カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 12月23日、クリスマスイブの前日。松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール松本。地元での略称は“音文”で現キッセイ文化ホールが県立故に“県文”)で鈴木雅人指揮バッハコレギウムジャパン(BCJ)のヘンデルのオラトリオ「Messiah(救世主)」の全曲演奏会が開催されました。
本来であれば、“聖夜のメサイア”として毎年24日のクリスマスイブにサントリーホールで演奏され、その前日は例年軽井沢の大賀ホールで演奏される名物コンサートです。それが今年、松本で23日に演奏会があり、翌日は松本と同じ顔触れで“聖夜のメサイア”でのサントリーホールとのこと。調べてみたら、今年の軽井沢は既に12月11日にご子息の鈴木優人指揮でソリストも異なるメンバーで実施されていました。謂わば23日の演奏会を今年は軽井沢から松本が奪い取った感じです。

 今まで、BCJのメサイアを一度は聞きたいと思いながら、12月23日だと雪の三才山峠越えになることにビビッて、今まで軽井沢には聴きに行けてはいませんでした。と言うのも、定年前の4年間は上田の子会社に車で毎日通勤したのですが、冬は降雪でトラックが立ち往生するなどして、大渋滞や何時間もの通行止めになったことがありましたから。それが、今年はナント峠越えせずにこの松本での開催と知り、ハーモニーメイトに再登録をして勇んでチケットを購入した次第です。

 コロナ禍の前から、松本の音文(ザ・ハーモニーホール)もディレクターが定年で交代してから、聴きたいと思える企画(派手さはなくとも、渋くて味がある様な。或いはいずれ世界的になるだろう期待の新鋭を先取りする様なコンサート)が無くなり、それまで長年ずっと継続してきた会員(ハーモニーメイト)を企画へのささやかな抗議の気持ちもあって辞め、更にその後のコロナ禍が輪を掛けてコンサートそのものが開催されなくなったことも手伝い、東京どころか地元の松本でさえも生の演奏を聴きに行くことが無くなっていました。

 この日は大雪の日本海側の影響で北アルプスを雪雲が越えて来たのか、朝一面の銀世界でしたが、積雪の量は大したことは無く1㎝程。でもXmasのメサイアに相応しく、松本はホワイトクリスマスになりました。
演奏によっては2時間半近くにもなるオラトリオ・メサイア。全体は三部構成で、二部の最後が有名なハレルヤ・コーラスで、全体の最後はアーメンコーラスで締め括くられます。
私が持っている二枚組のCDはシンガポール赴任中に現地のCDショップで購入したものですが、G・ショルティ指揮のシカゴ交響楽団・合唱団で、ソリストにソプラノのキリ・テ・カナワなど、当時の超一流演奏者ではあるのですが、録音された当時はどのメサイアも著名な交響楽団に依る大編成での演奏が主流でした。しかし、その後の音楽史的研究で、作曲されたバロック時代にはそんな大編成のオーケストラも、その後様々な改良が施される近代楽器(モダン楽器)も存在していないので、その時代の実際の演奏は、今回のBCJの様な当時のバロック様式での小編成の楽団で、且つ使われている楽器も古楽器(ピリオド楽器と呼ばれる当時のオリジナル楽器:例えば現在の様な金管楽器ではなく、木製のフルートやナチュラルトランペットやナチュラルホルンと呼ばれるシンプルな楽器、他にバロック特有のリコーダーやリュートと呼ばれるマンドリンに似た弦楽器など)だった筈・・・という研究成果を踏まえた演奏や録音が多くなりました。

         (音文の写真は今年の撮影ではありません)
 開演が夕刻6時半で開場は5時半。その時間をちょっと過ぎて会場のザ・ハーモニーホール松本( 音文)に着いたのですが、既に駐車場には多くの車が停まっていました。
コロナ禍で、音文でのコンサートも3年振り。教会の様な大きな三角屋根と周りを取り囲む旧鐘紡時代からの大きなヒマラヤスギが、クリスマスシーズンのメサイアに相応しい気がします。しかもホールの内部も正面に県内唯一のパイプオルガンもあって、こちらも教会の様な雰囲気。そんな会場の環境も手伝って、「やっぱり、年末には第九よりもメサイアでしょ!」と一人得心。
ただ、残念ながら先日のサントリーホールとは異なり、この日のカーテンコールでの写真撮影OKという張り紙もアナウンスも無し。地方はまだ都会のそうした趨勢に付いていけていない様で残念です。

