カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 ハーモニーメイトのバスツァーの折に、音文の制作ディレクターのNさんから、「他(東京紀尾井ホール等)では完売なのに、松本では未だ売れ残っているので、是非聴きに来て欲しい!」と言われたヴァレリー・アファナシエフのピアノ・リサイタル。奥さまはまたまた娘のところに上京して不在の週末でしたので、同世代の友人を誘って、オジン二人で聴きに行きました。

 ヴァレリー・アファナシエフは、エリザベート王妃国際コンクールの優勝者で、今年67歳になるモスクワ出身のピアニスト。現在はベルギー在住で、戯曲や詩も書き俳句やインド哲学にも造詣が深いという、文学者の顔を併せ持つ異色のピアニストとか。
今回の来日公演でのメインは、東京などでのベートーヴェンのソナタだそうですが、松本ではシューベルト最晩年の作品、「3つのピアノ曲」と最後の「ピアノ・ソナタ第21番」というプログラムです。

 「(“伝説的カリスマ”とも云われる)アファナシエフのチケットが売れ残るようでは、“楽都”松本も情けない」と専門家に揶揄されたそうですが、ハーモニーメイトと雖も、地元の音楽愛好家は来月に“お祭り”のSKFを控えているので難しいのかもしれません。しかも、翌週(7月2日)には、地元TV局主催で辻井伸行のリサイタルも音文であり、既にチケット完売だった由。凄いですね。ただ、以前松本県文の大ホールで聴いた彼のチャイコの協奏曲(第441話参照)では、(席の位置にも依るかもしれませんが)フル編成のオケに負けて音が埋没していましたが、音の“粒立ち”は素晴らしいので、音文でのピアノソロならイイかもしれません。
斯く云う私メは、今年のSKFには十束さんが来られないので無関心/無関係ですし、そう云われては松本市民として、また音文会員としても些か責任(義憤)を感じます。また今回は、ピアノ曲では自身あまり馴染みのなかったオール・シューベルトで、しかも彼の晩年の作品にも(第863話の“グレイト”以降)興味もそそられました。Nさんによると、他のピアニストに比べ極端に遅いテンポ(通常30分の作品なら、彼は40分掛かる)で、独自の世界を奏でるのが特徴なのだそうです。

 6月28日の土曜日、18時開演。
当日は、小雨混じりの中、残念ながら満席にはならず、8割方の入りだったでしょうか。でも、市内の著名な音楽関係者を多くお見掛けしましたので、玄人受けする演奏会だったのかもしれません。
Nさんによれば、この日アファナシエフの松本到着が遅れ、リハーサル無しでのホールの響きを確認しただけで、彼曰く「Perfect!」との一言だったとか(松本には3回目の来演の由)。
当日のプログラムは、どの曲も、またどの楽章も、シューベルトらしい歌心に溢れた作品でした。しかし、時に不気味な低音のトリルが何度か入り・・・。21番のソナタは、僅か31歳で亡くなったシューベルトの、死の数週間前に書き上げられたという遺作。しかし、全体は死を予感させるような暗さや悲壮感ではなく、もし第1楽章の左手のトレモロが不安を暗示しているなら、それを包み込むような美しい主題が、まるで天上から優しい光が降り注ぐようで、ずっとこのままその音に包まれていたい気がして、大いに癒されたひと時でした。

 アファナシエフのピアノ。黒尽くめのラフな格好で、さっとステージに登場したかと思うと、お辞儀もそこそこに着座。少し腕まくりをして、(瞑想するでもなく)“ぶっきらぼう”にいきなり弾き出して・・・。
ピアノが、鍵盤楽器とはいえ、打楽器だったのかと思い知らされるようなffの大音量と儚げなpp。時に、一音一音がフェルマータで異様に長く・・・。この日のソナタは40分ちょっと掛かりましたが、決して遅いと感じる演奏ではなく(かなり早いパッセージもありましたので、多分全体的に遅いのではなく、時に一音を長く伸ばすなど、異常なほど遅く弾くパートもある、ということなのでしょうか?)、そのフェルマータも、彼の紡ぎ出す音楽の流れの中では自然で少しも違和感はなく、むしろそうすることの必然性をも聴き手に感じさせます。スタンダードな21番の演奏とは全く異なるのかも知れませんが、幸い他の演奏を知らないので、すぐに彼の世界に引き込まれてしまいました。しかも、打鍵の強さもあるのかもしれませんが、彼の想いを込めた一音一音の持つ重みに、時として息苦しいほどに、また、早いパッセージでは、弾いているキー以外の音までも飛び交っているかのような錯覚さえ感じます。
こんな演奏を聴いてしまうと、女性ピアニストのディナーミクには物足りなさを感じてしまうのかもしれません。
梅雨空の湿度の高さを物ともせず、ホール一杯に響いたシューベルトに包まれて、本当に幸せで、優しく癒された安寧のひと時でした。
私メだけではなく、最近フィジカル・メンタル両面で少々お疲れモードだったという友人も、「シューベルトに癒された」と感動してくれたようでした。
なお、第2楽章だったか、途中で携帯音が鳴りました。幸い扉に近かったので、すぐにその女性は外に出て行かれて、結局終演まで戻って来ませんでした。開演前には、注意を促すアナウンスもあるのに・・・(確かに、“楽都”と称するには余りにも情けない)。

 過去の松本への来演では、普段は滅多に弾かないというアンコール曲も披露してくれたそうですが、今回はカーテンコールのみ。でも、5回、6回と。客席からの熱狂的な拍手に応えてステージに姿を見せてくれただけで満足でした。
終演後のロビーには、50人を超える程の人の列。サインを待つ人たちで、この日の感動の程が伺えました。