カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 今年の松本の桜は、松本城のお堀端の桜が開花予想より更に一日早まって、3月30日に早くも開花して「しまいました」。松本でも3月中に桜が咲く時代になったのでしょうか。松本城の300本ある桜は4月4日が満開予想。そして松本城では4月2日から「光の回廊」として、恒例のライトアップが9日まで始まり、その間松本城の本丸庭園も夜間無料開放されました。

 今年は4月3日から軽井沢に行っていましたので、松本の桜の満開時期に不在だったこともあって、松本の桜の名所である松本城や城山、弘法山に桜を愛でに行くことも無かったので、余り桜を見たという気がしませんでした。
それでも、街中を歩いていたりすると、この時期は所々に桜が咲いているので、例え一本の桜であってもやはり桜を見てしまうと、

  『世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 』 (在原業平)

と、桜を見るだけで何だか気忙しく、またウキウキしてしまう自分を否定出来ません。

 そんな松本で今年見た、必ずしも有名ではなく、人知れず咲いていた街角の桜の情景です。
先ずは、源池の井戸の傍らに咲く八重咲の枝垂桜。先代の桜が枯れてしまったため、代わりに植えられた二代目の桜です。まだ若木ですが、しっかりと花を付けています。ただ桜は花ビラが井戸周辺に落ちたり、また秋には大量の落ち葉で、井戸の清掃的には結構大変なのですが、でも春や秋の季節の風情もまた一興・・・。
(4月7日の様子。もう一枚はネット検索で探した2015年撮影の先代)
 そして、松本の桜の名所の一つ、薄川の両岸に咲くソメイヨシノの桜並木。2km近くに渡り、両側に合わせて約360本が植えられていて、もう少し上流の松商学園付近まで行くと、河原でお花見をしながらBBQなどが楽しめます。市街地でのお花見で、火器使用が認められているのは此処薄川とアルプス公園のみ。松本市民にとっては貴重な花見(宴会)スポットです。
因みに、ドラマ「白線流し」の舞台となった川がこの薄川。上流から桜並木越しに下流を臨む残雪の北アルプスは絵になりますが、反対側から上流を望む桜並木の間に美ヶ原を望む風景も、また松本ならではの風景です。
(4月8日、散り始めた薄川の桜を逢初橋付近から撮影。薄川の向こうに見える山が美ヶ原の王ヶ鼻です)
 そして、松本の街中、国府町と新伊勢町の交差点近くで、街路樹として植えられていた若木のオオヤマザクラ。同じ4月8日の撮影ですが、オオヤマザクラはソメイヨシノより遅く咲くのでほぼ満開でした。因みに、植物図鑑的には、
『オオヤマザクラは、雪や寒さに強く、本州ではヤマザクラより高地で育ち、北海道に多いのでエゾヤマザクラとも言う。花や同時に開く若葉は赤みが強いので別名ベニヤマザクラとも呼ばれている。角館の樺細工は、オオヤマザクラやカスミザクラの樹皮を使っている。特にオオヤマザクラの樹皮は美しく、高級品として珍重されている。
長野県内では、仁科三湖の中綱湖で、4月下旬から5月中旬頃に咲く湖畔のオオヤマザクラが水面に姿を映す景観が有名。』
とのこと。
(写真は、長野県の観光案内よりお借りした、中綱湖畔のオオヤマザクラです)

