カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 以前NYに住む長女が「松本にも美味しそうな焼き鳥屋さんあるヨ!」と言って教えてくれたのが、炭火焼き鳥の「正ざわ」。
こちらは、漫画「美味しんぼ」でも取り上げられたこともあるという銘柄鶏、それは「脂肪分が非常に少なく、味が淡白だか歯ごたえが快く、肉が臭くない、皮が旨い」とされる、南信州は伊那谷の地鶏「ぎたろう軍鶏」を使った焼鳥で人気の店で、知りませんでしたが、これまでに食べログ百名店の「焼き鳥」の部に二年連続で選出されたこともあるのだとか。
年末年始に久しぶりに長女がNYから帰国したので、何とか松本滞在中に娘と一緒に行こうと思ったのですが、生憎予約が一杯で食べに行けずにいました。
その後も機会ある度に「食べに行きたい!」と奥さまを誘うのですが、長女とは東京で何度か焼き鳥のコースを食べに行っているのに、「松本には美味しい処が無い!」の一点張りで、何度誘っても(懇願しても)、「絶対にイヤ!一人で行けば?」と断固拒否・・・(以前上諏訪で気に入っていた焼き鳥屋さんに誘った時に、たまたまレバーが生っぽくて私の薦める焼き鳥はもう金輪際懲りたのだとか・・・因みに長女はその店を気に入ってくれたのですが)。
それに加えて、実はかなり前(10年以上?)に「正ざわ」には一度食べに行ったことがあったのですが、その時に然程好印象ではなかったことも影響している様なのです。
ところが何を思ったか、先日「行ってもイイわよ!」とのこと。そこで、気の変わらぬ内にと早速予約しておきました。

 食べに行ったのは、休日関係無しのインバウンドの外国人観光客は相変わらず多いのですが、混雑したGWも終わり、次に混雑する夏休みまでは時間もあるので、松本の街中から日本人観光客が減って街が少し落ち着いた平日です。
お店は5時半営業開始で、我々は6時に予約したのですが、着くと既に数席を残して既に結構埋まっていて、その空いている席にも「予約席」と札が置かれていました。席数はL字型カウンターが10席ちょっと、半個室のテーブル席が大小4つだったか、全部で30席程度でしょうか。空いていた席も徐々に予約された方々が来られて満席となり、次々と来られる方々は皆さん断られていましたので、店としては最初の一順目の客が終わる頃を見計らって次の予約を入れるでしょうから、客層は地元客中心だと思われますが、この日の様に平日であってもやはり予約した方が無難の様です。
焼き方は大将お一人ですが、焼き鳥以外の料理、飲み物、接客とそれぞれ主な担当ごとに女性スタッフが3人おられ、テキパキと動かれていました(接客と精算を担当されていた方が、おそらく年齢とその接客振りから女将さんではと推察)。
 さて我々も早速「ぎたろう軍鶏 満足 七串(2,700円)」コースを二人分と、生ビールに奥さまはウーロン茶をオーダー。他に5串(1800円)とぎたろうコース(3500円)がありましたが、七串は、「本日のおすすめ ぎたろう軍鶏5串、月見つくね、牛タン厚切り焼きorラム焼き、湯葉」というコース内容で、その中に我々の好物の「きも(レバー)」が入っているかを確認し、塩とタレをそれぞれ一本ずつ、また最後の串は奥さまが好物の牛タンで、私はラムをチョイス。そして、もし足りなかったら更に追加することにしました。
お通しに、サラダと少しドレッシングが掛けられた定番の生キャベツ。そして最初に湯葉。

串はセセリからスタートです(一口食べてから気が付いて撮影)。続いて、順番にねぎま、もも、柚子胡椒、きも(レバーのタレ・塩)、手羽、そして月見つくね。

ここで一休みらしく、家内が芋カリ(サツマイモのカリっと揚げ)、私が野菜串で、シイタケ、追加したかったレバーが早くも終了だったので止む無くモツ、とりチーズ焼きを追加しました。

