カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 六本木の国立新美術館でビュールレ展を観賞しての帰り。教えていただいた「美術館通り」をまた地下鉄六本木へ戻ります。ちょうど昼時の月曜日でしたので、ランチに向かう会社勤めやOLの方々で一杯だったことから、
 「どうする?この辺は良く分からないから、乗り替えの浜松町か蒲田まで戻ってから食べる?」
 「お腹空いた!そこまでもう我慢出来ない。」
と、“欠食婦人”の仰せ。そのため仕方なく、道すがら、
 「ここは?」
 「うーん、イマイチかなぁ・・・」
を繰り返しつつ、目に入ったのがアジアン風の小さなお店。確認すると、どうやらタイ料理店の様です。
 「じゃあ、ここにしよう!」
看板にあったランチメニューの中から、私メは東南アジアのぶっかけ飯が食べたくてのガパオライスセット1080円をチョイス。家内はセンレック・ナームというタイのアッサリ汁麺900円とやらを選択。ランチのセットメニューには小鉢が付いていて、ガパオライスにはとトムヤムクン・スープと生春巻きが、汁麺には春巻きが付いていました。
ランチメニューでは、他にもタイ風チキンライスのカオマンガイやパッタイ、また鶏肉のグリーンカレーやトムヤムクンヌードルなど、どれもお馴染のメニューがありました。
 シンガポールで慣れ親しんだ懐かしい東南アジア風に右手にスプーン左手にフォークを持ち、フォークの背でスプーンにライスと具を載せて食べます。
そのガパオライスの辛い事、辛い事。髪の毛の中まで汗が流れる様な感じで汗だくで食べましたが、辛くて実に美味。変に日本風にせずに現地に近い味付けで、今まで食べたガパオライスの中では一番美味しく感じました。勿論ライスもタイ米です。ただスープのトムヤムクンは塩気が強過ぎて、途中で飲むのを止めてしまいました。トムヤムクンは、新宿ルミネ地下のカオサンの方がお美味しいと思います。
奥さまの頼んだ汁麺は甘めの鶏ガラスープで、付け合わせの生春巻きも甘めの味付け。一方ガパオライスのセットの生春巻きは、ガパオの味付けに合わせてか、かなり辛めの味付けでした。
店内は7席程のカウンターと、奥にもテーブルがありましたが4卓程度で、かなり狭い店舗です。店内の装飾もタイ風のデコレーションで、シェフとスタッフも皆さんもタイ人の方々でしたので、味付けだけではなく雰囲気も現地にいる様な感じでした。
後で調べてみると、その店はタイ料理の「クルン・サイアム六本木店」でした。吉祥寺や自由が丘など首都圏に“タイの食卓 クルン・サイアム”として7店舗ほど展開しているようです。家内も満足したらしく、タイ料理も好きな次女と糀谷からだと近い大井町店に行って見るとのことでした。

 翌日の東京での最終日。持ち帰る冬物を車に積んで、昼頃東京を発つ予定です。
早朝のウォーキングがてら、東口に比べ馴染の薄い西口方面を散策して見ることにしました。前回も松本のイオンモールに出店したインド料理の「フルバリ」の場所を確認することが出来ましたが、今回は、この日のランチに来ようかと、以前「石ちゃんの通りの達人」で紹介されたチーズフォンデュ・ピザが美味しそうだったイタリア料理のお店を探してみましたが結局見つからず、どうやら閉店してしまった様です。若いご夫婦が経営されていた様でしたが、ランチとしては2000円近い高額だったためか、“石ちゃん効果”は無かったのでしょうか?。都会の入れ替わりは激しいですね。