 遠来のBCJメンバーの入場を拍手で迎えます。楽団、合唱団共に20人程。ソリストはソプラノがプラハ出身の女性で、アルトを英国出身男のカウンターテナーの男性が担当。テナーとバスは日本人。このソリストが翌日のサントリーホールも出演します。
片や2000席に対し、音文は700席ちょっと。音響の良いこのホールならどこで聴いてもサントリーホールのS席と一緒。実に恵まれた環境です。
 我が国のバロックアンサンブルの最高峰バッハコレギウムジャパン。コンサートマスター(ミストレスでは無くマスターとの記載)はブリュッヘンの創設したオランダの「18世紀オーケストラ」のメンバーでもあったという、我が国のバロックヴァイオリンの第一人者若松夏美さん。そして、今回のコンサートのナチュラルトランペットには、同楽器の世界の第一人者と云われるジャン=フランソワ・マドゥフさん。他にも松本バッハでもお馴染みだったオルガンの大塚直哉さんや、モダン・バロックチェロ双方を演奏する上村文乃さんといった顔触れも。
 冒頭、初めての体験でしたが、最初にバスのソリストがステージ中央に進み出て、「偉大なる出来事を歌おう(MAJORA CANAMUS)」(ウェルギリウス「牧歌」第4巻)という朗々とした朗読があって、それから第一部の演奏が開始されました。
カウントの違いによりますが、三部構成からなる全50曲前後の器楽合奏、各レチタティーヴォとアリア、そして合唱。
テノールのアリア“Ev'ry valley”、続く合唱“And the glory of the Lord”など耳に馴染みのある曲が次から次へと演奏されていきます。
驚くべきは合唱の素晴らしさ。僅か19人、各パート5人足らずなのに取り分け分厚いバスの低音に支えられた見事なハーモニー。
そしてソリストも、ソプラノの有名なアリア“Rejoice greatly, O daughter of Zion”を始め、ハナ・ブラシコヴァさんの水晶にも喩えられるという程の透明感の素晴らしさ!ビブラートの無い、その澄み切った歌声はオペラには向かなくても、バロックなどの中世音楽にはまさにドンピシャ!またバスの大西宇宙さんも艶のある輝かしい響きは見事!でした。
これまで、フィリップ・ヘレヴェッへ指揮シャンゼリゼ管弦楽団とコレギウム・ヴォカーレの“モツレク”や松本バッハ祝祭管の「ロ短調ミサ」など幾つか生で聴いた合唱曲の中で、今回のBCJのメサイアが最高でした。
第一部が拍手に包まれて終了して休憩。通常は第二部と三部は通して演奏される筈ですが、この日はコロナ禍対応での換気のためか、第二部終曲のハレルヤ・コーラスでも休憩。そのため、通常では無い拍手をもって第二部も終わることが出来ました。ハレルヤもですが、第三部のバスのアリア“The trumpet shall sound”では勇壮なトランペットが鳴り響きます。バロック音楽ではトランペットが神を表すのだそうですが、バルブで音階を分ける近代のトランペットと違って、ナチュラルトランペットは唇の形だけで音階を作る(リッピング)という難しい楽器。それをマドゥフさんが名人芸で高らかに鳴らします。
そして終曲の合唱“Worthy is the Lamb”に続き最後のアーメン・コーラスへ。ハレルヤ同様にソリスト全員も合唱に加わり感動のフィナーレ。ハーモニーホールの教会の様な雰囲気と音響の良さも手伝って、見事なメサイア。
本当は禁止だったであろうブラボー!が幾つも掛かったのも「むべなるかな!」と思わせてくれる圧巻の演奏に、何度もカーテンコールが繰り返されます。しかし、何度繰り返しても飽き足らない程の感動でした。その何度も続くカーテンコールに、まさかあるとは思わなかったアンコールが・・・。
「えっ!?」と驚いている内に始まったのは、Xmasに相応しく『牧人羊を(The first noel)』を合唱団だけのアカペラで。ピアニシモのハミングから始まった、素敵なアレンジの透明感溢れたハーモニー。会場外に拡がる雪化粧した松本のXmasに相応しい、思い掛けない、とても素敵なクリスマスプレゼントでした。

 紛れも無く、現代最高峰のバッハコレギウムジャパンの「オラトリオMESSIAH」。この松本で聴くことが出来た喜びと、毎年絶対に聴きたくなる様な中毒性の麻薬にも似た興奮と・・・。何とも幸せな満足感に包まれた最高のXmasでした。
【追記】
最高だったBCJのメサイア演奏会。惜しむらくは、開演時間の6時半が遅かったのではないか?・・・ということでしょうか。主催者側が、演奏終了後「コロナ禍故、指示されたブロック毎の退場を!」と呼び掛けても、それを無視した退場者多数!休憩やカーテンコールを含めれば、開演から3時間で夜の9時半近くなっていました。
我々の様に車で僅か10分程で帰宅出来る地元客は全然構いませんが、長野ナンバーや諏訪ナンバーなど、県内各地からこのXmasの機会に開催されるBCJのメサイアを楽しみに遠路はるばる来られた方々や、中には県外からも来られた(群馬ナンバーや山梨ナンバーの車も見受けられました)方もおられる中で、これから2時間近く掛けて帰らなければならないお客さんは一秒でも早く出たい筈。そうしたことを事前に考えれば、もっと早い開演時間の設定が望ましいだろうことは十二分に予測出来たのではないでしょうか。
因みに、12月11日に開催された、軽井沢大賀ホールの鈴木優人指揮でのBCJの「メサイア」は、 開場14:30、開演15:00、終演予定18:00、また松本と同じメンバーで翌日サントリーホールで開催される“聖夜のメサイア”は 16:00開演(15:20開場/19:10終演予定)でした。
片や、新幹線でも移動可能な軽井沢と広く首都圏から集まるであろうサントリーホール。新宿からの移動だけでも3時間余りを有し、リハーサル時間の確保によっては、出演者が前後に泊まらざるを得ない松本との差はあるにせよ、アナウンスを無視してぞろぞろ帰られる方々を見ながら、主催者側はもっと熟考すべき時間設定だったのではないかと、感じた次第です。