カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 前回の「三屋清左衛門残日録」をきっかけ、久し振りにまた読み返している藤沢周平作品。
映画化された作品も幾つかある中で、例えば山田洋二監督が映画化をした「たそがれ清兵衛」。しかし、原作では「たそがれ清兵衛」の由来である下城の時刻になるとすぐに家に帰るところ以外は、むしろ「たそがれ清兵衛」に一緒に収められている「祝い人助八」(ほいとすけはち)が映画のストーリーと殆ど重なっている(他に「竹光始末」も)のは良く知られたところだと思います(映画で、幕末に時代設定をした以外は)。
 久し振りに文庫版で「たそがれ清兵衛」に収められた全8作を読み返してみて、それぞれに趣がある中で、今回一番印象深かった作品は「日和見与次郎」でした。
本作では、与次郎を取り巻く、従姉の織尾もですし、また与次郎の妻の瑞江も魅力的に描かれています。藤沢作品では、主人公の生きざまと共にそれを彩る女性たちも実に印象的です。
 「これ、絶対映像化すればイイ作品になるだろうけどなぁ・・・。三作(注)で終わらずに、山田洋二監督の四部作目にしてくれないかなぁ・・・。」

 藩の権力争いで父の与していた派閥が敗れたために、家禄を半減された藤江家。父からの遺言で、藩の派閥争いには二度と加わるなという亡き父の教えの下、“日和見”と揶揄されても中立を貫く与次郎。
その貧乏侍の藤江家に嫁ぎ、貧乏暮らしのために本来の育ちの良さで子供の頃から明るかった瑞江からその明るさが消えたと思い、肩身の狭さを感じている与次郎。しかし、或る日与次郎の留守に訪ねて来た義兄と妹である妻瑞江のやり取りで、
 「いつまでもこんな長屋に住んで、外回りの小役人では仕方あるまい。」
と、自分の側の派閥に入る様に勧める兄に、
 「兄さまから見れば見るに忍び無い粗末な暮らしかもしれませんが、今の穏やかな暮らしが続けば出世などしなくともようございます。与次郎どのをそういう危険なあつまりに誘うのはやめて頂きます。」
と、きっぱりと派閥入りを断る姿に、凛とした清々しさを感じます。

 昔、縁談が決まった10歳も年上の美しい従姉の織尾に、自身の思慕の思いを告げずにはいられなかった15歳の年の藤江与次郎。その後すぐにそれを恥じて、付文を返してもらう際に、織尾から
 「このことは二人だけの秘密にします。でも、手紙は良く書けていましたよ。わたしの旦那さまが決まった後では、残念ながら手遅れでしたが・・・。」

 織尾の嫁ぎ先だった杉崎は若手の出世頭として藩主から重用され、藩の財政改革案を決定すべき重責を担い、藩を二分する権力争いに巻き込まれ改革案が取り上げられなかった派閥の黒幕から一族全員が惨殺され、屋敷を焼かれてしまうのですが、与次郎は杉崎の身に危険が迫りうることを知りながら何もしなかった自身を責め、処分された一派の陰に隠れ何もお咎めが無かったその黒幕に対し、従姉夫婦の仇を討ち果たす物語です。

 青春時代の甘酸っぱさと、慕う従姉を守ってやれなかった自責の念。
仇を討ち、闇の中を疾走しながら織尾の声が聞こえた気がした与次郎。
 「与次郎どの、今夜はずいぶんと手際のよろしいこと、お見事ですよ。見たのは私一人・・・。二人だけの秘密にしましょうね。」
 見事に仇を討った爽快さよりも、甘酸っぱさと悔恨の念でのほろ苦さを感じながら歯を食いしばって走る与次郎と共に、こちらも読後の余韻に暫く包まれていました。
【注記】
藤沢周平作品を山田洋二監督が映像化した時代劇三部作。第一作目の「たそがれ清兵衛」。二作目は「隠し剣 孤影抄」に収録されている「隠し剣 鬼の爪」と「邪剣竜尾返し」、更に短編「雪明かり」をベースにした「隠し剣 鬼の爪」。そして最後の三作目は、短編「盲目剣谺返し」を基に描いた「武士の一分」。