 ホテルのチェックアウトが11時でしたので、そこで、この日の早昼に選んだのは、同じく別のTV番組で紹介されていた「とんかつ檍(あおき)」。
ホテルからもすぐ近くにあり、日曜日の昼頃行列が出来ていたので確認すると、その店がとんかつの「檍」でした。以前TVでその美味しさを絶賛されていて、家庭でもトンカツを美味しく調理するコツを「檍」のご主人が取材を受けて説明されていました。たまたま視ていたのですが、そのお店の場所が蒲田だったことから、今度行ったら食べてみようと家内と話していました。
その日は火曜日で11時開店とのことでしたが、平日でも行列必至とのことから、先にチェックアウトを済ませて10時半に行ってみました。すると既に待っておられるお客さんもいましたが、我々は2番目。店内はカウンターのみの10席とのことでしたので、開店の一巡目で食べることが出来ます。
待つこと30分。11時の開店時間には20人程の行列になりました。分かったことは、「檍」は日月定休日とのこと。従って日曜日に見た行列は、「とんかつ檍」ではなく、隣のかつカレー専門の姉妹店「いっぺこっぺ」の行列だったのです。この日、かつカレーの方は開店時に4人程でしたので、平日はかつカレーはそれ程待たずに食べられるのかもしれません。
大門にも支店があるそうでご主人はこの日大門店の方に行かれている由。「檍」で使っている豚肉は、林SPFポーク(無菌豚ではないが、特定の病原体が排除されて育てられた豚)という肉を使っていて、サクサクでジューシーな絶品のトンカツだそうです。
開店前に女将さんが一巡目の客に事前にオーダーを確認し、着席すると即座に提供されて来る仕組み。客の回転を良くするためでもあるでしょうが、席に着くとすぐに食べられるので客にとっても実に有り難い。私メは平日の昼限定というロースかつランチ1000円。家内はヒレかつ定食1500円を注文。他のメニューでは、上ロースが1500円、特上ロースが2000円とのこと。
 定食には豚汁とお新香がつきます。トンカツや千切りキャベツ用のソースも用意されていますが、「檍」ではテーブルに用意されている岩塩や海水塩など7種類もの塩の中から選んだ塩でトンカツを食べるのがお薦めだとか。その後で、ソースでまた味を変えて食べるのも良し。
本当に衣がサクサクで肉も柔らか。特にヒレは箸で切れるほど。それにしても塩で食べれば当然かもしれませんが、ソースで食べても、とんかつが全然油っこくなく実にアッサリしていること。肉厚で大きくて結構なボリュームですが、全くもたれません。女性でもトンカツはペロリと(ご飯の量を事前に聞いてくれるので、少なめにして)完食の美味しさでした。
因みに、隣のかつカレーもトンカツとカレーとは分かれて(上にカレーが掛からずに)出てくるそうなので、もし「檍」が定休日の時は隣の「いっぺこっぺ」で「檍」と同じトンカツを食べることが出来るそうです。
今度はかつカレーを試してみようかな・・・。

 季節の定期便として次女の衣替えの衣服を車で運んだ日は、ちょうど日曜日。空港への出勤前に、一緒に昼食を食べたいという娘のリクエストは、いつものJR蒲田にある「活 美登利寿司」です。
平日でも行列店ですが、この日は日曜日。でも少し遅めの待ち合わせ時間だったためか、思いの外早く30分程で席に着くことが出来ました。母娘は好物の炙りホタテに始まり、ヒラメや中トロなどなど。私は炙りエンガワやヒラメに始まり、大好きなイワシやコハダ、炙りトロ鯖、などのトロイワシなどの光物・・・。
「お昼なんだから、あんまり飲み過ぎないでよね!!」
という警告と、出掛けの朝のトマトジュース一杯でお昼を楽しみにSAでも食事を取らずに運転して来た故の空腹も手伝い、飲み物は生ビールだけで我慢して、その分いつもにも増して食べたので、奥さま曰く今までの最高枚数!達成とのこと。しかしながら・・・、
「フム、やっぱりお酒を飲まないと安いわよね!!」
「はぁ、相すみません・・・。痛み入ります!」

 我々的には、1月に行った札幌での「根室花まる」よりも「活」の方が好みです。因みに次女の言うには、グルメ系回転寿司店では双方東京にも出店している「根室花まる」や同じく札幌の人気店「トリトン」よりも、旅行で行った金沢での「まいもん寿司」(東京でも上野や丸の内などに出店済みとのこと)がイチオシだそうです。その店ではありませんが、以前冬の金沢に行った時に近江町市場で食べたお寿司屋さんは美味しかったなぁ・・・。また行きたいですね金沢に、今度は北陸新幹線で。

