カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 前回のプロ野球の話題を今回も続けさせていただいて・・・。
と、常に結果を求められる組織体の長として、マネジメントの成果とは何ぞや?
それは、好景気や不景気という個人や組織には無関係なその時の世間情勢に起因することもあれば、成長期や衰退期というその組織自体の置かれた状況に起因することもあり、一概にその時の数字という結果だけでは単純に判断出来ないにしても、利益を残すことが命題とされる組織体であれば、その時に残した結果そのものが経営評価のベースとならざるを得ないのではないでしょうか。

 そんな意味合いで、コロナ禍 に揺れる今年2020年の変則的なプロ野球を見た時に、飽くまで個人的な印象ではありますが、常勝軍団だった以前と様変わりして下位に低迷する広島と、二年目で首を傾げる程活気の無い中日の両球団は、その低迷する原因の100%をリーダーである監督に起因せざるを得ないと感じています。何故か、それは報道されるコメントが、曰く、
 「誰々は分かっていない。」
 「時間やチャンスを上げたのに、どうしてそうするのか、私には理解できない・・・云々。」
マスコミを通じて聞くコメントがまるで評論家的で、敗因の原因が全て選手のせいで、色々してあげたの(選手が)分かってくれない、出来ない、何でそうするのか分からない・・・だからです。
勿論、色々期待した駒がその通りの働きをしてくれなかったということもありましょう。しかし、じゃあ、働きをしてくれるように「十分な(トレーニング)期間を与えたなら、その間に最高指導者として、選手が気付くような指導を果たしてしたのかどうか・・・?
 「これじゃあ、マスコミ報道を通じて指摘された選手はヤル気が無くなっていくだろうなぁ・・・」
と思わざるを得ません。
一方、球団史上最多勝利数を更新した巨人の原監督。その数字、結果が全ての勝負の世界において、果たして最優秀の名将なのか・・・?
責任者だって時に愚痴をこぼしたい時もあります。自分が現場で出来ない以上、演ずる駒のパフォーマンスに因ることは当たり前のことです。だからこそ、組織内のミーティングで色々責任追及と改善策を話し合うとして、対外的には、
 「分析すれば色々敗因はありますが、結果はリーダーたる全て自分の責任です。選手は良くやってくれました。」
とだけ、言えば良いのではないでしょうか。

そういう意味で、先述のリーダーに感ずるのは、(そんな当たり前のことを理解した上で)、まるで(将たる自身の責任へのコメント無しの)まるでTVの実況中継に呼ばれた評論家のコメントそのもの・・・。
これじゃあ、名指しされた選手だけでなく、他のチームメンバーでさえも、やる気を削がれるだろうことは想像に難くありません。
 「だったら、アンタ、自分でやってみなよ!」

 或る程度実力があって強いチームを長い間任されていれば、勝ち星はおのずと付いてくる。歴代最多勝利数の監督は、長らく南海ホークスを率いた名将鶴岡監督であり、二位は常勝巨人軍を追われ、新興の野武士軍団を率いて時盟主に挑んだ三原監督です。しかし、結果としての実績で云えば、V9を達成した川上哲治を超えたとは言えません。
その意味で、果たして勝ち星で歴代一位となった原監督は、川上監督をも凌駕したと云えるのでしょうか。これまで、リーグ優勝こそ計8回ですが日本一は3度です。

 個人的に、今までで(と言っても巨人で云えば川上監督以降ですが)一番好きな監督は藤田元司さんでした。
球界のスーパースターであったONがそれぞれ監督として結果を残せず、ある意味解任されて、世間からも批判を浴びたその解任劇に対する最大の逆風の中で引き受けた(引き受けざるを得なかった)リーダーの座。
皆が慕ったスター監督が解任された後の後任監督であり、その上でスター監督以上の結果を残しても当然として世間から評価されないであろうことが分かっているのに、結果として引き受けた後任監督の座でした。
勿論、そこには愛する古巣の苦境を知り、自分が汚れ役に徹してでも返すべき恩とOBとしての責任を感じていたのかもしれませんが、誰がどう考えても貧乏クジでしかなかったろうと思います。
そして、それはその後第一次の原監督の後を継いだ堀内監督も、就任した当時置かれた情勢は藤田さんと似たような環境だったと思うのです。しかし、手腕として残した結果は残念ながら歴然としています。
確か、心臓に持病を抱え、常にニトロを持ちながらの監督業だったと記憶しています。紳士然とした佇まいの中に、現役時代“瞬間湯沸かし器”と言われたという熱さと頑固さも隠していました。
しかも、在任中斎藤をサイドスローに転向させて大エースに育て上げて、桑田、槇原との三本柱を確立し来るべき第二次長嶋政権に続く盤石の守りの土台を作り、また自らドラフトで引き当てた原を我慢して使い続けて4番に育て上げたのも藤田監督でした。勝つことと育てることの難しさ。
その意味では当時入団2年目の坂本を抜擢して最高のショートストップには育てましたが、プレッシャーに勝てなかった本人の気持ちの弱さが原因だとしても、大田泰示を我慢して使い続けられなかった原監督に対し、岡本を若き4番として育て、吉川をセカンドに抜擢し一本立ちするまで使い続けた高橋由伸政権はチームとしての戦績はともかく藤田政権を彷彿させます。また、采配そのもには時々疑問符を付けられているDeNAのラミレス監督ですが、ジャパンの4番まで務めた筒香の抜けた後の4番にドラフト9位入団だった佐野選手を抜擢した結果、現在首位打者を独走しており、その慧眼に驚いています。

 個人的には、藤田さんは球団史の中でもっと評価されて良い名監督だったと思います。