カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 これまでCDやYouTubeなどで聞いてきた落語家の中で、是非生で一度聴いたみたいと思っていた噺家の一人が古今亭菊之丞師匠です。
その菊之丞師匠が8月21日の松本落語会第559回に登場すると知り、これを逃すとまたいつ生で聴けるのか分かりませんので、今回聴きに行くことにしました。会場は伊勢町に在るMウィング(松本中央公民館)で、夕方6時半開演です。(*最初と最後の写真は、落語協会と師匠の公式サイトから拝借しました)
 古今亭菊之丞・・・落語界の名門古今亭の今や金看板。師匠は子供の頃からの落語好きで、中学生の頃には一人で鈴本に通い、学校の落語クラブで「芝浜」を演じたのだそうです。
1991年高校卒業後に2代目古今亭圓菊に入門し、2003年に真打昇進。前年にはNHK新人落語大賞を受賞しています。因みにお互いバツイチ婚だったそうですが、奥さまはNHKの藤井彩子アナウンサー(女性アナとして初めて甲子園実況をされ、現在は名古屋放送局所属)で、奥さまが司会を担当されていたNHK-BSでの寄席番組がきっかけだったとか。
名前からして歌舞伎役者染みて艶っぽい江戸落語の噺家であることは以前から知ってはいましたが、何となくわざとらしくも感じられる話し振りで、正直然程好きな噺家ではありませんでした。
ところがコロナ禍で生落語が聴けない時に、ネット検索していた中にあったのが、菊之丞師匠の演じた「法事の茶」というネタで、コロナ禍でしたので、無観客での寄席から中継されたという「デジタル独演会」のYou Tube動画でした。因みに、この「デジタル独演会」は、当初無観客の寄席からの配信に気乗りしなかった師匠に、奥さまの「時代に乗り遅れちゃだめ!」の一言で始めたのだとか。NHKの藤井アナ、さすがです!
「法事の茶」は所謂幇間噺なのですが、出てくるのは鬼籍に入られた名人が多く、その師匠それぞれの出囃子の中を舞台袖から出て来る時の歩き方を含めて真似をされて高座に上り口真似をするので、動画でないと音声だけではその面白さは半減してしまいます。つまり、声帯模写だけではなく“形態模写”も含めて演じるネタですので、余程の芸達者でないと務まりません。
ご自分の師匠の2代目圓菊を始め、圓生(5代目円楽の師匠)、正蔵(彦六、大喜利で弟子だった木久扇師匠が良くモノマネをしますが、菊之丞師匠も全く負けていませんでした)、談志(見た目もそっくり!)、そして現役の私メの好きなさん喬師匠と、どれもこれも特徴を見事に捉えた芸達者ぶりに「ほぅ~っ」と溜息をつきながら感心するばかりで、思わず画面に向かって「イヨッ、上手い!」と掛け声と共に中手で拍手をしていました。
そのため師匠の落語に興味を持って他のネタも聞いてみましたが、「法事の茶」の様な“イロモノ”ではなく、古典落語の大ネタも芸達者だけあって上手い。是非、生で聴いてみたいと思っていた中での今回の松本落語会でした。
 この日、一緒に一門の二ツ目古今亭佑輔さんも高座に上がりますが、噺家としては異色の経歴。
彼女は高校卒業後に二年間アメリカに留学したのですが、そこで他国の友人から日本の文化について聞かれ何も答えられなかったことを恥じて、帰国後東洋大学在学中に聞いた古典落語に惹かれ、その時の噺家だった金原亭世之介師匠に2016年に入門して20年には二ツ目に昇進するのですが、その後落語家を廃業。しかし、22年に再び古今亭志ん輔門下となって古今亭佑輔と改名したのだとか。しかも、同じ協会とはいえ異例の二ツ目のままでの入門を認められたのだそうです。
従って菊之丞師匠の直弟子ではないのですが、コロナ禍以前に一度師匠と一緒に松本落語会に出演する予定だったのが、コロナのためにキャンセルされてしまっていたことから、今回改めて師匠が彼女に声掛けをしての出演とのことでした。
因みに菊之丞師匠にも直弟子がおられ、昨年二ツ目に昇進した古今亭雛菊さんです。先述の「デジタル独演会」では、前座時代のまめ菊として師匠自身に教えて貰ったという前座噺の「元犬」と「転失気」をネタおろしで明るく元気に演じていました。彼女は諏訪市出身ですので是非故郷で演じて欲しかったのですが、今後きっとそんな機会もあることでしょう。愛嬌のある天然キャラなので落語家に向いていると思います。
余談ですが、何と二ツ目昇進と誕生日と配信日が重なったそうで、師匠の女将さん(手と声だけで顔は写ってはいませんが、藤井彩子アナウンサー)がサプライズで用意してくれたというお祝いのバースデイケーキの蠟燭を吹き消して、ケーキを食べるシーンがありました。
