カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 久し振りに本屋さんで手に取って買った、時代小説の文庫本2冊。
一冊は、2012年の直木賞受賞作である葉室麟著『蜩ノ記』。二冊目は、野口卓著『水を出る-軍鶏侍④』。どちらも祥伝社文庫です。

 葉室作品は初めてです。この「蜩ノ記」は、ノミネート5度目の正直となったという直木賞選考で、その筆力や骨太の構成、時代考証などを評価する大方の意見の一方で、「既視感に満ちた話」(桐野夏生女史)という批判もあったやに聞きましたが、個人的にも全く同感でした。
著者本人も、この本に限らず、時代小説を書くに当たって藤沢周平を意識したそうですが、この「蜩ノ記」の清涼感、筆力、骨太さなどを理解した上でなお、題名からして、ましてや藩主側室となった幼馴染を守り通し、藩主亡き後出家したその側室と庵での二人での昔話、家老からの脅迫まがいの藩命により幽閉中の主人公の監視役となる檀野庄三郎、背景の山河の自然描写、凛とした静謐さ・・・等々、どうしても「蝉しぐれ」を思い出さずにはいられないのです。勿論、ストーリーや設定は異なれど、また豊後(羽後藩)と庄内(海坂藩)という温度差はあれど、どうしても読み手としては既視感(デジャブ)という呪縛から逃れられない。そして、不器用に義を通す潔さは感じつつも(そうまでして秘すべき程の大義かとの疑問は残りますが)、悪役としての家老まで含めて真の悪人が居ない小世界に思えてなりませんでした。

 そして、「軍鶏侍」シリーズ4作目となる「水を出る」。
4冊目が出たというのを、電車通勤でなくなったせいもありますが、新聞の新刊広告なども含めて目にした記憶がありませんでした。その意味で、余り話題にならなかったのかと思えた水準でした。今回は短編集といった構成で、3作目までのワクワクするような骨太のストーリー展開(第639話参照)に比べ、事件性もなく、ただ淡々と小宇宙のような日常を記述しただけ・・・・。特に秀作だと感じた第3作「飛翔」に比べ、この作品の持つ良さである、庄内の海坂藩に対しての四国の園部藩の温暖さも手伝っての、登場人物の暖かさ、ペーソスが、凛とした剣豪小説にプラスされて、なんとも言えない味わいがありましたが、それもストーリー展開があればこそ。最後の「水を出る」くらいでしょうか、前作までの味わいを彷彿とさせてくれて読み返したのは。「口に含んだ山桃は」など、「蝉しぐれ」の主人公文四朗の父同様に切腹させられた矢田作之丞の未亡人で、同じ長屋に住む淑江を連想しながらも、頁稼ぎとしか(だからどうしたという、少年の成長記としか)思えませんでした。
 そして、その次に読んだのは、ガラっと変わって、NHK合唱コンクールを題材にした「くちびるに歌を」(小学館文庫)。文庫本化を待っていました。長崎五島列島の中学校合唱部を舞台に、2008年の中学校の部の課題曲となったアンジェラ・アキの名作「手紙~拝啓十五の君へ~」を通じて、子供たちの成長を描きます。
次女の時のNHKホールでの全国大会銅賞を筆頭に、娘たちの小学校合唱部の“追っかけ”をしていた頃を懐かしく思い出しながら読みました。如何にも若者向けの日常の爽やかさを感じつつ、オジンにとっては非日常への期待感が些か強過ぎたようです。

 因みに、先述の「蜩ノ記」と「くちびるに歌を」の両作品とも、映画化されるそうです。ただ個人的には、軍鶏侍の「水を出る」の方が過去の経緯も背景とした短編であり(長編だとかなり割愛しないと二時間では描き切れない)、読後に爽やかな余韻も残る秀作なので、むしろ映画化に向いているのではないかと思います。

 そうこうしている内に、いよいよ待望の高田郁著「みをつくし料理帖」第9巻『美雪晴れ』が発売となりました。大事に読もうっと!