カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 今年のリンゴ採りは、11月19日の土曜日から開始する予定が、生憎の雨模様で殆ど出来ず(どうしても当日の発送希望があったため、雨の中2本分だけ収穫し水滴を丁寧に拭いて発送しました)、雨の上がった日曜日からリンゴが乾くのを待って、昼頃から本格開始しました。周辺のどのリンゴ園も、家族総出で収穫が始まったようです。
この週、会社からFlex休暇をいただいて、一週間はリンゴ採りに専念です。そして夜は倉庫でその日採ったリンゴを選別し、到着日指定のお客様への発送の荷造りが深夜まで続く、疲労困憊の一週間となります。

 小さなリンゴ園とはいえ、当園には矮化のサンふじが60本近くありますので、リンゴ箱(コンテナ)にして100箱前後になり、妹夫婦も毎年手伝ってくれるものの平日は一人ですので、リンゴ採りには一週間掛かるだろうと覚悟していました。

 すると、昨年遊びに来た岐阜に住む大学時代のクラブ(混声合唱団)の後輩からメールがあり、信州へのドライブがてら23日の祝日にリンゴ採りの手伝いに来てくれるとのこと。
昨年来た時に、来年は周囲の合唱団のOBにも声を掛けてみるとは確かに言っていたものの、皆仕事をしており無理だろうと思っていました。
彼から直前になってメールがあり、やはり他のメンバーは都合が付かないので、ナント奥様と息子さんたちも一緒に4人で来てくれるというのです。
「無理するな!」と返したところ、朝来て午前中だけ手伝って、午後は松本周辺の観光をして帰るというので、リンゴ採りも観光気分で来てくれるならと彼の好意に甘えることにしました。

 当日は、私たち以外に、休みが取れたと一日手伝いに帰省してくれた次女と、妹夫婦と姪、そして後輩ご一家4名と総勢10名の大所帯です。
さすがにこれだけいると、見る間にリンゴが減って行きます。初めてのリンゴ採りに、ご一家も物珍しげに楽しんで作業をしてくれているようです。
おかげさまで、午後3時には全部採り終えることができました。今年は応援のおかげで、一週間は覚悟していたのに、4日間で全て終了することが出来ました。

 当日は、作業のため何もおもてなしも出来ず、出前のお弁当と自家用のリンゴをお礼に、「来年もまた来ますネ!」と昼周辺の観光をして帰るという彼らを見送りました。

 おかげで、その日の夕刻から選別に専念することができました。
写真は、倉庫の作業場で山済みになったリンゴ箱です。祖父の代から使っている木箱には大きさ別に選別を終えたリンゴが、プラスチックのコンテナには収穫した選別前のリンゴが入っています。
(朝から夜中まで選別と荷造りに追われ、暫く記事掲載をお休みしてしまいました)

 信州では伊那谷の市田柿が有名ですが、この晩秋の時期、昔ほどではありませんが、松本でも軒先に干し柿にする柿が吊るされているのを目にします。
例えば甘柿の代表品種であるの富有柿は岐阜県辺りが北限のようで、信州で植えても渋柿になってしまいます。庄内柿のように、渋柿も焼酎で「さわす」と甘くなりますが、どちらかと言えば大振りの甘柿の無い北国では、干し柿の方が盛んのような気がします。干し柿は古来からのドライフルーツ、保存食です。

 市田柿は、それこそ“柿のカーテン”、“柿すだれ”のように大量に吊るされるそうですが、我家でも11月上旬果樹園の脇にある平種の渋柿を採って、母が柿の皮を剥いて今年も吊るし柿を作りました。
そして、今年も横浜に住む母方の叔母にも宅配便で送りました。ご近所にもお裾分けをしているそうですから、都会の横浜でも吊るし柿が見られるのかもしれません。

 干し柿にするには、柿のヘタの柄と枝を、引っかかり易いようにTの字形に切ってビニールテープや紐で縛り、一本に5~10個近くを括りつけて、雨を避けて日当たりの良い軒先に吊るします。
そして、12月くらいまでの間に時々外して、一つずつ丁寧に手で揉んで柔らかくします。揉むほどに柔らかくなります。逆に揉まないと歯が立たないほど硬くなってしまいます。そして白い粉(こ)がふくと完成です。
昔、祖父母が健在の頃は、我が家でもこの3倍くらいは吊るしていたような気がします(写真は干してから4日後と、2週間後の様子です)。
 最近はお菓子が何でも揃うので殆ど食べなくなりましたが、自然の甘味料(何と砂糖の1.5倍とか)で、和菓子では餡に使ったりもするそうです。