追加の串が先に出され、それが終わってから、最後に家内の選んだ牛タン、私メのラムが供されて終了しました。飲み物は生ビールと冷酒も追加しました。この日の合計は〆て二人で10460円也でした。
 全体的な印象は、つい先頃に軽井沢で会津地鶏の焼き鳥をコース(8900円/人)で食べていたこともあり、それとの比較で串が全体的に小振りな感じがしましたが、値段が1/3なのでむしろ当然です。ただキモ(レバー)はもっと高くても良いので、出来ればもう少し大きめな串にして頂きたい!また、今回の中で個人的に一番気に入ったのは、焼き鳥では珍しいラムでした。臭みも無く柔らかくて、間にピーマンや玉ネギが挟んであるのも意趣替わりで食べ応えがありました。
また家内に依ると、せせりがやや生っぽかったとのことですが、私は気になりませんでした(これは個人的嗜好の違いなので止むを得ません)。
都会の様に色々な選択肢があれば兎も角、また「百名店」かどうかのレーティングも個々人の評価に委ねるとして、少なくともこの松本で食べられる焼き鳥としては及第点ではないでしょうか。
今までは絶対拒否の奥さまでしたが、また焼き鳥が食べたくなったら、多少強引に誘って(泣き落として?)でもまた食べに来たいと思います。
  「ごちそうさまでした!」

 松本市が今年「東アジア文化都市2026」の日本での開催都市に選ばれ、この5月を皮切りに12月までの半年間に様々なイベントが開催されることになりました。
この「東アジア文化都市」は、日中韓文化大臣会合での合意に基づき、日中韓3か国において、文化芸術による発展を目指す都市を選定し、その都市において、現代の芸術文化や伝統文化、また多彩な生活文化に関連する様々な文化芸術イベント等を実施する国家プロジェクトで、日本では文化庁が統括しています。
あまり浸透しているとは言えませんが、初回は2014年。日本が横浜市、中国が泉州市、韓国が光州広域市を開催都市に開かれました。今回松本市は、前回2025年の開催都市である鎌倉市からバトンを受け継いでの開催なのだそうです。
 5月17日に市内の中心市街地で開幕イベントが開かれました。
本町通りから大名町通りが歩行者天国になり、 日中韓や東アジアをイメージした出店、ライブパフォーマンスやステージパフォーマンス、祭舞台の展示が行われたのですが、その舞台を曳行する際の人数(曳き手)が足りないとのことから、我々の「源智の井戸」の清掃ボランティアにも応援要請があり、有志で参加しました。
当日は、早朝6時からそれぞれの舞台庫から出して所定の場所まで舞台を移動し、日中は街中に展示します。そして午後3時にまた展示場所から舞台庫まで戻すのです。
この舞台というのはお祭りの山車のことで、松本市の祭舞台は、主に松本城下町の鎮守である深志神社の祭礼などで曳き回される伝統的な山車です。江戸時代から各町会毎に受け継がれ、豪華な彫刻や松本平独自の形式を持つ18基が「松本市重要有形民俗文化財」に指定されています。
この内、16基が天神祭りの深志神社の舞台。氏子は商人の町であった女鳥羽川の南側の町会。残る2基は女鳥羽川の北側の東町2丁目と六九町だけで、それぞれ岡宮と四柱神社の舞台なのだそうです。
当日はこの内8基が駅前広場など4ヶ所に展示されました。

