カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 10月31日から始まった、松本市美術館「橋本雅邦と幻の四天王」展(第1025話参照)へ先週末行って来ました。
 朝、母をデイサービスに送り出した後、恐らく混んでいるだろうからということもあり、10時の開館時間に合せて、朝のウォーキングも兼ねて歩いて行くことにしました(もし歩き疲れたら、帰りはバスに乗れば良いからと)。
 11月15日までの前期では菱田春草の「落葉」が展示されていて、17日からの後期には同「黒き猫」が展示されます(注)。いずれも細川家の永青文庫蔵の重要文化財指定。春草の傑作中の傑作として知られ、今回の展示の中でどうしても見たかった作品ですので、前後期二回見に行かないといけません。折角ですので、期間中三回実施される学芸員の方によるギャラリートークも聴く予定ですが、可能な日が後期になるため、特別展については後日紹介させていただくとして、今回は春草の「落葉」にフォーカスします。
開館時間過ぎに到着した美術館は、思いの外混雑してはいませんでした(これが東京なら人だかりでしょうに、勿体無い!)。お陰で近寄ったり離れたりしながら、じっくりと作品を鑑賞することが出来ました(地方の特権!)
(「落葉」のイメージ?・・・会社近くの雑木林で撮影)

 病(網膜炎と腎臓病)を患い、日本美術院が居を構えていた茨城県五浦(いづら)から失意の内に一人戻らざるを得なかった春草が、その静養先の代々木で、当時は周辺に拡がっていたという武蔵野の雑木林を散策する中で見た情景が画題になっています。死の一年前に描かれた5つの「落葉」の中での最高傑作が、今回出展された本作「落葉」(明治42年文展最高賞)です。
“凍れる音楽”と奈良の薬師寺東塔を評したのはフェノロサですが、これは優れた建築も音楽の様な形式美(例えばソナタ形式)を備えていることを指しているドイツの思想家の言葉「音楽は流れる建築であり、建築は凍れる音楽である」から引用したものとか(従って、フェノロサの創った言葉ではありませんし、「凍れる」はIce Beautyの意味でもありません)。
その意味(六曲一双の屏風で、青葉の杉と黄葉する柏を左右に配し、それを取り囲むようにクヌギやナラの幹をシンメトリー的に置いた構図)で、その“時”を切り取った画像であるこの春草の「落葉」からも、凛とした静寂の中から音楽の調べが聴こえて来るような気がします。言うなれば“静けき音楽”でしょうか。そして、その秋に流れているのは、さしずめブラームスの弦楽六重奏曲第1番の第2楽章か、サティのジムノペディか・・・。
 透き通るような不思議な透明感、と同時に、何とも言えぬ“小春日和”の様な暖かさ。後世の者故に知り得る、春草に残された僅か一年の余命故の、落葉の如くに散り行く生の儚さと常緑の杉の若木に託した永久(とわ)生の輝きか・・・と見るは、余りに穿ち過ぎでしょうか。
じっと眺めていると、何だか吸い込まれて行くようで、遠近法を越えた宇宙的な無限の深さと拡がり・・・を感じます。これが、良く云われる、等伯の「松林図屏風」との近似性なのでしょうか(第254話「長谷川等伯没後400年展」参照)。

 後年、盟友横山大観は、自身が高い評価を得ても「・・いや、春草の方がずっと巧い」と語っていたと云います。
 終わってからの帰路。少々歩き疲れたので、開智にある開運堂「松風庵」で一休み。こちらは、お城の裏手の閑静な住宅街の中にある和菓子喫茶(だそうで、私メは初めての来訪)。
松本では老舗の菓子舗「開運堂」が運営する甘味喫茶で、お茶は煎茶かお抹茶のみで、6種類ほどの生菓子との組み合わせから選べます(二つ共奥さまの胃の中へ)。
絵を鑑賞した後の、広尾の山種美術館一階ロビーにある喫茶「椿」(所蔵する速水御舟「名樹散椿」に因む。第571話参照)を思い出します。市美術館の洋芝のパティオの奥にも隠れ家的なビストロがありますが、日本画を見た後はやはり繊細な和菓子の方が似合います。山種の様に、その時の展示作品に因んだ菓子ではないにしても、こちらも「残菊」といった秋に相応しい生菓子も用意されていました(「笹巻栗蒸し羊羹」と「残月」をご所望)。
 店内の開口を大きく取った窓越しに眺める、自然を模した和風庭園が何とも心地良い。この日は、開け放たれていて、店名の通りの松と、何種類かの楓がちょうど紅葉していて、秋の深まりを感じさせてくれます。平日はご婦人方で結構混んでいるそうですが、この日は幸い我々だけ。街中に居るのを忘れるように、静かに時が流れて行きます。庭を挟んで反対側には、多分茶室でしょうか、数寄屋造りの建物もありました。
 春草の「落葉」を鑑賞した後の秋の庭に、その「落葉」を思い出しながら、鳥の鳴き声と風の音しか聞えない様な静かな秋の風情を、暫しゆったりと眺めていました。
【注記】
『国宝・重要文化財の公開に関する取扱事項について』(文化庁長官裁定H8.7.12)により、国宝・重文(美術工芸品)は常設展示を認めず、作品保護(特に光から守る)のために、公開は年間二回以内、日数は延べ60日以内、それ以外の期間は収蔵庫による保管をすべきこと、なお劣化の危険性が高いものは延べ30日以内の公開に制限がされている。その上で、展示の方法や環境等、細かく規定(例えば撮影を含む文化財の取扱いは、専門知識のある学芸員がすべきことなど)されている。書画以外の陶芸作品も塗料が変化する危険性があり、その対象。
なお、例えば東京国立博物館の考古館に展示されている、国宝を含めた出土品は美術工芸品ではないのでこの対象外。そのため常設展示されており写真撮影も可能(いつ見ても本物なので、ワクワクします)。