 晩秋にかけての吊るし柿の“柿すだれ”。晩秋の風物詩です。

 有力な実業団チームが無い長野県は、駅伝シーズンの棹尾を飾る1月の都道府県対抗駅伝で、嘗ては男女とも下位争いをするほどの弱小県から、長年に亘る小学生からの全県的な育成が実り、佐久長聖高校の活躍を核に、男子チームは優勝争いの常連になりました。一方の女子は、長野県のゼッケン(高校駅伝を含め17番)が目標で、夢は入賞(一昨年に悲願の8位入賞を達成するも昨年は18位)というレベル。

 遅まきながら、男子を見習い、県立の長野東高校を軸に着実にレベルアップをしてきました。

 この13日に福島で行なわれた東日本女子駅伝で、長野チームは終始トップ争いをしながら、最後トラック勝負に負けての惜しくも6秒差の2位。一昨年は初優勝を果たしていますので、驚くことは無いかもしれませんが、その粘りに感動しました。
有名選手は国際千葉駅伝の日本チームにも選ばれている1区の清水裕子選手(セキスイ)くらい。南信の大桑村出身の彼女は、初優勝の時も立役者。今年も1位でタスキを渡します。その後、トップの有利さもありますが、どの選手も序盤詰められながら後半粘ってまた引き離す頑張りで、最終区も秒差の1位でアンカーの名城大学の小田切選手へ。彼女も長野東OGです。片や競う神奈川の吉川選手は1500mの日本チャンピオンとか。1分以内なら逆転可能という実力者だそうで、「あぁ、こりゃダメだぁ・・・」。案の定スタート直後には逆転される展開。

 ところが、娘さんも中学区間を走った玉城監督(長野東高監督)の、「(教え子の小田切選手が)名前負けせずに粘って走れば、駅伝は何が起こるか分かりません。」という言葉通りの粘りの走りで、一時は逆転して抜き返す頑張りを見せました。
最後トラックでのスプリント勝負では、さすがに敵わずに再逆転されてしまったものの、大いに賞賛される走りでした。

 都道府県対抗では、京都、兵庫、岡山といった西日本勢が強いだけに、東日本の成績がそのまま通用する訳ではありませんが、女子チームも次第に力が付いて来たのを感じます。あとは、“ふるさと出場”の清水選手が会社のある岐阜からではなく、長野チームで出場してくれたらなぁ・・・。
それに、昨年でしたか、佐久長聖の高見澤コーチ(当時)と結婚された嶋原清子選手(2010アジア大会女子マラソン日本代表)も県チームで走ってくれればなぁ・・・。
      
 その前に、12月に行なわれる都大路での男子の佐久長聖(高見澤監督の初采配です)だけではなく、私立の強豪校と競い入賞を目指す女子の長野東にも期待です。

 今年の我家のハーブガーデン。
2㎡ほどの狭小スペースに春植えた2株のバジルと8株のルッコラ(ロケットサラダ)。プランターで水耕栽培したクレソン。そして、料理の時にちょっと摘んで使うのに便利だからという家内のリクエストで、勝手口のベランダに置いた、もう一つのプランターに植えたパセリとバジルにコリアンダー。

 常念などの北アルプスの前山も、17日朝は薄っすら頂が雪を被ったように見えました。これから冬がだんだんと山から里にも降りてきます。16日には初霜がありました。

 信州松本も降霜の時期になりましたので、そろそろ寒さに弱いハーブの収穫も終了です。
特にバジルは霜が降りると真っ先に葉が真っ黒くなって落ちてしまいます。既に葉によっては黒い斑点が出始めていますので、先週末に使えそうな葉を全部摘んで、家内がミキサーで保存用のバジルソースを作って、娘にもお裾分け(したようです)。  

 ルッコラは、夏が過ぎて涼しくなってまた成長が良くなり、葉が大分茂ってきました。今年は8株植えたせいもありますが、何度もサラダで食卓を飾ってくれました。また何度も娘たちのところにも届けられました。ゴマの味に加えて、地植えのせいか、ピリッとした辛味があり好評でした。
妹夫婦が今年もリンゴ採りの手伝いに来てくれた時にでも、夕食のサラダ用に収穫し今年は終了です。
 クレソンは、秋になって成長が遅くなりました。まだ小さな芽が一杯出ていますが越冬は無理ですので、これも全部採ってサラダにして終了です。