 孫たちの春休みを利用して、横浜に暮らす次女が松本に帰省して来ました。
松本周辺にはもう行く所が無く、3月末ではまだ寒いこともあって、例えば岩岳マウンテンリゾートはスノーシーズンで無理。今回唯一行ったのが、伊那谷のいちご狩りでした。
イチゴというと、今では栃木や福岡、古くは静岡久能山の石垣イチゴが有名ですが、現在では信州でもハウス栽培の観光農園が結構あって、いちご狩りを楽しむことが出来ます。
長野県でのいちご狩りの先駆者は飯田の喬木村だと思いますが、今では坂北や諏訪湖、駒ヶ根周辺でもいちご狩りを楽しむことが出来ます。
松本からのアクセスを考えると、坂北か諏訪湖を薦めたのですが、色々口コミやレビューなどを調べて奥さまが選んだのは、伊那谷の駒ヶ根に在る「アクアロマン中川園」といういちご園でした。最寄りのICは駒ヶ岳SAのスマートICで、前回行った「くらすわの森」(第2042話)と同じです。そこから駒ヶ根市の南側に隣接する中川村を目指します。高速を降りてから10㎞程、松本からだと1時間半位でしょうか。
いちご園の在る場所は、“松本平”や“善光寺平”と違って“伊那谷”と呼ばれるだけあって、天竜川が形作った河岸段丘に拡がるエリアです。来たことはありませんが、里山登山で人気の陣馬形山もこの中川村に在ります。
この「アクアロマン」は、会社案内に依ると『水耕栽培による葉ねぎ、いちご、いちご苗、水菜の生産、いちご狩り観光と販売』を手掛ける有限会社の農業法人で、駒ヶ岳SAのすぐ近くにも「アクアロマン駒ヶ根園」といういちご園があるので、アクセス的にはそちらの方が遥かに便利なのですが、奥さまに依ると、中川の方がいちごの種類が多く、口コミも良いのだとか。アッシー君の運転手としては、言われた行先をただ目指すのみ・・・です。

 途中、河岸段丘をアップダウンしながら到着した「アクアロマン中川園」の在るのは、緩やかな田園地帯の傾斜地に拡がる何棟もの大きなハウスが立ち並んだ場所で、思ったよりも遥かに大きないちご園でした。1月から5月一杯という観光用のいちご狩りだけではなく、いちご狩り以外のハウスも何棟もあって、期間中には出荷や宅配も行っているそうです。
こちらのいちご園は“アクア”というその名の通り、水耕栽培で育てられています。これは「高設栽培」という栽培方法だそうで、いちごに必要な栄養分を水に溶かして与える有機培地を用いて、いちごの根に栄養を与える栽培方法だとか。しかも中央アルプスの伏流水を汲み上げて、栄養素を付加された清潔な水で育てられていて、高さも大人の胸位のレーンなので子供でも手が届きます。
 こちらのいちご狩りは一時間単位で予約時間が分かれていて、45分間の食べ放題。受付を済ませ、紙コップか練乳入れのどちらかを選択します。
大きなハウス内にたくさんのレーンが並んでいて、章姫、紅ほっぺ、かおり野、よつぼし、恋みのり、さちのか、桃薫、オリジナル品種の「ロマンベリー」など、最大15品種のいちごがレーン毎に栽培されていて、時期に依って種類が変わるそうですが、少なくても常時10種類近くのいちごが食べられるとのこと。
今回スタッフの方に案内されて先ず向かったのが、別棟の隣のハウスの「天使のいちご」という札の掛かった白いイチゴの列。佐賀県原産というこの白いイチゴを食べられるのは、ロープで区切られたエリアに50m程の長さのレーンが6列ほどあって、その列ならどこで摘んで食べてもOKとのこと。因みにこの白いイチゴは熟して来ると表面の種が赤く色付き、全体がほんのりピンク色がかってくるので、そういうイチゴを見つけてくださいとのこと。
個人的には味そのものは大味で、そんなに甘いという感じはしなかったのですが、娘や奥さまに依ると、私メの様にせっかちにならずに、じっくり探してちゃんと熟したのを見つければ結構甘いとのこと。それでも初めて食べる話題の白いいちご(スーパーで見つけて孫たちには買ったことがあるのですが)の物珍しさに、個人的には大いに満足でした。
そこから別ハウスの主力の章姫などの並ぶハウスに戻ったのですが、いくら食べ放題といっても(いちご大好きな方は別だと思いますが)そうそういちごばかりを食べられる訳にはいきませんし、しっかり探さなかったせいか、心なしか甘いイチゴには余り巡り合えませんでした(家内や次女曰く、桃の様な味がする「桃薫」や「よつぼし」が甘くて美味しかったそうです)。でもいちご大好きな孫たちは、大人たちに摘んで貰ったいちごを思う存分しっかりと食べられた様です。
ですので、大人たちの分も含めると必ずしも“元が取れた”とは言えませんが、その分子供たちがいちご狩りを楽しんで且つ満足してくれたのが何よりで、来年また来たいとのこと。それだけでも頑張って伊那谷まで来た甲斐がありました。