 そして我々が依頼されたのは、その六九町の舞台でした。
六九町舞台は建造が明治30年(1897)と伝えられ、江戸時代には六九町には舞台は無かったのだそうです。
というのも、深志神社の天神祭りは女鳥羽川の南側の商人町のお祭りであり、女鳥羽川の北側は大名町に代表される様に基本的に武家町で、「六九」という珍しい町名はこのエリアが桝形の隣ということで、武家屋敷と細長い厩があって、6×9=54頭の馬が飼われていて、その54頭の馬を飼育する「六九厩」がおかれたことが町名の名前の由来と言われているのだそうです。
今回参加したことで、六九町会の長老の方々からそんな初めて聞く様なお話を伺うことが出来ました。
私の子供の頃の六九と云えば、嘗ては松本市の中心的な商店街として栄えていた通りで、昭和の頃は「松本の街で買い物」といえば、この六九のアーケードの商店街と隣接する老舗デパートの井上百貨店が定番でした。それが、井上が松本駅前に移転したのを契機に六九商店街から賑わいが消え、2001年(平成13年)にはその象徴だったアーケードも撤去されました。
しかし、今では新しく若者向けのファッション系の店舗も増えているそうですが通いの方が多く、それが応援要請の理由でもあるのですが、この町会も空洞化で住人は減っているのだとか。
因みに、六九町の舞台は、やや小ぶりながら、端正で典型的な深志舞台の姿をしていて、明治になってから女鳥羽川の北側の地に創建された四柱神社の神道祭りに合わせて、伝統的な手法で飛騨の匠により造営された舞台だそうです。
(飾り付けが終わった舞台と記念写真)
 朝6時。集合場所である今町の六九舞台庫へ。
町会の方々が倉庫を開けて舞台を覆ってあったシートを外すなど、運び出す準備をされてから、舵棒を舞台に差し込んで金串で固定して引き出し、我々曳き手は全員六九町会の法被を着て、舵棒と舞台本体を押す形で曳行を開始します。
今町から西堀通りを通って、曳行先の市立博物館前まで。朝6時とはいえ、車の通行もあり先に行かせて安全を確認しながら、且つ道路脇の街頭に当たらぬ様に気を付けながら慎重に押して行きます。
      (下の写真の中で、黄色い枠で囲んでいるのが舵棒です)
舞台曳行で一番大変なのは、京都の山鋒巡行もそうですが、交差点での方向転換です。その時に二本の舵棒を肩に担ぐ形で、舞台の方向を90度曲がる方向に一気に回転させます。その時は女性ではなくて男性でないとやはり無理。地元の方にコツを教えて頂きながら、我々も対応しました。
今回曳行される舞台の中では、六九の舞台は舞台庫の在る今町から市立博物館の在る大名町までですのでせいぜい300m弱。そう長距離の移動ではなく、また小振りの舞台とのことで思ったよりも楽でした。それに前へ進むだけなら、女性だけでも10人弱でも動かすことが出来ます。
市立博物館前に到着し、慎重に歩道から玄関前のスペースに車止めで固定し、町会の方々が提灯やスダレなどの外観の飾り付けをし、全員で記念撮影をして終了しました。反対側の枡形広場には小池町の舞台も到着していて、同じく飾り付けがされていて、小池町の井戸清掃メンバーの方や知り合いの方も何人かおられてお互い労いの挨拶。小池町は深志神社の舞台なので、六九の舞台に比べると一回り大型で、二本の引綱で引っ張って来られ、曳き手の人数も倍の20人以上おられました。
 午後3時に舞台の撤収開始で、再び市立博物館へ。伊勢町と本町から大明町が地歩行者天国になっていて、本町の道の両側はテントを張って出店があり、家族連れなどで大変賑わっています。信毎メディアガーデンや大名町交差点ではダンスや歌などのパフォーマンスが行われていました。

朝とは逆に市立博物館前から今町の舞台庫まで舞台を押して戻ります。早朝と違い、街中の歩行者天国でイベントも行われていることもあって、人出も多く、舞台を曳いて行く西堀通りは、“ホコ天”で通行止めの道路を迂回して来る県外車も含めた車の通行も多くて、時々後ろにずらりと並んだ車列を警備会社のスタッフが交通整理をしながらの運行です。道端の街灯に当たらぬ様、また交差点では力を合わせて舵棒を担いで方向転換をしながら、無事に舞台庫にお納めすることが出来ました。
町会の方々から口々にお礼を言われ、我々はお互いを労って現地解散です。
帰路、伊勢町で飯田町の舞台が“ホコ天”の本町を大きく迂回して戻るところ。そこで飯田町の清掃メンバーから声を掛けられ、今度は飯田町の舞台の曳行を手伝うことに。飯田町の舞台は一回り大型で、引き綱二本を前方で10人程で引っ張りながら、舞台と舵棒をまた10人程が手分けして押しながら、神明町から駅前通り、そして最後は深志神社の参道でもある狭い一方通行の天神通りを両側の家の“ひさし”に当たらぬ様に慎重に進んで、漸く深志神社境内に在る舞台庫まで戻り、中に納めて終了しました。
 今回の祭り舞台曳行。正直、最初は曳き手の人数不足での応援要請に、ある意味義務感で応えただけでしたが、実際に当日参加してみたら、いくら松本に生まれ育っても、本来は江戸時代からの商人街であった地元町会の住民ではない私の様な農村部出身の人間にとっては初体験でもあり、井戸清掃を切っ掛けに思い掛けずも有志として参加することになったのですが、思っていた以上に面白く、そして松本市民の一人として参加していることに、心地良い疲労感と共に充実感も感じられたイベント参加でした。

