カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
金時山登山からの帰路、金時山から無事下山したお礼を兼ねて、久し振りに仙石原の長安寺に立ち寄ってお参りをして行くことにしました。
参拝目的からすると、本来は坂田公時(金時)を祀る公時神社(金時神社)の方が相応しいのかもしれませんが、私たちは長安寺の佇まいを気に入っているので、観光も兼ねてこちらのお寺さんに参拝です。長安寺へはNYへ渡航する前に長女と来て以来ですので、3年振りでしょうか。

交通量の多い国道から少し入っただけですが、皆さん仙石原に来ても立ち寄らずに通過してしまうのか、いつ来ても箱根の喧騒から離れて、山間に抱かれる様に静かに佇んでおられます。






驚くのは、檀家さんが多いのか(お寺の奥にキチンと整備された広い墓地が拡がっています)、これが京都だったら最低でも500円位の拝観料を“取る”のが当たり前の筈なのに、拝観料が無料なこと。しかも日夜“極楽浄土”への道を説いているお寺さんが多い筈の京都では、嘗て市が財源確保のために「古都税」として寺社の拝観料への課税を試みて寺社側が強く反発し、拝観停止などの強硬措置で対抗して大騒ぎになったことさえあるというのに・・・。ですので、余計有難く感じられて、本堂だけでなく他のお堂にもお賽銭を自然とお納めしないといけなく感じます。

「ありがとうごいざいました」 -合掌
箱根滞在3日目。
朝起きたら、この日は窓から見える大涌谷方面には青空が拡がっていました。これなら金時山の山頂からの富士山の雄姿も期待出来るかもしれません。
そこで、早目にワンコたちの朝食と散歩を済ませ、自分たちも朝食を取って出発です。
奥さまが毎月横浜の次女の所に“家政婦”に行っていて、「体力に自信が無い」と登れなかった昨年。今年も4月になってから、登山のトレーニングを兼ねて漸く城山までウォーキングで数回歩いただけなので、今回も「はこね金太郎ライン」の「金時見晴パーキング」まで車で行って、そこから矢倉沢峠を経て登るという金時山登山ルートの中での最短コースにしました。
見晴らしパーキングからは、登山口の標高が初回の時に登った公時(金時)神社コースより160mほど高く、最短で手軽に登ることが可能なルートです。コースガイドに依れば、標高差360mで、仙石原の登山口からの標高差550mのコースに比べて30分以上短い、標準コースタイムで登りが1時間05分 で下りは50分とのこと。
二年振りの金時山登山ですが、以前「女性のための登山教室」に2年間参加していた奥さまは最初の頃に初級コースとして登っており今回で7回目、私が6回目になります。



見晴らしパーキングから矢倉沢峠までは緩やかな登りで、背丈を超える程もある「箱根竹」(アズマネザサの一種とのこと)と呼ばれる笹原の中の登山度を進み、5分程で到着です。仙石原からはここまで30分程歩いて標高差も150m程は登って来ないといけないのですが、見晴らしパーキングからのルートでは実質ここからが本格的な登山開始です。


10分程登ると笹原を抜け、木々の中を進みます。やがて振り返ると背後に大涌谷が見え、噴煙が立ち上っているのが確認出来、ここが外輪山だということを認識します。






最後、眼の前に林の中にぽっかりと空いた円形の空間が現れると、そこがいよいよ箱根外輪山の最高峰、1212m金時山の山頂です。
「今日は果たして、どうか・・・??」

乙女峠や足柄峠からの登山ルートとは異なり、箱根からの公時(金時)神社や仙石原からの登山ルートでは、この山頂に来るまで富士の姿は金時山の向こうに隠れているため一度も見ることが出来ません。ですので、登り切って初めて「今日はどうだろうか?」と、ドキドキしながらその日の富士の姿を初めて確かめることが出来るのです。
やはり、雲が多そうだった昨日ではなく、今日にして正解だったのでしょう。山頂には茶屋の女将さんと常連と思しき登山者の方々が談笑されていて、
「お疲れさま!」と声を掛けていただき、その旨お伝えすると、
「あらっ、昨日も見えてたわヨ!」
とのことではありましたが・・・(ま、イイか。自分たちの中では今日で正解だったということで・・・)。
ただ、北アルプスもそうですが、特に夏山は朝の出来るだけ早い方が雲が掛からない筈なので、もっと早く登って来た方が良かったのかもしれません。
昨年も箱根には来たものの、トレーニング不足で美ヶ原も含め昨年はどこも登れなかったので、今回の金時山が二年振りの登山でした。そのためゆっくり登って来たつもりですが、8時40分に到着。ほぼヤマケイのコースタイムと同じ1時間05分で登って来ることが出来ました(しっかりと整備された金時山の登山道ですが、標識のコースタイムだけは余程の健脚者向けなのか早過ぎます。例えば分岐から頂上まで20分との表示ですが、実際は30分掛かります)。
山頂で富士山を見ながら、平らな岩に腰を下ろして暫し休憩。そして行動食と水分補給をして、写真を撮って娘たちにLINEで送りました。
その間20分程でしたが、頂上を目指して次々と登って来られます。ただこの日は平日なので、それ程多くは無いように感じます。

