カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 今年も毎年恒例の箱根に行って来ました。
例年ですと箱根が桜の時期を迎える4月中旬前後なのですが、今年は孫たちが4月初旬に春休みを利用して松本に来て、最後は軽井沢のドッグヴィラにも行っていたので、今回は5月中旬、且つ滞在もいつもより短めの3泊4日での箱根行となりました。
行きはいつも通り、中央道で大槻から富士吉田を経由して、東富士五湖道路を経て御殿場から箱根へ登ります。所要時間は3時間ですが、途中ワンコたちの休憩とランチタイムを含めて、ゆっくり走って4時間の行程です。
 途中双葉SAでワンコたちのトイレとオヤツタイムの休憩をして、乙女峠の「FUJIMI CAFE」で今回もランチにしたのですが、残念ながらこの日の富士山は雲の中で、その雄姿を見ることが出来ませんでした。
そして、いつもの「相原精肉店」と「箱根のJAコープ」で食料品の買い出しをしてから、仙石原のいつものドッグヴィラにチェックイン。
この日はどこも出ずに、温泉にゆっくり入って相原精肉店で買ったお惣菜で夕食を済ませ、この日の松本から箱根までの運転で多少疲れたこともありますが、翌日に備えて早目に就寝しました。

 翌日、本来は我々としての今年の登山シーズン解禁で、恒例の金時山に二年振りに登るつもりでいたのですが、朝起きた感じでは晴れの天気予報よりも実際は雲が多目。そこで、登山は翌日に回すことにして、この日は滞在中のもう一つの目的だったポーラ美術館へ午前中行くことにしました。
「箱根の自然と美術の共生」をコンセプトに、樹齢300年を超えるというブナやヒメシャラなどの国立公園箱根の“森の中の美術館”。まさに森と一体化したかのように緑の中に佇むポーラ美術館は、建築そのものも一つの作品の様に感じられ、都会にある美術館とはまた違って、何度訪れても毎回訪れる度に確かにそのコンセプト通りに癒される気がするのです。
 そのポーラ美術館の今回の企画展は、『Spring わきあがる鼓動』。その解説をお借りすると、
『春、生命が再生する時間。テクノロジーが社会を覆い尽くす現代において、私たちは身近な自然の驚異や足元に広がる土地の記憶、そして人間の内なる根源的な力を見つめ直し、いっそう鋭敏に感じ取ろうとしています。本展覧会「SPRING(スプリング)わきあがる鼓動」は、アートにおける飛躍する力に光をあて、人間やこの世界の奥底から春の芽吹きのようにわきあがる鼓動を宿し、私たちの存在と感性をゆさぶる絵画、彫刻、工芸、インスタレーション作品を紹介します。
ポーラ美術館は、古くから人々の心身を癒し、感性を研ぎ澄ます場として旅人を惹きつけてきた箱根にあります。本展覧会では、この地に培われた風土と記憶を出発点に、過去と未来、ここから彼方へとつながる想像の旅へ皆様を誘います。静かに、あるいは力強くわきあがる作品の響きと共鳴し、時空を超えて豊かに躍動する創造の鼓動をご体感ください。 』
とのこと。
(下の写真は、企画展のプロローグ作品 大巻伸嗣「iminal Air Space-Time」:空間その全体を作品とみなすinstallation)
 企画展の最初は、「この地の風土」として、箱根を描いた浮世絵からスタートでした。
その中で個人的に気になったこと。
それは、あの有名な歌川広重の東海道五十三次の「箱根湖水図」と、歌川国貞の通称「美人東海道」と呼ばれる「東海道五十三次之内 箱根之図」の箱根の山の形と色使いが全く同じだったことでした。
展示にはそれについての解説が無かったので、後日調べてみました。ネットでの検索結果をそのまま記載します。
『初代歌川広重の風景画「東海道五十三次 箱根湖水図」と、歌川国貞(三代豊国)が描いた「美人東海道」などの作品で色使いや背景が一致するのは、国貞が広重の風景画を背景画としてそのまま借用(パロディ化や引用)して描いたためです。具体的な関係性は以下の通りです。
背景のオマージュ:役者絵や美人画の大家であった国貞は、広重の風景画が大ヒットした際、自身の美人画の揃物「美人東海道」などにおいて、広重の「箱根 湖水図」の奇抜な山並みや構図を背景として流用しました。
色使いの共有:広重の木版画特有のモザイク状にデフォルメされた山や、色鮮やかな多色刷り(錦絵)の色彩が、国貞の作品の背景としても同じ版元(版木)または同じ配色を元にして摺られたため、共通の色使いが見られます。』
歌川派の三代目を継承した国貞と当代きっての売れっ子絵師だった広重は、弟弟子の国芳と共に歌川派の三大絵師と呼ばれる兄弟弟子で共作もしており、この二つの絵も最初から意図的に描かれたものだったのです。
         (杉本博司「富士図屏風 大観山」6双写真屏風)
 今回の『箱根をはじめとした東海道の風景から触発された表現を、江戸時代から現代に至るまで横断的に紹介』した企画展。作品毎の解説無しに印象に残った作品の幾つかです(参考までに今回の展示されていた作品は、ピカソとレオナール・フジタ以外は全て撮影OKでした)。
   (クロード・モネ「国会議事堂、バラ色のシンフォニー」と「睡蓮の池」
           (ヴィンセント・ファン・ゴッホ「アザミの花」)
(ポール・シニャック「オーセールの橋」とアンリ・ルソー「エデンの園のエヴァ」)
(手前に置かれているのが小川待子「結晶と記憶:5つの山」 と
奥の壁に掛けられているのがパット・ステア「Waterfalls of Ancient Ghosts」)
(下の写真が企画展のエピローグとしての作品 名和晃平「PixCell-Deer」)


そして、因みに今回私が一番見たかったのは、その企画展ではなく常設展で展示されていた、以前記念切手の図案にもなった岡田三郎助の「あやめの衣」でした。



(他に、村山槐多「湖水と女」とピエール・オーギュスト・ルノワール「レースの帽子の少女」)

 それにしても今回もポーラ美術館で感じたのは、美術展を見た後で散策した、昨年は雨で歩けなかった美術館の周囲に拡がる広大なヒメシャラの森の野外彫刻の遊歩道を含め、この地に美術館建設を決意した創業者(二代目だそうですが)の、正にノブレスオブリージとでも言えるその精神が今もしっかりと息づいているポーラ美術館と、以前見終わって正直“反吐を履きそうだった”程に嫌悪感を禁じ得なかった成金趣味の岡田美術館との、同じ箱根の地に在りながら、或る意味好対照とも言えるその精神性の違いについてでした。
どう作品を見る者に伝えるかと趣向を凝らしたポーラ美術館と、片や金に任せて収集した作品をこれ見よがし的にただ“見せてやる”的な展示で、作品の背景などに関する詳しい説明も無く鑑賞順路の掲示もいい加減だった岡田美術館。唯一評価出来るとしたら、海外に渡った日本美術を買い戻したことでしょうか(記載に疑義を感じられた方は、その内容について第1386話を参照ください)。
今回の展示作品でピカソとレオナール・フジタ以外は全ての作品が撮影OKだったポーラ美術館と、片や入館時に受付で携帯やカメラなど一切持ち込み禁止でロッカーに預けさせられ、更に空港の様なX線のセキュリティーチェックを受けて初めて入館が許された岡田美術館。その姿勢の差もまた然りなのですが・・・。

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