 プランターのパセリも重宝しましたが、市販のモノと一番違って驚くのがパセリかもしれません。何より市販のモノに比べ味が濃くて美味しいのが嬉しいですね。飾るのではなく、パセリも“食べる野菜”であることが実感できます。一方、家内の大好物のコリアンダーは夏場に残念ながら枯れてしまいました。来年はちゃんと育つように研究しないといけません。うーん、地植えの方がイイのかなぁ・・・。
 野菜に比べてハーブは手間も掛からず(せいぜい水遣り程度です)、とても重宝します。これまで色々なハーブを植えましたが、結局今の種類に落ち着きました。また来年も食用ハーブを楽しみたいと思います。

 いよいよ本日、11月19日よりサンふじリンゴの収穫を開始します。
(但し、土日は雨マークとの予報のため、天候次第ではありますが、残念ながらこの時間、外は雨模様です)
 小さな果樹園ですので、今年もリンゴが足りないほどたくさんのご注文をいただきました。本当にありがとうございました。毎年ご注文をいただくお客様を増え、H/Pを開設しながら新規でのご注文を殆どお受けすることが出来ず、誠に申し訳ありません。

 JAの技術指導員の方によれば、昨年の猛暑の影響ではないかとのことですが、今年は当園でも一部の木の花芽が極端に少なく、全体の収穫量が例年よりも少なそうですが、それ以外は、おかげ様で色付きも糖度も例年並みになって、ここに秋の実りを迎えることができました。
幾つか、既にムクドリたちが啄ばんでいますので、今年も糖度は高そうです。
お陰さまで他からも羨まれるほど当園は土壌が良く(従って、父はともかく私の代になってからは、園主の力ではありません。一方その分雑草も良く伸びて草刈が大変です)、糖度が高くて酸味があるのが特徴です。

 早いところは先週から。当園でも、本日から今週一杯、家族総出でリンゴ採りです。
一つ一つ大事に木から捥いで、一つ一つしっかり選別をして、来週末より順次お届けしたいと思います。

 どうぞ、信州松本からの、太陽の恵みを一杯浴びた秋の実り、サンふじリンゴをお楽しみください。


 NHK-BSの日曜朝6時からのプレミアムクラシック。
11月上旬は、特選オーケストラ・ライブとして、9月に行われたN響定期公演から2週連続の放送でした。

 指揮は、N響名誉指揮者のヘルベルト・ブロムシュテット。
御年84歳という年齢を感じさせない、にこやかで端正な指揮振りです。決して派手な身振りはありませんが、棒に緊張感が漲(みなぎ)り、齢を重ねられて円熟味が増しました。応えるN響との信頼関係が感じられる演奏で、大好きだった往年のスウィトナーおじさん(今でもドレスデン・シュターツカペレを振ったリンツは、CD含め5~6枚ある中で廉価盤ながら我が愛聴盤)とN響との心温まる演奏を彷彿させてくれます。
マエストロもN響との練習で「真摯な日本の聴衆が大好きだ」と語っていたと、昨年FMでの定演の生放送で紹介されていました。今回のメインは、「新世界」と大好きなチャイコフスキーの5番。10月に佐渡さん&DSOで聴いたばかりです。

 犬たちの散歩を済ませてからでしたので、第3楽章から聴いたお馴染み“過ぎる”新世界は久し振りに感動しました。やはり3月に生で聴いた佐渡さん&BBCフィルよりも良かったな。N響も熱演でマエストロの棒に応えます。ホルンパートも旨いなぁ。カーテンコールで、マエストロがクラリネットに続いてホルンを立たせて、聴衆の拍手を受けさせたのも頷けます。N響とは言え、国内オケですのでS席でも5000円程度でしょうか。N響も常に名演かは、指揮者によるところ大だとは思いますが、これなら何倍も払ってわざわざ外国のオケを聴きに行かなくても良いくらいですね。

 翌週はチャイコの5番。初めて生で聴いた10月末のDSOの松本公演の余韻が頭の中にしっかりと残っていますので、自分の中ではどうしても比較しながらの視聴です。

 散歩から帰り、早速ホームシアター用のスピーカーをオン。これまた第3楽章からの視聴です。第4楽章も含め、思ったより早めのテンポ。何より、年齢を感じさせない若々しい5番でした。
万雷の拍手に、何度かカーテンコールに応えて、真っ先にホルンの主席の方を立たせ、その後で弦だけではなく、わざわざ管楽器のパートの所まで行って握手をされて団員を労っていました。N響とマエストロの良い関係が伺えます。

 そして20日のEテレのN響アワーは、ブロムシュテット特集として十八番(おはこ)のブルックナーとか。

【不謹慎な追記】
N響ソロ・コンサートマスターの堀さん。雰囲気が、最近話題の巨人軍清武代表に何となく似ている、と思っているのは私だけでしょうか?

