カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 7月中旬、大学時代のサークル(混声合唱団)の同期と後輩のメンバーが同期会を兼ねて松本へやって来てくれました。
私が不義理で京都などでの同期会へは一切行かないので、学生時代にサークルの夏合宿を毎年栂池で実施していたこともあり、彼らが久し振りに信州への旅行を兼ねてやって来てくれました。それに合わせて松本在住の先輩後輩も夜の飲み会と昼のランチにも合流してくれたので、久し振りの“松本OB会”も併せて実施することが出来ました。
 さて、その際に聞いてびっくりしたこと。それは、コロナ禍も手伝っての大学の合唱界への“逆風”でした。
我々の所属していた混声合唱団は現在団員が20名ほど。そして、全日本合唱コンクールで優勝(金賞受賞)したこともある男声合唱団はナント解散してしまったとのこと。憧れのグリークラブだっただけに、ショックで信じられませんでした。しかし、ミサや礼拝などで聖歌隊として定期的に奉唱するミッション系大学の合唱団を除くと、関西の有力大学の男声のグリークラブや混声合唱団は今どこも皆同じ様な状況なのだそうです。
 そんな現状とは対照的に我々の学生時代を過ごした1970年代後半は、アマチュア合唱の全盛期と言っても決して過言では無かったと思います。

事実、男声合唱では関学や同志社、早稲田や慶應といった東西の大学のグリークラブが我が国の合唱界の頂点でしたし、混声でも社会人のアマチュア合唱団(「京都エコー」など当時の有力なアマチュア合唱団から選抜されて結成された、架空の“日本アカデミー合唱団”)が歌って東芝EMIの「現代合唱曲シリーズ」のLPレコードが当時発売されていました(手持ちのLPの中の「現代合唱曲シリーズ」。混声合唱組曲「水のいのち」と「岬の墓」で「筑後川」も収録)。そのシリーズの中の男声合唱の曲は、その多くが東西有力大学のグリークラブの演奏でした(同じく「現代合唱曲シリーズ」がその後「合唱名曲コレクション」としてCDで再版された中の、男声合唱の「雪明りの路」で「富士山」、「在りし日の歌」、「冬の日の記憶」が収録されていて、合唱は関学グリー、日本アカデミー合唱団、同志社グリーです)。
 その“逆風”の原因には、現代社会の少子高齢化の影響もありましょう。また趣味的サークルというより体育系に近い合唱団という性格が、現代の若者気質には段々馴染めなくなってきているのかもしれません。
私の頃の学生時代、各大学の合唱団は混声も同声も皆100人近い団員を有していました。それが次第に減少し、そして決定的にダメージを与えたのがコロナ禍だったと言います。
集団で密になること、口を開けて大きな声で歌うこと・・・。合唱練習での当然の営みが、「密を避ける」、「飛沫感染を防ぐ」というコロナの感染対策に逆行し、中にはコロナそのものの感染源として疑われたケースもあったそうです。
そんな中で合唱を続けるために、プロからアマチュアの合唱団まで、合唱界では実に様々な努力がなされていました。
コロナ禍の当時の合唱界では、練習や演奏会の大幅な自粛、マスク着用の義務化、ソーシャルディスタンスの確保など、多大なる制限と向き合うために、全日本合唱連盟などが示した指針やガイドラインに基づき、前後左右の十分な間隔(前後約2m・左右約1m)の確保や、飛沫防止用マスク・フェイスシールドの着用が行われ、学校や合唱団ではオンラインでのリモート合唱(動画の組み合わせ)の導入など、昔合唱に携わったことがある人間からすると(あんなフェイスガードを付けたら、歌いながらの息継ぎはぞ苦しかろうと)正視するのがつら過ぎる様な、涙ぐましい努力がされていたことを思い出します。
因みに、そんなコロナ禍当時の状況を、例えばプロの合唱団である東京混声や東京藝大の声楽科の皆さんなどのリモート合唱を、当時配信されたYouTubeで今でも視ることができます。

 そんな最近の合唱界について、全くのど素人ながら最近感じていたことも含めて、少し考えてみたいと思います。

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