 用事があって街中に歩いて行ったりすると、時々「源智の井戸」が気になって、紙垂が千切れていないか、或いは周辺にゴミが捨てられていないかなどとチェックをしに立ち寄ることがあります。
その行き帰りには必ず高砂通り(中町の一本南側の別名“人形町通り”)を歩くのですが、城下町らしい狭い通りで、こちらも観光客に人気の“蔵の街”中町同様に松本市街地の東西を結ぶ通りですが、高砂通りは中町よりもっと狭くて同じ様に一方通行です。

そして、源池の水源地から流れ出て、更に周辺の民家の湧水を集めて流れる榛の木川の清流が、源智の井戸の横でその湧水も集めてから、この高砂通に沿って道の北側をずっと西へ流れていきます。
この榛の木川や同じく湧水を集めて流れるもう一つの清流である蛇川には、昔住民の方が放流したというニジマス(一応外来種の扱いです)が今でも棲息していて、時々泳いでいるのを見ることが出来ます。
 先日も源智の井戸に立ち寄った帰りに高砂通りを歩いていると、流れの中に小さな魚影を見つけました。それはドジョウ位(と言っても最近ではドジョウを見ることも殆ど無くなってしまいましたが)の大きさで、せいぜい5㎝位でしょうか。良く見ると大小3匹泳いでいるのが確認出来ました。
体には斑点のような模様がありますので、ニジマスの稚魚なのでしょうか?あれだけ大きなニジマスが何匹も泳いでいるのですから、繁殖して産卵をしていても決しておかしくはありません。
        (下の写真は別の日の撮影ですが、3匹確認出来ます)
調べてみると榛の木川にはヤマメも棲息しているという記事を見つけましたが、湧水を集めたこの清流で、水温も13℃~15℃と年中ほぼ一定でしょうから、渓流魚であるヤマメが棲んでいてもこちらもおかしくはないのかもしれません。
三才山を水源として、松本の市街地を流れる女鳥羽川の上流域にはイワナやヤマメもいるそうですし、市街地でもウグイ(松本地方では、産卵期にお腹が赤くなることからアカウオと呼びます)が棲息しているとのこと。その女鳥羽川だけではなく、湧水を集めて松本の市街地の住宅街を流れる榛の木川や蛇川は、川というより用水路の様な川幅1mにも満たない小河川ですが、少なくとも20万都市の街中を流れているのが信じられない程の清流です。
 そこで、気になってネット検索してみました。

『20万都市の市街地に、ウグイが棲息し、夏にはホタルが見られる川が流れているという街はどこ?』
という問いに対して、Google検索してみた結果です。
最近のGoogle検索ではAIの回答が先ず冒頭に表示されるのですが、もしかするとその文章は多分に検索者の(良く使う単語等から推測判断しての)意図に沿った“答え”になっている可能性もあるかもしれません。しかし、そういう前提に立ったとしても、その結果は・・・、
『 20万都市の市街地を流れ、ウグイが棲息し、夏にはホタルが見られる川がある街は、長野県松本市です。
松本市の中心市街地には、北アルプスからの湧水を集めて流れる女鳥羽川(めとばがわ)があります。この川は「20万都市の市街地でありながら、清流の象徴であるウグイが泳ぎ、夏にはゲンジボタルが舞う」極めて珍しい環境として知られています。
特徴
• 都市規模: 松本市は人口約24万人(2024年時点)の中核市です。
• 女鳥羽川: 市街地の象徴である「縄手通り」や「蔵のまち中町」に隣接して流れています。
• 自然環境: 1980年代以降の多自然川づくりや市民による清掃活動により水質が改善され、市街地のど真ん中(千歳橋付近など)でもホタル観賞が可能になりました。
松本市以外にも、高知市の鏡川(かがみがわ)などが「市街地でウグイやホタルが見られる川」として有名ですが、歴史的な街並みのすぐ横を流れる景観を含め、松本市の事例が特によく語られます。 』
・・・とのことでした。
 市街地を流れるその女鳥羽川だけでなく、“湧水の街”松本には豊富な湧水を集めて流れる清流の榛の木川や蛇川があります。残念ながらその流れは、戦後の近代化の都市化の波の中で、敷地内の車庫への車の駐車のためにコンクリートの橋や暗渠でかなりの部分が覆われ、城下町特有の狭い路地では蓋がされて生活道路の一部となっています。従って、殆どその流れを見ることは出来ません。例えどんなにキレイな流れであろうと、単なる観光目的だけで暗渠を撤去することは、住民の“生活権”という名の下ではかなり難しいと言わざるを得ません。しかし、もしその暗渠を撤去して流れが見える様な、例えば透明な強化プラスチックに変えられたら、どんなにか素敵な清流の流れる街になるのではないでしょうか・・・。

