カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 今回、保護犬だった「こゆき」を引き取るにあたって感じたこと。

 各地に保健所や私設の保護団体がありますが、最近松本保健所管内でも保護された犬猫の殺処分ゼロとの報道がありました。そうした保護される犬たちの中には、多頭飼いのブリーダーからのコユキの様な“不要犬”も決して少なくないと言います。毛の抜けないシーズーなどは、保護された時に毛が伸び放題で汚れていて、どこに目があるのか分からいことも多いのだとか。
今回「こゆき」を引き取って3ヶ月間面倒を見られた保護団体の方は、今までに50匹近い保護犬を引き取って世話をされてきたそうです。勿論、新しい飼い主に譲渡される犬の方が圧倒的に多い中で、中には譲渡が成立せずに終わる犬も勿論いるのだそうで、今その方のお宅には全部で4匹のワンちゃんがおられ、最後まで面倒を見ると決められたシニア犬等を除き、2匹が新しい里親を待っています。今回お世話になったペット病院や寄贈などで支援をしてくださるドッグフードメーカーなど、協力支援をしてくださる企業や団体などもあるそうですが、基本的には保護団体の方々(ご家族の理解と協力を含めて)の使命感と善意によって成り立っているのは間違いありません。本当に頭が下がる思いでした。
今回「こゆき」を通じて、そうした保護団体の方と知り合い、その活動状況を知る中で、ブリーダー業者の全てが悪徳とは言いませんが、日本もドイツの様に、犬を飼いたい場合は基本的にブリーダーからではなく保護犬の中から選ぶという文化が根付いて、ペットたちに優しい社会になっていけば良いと思います。
但し、保護犬活動も善意だけでは継続不可能ですので、従って保護犬譲渡に当たっては、保護してから譲渡するまでに掛かった応分の経費(混合ワクチン、狂犬病予防、フィラリア予防、マイクロチップ装着、歯科・血液など健康診断、避妊手術等の医療費、また譲渡先の家庭訪問に掛かる往復交通費)は譲渡を希望する側の負担となります。

 以前軽井沢で、喫茶店の女将さんが真夏の軽井沢をペット連れで歩く人たちに対し、
「ファッションじゃあるまいし、真夏の焼けたアスファルトを歩かされる犬が(肉球を火傷して)可哀そう!」
と大層憤慨されていましたが、仰る通りだと思いました。
それにあろうことか、ひと夏が終わると“ファッション”だった犬をそのまま別荘地に捨てていく輩が後を絶たないのだとか。本当に信じられない気がします。例え仏教の六道では下層の畜生道に属する小さな命であったとしても、それをまるでモノの様に扱う人間が、果たしてちゃんとした“親”になれるのだろうかとさえ思ってしまいます。

 保護団体の方によれば、保護犬の中には飼育放棄をする飼い主も後を絶たないそうですが、不要犬を生み出すブリーダーだけではなく飼う側にも大きな責任があります。
“生きとし生きるもの”を飼う側の責任を自覚して、最後までその責任を全うしていきたい。彼らが突然飼い主を失って路頭に迷うことの無い様に、“虹の橋”を渡る最後まで飼い主が看取ってあげたい。今回のコユキをきっかけに、そんなことを改めて強く感じた次第です。

 埼玉から帰った翌日夕刻、待っていた連絡が保護団体の方からありました。
幸いにも簡単な手術で終わり、明日にも退院出来るとのこと。保護団体の方の活動スケジュールとの兼ね合いもあり、夕刻4時に狭山の病院での待ち合わせとなりました。前回は道中ずっと不安だった道程を、今回はホッと安心して一刻も早くコユキに会いたい気持ちを何とか抑えつつ、安全運転で狭山に向かいます。
施術していただいた院長先生のお話によると、やはり「声帯除去の影響で咽頭に膜が出来て気道が狭くなっていたのと、軟口蓋過長が合わさり、呼吸がしづらくなっていた」とのこと。そのため、今回その膜を手術で切り取ったので、術前の様に過呼吸気味になることは無いとのこと。
迎えに行った保護団体の方と我々との再会で、嬉しそうにしっぽを振って興奮するコユキ。保護団体の方も家内も、それを見てお互いに涙、涙でありました・・・。