 今回の三泊四日での箱根行。
往復の移動日を除くと、三泊でいつもより短かったこともあって、終日自由に使えるのは中二日だけ。その日は、それぞれ金時山登山とポーラ美術館へ行くことは最初から決めてあったので、今回は小田原漁港の「やまや」の絶品の地魚「どど丼」を食すのは断念しました。
箱根での夕食には、恒例の仙石原の「相原精肉店」のローストビーフやミートローフなどのお惣菜と箱根別荘族御用達の「JAコープ」で調達した食材が結局食べ切れず、二日間はドッグヴィラでワンコたちと一緒に過ごすことになりました。
となると、今回の滞在で外食出来たのは夕食が一回、ランチが往復の移動日はそれぞれの途中で食べるので、二回しかありませんでした。
  「いやぁ、3泊だとやっぱり短いね・・・」
でもジジババが孫たちを優先した結果なので、こればかりは止むを得ません。
そこで、厳選して選んだのは・・・??
勿論箱根は富士屋ホテルを筆頭に明治期から開かれた国際観光地ですので、箱根グルメも和洋中それぞれピンからキリまで色んな選択肢があるのですが、しかしここ箱根もワンコたちと一緒に食べられる場所は少なく、もしワンコたちに留守番をして貰って食べるとなると、遠出は避けてドッグヴィラの在る仙石原周辺に限られます。そんな状況下での、今回の滞在中の独断的箱根グルメの総括です。

 先ず松本から箱根への移動日ですが、箱根で食材を調達すべく早めに松本を出立したこともあり、途中のSAではなく御殿場から箱根への途中の乙女峠の「FUJIMI CAFE」でランチにしました。ここは箱根エリアでも数少ないワンコOKのテラス席があり、残念ながらこの日は雲の中でしたが、晴れていれば富士山を眺めることが出来るのです。

