カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 日経の8月の「私の履歴書」は、第218世別当で東大寺長老の森本公誠さんが執筆されていますが、仏教徒でありながらイスラム学者(京大大学院でイスラム学を専攻し、実際にカイロ大学にも留学)という経歴への興味もさることながら、その文章中の件で気になった部分がありました。
 それは、8月17日掲載の「私の履歴書⑯」。
東大寺での修行「四度加行」を紹介された中で、キツイので結構「脚に身が入る」との文章でした。特段の解説も無く、普通に使っておられました。
この「脚に身が入る」との言い方は、その前後の繋がりから筋肉痛を指した言い回しだと思いますが、同じ言い方が、ここ松本地方でも使われていて、諏訪出身の家内は松本に来るまで聞いたことも無かったと言いますので、てっきり松本地方の方言だとばかり思っていました。

 森本さんは勿論長野県出身ではなく、地元関西(兵庫県姫路市)のご出身です。
「やっぱり、これって標準語じゃないのぉ!?」
と息巻く私に、「ンな訳無いジャン!」と、言下に否定された奥さまが早速ネットで調べてみると、むしろ関西で使われる言い回しなのだとか(但し、関西では、身が「はいる」と言うこともあるそうですが、信州は身が「いる」と言います)。
しかし、私メも学生時代は京都でしたが、「身が入る」という言い回しは、周りで聞いた記憶がありませんでした。
子供の頃から、筋肉痛になると皆普通に「身が入(い)ったー!」と周りも含めて使っていたように思いますが、関西と信州松本地方と遠く離れた土地で、飛び地的に同じ言い回しが使われていると知り、何だか不思議な気がしました。

 ただ、昔は京都が日本の首都ですから、都言葉が次第に地方に拡がっていったのは極自然なこと。しかし、なぜ信州松本周辺にだけ残っているのかは分りません。平家の落人伝説があるという旧長谷村(伊那市長谷)のように、山深いが故に平安言葉が残った訳でもないと思いますが・・・。
いずれにしても、いとをかし・・・。

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