カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
正月の松の内も三連休も明けた1月第三週。
NYから帰国中の長女が、以前日本の大手企業の西海岸でのスタートアップビジネスをサポートするために、研修を兼ねて数ヶ月京都に滞在していたこともあって、この日本滞在中に当時の友人に会ったりするために京都に行くとのことから、我々もそれにかこつけて一緒に京都へ行くことにしました。
今回は次の予定もあったので、三泊での短い京都旅行です。長女は別件で先に行っていた東京からの新幹線移動で、我々とは京都で合流。そのため、我々はワンコも一緒に車で京都へ向かいます。コユキは何度も来ていますが、クルミにとっては初めての京都行です。
松本から京都へは330㎞ちょっと、4時間のドライブ。途中のトイレ休憩とワンコのオヤツタイムもふまえ、ゆっくり走るべく5時間前に出発。数日前には日本海側の降雪で関ヶ原でも13㎝の積雪があったと報道されていましたが、この日も松本からの中央道は時折吹雪いていて、その着雪のため途中でACCが作動しなくなってしまいました。そこで車のバンパーなどのフロントエリアのセンサー部分に付着した雪を落とすべく、恵那峡SAでワンコのトイレ休憩とオヤツを兼ねて我々も早めのランチタイムにしました。
松本から京都までは、長野県から岐阜県を経て愛知県の小牧JCTで東名に合流し、その後大垣辺りから再度岐阜県に入って雪の吹き溜まりとなる関ヶ原を経由して滋賀県を東西に縦断しながら、最後に大津から東山をトンネルで抜けて京都府へと、5つの府県を走行します。
その中で先ずは恵那山トンネルを抜けるまで、中信地方の松本から南信地方の飯田を超えて南北に長い県の半分を縦断するので、長野県だけで110㎞とルートの1/3を占めているため、恵那山トンネルを抜けて漸く岐阜県に入ると、気分的にはもう半分近く走って来た様な気がして何だかホッとします。その意味では、いつもは小さなドッグランもあることから尾張一宮PAで休憩するのですが、恵那峡SAも広くて気分的にはここで休憩するのも良いかもしれません。
恵那峡SAでセンサー部分への着雪を取ったので、休憩後ACCは無事復活しましたが、ACCがあると無いとでは右足の疲れ方が違い、高速道路の長距離ドライブでのACCの有難さを身に染みて実感します(但し、前に急に割り込まれるとACCはブレーキランプが点滅せずに急減速するので、後続車への注意が必要です)。
中央道から小牧JCTで東名に合流し名古屋を抜けて名神へ。昔教科書で習った“太平洋ベルト地帯”を結び、その物流を担う日本の大動脈ですから、走行する大型トラックの多いこと。その意味で、相互に補完する新名神は一部6車線化が遅れてはいますが既に全線開通済みなので、大いに新東名の全線開通が待たれます。
順調に走行し、ホテルのチェックインまでにまだ少し時間があったので、今回も京都東IC直前の大津SAで時間調整し、山科を抜けていつものドッグヴィラの在る京都東山のホテルへ無事到着しました。

というのも、インバウンドで大混雑する京都では、マナー違反行為が横行して住民とのトラブルが頻発するなど、“オーバーツーリズム”問題が盛んにマスコミで報道されていたので、ご多分に漏れず我々も京都へ行くのは躊躇していました。
しかし、今回中国が嫌がらせの“戦狼外交”で日本への渡航自粛を促した結果、傍若無人な中国からの団体客が減少しているとの報道もあり、だったら「今しか無いでしょ!」と二年振りに京都へ行ってみることにしました。




今回は嵐山や金閣寺など他の外国人観光客の人気スポットへは行っていませんが、外国人観光客に人気の清水寺界隈でもこの程度であり、他の南禅寺や平安神宮などの東山エリアはこれまでの京都にすれば観光客も疎らでどこもこれ以下でした。
また移動時の市バスでも、迷惑な大きなスーツケースを持った観光客も少なく、平安神宮周辺、二条から四条河原町、八坂神社や祇園などの東大路界隈でも、今回の滞在中に市バスが満員で通り過ぎるなどということは一度もありませんでした。
ですので、今回は何だかこちらが拍子抜けする程の“静かな京都”・・・なのです。これなら我々同様に、日本人観光客も京都にまた戻って来るのではないかと実感した次第。
今年の正月は孫たちが居て松の内の間に松本で行けなかった初詣と、地元で毎年行く小正月前の厄除けのお詣りを今回は兼ねて行った八坂神社も、お詣りをする本殿の3本の鈴緒の前には舞殿との間には参拝客の行列はありましたが、四条通側の西楼門の石段も外国人観光客含めパラパラとしか観光客の姿は無く、思ったよりも空いていました。