今回、ポーラ美術館もですし、仙石原界隈も、ワンコたちとドライブがてら行った芦ノ湖も、今まで以上にインバウンドの箱根への観光客が増えた様に感じましたが、金時山も例外では無い様で、段々国際的になって来たのかも・・・。
帰路は、早朝よりも登って来る人数が増えた様に感じます。多分、小田急等で首都圏から朝金時山を目指して来た登山客が、箱根湯本を経由してちょうど登って来られるタイミングなのでしょう。すれ違い出来そうな場所を見つけて、お互いが譲り合います。こうした登山の時だけでなく、下界の道路などでも同じ様になれば、もっとこの世の中は穏やかになるのだろうに・・・などと、お礼の声を聴きながらふと考えてしまいます。

途中、登山道脇に少し花も咲いていましたが、以前来た時の貴重なコイワザクラやタチツボスミレ、サラサドウダンやボケ、ヤマザクラなどが咲いていた4月頃に比べると、5月中旬の金時山は春の花の時期はもう過ぎた様で、今回は道端の花は少なめでした。
見晴らしパーキングの登山口には、帰路もコースタイム通りの50分で無事到着しました。


「今年は、美ヶ原くらいはまた登りたいね!」
二年振りの金時山では富士山の雄姿も見え、金太郎のご利益か、お陰さまで登山へのチョッピリの自信と意欲も金時山から頂けた様で、達成感と満足感を得られた今回の山旅でした。
今年も毎年恒例の箱根に行って来ました。
例年ですと箱根が桜の時期を迎える4月中旬前後なのですが、今年は孫たちが4月初旬に春休みを利用して松本に来て、最後は軽井沢のドッグヴィラにも行っていたので、今回は5月中旬、且つ滞在もいつもより短めの3泊4日での箱根行となりました。
行きはいつも通り、中央道で大槻から富士吉田を経由して、東富士五湖道路を経て御殿場から箱根へ登ります。所要時間は3時間ですが、途中ワンコたちの休憩とランチタイムを含めて、ゆっくり走って4時間の行程です。
途中双葉SAでワンコたちのトイレとオヤツタイムの休憩をして、乙女峠の「FUJIMI CAFE」で今回もランチにしたのですが、残念ながらこの日の富士山は雲の中で、その雄姿を見ることが出来ませんでした。
そして、いつもの「相原精肉店」と「箱根のJAコープ」で食料品の買い出しをしてから、仙石原のいつものドッグヴィラにチェックイン。
この日はどこも出ずに、温泉にゆっくり入って相原精肉店で買ったお惣菜で夕食を済ませ、この日の松本から箱根までの運転で多少疲れたこともありますが、翌日に備えて早目に就寝しました。




『春、生命が再生する時間。テクノロジーが社会を覆い尽くす現代において、私たちは身近な自然の驚異や足元に広がる土地の記憶、そして人間の内なる根源的な力を見つめ直し、いっそう鋭敏に感じ取ろうとしています。本展覧会「SPRING(スプリング)わきあがる鼓動」は、アートにおける飛躍する力に光をあて、人間やこの世界の奥底から春の芽吹きのようにわきあがる鼓動を宿し、私たちの存在と感性をゆさぶる絵画、彫刻、工芸、インスタレーション作品を紹介します。
ポーラ美術館は、古くから人々の心身を癒し、感性を研ぎ澄ます場として旅人を惹きつけてきた箱根にあります。本展覧会では、この地に培われた風土と記憶を出発点に、過去と未来、ここから彼方へとつながる想像の旅へ皆様を誘います。静かに、あるいは力強くわきあがる作品の響きと共鳴し、時空を超えて豊かに躍動する創造の鼓動をご体感ください。 』
とのこと。
(下の写真は、企画展のプロローグ作品 大巻伸嗣「iminal Air Space-Time」:空間その全体を作品とみなすinstallation)