 11月最初の日曜日。文化の日からの飛び石連休最終日でしたが、終日生憎の雨模様。前日までにやるべきをしっかりと済ませてありましたので、この日は骨休めです。

 昼頃、思い立って近間に蕎麦でも食べに行くことにしました。
行った先は、松本市郊外の山形村唐沢地区。昔から蕎麦集落として知られ、今でも10軒近くの家が自宅で蕎麦を提供しています。本来、唐沢の蕎麦は農家のおばちゃんたちが昔ながらに自宅で打った蕎麦(蕎麦打ちは客呼びの際の主婦の仕事)を出していた所。数年前の真冬に一度来て、お座敷で庭を見ながら、二八の田舎蕎麦よりも、お婆ちゃんが漬けたというお茶請けに出された飴色に漬かった野沢菜漬けが絶品で感激したことがありました。

 今回は、その唐沢地区では珍しい男性の打ち手と昔伺った記憶があるお蕎麦屋さん『水舎』へ(他には「山法師」も男性とか)。
この「水舎」は最近評判を呼び、松本周辺の「食べログ」のそばランキングで数ある専門店を押さえての1位とか。多少訝りながらも、口コミに釣られて行ってみることにした次第。

 少々出遅れて、唐沢集落の一番奥にある店に到着したのは12時過ぎ。駐車場は既に満杯です。最終日とは言え、連休で秋の行楽シーズンであることを忘れていました。お客さんの殆どは県外車です。後で知ったのは、そこは第二駐車場。上の駐車場も勿論満杯。集落のどのお蕎麦屋さんも車で一杯でしたが、ここ「水舎」も玄関に順番待ちのお客さんが溢れています(しかも、ちょうどこの週末は山形村の「新そば祭り」だったとか)。蕎麦ブームなのか、年配客ばかりでなく若いグループやカップルも目立ちます。結構なことです。30分ほど待って名前が呼ばれお座敷へ。畳敷きの大広間に座卓が9卓と、続きの間にも4卓。4人掛けで優に50人は座れます。

 二八は既に売り切れとかで、粗挽きの十割そばの大盛り(1200円)を二人とも注文(普通盛りは950円)。横の池で養殖しているというニジマスの唐揚げが名物とか。馬刺しもあり、夜間も営業していて宴会も出来るようです。他にも村内に「そばカフェ」(支店?)を出したり、近くの蕎麦工房で通信販売もしたりと、かなり手広く営業されているようです。
 唐沢集落らしく、お茶受けのお漬物(ダイコンと大根葉)が運ばれてきましたが、この前の野沢菜漬けには質量とも負けますね。
しかし、なかなか蕎麦は出てきません。お隣は関西からの家族連れのようですが、注文された馬刺しも終わり手持ち無沙汰のご様子。
大分待って運ばれてきた蕎麦。石挽きとのことですが、しっかりと腰があって、冷水でシャキッと締まっています。
ただ残念ながら、薬味がほんの申し訳程度で、刻み海苔もありましたが海苔は不要でしょう。350円で生山葵(芋)があるようです。またソバツユが信州らしく甘口なのは良いとして、だったら量が少な過ぎ。江戸前のように蕎麦の先をちょこんと付けるにはツユに強さがありません。うーん、惜しいなぁ。家内は「最初の一口は美味しいけど、何となく“飽きる”味だよネ・・・」とのこと。
何より残念だったのは、これだけ繁盛すれば止むを得ないのかもしれませんし、店主はしっかりと蕎麦を打っているようですが、接客が二人の学生?バイト任せで、本来の唐沢集落らしい素朴さが無いこと。でも都会から来れば、場所だけでも十分に田舎の素朴さを感じられるのでしょうか?(庭の箱の上に乗って寝ていた2匹のネコは、ホンワカと田舎の素朴な感じがしましたが・・・)
ただ、予想外で驚いたのは、説明書きにあった「(ツユの味が変わらぬように)薬味はツユの中に入れずに蕎麦に載せて食べてみてください」という店主からの拘りの但し書き。ワサビをそうしてみると、ワサビの味が際立って甘味すら感じます。これはなかなか・・・(しかし、そう薦めるには小指の先程の申し訳程度の量で、数口食べたら終わりそうですが)。そう言えば私自身も、刺身の時はワサビを醤油に溶かずに刺身に載せてましたっけ。今度から蕎麦も薬味のワサビはこうして食べることにします。

