カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 今年のOMF、セイジ・オザワ松本フェスティバル。
知り合いから、「オーケストラコンサートのチケットがダブってしまったので、聴きに行かないか」と誘っていただきました。
そのコンサートはオーケストラコンサートのBプロで、客演のフランソワ=グザヴィエ・ロトの指揮するブルックナーの交響曲第8番ハ短調WAB 108(ハース版)。80分以上にも及ぶある意味“超”大作で、ブルックナーの交響曲の中での最高傑作と評されています。演奏は勿論サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)です。
しかし、個人的にはブルックナーは苦手。例えば交響曲のジャンルで言えば、子供の頃に先ずは俗に三大交響曲と云われる“運命”、“未完成”、“新世界”に始まり、大好きなブラームスやシベリウス、そしてチャイコフスキーやシューマン、シューベルト、やがてマーラー・・・と次第にその範囲を拡げて聴いて来ても、ブルックナーには殆ど手を(耳を)出しませんでした。せいぜい、手持ちのLPやCDの中にも“ロマンチック”と7番がある程度。ましてや、これまで生演奏でブルックナーは一度も聴いたことはありませんし、今までは正直聴こうとも思いませんでした。
ただ、宗教曲の傑作テ・デウムだけは何度かCD等で聴いています。大地から湧きあがる様な荘厳な合唱の響き。特に終曲のフーガはベートーヴェンの“第九”の第4楽章のそれを彷彿とさせます。
ですので、ウィーンの教会オルガニストだったという彼の経歴もあって、個人的にはブルックナーの音楽はキリスト教と切っても切れない関係があり、だからクリスチャンでない自分には(何となくその表題だけで世俗的に感じられる4番以外は)彼の交響曲の根底にあるであろう、その精神性をどうしても理解出来ないのだと勝手に思っていました。

 そんな中で頂いた、ブルックナーの8番のコンサートチケットでした。
80分を超える大作ですが4楽章形式ですので休憩は無く、全曲通して演奏されます。そして、この日のプログラムはこの1曲のみ。指揮者のロトはフランス人の指揮者でドイツの楽団で研鑽を積み、問題行動で解任騒ぎも過去にはあった様ですが、カリスマ性を備えた指揮者だという評価。
演奏が始まっての感想。それはSKOの巧さとパワーでしょうか。16型の対抗配置で並んだ弦楽器群の奏でる、これが日本のオケかと思える様な(しかも結構女性奏者もいるのに)パワーに満ち溢れた圧倒的な迫力。今年もいつもの様にコンマスの席には豊島さんが、そしてその隣には矢部さんが座っていましたが、既に結成以来代替わりもしていて、若いメンバーも結構加わっているので、嘗ての様な斎藤英雄氏の指導で阿吽の呼吸で併せられるという、“弦の桐朋”出身のメンバーばかりでは無い筈です。そして、嘗てはマエストロ“世界のオザワ”の呼び掛けで集まった、手兵のBSOメンバー中心に世界中の腕利きばかりだった管楽器群も、夏のオフシーズンとはいえメンバーも変わっている筈です。
そして8本という指定のホルンは勿論ですが、金管楽器群の煌びやかさと門管楽器群のベルベットの様な柔らかさに、「本当に巧いなぁ・・・」と溜息しか出ませんでした。
 ただ、個人的に勝手なイメージとしてのブルックナーのシンフォニー。
教会のオルガニストらしい、神への信仰の元に何重にも重ね合わされたパイプオルガンの様な重厚なハーモニー・・・。それは、多分にブルックナーの指揮者と言えば、浮かんで来るのはギュンター・ヴァントやチェリビダッケ、そして日本ではマタチッチと朝比奈隆といったマエストロ達から受ける印象も重なっての、ある意味先入観も多分にあるのかもしれませんが・・・。
しかし、この日のロトの指揮から紡ぎ出される音楽は、宗教感や精神性ではなく、むしろフランス音楽的なミュンシュ、マルティノンに代表される様な鮮やかな色彩感・・・でした。しかもテンポも速い。それが上述のマエストロたちのブルックナーの様な重厚感を感じさせない理由だったのかもしれません。
確かにオケも巧い、演奏は鮮やかというか煌びやかで華やか・・・・。
初めて生で聴くブルックナーではあったのですが、「ウーン、そうか、これがブルックナーの8番なのか・・・?」。
唯一、指揮者の意思、意図が感じられたのは、最後終わった後に30秒近くタクトをそのままで降ろさなかったこと。我々聴衆も誰一人“フライング・ブラヴォー”を叫ぶ輩も無く、その指揮者のタクトが降ろされるのを、ホールの全員が息を潜めてじっと待っていた、まるで息苦しくさえ感じられた“永遠”の30秒間だったでしょうか。
やがてタクトが静かに下ろされると、客席からはブラヴォーの嵐! 
 「フーン、そうなんだ。これが心酔する“ブルックナー・マニア”が評価する“ブル8”なのか?・・・」
 余談ですが、最近では(多分コロナ禍以降?)サントリーホールなどでの海外からの有名オケや松本でのN響のコンサートでも、ちゃんと事前アナウンスも含め認められていたカーテンコール中の写真撮影。どうしてOMFではOKにしないのだろう。
しかも、マエストロ・オザワ亡き後、止むを得ないとも思いますし、チケットが海外の有名オケ並みにまで高騰してしまったことも影響しているのかもしれませんが、嘗てテント村が出現するのが恒例だったメインのオーケストラコンサートですが、今やチケットが売れ残っているという現実も含め、例年通りの最後に県花リンドウをオケメンバーがステージ前のお客さんに渡すだけでなく、もっと聴衆フレンドリーであっても良いのに・・・。そんな疑問を感じて、多少モヤモヤしながら会場の県文(キッセイ文化ホール)を後にしました。
蛇足ではありますが、チケットを譲って頂いた方にそれ相応のお礼をさせてお頂いたのは勿論言うまでもありません。

コメント

コメント追加

タイトル
名前
E-mail
Webサイト
本文
情報保存 する  しない
  • 情報保存をすると次回からお名前等を入力する手間が省けます。
  • E-mailは公開されません - このエントリーの新規コメント通知が必要なら記入します。

トラックバック