病院の方々、そして保護団体の方にもお礼を言って、いよいよ正式に我が家のワンコとなるべく松本の自宅に向かいます。家ではナナも待っているので、今回も帰路はノンストップで圏央道から中央道に合流して無事帰宅。
名前は、如何にも雪の様に真っ白なマルチーズらしいので、ブリーダーでの識別記号としてではなく、きっと生まれて初めて愛情を以って保護団体の方から付けてもらったであろう仮の名前「こゆき」のままにしました。
 翌朝から、ナナとコユキ、二匹で一緒に散歩です。
コユキはすっかり家内になついて、朝彼女が二階から降りてくると大興奮。また過呼吸にならないかと心配する程です(先に起きる私メの時は、「ナンダ、お前かよ」とでも言いたげに、一応お義理でしっぽを振る程度・・・ま、逃げてクレートに入られるよりはマシかな?)。声帯が無いのでゼーゼーという息は相変わらずなのですが、手術のお陰で幸い過呼吸気味になることはありません。考えてみれば、生まれてから8年近くもの間、ずっとケージに閉じ込められていて散歩をさせてもらうことも無かったのでしょう。嬉しいのも、楽しいのも、生まれてこのかた初めてなのですから、或る意味、はしゃぐのも当然なのかもしれません。また食糞癖があるとのことでしたが、ブリーダーの所では十分なエサをもらえなかったのでしょうか。また糞をすぐに片付けなかったりとか、衛生状態も良くなかったりしたのかもしれません。幸い我が家ではそうした兆候は全く見られません。
きっと、不要になれば捨てればイイと、単なる子供を産ませて金を儲けるだけの“道具”として決して可愛がられることも無かったのでしょう。もしかすると、彼女にとっての今までの8年間は、人間とは決して可愛がってくれる存在ではなく、むしろただ怒られるだけの怖い存在だけだったのかもしれません。
つくづく、コユキの今までの失われた8年間分の愛情をこれからは注いであげたいと思いました。
特段の術後の問題も無く、保護団体の方にもその後の様子を報告する中で二週間のトライアルが終了した結果、保護団体から正式譲渡の許可もいただき、家内が市役所に飼犬登録。
登録上の誕生日は8年前の4月12日。コユキが保護された日の8年前としました。ナナが4月16日ですので、偶然ですが二匹は4日違いで覚え易い誕生日になりました。
 お盆前の猛暑の続く中、家の中でコユキは薪ストーブ周りの大理石がヒンヤリ冷たくて気持ちが良いのが分かったらしく、その上で寝ています。すると、ナナも今までは大理石の上には行ったことが無かったのに、興味を感じたのか、ナナも行ってお腹を付けて一緒に寝そべるようになりました。
ナナやチロルは夏の雷や花火の音が怖くて大嫌いで、大きな音がすると擦り寄って来ては終わるまで離れなかったのですが、コユキはそうした“音”の恐怖経験が無いのか、不思議なほど我関せず。雷が鳴ろうが、花火の音がしようが、全く怖がることがありません。育った環境とはいえ、不思議だなぁ・・・。
ただずっとケージに入れられていたせいでしょう。足腰が弱く、お座りの姿勢が長続きせず、すぐにべちゃっとうつ伏せに寝てしまいますし、(戸外に出ることが?)大好きな散歩も、少し歩くと疲れるのかすぐに(家内に)甘えてダッコをせがみます。
また、やはり見知らぬ人が怖いらしく、娘や妹が来ても、さっとクレートの中に入って出てこようとしません。一日一緒に居ると、どうやらこの人は大丈夫そうだと漸く思えるのか、近寄っても逃げなくなります。
暫くすると、ナナは宮廷犬のシーズー(中国語で獅子狗、シーズークワ)らしく、割と“孤高の人(犬)”で我関せず・・・なのですが、一方のマルチーズは、その名の通り地中海のマルタ島原産で紀元前からフェニキア人が飼っていたという世界最古の愛玩犬なので、人なつっこくて外交的。そのため、そこは犬同士で、夜は一人(一匹)で寝ているナナの所にコユキが近寄って行っては、二人(二匹)で仲良く並んで寝ています。コユキのお陰で、ナナも刺激を受けて相乗効果で元気になってくれればと思います。
因みに、コユキが来てから、お互いの食事やおやつが気になるのかナナの食欲が戻って来ました。以前は薬を除けて食べず、その結果(ドッグフードに薬の匂いが付くのか)全体の食欲も低下するという悪循環だったのですが、食欲が出て来ると、一緒に薬を混ぜても(ただ単純に“混ぜる”のではなく、錠剤は細かく切って、ササミジャーキーの中に、爪楊枝でねじ込んで見えぬ様にしています。但し粉薬はどうしようもないので、炙ったササミを包丁で叩いて粉状にして一緒に混ぜています)食べてくれるようになりました。これも、コユキが来てくれたお陰で、お互いを意識しての相乗効果かもしれません。
 コユキの足腰の弱さと人間に対する臆病さは、生まれてからの8年という長い間ケージに入れっ放しにされた影響ですから、室内を自由に歩き回れることによってこれから少しずつ足腰が丈夫になって行けば良いし、また世の中怖い人ばかりではないと分かるように、ナナを見ながら変わって行けば良い。
そんな風に少しずつ変わっていけるように、気長に付き合ってあげようと思います。
 「コユキ、もう人間を怖がらずに人に甘えてイイんだからね!!」