 松本周辺では「食べログ」のそばランキング1位(2位は三城)とのことですが、(松本周辺ではありませんが)先週行ったばかりの木曽の「時香忘」の印象がまだ強く残り、また最近は行く機会がありませんが池田町の「安曇野 翁」と比べても、接客面を含めて、うーん、どうなのかなぁ・・・?

 9月のことですが、大事なお客さんをお呼びする前に、室内がスッキリするようにリビングの液晶TVを壁掛けにしたいと家内からの突然の仰せ。
併せて、応接セットやチロルとナナのケージも含め、応接エリアのレイアウトも変更するとのこと。
「えぇー?今のままでイイじゃん!」
「すると言ったら、するのー!」
「・・・・」(これにて一件落着)

 ・・・と、家内が色々検討すること一ヶ月。
我が家は、土地の傾斜を利用して、玄関からのスキップフロア(ステップフロア)で4段下がったところがリビングルームです。玄関横の2世帯住宅用の和室は玄関と同じ高さで、その和室への廊下とリビングの間に仕切りの1メートル弱(リビングからは1.8m)の壁があり、そのリビング側の壁に取り付けたいとのこと。
それを前提に、先にケージとソファーと家具の移動です。奥様は知恵と口は出ても、力が出ないのが玉に瑕(きず)。叱咤激励しつつ何とか終わった後、今度はナナが自分のケージの入り口が分からず、一時パニックになってチロルのケージに出たり入ったりしていました(ヤレヤレ・・・)。

 先ず電気屋さんに相談すると、柱が無いので壁を剥いでの大掛かりな工事が必要とのこと。驚いた家内が、家を建てていただいた工務店に相談してみると、壁の中に等間隔で補強財を入れてあるのでそんな工事は不要とのこと。
安心して、工事費も格安になったので、ついでに寝室の小型TVも壁掛けにすることにして、ネットでメーカーから専用金具を直接取り寄せて、取り付け工事をしてもらうことに(以上全て奥様の“差し立て”です)。
リビングは、工務店のアドバイスで、地震対策として念のために更に補強版も取り付けて、TVの背面に隠れて見えないようにしていただくことになりました。
       
 それまでは、以前のブラウン管TV用のTVボードをそのまま使って、部屋のコーナーにTVを設置していました。また、スピーカーコードが見えるのが嫌だったので、フロントスピーカーだけで良いヤマハの擬似5.1CHのホームシアター用スピーカーを3年位前に購入し、光ケーブルでデジタル接続してありましたが、TVボードの上に置いたので(サブウーファーは見えぬようにTVの裏)、余りスピーカー間の距離が取れなかったためか、サラウンド効果は勿論ですが、ステレオ感もそれほどありませんでした。