しかも、中国からの観光客の多くは現地の旅行社が現地決済で斡旋し、旅行客の中には日本に来ても中国人の経営する時に違法な民泊に宿泊し、中国人の営む白タクで移動しての観光も多いと云います。そんなケースでは、日本への旅行でも中国資本傘下の世界の中で金が回るだけで、せいぜい日本に落ちるのは土産物の購入代くらいでしょうか。
特許や順法意識などお構い無しで、マネをした商品を自国の巨大市場で販売出来る恩恵で国が豊かになって、今や“同じ様なモノ”が自国でも購入出来る様になり、また更には最近の中国Z世代を中心とした自国ブランド購入志向の愛国的“国潮”消費もあって、昔の様な来日しての爆買需要は今はありません。だったら、インバウンドが落ち着いた今の方が日本にとっても、京都にとっても良いのではないだろうか?


シンガポールに赴任していた時に、日本へ出張帰国して来ると、同じ顔をした単一民族しか見ないことに異様な感じがしました。排他的ではなく、グローバリゼーションの恩恵を受けて来た日本ですので、多民族国家のシンガポールまではいかずとも、日本社会ももっと多様化すべきではないかとも感じました。
そして、国外に出たことによって、より一層自分が日本人であることをイヤでも意識せざるを得ず、その結果日本人としてのアイデンティティーを確立すべきことを認識しました。ですので、多様化するからこその、先ずは“日本ありき”であって、決してそこには日本人中心主義的での排他的な意識はありませんし、またあってはならないのだと思います。
国を愛することがどうして“右”なのか?自分の国を愛してはいけないのか?
こうした発言をすると、我が国ではややもすればすぐに右だ左だという短絡的且つ断定的な色分けがされてしまう。
しかしそうではなく、その国で暮らす(≒所得を得て生活する)なら当たり前にその国のルールに従う必要(=先ずはその国で得た所得に対する税金をその国にキチンと払う)があります。もし従いたくなければ出て行けば良い(=脱税するのではなく税率の低い国に移る)のです。
シンガポールが或る意味で秩序が保たれているのは、狭い国土という国の統制・管理のし易さもありますが、“Fine City”と揶揄される様な罰金国家であることもその大きな理由でしょう。
例えば、シンガポールには(以前は金融、最近はバイオなどのエリート層の海外からの人材やシンガポール人夫婦の共働きをサポートするための)フィリピンやインドネシアなどからの住み込みのメイドさんがたくさんいます。現地ではアマさんと呼ばれるそのメイドさんたちは、全員メイド用のWork Permitで働いているのですが、今では半年毎に雇用主負担での妊娠監査が義務付けられていて、もしシンガポール人や永住権保持者と結婚して妊娠する以外の場合の妊娠が分かると、即座にビザが失効し、帰国費用は雇用主負担で国外退去となり、母国に強制帰国させられてしまうのだそうです。それを外国人労働者差別なり人権侵害と批判することも出来ましょう。でもシンガポール政府は「イヤなら(稼ぎに)来るな!」という方針を変えることは決して無いでしょう。
余談ながら、15年近く前に久し振りのシンガポール出張で驚いたのは、朝散歩をするワンコの多かったこと。我々が暮らした90年代には全くと言って良い程見られなかった光景ですが、それ程国の生活水準が上がり、それ程国の生活水準が上がり、日常の生活にも潤いを求める様な“ゆとり”が生まれたのでしょう。
と言うのも、例えば私が赴任した1987年当時のオフィス内のグリーンインテリアの鉢は全て人工観葉植物で、今では“フェイクグリーン”と呼ばれる程本物と見間違う程精巧なモノもありますが、当時は如何にも人工と分かる様なモノでしたので、私などからすれば熱帯のシンガポールでは蘭や観葉植物の鉢植えが驚くほど安く、まるで“天国”の様に感じて赴任中は何鉢も買って自宅に飾って楽しんだのですが、ローカルのスタッフ曰く「生の植物は枯れてしまうので、そんなモノにお金を使うのは勿体ない!」という“ゆとり”とは或る意味対極的な意識だったのです。
しかし良く見てみると、そのワンコたちを散歩させているのは全員がメイドさんだったので、仮に犬を飼う“ゆとり”が生まれたとしても、これでは真の愛犬家とは言えないのではないかと疑問にも感じたのですが、片やメイドさんたちからすれば犬の散歩は(ウルサイご主人さまから逃れて)街で知り合いのメイド仲間とペチャクチャ喋りながら、一時間近くのんびりと散歩出来る“至福”の時間なのかもしれないナ・・・とも感じた次第です。
インバウンドの団体客が減って喧騒が消えウソの様に静かな京都で、スムーズに移動する市バスの中から何だか落ち着いた雰囲気が漂う京都の街並みを見ながら、そんなことまで考えた今回の京都行でした。
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