 ただ現実的には、もっと市民生活での必然性があればともかく、仮に観光目的だけではそれは夢のまた夢で、実現は難しいかもしれません。
しかしそうは言っても、仮に例えAIに依る検索者への“忖度”があったとしても、現実的に「清流の流れる20万都市」という問い掛けで、我が松本市が出て来るなんて何とも素敵でそして実際に“凄い”ことではないでしょうか!?

 『 山高く 水清くして 風光る 』 (平林荘子)

この松本の街中では、カジカガエルが鳴き、夏にはホタルが飛び交い、そして街中を流れる清流には渓流魚のウグイやヤマメが泳いでいる・・・。
北アルプスを望むこの街に、いつかそんな光景が現実として拡がることを願いつつ・・・。
【注記】
稚魚以外は、以前撮影しブログに掲載した写真を再掲しています。

 街中で用事があった帰り道。
松本駅の自由通路を抜けて行くのですが、インバウンドの皆さんは無関係でしょうが、学校が春休みに入ったこともあってか、到着した観光客の皆さんで改札前は大賑わい。ゴジラもお出迎えの中、アルプス口のガラス壁越しに臨む早春の北アルプスの未だ白き峰々の絶景に、皆さん自然と吸い寄せられて行かれます。
と、11時半でそろそろ昼時近かったこともあって、
  「では、せっかくだから久し振りに谷椿のラーメン食べて帰ろうかナ?」
この日、奥さまは定例の実家のお義母さんの面倒をみに行っていて不在。彼女はラーメンが好きではないので、一人の時でないとラーメンを食べられないのです。娘たちは二人共ラーメンが大好きなのですが・・・。