 食べ終わり、京急ではなくJRなので、羽田空港行きのバスで出勤する娘を見送ってから、我々は運転疲れ(食べ疲れ?)も手伝い、早々にホテルにチェックインして部屋で暫し休息です。少し眠ったらしく、夕刻になって「さて、どうすべぇ・・・?」。お昼が少し遅めだったのと些か食べ過ぎたこともあり、奥さまは、
「私は食べなくてもイイけど・・・。何ならコンビニで軽食を買って来て済ませてもイイし・・・」
「えぇーっ!せっかく東京まで来てるんだから、軽くてもイイけど、何か食べようヨッ!!」
と、私メのお上りさん的食い意地により、「では簡単に近間で」という前提でホテルからすぐの「歓迎(ホアンヨン)本店」へ。
蒲田名物“羽根つき餃子”の有名店3店中、妹さんの「歓迎」は前回既に食べていたので、今回は他の元祖お兄様の「你好(ニイハオ )」や弟さんの「金春(コンパル)」に行ってみたかったのですが、両店共京急蒲田方面なので結局至近の「歓迎」で簡単に済ませることにしました。
6時頃には行ったのですが、さすがに日曜日でしたので既に満席で行列。でも結構回転が良く、10分足らずで座ることが出来ました。
 “簡単”といった割には、やはり羽根つき餃子は外せず、水餃子も絶品。前回食べたレバニラも美味しかったし、奥さまは野菜炒めが食べたいとのこと。レバニラは少々塩気が濃過ぎる感じ。前回はライスも頼んだのでちょうど良かったのかもしれません。一方、野菜炒めはシンプルですが旨味が感じられて絶品でした。メニューも豊富で他にも頼みたかったのですが、もう満腹で断念。「ごちそう様でした」。この日もレジには女主人である八木さんが座られていました。
 翌日は国立新美術館へ。じっくりと観賞したので3時間程立ちっ放し。その後、六本木に戻り東京ミッドタウンへ。ウィンドーショッピングをしていると、ここのDEAN&DELUCAで次女が学生時代にアルバイトをしていた由。同じくテナントの「粥茶館 糖朝」のマンゴープリンが大好きらしく、お土産に(奥さまが自分で食べる分も含めて)買って帰ることに。そこで、帰りは泉岳寺で京急直通に乗り替え糀谷で降りてお土産を届けた後、歩いて糀谷から蒲田に戻りました。途中、この日の夜行こうと思っていた「俺のやきとり蒲田店」の場所を確認。するとすぐ近くに「いきなりステーキ」も。松本のイオンモールに県内初出店の「いきなりステーキ」は大行列でしたので未だ行けてはいませんが、東京なら待たずに食べられそう。こちらの蒲田店も、“立ち食い”だけではなく椅子席もあるようです。
一旦ホテルに戻り休憩してから出掛ける頃になると、
 「何となく、夕飯はアッサリの方がイイなぁ・・・?」
 「“俺のやきとり”なら、魚料理とかもあるけど・・・」
 「でもメインは焼き鳥でしょ?」
てなヤキトリならぬ“やりとり”があり、
 「じゃあ、また活でも行く?」
ということで、結局二日続けて「活」に行くことに。
この日は月曜日で早めに行ったこともあって、夕刻でもすぐに座ることが出来ました。今回はしっかり冷酒もいただいて、松本ではなかなか食べられない新鮮なネタのお寿司を二日連続で堪能することが出来ました。
来月次女と奥さまがハワイに行くことから、レジに貼ってあった案内を見て、
 「あっ、ハワイにも活があるんだ!」
と私メが(お留守番ですが)素っ頓狂な声を上げると、フィリピーノかインドネシアンだと思われる、いつも陽気な女性リーダーのGさん(結婚されて日本名です)が、
 「そうなんですよ。是非行って下さい。」
と、ワイキキ店のパンフレットをくださいました。それによると、アラモアナのワイキキ・プリンスホテル内に初の海外出店とのこと。なかなか大したものですね。
 「松本にも・・・ウ~ン、絶対無理だよなぁ・・・」。

