カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 中国が香港の民主化運動に対し反抗すべく、国際協定を無視し、香港の頭越しに全人代で決めてしまった「香港国家安全維持法」。これにより、雨傘運動などで揺れた香港で、デモや民主化運動などに参加すれば直ちに逮捕され、場合によっては終身刑に処されるという可能性すらあることから、“民主の女神”等のこれまで民主化をリードしてきた若者などの離脱・脱退が相次いでいます。しかし、彼らを弱虫として批判することなど出来よう筈もありません。どうして国際社会は、特に国際協定を結んだ当事者である英国は断固とした抗議をしないのでしょうか。

 中国は、正しく“中華思想”の国であって、自分だけが正しく自分以外は正しくない、諸外国は皆中国の足元に跪くべき、外交とは中国に対する朝献外交以外はあり得ない・・・としか考えていないのです。

 鄧小平が「白でも黒でもネズミを捕るのが良い猫だ」と、開放政策を推し進め、その結果、14億という(将来的な)世界最大の市場誕生可能性を餌に、国営企業との合弁を条件に外国企業を誘致し先進技術を導入し、やがてその技術を我が物にし、模倣でも何でも気にせず世界最大の自国市場で売り上げを伸ばし、結果として為替交換により、貨幣価値としての経済力を伸ばしてきた・・・。
プライドだけではなく、物理的にもそうした経済力という資本主義経済における“公平なパワー”を武器にして、嘗ては思っても(物理的なパワーが無かったために)口に出来ず行動も出来なかった4千年来の“中華思想”的行動に出たに過ぎません。中国にすれば、漸く少なくとも数百年前、おそらく清国乾隆帝時代までの中国が世界の中心だった(と自負していた)時代に戻っただけなのかもしれません。

 しかし、そうしたプライドを満足させるパワーの源泉は、確かに鄧小平以降の開放経済の政策に拠るところ大にしても、それを下支えした深圳や広州などの経済特区や解放区は、少なくとも香港という自由貿易港があったからであって、香港の存在無くしてはこれまでの中国の経済的発展はあり得なかった筈です。
昔、私がシンガポールに赴任していた同時期に、香港に赴任していた同期の友人がいみじくも言っていたのを思い出します。
 「香港では、大学で習った経済学の教科書通りのことが起こっている。これ程分かりやすい自由な市場は無い。」
変な思想や思惑、人間や国家のシガラミも関係なく、市場が経済の理屈や理論通りにちゃんと動いている・・・。
当時、積極的に海外から誘致した企業が、深圳や広州が安い賃金と豊富な労働力を武器に、“世界の工場”としていかに製品を作ろうが、一日でも一時間でも早く、世界にモノを届けるという自由貿易港としての香港、そしてその流通や生産を支える金融市場としての香港のパワーがもしなかったら、中国は今日の様な“世界の工場”足りえなかったのであって、中国の経済的発展は香港が在ったからに他ならないのです。
確かに、市場としての価値は香港にはありませんが、共産主義国家の中国が恩恵を被ったのは、(しかも、それは宗主国として単に植民地からの恩恵を欲しただけのイギリスが結果としてもたらした)政治的色彩の無い自由主義的な香港の金融市場とそれに裏打ちされたスピーディーな自由貿易港である香港があったからに他ならないのです。

 14億人という世界最大の自国市場を持ち、例えニセモノを売ってもその貨幣を国際金融市場の中でドルに交換できれば世界で通用する価値を持ち得る。そしてその大きさこそが世界でのパワーとなる。今や世界第2位の経済大国となった中国が(経済力のみならず、中華思想に則った民族としてすべてにおいて)優越感と自信を持ったことは間違いありませんが、その源泉は、背景には自由な香港が在ったことを忘れてはならないのです。
自国内市場だけで生きていくのであれば別ですが、貿易による経済立国を目指すのであれば“掌中の珠”とでもいうべき香港の重要性を忘れ、或いは香港など無くても中国は大丈夫だと過信しているとすれば、今後も14億という物理的な市場規模は存続し得ても、世界に発信するという“世界の工場”としての優位性は無くなり、“世界の工場”としての重要性は灰燼に帰する筈です。
そうなった時に、香港を失ったことの重要性に漸く気が付いて後悔しても遅いのです。

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