  (以前の写真ですが、晴れていればこの絶景が目の前に拡がるのです)
この日は外国人の団体客がちょうど着いたばかりで、団体でテラス席を使うために少し待たされましたが、幸い一卓だけ空きが出来るらしく我々も座ることが出来ました。
ところが団体客が皆さんカレーを注文した様で、ちょうど売り切れとのこと。そのためランチメニューはハンバーガーのみ(ローストビーフ丼は相原精肉店が控えているので最初からパス)。
奥さまはケーキセットにするとのことで、止む無く私メは「FUJIMI BURGER ガーリック醤油ソース(ドリンクセット 2640円)」をチョイス。
ボリューム満点のハンバーガーだったので家内にもシェア(写真はH/Pからお借りしました)。味は美味しかったのですが、肝心の富士山はこの日は残念ながら雲の中だったので、初っ端から些か心残りでのスタートとなりました。
 そこからドッグヴィラへの途中で立ち寄った「相原精肉店」で、いつものローストビーフとミートローフを購入(私メは駐車場でワンコたちと待機し、買い物は奥さまにお任せ)。昨今の物価高で随分値段が上がっていたそうですが、こればかりは止むを得ません(写真は昨年)。
続いて、すぐ近くの「JAコープ」で、朝食用の食材と共に、これまた当地で人気の「勝俣豆腐店」(お店もすぐ近くですが、JAでも購入可能)の笹豆腐等も購入しました。
これで、滞在中の朝食と、結果的に二日間の夕食手配となりました。
 今回の滞在中で唯一外食での夕食に選んだのは、小田原漁港に行けなかった代わりに、宮城野にあるグルメ系回転寿司「金沢まいもん寿司」です。
横浜の次女の所に行った時には、私の好みをふまえて、いつも家の近くの「まいもん寿司」に連れて行ってくれるのですが、箱根の宮城野にも昨年その「まいもん寿司」が出店。そこで今回初めて行ってみることにしました。
観光地とはいえ“山の中”の箱根と都会の横浜ではお客さんの回転率も違うでしょうし、ネタの種類や鮮度は今回は多少目を瞑るつもりで行ったのですが、意外にも横浜の「まいもん寿司」と殆ど遜色ないレベルで、我々“海無し県”の信州人からすれば十分に満足出来ました。
ただ箱根は相模湾が近いので、(いくら金沢が本拠とはいえ、ノドグロや白エビといった北陸からのネタよりも)もう少し相模湾で採れる地魚を増やしてくれると有難いのですが、多分センター方式で店舗独自での仕入れはしていないのでしょう。
 今までの我々の数少ない箱根ランチでの洋食としては、レストランだけでの利用が可能で、広い中庭を眺めながら食べられるルネ・ラリック美術館のレストランが我々のイチオシだったのですが、一昨年に行った時にメニュー内容がそれまでと変わってしまっていました。
またテラス席がワンコOKだったレストランだけでも利用可能だった星の王子さまミュージアムは閉店し、小田急ハイランドホテルは現在全館建替え中。ガラスの森美術館は食事目的だけではレストランには入れません。
そこで、今回奥さまはポーラ美術館の「レストラン・アレイ」でまた食べたいとのこと。こちらは森を見ながら食事が出来、解放感ある光に溢れた気持ちの良いレストランです。因みに、レストランだけなら美術館に入館しなくても利用が可能です(カフェは不可)。
展示作品をじっくりと鑑賞した後、私がヒメシャラの森の「森の遊歩道」を歩きたいと誘ったのですが、家内は翌日の金時山登山に備えて体力を温存したいとの仰せ。そこで止む無く一人で歩くことにして、その間彼女は「カフェ・チューン」で待っているとのこと。
散策して戻り(チケット提示で再入館OK)、私もコーヒーを頼んで一休み。こちらもランチの軽食でホットサンドなどが食べられるのですが、待っている間に既にケーキセットをしっかりと食べられていた奥さまが、
  「それじゃ、貴男はモノ足りないでしょ!?」
とのことで、余り洋食に食指が動かぬ私メを察して、こちらのレストランではなくて他に行っても良いとのことから、“渡りに船”で選んだのは前から一度行きたかった仙石原に在る喜多方ラーメンの「蔵一」です。しかもネット検索すると、ラーメンだけでなく、カツカレーやソースカツ丼もあるとのことから、奥さまも承知して仙石原に戻ることにしました。
 仙石原に在る喜多方ラーメンの「蔵一」は、創業昭和36年と云いますから64年の老舗で、“日本三大ラーメン”に数えられる喜多方ラーメンの現地の老舗、「まこと食堂」と「あべ食堂」と実の3姉妹の店なのだそうです。
喜多方ラーメンと言っても残念ながら現地には行ったことがなく、唯一昔新宿の南口近くに在った「坂内食堂」で何度か食べたことがある(いつも決まってチャーシューメン)だけですが、喜多方ラーメンの特徴は、何と言っても平打ちのちぢれ麺の醤油ベースのラーメンだと認識しています。
こちらの「蔵一」は醤油の他、塩も味噌もあるようですが、醤油スープは煮干し・鶏ガラ・豚ガラ・背脂を使った伝統的な醤油スープとのこと。麺は勿論平打ち麺でしょう。
メニューの中から選んだのは、「坂内食堂」のそれとはビジュアルはちょっと違いますが、自家製の大判チャーシュー3枚がトッピングされた醤油のチャーシューメン1280円(税込)。
そして奥さまは、先程ポーラ美術館のカフェでケーキセットを食べたからと、カツカレーのハーフ(750円)をお願いしました。因みにレギュラーサイズなら1200円。会津地方らしくソースカツ丼もメニューにありました(駒ヶ根のそれと比べるとどうなのでしょうか)。
ラーメンのスープは最初意外と塩味が強い感じがしました。坂内食堂のそれは、かなり昔の舌の記憶ですがもう少し甘かった様な・・・。勿論平打ちの麵は、モチモチでかなりコシがあります。そしてチャーチューは柔らかくホロホロ。
家内の頼んだカツカレーは、松本で食べた「南海食堂」のそれよりも彼女好みで美味しかったそうです。
一度は食べたいと思っていた「蔵一」の喜多方ラーメン。現地の喜多方に行かずして、この箱根で本場同様の喜多方ラーメンが食べられるのは有難い限りでした。次回また食べに来ることがあったら、今度は会津名物のソースカツ丼(ハーフ)と醤油ラーメンのランチ限定のセットで、奥さまは気に入ったというカツカレーのレギュラーサイズにすればイイかも・・・。
 ポーラ美術館鑑賞とランチの後、留守番をしてくれていたワンコたちへの罪滅ぼしに、芦ノ湖へ皆でドライブ。
仙石原界隈もそうでしたが、芦ノ湖も驚いたことに、日本人は旅行シーズンのGWが過ぎたばかりのせいか少なく、インバウンドと思しき外国人観光客の方がむしろ多いのです。例えば、桃源台港から元箱根港への芦ノ湖遊覧の海賊船は、恐らく強羅から大涌谷を経由してロープウェイで来たと思える外国人観光客ばかりで唖然・・・。
そのためどこも混んでいて、このエリアで知る限り3ヶ所ほどしかないワンコOKのカフェとかも一杯そうなので、ワンコたちと湖畔を散歩しておやつを食べさせて戻ることにしました。

