カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 以前にも書いたのですが、本業のグラフィックデザインよりも、“いい酒、いい人、いい肴”をモットーに「居酒屋評論家」の方が有名になってしまった「居酒屋放浪記」の太田和彦氏(因みに、「吉田類の酒場放浪記」という番組がBS-TBSで放送されていますが、「居酒屋放浪記」の方が先達です。また、居合わせた人たちとワイガヤで飲む吉田氏に対し、太田さんは一人酒場で静かにじっくりと呑む、という感じですね。特に“いい酒、いい人、いい肴”に出会った時の視線の暖かさが心に染みます)。

 さて、我がバイブル『居酒屋放浪記』(新潮文庫)の中(第1巻「立志編」)で、故郷松本をいつもの帰省ではなく取材先として訪れ、昔懐かしい「塩イカ」を探す件(くだり)があります。
福井県の港町で見つけて買おうとしたら、「こんなもの、信州人しかよう食わん!」と言われガックリしたとか、どこの居酒屋でも見つからず、諦めて最後〆で入った小さな無愛想な店(「草枕」)で、お通しで出されて感激し、お代わりを頼んだら、無言で今度は山盛りで出てきたことなど(第5話参照)。

 塩イカは、生イカが流通できなかった時代の山国信州では、日持ちするように茹でて塩漬けにしたイカしか食べられなかったことに由来します。
この塩イカ。そのままでは塩辛くて食べられないので、必ず塩抜きをします。そして、これをキュウリの輪切りと、ただシンプルに醤油で和えただけのものが、本来の“正統派”「塩イカ」です。松本ではキュウリの採れる夏の冠婚葬祭などの自宅での客呼びの際、昔は必ず出された定番料理でした。
子供の頃、母の実家のお盆に名古屋から帰省して来た新宅の叔父が、何が食べたいか聞かれて「塩イカ!」と即答していましたが、今なら分かる気がします。松本でしか食べられませんから(正確には「食べない」?)。
流通が発達し、今では信州でも生きたイカが食べられる時代。塩イカは信州の食卓から姿を消しましたが、今でも細々とは言え、ちゃんと地場のスーパーで売られていて、居酒屋でも時々郷土食としてメニューにあるのを見かけることがあります。

 松本市内では、「草枕」以外でも、例えば「蔵のむこう」や「御代田」などの何故か蕎麦居酒屋に、この「塩イカ」が一品メニューとしてあり、これまでも時々懐かしくてオーダーしました。でも、ちょっと違うんだよなぁ。キュウリが細切りだったり、酢の物仕立てだったり・・・。

 先日、いつものスーパーへの食料品の買出しの際、昔ながらの“丸”の塩イカの他に、塩抜きをして輪切りにカットされた塩イカがパック詰めにされて売られていて、これなら家で手間を掛けなくても良い(塩抜きは結構時間が掛かるようです)ので、何となく買ってしまいました。

採り忘れて大きくなり過ぎた自家菜園のキュウリがあるので、これを使って正統派「塩イカ」を作ることにしました。と言っても、調理というほど大袈裟ではなく、ただキュウリを薄く輪切りにし、既に塩抜きされてカットされているイカを水洗いして一緒に醤油で和えるだけの超簡単料理です。
醤油ではなく、居酒屋のようにポン酢でもイイかもしれませんし、ツユの素を使ったり、胡麻油を少し入れて中華風にしても良いかもしれません。
しかし、松本の“正統派”塩イカは、ただシンプルに醤油のみ。

 家内は気色悪がって(どうやらゲテモノを見るような雰囲気で)食べませんが、昔懐かしい素朴な味です。
小分けにしたのに、結局一人で全部平らげてしまいました。うん、満足、満足・・・。今度、お袋にも作って食べさしてあげヨっと(ところが、入れ歯では食べ辛いとのこと。そりゃ残念)。

 因みに太田和彦氏の『居酒屋放浪記・立志偏』での題は、「松本の塩イカに望郷つのり」。懐かしき郷愁の味です。