 それはともかく、どちらも美味しいので全然構わないのですが、蒲田で当初予定していた新規開拓をすることも無く、結局今回もワンパターンで「活」と「歓迎」中心となりました。

 奥さまの予想が外れ?て、持ち帰る衣服をちゃんと娘が自分で整理して準備してあったために、翌日を二人で“整理整頓清掃”に充てる筈が不要となりました。本当は部屋の清掃くらいはしてあげたかったのですが、杉花粉がピークで、掃除のために外の空気を入れたくないとのこと。言われて見れば「ナルホド、それも然り!」と諦めたため、翌日は終日空き時間となりました。

 さて、どこへ行こう・・・ということで、元々は丸の内の三菱美術館で開催されている「オディロン・ルドン展」に行こうと思ったのですが、紫のデルフィニウムが実に印象的で私の大好きな「長首の花瓶の野の花」は個人蔵の作品のためか今回出展されていないとのことで、だったら興味半減。トウハクの「仁和寺と御室派のみほとけ展」は前日で終了。また、大好きな日本画では、山種で春に相応しく桜を描いた絵画に絞った展示がされていたのですが、今一つ食指は動かず・・・。
そこで、この日は月曜日でしたが開館しているのを事前に確認した上で、大好きな日本画ではなく西洋画ではありますが、六本木の国立新美術館で開催されている「至上の印象派展-ビュールレ・コレクション」を見に行くことにしました。

 宿泊先の蒲田からは、駅から直結の乃木坂よりも乗り替えが便利な六本木で下車。最寄りの出口から地上に出た交差点でスマホのマップを見ながら、
 「さて、どう行けばイイずらか・・・?」
すると、たまたま横に居たご婦人が、
 「国立新美術館でしたら、私も行きますのでご一緒にどうぞ!」
とのお誘いに、有難く連れて行って頂くことにしました。
駅からはショートカットで、細い路地の様な「龍土町美術館通り」を歩いて5分程度でした。丁重にお礼を申し上げ、我々は当日券を購入するために窓口へ向かいます。
 「みなさん日曜日の翌日は閉館と思ってらっしゃるのか、月曜日は人が少なくてお薦めですよ。では、ごゆっくり・・・。」
国立では新しい美術館に相応しく、ガラス張りの近代的な建築で、美術館自体がモダンアートです。確かに月曜日のためか、思いの外空いていました。お陰さまでじっくりゆっくりと観賞することが出来ました。
 スイスのビュールレ・コレクションとは、武器商人として財をなしたドイツ人実業家エミュール・ビュールレが収集した印象派を中心とするコレクションで、2008年に強盗団に襲撃されて4点の絵画を奪われたことから2015年に閉館し、2020年に国立チューリッヒ美術館に寄託されることになっているのだそうです。そのため、その間に27年振りという日本での展示が実現したものです。今回展示される64点の半数が日本初公開で且つ寄託されることから、ビュールレ展としては最後の展示になるだろうとのことで、今回600点という大レコレクションから代表作64点が展示されています。
 今回の展示の目玉は、何と言ってもチラシに使われているルノワールの「可愛いイレーヌ」と、同じく裏面に用いられているセザンヌ「赤いチョッキの少年」でしょうか。
他にも、コロー、クールベに始まり、印象派を代表するマネ、モネ。そして、ドガ、ルノワール、セザンヌ。更にはポスト印象派のゴッホ、ゴーギャンから、20世紀のロートレック、ブラック、ピカソに至るまで大作が並んでいます。
作品は第1章と名付けられた肖像画から第10章まで分けられて、絵画史の流れなどのテーマ毎に展示されていて、お目当てのルノワール「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」は5番目の部屋。
さすがに、この絵の前は一番の人だかり。皆さん魅入られたようにうっとりと眺めていて、なかなか列が進みませんでしたが、じっと順番を待って、ナントか最前列で観賞することが出来ました。
パリのユダヤ人銀行家の令嬢だったというイレーヌが描かれたのは、ナント8歳の時だったそうです。その後ナチスに没収され、戦後所有権を主張したイレーヌ自身の手元に戻ったのは彼女が74歳の時だったとか。そうした数奇な運命を経て、その後ビュールレが購入することになるのだそうですが、“絵画史上、最強の美少女”というキャッチコピー(しかも、わざわざ美少女にふられた“センター”のルビにニヤリ)も納得の美しさ。透き通るようなブルーの瞳と、薄いブルー系のドレス。そして何より、フェルメールの青同様に、長い金髪を結んだリボンの青が実に印象的でした。しかし、それにしても“死の商人”と“汚れ無き天使の様な少女”の取り合わせ。ある意味人間としての必然なのか、或いは人生の逆説的な皮肉なのか?・・・。
そしてもう一つ。個人的に印象深かった絵が、モネの「ヴェトゥイユ近郊のヒナゲシ畑」。オルセーにある、ヒナゲシ畑で日傘をさしている夫人の絵と印象がダブります。今回展示されているこのモネのヒナゲシと「赤いチョッキの少年」が、2008年に強盗団に盗まれた4枚の絵画の内の2点なのだとか。無事に戻って何よりでした。
そして最後第10章と名付けられた部屋には、モネの連作「睡蓮」から縦2m×横4mという「睡蓮の池、緑の反映」が壁画の様に一枚だけ展示室に収められていて、その存在感に圧倒されます。この絵は、モネの死後買い手もつかずアトリエに取り残されていたのをビュールレが購入した作品だそうです。その後何年かして漸くモネの価値が認められ、人気となった睡蓮の連作では、上野の国立西洋美術館にも松方コレクションの睡蓮が収蔵されていますが、その意味でビュールレのコレクターとしての先見性と審美眼を証明しています。この大作は、今回初の海外出展としてスイスの国外で初めて展示されているのだそうで、これだけは今回撮影可能とのこと。皆さん思い思いにカメラに収めていました。
 良い目の保養が出来ました。癒された3時間でした。そう云えば、美術館へ連れて来ていただいたご婦人はプラド展も行かれるのだとか。
 「イイナぁ、都会は・・・」
美術展のハシゴが出来ますものね。実に羨ましい!
では松本に帰ったら、こちらは草間弥生展「ALL ABOUT MY LOVE」を見に行きますか・・・。