 10月に入り工事をしていただきましたが、さすがはプロ。
1時間半ほどで2箇所の工事が終了。TVを壁に掛けて配線などのセッティングです。正面がスッキリするように、(リモコンの赤外線が届くようにした上で)壁の向こう側にDVDレコーダーやアンプ、サブウーファーも全て置いてあり、リビングから取らざるを得ない電源とアンテナケーブルを除いて、コード類もこちらからは見えぬように全て向こう側に出してあります。フロントスピーカーは仕切り壁の手摺りの上。
 いよいよ音出しです。
ちょうどこの頃、BS放送拡大キャンペーンで無料放送中だったWOWOWやスカパーが週末の昼間も映画を放送していて、サブウーファーからの重低音もあって、そのサウンドにビックリ。設置場所の変更により、部屋の形状からも音の拡がりも増したようです。
たまたま放送中だったアクション映画での爆発音の大迫力に家内も驚いたようで、「映画館みたいだね!」(うーん、それはちょっと言い過ぎかも)。
しかし3年前に購入したスピーカーも決して高級品ではありませんし、フロントスピーカーだけの擬似5.1CHなのでサラウンド効果はもう一つですが、さすがにぎゅっと音が圧縮されたようなTV内臓のスピーカーとは全く違い、一つ一つの音がクリアになりました。特にサブウーファーの効果はテキメンです。5.1 CHで放送されているBS放送のクラシックのライブ録画も、特にオーケストラ演奏が、まるでホールに居るようとまでは言えませんが、音の厚みと迫力が全く違います。
例えば先月のN響アワー(Eテレ)でのアシュケナージ渾身の「革命」。祖国への想いを込めた熱演で、その前にBSでも内臓スピーカーで一度聴いていたのですが、音はまるで別物(この日、奥様不在の影響も大でしたが)。
第4楽章フィナーレの大太鼓の連打に驚いて(大嫌いな雷鳴と勘違いしたのでしょう)、チロルが寝ていたケージから慌てて飛び出してきました。あっ、ゴメン!
 漸く本領発揮でしょうか。我が家にもプチ・シアターが誕生しました。
これで、音楽番組や映画のDVDレンタルの楽しみが増えました。

 でも、チロルやナナのケージのすぐ横なので、夜は彼女たちの安眠妨害とならぬよう、少なくとも夜間のサブウーファーは使用禁止とのお達し。多少宝の持ち腐れかもしれませんが・・・。
しかもホームシアターは節電用のスイッチを中継させてあるので、音楽番組や映画鑑賞する時などに、その都度壁の向こう側に行っての入力が必要で、通常はTVの内臓スピーカーを使っています(その方が、却って両者の違いが良く分かり、オーディオ機器の存在を評価してもらえるので効果的かも)。
なお、その後奥様は、インターネットも使えるように無線LAN接続も設定されたようです(ヤレヤレ・・・)。

 今年の雑キノコは例年に比べ不作で、地元紙によると、松本地方でも地場のキノコ販売所に持ち込まれる量は例年の1/10程度だったとか。正に“大不作”です。

 9月上旬の秋雨や気温低下で順調にキノコ菌が繁殖を始めたところに、急激な気温上昇があったため、暑さに弱いキノコの菌糸が死滅してしまったのだそうです。秋の恵み、秋の楽しみが無くなってしまいました。

 いつも行く近所の里山。10月中旬に、それでもと様子を見に行ってみると、リコボウ(諏訪地方ではジコボウ)が4本だけ。最初に出る筈の初茸の姿もありません。昨年は初茸もたくさん採れたのですが・・・。探しても無駄なので、早々に退散です。
曇っていて薄暗い中でしたので鮮明ではありませんが、貴重なリコボウ(ジコボウ)です。その日の夕食にキノコオロシにしてみました。今年はちょっぴり寂しい秋の味です。

 その後、11月上旬に念のためにもう一度行ってみましたが、やっぱりリコボウ(ジコボウ)の姿は全くありませんでした。唯一、キノコのシーズン終わりを告げるムラサキシメジが3本固まって生えていました。ムラサキシメジは群生になることが多いのですが、周囲にその姿は無く、僅かにこの3本だけ。
キノコオロシでは土臭さが抜けないムラサキシメジですので、今回はガーリックマーガリンでソテーにして、シーズン最後のキノコを味わいました。

 これにて、今年のキノコシーズンは寂しく終了です。
キノコは、開いた傘から零れる菌糸で増えていく筈ですが、今年はともかく来年は大丈夫なのでしょうか?

 土曜日に色々と家の仕事をし、予報よりも早く朝から生憎の雨模様となった10月最後の日曜日。早々に農作業は諦めて、妹夫婦に薦められた木曽開田高原入り口(新開地籍)の評判のお蕎麦屋さんという『時香忘』(ジコボウ)へ行ってみることにしました。

 この「時香忘」は、飯山富倉集落が有名なオヤマボクチというヤマゴボウに似たキク科の山野草の葉脈を繋ぎに使った蕎麦で評判の店。2003年に開業し、木曽の山の中にありながら、評判が評判を呼んで行列が絶えないという人気店です。

