カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 1月18日の土曜日。
上田市塩田平の下之郷にある生島足島神社へお参りに行ってきました。
数年前に次女の良縁成就のご祈祷をしていただいており、些か時間は掛かりましたが、昨年の秋に無事そのお願いが成就しましたので、漸くお礼参りをすることになりました。
これまで、この生島足島さまだけではなく縁結びにご利益がある幾つかの神様にお願しております。その内、出雲大社はなかなか簡単に島根まで行けませんので、家内が上京した折に次女と二人で六本木にある出雲大社東京分祀へ既にお礼参りをしてありますし、地主神社や八坂神社、下賀茂神へは今月末に家内が京都に行ってお礼のお参りをする予定。そこで、今回残る上田の生島足島神社へお礼に伺った次第。
定年前の4年間毎日通った通勤路ですが、定年後は上田に行く要件も無いので生島足島さまへは3年振りでしょうか、久し振りの三才山峠です。
国道254号線の三才山峠。この有料トンネルも今年の9月に松本トンネルと併せて漸く無料化になるとのこと。因みに上田の平井寺は既に無料化されています。通勤の時に購入した普通車回数券がまだ手許に数枚残っていますので、この日は軽自動車ですが、この回数券を往復使用しました。
懐かしい通勤路。一般車両だけではなく、相変わらず大型トラックが多く通行しています。無料化されると、更に交通量が増えることでしょう。そのためか、上田市の平井付近で集落を迂回するバイパス工事が行われていました。

 古代から開けた塩田平の古社であり、武田信玄や真田一族の信仰も集めるなどした、式内社の生島足島神社。
そのため正月三ヶ日の初詣は付近が大渋滞になるので、この時期ならもう空いている筈と思ったのですが、駐車場はほぼ満車。境内も参拝客で結構な混雑です。しかもツアーの一環なのか、県外の大型観光バスも停まっていました。
この生島足島神社は、そのご神体が本殿(内社)の大地そのものとされる古社で、国家創建にも繋がるという生島大神(生みの神)と足島大神(足る=満たす神)の二神を祭神とし、諏訪大社の建御名方命(タケミナカタノミコト)が出雲から諏訪に下る際に立ち寄った折に、生島足島の二神に建御名方命が米粥を奉献したという言い伝えがあり、境内の摂社には諏訪明神も祀られていて、この生島足島神社でも7年に一度御柱祭が行われています。
今回、前回のお札をお納めしての次女の良縁祈願の御礼と、改めて次女たちの家内安全と長女の心願成就も含めて、しっかりとお参りをさせていただきました。
 今回久し振りに塩田平まで来たので、せっかくですので上田に通っていた頃ちょくちょく買っていた「御菓子司 喜八」に寄って、久し振りのどら焼き「鎌倉伝」を買って帰ることにしました。
人気が出過ぎたのか、今では基本的に週三日しか営業せず、しかも昔の様に電話での予約は受け付けず、営業時間中に直接来訪して買うしか無い様です。しかも(基本的には不定休ゆえ)急に休む日があるのに電話での営業日の問い合わせも受け付けないとのこと。実際、生島足島神社への初詣の際に久し振りに「喜八」のどら焼きを買いたかったので、年始に一月の営業日を問い合わせるべく何度か電話をしたのですが、呼び出し音を何度鳴らしても電話に出てくれませんでした。まだ若いご夫婦がやってらっしゃる和菓子店で、ご主人が職人気質で作ることに専念したいのかもしれませんが、しかしいくら電話受付などの対応が大変であったとしても、遠方から買いに来たいお客さんもいる筈であり、もし遠路はるばる買いに来て休みだったらガッカリですので、その意味では些か不親切。もしそうなら、せめてH/Pで案内すれば良いだけのこと。そこに然るべき知恵や工夫があっても良いのに・・・と思います。
今回も購入した看板商品の豆大福もどら焼きの「鎌倉伝」も、どちらも甘さ控えめでしっとりとした小豆餡で相変わらずの美味しさで、いずれも正に絶品。値段も豆大福が130円、どら焼きが162円と良心的。
しかし、太田和彦センセの云う良い居酒屋の条件「いい酒、いい人、いい肴」ではありませんが、品物が良いだけが“名店”の条件では決して無い筈。