その中で個人的に気になったこと。
それは、あの有名な歌川広重の東海道五十三次の「箱根湖水図」と、歌川国貞の通称「美人東海道」と呼ばれる「東海道五十三次之内 箱根之図」の箱根の山の形と色使いが全く同じだったことでした。


『初代歌川広重の風景画「東海道五十三次 箱根湖水図」と、歌川国貞(三代豊国)が描いた「美人東海道」などの作品で色使いや背景が一致するのは、国貞が広重の風景画を背景画としてそのまま借用(パロディ化や引用)して描いたためです。具体的な関係性は以下の通りです。
背景のオマージュ:役者絵や美人画の大家であった国貞は、広重の風景画が大ヒットした際、自身の美人画の揃物「美人東海道」などにおいて、広重の「箱根 湖水図」の奇抜な山並みや構図を背景として流用しました。
色使いの共有:広重の木版画特有のモザイク状にデフォルメされた山や、色鮮やかな多色刷り(錦絵)の色彩が、国貞の作品の背景としても同じ版元(版木)または同じ配色を元にして摺られたため、共通の色使いが見られます。』
歌川派の三代目を継承した国貞と当代きっての売れっ子絵師だった広重は、弟弟子の国芳と共に歌川派の三大絵師と呼ばれる兄弟弟子で共作もしており、この二つの絵も最初から意図的に描かれたものだったのです。

今回の『箱根をはじめとした東海道の風景から触発された表現を、江戸時代から現代に至るまで横断的に紹介』した企画展。作品毎の解説無しに印象に残った作品の幾つかです(参考までに今回の展示されていた作品は、ピカソとレオナール・フジタ以外は全て撮影OKでした)。





奥の壁に掛けられているのがパット・ステア「Waterfalls of Ancient Ghosts」)
(下の写真が企画展のエピローグとしての作品 名和晃平「PixCell-Deer」)


そして、因みに今回私が一番見たかったのは、その企画展ではなく常設展で展示されていた、以前記念切手の図案にもなった岡田三郎助の「あやめの衣」でした。



(他に、村山槐多「湖水と女」とピエール・オーギュスト・ルノワール「レースの帽子の少女」)
それにしても今回もポーラ美術館で感じたのは、美術展を見た後で散策した、昨年は雨で歩けなかった美術館の周囲に拡がる広大なヒメシャラの森の野外彫刻の遊歩道を含め、この地に美術館建設を決意した創業者(二代目だそうですが)の、正にノブレスオブリージとでも言えるその精神が今もしっかりと息づいているポーラ美術館と、以前見終わって正直“反吐を履きそうだった”程に嫌悪感を禁じ得なかった成金趣味の岡田美術館との、同じ箱根の地に在りながら、或る意味好対照とも言えるその精神性の違いについてでした。




GWも終わって松本の街中も空いてきたことから、久し振りにアルプス公園まで、出来れば今年は登山(と言っても、霧訪山などの里山や、“百名山”の中でもせいぜい美ヶ原くらいですが)を二年振りにしたいので、トレーニングも兼ねて私たちが勝手に“城山トレイル”と呼んでいる城山遊歩道を歩いてみることにしました。城山公園までは足慣らしを兼ねて、春になって何度か歩いているのですが、その先の遊歩道は今シーズン初めてです。
この城山遊歩道は、標高650mの城山公園から、城山山系の尾根沿いに鳥居山(743m)を経て770mのアルプス公園まで。そして、もし更に歩こうと思えば、このルートではその後もアルプス公園を抜けて、車道を歩くなどして891mの芥子望主山(地元の小学校の遠足先。山頂エリアは公園になっていて、展望台とキャンプ場も在ります)まで続けて歩くことが出来ます。

左の南側から大きな鉢を伏せたような鉢盛山、そして島々谷方面には雪を被った乗鞍が顔を覗かせ、そして大滝山から常念、更に右に目を転じると、鹿島槍などの後立山連峰が白馬まで続いています。
五月晴れの中で“薫る”風を感じられる様な、一年で一番爽やかな季節です。





次はマムシグサでしょうか(5月7日撮影)。仏炎苞という袋のような部分も、今回の様な緑色や以前見た紫色などの種類もあるのだとか。


続いて、白い小さな花で葉がユリの様な感じがしていたので、調べた中ではギンラン?或いはユキザサ?が似ている様な気がしますが、結局分かりませんでした。




そして、シャガ。昔母屋の庭にもありました。中国原産のアヤメ科の多年草で、かなり古くから日本に帰化しているそうですが、アヤメに比べると質素な感じがします。最後に野生のミツバです。勿論食べられますが、ワンコも散歩するコースなので食べるのは避けた方が無難でしょう(以上5月10日撮影)。