 松本からですと、木曽へは中央道経由で伊那谷から中央アルプスを貫く権兵衛トンネルを抜けて行くのが時間距離は一番早いと思いますが、雨で一日空いたので、生憎の天気ではありますが、ゆっくりと紅葉の木曽路を走って行くことにしました。
我が家からは、奈良井川の堤防道路を走り、郷原、洗馬(せば)、本山(そば切り発祥の地)と宿場の風情の残る北国西街道(善光寺街道)から中山道へと至る旧街道を通って本山で19号へ合流するのが国道の渋滞を避けてのコースになります(一般道検索では、国道19号での所要時間予想2時間半が、休憩時間を除いて結果1時間半でした)。

 途中道の駅で休憩し、贄川、奈良井、日義と色付きの増した木曽路をゆっくりと走って、開田高原には11時前に到着しました。昔父と来た時は、木曽福島からはすれ違うのがやっとの狭い山岳路だったのが、拡張整備されて登坂車線も用意された快適な道路になっていました。
残念ながら霊峰御岳は雨雲の中。白樺林が黄色く紅葉していて、まさに高原の秋。ところが、開田高原周辺にはそれらしき店は見当たらず、妹からもらった店の小さなパンフレットの電話番号で検索すると、おぉ、ナビにちゃんと登録されているではありませんか。
結果、行過ぎていて目指す場所はるかに手前(もし新地蔵トンネルまで来たら行き過ぎです)。戻ること5㎞。到着が11:15。11時開店の筈ですが、駐車場には県外車がずらりと並び、店内も既に満席で名前を書いての順番待ち。幸い我々はまだ早かったので、15分待ち程度で座ることが出来ました。(お店の話だと、五月連休やこの紅葉の時期などの行楽シーズンを除けば、混み具合はそれ程でもないとのこと)

 時香忘のある場所は、木曽川支流の黒川沿い。
361号線の道沿いの清流と木立に囲まれた谷間(あい)に、お蕎麦屋さんとは思えないお洒落な山小屋風の片屋根の建物が佇んでいます。
しかも、店内はもっとオシャレで、元々はクラフト作家をされていたというご主人の創られた作品のプチギャラリーが設けられ、店内のインテリアや、奥様とお嬢さん方と思われる接客も含めて、むしろ例えば東京広尾にあってもおかしくないフレンチかリストランテと見紛うばかりです(田舎モノは少々落ち着きませんが、家内は気に入った様子)。座席数はカウンターと大小4卓での、合わせて28席。
 注文は、お目当てのオヤマボクチのもり蕎麦の普通盛り(1250円)と大盛り(+315円)。そして、珍しい焼きそばがき。焼き海苔を巻いて、醤油を付けていただきます。待つ間の蕎麦茶も香ばしくて美味。
パスタのように煉り込まず、茹でた蕎麦をイカ墨で和えるというイカスミ蕎麦には興味津々(次回のお楽しみ)。また、オヤマボクチは有名な富倉だけではなく、家内の知り合いの方(奈川のご出身)のお話では、奈川などの御岳山麓でも、小麦が栽培出来ない土地では昔から行なわれてきた製法とか。
そばの薬味には、刻みネギと生山葵をおろし金でその場で卸していただきます(松本の老舗「こばやし」が同様です)。江戸前ほど辛くはなく、信州ほど甘くもないソバツユも、たっぷりと供されます。
飯山に行った時に食べられなかったオヤマボクチを繋ぎに使った蕎麦は、驚くほどモチモチとした食感で独特のツルっとした喉越し。しかもこの時期ならではの新そばの香りが引き立ちます。少し粗引き気味でざらざらした粉が、却って蕎麦に香りと透明感を出しているのかもしれません。確かに旨い。
ご主人は、脱サラで名古屋からこちらに移住されて、地元の人に教えてもらいながら独学で修行をされたのだとか。
一枚1250円は高く感じるかもしれませんが、普通盛りでも量はかなりのボリューム(熊笹を敷いたザルの上に盛り付けられていて、まるでケーキのモンブランの様です。写真は大盛り)で、他の蕎麦屋さんの2枚分(例えば、翁だといつも2枚頼んで1500円です)ちかくあり、二人ともお腹一杯になりましたのでリーズナブルだと思いました。
そば湯もどろどろしていて、わざわざ蕎麦粉を溶いて別に作っているのだとか(松本のC Cubeが同様です)。どれもこれも店主の拘りが感じられます。しかも、オヤマボクチの採取量が減少していて、将来をふまえて山ブドウや或る木の樹皮なども繋ぎに使えるか試行錯誤で研究しているのだとか。

