カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 先月下旬、新聞にクラシック音楽界の訃報記事が相次いで掲載されました。

 名バリトンのフィシャー・ディスカウ、声楽家の畑中良輔、音楽評論家の吉田秀和の各氏。当然のことながら面識は全くありませんが、学生時代から何度も名前を眼にしたり、レコードやFMを通じて声を聴いたりした方々でした。訃報記事を読みながら、私にとって青春時代にもつながる“一つの時代”が終わったような気がしました。

 シューベルトの「冬の旅」などのドイツ・リートに代表されるデートリッヒ・フィシャー・ディスカウさんは、高校時代の音楽の時間に、ご自身声楽家でもあった音楽の先生が掛けてくれた「魔王」や「菩提樹」のレコードで初めて知りました。聴き手を温かでシルクのように優しく包み込む、艶やかでソフトな歌声でした。
       
 畑中さんは、自分にとっては高名な声楽家と言うよりも、慶應のワグネルの指揮者として、また「日本の合唱曲」シリーズの指揮者としてむしろ馴染みがありました。混声合唱団にいながら同声合唱に憧れて、学生時代に大阪だったか、京都だったか、東西4大学(早グリ、ワグネル、関グリ、同グリ)のグリークラブの定期演奏会を聴きに行きました。思えば男声合唱全盛期だったのかもしれません。
 
 そして、音楽評論家の吉田秀和さんは、当時「世界の至宝」とまで言われチケットが即日完売だった1983年ホロビッツ80歳での初来日公演で、「さすがホロビッツ!」と有り難がる風潮の中、「ひびの入った骨董品」と率直に論評して、当時の音楽界のみならず社会的にも大きな話題になりました(3年後にホロビッツ自身が希望して再来日した時の名誉挽回の演奏に、氏は称賛を贈ったと言います)。
そんな音楽界の重鎮で文化勲章受賞者でもあった吉田さんですが、個人的にはNHK-FMのクラシック番組『名曲のたのしみ』での解説の方がはるかに馴染みが深く、決して偉ぶらずに、素人のリスナーにも分り易く解説してくれました。
ややハイトーンの優しい語り口で、「僕はね、・・・」、「じゃあ、聞いて見ましょうか」というソフトボイスが今でも耳に残ります。

 謹んでご冥福をお祈りいたします-合掌。

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