  「こゆき」が我が家にやって来ることになった、7月中旬の当日。
埼玉から上田経由の三才山峠越えで、保護団体の方のお宅で飼われている二匹のミニチュアダックス君たちと一緒に「こゆき」が我が家にやって来ました(「遠い所を・・・」と労うと、ご主人は若い頃に良く高瀬川水系に渓流釣りに来ていて、運転は慣れた道だとのことで安心しました)。

 (悪徳)ブリーダーにとっては犬はただの金儲けの道具であって、愛情を注ぐ対象ではないのでしょう。「こゆき」は、保護団体の方のお宅でも暫くはクレート(ペットを運ぶためのケース)に入ってしまい、なかなか出て来なかったとか。ブリーダーは男性で日頃怒られていたのでしょうか、とりわけ男性を怖がって近寄らないとのこと。
 4月12日に保護されて、ちょうど3ヶ月。推定8歳の「こゆき」。
せっかく生かされた命です。そんな彼等がもう二度と可哀そうな目に会うことが無いよう、残りの人生(犬生?)安心して暮らせるよう、保護団体の責任としての家庭訪問と飼育環境チェックのため、必ず譲渡希望先を訪問してトライアルが開始されます。その2週間のトライアルでの注意事項や契約条項などの確認も済ませ、遠路来ていただいた労いを含め、我が家で少し休憩していただき、皆さん埼玉の自宅へ戻って行かれました。