 時香忘は、安曇野・翁とはある意味対極的ですが、店の雰囲気も含め県外からのお客様をお連れするには良いかもしれません。信州らしい渓流沿いの木立の中と片や北アルプスの眺望と・・・。どちらが良いか迷うところです。(もし遠出せずに松本市内だったら、接客には野麦か佐々木辺りでしょうか?今度三城を試してみたいと思います)

 驚いたことに、出る頃はさらに順番待ちの人が増え、ちょうど昼時の12時だというのに、来たばかりのお客さんはナント90分待ちとのこと。
いやはや、たかが蕎麦、されど・・・。ウーン、時香忘恐るべし。
 帰路、もう一軒木曽福島の老舗のお蕎麦屋さん「くるまや」本店(高校時代に木曽福島出身の友人に連れて行ってもらって食べた蕎麦は旨かった!)に寄って食べ比べて行こうかと思いましたが、お腹も一杯ですし、時香忘の余韻を消さぬようにと今回は断念。
せっかく木曽路に来たので、“漆器の街”木曽平沢の「木曽くらしの工芸館」に立ち寄り、来客用に漆塗りの箸と箸置きを、それぞれ男女5膳分ずつ買って帰りました。

 元々、(庭まで予算が回らなかったこともあって)基本は自分で作庭し、やがてミント類がジャングルのように蔓延って手に負えなくなり、結局専門家に委ねざるを得なかった我が家の庭。

 雑木林風ガーデンと樹下に植えたクリスマスローズ、芝生ガーデン(ここは自作のまま)とフラワーガーデン、そして小スペースのハーブガーデン。
特に木々と花壇は私メには任せておけぬと、今ではクリスマスローズやシンビジウムを始め、家内が一生懸命世話をしています。
そして、改修をお願いした高校の同級生の経営する園芸店に春と秋の年二回来ていただいて、季節毎の花などを植え替えてもらっています。
フラワーガーデンは、小路と塀際の間の狭いスペースですが、階段状の花壇になっていて、家内のリクエストでイエロー、ピンク、ホワイト、ブルーと階段毎に色をそれぞれ統一した植栽になっています(ようです)。

 その中の、青い花を中心に植えているスペースには、最初私が植えたデルフィニウムなどが植えられていますが、その中でブルーデイジー(正式名称不明)が春と秋に小さな青い花を咲かせてくれました。その小さいながらも清楚な青を見ていると、愛らしく、また気品を感じます。 

 ここで、春に向けて、庭木の剪定と花壇の植え替えをしていただきました。アレンジは全て家内にお任せです。色々言うと揉めるので、ここは素直に「仰る通りで、全て結構でっす!」。



 混み過ぎたせいか、雑木林風ガーデンのヤマモミジの株立ちが半分枯れてしまい、結局根元から全部切っていただき、代わりに玄関のアプローチ横に植えたガクアジサイが移植されました。

花壇も、秋から春に向けて、葉牡丹、ガーデンシクラメン、ビオラ等がそれぞれ色別の区分けした花壇に植えられました。

「うん、漸くスッキリしたね!」
「はぁ、スッキリし過ぎでねぇスか・・・?」

 先週末、会社のメンバーとの飲み会で『雫石』に行きました。
以前いた事業所時代の部下の異動の歓迎会でもあり、二階の個室での宴席でしたが、日程の都合で東京からの出張帰りに上諏訪駅で降りて顔を出すと、女将さんから嬉しいお話が・・・。

「この前東京から見えたお客さんがね、インターネットのお店の記事をわざわざコピーして持って来てくれて、見せてくれたんだよぉ!」

 私メの書いた、このブログでのお店の紹介記事でした。
雫石には黙って勝手に書いたので、何も話してありませんでした。お店の応援をお願いした記事を見て、諏訪に来られた機会に、わざわざコピーを持って来ていただいたようです。本当にありがとうございました。
ということは、少しはPRになったのかなぁ・・・。

 帰りがけ。水揚げ再開なった釜石のご実家から、その日直送されて来たという大振りの秋刀魚をPRのお礼だからと渡されました。固辞したのですが、結局ありがたく頂戴することにしました。
この日は、あまり女将さんやマスターとも話が出来ず、「もう一つ、(ブログについて)面白い話があるんだよぉ!」という女将さんのお話は、次回来た時のお楽しみに取っておくことに。

 早速、翌日の夕食でいただいた秋刀魚は、復興に向けて頑張る東北の味がしました。うん、秋刀魚は東北に限る!