 箱根三日目での、金時山登山と長安寺拝観後の最後のランチ。
せっかくなので、湿生花園近くの魚料理が評判の「うおせい」でアジフライを食べようかと思ったのですが、行ったらナント定休日。この近くの中華も、仙石原に戻っての定食屋さんもチェックしたらいずれも定休とのこと。
また湿生花園の近くにあるインド料理店「アズール・ムーン」(ここもテラス席はワンコOKでした)は、コロナ禍以降外国人シェフが来日出来なかったこともあってか閉店してしまった様で、建物も随分印象が変わって釜飯屋さんになっていました。
更に、今回は夕食で食べようと思ったのですが、相原精肉店の総菜を結局二日間食べたので行けなかった「ソロピッツァ・タロウズ」も、調べたらこの日は定休とのこと。そして、最悪二日連続でもと思った「蔵一」も同じく定休・・・。
チェックしたところ、どうやら少なくとも仙石原界隈の飲食店は皆水曜日が定休日の様です。そのため、「もうどこでもイイ」と湿生花園近くで唯一営業していたお蕎麦屋さんで、(信州から来てわざわざ)食べたくも無かった蕎麦を食べるハメになってしまいました(ざる蕎麦は食べる気になれず、汁蕎麦のセットメニューにしましたが、蕎麦も論外ですがツユがただ塩辛いだけで飲む気にもなれず。家内は箱根名物?の自然薯?のとろろ蕎麦にしましたが、特にコメントなし。こんなんだったら、コンビニのお弁当の方がマシだったかも・・・)。
故に、毎年来ている箱根でしたが、今回の貴重な教訓・・・、
  『箱根仙石原では、水曜日だけは外食は絶対に避けるべし!!』

 金時山登山からの帰路、金時山から無事下山したお礼を兼ねて、久し振りに仙石原の長安寺に立ち寄ってお参りをして行くことにしました。
参拝目的からすると、本来は坂田公時(金時)を祀る公時神社(金時神社)の方が相応しいのかもしれませんが、私たちは長安寺の佇まいを気に入っているので、観光も兼ねてこちらのお寺さんに参拝です。長安寺へはNYへ渡航する前に長女と来て以来ですので、3年振りでしょうか。