保護されてからの3ヶ月間、おそらく生まれて初めて愛情を注がれた保護団体の方とそのご家族。すると、コユキ(文章中で分かり易い様に、以下カタカナ表記にします)は生まれて初めて可愛がってもらった人たちが急にどこへ行ったのかと不安で、座っていた椅子やその周辺の匂いを嗅いだり、部屋の中を探したり・・・。我々(特に男性である私メ)が行くと、慌ててクレートの中に一目散に避難して怖がって出て来ません。ナナは、然程コユキには興味関心が無い様子で、我関せず・・・。
私たちが部屋から居なくなると、また保護団体の方々を探して、座っていた椅子の周りをうろうろしているのが何ともいじらしくて不憫です。
彼女にしてみれば、四六時中怒られて怯えていたブリーダーから漸く逃れ、生まれて初めて可愛がってもらったご家族なのですから、それも当然です。
ややもするとクレートに籠ってしまうコユキに、四六時中家内が優しい言葉をかけ続けました。しかし、ホンの注意のつもりで「ダメ!」と叱ると、ナナなら止めて平然としているのに、コユキは常に叱られていたことを思い出すのか、怯えてクレートの中に逃げ込んでしまいます。時間をかけて少しずつ安心させていくしかありません。
食事のドッグフードはそれまで食べていたドッグフードを持って来ていただいたのですが、人が居ると警戒して食べてくれないので、クレートの口近くにおいて邪魔をしない様にすると、漸く食べてくれました。
本人(犬)にしても、生まれて初めての大旅行で、埼玉から信州まで来て疲れたのでしょう。夜もクレートの中で静かに寝ていました。
 生まれてこのかた、ブリーダーの窮屈なケージから一歩も出されたこともこれまで無かったためか、座ることが苦手なのか、常にベチャっとうつ伏せに後ろ足も投げ出したような寝方になってしまいます。
保護団体の方のお宅で初めて外界を知って、散歩が大好きになったというコユキ。朝、ナナと一緒に散歩に行くべく、家内が頂いたリードを着けてあげると、そのリードで散歩に行くことが分かるのでしょう、嬉しそうに興奮気味。
すると、ホンの数十メートルも歩かない内に、ただでさえ声帯を切られているので「ゼーゼー、ハーハー」という荒い呼吸が、過呼吸気味になってひきつってしまうかと思うような状態に。周りに人が居れば、一体何事が起ったのかと思うほど苦そうな様子です。慌てて抱き上げても暫くはその状態が治まりません。
でも本人(犬)は散歩(戸外に出ること?)が好きで、朝リードを持って行くと、嬉しそうにはしゃいで余計興奮してしまうのです。
 コユキが我が家にやって来て、雨で朝の散歩が出来なかった日の夕刻。アルプス公園なら車の通りも無いからと、車に乗せて家内がコユキを連れて行きました。
暫くすると戻って来て、コユキの過呼吸がいつもにも増してひどく、息が出来ないとのこと。そのため慌てて動物病院へ連れて行き、その日はICUの酸素室に緊急入院することになりました。
翌日迎えに行ったのですが、やはり散歩に行くと過呼吸が始まり、再度入院して酸素室へ。入院中、心電図や超音波診断をしてもらったのですが、肺や心臓に特に問題は無く、熱中症か、過呼吸が声帯を切られた影響かどうか(その結果で手術が必要かどうか)は、麻酔をして切られた声帯の様子を診てみないと分からないとのこと。
しかし、まだ正式譲渡前のトライアル中で、我々だけでは判断が出来ないため、散歩中に過呼吸状態になった時の様子を携帯の動画で撮影して保護団体の方に送って状況を説明させていただいたところ、保護団体と提携している協力支援病院が埼玉県狭山市にあるので、医療的に今後どうするかを含め、保護団体としてトライアルの継続可否を判断するためにそこで受診してもらえないかとのこと。そこで、診察日時を確認していただき、車で狭山まで行くことにしました。
事前に、我が家のワンコたちの掛かり付けである松本の動物病院での超音波等の検査データのコピーをいただき、先方の病院にも状況を院長先生から電話で説明していただくことになりました。
先方の病院名を伝えると、ナント院長先生同士が大学の獣医学部の同級生とのこと。まさかの偶然に、家内は、
 「きっとコユキはウチに来る運命。例えどんな診察結果であっても、最後までウチでコユキを世話してあげたい!!」

