確立致しまして、このたび「美味しさ」と「食感」を兼ね備えた念願の納豆「那須の郷」が生まれました。』
確かに濃厚で、美味しいとは思いました。しかしながら、いつも食べている「くめ納豆」も個人的には美味しいと思っていますが、原材料の差(国産か米国産か)による安心感は別として(奥さまはいつも信州産の大粒大豆を使う「川中島納豆」です)、比較してみて、果たして4倍の価格差を感ずるかというと、私メがそれ程敏感な舌を持っている訳でもないので、正直「分からない」と言うしかありません。
たまたま、帰国中の週末に、ナナに会うために滞在中の東京から帰って来た長女も(どちらかというと彼女も川中島納豆派)、朝食に“卵掛けご飯”で食べて、「うん、美味しいね!」とは言ったものの、反応はイマイチでした。
        (二つを食べ比べ。右側のパック入りが「くめ納豆」) 
 もし“天然わら納豆”をお取り寄せにしても毎日食べるとなると・・・。
一本の値段+送料もかかりますので、いくらその美味しさや安全性を理解出来たとしても、我々庶民には“高根の花”と言わざるを得ません。
高校の大先輩、太田和彦センセの名著「居酒屋放浪記(疾風編)」での「水戸の土産は納豆、でしょうが!」の中で紹介されて以来、(その後残念ながら倒産し、ミツカン酢に商標と営業権を買収譲渡されましたが)「納豆はくめに限る!」で、その後も一切浮気はせずに個人的にはずーっと満足しています。

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