 さて、松本駅のアルプス口(地元の“オッサン”的には昔の“西口”と言った方がピンとくるのですが)に佇むホルモン焼きと焼肉の名店・・・ですが、昼はラーメンとランチの店になります。その「谷椿」は昭和レトロを絵に描いたような渋い(今風の言葉で言うならむしろ“激渋”?の)店です。
昔は老夫婦お二人で切り盛りされていたのですが(と言っても昼間のオジイさんは、厨房奥の居間のコタツに座ってTVを視ている方が多かった様な)、最近はお手伝いか、日替わり定食の調理を担当されている別の初老の男性がおられ、お爺さんを見掛けることがありません。お元気だと良いのですが・・・。
 「谷椿」の昼のメニューは、ラーメン(450円)、ラーメン大(600円)、牛めし(500円)と日替わり定食(600円)のみ。そして、メニュー表には書かれていませんが、ハーフサイズの半牛(250円)もあって、常連さんはこの半牛とラーメンのセットを頼まれる方が多い様です。
私のオーダーは、この日もラーメン一択で450円也。10席のL字型のカウンターに座ります。店に入るには二ヶ所の引き戸の入口がありますが、左側から入るとL字の短辺の3席への入り口で、2席あるテーブル席の方へ行く場合は右側の入り口からでないと行けません。
座ると、おばぁちゃんがほうじ茶と小皿に入った自家製の漬物(大概は白菜漬け)を出してくれます。これが良く漬かっていて、酸っぱくて実に美味。因みに夜の焼肉の部では、このお漬物はお替わり自由。
さて、肝心のラーメン。今やワンコインで食べられるモノってあるのでしょうか・・・と思えるくらい貴重な、(しかもワンコインではお釣りが来る)450円のラーメンです。
昭和レトロな店内同様に、ラーメンも昔懐かしい“これぞ、ザ・中華そば”とでも云うべき、あっさりスッキリとした鶏ガラベースの醤油スープに、チャーシューが一枚とメンマにナルトと刻みネギ、そして固ゆででは無いのに、不思議な程モチモチした多加水の中細のちぢれ麺という王道派の醤油ラーメンです。洒落た“無化調”などとは一切無縁。しかもレンゲも付いて来ないので、スープは丼から直接啜らなくてはいけないのですが、これでイイ!否、これがイイ!と思わず唸りたくなります。
焼肉屋さんらしく、豚バラ肉のチャーシューはとろける様な柔らかさ。少々薄いのですが、450円のラーメンで文句など言えません。むしろ、出来れば以前はメニューにあった筈のチャーシューメンをまた復活させて欲しい位です(ラーメン専門店では無いので、チャーシューを作るのは手間なのでしょうか?)。以前大盛りを頼んだ時は、チャーシューが二枚トッピングされていたのですが・・・。
 時代に取り残された様な昭和然とした店内で、これまた“絶滅危惧種”の様な懐かしい醤油ラーメンを食べる、そんな 至福の“一杯の醤油ラーメン”をしみじみと味わうのです。そしてスープを飲み干すと、これまた昭和然とした一桁の局番の昔の電話番号が現れてきます。
このラーメン、色んな工夫を凝らす今時のラーメンに比べると、むしろ進化しないことが貴重な、今時珍しいシンプル過ぎるラーメンなのかもしれません。しかし、そんな昔ながらのこのラーメンは時代に取り残されて、昨今の物価高の中でも値上げするのを何だか忘れたかの様で、一杯450円也。大盛りでも600円です(数年前と比べると、それでも50円アップにはなっているのですが・・・)。
おばあちゃんには是非お元気で頑張って頂いて、どうか変わらずに(値上げしても全然構いませんので)いつまでもこのままのラーメンでいて欲しいと切に願っています。

 さて、前話での和田さんの言われたポイント、『外資(外国資本だけではなく県外資本を含めた“地元の外”)に頼らず、地元の若い人のために「土地を売らず」に「地元調達率を高め」て、「稼ぐ手段を地元に残す」。そのためには(地元に金が無ければ)Fundを活用する』という意味で、最近気になったことがあります。白馬やニセコの様な、地域というエリア全体の話題ではありませんが、古くからの地元の人気店が、後継者が居なくて最近幾つも“地域外の資本”に経営が変わった事例です。