 3月中旬の日知曜日。季節の定期便で、衣替えの洋服を車に積んで次女の住む東京へ。代わりに冬物を持ち帰ります。母はショートステイ期間中で、ナナは妹に預けて出発です。途中、双葉でトイレ休憩し、石川で首都高に(田舎者の私メよりは)慣れている奥さまと運転交代。
土曜日で無いためか中央道上り線も交通量は少なめで、八王子を過ぎても渋滞は無く、休日のせいか首都高も車が思いの外少な目。合流地点も全く心配なく、ずっとゆっくり走って来たのですが羽田ランプまで実にスムーズ。途中2回休憩しながら、松本から糀谷の次女のマンションまで4時間で到着することが出来ました。しかも途中余計なハプニングで10分ほど時間を取られながら、・・・です。

 それにしても首都高C2中央環状線が開通し、本当に新宿から羽田空港方面が近くなりました。この日の様に渋滞さえ無ければ、僅か20分足らずでアクセス可能。もしかすると公的交通機関でも、50分くらいは最低かかるであろう電車よりもバスタからのリムジンの方が早いかもしれませんね(渋滞が読めませんが)。
ただ久し振りに走ってみて、以前は無かったスピード抑制のための警告であろう凸凹舗装(段差舗装)が所々に施されていました。事故が多いのでしょうか・・・?。

 次女の住む糀谷に無事到着し、松本から運んできた夏物と次女が事前に用意してあった衣装ケースの冬物とコートを積み替えて、季節の定期便は無事終了。その後蒲田に移動して、車をこの日宿泊する蒲田のホテルの駐車場に駐車させてこの日の作業を終了しました。
 「ヤレヤレ、お腹空いた・・・さぁ何食べよ!?」