 当日朝早く、コユキをクレートに入れて埼玉の狭山市へ向かいました。
中央道の八王子JTから圏央道に入り、松本から狭山までは210㎞、3時間の道程。いつもの中央道から、初めて圏央道に入ります。
約束の9時半に狭山の動物病院へ到着し、保護団体の方と落ち合って受付に行くと、院長先生は本日休診とのこと。保護団体の方もそれは知らなかったらしく、
 「えっ、どうしましょう・・・?」
コユキの順番になり、若い獣医さんが診察を始めて暫くすると、院長先生がポロシャツ姿の普段着で診察室に現れました。大学時代の松本の同級生からわざわざ電話をもらったので、ナント休診日にも関わらず診に来てくださったとのこと。
他の来院の方からの、「えっ、今日は先生お休みだったんじゃないんですか??」の声に、「いや、今日は休みだから・・・」と都度弁明されながら、有難いことにコユキだけは若い先生に指示をしながら最後まで診察に付き添ってくださいました。
結果、松本での検査結果同様、肺や心臓等には異常は見られないとのこと。考えられるのは、声帯切断の結果、気道に何らかの障害が起きている可能性があるが、それは麻酔して実際開いてみないと分からないとのことでした。

 そこで、院長先生からのアドバイスを踏まえて、保護団体の代表の方とも電話で相談していただいた結果、この日は入院させ、明日気道を開いて手術をすること。手術は簡単に終わる可能性もあるが、もし悪化していて手術が無理な場合は、開いただけで切除せずにそのまま閉じるケースもあり得ること。簡単な手術で済む場合は、手術の翌日にも退院出来ること。そして、入院・手術費用は正式譲渡前でもあり、本来その譲渡前に事前の健康診断をした上でのトライアルという前提でもあるので、コユキの場合通常の健康診断だけでは把握出来なかった可能性もあり、その責任として保護団体で全額負担してくださる・・・ということになりました。善意に支えられているのが保護団体でもあり、営利団体ではなく飽くまでボランティアです。従って、もしコユキが治るものであれば、勿論我々も負担するつもりではいたのですが、本当に感謝しかありませんでした。
 「いえいえ、長野から二度も往復してもらうのですから・・・」

 診察中、待合室で待っている間も、犬や猫を連れた方々が次々に来られます。こちらは最新の医療機器や入院設備も備えていて、結構首都圏でも有名で大きなペット病院らしく、東京や埼玉といった地元だけではなく千葉や神奈川からも来院するのだとか。
我々が長野から来たというこちらの事情を知ると、今まで全く愛情を注がれることも無かったコユキの身上に皆さん同情されて、中には涙を流してくださる方もおられ、
 「捨てられた上に、この上更に病気だなんて・・・。いくらなんでも、そんな理不尽なことあり得ません。大丈夫、ここならきっと良くなりますから!コユキちゃんだって幸せになる権利があるから!!」
と励ましてくださいました。

 手術の結果は、保護団体の方が明日確認し当方に連絡くださることで、入院手続きを済ませてコユキを預け、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にして、我々は松本まで戻りました。
帰りの210㎞。往路よりも何故か長く感じます。お互い何となく無口になり、ナナも待っていることもあって、帰路は途中休憩無しのノンストップで一路松本へ。
 「・・・きっと、大丈夫だよね!明後日は迎えに行けるよね!?」

 前回、チロルが亡くなった時にペットロスにはなったのですが(今だ、会いたくて夢を見ることがありますが)、それでもナナが居てくれたお陰で随分救われたと思っています。もし、ナナが居なかったらと思うと本当にどうなっていたか?・・・ぞっとします。

 以前、良く散歩でお会いした白いトイプー「フクちゃん」をお連れの年配のご婦人(チロルが亡くなった後、散歩中にお会いした時に、家内に「そういう時は、我慢しないで亡くなったワンちゃんのために泣いてあげてイイんですよ!」と声を掛けてくれて、その場で家内は涙にくれていました)は、その前に飼っていた柴が余命宣告をされた時に、ペットロスで(ご主人には先立たれていた)自分がどうなってしまうか心配で、慌てて次のワンちゃんを探しに行ったのだとか。その結果、柴が母性本能で、余命宣告三ヶ月が結果として一年間生きてくれたのだとか・・・。だから、もしフクちゃんに何かある時は、もう息子さんに面倒を見てもらう前提で次の犬を飼うことを確認してあるのだとか。

