カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 既にご紹介した様に昨年末マンションへ転居しましたが、その結論に至るまでは記載した程は簡単ではなく、我々夫婦間では毎日の様に冷静と感情の狭間で繰り返された言い合いも、最後は「じゃあ、一体どうするの?」で終わってしまい、その都度先送りにして結論出ずの日々がずっと続いていました。

 突然倒れた父、父任せでいたために家のことを聞いても何も分からない母。その結果、手つかずで10年間放り出されたていた母屋と、宅地化により周囲を住宅に囲まれ、ご近所さんからの警察や市役所への騒音クレームもあって栽培困難となっていた果樹園・・・。
結局自分たちで何とかするしかなく、一昨年母屋の整理の時に我々が味わった同じ苦労や責任を子供たちに押し付けることだけはするまいと誓った筈でした。
今はまだ良いのですが、やがて動けなくなれば、“終の棲家”と定めた我が家もいずれは母屋と同じ様になってしまうでしょう。
ご近所にも年老いたご夫婦を面倒見るために、我々より年配の娘さんがお一人で毎月1週間ほど戻って来られる首都圏ナンバーの車を見掛けます。我々は、長女が海外では月一で頼む訳にもいきませんし、遠くに嫁いだ次女に頼ることも出来ません。そうなると、やがて老夫婦だけになれば、いずれは老々介護となって、いつか車も運転出来なくなれば(食料品はネットスーパーがあるとしても)買い物などの用を足すことも出来ません。

 そんな頭では分かっていることと、「イヤ、そうは言っても・・・」と理屈では割り切れない感情が交錯する日々。結局は自分たちが動ける内に自分たちで出来ることは片を付けておくしかない・・・。
そんな繰り返される葛藤の中で、気持ちの中で一番の後押しとなったのが、介護度が進んで目の離せなくなった、93歳の母の特養入居でした。
地元にあるその施設には、ここ何年かデイサービスで毎週通っていたり、時にはショートステイでお世話になっていたこともあり、施設の方々も母のことを良く知ってくださっていたことも大きかったかもしれませんし、ケアマネさんの尽力のお陰もあって、またコロナ禍故に広域での人の移動が少ないこともむしろ幸いだったのか、予想以上に早く入居させていただくことが出来たのです。
そして、長女が勧めてくれたマンション入居。当たり前と言っては何ですが、今のマンションはペット入居可能という物件が多くあることも初めて知り、今のままでワンコたちと一緒に住めることも背中を押してくれた一因でした。
昨年コロナ禍で、長女が「リモートワークなので東京に居てもしょうがないから」と松本に帰省して来て自宅で働いていた時に、たまたまそういう話になって、彼女が検索するとペット可の新築応募中というマンションが偶然見つかり、リモートワークの合間にそのマンションギャラリーに行ってみたのでした。
すると、本来は(コロナ禍対応もあって)事前予約が必要だったと知ったのですが、その時にたまたま手透きだった責任者の方が「イイですよ!」と飛び込みだった我々の応対をしてくださり、既にもう半分以上が売れていた中で、長女が松本でのリモートワークで使えばいいからと、その場で買うことを即断即決してしまったのでした。

 勿論、高価な買い物であり、重要な案件であればある程じっくり考えた方が良いことは言うまでもありません。しかし、時に「拙速は巧遅に優る」ことがあるのも事実。多分、持ち帰って我々だけで検討していたら、上述の思考過程の繰り返しで、結局また出口の無い迷路に入り込んでいたでしょう。その意味では、今回は多分に彼女の即断即決に助けられたのかもしれません。
後で、「本当にイイの????」と、私メの性格と我が家の“歴史”と置かれた事情を知る家内が、心配して何度も確認のために聞いてくれましたが、優柔不断で悩みに悩んだ挙句に結論が出ない(=決断できない)よりは、色々迷わずに一度出た結論に委ねてみるのも良いのではないかという結論に至った次第・・・です。
ということで、最終的に・・・、
 「ま、イイか!?」

 そして、そこから今度は別の苦労がスタートしました。
それは“断捨離”です。新居のマンションは、60坪近い今までの我が家の半分の広さしかありません。
“終の棲家”のつもりで建てた我が家は、地元で著名な建築家である児野先生が家内の要望をトコトン聞いて設計してくださった家で、特に収納スペースは入れる家具(例えば、家内の着物を仕舞う和箪笥など)の寸法を測ってキチンと収まる様に広さや高さまで設計されています。
物置、階段下収納、ウォークインクローゼット、押し入れ、コートクローク、はては玄関のシューズクローゼットに至るまで、ふんだんにあった我が家の収納スペースと比べると、新居のマンションの収納スペースは、恐らく半分どころか1/3位ではないでしょうか。
 定年後の断捨離は、どちらかというと“気持ち”の断捨離でした。ある意味、気持ちに整理を付けるべく、“心理的”に捨て去るべきモノを“物理的に”選ぶのですが、今度は精神的ではなく物理的な断捨離であり、それこそ我々夫婦の終活です。精神的に余韻や感傷に浸っている暇は無いのです。何しろ、物理的なスペースが無いのですから。従って、命題は、
 「物理的に限られたスペース、容量に収めなければならない。」
そのために、“終活”に向けて、果たして何を残して何を捨てるか・・・? 後から振り返ってみて思うに、実にこれが“本当に本当に”大変だったのです。