 さてこの日、最初に古今亭佑輔さんが高座に上がって演じたのは「雛鍔(ひなつば)」。仲入り後に「壺算」。これは同じ古今亭一門の人気噺家でもある桃月庵白酒師匠に稽古を付けてもらったネタとか。上げてもらった時に、白酒師匠が「アホな登場人物も意外と向いている」と評してくれたそうで、それを佑輔さんが、枕で自身を“アホ”とくすぐってみても、大学時代にミスコンに選ばれたという程の美人なので謙遜(悪く言えば嫌味)にしか聞こえない・・・客席が受けないのです。同じ美人でも蝶花楼桃花師匠の様な愛嬌のある美人では無く、宝塚の男役の様な(へアスタイルもボーイッシュなショートカット故に余計)“男装の麗人”的な美人なので尚更なのかもしれません。
これが桂二葉だと、あの甲高い声と住吉生まれという生粋の大阪弁とマッシュルームカットもあって(彼女自体は可愛くて愛くるしいのですが)、一言「アホちゃうかぁ、思いましてん・・・」と言うだけで“アホ”ぶりがどっと受ける・・・。
「女流落語家として美人というのも、何だか可哀想だなぁ・・・」とつくづく考えてしまった次第です。
しかし噺自体は悪くない、下手でも無い。本人の落語への一途さも伝わって来る。そして感じた彼女の一番良いところは、声がイイこと。声が女性特有の甲高さ(二葉さんはむしろそのタイプです)が無く、声質が太くアルトなので大家さんとかご隠居とか男役を演じても他の女流落語家の様な違和感が無い。そして女将さんとか花魁とかを演じれば、逆に美人ゆえに色気や艶が感じられる武器もある。
ですので、決して“美人”で売らず(売らなくても一目瞭然ですので)且つ女流であることを活かして、古典落語という王道で“もがきながら”是非頑張って欲しいと思いました。

 さて、この日の高座一席目にお目当ての菊之丞師匠が演じたのは、夏らしく「野ざらし」でした。さすがに「法事の茶」は地方の落語会で演じるのは無理なのでしょう。今は亡き名人師匠たちの出囃子を即興で弾けるお囃子さんが居ないと・・・。
さて、「野ざらし」は長屋に住む浪人の先生の所に、前日向島に釣りに行って針に引っ掛かった、その昼間の骸骨という若いキレイな女の幽霊が深夜にお礼に訪ねて来たというのを知った隣の八五郎が、「あんな美人なら、自分の所へも・・・」と先生の竿を借りて釣りに行き、土手で湯屋番と同じ様に一人で若い女とのやり取りの妄想を演じるという噺。
従って、怪談話ではなくむしろ滑稽話なのですが、幽霊が登場するので夏に相応しいネタです。ただ、本来のサゲが現代では馴染みが無く分かり辛いということから、この日もサゲ無しで「野ざらしの一席でした」と、途中で終わられました。
そして、今回のトリで演じた本寸法の大ネタは「淀五郎」でした。
枕で「季節に合わせて(一席目の幽霊が出る「野ざらし」同様に)夏らしいネタを」と断って、忠臣蔵を持ち出して笑わせてから演じられました。
確かに師走恒例の演目である、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」前半のクライマックスの四段目が題材の、この「淀五郎」。
江戸時代、座長市川団蔵が務める大星由良助が、九郎判官の代役に大抜擢した若い歌舞伎役者の沢村淀五郎。しかし判官の芝居が上手く出来ず座長の団蔵に「死んじまいな!」と叱責され、翌日本当に死ぬ気になって、その前に日頃世話になっていた名人中村仲蔵の元を別れの挨拶にと訪れ、そこで仲蔵からアドバイスを受けて翌日見事に判官役を演ずるという噺。なおこの名人「中村仲蔵」もまた「仮名手本忠臣蔵」の中の“弁当幕”と云われた五段目を演じて大評判を取る様が落語と講談の演目にもなっています。
この「淀五郎」などは歌舞伎モノだけに、劇中の歌舞伎役者の声色を真似て演じなければならず、また滑稽話でもなく、それだけに演ずる噺家の聴かせる力量が問われるネタです。
因みにこのネタは「どうらく息子」の中にも登場するので、読んで知っていましたが、切腹した判官の側に漸く駆け寄った由良助役の団蔵に、判官役の淀五郎が最後に掛ける一言「待ち兼ねた・・・」でサゲになります。いやぁ、さすがでした。
 それにしても、菊之丞師匠は噺家として気品と色気もあって、着物姿も良く似合っているので、古典落語の世界で“江戸”を感じさせてくれる噺家だと思います。刊行されているDVDなどを見ると、「明烏」や「たちきり」、「片棒」、更に本来古今亭一門のお家芸という「火焔太鼓」、そして「愛宕山」などが取り上げられているので、特に色気のある花魁や江戸の若旦那を演じさせたら絶品なのだろうと思います。
初めて生で聴かせてもらった噺家古今亭菊之丞。「イヨッ、丞さま!」と大向こうから掛け声が掛かりそうな、期待通りの、そんな「淀五郎」でした。