カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 演奏会での拍手のタイミング、意外と難しいですね。
小品を集めたステージと交響曲では違いますし、ジャズもソロプレイのどこで拍手してイイのか分からないし(Jazzの場合は、感動したところでイイのでしょうけど)・・・。
ただ、クラシックの演奏会で絶対的に言えるとしたら、フライングはご法度で、演奏が終了した後・・・でしょうか(如何にも、自分はその曲を良く知っていると言わんばかりに即座に拍手する輩がいますが、曲は知っていても音楽を知らないと自ら示しているような、バカ丸出しの行為です)。
オーケストラであれば、演奏が終わって指揮者が指揮棒を降ろした時でしょうし、ピアノ・リサイタルならばペダルから足が離れた時(それまでは演奏中)。
例えば、運命のような終楽章のフィナーレと、マーラー9番の消え入るような終わり方では、指揮者もその降ろし方も全く違いますし、我々聴衆自体もその余韻に暫くは浸っていたいので、それを打ち破るような拍手や掛け声は、どんな感動的な名演奏であったとしても厳に慎むべき最低限の演奏会マナーでしょうか。

 それとブラヴォー。本来はイタリア語の形容詞なので、単数・複数、男性・女性では語尾が変化し、女性奏者であればブラーヴァ、男性も複数だとブラーヴィ、女性複数だとブラーヴェだそうです(bravoの語尾がo/a/i/eとそれぞれ変化)。従って、男女のソリスト或いは混合のカルテットだと、ブラヴォーだけだと厳密には男性奏者への賛辞ということになります。因みに、オーケストラは個体とみなされますが、もし指揮者が好演した楽器奏者を立たせたならば、今や弦だけではなく管の首席などにも女性奏者が増えていますので、その奏者の性別次第でしょうか。
しかし、イタリア語が語源だとしても、bravoは英語にもなっているので、英語は性別で変化しませんので、イタリアでの演奏会でなければそれ程神経質になる必要はないのかもしれません(但しモノの本に拠れば、オペラはイタリアが本場で歌手もイタリア語が分かるので、使い分けた方が良いとのこと)。
しかし、以前のNHK-FMの「きらクラ」で、チェリストの遠藤真理さんが、上記のような演奏会で、もし「ブラヴォー!」だけだと、「私の演奏に対しては無い(=演奏が良くなかった)のかと思ってしまう」と仰っていましたので、うーん、難しいなぁ・・・。小菅優さんのリサイタルでも「熱情」の後に掛かったのは、「ブラヴォー!」としか聞こえませんでしたが・・・?
斯く言う私メ。これまでの30数年間の中で、自然と「ブラヴォー!」と声が出てしまったのは、たった一度だけ。
その唯一のブラヴォーは、十束尚宏さんが客演指揮されたSSO(シンガポール交響楽団)定期演奏会でのメイン、R.シュトラウス「ローゼン・カバリエ」(歌劇「バラの騎士」組曲)のフィナーレでした。

 さて、今年最後のコンサートは、21日のハーモニーホールでのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)松本公演。暮れも押し迫ってのコンサートで、演奏会では珍しいブラームスの“ダブルコンチェルト”と、ベートーヴェンの(と言えば年末恒例は“第九”ですが、今回は“さに非ず”で)“運命”。ここは、全国各地の第九に負けず、景気良く締めてもらいたいものですね。