カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 春のセンバツに繋がる、秋の高校野球地方大会(早実の清宮選手が、地区大会で二打席連続HRを打って、一回戦から全国ニュースになりました)。
長野県内4地区予選、県大会、秋の北信越へと大会が続いて行きます。
この北信越5県で競う大会で、例年2校が春の選抜大会へ出場していることから、北信越で決勝(昨年は敦賀気比と松商。気比が北陸勢初となる選抜優勝)に進めば、春の甲子園出場の可能性が非常に高くなります(各地方大会の優勝校で争う、秋の明治神宮大会優勝校の地区に自動的に+1枠が追加。また他に、選考基準が良く分らぬ“21世紀枠”とかいうのもあります:注)
(以下、耳障りとは存じますが、こんなことはあまり無いのでお許しを!)

 さて、わが母校の松本深志高校。休みの日に、校庭のグランドで練習している野球部を見掛けると、車の中から「頑張れヨー!甲子園が待ってるゾー!」と毎年叫んで来ました・・・(生きている間に、一度は甲子園で応援したい!)。
助手席の奥さまは、口にこそ出しませんが「アホか」と思っているのが、アリアリと見て取れます(フム、女子高OBには分んネェだろうなぁ・・・)。
(・・・と、そんな前置きはどうでも良いのですが・・・)

 この秋の中信地区大会で、深志が、準決勝で松本第一(コールド勝ちでゼロ封)、決勝で松商を(延長で逆転サヨナラ勝ち)破って、ナ、ナ、ナント、中信一位で県大会へ駒を進めたのです(これだけで、地元ではニュースになります)。しかも、夏の前哨戦として春にも地方大会が開催されているので、1988年以来55季振りの中信大会一位とか。アッパレ!です。

 私メが入学した当時は、結構強くて県のベスト4くらいまで進出したこともありましたが、その後は殆ど地区予選や県大会での“出ると負け”状態が続きました。
ところが、娘が3年生の時に、夏の県大会で準決勝に進出。終業式は構内放送、一日6時間の授業を各コマ5分で済ませ、全校で長野市まで応援に行ったのだとか。もし決勝に行ったら、会社を休んでも絶対に応援に行くつもりが、エース金子千尋投手を擁する長野商業にノーヒットノーランで敗退。その後、また“冬の時代”が続いていました。
しかし、永久凍土も融かすかのような、今回のこの快挙。

 「深志ィ、ぐぁんばれー!甲子園は近いぞー!」
と、(県大会が始まる前の)今の内に騒いでおかないと・・・。
(一回戦はシードされ、本日初戦を迎えます)
【追記】
世間では(地元でも?)、甲子園とは全く無縁と思われているであろう松本深志高校野球部ですが、県内での野球部発足は最も古く、明治29年(1896年)の創部。夏は、旧制中学最後の年(翌年から、学制改革による新制高校)である昭和22年(1947年)に、一度だけ松本中学で甲子園に出場(確か、静岡勢との信静大会に圧勝しての出場と、その時に在学生だった、担任の先生から耳にタコが出来る程何度も聞かされましたっけ。でも羨ましかったナ・・・。但し、前評判高く臨んだ本大会では、選手たちがお腹をこわして敢え無く初戦敗退とか)しています。なお、春は出場無し。因みに、その時のエースが、テレビマンユニオン創立メンバーで、「オーケストラがやって来た」などをプロデュースした故萩元晴彦さん(これも良く聞かされました)で、後年(一時期ですが)、確か野球部の押し掛けコーチをしていたという記憶が・・・?
客観的に見れば、来シーズンも、(この冬の間、地道に走り込んでスタミナを付ければ)好投手草海君を要する上田西の優位は動かない(全国でも上位に行ける)とは思いますが、対抗馬は投手陣が整備されれば佐久長聖でしょうか・・・(ここ数年、長聖や上田西といった東信勢の上位が続いています。松商、東海大三もガンバレ!)。
【注記】
一応各県の秋の地方大会ベスト8以上の中から、各県の高野連が選び、地方推薦を経て選考委員会で決定。僻地枠なのか、文武両道枠なのか、はたまた品行方正枠なのか、・・・?(いっそ無くしても良いのでは)。
もし、万、万が一、深志が県大会で頑張ってベスト8まで勝ち上がり、来春推薦でもされたら・・・「こんな良い制度は失くすな!」って声を大にして言うかもしれませんが・・・。