 だからではないのですが、家内が娘の所に上京した時に、たまたまペット保護団体が犬と猫の譲渡会を最寄り駅の駅前広場で実施していて、数匹の兄弟姉妹の中で引き取り手が無く最後まで残されていたチワワが可愛かったので申し込んできたとのこと(結局他の方に引き取られ、決定にはなりませんでした)。
以前、家内とは、次に犬を飼う時は、今度は引退した盲導犬を引き取って最後まで看取る役目か、保護犬を飼うかしようと話したことがありました。
でも「次」の話をすると、ナナの事を想定しているようで嫌なので、お互い口にこそ出しませんが、それは暗黙の了解でした。それに、フクちゃんの所の柴の様に、母性本能、親犬としての躾の使命感で逆に寿命が延びるかもしれません。長野県内の保健所でも譲渡会が定期的に開かれているのですが、もし行ってワンちゃんに会えばどの犬も可哀そうですし、かといって全部引き取ることも出来ませんので行けずにいます。
そういう意味では、保健所(長野県内で保護されるのは、犬より猫の方が遥かに多いのですが)や保護団体のH/Pなら実物に会うのでないのでまだ良いかもしれません。そこで、その譲渡会で触発されたのか、家内が県内の保護団体だけではなく長野県も譲渡先の対象としている首都圏の保護団体のH/Pをチェックして、60歳以上の高齢者でも譲渡可(子犬ではなく成犬の場合、60才にその子の年齢をプラスした歳の高齢者までOK、とするケースあり)という犬を探しては、「この子なら!」というワンちゃんの譲渡先に申し込んだとのこと。
そのワンちゃんは、真っ白いことから「こゆき」と仮の名前を付けられた雌のマルチーズで、多頭飼のブリーダーから妊娠してお腹に子供がいるのに不要犬として捨てられ、それを埼玉の保護団体が引き取ったワンちゃんでした。しかもあろうことか、吠えても煩くない様に声帯を切られていたとのこと。ちゃんとしたブリーダーも勿論おられるのでしょうが、こんな輩は、生きとし生けるものを扱う資格もありません。それこそ「・・・ざけんな!」と怒鳴りつけたくなります。
しかも、保護団体の方が3ヶ月間世話をする中で、4匹生まれた赤ちゃんは皆死産だった由。ただ最後の子だけは出産後2時間程は生きていたそうで、「こゆき」はその子が亡くなった後も離そうとせず、ずっと世話をしていたのだとか。何とも哀れで泣けてきます。

 そんな紹介記事を泣きながら読んでいた家内が、
 「この子を引き取りたい!」
その保護団体のH/Pから申し込むと、既に申し込み多数とのこと。
しかし譲渡は申し込み順ではなく、室内飼いの条件で、他にも環境等含め色々チェックした上で、申込者の中から保護団体が選択して譲渡先を決定し、実際自宅を訪問してチェックした上でのトライアル開始。首都圏ならいざ知らず、対象とはいえ、遠く離れた長野県では先方も二の足を踏むかもしれないと思いつつ締め切り日を待つこと暫し。
因みに、保護犬は団体で必要なワクチン、フィラリア、予防注射、マイクロチップ装着などを済ませ、健康診断の後に最終的には避妊手術をした上で、譲渡へ向けた二週間のトライアルを経て、問題無いと保護団体が判断すれば正式譲渡というステップだそうです(ワクチン等、避妊の手術費など譲渡までに必要な医療費は、基本的に譲渡先が負担)。勿論譲渡先に問題があると保護団から判断されればダメですが、中にはいくら希望してもトライアルでの相性が悪かったりして上手くいかず、結果として譲渡に至らないケースもあるのだとか。
すると或る日の夕刻電話があり、我が家がトライアル先に決定したとのこと。
そして、7月中旬の連休中、いよいよ埼玉から我が家に「こゆき」がやって来ることになりました。