 「御菓子司 喜八」。依然として商品が良いだけに、数年前と比べての“変化”が些か残念でなりませんでした。

 昨年は、国産レモン4個で作った我が家の常備調味料である塩レモン。
北アフリカのモロッコ伝統の万能調味料で、数年前から我が国でも人気となって、パスタに使ったり肉や魚のソテーに使ったりと、色々なレシピが紹介されています。
我が家での使途は、結局鍋用が殆ど。ポン酢の時だけでなく、醤油ベースの鍋つゆの時も活躍。塩レモンを使う時は、七味よりもブラックペッパーの方が相性が良い気がします。鍋以外の料理には殆ど使わず、結果レモン4個で二瓶に分けて作ったのですが、結局一年間で一瓶。従って、今回は国産レモン2個で作ることにしました。

 塩レモンのレシピを見ると、レモンの重量に対し、塩が10%~20%。マイルドか、或いは塩分を増やして長期間保存出来るように持ちを良くするかで濃度を選びます。レモンは皮毎使うので、無農薬の国産レモンを選びます。くし形でも、いちょう切りでも構わないそうですが、切ったレモンと塩を交互にまぶして瓶に詰めていきます。やがて塩が効いて熟成していくので、或る程度ギューギュー気味に詰めていっても大丈夫です。
昨年は15%作ったのですが、結果、一年経っても鮮度に全く問題はありませんので、今回も昨年と同じく15%で作りました。冷蔵庫ではなく、直射日光の当らない涼しい場所に置いて、毎日一回は(上下逆さまにする様に)振って発酵を促し、液にトロミが出てくれば完成とのこと。早ければ1週間、基本的には一ヶ月経てば十分に熟成が進みますので、冷蔵庫に入れて保存します。
 昨年作ったのが未だ一瓶ありますので、鍋だけではなく、例えばチキンソテーや鮭のホイル焼きかムニエルなど、今年は他の料理にも使ってみようかと思います。
【注記】
写真の左側が一年前に作った塩レモン。右が今年作って10日目の塩レモンです。既に少しトロミが出始めています。

 旧正月に行われる厄払い。松本地方では、連休の設定により、今では1月の12日と13日に厄除け縁日を行う寺社仏閣が多く、松本では内田の牛伏寺と蟻ヶ崎の放光寺が有名です。我が家では、歩いて行ける城山の放光寺へ毎年お参りに行っています。
日光山と号する放光寺は、元々は真言宗のお寺だったのが松本に吹き荒れた廃仏毀釈により荒廃し、その後曹洞宗に改宗して復興とのこと。その歴史は古く、730年に行基が開山し坂上田村麻呂が伽藍を整備したと伝わる、松本地方屈指の古寺です。

 同じ姉妹でも、誰に似たのか、長女の姉は親の我々が呆れる程に信心深いのですが、次女の妹の方は我々が呆れる程に無頓着。しかし、今年は次女が本厄の年となることから、昨年は我々メインにしていただいたのですが、今年は次女をメインにして、我々と長女、そして婿殿も併せてまとめて厄払いのご祈祷をしていただくことにして、12日の朝、ウォーキングを兼ねて放光寺へ歩いて向かいました。
放光寺は城山公園の駐車場が近いのですが、この厄除け縁日には遠方からもたくさんの参拝客が訪れるため、アルプス公園の駐車場も放光寺の臨時駐車場となり、そこから無料のシャトルバスが参道近くまでピストン輸送されています。
困った時の神頼みではありませんが、昨年の身近での災害や不安定な世相を反映しているのか、今年は例年にも増して多くの参拝客で、いつもは静かで然程広くはない境内もこの日ばかりは大変な混雑でした。
我々は早めに受付に並んだのですが、ご祈祷を終えて帰る頃には更に本堂での祈祷を申し込む人たちの列が更に長くなっていました。