 御殿場と小田原方面を結ぶ国道138号線の仙石原交差点近くにある長安寺は、正式名称を「龍虎山長安寺」と称し、ご本尊は釈迦如来の曹洞宗のお寺さんです。創建は古く、南北朝時代の1356年で元々は大涌谷近くにお堂があったのが、江戸時代になって現在の仙石原に移転建立されたのだそうです。
交通量の多い国道から少し入っただけですが、皆さん仙石原に来ても立ち寄らずに通過してしまうのか、いつ来ても箱根の喧騒から離れて、山間に抱かれる様に静かに佇んでおられます。
以前8年前に箱根に最初に来た頃、湿生花苑近くのご夫婦で営まれている和風レストランで、女将さんから「イイ処だから、一度行ってみなさい!」と薦められたのが切っ掛けで訪れたのが最初で、その時は10月末でしたので既に紅葉が始まっていました(上2枚がその時の写真)。京都も同様ですが、モミジは秋の紅葉も勿論素晴らしいですが、初夏の青モミジもなかなか素敵です。
 このお寺の良さは、何と言ってもその青モミジの林と“当国花の寺”として色様々な山野草にも彩られ(今回はヒメシャガがちょうど花の時期を迎えていました)、その山間に色んなお姿をされて五百羅漢さんがあちらこちらにユーモラスな表情で静かに鎮座されておられることです(上の写真が淡い紫色の花がヒメシャガです)。
こちらの羅漢さんは、昭和54年(1979年、私が社会人になった年でもあります)に寺を継いだ和尚さんが竹林を切り開き、その地形を活かして木々や花を植え、そして1985(昭和60)年からお釈迦さまの弟子である五百羅漢の建立を始められて、檀家さんや個人の方の寄付等でこれまで約300体近くが創られて置かれており、現在も建立が続けられているのだそうです。
ですので、この景観が作られたのは決して古くはないのですが、京都のお寺にも似た古刹然とした佇まいに惹かれ、箱根に来る度、何度も訪れています。
驚くのは、檀家さんが多いのか(お寺の奥にキチンと整備された広い墓地が拡がっています)、これが京都だったら最低でも500円位の拝観料を“取る”のが当たり前の筈なのに、拝観料が無料なこと。しかも日夜“極楽浄土”への道を説いているお寺さんが多い筈の京都では、嘗て市が財源確保のために「古都税」として寺社の拝観料への課税を試みて寺社側が強く反発し、拝観停止などの強硬措置で対抗して大騒ぎになったことさえあるというのに・・・。ですので、余計有難く感じられて、本堂だけでなく他のお堂にもお賽銭を自然とお納めしないといけなく感じます。
そうして、時々しか拝観者に会わず、静かで凛とした空気を漂わせた境内をゆっくりと心ゆくまで歩かせていただくと、不思議と心からゆったりと穏やかな気持ちにさせられて・・・、思わず、
  「ありがとうごいざいました」                    -合掌

 箱根滞在3日目。
朝起きたら、この日は窓から見える大涌谷方面には青空が拡がっていました。これなら金時山の山頂からの富士山の雄姿も期待出来るかもしれません。
そこで、早目にワンコたちの朝食と散歩を済ませ、自分たちも朝食を取って出発です。
奥さまが毎月横浜の次女の所に“家政婦”に行っていて、「体力に自信が無い」と登れなかった昨年。今年も4月になってから、登山のトレーニングを兼ねて漸く城山までウォーキングで数回歩いただけなので、今回も「はこね金太郎ライン」の「金時見晴パーキング」まで車で行って、そこから矢倉沢峠を経て登るという金時山登山ルートの中での最短コースにしました。
見晴らしパーキングからは、登山口の標高が初回の時に登った公時(金時)神社コースより160mほど高く、最短で手軽に登ることが可能なルートです。コースガイドに依れば、標高差360mで、仙石原の登山口からの標高差550mのコースに比べて30分以上短い、標準コースタイムで登りが1時間05分 で下りは50分とのこと。
二年振りの金時山登山ですが、以前「女性のための登山教室」に2年間参加していた奥さまは最初の頃に初級コースとして登っており今回で7回目、私が6回目になります。

 朝7時半過ぎに見晴らしパーキングに到着。既に10数台駐車していました。我々も身支度など準備をして、午前7時35分に登山開始。二年振りの登山ですし、あまりトレーニングもしていないので、今回はコースタイム度外視でゆっくり登ることにしました。

見晴らしパーキングから矢倉沢峠までは緩やかな登りで、背丈を超える程もある「箱根竹」(アズマネザサの一種とのこと)と呼ばれる笹原の中の登山度を進み、5分程で到着です。仙石原からはここまで30分程歩いて標高差も150m程は登って来ないといけないのですが、見晴らしパーキングからのルートでは実質ここからが本格的な登山開始です。

10分程登ると笹原を抜け、木々の中を進みます。やがて振り返ると背後に大涌谷が見え、噴煙が立ち上っているのが確認出来、ここが外輪山だということを認識します。
急坂を上って木のトンネルの尾根沿いの緩やかな道を過ぎて、公時(金時)神社からの登山道との分岐で一休みです。
そこからは、昔は猪鼻嶽とも呼ばれたという金時山のゴツゴツした溶岩が剥き出した岩場の多い急登が始まります。以前は2ヶ所ほど鎖場もあったのですが、この金時山の登山道は全体に非常にきちんと整備されていて、その鎖場も数年前に細かな階段が設けられて鎖は撤去されました。ただ金時山の登山道は、全体に階段が非情に多いので、その分逆にきつく感じられるかもしれません。