 妹から急なお誘いで、
 「ねぇ、OMFのオペラのゲネプロのチケットが一枚分だけ余裕があるんだけど、行かない?」
たまたま、奥さまが娘の所に上京していてその日は不在。母もショートステイ中だったので、この日は私メ一人。
 「確か・・・今年は、チャイコの『エフゲニー・オネーギン』だよねー?行く、行くー!」

 今年のOMF(セイジ・オザワ松本フェスティバル)は、オペラ上演で、マエストロ・オザワ得意のチャイコフスキーのロシア語オペラ「エフゲニー・オネーギン」が選ばれていたのですが、結局今回もマエストロは体調不良で振れず、代役は、今年も前NYメト歌劇場首席指揮者のファヴィオ・ルイージ氏(現デンマーク国立SO首席指揮者)。SKOとの相性も良く、ここ数年は毎年の様にOMFにマエストロオザワの代役として指名されています。
チャイコフスキーのロシア語オペラの傑作とされる「エフゲニー・オネーギン」。プーシキンの戯曲が題材とされていますが、ただでさえオペラは苦手ですので、この作品も初めて。唯一お馴染みなのは、舞踏会の場面で演奏されるポロネーズは有名で、単独でもオーケストラ作品としても単独で演奏されます。言葉は、ロシア語であれ、イタリアオペラもドイツ語の楽劇も、どっちみち分かりませんので、日本語の字幕が出れば何語でも一緒です。

 オペラの会場は、まつもと市民芸術館。バルコニー席のある1800席の馬蹄形のホールで、館長である演出家の串田和美氏の手腕により演劇やコクーン歌舞伎も上演されているとはいえ、地方都市の松本には余りに分不相応で過ぎた存在(既に、“楽都”に十分な大小二つの県営と市営の立派なホールがあるのですから)。
造ってしまった以上は今更仕方が無いとはいえ、OMFが無くなった後は一体どうするんだろう?・・・“宝の持ち腐れ”になりやしないかと、松本市民としては些か不安になります。
また、改修しようにも交換部品が既に製造されておらず、故障で止まったままの動く歩道の様な螺旋スロープ式エスカレーター。動かない“動く歩道”では、無用の長物でしかありません。計画段階、設計段階での将来的な検討が果たしてどうだったのか?・・・と、正直疑問を感じてしまいます。

 それはさておき、ゲネプロ当日。正式公演ではありませんが、オペラらしい華やいだ雰囲気。ゲネプロとは言っても、公演同様に一切ストップ無しに通して演奏されます。本番と違うのは、オーケストラピットの団員がTシャツなど普段着なことくらいでしょうか。
歌劇「エフゲニー・オネーギン」は三幕からなり、通常の序曲は無く、短い序奏で始まります。ロシアらしい陰鬱な雰囲気もあって全体に暗い印象ですが、如何にもチャイコフスキーらしい曲調で、途中舞踏会でのワルツや第三幕冒頭のポロネーズは如何にも帝政ロシア時代の貴族社会らしい華やいだ雰囲気です。
(写真は、本番の様子を伝える地元紙から)
それにしても、世界の一流どころを招聘した管楽器は元より、SKOは流石に巧い。オペラでのコンマスは、都響ソロ・コンマス矢部達哉さんの様でした。
主役のオネーギンは、体調不良等による代役の代役とかで、日本人で米国在住のバリトン歌手大西宇宙さんが抜擢され、今回がオペラでの日本デビューとのこと。二度ほど高音がかすれる場面もありましたが、急遽出演が決まった中での好演でした。それにしても東京オペラシンガーズは、この人数でこの声量は流石の一言。N響の第九も4、5年前からは、長年担当してきた国立音大からプロの彼等に変更されています。合唱の見せ場が少ない演目のオペラでは勿体無いくらいで、是非ベルディとかワーグナーで聴いてみたいと思わせてくれました。

 ゲネプロとはいえ、久し振りのオペラ。妹のお陰で、楽しませてもらった3時間でした。

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