カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 町屋の続く京の街並みに、しんしんと雪が降る大晦日の情景を描いた東山魁夷画伯の傑作-「年暮る」。
先日、NHK-BSプレミアム「極上美の饗宴」で3回に亘り東山魁夷が取り上げられていた中でも、この作品が紹介されていました。

 この「年暮る」は、画伯が生前に多くの作品をまとめて寄贈した東京国立近代美術館でも長野県信濃美術館(東山魁夷館を併設)でもなく、また画題に縁の京都でもなく、東京広尾にある山種美術館に収蔵されていて、今回『美しき日本の原風景』と題した企画展で展示されているとか(今週末の24日まで)。
ちょうど娘たちのところに上京する機会があり、時間をやり繰りして実物を見に行くことにしました。
ちょうど東京では、国立西洋美術館で「大英博物館 古代ギリシャ彫刻展」も開催中。昔教科書で見た「円盤投げ」にも後ろ髪を引かれつつも、初志貫徹と恵比寿に向かいました。

 山種美術館-山種証券の創業者である山崎家が収集した、近代を中心とする日本画専門の私立美術館。若い頃はルーブルやオルセー(3回は行ったかな?)などの西洋画が好きだったのが、齢を重ねた今は何故か日本画に心惹かれます。
以前朝日新聞の「Be」で紹介されていた三代目山崎館長の言を借りれば(西洋画との違いを問われて)、余白を活かす日本画の特徴は「何を描くかではなく、何を描かないか」なのだそうです。ナルホド、深いなぁ。捨てる美、或いは切り取る美とでも言えば良いのでしょうか。国立博物館で見た等伯「松林図屏風」が思い出されます。

 新宿から山手線に乗り、お上りさんには渋谷よりも分かり易かろうと、恵比寿駅から(歩くのが大嫌いな奥様故)バスに乗り二つ目の停留所。広尾高校の対面のビルの1階が美術館ロビーで、地下が展示室。温度と湿度管理上、地階が好適なのだそうです。

 『美しき日本の原風景』展。
先ず、川井玉堂、奥田元宋の風景画が並びます。
「元宋の赤」と称えられる契機となったという東北の紅葉を描いた「玄溟」に圧倒され、雪の松島を描いた「松島暮色」に魅せられ、震災後の松島に想いを馳せます。
そして、お目当ての東山魁夷の連作「京洛の四季」。今回は春夏秋冬の4枚が一堂に会して展示されていました。

必ずしも学生時代の京都を思い出したという訳でもないのに、眺めていると何故か涙がこみ上げてきます。例えモナリザであれ、ラファエロであれ、これまでどんな名画であっても、感動はするも絵を見て涙ぐむことなど一度として無かったのに、生まれて初めての不思議な体験でした。
 特に念願だった「年暮る」。
河原町御池に建つ旧京都ホテルから眺めた町並み(東山方面でしょうか:追記)だそうです。大晦日、しんしんと降り積もる雪が包み込むような、京の町の静寂の中に、確かに染み入るように除夜の鐘が絵から聞こえてくるような気がします。
暫くの間、その前から離れられませんでした(離れた後もまた戻って、「玄溟」・「松島暮色」、そして後述の「秋彩」と共に結局3度鑑賞)。

「京洛の四季」は、川端康成から「京都らしさが失われてしまわない内に、是非京都を描いて欲しい」と勧められて、東山魁夷は春の洛北鷹ヶ峰の「春静」と冬の「年暮る」を最初に描き、その二点を購入していた山種美術館の創立10周年と20周年に合わせて、残りの夏の修学院離宮の庭園を描いた「緑潤う」と、最後に秋の小倉山をモチーフに「秋彩」を描いて、京都の四季が完成したと言います。
「秋彩」は青い小倉山を背景に赤と黄色の紅葉の対比が鮮やかです(写真はギャラリーショップで購入した色紙から)。
 鑑賞後、ロビーの喫茶コーナーで、今回の展示に合わせた和菓子(奥様のチョイスは、奥田元宋の大作「奥入瀬春」をモチーフにした銘「水のほとり」と伊東深水の「富士」からの同「はごろも」)とお茶のセットを頂きました。なかなか風流ですね(興味ある方は山種美術館のH/Pから見ることができます)。家内はお抹茶、私は珈琲(京都スマート珈琲・・・拘ってます)。
“絵よりも団子”とばかり、和菓子一つでは足りないと、二つとも私メに味見用の一欠を残して奥様が頂きましたが、至極満足そうで何よりです。ま、付き合ってもらったお礼で、宜しいんじゃないでしょうか。
奥様曰く、「上野の国立博物館とかは広過ぎて疲れるけど、ここは新宿からも近いし、こじんまりしていて丁度イイ」のだそうです。でもお上りさん的には、一度にたくさん見られる方がイイんですがね。

 なお、次回の山種美術館の企画展は、『日本画どうぶつえん』と題して近代日本画の傑作、竹内栖鳳「班猫」(重要文化財)と速水御舟の「炎舞」(重要文化財)が特別展示されるとか。花鳥画に留まらず、昆虫にまで題材を拡げていった日本画。確かに蛾も動物です。
斑猫(はんびょう)が前半で、炎舞は後半展示。うーん、ズルイなぁ、一緒に展示すればイイのに。でも、見るなら炎舞かなぁ。妖艶というか凄みすら感じますもの。

 帰りは余韻を楽しみながら恵比寿までゆっくりと歩きましたが、ずっと下り坂。駅までは僅か800mとは言え、特にこの猛暑の中では、家内でなくとも駅からはバスで正解だったかもしれません。
【追記】
この絵の上部に描かれたお寺の屋根。町屋の続く街並みだけではなく、この大屋根が京都らしさを更に醸し出しているような気がします。どこのお寺さんなのか?学生時代、京都に住んでいただけに気になります。
どうやら、河原町御池の京都ホテル(現京都ホテルオークラ)から東山方面(南禅寺の方角)を見ての線上にある「要法寺」ではないかとのことです。確かに学生時代、鴨川の左岸(東側)には絵の邪魔になるような高いビルは無かったような気がします。要法寺は日蓮宗の本山とのことですが、学生時代も残念ながら訪ねたことはありませんので、観光的には必ずしも有名なお寺さんではなさそうです。

但し、BS「極上美の饗宴」で3日目の風景画の時に取り上げられていた「光昏」(こうこん)は、野尻湖から見た黒姫山と箱根の紅葉の2つの風景を重ねたものだと解説していましたので、「年暮る」も、画伯は(当然かもしれませんが)必ずしも見た通りに描いている訳ではなく、景色を通じて自身のイメージを描写したのかもしれません。ただ、「京都らしさを描いて欲しい」という川端康成の希望をふまえれば、その時代に見た“京都そのもの”が描かれているのではないか・・・と思います。絵の一番下の道路に、雪の降る中を走る車が描かれているのも臨場感を演出しています。