【追記】
今年はせめてまた美ヶ原には登りたいからと、毎週の様に“城山トレイル”を自宅の渚から城山公園を経由してアルプス公園まで、標高差190m往復10㎞弱の道のりを毎週トレーニングを兼ねて歩いています。



さて、前編でご紹介した、二代目となるカリタの手動コーヒーミル KH-3AM。
蓋付きではないモデルの一番の欠点は、挽き終わる最後の方になると、毎回コーヒー豆が(グラインダーで挽く時に、割れた勢いなどで弾かれて)外に飛び出てしまうことでした。


・・・と偉そうにいう程の“対策”でもないのですが、要するに蓋付きでないのなら蓋付きにすれば良いだけのことなので、自前で蓋を作ることにしたのです。
そこで、以前多面体フォトフレームのガラス製の表面カバーが落ちると割れたりして危険なので、100均ショップにあったA4サイズの透明プラスティックの下敷きを使って代わりのカバーを作った(第1999話)のですが、取ってあったその残りを使って、手動コーヒーミルの蓋(カバー)を作ることにしました。



固定は出来ないので、ある程度指で押さえながらハンドルを回して豆を挽いていきますが、素人工作で子供騙しの様な簡易的な蓋ですが、これが予想以上に効果抜群なのです。


【追記】
一ヶ月近く使ってみた感想です。
近頃の製品はどれもそうなのですが、原材料費のコストアップを価格に転嫁するか、それが出来ない場合はナントかコストダウンでその分を吸収するか、現場では一円単位での涙ぐましい改善努力をしているのだろうと、製造メーカーにいた者としては十分理解をしているつもりですが、しかしながら、そうは言っても今回の後継モデルで気になっている点です。
一つ目は、豆を挽いている時の底のズレ防止用に滑り止めシールが3枚貼ってあるのですが、それがたった数回の使用で剥げてしまいました。そこで、廃棄する前の以前のミルの底に貼ってあったシール(10年間全く剥がれずに使用)を慎重にカッターで剥がして貼り換えたのですが、その後特段の問題は発生していません(写真は貼り換えた後です)。

それはトップネジのゆるみ(緩み)です。
回転軸に、上からトップネジ、ハンドル、ストッパーが順番に嵌められていて、その下に挽き具合を調整する調整ネジが上下ワッシャーで挟まれて固定されています。それが殆ど毎回使用する度に緩んでしまうので、必ず挽く前に毎回トップネジを締めてからハンドルを回すようにしています。

『・ハンドルを速く回しすぎるとブレが生じ、ネジが緩みやすくなりますので、一
定の力で時計回りに回すのがコツです
・挽いている最中にハンドルが逆回転(反時計回り)するとネジが緩むため、
必ず時計回りに回してください
・分解して、ワッシャー(平座金)が正しい順番で入っているか確認してくださ
い。これが抜けていたりズレていたりすると、ネジがしっかり固定されません
・ネジの緩みは構造上どうしても起こりやすいため、挽いている最中に時々
締め直すことも手動ミルのメンテナンスの一部です』
と説明がされているのですが、全く同じ構造の初代ミルは10年間使っていましたが、その中でトップネジが緩んでガタついたという記憶は全く無いのです。
コストダウンのための材質の変更で緩みが生じ易くなっているのか、或いは何らかの理由での素人目には分からぬ構造変更がされているのか、一体何が違うのでしょうか・・・???
前を挽く前にネジを締めれば良いだけなのですが、とはいえ、正直些かストレスを感じています。
【注記】
因みに調べた中で、カリタのミルの中で、コーヒー豆を入れるホッパーに36g以上入って、挽いた粉を受ける容器が零れぬ様に40g以上という製品は、手動ミルでは2種類ありました。
それは「銅板ミル ac 」11500円 ホッパー最大容量:70g 粉受け最大容量:45g
喫茶店で見かける様な「ダイヤルミル」 27,500円 ホッパー最大容量:50g 粉受け最大容量:60g
ダイヤルミルは家庭用としては論外として、銅板ミル(蓋無し)は魅力的だったのですが、購入したKH-3AMに比べるとかなり高価なので、今回は対象外としました。
(但し、銅板ミルは粉受けが箱型の引き出しなので、コーヒーメーカーの円錐形のフィルターバスケットに粉を入れる時に、四角形の引き出しでは上手く入れられるのか、入れにくくはないのかは不明です)