 ご祈祷の受付を済ませ、一回200人近くか?、百数十人毎に待合室から本堂に案内され、独協が続き個別にご焼香をする間、何人かの僧侶が本堂内巡りながら、参拝者一人一人の両肩を分厚い経典で叩いていきます。その後、祈願内容と氏名が個別に読み上げられ観音様にお祈りが捧げられ、ご祈願がされたお札がそれぞれ参拝客に帰され、そのお札を持ち帰って自宅に祀り、来年までの一年間それぞれを守っていただきます。
 ご祈祷を終わった後、境内にある六角堂にもお参りをし、家族皆の一年間の安寧をお祈りし、厄除け縁日に合わせてダルマなどの縁起物を売る露店が並ぶ賑やかな境内を後にしました。
 「どうぞ、災害の無い一年になりますように!」

 江戸時代の名奉行大岡越前守忠相。徳川吉宗の享保の改革を町奉行、寺社奉行として補佐した実在の人物ですが、在任中に町火消の創設や目安箱設置などの民衆に寄り添った政策を実施して江戸庶民に人気があり、名奉行として、その後創作されたフィクション「大岡政談」により、講談や時代劇等で現在に至るまで大衆の人気を得ています。
その「大岡政談」は古典落語にも取り入れられ、中でもサゲにまで“大岡越前”が使われている「三方一両損」が大岡裁きの落語の演目として知られています。また「大工調べ」も南町奉行所に訴え出ていますので、越前が登場しない場合もありますが(昨年真打に昇進した柳亭小痴楽師匠で、以前生落語を聞いた時は大岡越前の名前は出なかったような気がしますが)、どうやら大岡裁きの落語の一つの様です。

 TV時代劇の「大岡越前」と云えば、亡き加藤剛が代表格でしょうか。その後NHKのBSでリメイクされ、主演は東山紀之。以前の源義経以来、時代劇にも適役と感心していましたが、この大岡越前もはまり役で既にシーズン5を数えます。

 今回も、年明けから第5部が全7話で開始される様で、今回は父忠高を演じた津川雅彦さんが亡くなられてしまい(同じNHK で数年前に演じられた「銀二貫」での井川屋主人和助役は、高田郁原作のイメージピッタリの好演でした)、ドラマでもそうなっているのは寂しい限りですが、他は同じ配役の由。
1月10日に放送された、第5部第一話の「頑固くらべ茶碗騒動」。この話のベースになっているのは、古典落語の名作「井戸の茶碗」。しかし、この落語は以前二ツ目入船亭小辰さんで聞いていますが、頑固者同士の人情噺であっても奉行所は登場せず、「大岡裁き」ではありません。
落語では、登場人物は頑固者同士の浪人千代田卜斎と細川藩藩士の若侍の高木佐久左衛門、その間に立つのが「正直清兵衛」と呼ばれるくず屋の清兵衛で、茶碗を最初買い上げるのが細川藩士の若侍で、最後にそれが高麗茶碗の名品「井戸の茶碗」と見抜き300両で買い上げるのは若侍の藩主である細川候です。一方、今回の「大岡越前」では、最初に買い上げるのは忠相の母妙。もし津川が生きていれば、父忠高だったかも知れませんね。そして、名品と見抜くのは時の将軍吉宗公という設定です。勿論一件落着は大岡裁きで、というストーリー。

 大岡越前では以前放送された中にも「文七元結」がベースとなっていると思われる回もありましたので、結構古典落語が使われていたりして、ネタ元を推測し一人ニタリとほくそ笑んでいます。

 正月に帰省して来てくれた次女夫婦。
婿殿の勤務の関係で、正月3日に来て一泊し、翌4日には帰京するという慌ただしい帰省ではあったのですが、帰って来て元気な顔を見せてくれるだけで、親としては何よりの孝行です。