 昨年、小笠原氏の井川城館跡と林城址(大城)が国指定史跡になっての1周年記念講演会が3月10日に開催され出席して来ました。
市の文化財課が主催して、「城の宝庫!松本の城と歩き方~小笠原氏城跡と松本城の魅力~」と題された講演で、講師は自称“城メグリスト”という城郭ライター・編集者として活躍されている萩原さち子さん。場所はMウィング(松本中央公民館)の6階ホールです。以前中央図書館で案内のチラシがあり、事前受付が必要とのことから電話で申し込んでいました。当日伺うと、300人の定員満席とのこと。市民の“松本好き”或いは昨今の“城ブーム”も手伝ってか、イヤハヤ大したモノです。

講師の城郭ライターの萩原さち子さんは、プロフィールをそのまま紹介させていただくと『小学校2年生でお城に魅了される。大学卒業後、制作会社や広告代理店等の勤務を経て、現在はフリーの城郭ライター・編集者。執筆業を中心に講演や講座、メディアでも活躍。(中略)著作多数。公益財団法人日本城郭協会理事。』とのこと。小学2年生の時に初めて訪れてお城に嵌ったのは松本城だった由。謂わば、“城ガール”の奔りでしょうか。昨年7月から放送されたNHK-Eテレ「趣味どきっ!」の「おとなの歩き旅」の第1・2回に「城下町松本」が取り上げられた際、松本の案内役も務められたとか(確か女優のとよた真帆さん等も出られていて、私メが視たのは「遠山郷」だけでしたが)。
 講演会では、弥生時代のムラの環濠集落の櫓を始まりとする「城」の歴史と、山城、館と詰城、革命児信長以降の織豊時代の天守を持つ城郭へという時代の変遷による城の分類をベースに、本題である信濃守護小笠原氏の城跡の特徴や歴史的価値などをお話しいただきました。萩原さん曰く、同じ市内に、歴史的に明らかに小笠原氏の居城として特定されている中世の館跡としての井川城、戦国時代に至る山城としての林城址(大城と小城)と桐原、山家などの支城群、そして深志城と、城の歴史が全て揃うという歴史的価値は計り知れないとのこと。しかも市民の宝であるばかりでなく、国指定の史跡として国の宝でもあることなど熱く語ってくださいました。
「城を捨てて(=自落)逃げたりして“もののふ”たる武士としては潔くないという評価もありますが、南北朝に始まり、信濃国守護である名門小笠原氏がこの松本を主な舞台として戦国を生き抜いて近世まで家を存続させたというのは、ある意味ドラマチックで凄いことだと評価してイイと思います。」
 また松本城については、これほど市民の生活に溶け込んで愛されているお城はなのではないかとのこと。個人的にも全く同感なのですが、市民が自然と親近感を感ずるその理由は、以前高校の大先輩である“居酒屋評論家”大田和彦氏が(見上げなければいけない平山城ではなく)「松本城が平城であり、いつでも市民が自由にその周囲の公園に毎日の通勤通学時など立ち入ることが出来るが故に、日常的に市民の視線や目線の中に松本城がある」(第776話参照)からだと云われていたのが、全く以っての至言だと思っています。
そして萩原さん曰く、「松本城は日本で最も美しい黒い五重の天守閣だと思いますが、それは唯一松本城だけが毎年九月に黒の本漆で塗り替えられているからです。そして、それを手掛ける碇屋漆器店の碇屋公章さんに以前伺ったお話では、昔漆職人だった先代のお父様が昭和の大修理に参加した際に築城時に本漆が使われていたことが発見され、以降は例え自分で持ち出してでも毎年松本城の漆を塗り替えて維持して来られたからなんです。でも意外と地元でも知らない方がおられるので、是非松本市民の方々には知っていて欲しいと思います。」と強調しておられたのがとても印象的でした。
 松本の、いえ日本の宝でもある松本城と小笠原氏城址群。市の文化財課のお話に由ると、来年2月には林小城も林大城と併せて国史跡に追加指定される予定とのこと。
林城址は子供の頃の遠足や歴史ウォークでも歩いていますが、他にも山家城址、桐原城址、また井深城址など、松本にはたくさんの山城がありますので、地元の宝として機会があったら是非訪ねてみようと思います。
いずれにしても、お城のある街松本に住んでいることに感謝した1時間半でした。

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