 それは、松本の地で50年近く愛され続けてきた老舗の人気洋食店「民芸レストラン盛よし」です。
松本の有名店でもあったこの洋食店は、二代目の女性経営者が体調を崩したため、2023年3月に多くのファンに惜しまれつつ、一度は閉店しました。そして、それから5ヶ月後の8月に復活。店のH/Pでの紹介に依ると、
『“思い出の味を思い出だけにはしたくない”というスローガンの元、「民芸レストラン 盛よし by onion」として復活プロジェクトが開始。盛よしの味を愛してくださっていたファンの皆様に、「変わらない盛よしの味」をお届けするため、レシピは営業当時のものを受継ぎ、当時と同じメニューを再現。盛よしで40年以上腕を振るった大ベテランのシェフと、その右腕として20年以上腕を振るったシェフ、盛よしの味を熟知した2人が、「思い出の味」を再び提供しています。』
ところが最近、市内の庄内地区に「初代 民芸レストラン盛よし」なるレストランが出現したのです。同様にその店のH/Pでの紹介に依ると、
『当店「初代民芸レストラン盛よし」の看板メニューは、伝説の味として語り継がれてきた「カニコロッケ」や「ハンバーグ」「エビフライ」など。
創業者の直接レシピと調理技術を伝授された料理人たちが、その「味」と「想い」を忠実に受け継ぎ、新天地で新たなお店をオープンさせます。
店名の「初代」には、「創業者本人から最も深く技術を受け継いだ料理人たちによる、新しい出発」という意志が込められています。』
これに対し、『一部のニュースやSNS等において「盛よし」という名前を冠した新店舗が取り上げられておりますが、当店「盛よし by onion」とは一切関係ございません。私たちは、松本駅前にございます「盛よし」を、これまで共に歩んできた仲間とともに大切に守り続けております。現在話題となっている新店舗は、当店とは別の運営によるものであり、私たちが手がける「盛よし」とは異なります。』
・・・と傍目から見ると、何だかどこかの“元祖”や“本家”を名乗っての主導権争いと同じ様な、批判合戦の様相を呈してさえいます。
元の店が創業者や先代の築いた伝統を否定する様な経営をしているので、それへの批判で、先代に恩義を感じる元従業員が義憤として対抗するというのなら、「美味しんぼ」に描かれる類の“下世話”なストーリーとしては分かります。しかし実態はそうでもない様です。
ですので傍目には何が事実か、どちらが真実かは分かりませんし、「盛よし」の看板メニューのカニクリームコロッケはともかく、こちらも目玉である筈の「盛よし」のハンバーグは、本来ハンバーグは牛100%たるべしと思っている自分にとっては、豚肉の割合が多過ぎて一度食べて懲りてしまったので、個人的には別に初代か元祖かどちらでも構わないのですが、(地方の人気店をおそらく投資目的で)事業継承したOnionというのは、千葉県を拠点としたメディアと広告代理店を運営している会社で、元々はフリーペーパーから始まった「オニオン新聞社」という名前の投資会社なのだとか。
「盛よし」が復活してすぐの2023年12月には、東京の多摩地区にも府中店をオープンし、開店当時は昼も夜も割と行列が出来ていたそうですが、最近ではその光景も無くなったとかで、たった2年ちょっとの2026年3月で「民芸レストラン盛よし by onion 府中」店を閉店したとのこと。出資したのが仮に投資目的であれば、儲からなければ出血を止めるべく、速やかに事業を停止するのも当然なのかもしれません。
無論、“赤の他人からとやかく云われるのは大きなお世話”でしかないのですが、復活した店舗には創業者の二人のお孫さん(二代目の息子さんたち)も調理や運営に加わっているそうですが、「いつか自分たちが」という夢を持って、亡くなった二代目である母上の意志を継ぐためにせっかく調理学校にも通って勉強していた筈なのですから、安易に投資会社に踊らされず、じっくり焦らず兄弟で力を合わせて実力と資金を蓄えてからでも決して遅くはなかったのではないか!?
創業した初代や、経営を軌道に乗せた2代目の苦労を知らず、恵まれた環境でトップに就いた3代目の経営の難しさを、同族経営での事業継続の難しさを表す格言として、“3代目は身上を潰す”などと云われますが、是非自分たちの手で地道に頑張って欲しいと思います。
片や「初代」を名乗る店も、もし味と値段に自信があるのならそんな名称を“客寄せパンダ”的に使わずとも、美味しければいずれ自ずとお客さんは集まって来るのではないでしょうか・・・。
 最近、この「盛よし」以外にも、松本で老舗と云われる様なレストランが店の名前をそのままに、手を挙げた別資本に事業承継(或いは単なる事業継承?)されるケースがありました。
 昨年の9月末で、駅前の公園通り近くで45年続いてきた「若大将」が閉店し、年末の12月に「ニュー若大将」としてオープンしました。地元紙の報道に依れば、
『松本駅前で45年間にわたり地元客や観光客らに親しまれてきた中華料理店・若大将が、後継者がいないことから市内の企業へ事業譲渡することになり、9月30日で店を閉める。駅前で「元祖スタミナやきとり」等を営む会社が事業承継した』とのこと。新店舗の紹介には、
『松本駅前で45年間愛されてきた「若大将」を事業承継しました!
2025年12月頃「ニュー若大将」としてリニューアルオープン予定です。「若大将の想いと人気メニューを引き継ぎさらに愛されるお店を目指してまいります!」ということで、やきとり、餃子、韓国料理に中華居酒屋が加わります!』
個人的には、昔「若大将」がオープンして間も無い独身時代の頃に何度か食べた記憶があるのですが、覚えているのは中華というより、味噌ラーメンや冷やし中華などラーメン屋さんのイメージ。ですので、名前は残っても全くの別形態の店になってしまったので、経営として駅前の好立地の空き店舗を取得し、既に地元で知られた店名を使って店舗を単に増やしただけという感が否めません。もしそうであるならば事業承継ではなく単なる事業継承ですが、果たして・・・?
 また、こちらも公園通りで親しまれて来た老舗の洋食店「どんぐり」が72年という歴史に“一旦”幕を下ろしました。同じく地元紙の報道です。
『レストランどんぐりの店主・浅田さん(67)が3月1日で引退する。松本駅前で72年続く名物店を営む傍ら、全国の災害被災地で炊きだしボランティアを重ねるなど食を通じた社会貢献活動にも取り組んでいる。事業はM&Aで県内の企業に譲渡するが、現店舗はそのまま「どんぐり」として事業承継される。県内で飲食店を展開するデライト(岡谷市、横山社長)に譲った。店はボリューム感あふれるメニューや価格、内装をそのままに、11日に新たなスタートを切る。』
デライトという会社は諏訪郡下諏訪町などで飲食店を運営していて、その一つが諏訪湖畔にある「ホルツ」とのこと。この店は以前「ホルツはつしま」として60年以上続いてきた謂わばローカル版の“ファミレス”で、2020年の3月に経営が変わり「ホルツはつしま」から「HOLZしもすわ店」となっているとのこと。
知りませんでしたが、実は以前のオーナーのご家族が経営していた頃、そのオーナーご自身は私と同じ会社におられた大先輩で、夫婦共々お世話になりましたし、結婚して諏訪に住んでいた頃には何度か食べに行ったこともありました。
その「どんぐり」の経営を引き継いだという方は、報道に依ると、
『「店の名前を残せるなら引き継ごうと考えた。地域に必要な店。まずは常連客に来ていただける店をつくりたい」と説明した。
事業承継の話自体は2年ほど前に持ち上がり、浅田さんも複数面談した中で横山さんを気に入ったが、最初は「どんぐりは良くも悪くも“俺”。俺がいないと成立しない」との思いから屋号やレシピは残すつもりはなかった。こうした考えから一度は断わったが、横山さんの真面目な人柄や運営する店舗の清潔さなどを見聞きするうちに心変わり。昨年の初めに再度打診し、屋号もレシピも残しての承継が決まった。
横山さんは「私自身もよく訪れた場所で、なくなるのは寂しく、店や味を残していくことが大切だった」と振り返る。浅田さんからは「好きにやれ」との激励を受け、駅前はかつてより(パルコ閉店で)人が少なくなっているが「大きくもうけようとは思っていない。この場所にこの店があることが大切であり、まずは常連さんや地域の方に“変わっていない”と認めてもらえるように営業していきたい」と話す。』
(・・・だとすれば、こちらはちゃんとした事業承継でしょうか?)