最後、眼の前に林の中にぽっかりと空いた円形の空間が現れると、そこがいよいよ箱根外輪山の最高峰、1212m金時山の山頂です。
  「今日は果たして、どうか・・・??」
 全体的には空は快晴だったこの日、残念ながら山頂の下部分に少しだけ雲が掛かっていてスッキリとはいかなかったのですが、一昨日は雲に隠れて裾野しか見えなかった富士山の雄姿を、この日は金時山の山頂からしっかりと拝むことが出来ました。
乙女峠や足柄峠からの登山ルートとは異なり、箱根からの公時(金時)神社や仙石原からの登山ルートでは、この山頂に来るまで富士の姿は金時山の向こうに隠れているため一度も見ることが出来ません。ですので、登り切って初めて「今日はどうだろうか?」と、ドキドキしながらその日の富士の姿を初めて確かめることが出来るのです。
やはり、雲が多そうだった昨日ではなく、今日にして正解だったのでしょう。山頂には茶屋の女将さんと常連と思しき登山者の方々が談笑されていて、
  「お疲れさま!」と声を掛けていただき、その旨お伝えすると、
  「あらっ、昨日も見えてたわヨ!」
とのことではありましたが・・・(ま、イイか。自分たちの中では今日で正解だったということで・・・)。
ただ、北アルプスもそうですが、特に夏山は朝の出来るだけ早い方が雲が掛からない筈なので、もっと早く登って来た方が良かったのかもしれません。
昨年も箱根には来たものの、トレーニング不足で美ヶ原も含め昨年はどこも登れなかったので、今回の金時山が二年振りの登山でした。そのためゆっくり登って来たつもりですが、8時40分に到着。ほぼヤマケイのコースタイムと同じ1時間05分で登って来ることが出来ました(しっかりと整備された金時山の登山道ですが、標識のコースタイムだけは余程の健脚者向けなのか早過ぎます。例えば分岐から頂上まで20分との表示ですが、実際は30分掛かります)。
山頂で富士山を見ながら、平らな岩に腰を下ろして暫し休憩。そして行動食と水分補給をして、写真を撮って娘たちにLINEで送りました。
その間20分程でしたが、頂上を目指して次々と登って来られます。ただこの日は平日なので、それ程多くは無いように感じます。
 帰ろうとすると、ハイヒールなどではなくちゃんと登山の格好をしてポールも持って、欧米系の白人のまだ若い母娘のお二人が登って来られ、眼の前の富士山の姿を見つけて跳び上がって喜んでおられました。
今回、ポーラ美術館もですし、仙石原界隈も、ワンコたちとドライブがてら行った芦ノ湖も、今まで以上にインバウンドの箱根への観光客が増えた様に感じましたが、金時山も例外では無い様で、段々国際的になって来たのかも・・・。
帰路は、早朝よりも登って来る人数が増えた様に感じます。多分、小田急等で首都圏から朝金時山を目指して来た登山客が、箱根湯本を経由してちょうど登って来られるタイミングなのでしょう。すれ違い出来そうな場所を見つけて、お互いが譲り合います。こうした登山の時だけでなく、下界の道路などでも同じ様になれば、もっとこの世の中は穏やかになるのだろうに・・・などと、お礼の声を聴きながらふと考えてしまいます。
帰路、目の前に明神ヶ岳への登山道が笹原の中をずっと上の方に伸びているのが見えましたが、金時山に比べ、そちらには人の姿は一人も見えませんでした。
途中、登山道脇に少し花も咲いていましたが、以前来た時の貴重なコイワザクラやタチツボスミレ、サラサドウダンやボケ、ヤマザクラなどが咲いていた4月頃に比べると、5月中旬の金時山は春の花の時期はもう過ぎた様で、今回は道端の花は少なめでした。
見晴らしパーキングの登山口には、帰路もコースタイム通りの50分で無事到着しました。
 今回の金時山は、春になってウォーキングを兼ねてのトレーニングも数回足らずでの二年振りの登山でしたので、特に家内は登れるか不安だった様ですが、脚も全く問題無く登って来ることが出来て安心した様です。
  「今年は、美ヶ原くらいはまた登りたいね!」
二年振りの金時山では富士山の雄姿も見え、金太郎のご利益か、お陰さまで登山へのチョッピリの自信と意欲も金時山から頂けた様で、達成感と満足感を得られた今回の山旅でした。

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