カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 長女は4年ほど前、社長を務めているコンサル時代の上司から請われ、米国事業を担当しいずれ現地に赴任するという条件で某上場企業に入社したのですがコロナ禍で予定が変わってしまい、片やMBA卒業後にそのまま米国で就職し、既にグリーンカードも取得して今はNYで働いている婿殿と一緒に暮らす予定だった彼女としては、完全に計画が狂ってしまいました。
そのため、その会社でも執行役員として実績も上げつつあったのですが、2年程前にすっぱりと辞めて米国系企業に転職。その会社は、もしポストが空けば社外からの採用だけではなく社内からも応募が可能なので、併行してグリーンカードも申請しながら、NY本社の募集も待って日本支社で働いていました。
そして、転職したそのオフィスはアークヒルズにあるので、以前の虎ノ門からオフィスに近い麻布台のマンションに2年間に引っ越して暮らしていました。

 家内は以前の虎ノ門時代から頻繁に娘のマンションに滞在していたのですが(同じ“親子”でも、母娘と書いて「おやこ」と読む様に、羨ましい程に母と娘は本当に仲がイイ!)、麻布台に引っ越してからはすぐ近くの麻布台ヒルズは建設工事からオープンまでつぶさに見ており、またそこだけではなく、六本木ヒルズや、以前のマンションの対面に在った虎ノ門ヒルズなど、虎ノ門時代から、長女のマンションに滞在中はちょくちょく朝のウォーキングなどで虎ノ門や六本木界隈を歩き回っていたので、(“田舎のネズミ”を隠して、似非)“港区女子”の如く良く知っていて、たまに私メが上京すると、まるで自分の庭の様に“港区グルメ”などを案内してくれました。
(・・・とまあ、私メにも滞在中に念願だった定席に行ったり、いつも母親だけでは可哀想だからと、私のたまの上京の折にはサントリーホールのコンサートに娘が連れて行ってくれたりと、“お零れ”が全く無かった訳ではないのですが・・・、おかたじけ!)
そんな家内にとって“輝かしい”夢の様な似非“港区女子”ライフも、残念ながら遂に終わりを迎えることとなりました。
そしてその麻布台で生活中の婿殿と離れての2年間ですが、当然のことながら寂しかったのでしょう。途中、娘は我々の反対を押し切り、マンションでワンコを買い始めました。マイと名付けられたメスの柴犬です。
1歳を過ぎてもまだやんちゃでお転婆。豆柴ということだったのですが、「一体どこが?」という程に大きく(と言っても、普通の柴と豆柴の中間くらいでしょうか)元気に成長してくれました。

 昨秋、長女は漸く募集があったNY本社の空きポストに応募し、社外からの応募者と社内からの応募者との選考の結果、見事合格したのだとか。
しかも、偶然その後米国大使館からグリーンカード審査合格の報せもあったのですが、手続きにはまだ時間が掛かりそうとのことでしたので、米国本社への転勤を優先することになりました。
しかしVISAの関係上、2月上旬までに米国に入国する必要があり、それが過ぎるとVISA発給の再申請になってしまうとのことから、それまではノンビリ構えていた(様に見えた)のが、フライトも当初の予定より一週間前倒しして急遽渡米することになりました。勿論、柴犬のマイも一緒の長旅です。
当初、我々としては、マンションからの引っ越しの後、フライト前の数日間は親子(母娘+父親)水入らずで過ごし(元々は一週間ほど松本に帰省する可能性もあったのですが)、次女一家も加わって送別会をして、皆で羽田で見送って、という段取りになっていたのですが・・・、止むを得ません

 そのため、麻布台のマンションを引き払うべく、引っ越し作業の手伝いに二日前から夫婦で(コユキも一緒に電車で)上京しました。
娘の指示に沿って、廃棄するものやNYと実家に送るものに分け、荷造り作業・・・etc
NYへエアーで送るダンボール箱をタクシーで郵便局に運び、手続きをする長女と別れ、一人マンションに戻って作業継続です。家内は横浜へ帰る次女たちをサポートしながら一緒にホテルから横浜へ向かいました。
港区の芝郵便局と雖も、海外送品に慣れない郵便局員の対応に時間が掛かり帰れないとのことで、こちらは一人で引っ越し作業です。管理会社のチェックまでに何とか作業も終了し、娘もギリギリで戻って来てくれました。
 引き渡しのチェックにあたり一番心配だったこと。
それは、子犬は乳歯が生え変わる時に歯が痒くてモノをかじるので(チロルもそうでした)、マイが1歳になるまでにかじったり、また剥いだりしたクロスの壁紙も(犬を飼うと決めた時から覚悟はしていたとはいえ)予想外に安く、多額の請求を覚悟していた修理費も幸い予想の何分の一かで済みました。その結果、無事チェックと引き渡しが終了しました(・・・ヤレヤレ!)。
 娘のお陰で、暫し“港区女子”を楽しんだ家内が一番ですが、私メも“麻布台ライフ”のお裾分けを頂きながら、サントリーホールや寄席の定席、そして美術展にも上京する度に通うことが出来ました。
その麻布台の娘のマンションを引き払い、これで見慣れた東京タワーの夜景や、芝公園からの都会の風景ともオサラバです。

 余談ではありますが、上京する度に通った飯倉交差点のラーメン屋「麺蔵」。せっかくオヤジさんが「毎度!」と漸く言ってくれる様になったのですが・・・、ちょっぴり残念です。