カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 ほぼ2ヶ月近く掛かって、漸く母屋の片付けが終了しました。
世間で云う“ゴミ屋敷”程ではなかったにしても、明治生まれの祖父母や昭和初期に生まれ戦中戦後の厳しい時代を生きて来た父母はモノを捨てられない時代の人たちで、それは或る意味止むを得なかったと思います。
しかし、時代が変わっていく中で、断捨離や終活という言葉が生まれたように、出来れば自分の手で少しは整理をしておいて欲しかった・・・というのが正直な感想でした。
ですので、自分たちは子供たちや孫子の世代に決して迷惑を掛けることなく、断捨離や終活として早めに自分たち自身が判断し自分たちの“手”で絶対に整理しなければいけない・・・というのが今回の母屋の片付けで感じ、自分たちの肝に銘じた教訓でした。

 片付けをしてみて感じたこと。それは、勿論片付けをするのは自分たちなのですが、コロナ禍の中でエッセンシャルワーカーという言葉がもてはやされましたが、普段は余り気にしていなかった定期的にゴミの回収をしている業者の皆さんや地場のクリーンセンター(焼却場)の存在の有難さでした。
そして、無料で黙々と段ボール箱や古新聞を自分たちで運んでくださった障碍者の福祉施設の皆さん。商売とは言え、非情に感じの良かった片付け業者や産廃処理業者の皆さん。所謂3Kと言われる業種なのいかもしれませんが、本当に頭が下がりました。

 古本やリサイクルショップ、古物商など、不用品買い取りを生業とする方々。モノが溢れた時代には必要な存在ですが、引き取ってもらう側は過度の期待は禁物。むしろ、欲しい人が身近にいたら、商売ではなく、そういう人たちにタダでも良いから使ってもらった方が後で遥かに気持ちが良いと感じました。

 因みに、今回、母屋の片付けに掛かった費用。
先ずは、町会のゴミステーションへの可燃ゴミや破砕埋め立て、資源ゴミは無料です。
それ以外の可燃ゴミや粗大ごみのクリーンセンターへの持ち込みは2万5千円。資源ゴミのリサイクルセンターへは5千円。20数往復の合計です。
段ボール箱や古新聞を回収していただいた福祉施設は無料で、お礼のお菓子代のみ。古くなった缶詰など、自分たちでは処分出来ないモノをまとめて(最後にそれぞれもう1回ずつ追加した分を含め)お願いした片付け業者に5万円と産廃業者への持ち込みが4万4千円。
一方リサイクルショップや古物商への売り上げは3万8千円。
従って、差し引きの△8万6千円が、今回の片付けの経費となります(軽トラのガソリン代は別途)。
これがもし都会だったら、自分で持ち込むのは無理でしょうから業者にお願いして処分をするとなると、その何倍もの費用が掛かったかもしれません。従って、軽トラの荷台に不用品や粗大ゴミを満載し、クリーンセンターとリサイクルセンターへの二十数往復。肉体的には大変でしたが、コスト的にはお陰さまで大変助かりました。

 それにしても、今回分かったこと。それは・・・、
 『 不用品やゴミの量は 家の大きさに比例する 』
・・・ということでした。
家に納戸や押し入れやクローゼットがたくさんあって助かる!ということは、当然ですが、その反面それに収まるだけの容量のモノをストックしているということです。仕舞う場所の容量が少なければ、そこに収まるモノの量も減るのが道理。ですので、仕舞える場所があること、その容量に安心せず、使う頻度で要不要を本来は判断すべきなのでしょう。しかし、“言うは易し”・・・。

 しかし、子供や孫子に同じ思いを決してさせぬために、意を決して自らの手で捨てることが何よりも肝要・・・と悟った次第。
従って、今回の自省をふまえ、母屋のみならず自分たちの“断捨離”もこれを機会に少しずつ継続中・・・以上、締めに代えて。