 長年地元で親しまれて来た店の事業承継、若しくは事業継承としての再出発には、それぞれの事情がありましょう。
前話でご紹介した「ズクトチエ」の和田さんは東京出身の“よそ者”ですが、学生時代から来ていた岩岳や白馬に惚れ込み、その結果『地元の若い人のために「土地を売らず」に「地元調達率を高め」て、「稼ぐ手段を地元に残す」。そのためには(地元に金が無ければ)Fundを活用する。』と自らが経営に乗り出したのは、ご自身の“地元愛”でもありましょう。そしてその地元を大切にする経営スタイルは、嘗ての妻籠や白川郷の「売らない、貸さない、壊さない」にも繋がります。
勿論前話でも指摘した様に、精神論や“美辞麗句”だけで経営が成り立つ訳でないのは百も承知です。しかしそこには単に儲けや稼ぐこと以上に大切なモノがあり、それがあるからこそ例え時間は掛かっても、結果として子々孫々への利益にもまた繋がっていくのではないのでしょうか。
ですので、もし太地真央さん演じる女将さん的に云うならば、即ち、
  「そこに地元への“愛”はあるんか!?」
(上の写真は、CM元であるアイフル株式会社が作成した『「そこに愛はあるんか」と思わず言いたくなる誰もが共感できる、日常の些細な「愛がない瞬間」を描いた全46種類のかるた』の写真からお借りしました)

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