 そこで、親バカさながらに、一生懸命おもてなし料理を作ります。
昨年は、米国から来た長女たちのために、如何にも「日本らしく!」とかなり豪華なおせちを取り寄せたのですが、結局余ってしまい、残ったおせちを捨てる訳にもいかず(我々が)食べるのに結構苦労したので、今年はおせちは無し。
そこで、いつもの黒豆と、松本の年取り魚(注)である鰤(ブリ)を今年はちょっと奮発して大きめの切目を買って、煮付けて正月のお客様用にも。里芋はいつもの煮しめではなく、婿殿の好物の煮っころがしにして私メが調理。
そしてメイン料理は、和牛ブロックでのローストビーフと、信州らしく次女の好物でもある馬刺しも用意。
更に暖かい料理もと、評判の良い地元の富成五郎のお豆腐を湯豆腐にして、食卓に用意した鍋で煮ながら熱々で食べることにしました。

 家内が一生懸命準備した甲斐もあって、おせちではありませんが、今年の正月料理も好評で、殆ど完食。作った甲斐もあろうというくらいに、キレイに食べてくれました。イヤ、良かった、良かった!

 明けての4日。家に居ても(箱根駅伝も終わって)することも無いので、どこかドライブを兼ねて、午後の帰りの電車まで観光に行くことにしました。
しかし真冬の信州ですので、松本城は天守閣が(国宝故に)吹きっ晒しの板張りの床で、火の気の暖も全く無い(首里城の火災は他人ごとではありません)ことから(勿論スリッパもありません)、寒い冬ではなく、夏にでもまた行くことにして、
 「さて、どこに行こう?」
個人的には、昨年国宝指定となった旧開智学校よりも、「どくとるマンボウ青春記」の世界そのままの旧制松本高校校舎(重要文化財)の残る「あがたの森公園」がお薦めなのですが、皆さん全く興味無さ気・・・。
そこで、まだ彼等は初詣に行っていないとのことから、車で行けて、そのまま観光にも廻れそうな安曇野の穂高へ行ってみることになりました。
海人の安曇族の祖神とも云われる穂高神社(信濃国三之宮。因みに、信濃一之宮は諏訪大社、二之宮は小野神社)に参拝してから、近くの碌山館や大王ワサビ農場に観光で行くも良し・・・という前提です。
ところが、穂高神社は駐車場の大分手前から参拝客車両の渋滞で車が動かず。昔から、穂高神社は自動車に乗ったままでの交通安全のお祓いでも有名なのですが、こんなに混んでいた記憶は無く、そこで今回はお参りを諦め。穂高神社の近くには碌山館もあるのですが、皆さん興味無しとのこと。“日本のロダン”荻原碌山もカタナシです。大王のワサビ園も、
 「今行っても、寒いだけで花も咲いてないし・・・」
と却下。
 「じゃあ一体どうすんの!?」
と選ばれた先は、観光ではなく、お蕎麦を食べに行くこと・・・。
そこで、時間節約で穂高神社近くにある「手打ちそば 上條」へ行くことにしました。
安曇野の蕎麦屋さんは山麓線沿いの有明地区に多いのですが、こちらは穂高神社や碌山館に近い住宅街に在り、写真家でもあるご主人の作品などを展示するギャラリーを併設したお洒落なお蕎麦屋さんですが、娘によると、最近嵐のメンバーが出演した旅番組でも紹介されたのだとか。そのためか、行列こそありませんでしたが、観光客の皆さんか、ほぼ満席の混み様でした。

注文は、私メが二八のもりそばを大盛りで、娘ももりそばと季節メニューの牡蠣の天ぷら。家内と婿殿は、上條の独自メニューである鬼おろしそば(辛味大根使用。でも家内に拠ると余り辛くなかったとのこと)の牡蠣天ぷらとワカサギに似たチカ(北海道根室の汽水湖である風連湖で採れる小魚とのこと)の天ぷら添えをそれぞれ注文。
蕎麦は更科系で細切りの二八蕎麦。香りは余り無かったのですが、腰は強くてまずまずでした。また、家内からお裾分けでもらった牡蠣の天ぷらは美味しかったですし、家内は、
 「カキだって買えば高いのに、5個も載っていてコスパがイイ!」
と褒めていました。
こちらでは、どのメニューも、お店の方から、最初に湯飲みに入った安曇野の湧水に浸した蕎麦を先ず食べる様にとのインストラクションがあるのですが、その“拘り”の割に蕎麦の香りがしないのは却ってマイナス効果なのでは?・・・と皮肉屋の私メ的には思ってしまいます。他でも水蕎麦をウリにしている店も無いではありませんが、果たしてどうなのでしょうか。むしろ、蕎麦よりも安曇野の天然水の方が美味しい!(ポットに入っていて自由に飲むことが出来ます)。
お三方は、ここの別の名物でもあるというアップルパイを食後のデザートにご注文。ホールのパイにふじリンゴを丸毎1個使っていて、シナモンが良く効いていて美味しかったそうです。味見をしましたが、個人的にはもう少しリンゴに酸味を(レモン果汁を多目にして)効かせた方がより美味しく感じると思います。本来、酸味のある紅玉の方がアップルパイには向いているのですが、今では入手困難なので止むを得ないでしょうね。
 食後は、せっかく安曇野まで来たので(せめてどこか観光にと)、国内有数の飛来地という豊科に在る犀川ダム湖の“白鳥湖”に寄ってみることにしました。場所は豊科田沢地籍。安曇野インターから安曇野スイス村方面へ向かう道路の途中に案内板があり、犀川方面へ向かって1㎞足らず。
田んぼの中の狭い道を行きますが、最近では結構有名になり、観光バスの駐車場まで近くに用意されているとか。自家用車は犀川の土手横に広い駐車スペースが準備されていました。ただそこまではすれ違いもやっとの狭い道と舗装されていない砂利道を進みます。駐車場には正月最後の日曜日とはいえ結構な台数の車が停まっていて、観光客や野鳥愛好家、アマチュアカメラマンなどの皆さんが(遠方からも)来られているようです。
数年前の鳥インフル禍の時は立ち入りが禁止されていましたが、今では又自由に見ることが出来ます。但し、ワンコは入場禁止。
後でネットで調べると、“犀川白鳥湖”には1984年に初めて白鳥(コハクチョウ)の飛来が確認されて以来、34年目となる今シーズンは1月1日現在で198羽飛来との情報が掲載されていました。
H/Pに拠ると朝6:30と夕方4:00に地元有志の方々が見守りボランティアでエサをあげているようですが、着いた時間が1時過ぎでその中間だったためか、自分たちでエサでも探しに皆どこかに遠征中で飛んで行っているのか、ダム湖にはホンの数十羽しか残って居ませんでした。むしろ、近くの池におびただしい数のカモがいて、こちらの方が却って見応えがありました。
多い年は1000羽近い飛来があるそうですが、余りの白鳥の少なさに些か拍子抜けで、スゴスゴと、
 「じゃ、家に帰ろうか・・・」
この日は、常念を始め北アルプスの白き峰々も雲の中。雪雲に覆われていて、せっかくの雄姿も残念ながら拝むことは出来ませんでした。
 「ま、山は逃げないし、また来いってことだね、きっと!」
と、暗に娘たちの又の帰省を促して、電車の時間まで一旦自宅に戻ることにしました。
【注記】
富山の氷見湾の寒ブリが、飛騨高山から“鰤街道”とも呼ばれる野麦峠を越えて信州松本平に運ばれて来たことから、長野県の中部以南は年取りの魚はブリ。一方、長野県の北部は新潟の日本海から千曲川を鮭が遡って来たことから、長野や上田地方の年取り魚は鮭。姨捨から下った長野寄りの稲荷山付近がその境界と云われています。

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